🌸新春予告編プログラム🌸


【盃の月】


「てぇへんだ!てぇへんだ!」めし屋の賑わう真昼時の床嶋の町、絹を裂くような叫びと共に店に駆け込んできた豆腐屋の倅!「また押し込みだ!古亀通りの
出流屋の米蔵!全部やられたってよ!坊ちゃんもひっくり返っちまってらあ!」「なにぃ!?」「また米が値上がりするじゃないか!」「勘弁しとくれよ!」


「ぐう……」もはや一大談合に発展した町人たちの嘆きに寝返りを打ちながら、座敷で昼間から酒を呷り寝転んだ男は気楽な赤ら顔。粋な着物をだらしなく気崩し
た、見るからに暇を持て余した旗本奴だ。「磐さんてば、こんな騒ぎでもぐーすか寝ちゃって」看板娘のおマツはやれやれと呆れつつ、懇ろの倅に茶を出した。


……夜、丑三つ時。米俵を満載した荷車を音もなく引いて闇を駆ける、ほっかむりの黒ずくめの一団!まるで忍だ!「待った」突如響いた声。止まった一団に
立ち塞がるように、柳の下からふらりと現れたのはあの飲んだくれの旗本奴。「凶作の年に米泥棒、横流しとは太えことだ」黒ずくめ一人が小刀で斬りかかる!


「イヤーッ!」「おっと」「ムン」与太者とは思えぬ鋭い太刀筋をのらりくらりと躱し延髄に一撃!昏倒した黒ずくめを悠々踏み越えると、残りの一団に眠たげな
細目を向ける。「行先は蔵奉行・黒武久留……阿波守様のお屋敷だろ?」その一言に空気が張り詰め、重々しい声が漏れた。「……廻り方か」


「いいや?ただの暇で暇で仕方ない部屋住みさ」旗本奴は億劫に頭を掻き欠伸を噛み殺す。「後で顔を合わせるだろうから、文句なら北町奉行所の片倉様に頼む。
俺も面倒でたまらん」「「「イヤーッ」」」一斉に刀を抜いた黒ずくめ達に旗本奴・磐音はカッと目を見開いた!こいつは昼行燈!痛快時代活劇!






【ふわふわオクトパス】


ここはカラフルキュートな魚介類様知的生命体の楽園、オーロラスイーツ・バリアリーフ。


クチドケバニラソフトダコのユキちゃんには大きな悩みが。かつてタコ焼き或いは明石焼きの材料として漁師に捕まり放り込まれた冷凍庫……辛くも脱走したものの
自慢のステキな触腕が氷結粉砕!これじゃあメンダコだ。「万物の実態は空。虚無こそ真実……在宅出家します」こうしてユキちゃんは引き籠り生活三年目に突入だ。


「ユキちゃん!まずは軽い散歩や買い出しでもいい!太陽光に当たらないと免疫力が著しく低下するし、僅かでも身近な物理社会との接点を持つべきだ!」そんな彼女
を放っておけないシャリシャリミントフラッペジャコのシローくん。タコは甲殻類の天敵!捕食関係!でもユキちゃんは襲い掛かろうにも触腕がない、ラッキー!


やがて二人に訪れる思いもよらぬ転機……そして大冒険!ベストセラー絵本がついに映画化!パステルカラーのやわらかな世界で繰り広げられる友情と愛、いのちの
物語。みんなきっと……自分を好きになれる。「「「ふわふわオクトパス」」」(園児達のタイトルコール)初回入場特典はふわふわユキちゃんキーホルダー!かわいい!






【鍋底】


「アアアアアアアアアーーーーーーーッ!」「助けて……」「嫌だぁぁぁぁ!」濃霧のような湯気を立ち上らせ、グツグツと煮え滾る薄褐色の液体。響き渡る
無数の悲鳴。もはや叫ぶ気力も失せてのぼせきったおれは朦朧と宙を仰ぐ。どこからどこまでがおれで液体なのか判然としない。「あんた、何度目だい?」


声をかけてきたのは隣に浮かんでいたぶくぶくに太った男。こんな熱さの中で肌は不気味なぐらい白い。「おい、なんて言った?」「そうか初めてか。随分
落ち着いてるから慣れてると思ったんだが」「何の話だよ。ここが何処か知ってんのか?」おれは気付いたらここに浮かんでいた。最後の記憶はカーチェイス。


そんな洒落たもんじゃない。ダッシュボードの中のブツを隠してサツから逃げてフルアクセル、信号待ちの人だかりに突っ込みぷつりと記憶が途絶えた。クソ
みてえな人生のクソ以下の幕引きだった。「ここはな、地獄だよ」「地獄?だろうな」「あんたの想像している地獄よりずっと恐ろしい」白い男の目は暗かった。


「俺はひとつ前は卵だったんだ」「は?」「それで今度はこの通り。見ろよぶくぶくに膨れて、身体が重くてかなわない」男は緩慢に腕を上げようとし、ばしゃり
と音を立てすぐ下ろした。「こうなった事も一度じゃない。今度はどう磨り潰されるんだろうな。噛まれず吸われてグズグズになった事もあったかね」「おい」


男の目はギョロギョロと動き始めた。「噛み砕かれて、潰されて、暗くて熱くて臭い所でじわじわ溶かされるんだ。それでも感覚が、意識がある。どんなに叫ん
でも届きやしない。そして意識が完全に途絶えて、気付くとまたここに戻ってる。輪廻転生だよ。同じ姿だったり違う姿だったり何度も何度も何度も何度も」


なんだこいつは。イカれてやがるのか?イカれてるのはおれか?訳が分からない。白いモヤでぼやけた周りにはおれみたいに丸裸でゆだってる奴ら。上を見ても
……なんだアレは。「きた」白い男は泣き笑いじみた顔を貼り付けて震えていた。モヤをかき分け降りてきたのは二本の柱だった。おれめがけて降りてきた。


「なっ……!」「早速あんたの番みたいだ」二本の柱はおれの脇腹を万力じみた力で挟むと一気に引き上げた。「うわあああああああーーーッ!」痛みさえ忘れ
おれは叫んだ。引き揚げられた自分の身体の有様に気付いたからだ。浸かっていた液体と同じ色に染まった半透明の身体。とめどなく内から汁が染み出していた。


……ガタンゴトンガタンゴトン……


「おやじ。熱燗追加ね」「はいよ」赤い顔の高齢サラリーマンは今しがた注文した皿の上の円い大根を二つに割き、口に運びハフハフと息を漏らす。歯を立てると
溶けるように出汁の旨味が口中に溢れ笑みがこぼれる、そこに追加の熱燗をぐっと一口。熱と酒が回り上機嫌だ。ガード下の屋台で穏やかな憩いの時が流れる。


……(((アアアアアアアーーーーーーーーーッ!!)))……


―終わりなき地獄。(次々切り替わる登場人物たちの絶叫)(グツグツと煮えるおでん)―狂気の世界。(無数の裸体に絡み付かれ、ゴボゴボと液体に沈む主人公)
(グツグツと煮えるおでん)―戦慄の二時間。(ボリュームを増していく重低音・不協和音BGM)(グツグツと煮えるおでん)―「……ろして……くれ」(暗転)


あなたもおでんになる。