戦いは終わった。
平和になった…と言うには多数の問題が残っているが、魔法少女同士が貶め合い、潰し合い、殺し合うような地獄からは…少なくとも解放されたと言ってよい。

どちらかが滅ぶまで戦うしかないだろうと思っていたニ木の生き残り、300万都市を恐怖で支配せんとしたマギウスの翼残党過激派、そして鏡の魔女「だった」娘。
その全てが今では肩を並べて生きている。不思議なものだ。…しかし正直まだすべてを飲み込みきれたとは言い難い。

死人まで出したプロミストブラッドとの戦い、思い出したくもないあの女に近しい事態を起こした姫様の責任、天才気取りの赤点画家、鏡の魔女であった頃の彼女の色々…挙げてしまえばいくつでもある。
…いや、飲み込みきれないと表現するのは相応しくない。「単に私が気に食わないだけ」と言ってしまえばそれまでだ、それに気に食わないから今の平穏を崩すほど私も暇人ではない。
それに「自分が気に食わないから壊す」という行為は旧態依然の悪しき神浜のそれと同じだろう。
『彼女たちはもう悪さなどしない、する理由もない 何より彼女らは協力者である』─────それらしく言えばユニオンから彼女達に対する方針はこうだ。


それに、私も文句を言われる筋合いならある。ネオマギウスの教官とミユリさんが羽根を連れて美雨を攫いに来た時の事だ。
古い友人の身柄を狙われ、妹の腕を潰され、自分自身も滅多撃ちにされながら羽根に追い回されていた時、追いすがってくる羽根の1人を怒りに任せて無力化し…結果として右手指を4本切り落としていた。
敵の身など気にする余裕はなかったし、その気もなかった。その時はそうしようが当然だと疑わなかった。

その後は常盤さん達と別行動で最後までユニオンの指揮下にいたので詳細を知ったのはついこの間であったが…彼女は弦楽器をやっていた、と。あの教官から聞いた。
幸いちはるさんのように即時治療を受けたため大事はなかったが、処置が終わるまで随分錯乱していたと言う。
ともすれば自分も、同じ魔法少女の人生を壊す側にいたのやもしれない。無論落ち着いた後はすぐに詫びを入れに行った。
彼女からは「戦うならこれくらいの覚悟はできていたつもりだったけど、情けない。それに先に手を出したのは私達だから、気にしないでくれたほうが嬉しい」との言葉が返ってきた。
…だが、私に今回の戦いにおける是非を説く権利も、鏡の魔女すら救い上げた環さんや鹿目に物言いする権利もありはするまい。何よりその気もない。


問題はこれに留まらない。当事者間で解決した先の事態よりも大きなものが1つある。と言うかこれが1番の問題だろう。
さっき「ミユリさん」と書いたのはこのためだ。彼女に強い興味を持ってしまったのだ。…惚れたというのも言い過ぎではないだろう。

最初は可憐な見た目に反して、痛みも知らず戦う殺人兵器のような印象だった。常盤さんに対の先を取られて立っていたのを見た時は、手足を潰さねば無力化できぬのか?と思ったほどだ。
2回目は時女さんと一度ネオマギウスの本拠地に侵入した後、再度侵入したさなさんの救援に一足早く着いた時…あの時は本当に酷い目に遭った。マメジ君には感謝の言葉もない。
盾を弾き飛ばされたさなさんと教官の間に割り込んだのはいいが、新しく編み出した電磁防壁でも一斉射は防ぎきれず…2人まとめて蜂の巣にされてしまったのだ。
そんな事を考えている場合ではなかったのだが、その時の彼女は狂戦士の姿ではない普通の様子だった。先の姿と打って変わって達人めいた体裁きで…随分と可愛らしい声だったのをよく覚えている。
…あの時裂けたスカートの合間から見えていた私の足に目をやっていたのは、今思えば偶然ではなかったのだろうが…。

最後に栄総合での戦いの時、梓さんの幻術で昏倒した教官に寄り添う彼女は随分と変わって…それこそ大好きな姉と一緒にいたいだけの妹、そんな普通の女の子の姿だった。
戦闘マシンのような彼女が、彼女の全てではないのだろうと思った。「彼女はどういう人なのだろう」「彼女は何が好きなのだろう」「どういう男性が好きなのだろう」「話をして聞いてみたい」とも思った。
隣の教官も、躊躇いなく銃弾を人に放つ狂気の姿が全てではないのだろうと。…こっちに関しては案外そうでもないかもしれんが。いや人間相手に重火器向けて平然と撃つか?アレで善神なら私は仏か?ん?

「遊狩ミユリさん!」
『ひゃい!?ななななんですかぁ!燦様は起きましたがミユは今それどころではありません!』
「あなたに興味があります!」
『興味!?ま…まさか!純美雨を攫いに行った時と二葉さなの追撃をした時のお礼参りってことですかぁ!?』
「違います!あなたに女性として興味があるのです!」
『ええっ!?』
「これが全部片付いたら一緒に遊びに行きましょう!私の連絡先です!」
『ダメですダメです!ミユ、男の人とそういうのは初めてで…でもあれだけ素敵なおみあしの人が悪い人とは思えませんし…』
「足?ご覧になりたければどうぞ、減るものではありま…」
『ちょっと…ミユにちょっかいを出すなら殺すわよ?メイドさん それに今から姫様を探しに行くんでしょう』
「チッ…教官殿に口を挟まれては仕方ない ではミユリさん!落ち着いたら連絡を頂きたい!待っています!」
『(行ってしまいました… 彼のおみあしは気になっていましたがぁ…ああやって真正面から迫られるのは人生初ですぅ …これからミユはどうなってしまうんでしょうかぁ…)』

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「…聞いたぞ鹿目、あの娘を引き取るって話は」
『ああ、いろはちゃん達はみかづき荘で面倒を見てもいいって言ってくれたけどさ…置いておけないだろ、神浜には』
「…………そうだな。今の彼女がどうかはわからないが、前の彼女はあまりにもやり過ぎている。極論だが、闇討ちされる可能性だってないわけじゃない」
『だろ?だからオレの所でさ、みことちゃんだってこの街にいい思い出はないだろうし』
「居心地の悪い慣れた街より誰も知らない街か…それも手だ、お前がそうしたいと言うなら私は止めん。だがな」
『何だよ?』
「一つ、何かあれば私に言え。手を貸せる範囲で協力は惜しまん 親友1人に苦労させるほど私は甲斐性なしじゃない 環さん達だっている」
「二つ、血の繋がりのない年頃の男と女がひとつ屋根の下で暮らすのがどういうことかを忘れないこと お前は自分が女受けの良い男なのをもう少し理解しろ」
「三つ、彼女に…友人…いや、そこまで親しくなくてもいいから知り合いを増やしてやれ 前の彼女はたった1人に依存してああなったわけだからな」
『もちろん、保護者として恥ずかしくないように面倒見るさ。彼女の手を取ったのはオレなんだから』
「…最後に。万が一。億が一。仮に彼女が更紗帆奈の再演をするなら…その時は私が始末をつけてやる。………常盤さんや静海先輩のような人をまた増やすわけにはいかん」
『──────!お前…』
「せっかく助かった命だ、私だってそんな事態になってほしいはずがないだろう だから言うんだ」
「正直私だって思うところが全くないと言えば嘘だ。アレの共犯者だったと言って差し支えない立場の娘でもあるんだからな…私も奴には殺されかかってる」
『わかってるよ。だからって今のみことちゃんが悪いことをするって限りはないだろ』
「そうだ。…ああは言ったがな?今の彼女を見るにそんな気があるようには見えん。力だって下手すれば黒羽根程度しかないだろう…寄りかかれる相手が必要な、弱った女の子だよ」
「私の直感だって、《敵対行為の予兆なし 身体機能の異常なし しかし彼女の精神的回復には時間を要すると推定》ぐらいしか言わんからな ま、その時間を作る手伝いをしてやれ」
『…オレにどれだけその時間が作れるかわからないけどさ、やるよ お前にカッコ悪い所を見せないくらいにはオレだってできる』
『けど、いいのか?ななかさんや美雨さんは、オレに手を貸すなんて言ったらいい顔しなかっただろ』
「ああ…しなかったな。これまで言う暇がなかったんでミユリのことも一緒に話したから尚更だ 嫌な顔をしなかったのはあきらぐらいだ」
「美雨には泣かれた」
『泣かれた?』「泣かれた!」
「そりゃあ…嫌だろう?中学の頃から付き合いがあって南凪での仕事も回している相手がだぞ?自分の首を取りに来た女を嫁にするなんて言って、あまつさえ昔の仇のお供の面倒を見る手伝いまでするってんだ」
「もしも があれば私が始末を付けるということで納得はしてもらえたが、大変だったんだ 子供みたいに泣いてな…あんな美雨を見るのは初めてだったよ」
「お互い女では苦労する性分らしいな?ん?鹿目」
『女ってなんだよ!みことちゃんはそういうのじゃないぞ!?』
「フン、お前がそうでも向こうはそうじゃないかもな?さっきも言ったろ、お前は女受けのいい男だってな」
「半年もすれば、あの子はお前無しじゃ生きられなくなってるかもしれないぞ?」
『みことちゃんはそんな弱い子じゃないさ、いつかはわかんないけど、オレがいなくたって1人で…』
「…今言ったのはそういう意味じゃないんだがな」

1番の問題だった彼女がこうなった以上…戦後処理の面倒はあるだろうが、ここから死人が出ることはないだろう。ケジメを付けさせるのに腹を切らせるような事態も起こるまい。
…考えてみれば、あの更紗帆奈も自害などしていなければ人の輪に入れていたのだろうか。
それができるなら経緯はどうあれあんな惨事は起こすまいという思いと、生きていれば持ち直したのかもしれんという思いの2つがある。今となっては、もはやどうにもならぬ事だが。
………アレにももっと別の面があったのだろうか?笑いながら壊し、歪め、殺す、怪物以外の面があったのだろうか?
みことさんが語ってくれるのなら、いつか聞いてみるのもよいかもしれない。聞いたところで腹が立つだけかもしれないが、知らないままでいるのも気になるものだ。
その「いつか」が来るかはわからないが、今はゆるりと待つことにしよう。今の私達には時間がある。