今日は模擬レースの日だ。デビュー前のウマ娘とスカウトをするトレーナー、その両方の運命が決まるかもしれない重要な日。

 その一見物静かに見えるウマ娘はパドックの時点で独特の雰囲気があった。真っ赤な両の瞳、透き通るような真っ白な肌もそうだが、左右が白黒に分かれた髪(面白いことに、ウマ耳も左右で白黒だ)を2つお団子頭に結い上げる個性的な髪型をした彼女はハクマイという名前らしい。

「彼女、芦毛ですかね?」

 と、同じくスカウトに訪れていた先輩トレーナーに話しかけると、

「あぁ、あの子は…白毛だね。凄く珍しいから、君が見たことないのも当然か。私も見たのは久々だ」

「先輩ですら珍しいんですね。じゃあ人気もあるし、すぐにスカウトされてしまうかな」

「……いや、彼女のスカウトは…中々難航するかも。
──何せ、今まで白毛の子が中央の芝で勝てた事は、一度も無いんだ。」

◇◇◇

 レース場は一時ざわめきに満たされていた。

「【PR】ぼくの名前はハクマイ!将来G1も狙えちゃう超絶有力美少女白毛ウマ娘!!トレーナーさーん!!!スカウトお待ちしてまーす!!!」

 パドックでの大人しい様子はどこへやら。 …かつてレース中にPRをしながら走るウマ娘はいただろうか?

 レース中盤から後続のウマ娘を突き放し、安定した走りを見せたまま勝利しておきながら、トレーナー達の反応は関心より困惑の方が優っていた。

「…良い走りだったな」
「少し変わった子みたいだけど、走りながらあそこまで声を出せるのは余裕の証拠よね…」
「あの差し、中々の素質だよ」

 彼女が「走る」ウマ娘側なのは、新米の俺を含むどんなトレーナーからも見てとれた。そして、思うことは皆一緒のようで。

((──でも、白毛なんだよなぁ……))

 能力ならば申し分ないが、しかし…トレーナーは担当するウマ娘を成功させる為の存在でもある。前例のない賭けに乗るものは、きっと少ない。

 レースを終えたハクマイが見学していたトレーナーに話しかけている。当然スカウトの話だろう。
 しかし、一言二言言葉を交わしたら次に移る、といった感じで、先輩の言う通り状況は芳しくなさそうだ。また断られてしまったのか、次に向かうのは──

「君、さっきの模擬レース見てくれたよね。ぼくの走り…どうだった?」

 ぱっちりした赤い目を縁取る睫毛が、髪の毛通り左右で色が違うのに気付けるくらい間近で見ると、身長は150㎝くらいだろうか。小柄な割に胸を張り堂々とした立ち姿はさながら舞台役者のようだ。

「俺は経験が薄くて、上手く言えるか分からないけど…良かったと思います。ところでレース前とキャラが違うような」

「そうだろうそうだろう!あれはね、戦略の一種だよ。ギャップ萌えってあるじゃないか?それを狙って、びっくりした人がぼくに興味を持ってくれるんじゃないかなぁと。まあ今朝思いついたんだけど」

 胴に行ったウィンクを披露するハクマイ。その瞳は自信に溢れているように見えるが、その真意がどうか汲み取ることは難しい。

「は、はあ……声を掛けるのは俺で何人目ですか?」

「競走じゃなくてアイドルやらせようとした奴は文字通り蹴っ飛ばしてやったから……
うーん、もしきみに断られたら前回の模擬レースから数えて二桁代に突入してしまうかな。はっはっは!」

「いや、自棄にならないでくださいよ…!」

 断られているのは予測できていたが、よもやそこまでとは。素質があるウマ娘が、これまで先例がないというだけで専属トレーナーすら付くことが難しいというのは、少し可哀想だ。

 ──俺が少しでも力になってあげられたら、そう思うと勝手に言葉が出てきた。

「……考えさせてくれませんか?返事は必ずしますので」

 正直、良い返事が返ってくると予想していなかったのだろう。それを聴いたハクマイは表情を一層明るくして。

「わぁ!今までで一番良い返事をありがとう。いくらでもお待ちするから、じっくり考えて欲しいな。世界初のG1制覇を達成する白毛ウマ娘のトレーナーになれるチャンスは、今だけ!なんだからね」

 (…考えておく、が一番良い返事だったのか…)

◇◇◇

 そんな出来事から数日後。

 この何日かしっかり考え、模擬レースを観戦した他のトレーナーと相談し、彼女の走りをもう一度見返すなどしてデータを集めてみた。小柄な体格に似合わぬストライド走法から繰り出される加速力、レース運びの天性の巧さ……俺には到底扱えそうにない逸材──色々な意味で──だと、言葉を濁しつつも誰もが言った。
 新人でノウハウのない自分が預かるのに彼女の素質はあまりに高く、そして未知数だと、現実を突き付けられるばかりだった。

 ……期待させるような言い方をしてしまった事も含め、謝らなくてはならない。白毛ウマ娘の担当経験を持つベテランのトレーナーとの伝手をこの数日で手に入れたので、謝ると同時にそれも紹介しよう。

 ──そんな事を思考しつつ、郊外にもジムやグラウンドなどトレーニングに使える場所が無いか探す休日の日課を行なっている時のこと。

 ふと風に乗り、土の香りが届いた。

(そういえば、この辺には珍しく田圃があったな…ん?あの姿は…)

 収穫前の田圃の真ん中で作業でもしているのだろうか、ジャージ姿のハクマイがそこにいた。珍しいこともあるものだと思い、駆け寄り声をかける。

「ハクマイ」

「おお!トレーナー……候補さん!なんでこんなところに?」

「仕事の一環で、この辺でもトレーニングに使える場所がないか探しているんです」

「お疲れ様でーす。それで、どう?返事は決まった?」

 頬に付いた泥を軍手で拭いつつ、彼女は問いかける。

「それは、…はい。」

「少し長い話になりそうだね。そこのベンチで座って話していい?」

â—‡

「あれから、他に良い返事はありましたか」

「……」

 ハクマイが半目でこちらをじっとりと見つめてくる…どうやら言葉を間違えてしまったらしい。

「と、ところでこの畑は…?」

 目の前にはけして広くはないが、しかしよく手入れされた田圃が広がっている。

「ここ?叔母さんに場所を使わせて貰ってるんだ。入学前に土作りから初めて、ここまで来たんだよ」

「一人で…最初からですか。それは凄い」

「でしょー!地味に見えるけど、足腰に凄く効くんだよ、これ。自主トレの一つと言えるね。それに、成果が実るのは何時だって楽しいよ」

 得意気に薄く笑うハクマイ。
 ふと夏風が吹き、まだ成長途中の稲を揺らす。目を細めて心地良さそうに隣で風を感じるハクマイは、パドックの姿とも、模擬レース中の姿ともまた違う、穏やかな様子を見せている。

「ふふ、風が気持ちいいね」

 本当に、断っていいのだろうか?俺はこのまま彼女を見送るべきか?それとも──

『ぼくが真面目に目標を語ると誰も見てくれないし、聞いてくれないのに、おどけて話せば誰かしらは面白がって見てくれるんだ──これって不思議じゃない?』

 レース場で別れる時、ぽつりと最後にハクマイが溢した言葉を思い出した。
 ──これが最後のやりとりになるなら、彼女の真意を聞かなければならない。

「ハクマイ。G1を勝つと言っていたけど、あれは本気ですか」

「──当たり前だろ、ぼくは演技はするが嘘だけはつかない。
誰が何と言おうと、必ずぼくの立つべき舞台がどこか、全員に理解させる。…君にだって、勝利の頂を見せてあげる」

 「本気か」と、そう問われた瞬間、彼女はまた纏う雰囲気を変えた。
 誰よりも真っ直ぐに、薄暗がりから太陽を睨み返すように、はっきりとそう答えた。
 その覚悟に応えなければ──気がつけば、思いのまま言葉を返していた。

「そうですか。…担当の話、誰に止められようと俺が受けます!」

「──なんちゃって、名付けてハクマイ様の全人類わからせ計画……えっ?」

 ハクマイが酷く意外そうな表情を浮かべる。

「…あれ?断るんじゃなかったの?さっきまでは『ハクマイ様のより一層のご活躍を心よりお祈り申し上げます』って感じの顔してたから、あぁやっぱり〜と思ってたんだけどな。

…勿論大歓迎だよ。
賽は投げられちゃったね?なら、共に泥中から這い上がろうじゃないか。改めて自己紹介といこう。ぼくの名前は、白く舞うと書いてハクマイ。よろしくね、トレーナー」

 彼女の言葉と、炬火の如く揺らぎ様々な色を見せる瞳を何よりうつくしく思った。
 その炎がこれから先に何を燃やし、何を照らすか、知りたくなった。
 これから一年後、「黄金」に相対する「モノクロ」の物語はここから始まる。

◇◇◇

「あの…何で俺が最初断るって分かったんですか?」
「そんなの顔見たら誰でもわかるだろ、つまらない表情しやがって…でも途中からは違ったからね〜、ぼくは新しくて面白いものなら何でも好きなんだよ。こんな大賭けに挑戦するなんて、いい趣味してる」
「いや、俺は本当にあなたが勝てると思ってですね…!」

終わり