「君ならばオファニモンに進化できる器があったというのに!なぜ堕天など!」 エンジェモンは叫んでいた。 「うるさい黙れ!そんなこと知るか!お前も堕ちろ!ダークネスウェーブ!!」 身につけた装備類を全て破壊され追い詰められたレディーデビモンは、苦し紛れに暗黒の波動を彼に向かって放つ。 「ヘブンズナックル!」 エンジェモンは波動を巧みに避けて飛行しながら接近し、彼女に拳を叩き込んだ。 「ぐぅぅっ…!!」 「なぜだっ!私たちっ!天使はっ!この!世界を!維持する!究極の!善なのに!」 怯んで生まれた隙を見逃さず、彼はひたすらに拳を打ち込み続ける。 「もういい。」 エンジェモンを制して現れたのは、ホーリーエンジェモンであった。 「くぁぅ…お…まえ…!」 「一度闇に堕ち穢れたデジコアは…例えデジタマに還り転生したとて…穢れが濯がれることはない。」 ホーリーエンジェモンは手をかざし、”扉”を作り出す。 「貴様のような”悪”を、我ら天ノ使イは拒絶する。セラフィモン様の意思のままに…貴様を追放する。ヘブンズゲート!」 もはや這うことすらやっとだったレディーデビモンは、為す術なくそれに飲み込まれた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ … …… ………冷たい。 顔に雨粒が当たるのを感じて、私は自分が意識を取り戻している事に気がついた。 なんとか目を開けて辺りを見回すと、そう遠くないところに雨を凌げそうな物陰を見つけた。 私は身体を引き摺り、なんとかそこにたどり着いた。どうやらここは、何かの建物の外壁らしい。 私はそこにもたれかかる。 不思議だ。顔に雨がかからなくなっただけなのに、もうあまり冷たさを感じない。 私はその時にようやく気がついた。体の感覚がほとんどない。 命を手放す時が、刻一刻と近づいている。そう感じた。 回復カプセルの一枚でもあれば…まだなんとかなるはず… そう思って辺りを見回してみたが、この路地裏には回復カプセルどころか、デジモンの一体も見当たらない。 どうやら、おとなしく死を受け入れるしかなさそうだ。 せめて、デジタマに還った後の私が、まかり間違っても天使型になどならないよう祈ろう。 …祈る? 堕天使に身を窶し、天使に牙を向いた私が? 馬鹿げている。まだ私は、祈ることを忘れてはいなかったらしい。 自嘲しながら目を閉じようとしたその時、びちゃ、びちゃ、びちゃと、誰かがこちらに近づいてくる音が聞こえた。 「これって…」 そう呟きながら私を見ていたのは、人間だった。 「…お前…そんなにデジモンが珍しいのか…?」 「デジモン…なのかな…?」 「見れば…わかるでしょ…!死にかけなのもね…!」 若い男のようだ。 「えっと…大丈夫…ですか…?」 「だから…死にかけだって…言ってるでしょうが…!」 話が噛み合わない。コイツは人の話を聞く気がないのか? 「答えがないってことは…もう死んでる…?いや…でもデジモンって確か死んだらタマゴになるんだっけ…?」 「は?さっきからずっと答えてるでしょ…!もう失せろ!」 そう言おうとして、なぜ話が噛み合わないのかがわかった。 すでに私は、声すらも出せぬほどに、死に近づいているんだ。 ───────── … …… ………暖かい。 これは…ふとん? 私は身体を起こした。 「───────ッッッ!!!」 身体中が痛い。 エンジェモン共にやられた傷が痛む。 「…!ダメですよまだ起きちゃ!」 慌てた様子で、さっき私を見下ろしていた男が駆けつける。私の悶える声を聞いたのか? 「お前…」 「あっ…えっと…路地裏で倒れてるのを見つけて…デジモン用の薬使ったんですけど…大丈夫…ですか?」 そいつは、おどおどした様子で私のことを見ている。 「…ここは…どこ」 「僕の家…ですけど…」 バカなのかコイツは。そんなの見ればわかる。 「そうじゃない…!ここは…デジタルワールドなの?」 「えっと…多分…違いますね。」 薄々勘づいてはいたが、やはりそうだったのか。 アイツは私をリアルワールドまで飛ばしてどうする気だったんだ? 考えようとしたが、身体はおろか、頭まで痛む。 私は気を失うように眠りについた。いや、本当に気を失っていたのかもしれない。 ───────── 「…あっ!起きましたか?」 目を開けると、男が私を見てそう声を上げた。 傷はまだ痛むが、幾らかはマシになった。 「あれから3日も寝たままで…もう起きないかと思いましたよ…」 「私は…そんなに…寝ていたの…」 「えっと…お腹空いたりとか…してますか?」 言われてみると、確かに空腹だ。 私は首を縦に振る。 「あ…でもデジモンって…食べ物…」 「人間と同じでいい。」 「そうですか、じゃあ…おかゆでいいですよね。作ってきます。」 男はキッチンへと向かった。 起きあがろうかと思ったが、まだやめておいたほうが良さそうだ。代わりに私は、寝たまま辺りを見回してみる事にした。 狭い部屋だ。人間もデジモンも、この男以外に誰かがいるようには思えない。 「お前…テイマー…じゃ、なさそうだな…」 「はい。僕にはパートナーデジモン、来なかったんですよ。」 「じゃあお前…わざわざ私のために…回復カプセルを買ってきたのか?」 「…あのまま見捨てたら…後味悪いじゃないですか。」 コイツ…相当お人よしだな。 少しして、男は鍋を持って戻ってきた。 「はい、スプーンどうぞ」 差し出されたそれを持とうとすると、手に鋭い痛みが走る。 「いっ…!」 スプーンが床に落ち、カラカラと音を立てる。 男はそれを拾うと、すぐに洗って戻ってきた。 「まだ手に何か持つの…辛いですか?」 「…そう…らしい。」 「じゃあ…食べさせてあげましょうか?」 「……そうして…ほしい。」 ふーふーと冷まされたおかゆ。 それはとても美味しかった。とても。 ───────── 「美味しかったですか?」 「…まぁまぁだ。」 彼は鍋を洗いながら、私に話しかけてくる。 「…お前、名前はなんだ?」 「アマキです。天に祈るで、天祈。」 「……そうか。」 天に…祈る、か。なんと皮肉なことだろうか。 「えっと…あなたのことは…なんて呼べばいいですかね?」 「…見てわからないの?」 「すみません、デジモンはあんまり詳しくなくて…」 コイツ…私が堕天使であることを知らなかったのか。 「………ミカだ。」 「えっ…なになにモンとかじゃないんですか?」 「何度も言わせるな。私のことは…ミカと呼んでくれ。」 ミカ。それは私がセラフィモンから授けられた名前だった。 堕天すると共に捨てたはずのその名を…私はなぜか名乗っていた。 「わかりました、ミカさん。」 レディーデビモンという名前を、悪魔を意味するそれを彼に知られることを…私は恐れていた。 ───────── あれから、一週間ほどが経過した。 回復ディスクのおかげもあり、私の体はみるみる治癒していった。 「な…なぁ…アマキ。」 「なんですか、ミカさん?」 「私…アマキのおかげで歩けるぐらいまで治った。だから…本当はもう…出ていくのが筋なんだと思う。でも…私、帰るところがないんだ。だから…私を…お前の…貴方のパートナーに…してくれませんか?」 「いいですよ〜。って言ってもー…何すればいいんですかね?」 受け入れてもらえた。 「いや、お前が何かする必要はない。むしろ、なにかするのは私。必ずアマキの役に立つ!」 受け入れてもらえた。 「役に立つって言っても…ミカさん何ができるんですか?」 受け入れてもらえた。 「私だって!…家事ぐらいだったら…多少は。」 受け入れてもらえた。 「頼りないなぁ、ミカさん。」 受け入れてもらえた。 「なっ…頼りないってなんだよ!」 受け入れてもらえた。受け入れてもらえた。受け入れてもらえた。 ───────── 「おかえりアマキ!晩御飯、できてるぞ!」 ───────── 「なぁ…アマキ、私じゃ…私じゃダメなのか?」 私は、ベッドに横たわる彼に抱きつく。 「私だって…女性型デジモンだ。お前を満足させられると思う。」 彼の体に手を這わせ、私はそう言った。 「お前に助けてもらえた恩返し…したいんだ。」 「やめてください!」 彼は私を跳ね除けた。 「………え…?どう…して…?」 私は拒絶された。 受け入れてもらえたはずだったのに。 「僕はそんなそんなつもりでミカさんを助けてません!」 「私は…私は…あまきのことがすきで…」 「それに…僕は人間、ミカさんはデジモンです。そういう目では見れません。…ごめんなさい。」 それは、決定的な拒絶だった。 私の中で、何かが壊れた。 「………ずっと言ってなかったな。私がなんてデジモンなのか。私の名は、レディーデビモン。」 私は彼の服を引き裂き、両手を拘束した。 「離してください!」 「言っただろ。私は悪魔だ。お前は…そうだな、天井のシミでも数えていればいい。」 「ミカさん!やめっ────────!!!」 口を塞ぎ、声を出せないようにする。 「どうして私が名前を教えなかったかわかるか?お前に悪魔だって知られて…拒絶されたくなかったからだ!でもお前は私を拒んだ…拒絶した!」 「むごっ────拒絶なんて…したつもり…!」 「どうして私を助けたんだ!拒絶するなら!最初から私を見捨てればよかったのに!!!」 「それ…は…!」 「何も聞きたくない!黙って…!黙って私と…ひとつになれ。」 私はアマキを無理矢理に犯した。 最初からこうすればよかったんだ。 私は堕ちたんだから。 私は、悪魔なんだから。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ レディーデビモン/ミカ 堕天した元エンジェウーモン。元々戦闘は不得手であったため、レベルで劣るエンジェモンにボコボコにされ、追放された。 ミカという名は、天ノ使イ所属時に上司に当たるセラフィモンから授けられた名で、ミカエルに由来する。 アマキに救われた頃には堕天したてなので思考は天使に近かったが、その後、彼への恋慕が強くなっていくと共に堕天による思考プログラムの変化が進行。病的な愛情を持ってしまう。 天ノ使イ 天使デジモンによって構成される謎の組織。究極の善を掲げ、世界の維持を行っているらしい。 非常に排他的で、堕天した者への処罰は厳しい。 掘り下げられることは多分ない。 赤崎 天祈 (アカザキ アマキ) 捨てられた子犬を拾う感覚でレディーデビモンを拾ったら襲われた男。25歳。 お人よしで、仕事を押し付けられることもしばしば。 人口の半分近くにパートナーデジモンが現れるようになった世界のリアルワールドに在住する。 自身にパートナーデジモンが現れることはなかったため、デジモンに対する知識は少ない。 デジモンに対してちょっと役に立つペット程度の認識しか持っておらず、周囲に人型デジモンをパートナーとする者もいなかった。