───8月2日。 井ノ上たきなは自身の誕生日に遊矢を半ば無理やり誘い某す◯だ水族館で開催されるカップル 限定デュエルイベントに参加する事になった。 試合の数々を難なく勝ち抜き、決勝戦へと駒を進めた2人の前に顔見知りの人物が現れる。 「─────黒江さん?」 「えーと、黒江さんって確か神浜でいろはさん達と一緒にいた……それでクロウと同じ【BF】使い の?」 「はい。何故彼女が舞網市(ここ)に……?しかも知らない方もいますし」 (え……えええええっ!?な、なんで井ノ上さんと榊君がこんなところにいるの!?) 「黒江?なんか固まってるけど……もしかして知り合い?」 「う、うん。そんな感じかな……」 「あ、こっちに気付いたっぽい」 「少し雰囲気がおかしい気がしますが……どうしたんでしょうか?」 (お、思いっきり変な目で見られてる……!どうしよう、何て説明すれば……っていうか、試合前 だからそんなヒマもない……!うぅ、やっぱり参加しなければ……) 黒江は内心で激しく狼狽する。 何故自分がこんな恥ずかしいイベントに参加しているのか?しかも元彼の少年と。 (こういうのも夏の思い出作りだからってクラスメイトの子たちに言われたけど断ろうとしたハズな のに……) 『───俺、黒江と一緒にデュエルしたい。ダメ……かな?』 (……あんな顔されたら、断れないよ) 黒江は未だに自身を弱い人間だと思っている。 憧れている人(いろは)に近付けている気もしない。 だが、仲間達の存在が自分を支えてくれている。 彼女達は黒江を信じ、共にいてくれる。 黒江は向き合っていくと決意した。自分自身にも、他人にも。 いつか誇れる自分になる為に前に進む。少しずつ、一歩ずつ。 だから勇気を出して参加する事に決めたのだ。 「黒江、大丈夫?体調が悪かったりする?」 「だ、だだだだだ大丈夫!」 「そ、そう?それならいいんだけど……決勝まで来たんだ。頑張ろうな!」 「う、うん」 (試合……そうだ、今は決勝戦なんだ。集中しなきゃ……!) 「……色々気にかかりますがまずは試合に専念です。黒江さんは決勝まで勝ち残るだけの実力 がある……油断は出来ません」 「そうだね。使い手は違うけど【BF】にはオレも一度負けてるからその強さは理解してる。警戒す るに越した事はないよ」 「パートナーの方が使用するデッキも未知数です。注意していきましょう」 「ああ!」 『アクションフィールドオン!フィールド魔法、ドルフinアクアリウムパーク!』 『ご観覧の皆様、前口上をお願い致します!』 戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが! モンスターとともに地を蹴り、宙を舞いフィールド内を駆け巡る! 見よ!これぞデュエルの最強進化形、アクショ〜ン…… 『デュエル!!』 「オレはレベル4となったオッドアイズ・ドラゴンにレベル3の貴竜の魔術師をチューニング!二色 の眼の竜よ!その身に熱き炎を灯し、流星の如き速さで敵を貫け!シンクロ召喚!出でよ、レベ ル7!勝利を降り注ぐ輝星龍!オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン!」 「シンクロモンスターのオッドアイズ……!」 「オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンの効果発動!このカードが特殊召喚に成功した時、自分 のPゾーンに存在するモンスターを特殊召喚出来る!シューティング・フォース!出でよ、EMブラ ンコブラ!」 「モンスターが増えた……!」 「まだまだ行くぞ!オレはEMラディッシュ・ホースを対象にEMウィップ・バイパーの効果発動!そ のモンスターの攻撃力・守備力をターン終了時まで入れ替える!混乱する毒(コンフュージョン・ ベノム)!」 「ラディッシュ・ホースの攻撃力が2000になりました!」 「さらに玄翼竜ブラック・フェザーとオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンを対象にラディッシュ・ ホースの効果発動!ターン終了時までその相手モンスターの攻撃力はこのカードの攻撃力分ダ ウンし、その自分のモンスターの攻撃力はこのカードの攻撃力分アップする!」 「ッ、まさか……!」 「そう、オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンの攻撃力は2000アップし4500になり、ブラック・フェ ザーの攻撃力は2000ダウンし800になる!」 (まずい、このままじゃ……!) 「バトルだ!オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンで玄翼竜ブラック・フェザーに攻撃!」 「お、俺はリバースカードオープン!進入禁止!No Entry!!フィールド上の攻撃表示モンス ターを全て守備表示にする!」 「くっ、止められたか……」 「あ、危なかったぁ〜……」 「ふぅ……ありがとう、あなたのお陰で助かったよ」 「オレはターンエンド。この瞬間、ブラック・フェザーとオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンの攻撃 力は元に戻る。ゴメンたきなさん!決めきれなかった……」 「いえ、気にしないで下さい。わたしが決着を付けます」 「うん、任せたよ!」 (何とか攻撃を防げたけど、私達の場には玄翼竜ブラック・フェザー1体だけ。2枚伏せてあったリ バースカードも残り1枚……井ノ上さんの引いたカード次第では全部ひっくり返されちゃう……どう すれば────) 「黒江、あれ!」 焦燥する黒江へとパートナーである少年が空中を指差し呼び掛ける。 そこにあったのは──── (あれは最後のアクションカード!飛行出来るモンスターがいないと取れないくらいの高さにある ……これは千載一遇のチャンス!) 「行って、ブラック・フェザー!」 黒江は玄翼竜ブラック・フェザーの背に乗り、空中へと飛び出してゆく。 「────!?4枚目のアクションカードを狙うつもりか!クソ、オレからじゃ遠い……!」 「わたしが行きます!」 たきなは必死に思考を回転させながら黒江の後を追う。 (ウィップ・バイパーでブラック・フェザーに巻き付いて……いや、距離が届かない!ならラディッ シュ・ホースのツノで妨害……こっちもギリギリで当たらない……) 「────だったら、イチかバチか!お願いします、オッドアイズ!」 たきなの呼び掛けに呼応したオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンは彼女のもとへ颯爽と駆けて ゆく。 オッドアイズの背を全速力で駆け上り頭上へ辿り着いたたきなは、足下にグッと魔力を込めその 場で思い切り跳ね上がっていった。 「────ッ、井ノ上さん!?」 生身のまま空中へ飛んできたたきなへと黒江は驚愕の声を上げる。 (もしかして魔力を使ってここまで飛んだの……!?す、すごい……でも!) 「アクションカードへの距離は私のほうが近い……!」 そう、カードへの間隔は黒江の方が幾分か近しく、彼女が手を伸ばせば取得出来る範囲であっ た。 黒江がカードをその手に掴もうとした瞬間───たきなが腕をカードの方へ向けながら叫んだ。 「────今です!ウィップ・バイパー!」 「シャーッ!」 たきなの腕に巻き付いていたEMウィップ・バイパーがその伸縮自在な身体を使いアクションカー ドへと伸びてゆき、自身の口元でそれを加える。 「なっ……!?」 (ウソでしょ……もう1体モンスターがいたなんて!) 予想だにしないたきなの奥の手により意表を突かれ驚きの表情を浮かべる黒江。 「よし、これで…………ッ!?」 無事カードを手に入れたたきなは自ターンのプレイへと戻ろうとした時───彼女の表情が突如硬 直する。 (着地地点がズレている……!?) このアクションフィールドはイルカショーをモチーフにしたフィールドのため比較的水場が多い。 しかし、たきなが落ちようとしている場所は運悪く水場から少し離れていた。 たきなの全身が体勢はそのままで真下に向かい急激にスピードを上げてゆく。 「井ノ上さん!!」 落下していくたきなのもとへブラック・フェザーと共に向かう黒江。 しかし、落下スピードの方が速く追い付けそうにない。 刻一刻とたきなの背に地面が迫ってくる。 このままただたきなが地面に激突する場面を目にするしかないのか……? 黒江がそう思った瞬間、彼女の眼前に一筋の赤い流星が軌跡を描いていた。 「─────たきなさん!!」 その流星とは────オッドアイズに跨りたきなへと駆ける遊矢だった。 遊矢はたきなと地面の間に滑り込み、彼女を抱き抱えるようにキャッチして受け止める。 「うおっ!?ふぅ〜……あ、危なかったぁ……」 「よ、良かった……」 たきなを無事助けられた事により共に安堵の声を漏らす遊矢と黒江。 「たきなさん、大丈夫?」 「…………」 遊矢は他に異変がないかたきなへと呼び掛けるが、無言のままで返事がない。 「たきなさん?」 「──────ッ!は、はい!大丈夫です。問題はありません」 「そっか……それなら良かったよ」 「すみません……アクションカードも無事取得出来ましたし、試合に戻りましょう」 「うん!勝とう!」 「わたしは貪食魚グリーディスを召喚し効果発動!相手の手札の数以下のレベルを持つ自分の 墓地の魚族・海竜族・水族モンスター1体を特殊召喚します!黒江さん達の手札は2枚。レベル2 の軍隊ピラニアを特殊召喚!グリーディスの効果で特殊召喚したモンスターはこのターン効果を 発動出来ない。ですが問題はありません。わたしの狙いはこれです!わたしはレベル4のEMブラ ンコブラとレベル2の軍隊ピラニアにレベル3の貪食魚グリーディスをチューニング!」 「っ、シンクロ……!」 「深海に潜む古代鯨よ、その強靭な顎で獲物を喰らいつくせ!シンクロ召喚!現れろ、レベル9! 飢鰐竜アーケティス!」ATK1000 「これが井ノ上さんのエース……!」 「アーケティスの効果発動!その前にチェーンし墓地へ送られたグリーディスの効果発動!この カードをS素材としたSモンスターの攻撃力と守備力は、相手の手札の数×200アップします!」 ATK1000→1400 「そしてアーケティスの効果!S素材としたモンスターの内チューナー以外のモンスターの数だけ わたしはドロー出来ます。素材となった非チューナーは2体。よってわたしは2枚ドロー!」 「手札を増やされた……!」 「さらにアーケティスの攻撃力と守備力は自分の手札の数×500アップします!わたしと遊矢君の 手札の合計は4枚。つまり2000アップ!それだけでなく先程のグリーディスの効果での400も加 算し攻撃力3400に上昇!」 (多勢に無勢の状況になっちゃったけどまだチャンスはある!伏せているカードは波紋のバリア -ウェーブ・フォース-。これでダイレクトアタックをくらっても相手のモンスターを全てデッキに戻 せる……このターンさえ耐えれば!) 「そのリバースカード……排除させてもらいます!」 「え……!?」 「わたしはアーケティスの効果発動!手札を2枚捨てフィールドのカード1枚を対象とし破壊しま す!対象とするのは勿論黒江さん達が伏せてあるリバースカードです!」 「そんな!?これじゃ攻撃を防ぐ事が出来ない……!」 「まだです!EMウィップ・バイパーの効果でEMラディッシュ・ホースの攻撃力と守備力を入れ替 え2000にし、さらにラディッシュ・ホースの効果で玄翼竜ブラック・フェザーとオッドアイズ・メテオ バースト・ドラゴンを対象にしそれぞれ2000ずつ攻撃力を増減させます!アーケティスを対象に アクション魔法ハイダイブを発動!攻撃力を1000アップさせます!」 「よし!これでアーケティスの手札が減った分の攻撃力はフォロー出来た!」 ATK3400→1900→2900 「バトルです!飢鰐竜アーケティスで玄翼竜ブラック・フェザーに攻撃!飢鰐魚雷(ラベノス・トル ピード)!」 「くうううぅっ……!ブラック・フェザーが……!」 「これでトドメです!オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンで黒江さんにダイレクトアタック!墜下 のメテオライトバースト!」 「あああああああああーっ!!」 『試合終了ー!優勝は遊矢さんとたきなさんペアです!皆様、盛大な拍手をお願い致します!』 「〜〜〜ッッッ、やりましたね遊矢君!」 「ちょ、たきなさん!?何で抱き着いて───」 「黒江……ごめんな。俺のプレイングがもっと上手ければ……」 「……ううん、気にしないで。あなたがしっかり私をフォローしてくれたからここまでこれたんだよ」 「でも────」 「楽しかった」 「え……?」 「最初は少し恥ずかしかったけど、勝ち進んでいくうちにあなたと一緒にデュエルするのが楽しく なってきたの。あなたは楽しくなかった?」 「いや……めっちゃ楽しかった」 「……ふふ、そっか。嬉しい」 「………黒江。また一緒にデュエルしてくれる?」 「うん。勿論」 試合後、遊矢達は黒江達と共に水族館内で営業しているカフェでひと休みする事になった。 このカフェはペンギン達が生息するフロアに併設されており、優雅に泳ぐ彼らを眺めながら食事 を取れるコンセプトらしい。 近くに設置されてあるテーブルについて、大きな水槽の中で泳ぐマゼランペンギンの群れを じーっと見物する少女2人。 そう、たきなと黒江がそこにいた。 「……」 「………」 『…………』 ────無言。 賑やかな周囲とは逆に、なんともいえない空気が2人の間には流れていた。 (な、何か話し掛けた方がいいのかな……?) 基本的に黒江は他人と積極的に会話を試みるタイプの人間ではない。 相槌を打つ側のタイプである。 (いや、話し掛けたとしても一言二言で会話が終わったら気まずいし……) たきなとは神浜市でいろは達と共に何度か顔は合わせているものの、2人きりで楽しく話せるほ ど仲が深いわけではない。 (せめて榊君か彼が一緒にいてくれたら少しは違ったんだけど……) 男子陣2人は現在、女子達の代わりにフードメニューの注文を頼んでいる為この場には居ない。 どうしたらいいか悩んでいると─── 「あの、黒江さん」 「ひゃいっ!?」 いきなりたきなから声を掛けられたことにより驚き、上擦った声で返事をする黒江。 「な、なんでしょうか……?」 「少しお聞きしたい事が────」 「───なるほど。クラスメイトの友人達に誘われて……ですか」 「は、はい。そのクラスメイトの子の親戚がここの水族館のスタッフさんらしくて。それでチケットを いくつか融通してもらって私も一緒に……って感じです」 「ちなみにいろはさん達は?」 「今日は一緒じゃないんです。魔法少女の人達以外の付き合いも大事だからって言われて見送 られて来ました」 「そうなんですね」 「はい……あ、あの〜……井ノ上さんは何で榊君と一緒に水族館に?」 「実はわたし今日誕生日で……その関連と言いますか」 「あ……そうなんですか?おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「その、錦木さんは来てないんですね。誕生日も一緒に過ごしてるかと……」 「千束は何かの準備で忙しいらしく……詳細を伝えられずに部屋を追い出されました」 「は、はぁ……」 (多分サプライズの準備で忙しいのかな……?) 「それで目的もなく街を歩いていたら丁度この水族館でデュエルイベントが開催されてると知りま して。他にしたい事もないので参加してみようと」 「あ、それで榊君を誘ったと……」 「はい。参加条件が男女のカップル限定だったので」 「か、カップル……そ、その……失礼ですが、もしかして榊君とお、おおおお付き合いされてたん ですか?」 「いえ。違いますが」 「じゃ、じゃあ何で榊君を……?」 「……何ででしょう?」 「え?」 「……わたしにも理由が分からないんです。何しろ急に遊矢君の顔が浮かんで……気付いた時 には彼に連絡を送っていました」 「そ、それって……」 「────!黒江さんには分かりますか?」 「い、いや……あの……」 「そういえば黒江さんもイベントに参加されてましたね。ご一緒だった方とは交際を?」 「ふぇっ!?ち、ちちちちちち違います!彼とはトモダチで!い、今は…………」 「……?すみません、最後の方が聞き取れなくて───」 「だ、だから違くてぇ〜!」 「2人ともお待たせ!いや、中々混んでて大変だった……って、どうしたの?」 「な、ななななな何でもない!そ、それより早く食べよう!」 黒江達と別れた遊矢達はその後水族館の生き物達をいくつか見回り、満足したところそろそろ帰 路につこうと水族館を後にしようとした時─── 「今日はお付き合い頂いてありがとうございました。それと……ごめんなさい」 「え、何で急に謝るの!?」 「いえ、今日は色々ご迷惑を掛けてしまったので……特に試合中など遊矢くんがいなければどう なっていたか」 「いや、オレは別に気にしてないし……怪我がなくて本当に何よりだよ」 「……」 「たきなさん?」 「────わたし、今日は少しヘンなんです」 「え?」 「何と言うか、その……気分が高揚してると言いますか、それで普段ならしない行動をとってし まって自分でも困惑してます」 「………」 「……すみません。急にこんな事言われても困りますよね」 「─────いや、わかるよ」 「え?」 「今日たきなさん誕生日でしょ?それでいつもよりテンションが上がったんだと思う」 「テンションが上がっていた……?」 「うん。どんな人も特別な日には大なり小なり嬉しくなると思うし、たきなさんだって同じだよ」 「そう、ですかね……?」 「節度は大事だと思うけど、こんな日くらい少しくらいはしゃいでもバチは当たらないよ。楽しそうに してるたきなさんを見てるとオレも嬉しいし」 「…………っっ」 「たきなさん?」 「いえ、何でもありません……あの、遊矢君」 「ん?」 「……もう一度だけお祝いの言葉を聞かせてくれませんか?」 「……うん。勿論いいよ」 ────誕生日おめでとう、たきなさん! その祝福の言葉を受けた少女は今日一番の輝く笑顔を見せるのだった────。