時に、宇宙世紀0085年12月 シャア・アズナブルこと、キャスバル・レム・ダイクンによる地球へのアクシズ落下はわたしとシュウジが起こしたゼクノヴァによって失敗に終わった。 終わったらしい。その後の事はわからない。 わたしとシュウジはただ地球や宇宙のみんなを救いたかった。 いや、そんな大げさな考えじゃないかな。もっと、もっと小さな事 ―――ニャアン ニャアンを守りたい。ニャアンの笑顔を守りたい、わたしはその一心でジークアクスを動かしていた。シュウジもきっと同じ気持ちだったと思う。 キラキラの中で私達は、ただ互いの躰を抱きしめあい、そして祈り続けた。 わたしとシュウジはそのままキラキラの中へ包まれた―――いつもよりキラキラの光量が多い。眩しすぎて眼の前が真っ白で何も見えない。 シュウジ!?シュウジどこ!?キラキラの中へ体が溶けていく 「近くにいるよ」 シュウジの一言と添えられた掌が、最後の感覚だった。 「マチュ、マチュ」 重くて開かない瞳とおぼろげな意識の中で誰かが呼んでいる。その聲には聞き覚えがある。聲の主のこともしっかり認識できる。 『マチュ』それはとても心地よい響き。うっとりしてしまう。 「う…うん」 瞳を開けるのが本当に億劫だった。シュウジといっしょにキラキラを輝かせるとき、ゲッソリする位、体力を使ったから。 肉体は、きっと残ってはいない。ガンダムも、躰も、すべて向こう側の世界に置いてきたから ありがとうνジークアクス。ありがとう赤いガンダム。そして、さようならニャアン。 「マチュ、起きて」 唇になにかが触れる。この暖かさは…シュウジ!シュウジ!!! 条件反射でパッと目が見開いた。瞼の向こうにはシュウジの顔、そして重なり合う唇 「シュウジ!!!」 大人げないけどわたしはちょっと怒ってしまった。シュウジとキスをすることなんて日常茶飯事。だけど、突然キスするなんてルール違反!…だけど悪い気はしない。むしろシュウジのそういうところが好き。 「よかった…マチュありがとう目覚めてくれて」 シュウジが抱きついた。身体がある!?…けどこの感触は…現実じゃない!そうキラキラの中だ! シュウジの描いた路上のラクガキ…グラフィックを始めて見た時も、 シュウジとはじめてマブとしてクランバトルに出たあの瞬間も、それからずっとずっと一緒に見ていたキラキラの中だ。 「シュウジ…わたし」 「もう目覚めないんじゃないかって心配したよ。」 シュウジの輪郭がぼんやりと見えてくる。シュウジはあの飄々とした顔つきの中に悲しさが交じる、そんな表情でわたしを見つめる。 「マチュ、キラキラはとても素敵な空間だけど。一人でここにいるのはやっぱり寂しいんだよ」 「私…どれくらい眠っていたの」シュウジのうなじに鼻腔を押し付ける。キラキラの中にシュウジのキラキラの匂いがする。 「わからない、この世界じゃ過去も未来も現在も『事象』でしか過ぎないからね。時間にしたら何十年かな…いや何千年、何万年。もしかしたら逆かもしれない。現実世界じゃほんの数秒だったり、とにかくそれくらい待ったと思う、けどその時間は恐ろしく長く感じたし、なにより寂しかったんだ…マチュ」 「ごめんねシュウジ、一人にして」2つの体を繋ぎ合わせるようにキツく抱きしめていた腕(かいな)を少しほどいて。シュウジと顔をあわせる。シュウジの顔だ!キラキラの中でもしっかり見える! 「いいんだ…マチュがいれば。僕はそれでいいんだ。」 シュウジの瞳は潤んでいて。涙がポタポタと不思議と流れていた。涙の雫がわたしの顔へポタポタと落ちてくる。ごめんね、寂しかったねシュウジ。 「泣かないでシュウジ。わたしちゃんといるから!二人でマブ!『ずっといっしょ』って約束したじゃん」 「そうだねマチュ…ごめんね。けど、うれしくて…うれしくても涙って出るんだね」 はじめて出合った時はミステリアスな雰囲気を醸し出していたシュウジだけど、結構人間臭いところもあるんだって一緒に過ごしている内にわかってきた。 あの時『ガンダム』に呼ばれなかったら、きっとわたしたちはマブじゃなかったし、結ばれてないだろう。 「でもさぁ?けどなんでキスなんかしたの?」 「キスをしたら目覚めるっていうくだり、おとぎ話でよくあるでしょ」さっきまでの泣きっ面がうそのように、いつもの飄々とした顔つきのシュウジが答える。 「ふーん…ならいいけど。でもキスするならもっと早くしてほしかったな!」 正直に喜べない私はちょっと恥ずかしい。現実世界で、もっと正直に愛し合えばあんな遠回りしなかったのにな…と思う。シュウジと結ばれるまで随分と回り道をしたな…と思う。 「そうだね、だけどできなかったんだ」「なんで?」 「恥ずかしかった…その…マチュとキスをするのが」 「キスくらいいつもしてるじゃん!今更恥ずかしいもないよシュウジ。シュウジは私の事全部知っているんだから!」 「そうだね、でもちょっと恥ずかしくて」シュウジの顔は赤くなっていた シュウジの『恥ずかしい』という気持ちが心の中へ染み渡ってくる。 そうか!キラキラの中じゃお互いの心が見えちゃうんだ!そしてシュウジの『寂しかった』という気持ちが私の中へ溢れてきたきそうになるほど襲ってくる。 「シュウジの気持ち、私の中で溢れそう…シュウジ…シュウジ…」 「そうだよマチュ…キラキラの中じゃ嘘はつけないからね。正直に、素直な心だけが僕達を包み込むんだ」 シュウジが一呼吸置く。 「マチュの気持ち、僕の中に入ってくる。僕の名前『シュウジ』でいっぱいのマチュの心が見えるよ」 「やめてよ口に出さなくてもいいじゃん!理解(わか)るなら!」 「けど、うれしくて。僕の事をこんなに思ってくれるマチュがいて…それに」 「それに?」 『ニャアン』 二人の想いは一つだった。 「ニャアン…」「そうだね、ニャアン」 「ニャアン置いてきちゃったね」 「うん、けどニャアンには幸せになってほしいから」 「ニャアンだけが心配だね」 「うん、だけど大丈夫。きっとニャアンは幸せに生きている、そう信じよう」 「そうだねマチュ」 「ニャアンに私達の気持ち…届くかな?」 「届くさ、愛はきっとキラキラを超えてニャアンに伝わる」 「ニャアン…聞こえる?」私は祈るように掌を重ねる 「ニャアン…わたしとシュウジは元気です。だから心配しないで」わたしの掌にシュウジの大きい掌が重なる 「「ニャアンは他人だけじゃない、自分の幸せを信じて。そして生きて」」 「シュウジ!大好き!」 「ぼくもだマチュ!」 「声に出さなくても理解(わか)りあえてるのにね!」 「でもね!声にしていいたいんだ!マチュ!マチュ」 「シュウジ…すき。だいすき。ずっとずっと」 「「一緒」」 ふたりはその後、海を渡る魚のように自由にキラキラの中を泳いで。 そしてちょっとお話してからシュウジは眠ってしまった。 わたしもちょっとシュウジとお話して、眠ってしまった。 再び目を覚ました時もきっと隣にはシュウジがいてくれる キラキラだけがわたしたちをみつめてくれる二人ぼっちの世界 だけど世界は、世界は暖かい光で包まれている。