【オリジン・オブ・エアーラ】



憂鬱だった。朝目覚めるといつもと同じ光景が目に飛び込んでくる。
無彩色の天井。冷たいベッド。聞き飽きた音楽に薄い味のスープ。
この4要素が私の世界そのものだ。



─レンハート王国。マナの龍脈が流れるこの地には、人・獣人・エルフに魔族とあらゆる存在が暮らしている。
新しくできたばかりの小国であるため、権威はなく周辺地域への発言力も持ち合わせてはいないが、この世界における役割はとても大きい。
種族・身分・性別を問わず、誰もがエネルギーに満ち溢れて慌ただしく毎日を過ごしている。




…とはいっても、それはあくまで私以外の人たちの話だ。

~~~~~

『過剰魔素による自家中毒…いわゆる「マナ病」です』
『食事などによって得たエネルギーのうち、そのほとんどを魔力に変換して体の中に溜め込んでしまうのです』
『魔術師として素養があるかどうかはこの変換比率にあるのですが…彼女はそれがあまりにも高すぎる』
『さらに効率も凄まじい、角砂糖1つで暴風魔法を1発放てるほどの魔力を作ることができる』
『例えて言うなら、オリーブオイルで動くロケットエンジンを積んだ三輪車です。
 あまりにもエネルギーを摂取しすぎると、魔力量に身体が耐えきれなくなって崩壊するでしょう。
 適切な処置を施したとしても30年生きられるかどうか…』

今となっては遠い昔の記憶に過ぎないが、その時の言葉は大人になるにつれ一層私を苦しめる。
医者の宣告というものはまるで真綿でできた首吊りロープではないか…

~~~~~

私という存在は、レンハート王家の何なのだろう。
兄弟姉妹は人間の耳や可愛らしい猫の耳がついてるのに、私には魔族の角が生えている。
皆は青空のもとで爽やかな風を感じることができるのに、私だけ無菌室に閉じ込められている。
皆は毎晩の食後に出るデザートの出来を語り合えるのに、私だけお湯のようなスープを飲んでお腹を空かせている。
唯一の楽しみは書物だけ…
これではまるで忌み子だ。…いや、忌み子ならまだマシかもしれない。周囲の優しさに苦しめられることもないだろうから。

ぱたぱたと足音が聞こえてきた。弟妹は決まっていつもこの時間にやって来る。
「姉さま!」「ねえさま」
今日来てくれたのはクルーズとソリューだった。ベッドから体を起こして二人の頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。…しかしこんな骨と皮で構成された手で撫でられ、幸せになれたのだろうか?自分で自分の頭を撫でた方がまだ温かそうだが。

「絵本読んでください!」「たのしいおはなしをきかせてください」

正直、この一時が一番楽しい。
読んだ本をもとに地図を見せて遠い国の話をすると、目を輝かせて聴いてくれるのだ。
私は少しばかり調子に乗り、いつも咳が止まらなくなるまで話を続けてしまう。
誰からも慕われる、聖女が治める国のこと。
砂漠から蜃気楼のように現れ、ちょっとヒドい謎かけをする女王が治める国のこと。
馬とともに暮らし、生涯を戦いと征服に費やす荒野の少女のこと。
人をくすぐることだけに特化した変な生き物が数多く生息する島のこと……。

「えあーら姉様の話はいつも楽しいから大好きです!」
「なるほど…オスモウサンは負けたら爆ぜて死んでしまうのですね」
「そうなの、それで…ッ、けほっ、ごふッ…!」
「! 姉さま!」

開いていた地図のページが赤く染まる。ああ、またやってしまった……

「う˝ぁ…ごめ、なさ」
「良いんです姉さま、誰か!手拭きを…!」

~~~~~

レンハート王国に隣接する魔王国内の軍部が活発になってからというもの、ここ最近は暗いニュースばかりだ。

『魔王モラレル演説「人間の国は最早崖っぷち」』
『聖都カンラーク陥落から××日』
『ストムブリング卿 他国の古代観光遺跡を破壊 魔王国に損害賠償命令』
『魔剣士ピーター ヘルノブレスへのセクハラにより八つ裂き刑 今月38回目』
『魔界貴族キブーリが選ぶ!今シーズン1「キテル…」カップリングベスト3』
『魔王またもや演説「魔王軍は人間の国の一歩先を行く」』

長兄様もカンラークに行ったきり戻ってこない。行方不明なだけと信じたい。
緘口令が敷かれてはいるが、それもいつまで持つだろうか…

「お姉さまが鳥のように空を飛べたら良かったのに──」
「ソ、ソリュー…!」
「あっ…ごご、ごめんなさい姉様……」

クルーズに咎められ、ソリューが慌てて口を閉ざす。失言だと思ったのだろうか、大きな瞳が潤んでいった。

「…いい、の。気にしてない、わ。…私もそう、思ってるんだもの。
 …さ、今日はここまでよ。また明日おいで。」

二人は名残惜しそうにその場を離れ、賑やかだった部屋に静寂が戻る。

「……わたし、だって…」
シーツを握りしめる。血で汚れた地図が、ぽたぽたと涙で滲んでいく。
「私だって、貴方二人を連れて行ってあげたいわ…………!」

~~~~~

ふらふらと杖をついて夜の庭をひとり歩く。ガラス張りのこの無菌室は、私が動き回ることのできる唯一の場所だ。
とはいっても、あるのは花園、人工の小川と小池、ちょっとした橋、椅子とテーブルだけ。お父様からは「もっと何か設えた方が良いのではないか」と言われているが、すべて断っている。
窮屈になるからではない。自分がなんだか水槽の中の熱帯魚みたいだったからだ。

「…」

池の中の鯉を見やる。彩りが欲しいんじゃないか、と言いながら家臣が放流したものだ。お腹を空かせていることは無いだろうけれど、こんなところに閉じ込められてどこか窮屈そうにも見える。可哀そうだから止めてあげてとお願いしたのだが、理解してはもらえなかった。

「いつかきっと解き放ってあげるわ、貴方にはもっと素敵な場所があるんだもの。
 何も成せないまま死んでいく私と違ってね……」





「それはどうでしょう。貴方もきっと何かを成せると思いますよ」
「え──」

周囲の空間が歪み、何もなかったはずの中心から青白い光が放たれる。
やがてそれは人の形を取り始め……フードを被った同い年くらいの人間となった。

「こんばんは。迷える子羊…いや、籠の中の小鳥といったところでしょうか」
「誰…!そこから一歩でも動いたら風刃魔法で切り刻むから…!」
「おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。
 私はグレイスカル。これでも司祭の身でして、貴方の姉に頼まれここに参りました」
「………。」

グレイスカル司祭の名は聞いたことがある。諸国を行脚して人々に新たなる道を指し示しているのだという。私には縁のない存在だと思っていたがまさか出会うことになるとは…。

「お話は事前に伺っております。魔力酔いとは災難でしたね。さぞ御辛い思いをなさっていることでしょう」
「そこまで分かっていらっしゃるのなら、早々にお引き取りを。
 貴方の求める答えは得られないわ」
「そうですか?ふむ…そうだ、なら占いをやってみませんか?なに、簡単なタロット占いですよ。時間もそんなに取りませんし。」

~~~~~

私はただ、彼がタロットカードを準備する様をうすぼんやりと眺めていた。

「さぁ、好きなカードを1枚」

言われるがままにカードをめくって……ああ、これは私でも知っている。

「死神のカードね。意味は『終焉・破滅』だったかしら。私にお似合いだわ」
「…よくご覧なさい。逆位置です。
 意味は『復活・心機一転・再スタート・新展開』
 …ふふ、なかなか貴方にふさわしいカードでは?」
「あ…」

~~~~~

「エアーラ王女様。私もまだ長く生きてきたわけではありません。
 ですが、生きていくうえでこれだけは確かだと思っていることが一つだけあります」
「人間は『どれだけ長く生きたか』ではなく『生きている間にどれだけのことをしたか』が重要なのだと思っています」
「それは何も部屋を飛び出すことだけじゃない。何か新しいことを始めるってだけです。要は思い切りの良さですよ」

頭を垂れて考える。…確かに自分は今まで何かしてきただろうか?自分の運命を受け入れざるを得なくて、半ば人生を諦めてはいなかったか……

「自分が好きになれないのなら、なってしまえば良いのです。新たな自分にね。
 ……ユーハブア、パワー」

ハッとして顔を上げると、司祭の姿はどこにも無かった。



夜道を戻りながら、私は言われたことを思い返していた。
あの人が何者なのかは分からない。ひょっとしたら司祭じゃないのかもしれない。
重要なのは、私を励ましてくださったことだ。
もらったタロットカードを眺める。フードを被った髑髏の顔。
最初は不気味な笑みに思えたが、もう一度見返してみると、どこか励ますようにニヤニヤ笑っているようにも見える。

「…どんな自分になれたらいいかしら。どんな私になりたいのかしら…」

あの人はきっかけをくれた。これを無駄にするわけにはいかない。
相変わらず真っ暗な夜道であったが、足取りはどこか力が入っていく。
『人生の9割は出会い』なんて誰かが言っていたけど、本当だと思う。
ほんのちょっとしたことかもしれないが、これはきっと私の人生を変えるぐらいの素晴らしい出会いだったのだ……そう私は思うことにした。

「……良し、今のは割とかっこいい演出だったんじゃないか僕…!?」と暗がりでつぶやいていた声も、聞かなかったことにした。

~~~~~

「…それで、私を呼んだのはどういう了見?」
「お母様、私はこの体を治すべく研究に没頭したく存じ上げます…
 ゆえに、その、わずかばかりで良いので…費用、を「知らない。」
「───」

「お前の好きにしたら良い。財務担当には私から言っておく」



部屋に戻ってから、私はまず多くの本を片っ端から読み漁った。
まず必要なのは知識だ。あらゆるものから運命を変えるヒントを得られると思ったのである。

『風魔法各論A・B』
『応用暴風魔法論』
『移動魔法序論』
『マリオンおねえちゃんとまなぶ!パルチザンでも分かる経済学入門』
『人は賢さが9割 (著:エゴブレイン)』
『人は強さが9割 (著:エビルソード)』
『人は見た目と話し方が9割 (著:ヘルノブレス)』
『人は書類紛失さえしてくれなければもうそれで良いです (著:ダースリッチ)』

時にはセントリヴェラから高額の論文を買った。
時には魔王軍書庫にアクセスし、資料を借りて読んだ。
時にはある聖女が遺したとされる、魔王軍の間ですら閲覧を禁じられている文書にも目を通した。最後については何一つとしてためになる内容は無かったが。

「なにこれ! BLとケモホモの違いについてで52ページも書いてるだけじゃない!!!」

~~~~~

ある時、知人からのお誘いで古代文明の研究活動に関わる機会があった。はるか昔にこの世界で栄えたとされる、金属があらゆるものを支配した時代。作られた女性型ゴーレムはすべてが肥大した胸部を有していたことから、“爆乳機械文明(ブーブスメック)”と呼ばれている。今回はその発掘した書物を解読する人手が足りなかったらしい。
…そこで、古代文字が読める私も少しばかり解読作業に従事した。


【大いなる力には大いなる胸が伴うと思うべし】

【“男が敗ける”と書いて「男敗(おっぱい)」と読む】

【大きな胸に宿るは脂肪に非ず、夢と希望なり。
 あと母乳もぱんぱんに詰まってるといっぱい嬉しい】

【B100は貧乳、まだ盛れる】

【なんで尻も太腿も腹も盛ってんだよ!
 おまえ巨乳が好きとか言ってたけどただ単に太い女が好きなだけじゃねぇか!!!】

【アンタの描くやつみんな垂れパイばっかだけどババアが趣味なの?】


ほとんどの意味を理解できない。いや、翻訳はできるのだが、なんかこう、頭に入ってこないというか…
このまま見続けていると頭痛に襲われるような気がしたので、少し体を伸ばしてリラックス──

はらり。

「…あ、ページが…」
どうやら破れていたらしい。体を倒しページを手に取ろうとして──
思わず動きを止めた。
色褪せた絵が写っている。
飛行用ゴーレムだろうか?翼のような金属の板を背中に取り付け、足に当たる部分から炎を出して飛んでいる…

「…いいな」
私は釘付けになった。黒鉄のように強靭で、野鳥のように自由。
いずれも今の私には無いものだった。

私はその姿にすっかり心を奪われてしまった。あのような姿になってみたいとすら思った。
…でも私は病弱の身だ。空を飛ぶことどころか、外を出ることすらままならない身体だ。
お母様とお父様から『空の翼』という意味の名を賜ったというのに……。

一度だけでいいから、外の空気を吸ってみたい。一度だけでいいから、空を飛んでみたい。
そのためには。そのためには。

『お姉さまが鳥のように空を飛べたら良かったのに──』
『知らない。お前の好きなようにすればいい』
『…なってしまえば良いのです。新たな自分にね』

…そのため、には……?






「ああなんだ、この体捨てちゃえば良いんだわ」

~~~~~

「…はじめまして。私の話す言葉は理解できるかしら?
 このイヤホンを付けている間はこの世界の言葉が理解できると思うんだけど…」

「…そう怖がらなくても良いわ異世界人ちゃん、私が見たいのは貴方の知識…知ってることなの。
  貴方の安全はこの第二王女の名誉にかけて保証するわ。そのためにあなたを買ったんだもの。
 …話?別にいいの、この魔道具を頭に差し込めば思い浮かべた内容を映像として映し出すことが出来るから…」

「『飛行機』…これだわっっっ!!! これ、これはどうやって動くの!?
 知らない?覚えてない?知ってることだけで良いから思い出して!ファイト!!!」

「エンジンの仕組み…この世界の金属で代用できるかしら…
 プロペラは魔力を使えば何とかなるわね、あとは機銃の仕組みを学ばなくちゃ」

「両腕を別方向に回転させて、発生した2つの竜巻と真空空間で
 対象を抉り引き裂いて破壊する…!? 素晴らしいアイデアだわ!!!
 他にはないの!? 『コンケツサツ』!? 何それ教えて!!!」

~~~~~

「大量の魔力を半永久的に内蔵しておくことが出来るうえに、形状記憶性・自己修復性もある金属…
 このメック・マテリアルは素晴らしい性質を持った素材だわ……
 私の細胞と同化させるのはこれがいいわね」

「貴方がメレンゲ・ブリガドーンさんね! 私の未来には貴方の存在が不可欠なの!」
『うぇぇぇええ!? 嬉しいけど、で、でも僕にはもう彼女が……』
「えっ?私が欲しいのは貴方の素体そのものよ、もしよろしければ指一本くださいませ!!!」
『わ˝ああああああ!!?! だずげでクアーラ˝ァ˝ー!!!!!!』

「~~~~~ッ˝ッ˝…!!! やっぱり拒否反応すごい、わね……!』
「でも、何とかこれで肺を含めた呼吸器官全てをこの金属に定着させることが出来たわ…
 この痛みが引いたら、次は心臓……そして最後の、脳細胞ね……!』

~~~~~

レンハート王侯貴族たちは快晴の中、城内の庭園に集まっていた。
「まさかあの王女様が飛行魔術を極めるとは。驚いたことだ…」
「ふっ…長くは生きられぬと思っていたが、その間に何かどでかいことをやってのけると私はずっと思っていたさ」
「大臣はその広報腕組理解者面をいい加減おやめになられては…おや、始まりますぞ」
『皆様、今日は私の研究発表にお付き合いくださり有難うございます…!』
………………
『以上で飛行魔術についての研究報告を終わります。
 …しかし話はこれで終わりではありません、これこそが一番重要な内容なのです──』

参列者たちは終始どよめいていた。無理もない。これまで魔族や一部の鳥獣人だけの領域と考えられていた飛行魔術を、これからは人々も使うことが出来るようになる。それは魔王軍の脅威から空を守ることが出来るという事であり、多国間との戦争時に制空権を確保できるという事であり、運送・輸送業に革新がもたらされる、という事に他ならない。

「驚きましたな…しかしそれ以上に重要なこととは何なのですか?」
『…それは、マナ病の治療です』

大勢が息を呑んだ。王国の中心にいる人々であれば、ほとんどが彼女の病を知っている。

『…メック地方で産出される特殊金属、メックマテリアル。
 電気や熱、運動エネルギー、そして魔力を半永久的に保存できる性質を有しており、
 また多少傷つき変形しても、エネルギーさえあればそれを使って自己修復する性質を持ったレアメタルです。
 …私は、これを自分の細胞に融合させることに成功しました』
「───」
『マナ病は、自身が作り出した魔力量に細胞が耐えられなくなって起こる病気です。
 言うなれば、細胞の魔力ストレージ不足が原因なのですが…
 このメックマテリアルを細胞と融合させることで、魔力の体内貯蓄許容量を飛躍的に増やすことが出来るようになったのです』
「エアーラ、それって…」
「お姉さまのお身体は──」
『ええ、そう。そうですメロお姉様にメラニー! 私、ついにマナ病を克服できたの!
 これからの食事時間は、私も皆と一緒よ!』

二人の顔がぱあっと明るくなり…やがてそれは会場を包む大きな歓声となった。

『さらに私は、飛行魔術を応用して自由自在に空を飛べるようになりました!
 これから先は、私もこのレンハートを空から守ることができるようになるのです!』

喜びの声は一層大きくなる。私はカーテンの隙間から皆をカメラで見渡した。

ユーリンお父様。シュガーお母様。メロお姉様。ラーバル。クルーズ。スパーダ。メラニー。ソリュー。そして…
ああ、みんな来てくれたんだ。

「ゴタクはいい!お前の姿を見せてくれ、エアーラ!」
『はい、お父様!わたくしは、ここに───』

あの時のことを思い出す。ベッドに縛られていた自分を。薄いスープしか飲めなかった自分を。
でもそれはもう昔の話だ。
これから私は自由になれる。
これから私は王国の役に立てる。
これから私は家族と一緒になれる……!

みんなに見て欲しい。これが新しい私。なりたかった私。
思いのままに空を飛んで、レンハートの大空を守れる私なの────────!





「「「ぎゃあ˝あああ˝あ˝あ˝─˝─˝─˝─˝─˝─˝─˝─˝─˝!?!?!?!?!!!111!!!」」」

~~~~~

「エアーラ。話したい事って何」

陽も沈みかける中、散乱したテーブルや動かなくなった参列者たちを拾い上げながらお母様は私に問いかけた。

『この姿になって、お母様を連れて見せたい場所があるんです』
「…そう。どこ?」
『私の背に乗ってくださいませ。椅子があるかと思います』
「ん」
『しっかりとおつかまりくださいましね』

作業を止めてぴょんと飛び乗ったお母様を背にして、エンジンを駆動させる。
プロペラが回り出し、どんどんと滑走路を駆け抜け、そして──ふわりと大地を離れていく。

「本当に飛んだ…」
『驚くのはまだ早いですわ、お母様!』

河を越え、木々を跨ぎ、城の天辺にある旗をも下に見下ろす。
でもまだまだ足りない。鳥よりも雲よりも高く。地平線が遠く、溶けるように消えるまで。


「エアーラ」 「…これがお前の見たかった世界?」


『…はい。この眼窩に広がる人々の営みを。
 この鮮やかな夕暮れを。
 お母様とお父様が創り上げたこのレンハート王国を。
 ……お母様と見とう、ございました』
「そう」


「…いい景色だと思う」
夕日に照らされたお母様の口元が、少しだけほころんでいるように見えた。



「…それはそうといつまで飛ぶの?早く下ろして」
『お母様、ここから飛び降りては流石にお怪我をなさいます』
「本当に下りてるのか分からない。早く下ろして」
『これでも急いで降下してますよお母様』
「全然地上が見えないわ。早く下ろして」
『地上が見えるようになるのは大体15分後ぐらいですわ』
「見えたらそれでいいから早く下ろして」
『……あの、お母様ひょっとしてものすごく高いところ慣れてな』
「うるさいはやくおろせ」

~~~~~

あれからしばらくして、各国からもメッセージが届くようになった。


『我々セントリヴェラは貴女のご回復及び功績を喜ばしく思っています。ぜひ留学してみませんか』

『もはや空は魔族だけのものではないということじゃな。
 我がヴァリトヒロイ王国にも来て技術を教えてくれんか。
 つい最近空飛ぶ四輪自動車の開発を考えていて…』

『えっ⁉ 寿命とか気にせず推し続けられるんですかッ!?
 30年しか生きられなかったところを500年は生きる!?
 やったぁぁあ~~~!!! 金属生命体最高~!!!』

『んんwww弱点の少ないはがね・ひこうタイプですなwww
 C140からぼうふう・ラスターカノンを一致で打てるのが強みですぞwww
 サブウェポンはオバヒ・ドロポン・じめんテラバですかなwww
 とつげきチョッキを持たせるのもアリエールwwwww』

『ふぇぇ…そんなことしなくてもS110あるんだから
 ギアチェンジを積んで上からアイへ・エアスラ連打だよぉ…』

『ち、ちが…僕はそういうつもりで言ったわけじゃ…』

『ふざけるなB96のおっぱいを返せ!!!!!1111!!!!!!!!』


私の姿は一旦伏せられることとなった。一般の人々や魔王軍の間では、私は
『不思議な機械に乗って今日も空を飛んでいる』という事になっている。
私の書いた飛行魔術に関する本は大いに売れたが、
『不自由な肉体を捨て去って理想の姿になれるのだから、メック・マテリアルによる移植手術を推進すべきだ』という意見には
誰も首を縦に振ってはくれなかった。いいアイデアだと思ったのだけれど。

~~~~~

レンハート王国は今日も爽やかな青空が広がっている。
偵察しに来る魔王軍も1割前後と大きく減少した。仮に現れたとしても、私が近づけば慌てて逃げていく。この国を守れている感じがして、凄く誇らしい。

『……あら、あれは………』
「エア姉ー」
小さな影が近づいてきた。ラーバルだ。
私は速度を落とし、ゆっくりと愛弟の前方向に位置を調整する。突然の乱気流でバランスを崩さないように…

『ラーバル。今帰り?』
「うん。アイドルイベントがあるから戻ってきた」
『そう…!』

ラーバルも私と同じように空を飛ぶことができる。闇魔法を使った翼で羽ばたいて飛ぶ、私とは違った原理によるものではあるが。

『貴方の翼、また大きくなったんじゃない?
 いずれ私以上に速く空を飛べるようになるんじゃないかしら』
「よしてよ…エア姉以上の魔法使いなんていないじゃないか」
『あら、私は魔力量に物を言わせてるだけよ?
 総合力ならお母様やお父様、お姉様の足元にも及ばないし、単純な破壊力でもスパーダやメラニー、クルーズの方がずっと上だわ』
「物は言いようだ…」

私の姿に対する皆の反応がイマイチなものであったことは残念だった。
特にメロお姉様は私の姿を見るや倒れて動かなくなってしまった。かつては私のことをいつも気にかけてくれたので、その恩を返すつもりで私は今積極的にお姉様の看病をしている。しかしやはり目を覚ますや否や「ぎにゃあ」と叫んで卒倒してしまうのだ。病気だろうか。もしそうなら治してあげたいのだが。

「エア姉、それじゃ先行ってる」
『あらそう…私は後から行くわ、ちょうどやらなくちゃいけないこと思い出したの』
「何?」
『国境付近にワイバーンの巣ができたらしいから全部撃ち落としてから帰るわ』

………
一回だけでいいから空を飛んでみたい。それさえ叶えば後はどうでも良い。
そう思っていたのだが、不思議なことにこの姿になってからやりたいことはますます増えている。
今の一番大きな夢は、家族全員で空を飛ぶことだ。もしメックマテリアルがまだ大量にあるのなら、より体を大きくして飛空艇になってみるのも悪くないかもしれない。
全員を乗せて、青空を突き抜けて、同じ風を体で感じれたならどんなに素敵だろう。
お父様。お母様。お兄様にお姉様。かわいい妹たち。そして……

……そして、私の双子の妹のアースラ。
いつも妹には迷惑をかけてばかりだった。同じ王族の身でありながら、ある理由で日の目を浴びることができず、私と同じく地下に押し込められることとなった妹。それどころか与えられた役職は私の世話係だ。
許してくれるだろうか。恨んでは、いないだろうか。妹のことを考えるたび、私の心の奥で何かもやもやしたものが大きくなる。
実を言うと、姿を一旦隠してもらうと言われたときは少し嬉しかった。自分の代わりに暗がりに身をひそめるよりほかになかった妹が、今度こそは太陽の下を歩けるんじゃないかと思ったから。
『───』
無いはずの瞳を閉じて、大衆に称えられる妹の姿を夢想する。私より凛々しくて笑顔の上手な貴方のことだ。きらめくドレスに身を包み、剣を手にする妹の姿は、どんなに美しく映えるだろうか…



『あっいけない姿勢制御忘れてt』

~~~~~

──レンハート王国。種族・身分・性別を問わず、誰もがエネルギーに満ち溢れた国。
問題は山積みだけど、今日もみな慌ただしい一日を送っている。
             ハードラックトダンス
『あ˝あ˝ぁ˝…だいぶ派手に “墜落” っちゃったぁぁぁ…損傷率80%いったわこれ…
 …あっ国境の衛兵さんちょうど良かったわ!そこに私の脳が入ったブラックボックスがあるから
 私の城まで送り届けて……
 


 ……えぇ…なにも気絶しなくてもいいのに……』


そして今は、私も同じ。