【ネオサイタマ ウシミツ・アワーの路地裏:レッドストライフ、セントラルピラー】


「ザッケンナコラー!異端者!」「スッゾ!免罪手数料徴収!」「ナンオラー!投資神託!」BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
神聖ヤクザスラングと共に放たれる一糸乱れぬ黄金チャカガン斉射!相対する深紅のヤクザスーツのニンジャはあえて銃弾の嵐に飛び込み回転跳躍!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「「「アバーッ!?」」」クローンヤクザ修道士の頭部を次々胴にめり込ませ連続ストンプ殺!スカプラリオは
緑のバイオ血液で染まった。「……しつけェな」ヤクザスーツのニンジャ、レッドストライフはザンシンと共に舌打ちし路地の闇を睨んだ。


チカチカと明滅する「ふてぇ野郎」の卑猥なネオン看板に照らされ下現れたのは、黄金刺繍の修道服めいた白装束に身を包んだ異形の円柱状サイバネ
フルフェイスメンポのニンジャ。今しがた片付けたクローンヤクザ修道士たちと同じく、論理聖教会のニンジャ戦力……セラフィムニンジャか。
『ドーモ、はじめまして。セントラルピラーです』「ドーモ、セントラルピラー=サン。レッドストライフです」電子音声めいてエコーがかった無感情な
アイサツ。その漂白じみた無機質なアトモスフィアにかつての忌まわしき古巣、アマクダリ・セクトの影がよぎりレッドストライフは眉間に皺を寄せた。


『家内安全。教会の皆様の障害を排除します』アイサツ終了と同時に重サイバネニンジャの突き出した左腕が展開し、内蔵機銃が起動!BRATATATATATA!
「イヤーッ!」レッドストライフはビルの壁面に跳び、連続トライアングルリープで高速接近!壁面とネオン看板はスイスチーズめいて弾痕にまみれ破砕する!
「イヤーッ!」機銃を狙い繰り出されたギロチンめいた踵落としをセントラルピラーの右腕から展開したブレードが迎撃!『イヤーッ』「チィッ!」横薙ぎ
の一閃を刃の平面を蹴る事で逸らし、レッドストライフはタタミ3枚分の距離に着地。セントラルピラーの左腕機銃はリロードシーケンスに入る。仕切り直しだ。


野良ニンジャ狩り……噂には聞いていたが自分の元にまで現れるとは。かつてカスミガセキ・ジグラットにて繰り広げられた極限のイクサの夜。月が砕け、
アマクダリ・セクトは崩壊した。忌々しき生体LAN端子で首輪めいて己を繋ぎとめていたアルゴス・システムは停止。期せずして得た自由の身。
全てが根底から覆され、あらゆる価値観が動乱する混沌の時代の幕開け。レッドストライフは再びフリーランスのヤクザバウンサーの道に戻った。新旧・大小
ヤクザクランの群雄割拠のセンゴクめいた様相を描く現在のネオサイタマにおいて、ヤクザのアティチュードに通ずるニンジャ戦力は引く手あまただった。


だが元より一匹狼の気質、そしてアマクダリ・セクトにおける辛酸を舐めた日々。レッドストライフは二度と組織の一員になるつもりはなかった。飼い犬として
自由と引き換えの安静より、どれだけブザマに野垂れ死のうと、最後まで野良犬として生きて死ぬ事を己に課した。首筋に残る生体LAN端子の痕はケジメの証だ。
己の中にこびり付き、ひとたび油断すれば再び湧き上がろうとする諦念と皮肉を焼き払うように、煩悶が生じる度にレッドストライフは殊更にエゴを焚きつけ
無茶を通しアティチュードを貫いた。そうして歳月は流れ、ヤクザ社会において名の知れたニンジャの一人として数えられる今に至る。そして今回の襲撃。


『一家眷属。貴方も家族になりましょう。教会の門戸は常に開かれています』「気色悪ぃ勧誘だぜ。マイコ・ポンビキでンな事抜かしてみろや、タマ潰されんぞ」
セントラルピラーは宣教師めいて鷹揚に両腕を広げて続ける。『衆生を繋ぐ電子貨幣と聖なる生体LAN端、端シ、子シ、タン』フラットな演説は突如乱れ始めた。
『シ、子……ピガーーーーッ!?』小刻みな痙攣はやがてガタガタと激しさを増し、セントラルピラーは膝から崩れ叫んだ!『アバーッ!?アバーーーッ!?』
「なんだこの野郎……」ドゲザめいた姿勢で手を着き何度も地面に頭部を打ち付け悶える異様な光景。カラテ警戒を解かずレッドストライフは困惑する。


何度目かの衝撃の後、円柱状フルフェイスメンポがぎこちなく左右に展開し、せり下がるように背中と首元に収納され素顔が露になる。「テメェは……!」
レッドストライフは驚愕に目を剥いた。脳内UNIX埋設手術痕の痛々しいスキンヘッド。病的に青白く痩せこけたモルグ内の無惨なカロウシ体めいた髭面の男。
頭頂部に一カ所、側頭部と後頭部に大量増設された痛ましき生体LAN端子から伸びるケーブルが首下のサイバネに接続されている。「アバッ!アッ……あ?」
ひときわ激しく震えると男の痙攣は止まり、困惑の表情で周囲を見渡した。やがてその焦点はレッドストライフに止まる。「……レッドストライフ=サン?」


マスタッシュ。かつてその名で呼ばれたアマクダリ・ニンジャがそこに居た。とうに野垂れ死んだと思われていた、レッドストライフが忘れようもない吐き気を催す
不俱戴天の存在。「なんだお前は……なぜここに居る」マスタッシュはよろよろと立ち上がり、脂汗を浮かべた憤怒の形相でレッドストライフを睨みつけた。
「なぜ貴様が……のうのうと生き永らえている!薄汚い野良ヤクザ風情が自由めかして!」オニめいて歯を剥き出しにして、マスタッシュはありったけの憎悪を
叩きつけ捲し立てた。かつての表面上だけ繕った紳士めいた装いは見る影もない。「なぜ私だけがこんな目に!ここは何処だ!?今は何時だ!?私は何を」


突如言葉は途切れた。「……なんだこの音は。うるさいぞ!」マスタッシュは落ち窪んだ眼を血走らせ、ギョロギョロと剥きながら両手で耳を塞ぎうずくまる。
「ヤメローッ!静かにしろ!」マスタッシュは絶叫した、ウシミツ・アワーの寂れた路地裏は静寂そのものだ。「音を出すな!動くな!わた、私の体……痒い!」
突如全身を掻きむしりながらマスタッシュはゴロゴロと地面を転がる。「痒い、痛い!痛い痛いィ!!」修道服めいた黄金刺繍の白ニンジャ装束は引き裂かれ
、汚水と泥に無惨に塗れた。裂けた装束の下、掻きむしるのは完全置換されたサイバネ部位。そこに感覚ある生身の肉体は一切残されていない、幻肢痛だ。


「アァーッ!アァーーーーッ!!アー…………」絶叫のさ中、ふいにマスタッシュの視線は点めいてピタリと止まり表情が消え失せる。ジョルリめいて無機質な
動作で静かに立ち上がると、円柱状の頭部サイバネが再びせり出しオメーンめいた生気のない顔を覆った。マスタッシュ……セントラルピラーは再び手を広げた。
『衆生を繋ぐ電子貨幣と聖なるLAN端子が全てを一つの家族に。世界を、死せる電子の神の愛と福音に満ちた愛しき我が家に。ハレルヤ』何事も無かったかのように
演説を終えるセントラルピラー。「フゥー……」困惑と驚愕、やがて静観。それまで無言で佇んでいたレッドストライフは大きく息を吐いた。そして笑い出した。


「ハハハハハハハハハハ!!」『何が可笑しいのですか』呵々大笑するレッドストライフもまたピタリと止まる。深く閉じ、再び開いたその目は笑っていない。
「いいや?ちっとも面白かねえな」深く寄せられた眉間の皺と声色には陽炎を上げる炭火か溶鉄めいた深く静かな憤怒。一体何に対してか?全てだ。
アマクダリ崩壊後も飽くなき邪悪な欲望と特権階級に成り上がる野心に突き動かされ、論理聖教会に恭順した男のインガオホーをレッドストライフは知らぬ。
アマクダリのそれを更に醜く煮詰めた縮図めいた光景、飼い犬のままの自身に在り得た未来のひとつ。一抹のアワレを抱いた己自身。沸き立つ全てへの怒り。


「コレがテメェの散々のたまってたおマミって奴か?道理でお似合いのクソみてぇな味だ。ヘドが出る」レッドストライフは深紅のヤクザジャケットとシャツ
に手をかけ、脱ぎ捨てた。その背中に刻まれた、血の如き紅に咲き乱れる芍薬と咆哮する荘厳な狼の見事なタトゥーが内なるカラテに色付き、熱を持った。


「跡形もなくぶっ壊すぜ、クソ野郎」首を鳴らし、ツカツカと歩を進めるレッドストライフのシルエットは一歩ごとにざわめき膨らみ、背中のタトゥーより
現れたかの如き狼そのものの異形と化していく。やがてそれは獣めいた前傾姿勢となり重サイバネニンジャに突撃した!「ARRRRRRRRRRGH!!」『イヤーッ』