生み出された“それ”は、いつもじたばたと醜く藻掻いてから止まる。 崩れ落ちたものの腑分けをして、構築する物質が本物と何ら変わらぬことを確かめる。 時間の無駄だ、と自嘲的な声がしたが、無口な紙束達はそれに答えを返さない。 一方で、地面から音もなく伸びる白い花は、本物と何ら遜色なく咲いている。 花弁を握り潰した時の、一抹の青草さを残した香り――野に摘んだ花と同じ匂いだ。 すっかり動かなくなった肉塊を、女は何の感慨もなく焼き捨てる。 屍臭につられて飛来した蝿が、羽根を炙られて地に転がり、諸共に炭になった。 焼け残りの金色の体毛は、ふっ、と風に巻かれて暗がりの中に飛んでいってしまった。 想像できないことは、実現できないこと。その言葉を、彼女は何度発したことだろう? 事実、彼女は己の魔法によって、目の前の肉塊が動き出し、言葉を発し、育ち―― そんな“本物”と同じ動きをするものを作り出すために、何十年という時を無駄にした。 知識が足りないのか?いやそうではない。実践を繰り返す傍ら、 彼女は幾人もの弟子を取ったし――その過程で、取るに足らないような者たちも見た。 人間の上澄みのような魔法使い――それでも自分の足元にも及ばなかったが――さえも。 彼女には想像もできなかった、人間の時代は――ゆっくりと彼女にも変革を迫る。 己を脅かすようなものはもういない。彼女の孫弟子たちがそれを果たした。 だからといって、この時代に合わせた何かを求めぬのなら――と、ふと、考える。 その“宿題”は未だ形ならず。灰になった骨片を見るたびに、彼女はその理由を想うのだ。 橋の下。路地の隅。陽も射さぬような建物同士の狭い隙間。饐えた臭いがこもっている。 そこにいるのは、一日の稼ぎをそのまま安酒に溶かしたまま宿代さえ残さずに、 凍死するかどうかの賭けを、日夜繰り広げているような連中ばかりだ。 無精髭を生やした一人の男は、己を見下ろす金色の髪を胡乱に睨み返した。 だからといって、その視線が一点に定まるわけもなく、すぐに上に下に躍って回る。 彼の目には、目の前の女がどれだけの魔力を有しているかなど欠片も認識できまい。 そして魔法というものに対しての理解を根本的に持たぬものだ――それが、いい。 男は次に、自分がどこかの安宿の天井をじっと見上げていることに気がついた。 だが身体はずっしりと重く、凍えた指先は感覚もないままにぶるぶる震えている。 “何か”が自分の上に乗った。そこまでは物理的な重量の変化から理解できる。 そしてそれ以上のことは何もわからぬ――金色の髪がちらちらと視界の端を通り、 どうやらその髪の主が自分をここに運んできたのだろう、とまでは推測できても、 では一体何をするために、という複雑な推理などは到底できそうもない。 物取りか?いや、どこのどんな宿だって今の自分の手持ちよりは高い代金を取る。 ろくでもない人生こそ送ってきたが、すぐに生命を取られるような恨みも買っていない。 何より殺すなら、こうして足のつくようなことはしないに決まっている―― どろり、と沈んでいく思考に反して、下半身はゆっくりと熱を持ち始めていた。 下着から解放された彼の性器は、薄れゆく酒気によって自然に硬さを取り戻し始め、 鼻先をくすぐる金髪から漂う、古紙の匂いと――隠しきれない女体の匂いが、 それをさらに加速させるように、彼の中の雄の部分を刺激していく。 ほぅ、と彼のものではない声が狭い宿の一室に静かに響いた。 男は急に、自分が見世物か何かにされているのでは――と恥ずかしくなったが、 一度勃起してしまったものは、彼の一存で簡単に収められるものではない。 女の肌に触れたのは、もう半年は優に前のことであったから。 垢の浮いた肌に、何かがねたり、と這った。男は気味の悪さに叫ぼうとして、 そこでようやく、轡のようなものが舌を押さえつけていることに気がつく。 首が不自然に回らぬのも、また得体の知れぬ何かによって拘束されているから―― そして正体は不意に、彼の目の前に現れる。長い金色の髪を無造作に纏めた女が、 にんまりと、実験動物でも見るかのように彼を見ていたのである。 彼は裸体で、寝台の上に括りつけられていた――魔力の縄によって。 未知への恐怖は、正体を知ったことによって未来への恐怖へと変わる。 己で否定したはずの、自分に向けられる一切の悪意がまた訪れてくるのではないか、と、 男は自由にならない四肢で、がたがたと部屋ごと揺らす勢いで暴れた。 だがそれもまた、無意味なことに気づくと――好きにしろ、どうせ長くない身だ、と、 自身の価値を下げることで、相手の満足を割り引く作戦に出始める。 女はやはりにたにたと、彼の無駄な抵抗を見ているだけであった。 男は己の雄としての価値もそう高くない、と見込んでいたが、女はそれに引くでもなく、 子供のような体躯に少しく肉が乗っただけの薄い身体で、彼の上に跨る。 彼女もやはり全裸だったが、その凹凸の少ない肉体に男はあまり嬉しさを感じなかった。 お前にはこの程度で十分だ、と言われているような気がしたからだ。 そして想像の通りに、女は己の膣口に彼の性器を添えて――無造作に腰を落とす。 うめき声がした。男のものではない。彼を凌辱している女の喉から漏れたものだ。 ますます彼は混乱した――生娘が、何のために俺のような男に?何が狙いで―― この勝負も、攻めている側だけが有利ということもなく、動きが止まった彼女に対し、 男は下から腰の動きだけで、止まっているな、なんとかしろ、とせっつく。 女の表情は少し機嫌を害したか、片眉を不愉快そうに吊り上げた。 そして彼からのささやかな反抗に対して、怒りながら腰を上げ下げして応戦するのである。 動きを封じられた男と、男女の交合の基礎も知らぬ女の不毛な争いは、 しかし彼の女日照りによって、あっさりと決着のついてしまうものだった。 びゅるる、と情けなく精を吐いた男に対して、女は一層誇らしげににたつき、 雄とは所詮こんなものか、と雌の全てを代表したかのような面で笑う。 もう用済みだ、帰っていいぞ――と女が飽きたように呟き、光がくるくると部屋に舞う。 四肢の拘束が解かれたのに気付くと、男は一気に彼女の喉首を掴んで押し倒した。 どこにこれだけの力が余っていたのだろう――女はほんの少し、驚いた顔をする。 先ほど自分がそうしたように――ただ今度は動かす側を反転させて――また、入る。 それまで雄を知らなかった膣肉に、本当の雄の性器がみちみちと沈み込んでいって、 押し潰された蛙のような鳴き声を上げながら、女は思いっきり膣内を突かれた。 ここでこの生意気な女を思いっきりわからせてやらないことには沽券に関わる――か? 急に自分を取り囲んだ理解不能の事態に対する鬱憤を、ぶつけるような有様だった。 二度目の射精は、ずっと濃く――奥まで届いたのが、彼にもよくわかった。 女は椅子にぼうっと座りながら、ひりひりと痛む股を服の上から擦る。 人間が――そして自分たちもが、ああして性器と性器とを重ねて“増える”のは、 無論、理屈の上では十二分に理解していたつもりであった。 だがそれが単なる机上の知識でしかなかったことを、昨晩の彼女は知ったのである。 魔力を込めて――肉を練る。いくらかは形もましにはなってきたが、まだ遠い。 “生命を作り出す魔法”は、彼女の思うようには完成しない難しいものだった。 ぷるぷると蠢いて半日もせずに動かなくなるものを、とても生命と呼ぶことはできない。 彼女はやはり、今の自分が生物を生み出す姿を想像することができない―― 男は再び、安宿の中に己を見出した。あの時の女も、またそこにいた。 違うのは、既に彼女が自ら寝台の上に寝転んで、股を開いていることだった。 彼女の細長い耳――その長寿の象徴たる三角形の――に目を留めたのもその時だ。 何が目的だ、と言おうとして、男はまた口に何かの噛まされていることに気づく。 にたにたと笑いながら、女は抱かないのか?と彼を煽る。 その細い腰を思いっきり握って――望み通りに、滅茶苦茶にして。 膣内から、出してやったばかりの白いものがとろとろとだらしなく垂れるのを見ると、 男は己が世の雄の代表として、物知らずの雌にわからせてやったような気になるのである。 女はそうして、雄に抱かれては、生命を作り出す魔法の実験を繰り返した。 日が進むごとにそれは明確な形を持っていったが、どうにも進展がない。 別の方向から考えるべきか――と考えたとき、彼女は自分が既に臨月にあることを悟る。 彼女らの時間間隔において、一年にも満たぬ妊娠期間などはあっという間のことだ。 陣痛を百年二百年と先送りすることはできない。まして出産など早いほうがずっといい。 彼女の生きてきた時間においても、酷く永く感じられるような半日―― 股間から出てきた赤黒いものは、彼女が作っては焼いたものにそっくりだったが、 そこにははっきりとした生命の姿があった。自分の目指す魔法の形が見えた気がした。 けれどその実践に移るには、赤子の夜泣きは煩雑に過ぎたし――面倒極まりない。 彼女が当初の目的通りに“生命を生み出す”のに成功したのはそれから二百年は後のこと。 母が長年の悲願を果たしたことに、老齢に差し掛かりつつあった娘は酷く喜んでくれた。 娘の皺だらけの瞼を閉じてやったとき、女は自分が初め何のためにその魔法を求めたのか、 答えがようやくわかったような気がした――だが娘の“代わり”を作る気にはなれなかった。 今も彼女は、娘の眠る墓地に毎年花を添えてやる。最初の弟子が好きだった、白い花を。