鎮守府本庁舎一階の奥まった倉庫の前、何気ない用事で訪れたそこに他の人影が途絶えた所で、大井の尻を手が撫でた。白い手袋をはめた手だ。  びくんと身体が跳ねる。手はスカート越しに、最初は指先で尻の形を這うように、そして段々と揉みしだくように力が入っていく。その度にまた小さく身体が跳ね続けた。  いつものことなのに─。  それなのに反応してしまう自分の身体が大井は嫌だった。  手は今度はスカートの下に入ってショーツに覆われた局部とそこからはみ出だ尻を直接触り始めた。また、最初は優しく這うように、そして段々強く。もう片手は太ももを撫でている。どんどん身体の反応は強くなってきた。ショーツのクロッチは湿り気を帯びている。何か言いたいが、あらぬ声が漏れそうで口を開けない。  5分ほどもそうしていただろうか。揉む手が離れ、今度は衣擦れの音がして手袋を外す気配がした。それは、ショーツの更に内側に手が入ってくる合図だった。  大井にとってそれがそれ迄以上に嫌だったのは、その手─自分の中に入ってくる、細く、白く、長い指が手袋から出てくる所を想像するだけで更に下半身の火照りが強くなってきている所だ。クロッチには最早染みが出来ているだろうことが感触でわかった。 「提督、そろそろいい加減に─」  自分の身体に反発するようにそこまで言った所で、大井の後ろのすこし上方から、女性にしては低めの声がした。 「『北上さん』」 「ッ──」  大井が再び黙ると、その手はやはり染みが出来ていたショーツの内側に入り、ゆっくり掻き回し始めた。これ迄以上に大井は声が開けなくなり、快感でぼんやりとしたその頭には、その女のニヤついた顔が想像された。  この提督が着任した時から嫌な予感がしていたのだ。  その日、整列した鎮守府の艦娘を前に演壇に立ったのは、容姿端麗と言っていい女性だった。  スラリとスレンダーな体型。175cmオーバーという長身(もっとも戦艦には余程大きいのがいるが)。顔は程よく顎の尖った輪郭に通った鼻筋、大きく弓なりになった細い眉毛に、切れ長の目には長い睫毛。髪型は所謂ツーブロックで、剃り上げた下半分に対して伸ばしたトップを長い前髪を残して後ろに流している。  着任の挨拶は、常に微笑みを絶やさず行われた。そして、大井にはそれが嫌なニヤつきにしか見えなかった。  その新提督が、いやに北上さんに近い。ことあるごとに話しかけ、ボディタッチも多い。段々エスカレートしてきている気もする。そして、その度に大井に一瞬ちらりと流し目をくれてくるのが不審だった。  何か意図があるのか。いや、なくてもいい。  そう思って、大井は提督室で二人きりの時に話を切り出した。 「北上さん、美人さんだから私も気になっちゃっててね」  提督はいつもの微笑んでいるような目と口元のまま、馴れ馴れしい口調で言った。 「だから筋は通しておこうと思って。ね、大井っち」 「どういう意味ですか」  大井が眉間を寄せてねめつける。 「私欲しいものは掴み取る主義なの。でも、先約がいるみたいだからって」 「じゃあ、やめて下さい」 「でも、大井っちは北上さんにこれまで以上の所にいける?」  痛い所だった。大井は今の距離感が壊れることを恐れている。 「それか─」  提督は微笑みを強くして、子供が楽しい思いつきを披露する時のように言った。 「大井っちが代わりになってくれる?」  そうして始まった関係だった。  最初は物陰で、制服の上から胸や尻を撫でられる程度だった。それが、制服の中になり、下着の中に入になり、同時に愛撫される身体の範囲も広がって行った。  そして、それを咄嗟に拒否できず流されてしまう程、提督の「技巧」は巧みだった。  そして今に至っている。  倉庫の扉、そこに大井は身を預け、いつの間にか前に回った提督が大井の股間で水音を鳴らしていふ。大井が絶頂にいたりそうになったその時、提督の左手が大井の右頬にあてがい、唇を近づけてきた。 「それっ、だけはっ」  大井はなけなしの力を奮って提督の顔をはね除けた。キスだけは、北上さんのもの。それが最後まで守っているただ一つのラインだった。  ちょうどその時、通路の曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。 「提督~大井さん~どこにいるっぽい~?」 「ここだよ~!」  提督はよく通る声で言いながら、手早く右手をハンカチで拭いて手袋をはめ直していた。 「続きは後で、ね?」  提督は微笑んだまま耳打ちした。  大井は快感と達せなかった物足りなさで朦朧としながらも、なんとか夕立に連れられて提督と駆逐艦連中の相談に乗り、提督室に戻って来た。  それ迄週ごとに秘書艦を変えていた提督だったが、関係が出来てから隔週で大井が秘書艦を勤めている。  何か気付かれなかっただろうか。今更ながら心配になる。でも多分大丈夫だ。今迄もっと際どい所に来たこともある。それを隠すのも提督の手際のよさなのは腹が立つが─。  がちゃり。背後で提督が部屋の鍵を閉める音がした。それが意味することは一つだ。  しかし、提督はさっきが嘘のように指一本触ってこない。淡々と業務をこなしてゆく。大井もそれを手伝う形になる。だが、下半身で燻っている熱っぽい感じは一向に収まらず、むしろその熱量を増している。顔が火照って、ショーツが染みがどんどん広がっているのがわかった。海で戦う制服だけあって、制服のプリーツスカートを貫いてしまう心配がないのだけが救いだ。  もう我慢できない。そう思って、提督のデスクに行く。 「て、提督、さっきの続き…」 「続きって、何を?」  こ、こいつ…。  思わず提督を睨む。いっそ自分で済ませてしまおうか。いや、それが出来たら苦労しないのだ。 「ごめんごめん、大井っちったら寸止めされて興奮しちゃった?」  少しも済まなそうと思っていない顔で提督は言った。 「じゃあ、いつもの挨拶してよ」  一瞬の間。 「私が北上さんに手を出さない為にはどうすればいいんだっけ?」  提督は微笑みを─ニヤつきを崩さず畳みかけた。  大井はうつむいて一歩下がると、プリーツスカートをまくり上げて、うっすら生える陰毛が透けて見えるほど濡れそぼったショーツを提督に見せ、快感の気配と恥で上気した顔を床に向けたまま言った。 「わ、私は提督さんのモノです。メチャクチャにして下さい…」  提督は微笑みながら右手の手袋を外した。 ★★★★★  ある金曜日の夕刻近く、提督は大井の股ぐらに顔を突っ込んでいた。  大井は最早立っているのもやっとで壁にもたれかかっており、その上着の前合わせは開かれて乳房が露になっている。プリーツスカートはつけたままだが、たっぷり濡れたショーツは片足の足首に引っ掛かっているだけの状態だ。つまり、たっぷり時間をかけた愛撫の後なのである。  提督はその長い舌でまず大井の股間の突起を舐め回し、吸い、しゃぶった後、割れ目に舌を入れた。この提督、指も長いが舌も長い。大井の中の性感帯を一つ一つ的確に刺激しながらその舌は子宮口に届くのではと思われる程に感じられた。  長い愛撫で高ぶった後のこの強い刺激で朦朧とした頭で、ふと大井はたくしあげたスカートごしに提督の顔を見た。股ぐらに顔を突っ込んだ提督の顔の鼻先に、うっすら生えた自分の陰毛がかかっているのがなんだか恥ずかしくて目を逸らした。  今日は定型業務は早く終わってしまい急ぎの業務もないから事に及んでいたのだが─その点この提督は妙に真面目な所があった─そこで鍵をかけた提督室に強いノックがされた。 「はーい、ちょっと待ってー!」  提督は股ぐらから顔を離してそう答えると、手早く顔と右手を整えた。  一方大井は、最低でもブラをつけ、前を合わせて、ショーツを上げなければいけないのだが痺れた頭で上手くいかない。なんとかブラをつけた所で、提督がショーツを上げて前を合わせてやった。その間も、ノックの主とやりとりをして時間を稼いでいる。そこまでやって、最悪ブラはつけなくても良かったことに気づいた。  大井がやっとの所で体裁を整えると提督は鍵を開けた。 「ごめんごめん、機密文書関連の業務で、鍵をかけるのが決まりだからね」  提督はドアを開けながらノックの主を部屋に入れる。那智だった。 「集配で親展かつ急ぎとのものがありまして、私も中身は見ていませんが至急ご覧ぜよとのことです」  手に、封をされた紙束を持っている。と、那智の視界に大井が目に入る。 「なんだ大井、妙に放けて。まだ課業中だぞ」 「は、はい。そうですよね」  匂いでばれないだろうか。そんなことが頭をよぎる。 「いやいや、つい大井っちに力仕事頼んじゃってね。重い簿冊とか運ばしちゃったから」  提督にそう言われて那智が部屋を去った後、提督が封を上げると「あちゃー」と珍しく顔をしかめて言った。 「大井っち、本当に軍機案件がきちゃった。これ、ここで私しか扱えないから一人でやっちゃうね。定時も近いから、もう上がっていいよ」 「えっ」  生殺しである。しかも、提督は急な案件でそれも頭の外らしい。濡れたショーツの冷たさを感じながら提督室を出ると、背後で鍵の閉まる音がした。  その後、自室でショーツを履き変えると、食事をして入浴し、また自室に戻った。その全ての記憶が曖昧だ。  寮の部屋は北上さんとの二人部屋だが、今晩は北上さんは長期の遠征で留守にしている。  悶々とした気持ちが取れない。思わず、寝間着の下のショーツに手を触れる。入浴時に再び履き替えていたショーツが、もう濡れていた。  気づいた時には胸をはだけ、ショーツに手を入れていた。自分で自分の性感帯─のはずの場所を刺激するが、思うようにいかない。もどかしい。提督のあの長い指を、舌を思い浮かべると、少しだけ快感が増した気がした。  私、ここまであの女に仕立てあげられてるんだわ─。  そういう思いが浮かんだが、それを掻き消す余裕も最早なかった。  結局、自分の指では提督にされるようには達せられず、甘イきひ何度か繰り返しているうちに気がついたら眠りについていた。  翌朝目が覚めると身体の疼きは殆んど収まっていたが、ショーツとシーツがカピカピになっていた。出来るだけそれを見ないようにして、洗濯籠に入れる。あまり見ていると、それが自分があの女に「開発」され尽くした象徴に見えて─それにまた、身体の疼きがぶり返しそうで怖かった。  取り敢えず、土曜だ。来週は秘書艦勤務はない。北上さんも帰ってくる。少しはいい事があるはずだ。自分にそういい聞かせて大井は新しい1日を始めることにした。 ★★★★★  大井はブラの下にニップレスを着けている。  提督の熱心な「開発」の結果、先端がブラと擦れただけで注意力が落ちてくる事態になっているからだ。そこには純粋な刺激の他、その刺激からあの女の顔を連想するストレスも含まれる。  ニップレスを着けて状況は大分改善された。それでも、入浴の際他の艦娘の目を盗んでニップレスを剥がす時は、やはりあと刺激と顔の想起がやってくるって来るのだけど。  そんなある日の夕刻。その週は大井は秘書艦ではなかったから少し油断していたのかもしれない。定時過ぎの薄暗い廊下。たまたま提督と二人きりになった。 「あ、そうだ大井っち」  提督がまた、思いつきを言うように言う。 「明日ノーブラで勤務してね。ちゃんと確かめるから」 「え?」  大井の言葉を無視して、提督は官舎へ去って行った。  大井はその晩中悩んだが、結局従うことにした。北上さんという弱味がある。  そして翌日、ノーブラで登庁し、業務をこなしながら大井は気が気ではなかった。  ばれていないだろうか。いや、制服の生地は厚いから大丈夫なはずだ。でも、感じてしまったらどうだろう?自分の先端は大きいみたいだし…いや、他人とまじまじと比べてみた訳ではないのだが。  そんな事を思いながらも、やはり擦れる。ブラより分厚く若干ごわついた、制服の生地と。その時先端が感じるのはあの女に愛撫されてる時のような快感だけではない。僅かな痛みと痒みを伴うものだ。それが煩わしい。  それでも持ち前のポーカーフェイスでなんとかやっていた昼前、通路を胸の刺激を意識的に無視しつつ歩いていた時だ。別の部屋に簿冊を持っていった帰りで。手ぶらだった。後ろに気配がしたかと思うと大井の両脇から腕が伸びて、胸を揉んだ。 「うん、ちゃんとノーブラだね」  無論提督だ。  胴体と乳房の付け根、その下側から先端へ、下半球をなぞるような揉み方。なるほどブラがあったら出来ない揉み方だ。 「ちゃんと言い付けを守って、偉いね」  提督はいつもの微笑でそう言うと、頭をポンポンと撫でて去って行った。  一瞬の出来事であった。  だけども、少なくとも大井の今日1日には大きな意味をもつ瞬間でもあった。  やはり業務をこなしながらも、それまで以上に自分の身体の感覚から意識を離せない。  胸が熱い。あの女は先端には触らなかった。ただ、触られた乳房の下半球が熱を持ち、またそれがどんどん増している。そして、それと繋がることで先端が擦れる不快感がまた違う意味も持ってきていた。  ─じれったい。  その感情が持つ熱が、下半身にも伝播していく。時間が立つとともに股間の割れ目が湿り気を、濡れ気を帯びていくのがわかる。  それが最高潮に達したのが、定時のチャイムが鳴った時。大井が不自然でない程度に急いで席を立つと、提督室へ急いだ。  あの女、急ぎの業務がなければ秘書艦は先に帰しているはずだ。まだ残っていれば、一人。  果たして、提督室にはまだ「在室」の札がかかっていた。  形ばかりのノックをすると、提督室に押し入るように入った。提督の他に誰もいないことを確認し、後ろ手に鍵をかけて、提督のデスクの前に進んだ。それを提督は慌てるでもなくいつもの顔で眺めている。それがまた憎らしかった。 「これっ…どうにかしてよ…!」  提督を睨みつけながら、胸をはだけ、スカートをたくし上げ、先端が立った乳房と濡れたショーツを見せつけるようにする。 「来ると思ってたよ」  提督は大井の言葉に答えずに言うと、椅子から立ち上がってゆっくりと前まで来る。 「大丈夫、すぐ楽にしてあげるから」  そう言うと昼過ぎとは逆に、正面から胸に指を立てる。やはり付け根の下端。大井の豊かな乳房だと、指を差し込む形になる。 「数えるよ、4…5…」  何を、とは言わなかった。ただ、数字が進むのと同時に指は先端の方向へ進み、込められる力も強くなっている。 「3…2…1」  大井の心と身体は来る快感に備え、目を瞑った。 「…0」  その数字を聞いただけで、大井の割れ目は軽く水分を吹いた。  だが、その刺激は来なかった。 大井が目を開けると、提督はやはりいつもの微笑み─ニヤけ顔で、その両側にパーの形に開いた両手を見せていた。 「ごめんごめん、あんまり必死な大井っちが可愛かったから意地悪しちゃった」  そう言うと、提督の口角がほんの気持ち、いつもより上がった気がした。 「さっきのは嘘。今日はたっぷり可愛がってあげる。胸だけで沢山イこうね」  そう言っている最中に、不意打ち気味に大井の先端を摘まむ。大井の身体がのけ反った。  そうして、今晩も大井は蕩けていった─。  余談だが、翌日提督は時間管理担当の妙高に、夜遅くまで提督室に電気がついていたのに時間外勤務の記載が無いのは何故か、と問われていた。いやぁ、あれは私用で残っていただけだから…と提督は釈明していたが、それを横で聞いていた大井は(普段は課業時間中に私を弄ぶくせに、何考えてるんだか…)と内心思っていた。  なお、提督は管理職なので時間外勤務をしても手当は出ない。 ★★★★★ 幕間  提督との関係が始まってから、ショーツと回転がいやに早い…。 それが大井の頭を悩ませる提督とのもうひとつの側面であった。  勿論原因は一重にあの女が着衣プレイをいやに好み─そして一度行為が始まれば服を脱ぐ余裕を与えないほどの手管であることだ。  対応策、なし。  その現実が否応なしに突き付けられる。  いや、本当にこれは切実な問題なのだ。あの女が本格的な行為に及び出して少しした頃、ショーツの手持ちが無くなりかけた。このままだとプレイの一環でもないのにノーパンで業務、悪くしたら戦闘になる。いや、プレイの一環ならいいとかそういう訳ではないが。とにかく、昔は絶対買わないと決めていた酒保の官給品の下着を買いに走る羽目になった。 「お気に入りのショーツの傷みも早いしぃ~…」  結果、大井の下着類の在庫は他の艦娘より有意に多くなった。それ自体はまだいい。よくないが。  最悪の事態は、同室であり最愛の人である北上さんに不審に思われ、引いては提督との関係を感づかれることなのだ。  なのだが…。 「大井っち最近おばちゃんみたいなズロース履くこと増えたよね~」  酒保の下着を指して、屈託なくけらけら笑う北上さんを見てると杞憂なんだろうなと思わされる。だが当然別種の負の感情も湧いてきて、それを向けるべき提督には現状かなわない。その現実がまた、大井をげんなりさせるのだった。 ★★★★★  妙な週だった。  提督との関係が始まって半年がたつ。この間繁忙期以外は、隔週で訪れる大井が秘書艦を勤める週はほぼ毎日、そうでなくとも週に一、二度は蕩けさせられた。それも、最近になるほどその快感の深さも、範囲も大きくなっているのだ。今週も秘書艦を勤める週、またあれが始まるのか…そう思っていた、それが。  ─何もない。  提督は殆んど指一本触れて来ない。他の艦娘に対するのと同様─そう、他の艦娘に対してはそうなのだ─紳士淑女然とした対応をしてくる。  触れたのは、階段を降りようとした時に手すり代わりに手を差し出された時のみ。  こういう仕草がキザに映らないのが得だよな。と思った。駆逐艦連中がキャーキャー言っているのも少しだけ分かる気がする。  「そういう行為」が一切ないまま平日が終わりかけて、大井は安心とともに様々な感情が湧いた。疑念、不安、当惑、そして何より一番不愉快なのは自分自身の身体が不満を感じていることだ。提督を求めているのである。  今まで行為の途中で止められ、それが身体を昂らせたことは何度もあった。だが今回はまるっきり何もないのだ。それなのに。下半身の高まりは日を追うごとに強くなっていく。  そして、大井は慣れない酒を飲んだ。那智や隼鷹に心配されるような飲み方をしても(酒量はそんなに多くはなかったが)、彼女の頭は晴れる所か深い淀みに沈んでいった。  飽きられたのか?じゃあ自分はこの疼きをどうすればいい?いや、それより心配すべきは北上さんなのでは?自分は北上さんの代わりに身体を差し出しているのだから─そもそも北上さんと自分がもっと深い仲になっていたら提督との関係も違っていたのでは?しかしそれは─。  そういう答えのない問いが頭の中で幾度となく浮かんでは消えながらぐるぐると螺旋を描いて彼女の思考を沈めていく。やがてそれらは言葉という形を失い、ただ思考力の麻痺と未だ昂る身体と、そして最悪の気分という結果が残しただけだった。  送っていくという皆の誘いを強く断り大井の足が向かったのは、寮とは反対側の、鎮守府敷地内の大型倉庫群だった。  ここには夜、まず人は来ない。思考ではない何かが彼女にそう判断させた。  倉庫の間の闇に入ってショーツの間をまさぐる。冷たいほど濡れていた。そのまま、何も考えず突起と割れ目を掻き回す。しかし、もとより拙い指使いの上、指先も下半身もアルコールで神経が鈍磨している。身体の求める快感は得られず却って昂りがますばかり。知らずに歯を食い縛り、涙が流れていた。  と、肩に手が置かれた。意外ではあったが、驚きはしなかった。こういう時来る女は決まっている。 「探したよ、大井っち」  女性にしては低めの声で言った。 「私の寝室、行こうか」  提督の官舎は、鎮守府敷地内の瓦拭きの木造平屋の一軒家。普段は鳳翔が世話をしているが今は酔っ払いどもの相手をしていて不在だ。  そこに提督は大井を半分担ぐ形で肩を抱いて連れて来た。靴も脱がしてやり、寝室の布団に寝かせ、今度は服を脱がせる。  大井は抵抗しなかった。ただ、(珍しい─)そう思った。こいつはいつも着衣で行為に及ぶ。  ただ、大井を全裸にした後提督自信が服を脱ぎ始めたのは流石に内心驚きだった。提督が右手袋以外を脱ぐのは─というより、この提督が秋口に就任したこともあり、顔面と右手以外の素肌を見るのは初めてだった。  そして、二人とも全裸になった。大井は、綺麗な身体だ、と思った。提督は大井ほど肉はついていないが、すらりとしなやかな身体だった。その身体は布団の上の大井に覆い被さり─文字通り肌を重ねた。  そのまま、提督は自身の全身で大井の全身を愛撫し、攻めた。温かさと、密着感。汗も、涙も、愛液も、その他の全ての体液が二人の間を埋めて滑らかに動かす潤滑油になった。その結果もたらされる快感は、アルコールで鈍磨した身体にも鮮烈で、今までの行為のどれより広く、深かった。 (私、もうこの女なしに生きていられない身体なんだ─)  自然とそう思う。  大井が何度目かの、そして一番高い絶頂に達した時、提督は深いキスをした。そして、大井もそれを受け入れた。 (北上さんの為に取っておいたキス─)  ただそういう思いが浮かび、そしてその他の全ての意識とともに沈んで行った。大井は、ある種の多幸感に包まれていた。 ★★★★★ 幕間 「あの一週間、なんで手を出さなかったの?」  大井は後になって提督に聞いたことがある。自分を落とす為、そんな答えを期待している。最早そういう思考回路になってしまっていた。 「いや、なんとなくそういう気分じゃなかっただけだけど」  提督は顔色一つ変えず、しれっと言った。 (こ、こいつ…)  やはり大井は提督ことがどこか好きになりきれない。 ★★★★★  大井と提督が直接肌を重ねてから少し経ったころ。  あれから時々提督は提督の官舎、或いは提督室からドアで繋がっているベッドの置いてある休憩室で事に及ぶことが多くなった。それでも着衣でのことが多かったが、剥かれることも度々ある。だが提督が再び脱ぐことは殆んどない─そんなある日のこと。  その日は全裸で、いつも通り快楽の波に呑まれて脱力し切っていた大井は、布団の上でうつぶせで息を切らしていた。  ふと、いつもと違う場所に、異物を感じた。そう、「前」ではなく「後」の穴に。 「そこッ…は…ッ」  言い切れない内に、ローションにまみれた提督の中指が中に入っていく。 「おっ案外すんなり入るね~。意外と遊んでた?」 「何を…ッ」  指が引き抜かれた感触の後、今度はまた違うモノが入った。固くて冷たい。 「ちゃんと準備してきたんだから~」  笑いながら言う提督の手にあるものは、浣腸だった。  大井が抵抗し切れぬまま内容物を全て注入されると、激しい便意。なけなしの力を振り絞ってトイレに立つ。提督もそれとなく手伝ってくれる。流石にそちらの趣味はないらしい。或いは布団が汚れるのが嫌なだけかもしれないが。  そして大井はへたり込むように便座に座り、一連の動作を終え、ここのトイレが洋式であることに心から感謝した。ありがとう、誰か知らないが鎮守府のトイレの設計者。  大井は暫くそこで脱力したあと、方々の体で布団に戻った。そこに提督がいるとわかっていても、全裸では他にどこにも行けない。ようやく布団にたどり着くと、また身体を休めるようにへばりこんだ。またしても、うつぶせで。 「こればっかりは裸じゃないと難しいもんね~」  そう言って提督はいつもの如く、微笑のまま、大井の豊かな尻肉を左右に掻き分けて、後ろの穴に口をつけた。 「なッ」  そこまでするか─。それが素直な気持ちだった。あそこを舐めるのも変わらないと言われればそうだが。  提督の長い舌は、入り口(本来出口だが)の周りを一頻りねぶると、中に入っていき、大井の弱い所を敏感に探り当てては責めた。 その度、脱力しきったはずの肢体の筋肉に電気的な痙攣が走り、口からは甘い声が漏れた。  そこで提督が顔を外すと、次は指。掌全体にたっぷりローションをまぶすと、長い指から挿し込んで行く。  前の穴とはまた違う、身体に響くような快感─。大井の前の割れ目はいつの間にか潤い、今や愛液を盛んに吐き出していた。 「初めてで二本指入るなんて大井っち凄いよ~。しかもちゃんと感じてるし。お尻の才能あるよ~」  提督がそうのたまう。  そんな才能要らない─心底そう思ったが、最早それを言葉にする余力は残っていなかった。その後前後両方の穴を責められた大井に寮に戻る力は残っていなかった。  こうして大井の、性感帯と書いて弱点と読む身体の部位がまた一つ増えた。  その少し後。 「大井っち、性感帯増える度に記念日にしない?今日だったらアナル記念日とか─」 「最ッ低ェー!!」 ★★★★★  ある日、大井は空母加賀の居室(空母の居室は個室だ)に呼ばれた。  大井と加賀は、妙にウマが合い、恋愛話をよくする。大井は北上への、加賀は赤城への愛を叫び、その上手くいかぬのを嘆き、或いは進展を喜び合う仲だ。最近はあまり話をしてなかったが─でも勝手知ってる仲だ。きっと良い話だろう。赤城さんと進展があったのかもしれない、外で買っ高い紅茶を持って行こうか─そんな感じで加賀の居室を訪れた大井であったが、扉の前の加賀はそんな雰囲気ではなかった。どこか思いつめたような、覚悟しているような、そんな表情である。 (何かあったの─)  内心警戒しつつ、居室に入り、ベッドに腰かける。 「他の人に聞かれたくないからここに呼んだのだけど」  そう前置きをする加賀。 「な、なんの話…?」 「あなたの話よ、大井」  話を返される。 「あなたと、提督の話」  大井の顔の血の気が引き、背中には汗が浮いた。 「率直に言うわ。私見てしまったのよ。その…あなたと提督がしてる所」 「そ、それは、いつ、どこで…?」  呂律が回らず、上手く話せない。 「一昨日の三時頃かしら…本庁舎の三階の奥の倉庫の脇、奥まってる所あるでしょう…あそこ」  うん、確かにいた。その時間、あの場所に。 「ちちち、因みに何してた?」 「なんて言うのかしら…簡単に言えば、あなたのスカートの中に提督が顔を突っ込むような…」  うん、確かにそれした。正確にはされてた。 「何かの間違いとも思ったのだけど…」  加賀は戸惑うように言葉を探りながら言う。 「その反応を見る限り…」 「ええと、い、色々事情がありましてネ?」  片言になっている。  同時に、油断していたか─との気持ちもあった。今まで誰かに見つからなかったのがおかしかったのだ。いや、見て言ってないだけかも。心臓が速くなる。 「そうよね、事情なしにあなたがそんなことする訳ないわ」 「う、うん」  でも加賀さんなら─そう思った。自分と提督の関係を受け入れてくれるのではないかという淡い期待。 「無理に話さなくてもいいけれど─」 「大丈夫、話すわ」  一旦、肝を据える。そして、最大限提督に好意的に聞こえるよう、今までのあらましを話した。提督のことはやはり好きにはなれないが、最早情のようなものが湧いていた。  しかし、見る見る内に加賀の顔は曇り、次第に険しくなる。 「なるほど、ね」 「そ、そうなんですヨー」  私普段どんな口調で話してたっけ。再びわからなくなった。  それでもなんとか場を取り繕おうとした所で、加賀に押し倒された。その手には力がこもっている。 「え?」  訳がわからない。  加賀は大井に伝えていないことが二つあった。一つは、度重ねて恋愛話をするうちに大井に赤城に対するのと同じ感情を抱くようになったこと。もう一つは、提督との現場を目撃した時、提督が加賀に気付き、スカートの間から目配せをして来たこと。自分が大井に対して抱いている感情を知っていて挑発している─加賀はそう受け取っていた。 「ちょ、待って、本当に」 「忘れさせてあげるわ、あんな女のことなんか─」  そこまで言って、大井の目が潤んでいることに気づいた。加賀は慌てて身体をあげる。 「いいの、大丈夫、加賀さんが怒るのも当然よね、でも…」  一旦息を継いでから、続けた。 「北上さんの他に、体を重ねる人を増やしたくないの…」  それで精一杯だった。  加賀は黙って大井の上からどき、起き上がる大井の手を取った。 「ごめんなさい。あなたと提督のことは誰にも言わないわ」  ポツリと言う。 「ありがとう」  ポツリと返す。 「これからも加賀さんには友達でいて欲しい─」  大井はそれだけ続けると、目元を拭いながら部屋を出て行った。  加賀の頭の中は嵐の様に荒れ狂ってまとまらずにいた。大井と提督の関係。自分がここまで大井を想っていたこと。それを大井に拒否されたこと。そして何より─今の状況にひどく興奮していることに。  加賀はその晩、初めて大井を想って自涜に耽った。 ★★★★★  ある日、いつもの如く大井と提督が行為に及ぼうという流れになった時、意外なことがあった。 提督が「今日はこれ着てね」と包みを渡して、隣の休憩室で着替え来るるように言って来たのである。  コスプレプレイ。今までになかったパターンだ。普段は大抵制服のままでたまに裸に剥かれるけど…ん?コスプレプレイだとプレイが重言になってしまうのか?いや、それはどうでもいい。問題はその服だ。隣室で大井は包みを開いてぎょっとした。そこに入っていたのは─。  島風の制服。  通称島風服。まさか本物ではあるまいが。しかし。  ─これは着ていいもんなのか?というか着れるのか?─それが第一に思い浮かんだ。  制服は際どいけど、島風ちゃんはいい子だ。性格も明るいし、戦闘も強い。制服は際どいけど。いや、制服のデザインは本人ではないから罪はないけど─やはり際どい制服だ。  そこまで考えて、考えるの止めた。どうせ拒否権はない。取り敢えず着てみることにして、そして結果着れた。着れたけれど─。 (何これ殆んど下着じゃない!) 心の中で叫ぶ。  いや、島風ちゃんを下着で勤務する痴女なんて言いたい訳ではない。あの駆逐艦の中でも細い方の島風ちゃんが着てるから際どいで済んでるのであって、彼女より上背と肉のついてる自分が着てるから─誰にとなく心の中で釈明する。  事実、鏡で見た自分の姿は「際どい」を超えていた。  トップスは、島風が着たら鳩尾下まで届く所、大井が着ると鳩尾どころかその豊かな乳房を覆いきれず下半球が丸見えだ。  スカートも、その半径の都合で腰の高い位置で履かざるを得ず、その短さも相まって股関節周りと尻の大部分がこちらも丸見え。  そして、申し訳程度に秘所を隠すTバックのブーメランパンツが、広い腰と股に食い込む。  正直、裸を人に見られるより恥ずかしい。  一応ついている手袋とニーソックスと靴も履く。靴が随分なハイヒールで少し怖い。あの子これ履いて平気でカツカツ歩いてたのか…。少し尊敬…。  と、そこで待ってたかのように提督からのノック。 「大井っち、そろそろ着替えられた~?」 「き、着替えられたけど…」 「じゃあ、こっちの部屋来て」 「えっ」  このまま休憩室で致すと思っていた大井は少々虚を突かれた。そして、一瞬逡巡したあとドアノブを回して僅かに押すと、トップスとスカートの前を両手で必死に押し下げながら、肩でドアを開けた。 「アハハ、大井っちが着ると余計凄いなぁ」  提督が悪びれもせず言う。 「あ、因みにそれ、本物だから」 「えっ」 「島風ちゃんに言ったら貸してくれてね。あと今日は、これからその格好で鎮守府散歩だよ」 「えっえっ」  次々と浴びせられる驚きに頭が混乱する。情報の整理が追い付かない。しかし、とにかく。 「最後のは絶対無理!」 「ん~?」  いつもの微笑みを、心なしか強くして提督は言った。 「じゃあどんなことならしたいのか、その口で言ってよ。どんな格好で、どこで、何を、どこをか、具体的に。」 「~~ッッ」  こういう流れだったのか。しかし他に手はない。  大井は、顔より赤くし、蚊の無くような声で言い始めた。 「し、島風ちゃんの制服で…」 「どんな制服?」  一瞬、ぐっと言葉に詰まる。 「島風ちゃんのえっちな制服で、この部屋で気持ちよくして欲しいです…」 「どこを?具体的にって言ったよね?」 「む、胸とか、あそことか…!!」   半ば自棄になって、段々声が大きくなる。 「まだあるよね?大井っちの大好きな所」 「…お、お尻も、お願い、します…」 「よく言えました~」  提督はさも嬉しそうに笑いながら手を打ち、言った。 「いや~仕方ないな、大井っちのたっての希望とあらば。全くエッチな娘だね」  大井はその赤い顔で無言で睨みつける。 「しかし…」  提督はそう言うと、すっと動きを読ませない動きで大井の眼前に立った。 「本当に凄い格好だねぇ」  そう言いながら、大井がスカートを前に下ろした分露になっていたその臀部を指先で、つつと撫でた。 「ッッッ」  予想外の刺激に、身体がびくんと反る。同時に、慣れないハイヒールのバランスが崩れた。 「おっとっと」  提督はそこを慣れた手つきで立ち直らせると同時に大井の背後に回る。 「いやーこっちなんか丸見えだ」  そのまま屈み、いつものように大井の豊かな臀部を掻き分けると、一本の黒い紐が上下に横切っているだけの後ろの穴を見える。そして、そのままねぶった。  大井の身体が快感に小刻みに震える。それを抑えるように胴体を丸めながら、片手で壁に手をついてバランスを取った。秘所の周りに液体が広がっていく感覚。 (ごめん、島風ちゃん…洗って返すから─)  心の中でそう謝りながら、足の力が萎えていく。壁にかけた手の方に体重が移らせていきながら、辛うじて体勢を保つっていた、そんな時。 「あっ、いっけない。その服ならではもしなきゃね」  それが大井の耳に入った時にはもう提督は立ち上がっていて、大きく開いた脇に手が伸びていた。 「いつも触ってる時、脇が敏感だと思ってたんだよね~」  何も言い返せない。脇に、細い指から丁寧に送られる感触が下半身の熱と紐付いていく。  耐えきれず後ろに重心が揺れた。提督がそれを抱き支え、首を丸めて大井のすぐ耳元で囁く。 「今日はまた、性感帯増やしちゃおっか」  言葉とともに吐息が耳にかかる。そこが熱い。それがまた、全身の感覚と紐付いていく。  今日増える性感帯は、二つかもしれない─。なんとなくそう思いながら大井は体重を提督に任せた。  その後、結局隣の休憩室に戦場を移した二人は、いつもと違う服装と新しい場所の快感にいつも以上に乱れた(主に大井が)。  島風の制服が現状復帰不可能になるほどに。  冷静になった大井は常識的な倫理観において青ざめたが、提督は島風の制服の新品を自費で用意してあった。 (確信犯(誤用)かこいつ…)  責めたのは提督だが汚したのは大井の体液だから、という理屈においてその新制服を渡しにいくのは大井になった。果たして。 「……」  島風は多くを聞かなかった。ただ、一言、色んな事を諦めた顔で言ったのみだ。 「まぁ、よくあることですから」 (よくあるのか……)  そう思った大井だが、彼女も多くを聞かなかった。 ★★★★★  その日もいつも通り大井は蕩かされていた。いや、心なしかいつもより念入りだったかもしれない。それでいて頭はいつもより妙に冴えている気もする。全裸に剥かれていたのも、珍しいというほどでもないかいつもと少し違う点だ。  行為は官舎で致す時もあるが、その時は提督室内で繋がっている休憩室のベッドだった。大井はそこで放心していて、提督は提督室の方にいるのかここにはいない。 ふと、提督室の方から話声がする。誰か来たのだろうか。なんとなく聞きなれた声な気がする。まぁ大抵の艦娘の声は聞き慣れているが─。  そんなことを、大井は呆けた頭で、言葉に紡がずなんとなく考えていた。さらに何か軽い物音もしている。何か搬入でもしているのかしら。と、意外な音がした。ノックの音。  ─提督室と、この休憩室を繋ぐ扉に。  その瞬間、「えっ誰かいるの」という声も小さく聞こえた気がする。やはりそれは特別聞きなれたような─そこまで考えた所で提督は無遠慮に入って来た。もう一人の影の手首を取って休憩室に引き入れている。  咄嗟にそちらに目を向けていた大井は、色んな意味で固まっていた。意味がわからない。この光景が何を意味しているのか。一瞬、自分が提督に抱かれている意味─そういうことが頭をよぎった気もする。  そこにいたのは、全裸の北上だった。 「いや、タイミングが合ったし、最近雰囲気いいからさ」  提督は特に気にしていないような調子で言った。 「な───」  言葉が出ない。顔から血が引き、そして嫌な汗が背を伝っている。動悸も。加賀に行為を見た旨告げられた時よりも、彼女の身体は緊張状態を示していた。  この光景を北上に見られたことも、その北上が全裸なことも、それを提督が連れて来たことも─全てが頭で繋がらず、しかし一方でどれもが彼女にとって強い負の感情をもたらすものであると本能が言っていた。 「大井っちも…なの?」  北上が小さな声で尋ねた。 「も」──?  その言葉の意味もわからない。  提督が言葉を接ぐ。 「いや、北上さんとはね、着任して少し…でもやっぱり大井っちと同じくらいかな?どっちが先か覚えてないけどね。  二人きりの時北上さんの方から言い寄って来たんだよ、でも、本気じゃない。ちょっとした遊び心だったんだと思うよ。  でも、私主導権を人に握られるのって趣味じゃないからさ」 提督はいつもの微笑み─ニヤつきを崩さず、当然といった様子でそう告げた。  思考の前に、言葉が出た。 「わ、私に、かくしっ…」  そこで息が詰まり、そしてまだ呂律の回らない口で言い直した。 「だ、騙してたの──?」 「仲良くなる為にちょっとだけ嘘を言ったかもね。  でもほら、こうやって本当を知らせる機会は作った訳だし、ノーカンてことにして貰えないかな?」  提督はやはり、悪びれる様子はない。  大井の頭にはさっき引いた血が登ってきた。さっきまでは快感で、今は恥辱と怒りで赤くなっている顔で強く眉間を寄せて、提督を睨みつける。視線で人を殺せるならこういう顔ではないか、そういう顔だ。そして。 「許さない…絶対に許しませんから…!」  その言葉に、提督はやはりいつもと同じ顔のまま、黙って自分の服に手をかけることで答えた。  提督は上着から順に、そして全裸になった。あの晩以来初めて。 「な、何を─」  そこ迄いいかけた所でその口を唇で塞いでいた。深い、深いキス。それだけで、大井は気力が萎えそうになる。  そしてそのまま、久方ぶりに二人は肌を重ねた。提督が半ば強引に大井を抑えつけている所は前回と違うが。そしてやはり、あの晩と同じ全身を使った愛撫。  二人の身体から出る体液の全てが二人の隙間を埋め、大井の力が抜けるのと同期して絡みあいは強くなり、境目が消える。  深く、広い愛撫。提督の身体のどこかが届く範囲、性器や体表面は勿論、内部でもその開口部から舌や指先が届く範囲は全て性感帯と化していた。それが時間をたっぷりかけて行われる。  アルコールのフィルターを通してなお鮮烈であったそれを、素面で、しかも散々性感帯を増やされ、調教された後の大井に行うのはある種の拷問ですらあった。  全身から送られてくる強い快楽の感覚。それに伴う強い緊張と弛緩の電気信号が大井の身体中に駆け巡り、全ての筋肉は不随意に痙攣し始める。口からは意味のない叫びがただ漏れるだけだ。  そして大井の意識はその形を保てなくなり、霧散して、最早雌としての快感を感じるだけの存在と化していた。それを自覚しつつもある。  快感はどんどん深く、高く上下する波のように襲ってくる。その波の幅が頂点に達して至る─その直前で毎回提督は手を緩めた。そして、大井がほんの少し落ち着きを見せた瞬間に再開するのだ。最後、それが最も大きな波に成長した瞬間、提督は初めて大井から身体を離して、口を聞いた。 「イきたいよね、大井っち」 「ひゃ…い…」 「じゃあ、いつもの挨拶しなきゃね」  その時ベッドに仰向けになっていた大井は、ただその両手と股を開いて言った。 「わ、私は…提督さんの…ものです…めちゃくちゃにしてくだひゃい…」  そう言って大井は提督に身を委ねた。最早彼女には思考力や意思力は残っていない。恨みすら。 「いい子だ」  そう言う提督の顔は、飛びきり嬉しそうだった。  その一瞬後、生まれて一番の絶頂を経験した大井の身体は、最後の力で少しだけ跳ねると、その後全ての筋肉が弛緩した。身体中の体液が垂れ流しになったが、最早今更だった。  大井は全てを忘れ多幸感に包まれていた。あの晩よりもっと強く。 ★★★★★  あの晩、北上が提督に抱かれており、自分が最早提督の奴隷であると大井が知ったあの晩から数週間が経っていた。  大井と北上の間には微妙な空気が流れている。  それまで自然に行っていた日常のやりとり全てに不自然な間がはいり、僅かに緊張するようになっていた。それまでの頻繁なスキンシップも一切ない。  鎮守府の誰もがそれを感じながら話題に出来ずにいた。もとより親しい二人の関係であったから余計であった。  大井が秘書艦のある日、二人きり時、提督が初めてその事に触れた。 「別に…なんでもないですよ」  そういうだけの大井に、提督はふんと一息つくと言った。 「今日課業後、北上さんとウチに来て。これ、業務命令だから」 「はァ…」  大井は力なく答えた。  そしてその夕刻、提督の官舎。 いるのは提督と大井と北上、その三人だけだ。普段そこの世話をしてくれている鳳翔はもう帰してある。  提督は寝室で、布団の上に二人を並んで座らせて、言った。 「これから二人で、シて貰うから」  そこには有無を言わせない所があった。  雷巡二隻は、無言で答えた。 「ほら、脱いで脱いで」  提督が声を盛んにかけて、半ば無理やり二人が裸になる。そして向き合いふたり。 「ほら、触って。北上さん、大井っちは最初おっぱいを付け根から少しずつ乳首に向けて触られるのが好きだよ、ほら」  北上がおずおず手を伸ばし、触れる。そこから、二人は提督の具体的な指示の元触れ合い、段々と力が抜けて感じていった。その内、どちらとなく自然相手の感じる場所を探ってそこに触れ合うようになる。その流れで、全身の肌を合わせて、絡みあっていった。 もとより双方長年求めていながらその距離を詰められずにいた仲だ。緊張が溶ければ自然とお互いを求めていく。相手の身体、体温、快感、その他全てを。 (北上さん、北上さん、北上さん…)  それだけを考えながら、大井は北上の全身をまさぐった。北上の口から甘い声が漏れる。その口を唇で塞ぐと同時な存分に濡れた北上の秘所に指をやった。舌と指と両方が北上の中に入っては絡み合い、また深く入って行く。と。  指先に、何か薄いものを破る感覚があった。  大井は本能的に身を剥がすと、その指先に目をやった。血がついていた。  あの晩と同じく混乱して北上の顔に目をやると、北上は快楽だけではなく赤くした顔で、うつむきながら言った。 「提督、お尻とかクリとかばっかり弄ってくるんだよ、変態だよね~…」  敢えて軽口を叩こうとしてるようであった。 「でも気持ちよかったから、痛くなかったよ、大井っち…」  北上がそこまで言うと大井が提督に目をやった。提督は目を細めて言う。 「大井っちにプレゼント。あ、唇もだよ」  大井は初めて提督に肉体的快感意外のプラス感情を覚えた。  一頻りの後。  三人でなんとなく話していると、提督が水を向けた。 「そういえば大井っちの初めてって誰なの?遊んでる風には見えなかったはら処女じゃないのに驚いたんだけど」  北上も興味があるように身を乗り出す。 「え……私は……自分でやってる時に深く入れ過ぎて……」  提督と北上は爆笑した。  さっき初めて提督に覚えた感情は間違いだったかもしれないと、大井は恥ずかしさで震えながら思った。  更に因みに。  業務命令と言った手前か、提督は当日二人に時間外勤務の記録をしていた。  時間管理担当の妙高は、官舎で資料整理を二人としていた旨提督から説明を受けたが、それを聞く顔を色んなことを訝しんでいた。 ★★★★★  この鎮守府の金剛は(多分)他所と同様、所謂提督ラブ勢である。しきりに愛をささやき、ボディタッチも多めで、提督に関わる何事にも積極的だ。  しかし、提督は彼女を抱いていなかった。  大井が偶然話の流れでそれを知った時は訝しんだ。この提督があんなに都合のいい女を見逃す訳はないと思うのだが。当然理由が気になる。その答えは。 「だって重そうじゃん?」 「こ、このクズ!」  その言葉が思わず口に出た大井であった。  しかし、こうなると引けないのは提督である。クズと言われては黙っていられない、ましてや顔のいい女から言われたのでは。  果たして、数日後課業外に提督と金剛と大井が提督官舎の寝室に集められた。今回も鳳翔はいない。大井は更に訝しんだ。このシチュエーション、既視感があるのだが…。自分が布団の上にいる点も。ただ今回同じく布団の上にいる点が違う提督が、傍にいる金剛に言った。 「今から私と大井っちがヤるから、どう感じたか教えて」 「紛うことなきクズ…!」  やはり思わず口から出ていた大井である。  そこからは流れであった。普段時間をかけてペッティングする提督であったが流石に抵抗されると踏んでか少々強引な責め方だった。しかしそこは場数というのか、やはり大井は乱されてしまった。  そしてそれを見ていた金剛も、色んな意味で驚いて顔を赤くしつつ事態を見守っていた。思わず顔を手で覆うが、その指の隙間からバッチリ二人の痴態(主に大井の)を捉えていた。普段は提督につっけんどんな風がある(それなのに隔週で秘書艦にされている)大井の普段の姿と乱れ方のギャップとそれをいつもの顔をこなす提督の姿は金剛の性倫理を吹き飛ばす程強烈であった。金剛の身体は自覚なくその下半身を中心に熱を灯し始め、そして大井が果てる頃には金剛も顔を火照らせ下着の濡れているのを自覚した。 「と、こんな感じなんだけど─」 予測させないタイミングで提督が言った。 「どう?」  金剛は一瞬戸惑い、そして覚悟を決めたように返した。 「流石私が惚れた女性デース!ベッドの上でも強者とは見惚れましター!」 「うんうん」  提督は満足そうだ。  金剛はぐったり脱力している大井にも告げる。 「しかし、大井も提督ラブとは知りませんでしター!同じ女を愛する仲間として仲良くしていきまショー!」 「いや、私は提督にそういう感情持ってないんだけど…」 「エ?」 「色々あって身体だけの関係っていうか…」 「エ?エ?」  大井の言に再び困惑の色を強くした金剛に遮るように提督が言う。 「まぁいいじゃないそこん所は。それより金剛ちゃん、エッチな気分になっちゃったでしょ、ほら、こっち来て」 「エ?エ?」 「私に任せて」 「あの、私初めてなんデスが…」 「大丈夫、気持ちよくしてあげるから」  そう言いながらスルスルと、何故か慣れた手つきで金剛の服を脱がして行く提督。その流れで、このムードも糞もない状況で金剛の初めては散った。達した脱力状態のままそれを傍で見せられた大井は、やはり。 「マジでクズ…」  その評は最早確固としたものになっているようだった。 ★★★★★  普段提督の身の回りの世話や家事、官舎の管理などをしてるのは鳳翔である。  その親しみやすさで駆逐艦連中に懐かれながら、夕方には酔っぱらいの相手をしている「艦隊のお母さん」だ。  ある日、提督がしたたかに酔った日があった。隼鷹や那智と飲み勝負になった所に、更にそこに武蔵が加わって色々と無茶苦茶になって終わった。誰が勝ったのは不明である。『勝利者などいない』。  そのまま方々の体で官舎に帰った。そこで先に帰って待っていたのが鳳翔である。  そこで提督にムラっ気が起きた。  水の入ったグラスを伸せた盆を持ってきた鳳翔の、両肩を掴み、壁に押し付けて、顔を寄せた。  そこで肌が触れ合うか、というタイミングで提督が我に返った。 「いや、すみません鳳翔さん」  手をパッと離して壁と鳳翔から距離を取る。因みに、鳳翔は提督の女性関係に関しては承知の上だ。むしろ役割から一番詳しいのが彼女かもしれない。  鳳翔はグラスと盆を床に置くと、少し乱れた裾に手をやった。そして、直す前にわざと提督の方に身体が見えるよう手をやると、笑いながら言った。 「やはり若い娘がお好きなの?私はかまいませんのに」  提督はそちらを見ないようにして制服を脱いでいる。 「いやぁ…流石に大和は敵に回せませんよ」  鳳翔と大和は公然の仲…というかそれを取り持ったのがこの提督だった。そして大和は艦隊一番の戦力であり─その純心さ故か独占心も強い。  提督はやはり鳳翔が敷いた布団に一人潜り込み、鳳翔は普段と違ってころころと笑いながら提督の脱いだ制服をクローゼットにかけていた。 ★★★★★  繁忙期を越えた繁忙期、そんな日々だった。  突如想定外の場所に湧いた深海棲艦への対処、その報告書、他機関からの資料提供の要請(勿論直接の上部機関からの圧力付き)、そして決してずらせない年度末の決算処理。それらが重なった。  戦闘が終わった後は、事務処理が出来る艦娘は総動員された。戦闘後の入渠も後回しである。勿論性質上閲覧者が限られる情報もあるから、そういった権限をもつ者程仕事量が増える形になる。その最たる者が、その決裁の殆んど全てにその印が押される提督であった。しかも、この鎮守府の提督は出来るだけ全ての書類を自分で目を通したがった。それも後半は無理になったが。  それでも提督は駆逐艦と潜水艦の類いの殆んどは定時で帰らせていたが、それら以外の艦娘たちの時間外は順調に積み上がり、提督自身の時間外勤務実績は三週間で100時間を越えた(含休日勤務)。 その最後の書類に提督印が押され、最後の確認を全員でした後、配送の鞄に入れたのが今日の昼前。  疲れた──。  それがその時の鎮守府を支配し、全員が共有する感情だった。  勿論大井とて例外ではない。この三週間以上は提督とも北上とも指一本触れていないが、流石に性的なものより疲労が、前者が自覚出来ないほどに圧倒的に強い。  鎮守府内の放送で、その日の午後は、当直を除き全員が年次休暇及び休日勤務の代休消化に宛て、かつそれら手続き自体も翌日以降の事後処理にする旨、提督名で連絡が為された。  全ての部屋から安堵のため息が聞こえるようであった。  大井も事務室を出て久しぶりの昼寝に焦がれていた所に、妙高から話しかけられた。その目の下には黒々と隈が出来ている。 「提督がお呼びよ」  それだけ告げると、今回は最早何かを訝しむ余裕もなさそうに去って行った。  ─マジか。  それが第一に浮かんだ言葉だ。色んな意味で、マジか。  自分の疲労に対してもそうだが、提督の疲労に対してもだ。いつか忘れたが最後に見た時、あのニヤついた目と口元は健在だったものの疲労の色は濃かった。それから更にの後なのに、早速か。  お元気なこって─。  そううんざりする気持ちも実際強かったが、断る気にもなれなかった。一番働いていたのは提督なのだから。まぁ、今日はなすがままになってやろう、途中で寝入ってしまったら申し訳ないが。  そういう気持ちで提督室に来た。ノックに反応がないが在室札はかかっているので入ることにする。と、休憩室に続く扉が開けっ放しだ。珍しい、というより普段ならあり得ない話だ。開口部が非常時の浸水経路になる以上、海軍軍人は常に開けた扉を閉めるよう教育されている。  訝し気にその中を覗くと、提督がベッドに仰向けで倒れていた。そう、横になっていたというより倒れていたという感じでそこにいた。  普段はいつもニヤついている─他の艦娘には涼しげな微笑みに見える─目と口元は両方半開きで、疲労以外の表情が一切読み取れない。いつも整えられている髪の毛と軍服も、どこか乱れ荒んでいた。 「大井っち」  提督が口元だけ動かして言った。 「横に寝て」  大井はいつもと違う様子の提督に困惑しつつ、ベッドに上がる。  もとより提督一人の休憩用のベッドだ。普段は大井一人寝かされ提督が責めていたから不都合なかったが、二人で並んで寝ると流石に狭い。密着した形になる。  と、初めて提督の口以外の部分が動いた。  微かに残った力を集めてやっと、という感じで上半身を起こすと、そのいつもと違う顔を、大井の胸に埋めた。そこには普段の卑猥さは一切ない。  そのままの体勢で。 「大井っちにお母ちゃんになって欲しいなぁ…」  そう言うと、そのまま寝息を立てしまった。  いつもとのギャップ。今まで見なかった側面。最後の言葉。そういうものに、大井は今まで感じなかった感情が湧いてきた。それをどう名付けたらいいか、もうその頭ではわからないが。  そして、そのまま二人で眠りに落ちていった。今まで初めてのことだった。 ★★★★★  因みに、武蔵と提督は、弱味等そういうのは関係なく普通に行為を行っている。  着任してすぐに、武蔵と目を合わせた瞬間、悟った。こいつは同類だ─。それからの仲だ。  しかし、その行為は大井のようにはいかない。行為において主導権を握ろうとする点でも、武蔵は同類だったからだ。しかも、戦艦だけあってその身長は提督の頭二つ高く、その大和より筋肉質の身体は正面から張り合ってもとてもかなわないだろう。  それでも、提督は主導権を取ろうとする。一方的に責められるのは彼女の趣味ではない。武蔵もそれに付き合ってくれるのか、適度に力をセーブしてお互いの身体の位置を常に入れ替えながらの責め合いになる。それはさながら、格闘家の寝技の掛け合いの如くだ。  結果、提督は毎回体力を極度に消耗することになる。  だから武蔵との行為は月一回、それも休日を翌日に控えた日のみにしている。  それでも、提督は武蔵との行為をやめるつもりはない。次こそ、武蔵を責め倒すと心に決めて。 ★★★★★ 「大井っちと北上さんが結ばれたから、私とも気兼ねなくエッチできるね~」  朗らかな顔で提督がそう言った。 (その理屈はおかしいだろ…)  内心そう思いつつも、大井は最早提督の技巧ではなくては満足出来ない身体になっている。しかも北上も提督を自分の大井を結びつけてくれたキューピッドくらいに考えていて大井と提督の肉体関係には特に思う所はないようだったから、その関係は続いていた。  そんなある日。  いつものように業務をやっつけ、今までの多くの場合と同様に着衣のまま提督室で、あれ以来慣例となりつつある深いキスをする。  深く、長いキス。  提督の長い舌が、軽く大井の唇を撫でた後、中に侵入する。そのまま、時間をかけて口内の全ての表面を蹂躙する。提督と比べると拙い動きの大井の舌と絡まりながらその回りをねぶり、唾液の分泌を促進しながら水音を立てていく。口蓋は勿論、舌の下、歯や歯茎、そこと唇の間も。更に舌を伸ばせば、喉まで届くのではないかと思われた。  それ自体はいつものことだ。これが合図とすら身体は思い込んでいる。いや、キス自体に快感を感じるようになっていた。それが─。  長い。いつも以上に。  いつもならそこから更に口外に舌が伸びるタイミングで、唇同士の圧力が若干緩み、また押し付けられた。そして、また一から同じことが始まる。  それが、何回か繰り返された。体感で10分も続いたろうか。  大井の下半身を中心として、身体中が熱を持っている。そして、更なる行為の準備を待っている。それが、こない。いつもはキスの間ずっと目を瞑っている大井が、何回も目を明ける。その内提督と目が合った。いつもと同じ、微笑んだ目が、更に細む。  と、その顔が離れて、同時にいつの間にか手袋を外した右手が大井のスカートの中に侵入して、ショーツの上から秘所を一筋優しく撫でた。  びくんと跳ねた大井の身体の背を提督は左腕で支えて、抜いた右手を大井の眼前に示した。  それはたっぷりと濡れている。  いつもの微笑み─ニヤつきのまま言った。 「キスだけでこんなに濡れちゃうなんて、もしかして私のこと、好き?」  大井は思わずその赤い顔を逸らす。  『好き』─。そういう言葉を目の前の女に使いたくない。大井にはそういう意地がある。身体はたしかにこいつのモノだ。最早腐れ縁だとも思うし、その働きぶりを含めて情も湧いている。でも。好きというのは、違う。それを向けていいのは北上さんだけ、まだそういう意地がまだ大井にはある。 提督はまだニヤつきながら、その大井を見ている。その顔を、強く睨む。その息づかいは、荒い。  『好き』ではないけれど─。  やはり、身体はこいつのモノなのだ。  提督の問いには答えず、大井はただスカートをたぐり上げて、いつもの『挨拶』をした。  心なしか、提督の顔はいつもより満足そうだった。 ★★★★★  当鎮守府の提督は基本的に紳士であり淑女である。だから、極一部の例外を除き人望に篤く、駆逐艦連中からは憧れの的ですらある。  でも誰しも自制心には穴がある。あった。色んなことが重なって。  その週、大井を含めて肉体関係はおろかボディタッチ多めの艦娘は全て出撃や遠征や入渠の関係で提督の近くにおらず、提督は本能的に女体に飢えていた。  その日、上部機関への急ぎの報告書類の配送の締め切り日で、提督は決裁前の全ての書類に目を通さねばならず神経を使っていた。 その時、一通りの決裁を終えて配送用の鞄に一式を入れて、それを使いの駆逐艦に渡して緊張の糸が切れる所だった。  その瞬間─駆逐艦の出たドアが閉まり、提督の緊張の糸が切れた瞬間、偶然秘書艦の尻が目の前にあった。それが、久しぶりに来た、気安い摩耶のものであったのも関係あるかもしれない。とにかく─。  そこに手が伸びた。  大井とはまた違うタイプの、身の詰まった量感のある臀部の感触を提督の脳がしっかり捉えた時、我に返った。 「あっ、これは、違うの」  普段見せない慌てた表情、しかし無意識にどうにか普段通り装うとしてる所もある、そんな様子だ。  そんな提督を、摩耶は普段の竹を割った性格とは違う、ジトリと見る目付きで言った。 「提督、ウザい」 「───ッッッ」  それは、それまでの提督の人生でも指折りのショック体験だった。そしてその課業後。 「私摩耶に嫌われちゃったのかなぁ~!?」  大井と北上の居室で嘆きを上げていた。それも、大井の膝の上で。  大井は困惑していたが、北上はどこか微笑ましそうだ。確かに、いつもの余裕たっぷりの表情を提督が崩すのはどこかいい気分だが。だが─。 「かつて私に触られて嫌な顔をした女性はいなかった…」  こんな事をのたまわれるのは、また別の意味で嫌だ。 「ここにいるんですけどぉ!?」  大井が突っ込む。正確には『いた』だが。 「大井っちは私に触られると気持ちいいから好きじゃん?」 「こ、こいつ……」  大井は一瞬絶句した後、無視して次ぐ。 「大体、そのセクハラ癖直す機会じゃない」 「でも衣笠なんか触り返してくるんだよぉ!?」 「じゃあ衣笠さんとずっと仲良くしてたらいいじゃない!?」 「摩耶の体格の良さは唯一無二なんだよぉ!それに私は顔の良い女性には誰一人として嫌われたくない!」 「こ、こいつ……」  大井、再び絶句。こいつはどこまで…。  その二人を見る北上は、相変わらず楽しそうだ。  結局、流れで大井が摩耶の気持ちを聞いてくることになった。喧嘩した小学生か。そう呆れながら。  軽巡達の居室の隣に並ぶ重巡たちの居室、その中の一つの扉を叩いて、軽く要件を告げ、出てきた摩耶に改めて、出来る限りのオブラートに包んで提督への発言の意を問うた。 「あれは少し驚いて…言葉の綾っていうかさ、別に提督のことは嫌いじゃないよ、むしろ─」  バツの悪そうに摩耶が言う。  やっぱり。大井は内心そう嘆息した。そもそもあの女、周りの人間が全員自分の掌で踊っていると思っているから予想外のことで取り乱すのだ。全く、自信過剰なのか卑屈なのかわからない。それくらいでは嫌われない仕事をしてると客観的に見れば─。 「大井って、なんだ、やっぱり提督とそういう仲というか…」 「は?」  摩耶のその発言は全く予想の埒外と言うか、心外のものだったから、それに対する反応も全く素であった。 「い、いや違うよな。大井には北上がいるもんな。変なこと聞いてすまん!」  それをどう捉えたのか、摩耶はそれだけ早口に言うと居室に引っ込んでしまった。 (そういう、仲──????)  大井の思考は宇宙の彼方に飛んでいたが、それこそ客観的に見た結果であった。あの提督が隔週で秘書艦にし、しかもこんな用事をことずかって来る。 (周りからそう見られてるのか─)  大井は一周回ってそういう結論にたどり着くと、心からげんなりした。しかも、もしかしたらこれもプレイの一環だったりして?そんな可能性が頭をよぎるとなおさらである。  もう、嘘を言ってやろうか。提督の待つ自分の居室に戻りながらそう考える。でもやはりそれは出来なかった。彼女もやはり根は真面目だった。勝手に提督の掌で踊るほどに。  最も、今回の一件は本当に提督の予想外のことだったのだが。  提督がいつもの表情になっている頃には、夕食の時間を告げるチャイムが放送に乗って聴こえてきた。 ★★★★★ 「いつもと逆にしてみない?」  一通り前の前戯が終わり、準備完了。そのタイミングでそう言ったのは提督だった。 「逆?」  そう問う大井に提督が続ける。 「いつも私が大井っちのスカートの中に頭突っ込んでるじゃん?」 「じゃん?って…」 「だから、その逆」  そう言いながら、もう提督の手はズボンのベルトを解き始めている。そのままズボンとショーツを足首まで下ろすと、その背を壁に預けた。 「ほら、おいで」 「おいでって…」  大井は提督のペースに乗せられてる自覚がありながら、今日はもう引き返せないほど仕上がっている。その提案に従うことにした。 その為自然、提督の前に膝をつく─跪く形になる。下から見上げると、その長身もあって顔の位置はかなり高く感じ、下腹部の位置も思っていたより高い。 (憎らしい程足が長いわね─)  絶対口には出さず、その間に手を添えて、顔を上向きにして顎先を差し込む。鼻先が整えられた陰毛に触れた。舌先で先端の突起を舐めてから、割れ目に口を宛てて挿し込む。そこは意外な程に水分に富んでいた。 (こいつもヤりながら興奮していたのか)  それは気付きというか、言われてみれば当たり前だがそれまで思いつかなかったことだ。そこに意外感や安心感が伴っている自分にも驚いた。  そのまま、提督の感じる所を探りながら中を舐め回し、また時には口を離し突起の方にも口をつける。しかし、その状態で上目遣いに見える提督の顔をいつもと少しも変わらない。蜜は多くなっているから感じてるはずだが─。そう思いながら提督の弱点を必死に探る。  しかし必死になればなるほど、その態勢も相まって『ご奉仕』という言葉が思い浮かぶ。いつもは自分がされてることなのに、責められているのをやり返しているのに─。  しかも悔しいのは、その状況に興奮してる自分がいることだ。無意識にそぼ濡れているショーツの中に自ら指を入れていた。しかし、やはり自分では至れないのだろう、この後また『おねだり』する羽目になるのだろうな。どこか冷静の自分がそう考えてるのを大井は感じていた。