「リスト分よし、暫定配布分よし、予備よし、梱包よし………オールクリア！！」

私も全工程を確認して、漏れがないことを確認してからオッケーを出す
何度もチェックしたんだ。これでダメだったらもう諦めるしかない
そして、私のオッケーを聞いた三人も目を合わせて

「ということは」

ソダシちゃんが絞り出した声に応えるべく、すぅっと息を吸い込む

「………バレンタインのチョコの準備、これにて終了！！！お疲れ様ぁ！！！！！！」

その言葉に呼応して、全員がその場に崩れ落ちる
今年もこの時期がやってきた。そう、２月のメインイベントと言っても過言ではない……バレンタインデー
その準備のため、私達は今日このプレハブ小屋に集まり、戦場のような忙しさを駆け抜けたのだ

●

「終わった……やっと終わった……」

虚ろな目でブツブツ呟くタイムがちょっと怖い。だけど気持ちはわかってしまうのがまたなんとも
その横で真っ白に燃え尽きて……いや普段から真っ白なんだけど、気持ち灰のようになってるソダシちゃんがゆらゆらと立ち上がった

「こ、こんな修羅場毎年やってたし………？ここ本当になんの集まりなんだし………」
「今年はまだ少ないです！！！！！！！！！！！！！！！！普段は先輩方との合同なのでもっと数が増えます！！！！！！！！！！！！！」
「そ、想像もできないよぉ………」

もうしなしなになってる二人だけど、メイケイエールはまだ慣れてるからかお目目グルグルで済んでる
そんな私は、もう腰が抜けそうだ。あと腕がもう限界。泡だて器とかヘラとか使いすぎてもうヘトヘトだ
とりあえずみんなのコーヒーでも淹れよう。ああ、やっと休める…

「でも、助かったし。こっちも年々お返しの量増えてったから、合同で作らせてもらえるのは本当にありがたいし」

事の発端は先月だったか
私達プレハブ組は毎年たくさんのバレンタインのお返しを準備する
ありがたいことに、毎年本当に大量のチョコやお菓子をいただいているので……先輩方は言うに及ばず、私もメイケイエールもそれなりに人気なのが本当にありがたい話だ
だけどその数は年々増え続けている。ありがたいんだけど、いや本当にありがたいんだけどどんどん増えてる。正直、もう追いつかないんじゃないかってくらい
なので、毎年そのお返しはプレハブに所属しているメンバー合同で製作するんだけど………

「こっちも、最悪人手足りなくて詰んでたからね。ありがたいのはこっちだよ」
「正直今年はもうダメだと思ってました！！！！！！！！！！！！！！！」

なんと、今年は先輩方との予定が全く合わず、というか先輩方もそれぞれで予定が合わず合同でのお菓子作りが不可能に
その結果各自で何とかして製作する……という話になって。各々、それぞれの伝手を頼り援軍を呼んだりしてなんとかする流れに
だけど、そうそう援軍なんて見つかるはずもなく。私達はもう諦めて自分たちで何とかするしか……と思っていたのだ
そこに、まさに天の助けというか。ソダシちゃんから、共同で作らないかという話が来た
そこにタイムも参戦。それにより想定の倍の戦力を得ることができた私達は早速日程を合わせ、バレンタイン前日に共同でお返しのお菓子作りに励んだ……というのが顛末

「うぅ、手にチョコの匂いが染みついて取れないよ………」
「当分は取れないですよ！！！！！！！！！！！！実証済みです！！！！！！！！！！！」
「まあでも結構取れる洗剤持ってるからそれ使っておきな。はい、コーヒー。砂糖とミルクはお好みで」
「なんか、しばらくチョコの海で泳いでた気分だし。ていうか鼻が麻痺してるから気付きにくいけど部屋の中すごいチョコ臭だし」

そうなんだよ、この作業終わった後はいつもこうなの
前に作業中に顔を出しに来た某芦毛狂いの人が充満するチョコ臭に「ヴッ！？」って凄い声出してたし

「で、でも流石に作り過ぎじゃないかな。これ捌けるのかな………」
「いやぁ、多少多めに作ったのは事実だけど案外何とかなるぞ？ていうかなってるぞ」

最低限必要な数プラス予備を作るんだけど、その予備の数の事を言っているんだろう
毎年こんな感じだけど、実際どうにかなってるし。余ったとしてもほんの少しだったりして逆に肝が冷えたこともあった
そう考えるとまたちょっと不安になってくる。足りる、よな？

「さ、とりあえずやることは終わったわけだし、休憩しよう。試作品の味見でもしてさ」
「あ、それ楽しみだったし」
「食べますか！！！！！！！！！！！！！！！！！！」
「じゃあ、試作品持ってくるね」

今更だけど、今回作ったのはチョコレートマフィン。毎回こんな感じだけど、数作りやすいしいいんだよね
あとこれ以上凝ったものにすると手間が増えて本気で間に合わない。せいぜいがナッツ入れて香りと食感よくするくらい
詩作品の簡易包装を開けると、ふわっと漂うチョコの香り。それに上に乗せたアーモンドの香ばしさ
詩作品とはいえほぼ決定稿のようなものだったし、きっと大丈夫だろう

「じゃあ、食べようか。せーの」

みんなで声を揃えて

「「「「いただきます（！！！！！！！！！！！！！！！！！！）」」」」

ぱくっと口に入れると、柔らかい食感にしっとりとした舌触り。それに少し抑えめにした適度な甘み
カリッとするのは乗せたり混ぜ込んだアーモンド。じっくり焼き上げられたことでその香りがよく立ってチョコのそれにも負けてない
ここにコーヒーを飲めば……うん、間違いなかった

「おいひーです！！！！！！！！！！！！！！！！」
「わぁ。本当に美味しい。ちょっと贅沢なケーキみたい」
「これ売ってたら定期的に買うやつだし。ミルク多めのコーヒーともよく合うし」

みんなからも好評みたいでよかった。これなら問題はなさそうだ
甘さ控えめにしたのがよかったかな。くどくもないし、これなら何個でも……いやそれはまずいけど。カロリー的な意味で

「ソダシちゃん、そんなに気に入ったならお土産もあるよ。試作品まだあるから、持ち帰りもしたら？」
「え、ほんとだし？」
「あとで包んでおきますね！！！！！！！！！！！！私も自分の分持って帰るつもりでしたので！！！！！！！！！！」
「あ、その……僕のもいいかな………」

勿論私も持って帰る
マフィンって美味しいだけじゃなくてちょっと小腹空いた時にもいいんだよね。夜の勉強中の栄養補給にもぴったりだし

「バレンタインのチョコもあるし、これで当面お茶請けには困らないぞ。ハハハハハ」
「ソングラインちゃん、乾いた笑いになってます！！！！！！！！！！！！！！！！！」
「過去に何かあったと見たし」

イエソンナコトナイデスヨ？

「ああ、だから去年体重計の前で………」
「ソングチョーップ」
「はぎゅっ」

口を滑らせそうになったタイムにオシオキ。言うなっての
そうです、そうですよ。去年はそれで完全にカロリーオーバーして体重計の前でチワワみたいに震えてましたよ
あの後のトレーニングは大変だったなぁ……食事管理も含めて
まあメイケイエールも道連れだったんだけどなハハハハハハ

「ソングラインちゃん、何か言いたそうなのであとでお話ですね」

やめて、急なプレーンモードは。怖いって
より正確に言うと先輩方もほとんどが爆死してたし。この時期の風物詩みたいなものかもしれない

「でもまぁ、これでやっとのこと一区切りだ。あとは当日にどうなるか、天に祈るしかないよ」
「バレンタインってお祈り必要なイベントだっけ………？」

必要なんだよ、私達には

「ちなみにですが、いただいたチョコを食べる時にも注意が必要です！！！！！！！！！！！！！！！」
「え、それって………」

タイムがちょっと怖そうな顔をしてる
ああ、うん。そうなんだよなぁ………とりあえず誤解を解いておくか

「……以前、貰ったチョコの中に洋酒入りチョコが入っててさ」
「あっ」

何かを察したようなソダシちゃん
まあ私だけじゃなくてメイケイエールも若干ハイライトオフになっちゃってるからな。そりゃオチもわかるか

「度数はそこまで高くなかったし、私達は食べてないから被害なかったんだけど……その、先輩が………」
「……その先輩が誰なのかは聞かないでおくし」

ありがとう。そうしてもらえると助かります
今でもあの時のことを思い出すと……うう、去れ忌まわしい記憶！

「それ以来、食べる前にチョコレートの種類はよくチェックするようになったよ。その後すぐたづなさん経由で洋酒入りチョコ自体が禁止にはなったけど」
「同じようなことが他所でもあったんでしょうね！！！！！！！！！！！！！！！！！！」
「あれそういうことだったんだ………」

そんなこんなで話しながらマフィン食べてたらみんなもう食べきっちゃったみたいだ
少し物足りない位だけど、さっきも言ったようにカロリーが普通に怖いからこのへんにしておこう。じゃないと、本当に後で泣くことになるから
……どうしよう、お土産分は帰ってから食べようと思ってたけど………ちょっと怖くなってきた

「それじゃあ、明日は各自自分たちの分を取りにここに集合って事で」
「了解だし。今日は本当に助かったし」
「みんな、ありがとう。じゃあ、片付けようか」
「一日お疲れ様でした！！！！！！！！！！！！！！！！！！」

コーヒーとマフィンの器を片付けに入って、今日一日が終わったのを実感する
本当に戦争みたいな忙しさだったけど、今日はよく寝れそうでいいや
あとは明日の本番を何とか乗り切れれば……よし、寝る前に三女神さまに祈っておくとしよう

「あ、そうそう。もし予備が余ったら自家消費なんでよろしくなー。均等に分けて配布するから」
「配るもよし！！！！！！！！！！！食べるもよしです！！！！！！！！！！！！！ただカロリーは自己責任で！！！！！！！！！！」
「……わぁい」

ひとまず今年のバレンタインも上手くいきそうだ
本番もまだだというのに妙な安心感を覚えつつ、洗い物をシンクへと運んだ

●

「じゃあ、お疲れ様。改めて、明日もよろしくー」
「よろしくね」
「よろしくだし」
「よろしくお願いします！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！」

片づけを全部終わらせて、プレハブの外に出てしっかり施錠
外に出ると空気がよく澄んで……いや、これチョコ臭の海から解放されて鼻がびっくりしてるだけか

「うぅ、寒い。また雪でも降りそうだなぁ………」
「それは勘弁してくれ。流石にもう雪掻きはしたくないぞ」

肌を刺す寒気に全員首をすくませる。確かに、これで雲があれば雪が降り出してもおかしくはないほどに寒い
今年の春はまだまだ先かな。お花見はいつの事になるやら
そこで、ふとポケットに手を突っ込んだところで違和感を覚える

「………っと、やば」
「ソングラインちゃん？どうしたし？」
「携帯、プレハブに忘れちゃったみたいだ。先に行ってて」

ああ、もう。なんでこんなポカするかなぁ
この間も携帯忘れたことでえらい目に遭ったばっかりだっていうのに。一回で学べ、私

「了解だし。じゃあ、この先の自販機で飲み物買って待ってるし」
「またあとでね」

駆け足でプレハブまで戻る。私、こんな凡ミス連発するやつだっけなぁ……と内心愚痴りながら
ホント最近どうしちゃったんだろうなと。なんかやらかしが増えてる気がする
不運不幸からのものならどうしようもないって思えるけど、単純に自分のせいだからな……気を付けないと

「えーっと、鍵、鍵………」
「ソングラインちゃん！！！！！！！！！！！！！！！！」
「ほへ？」

ポケットから鍵を取り出したところで、突然呼ばれた自分の名前
振り返ると、声の主がニッコニコ笑いながら立っていた

「メイケイエール？なんで。お前向こうで待ってるはずだろ？」
「いいタイミングなので戻ってきました！！！！！！！！！！！！」
「いいタイミング………？」

突然何を言い出してるんだこの爆弾娘は
とりあえず何の用事かもわからないし向かい合って待ってみると、いつもの笑顔とはちょっと違う……なんか、凄く楽しそうなニコニコ顔でカバンを漁り出す
なんだ、何を考えてるんだ

「本当は明日って思ってたんですけど……明日はまた大忙しでそんなタイミングもなさそうですので！！！！！！！！！！今この場で失礼しますね！！！！！！！！！！！！」

明日？明日って……と、ここまで言われればなんか最近信用できない私の頭でも流石に察しがつく
まさか、と思ったら。彼女は言外に「その通りです！！！！！！！！！！！」とでも言うかのようにそれを差し出してきた
シックなブラウンの包装紙に、ゴールドのリボン。掌に乗るくらいのサイズのその箱
見間違えるものか。流石にここでわからなかったらクソボケの誹りを免れない
かぁっと、顔に血が上るのがわかる
それは、先ほどまで私達が必死こいて梱包していたそれとは全く違うものなのがすぐにわかってしまったから

「………はへ」

手に持った鍵を取り落とす
ニコニコのメイケイエールはそれを持ったまま歩み寄ってきて、はい！！！！！！！！！と、私の手に握らせてくる

「受け取ってくれますよね？」

………降参だ。参った、もう抵抗できない
正直崩れ落ちそうになるけど、何とか顔真っ赤で堪えてそれ……チョコレートを受け取る
プレーンな顔で笑いかけるのは、反則だろうが。ニコニコ笑顔からうふふとでもいうかのような微笑みに変わったメイケイエールに完全な白旗を上げるしかなかった

「………うん。ありがとう」
「ふふ。大事に食べてくださいね」

……最近、プレーンモードで笑う事、増えたよなぁ。なんのつもりなんだろうか
さて、困ったことになった
何が困ったって、『先手を打たれた』のだ。それも本気で予想もしてなかったタイミングで、これ以上ない奇襲で
その奇襲攻撃によって私は完全に行動不能。少なくとも、今どうこうは何一つできない

（……当日の朝に、とか考えてたのが裏目に出たかぁ）

本当は明日一番に、こっちからやろうと思ってたのに。どうしてくれるんだ全く
カバンの中に入ったままの『ライトグリーンの包装紙に包まれたチョコレート』を、どうすればいいのだろうか

「さ、帰りましょう？二人とも待ってますよ」
「あ、ああ………」

いっそ、この帰り道で……いやダメだ。流石にそれは。負けた気がする
こういう時寮が別なの痛いよなぁ。今更も今更だけど
……予定通り、明日の朝一発目にさらっと渡すとしよう。ヘタレとか言うな。それしか手が無いんだから
それでもきっと、喜んでくれるとは思うし

「……明日一通り終わったら、ソダシちゃんとタイム呼んでお茶会でもするか」
「そうしましょう！！！！！！！！！！！！！頂いたお菓子と予備のマフィンでいくらでも飲めますね！！！！！！！！！！！！」
「いや、加減はしろよ！？」

すっかり元に戻ったメイケイエールと肩を並べて帰路に就く。早く行かないと二人とも待ってるだろうし
顔の赤さは、多分ばれてない。ばれてないったらばれてない。そう思わせて
きっと、明日もまた戦争のような騒がしさが待っている。でもそれもきっと楽しく乗り越えられるだろう
その大騒ぎの前に、きっと受け取ってくれるこれを渡せればミッション完了。それが難しい？うるさい正論は聞きたくない
まあそれは、カロリー計算と一緒に明日の私に任せるとして、だ

「明日も、がんばりましょー！！！！！！！！！！！！！！！！」
「ああ、頑張ろう」

とりあえず、お腹もすいたし帰るとしよう
きっと明日も上手くいく。そんな根拠のない自信だけをお供にして。学生なんて、そのくらいでいいのかもしれないから
自分への言い訳のようなそんなことを考えて、頭を振る
明日は勝つ。そんな小さい決意を秘めて、いろいろ丸投げしながらメイケイエールと歩いていった

以上。酒飲みながらメイソンソダタイした
明日用事があるので先に投げつけておきます
ハッピーバレンタイン

誰が酔っ払ったのかによって被害が変わるなこのチーム

つよつよエールちゃん好き

バレンタインに用事…？妙だな…？

>バレンタインに用事…？妙だな…？
ただＴＲＰＧやってくるだけです

うらやま

ｷﾀ━━━━━━(ﾟ∀ﾟ)━━━━━━ !!!!!

>No.1282893992
ありがとうございます！！！！
これは間違いなく美少女エールちゃん…

>No.1282893992
おちち！！

エールちゃんの供給ありがてぇ…