オムラ・インダストリ本社の一角。騒々しい喧騒からやや隔離されたカンオケめいたパーソナルスペースにジトワは一人の女社員を呼び出していた。  ジトワは190m近い大柄の男であったが鈍臭い所も目立つ男だった。  つい先日、新型のモーター兵器のテストを行った際にジトワはモーター兵器の標的に成ってしまい一度死に、そしてニンジャとして蘇った。  今、ジトワの中にはニンジャソウルが齎す全能感に満ちていた。それは元来内気で思った事を口に出すことが珍しい彼を変えてしまうほどだった。 (今ならやれる!)  ソウルのままにジトワは呼び出した女性社員に告げた。 「僕とオツキアイシテクダサイ!」 「無理です」  女性社員は一言で切り捨てた。 「エッ」  彼女は続ける。 「私は仕事をする為にここに来ているのであってそんなくだらない物に興味はありません。せめてネブカドネザル=サンぐらいであれば……というかそもそもあなたは誰ですか?私は忙しいんです!私から仕事の時間を奪わないでくださいね!」   そう言うと、彼女は踵を返してパーソナルスペースをでていった。  カンオケめいた空間に残されたのはジトワ一人。最早全能感は消え失せていた。 ◆◆◆  それから時は流れた。  月は割れ、ネオサイタマは変わった。  オムラも変わった。オムラもまた割れて複数の企業になったのだ。  ジトワは元の内気な性格で淡々と仕事をこなす毎日に戻っていた。ニンジャネームを名乗ることも無かった。自分で思いつくことも無ければカイシャから彼に与えられることもなかった。  ジトワの告白を一蹴した女社員は既にオムラにはいなかった。月が割れる直前に死んだ。最期まで職務を全うしたという話だった。  ジトワは彼女に恨みは無かった。だが未練がないというわけでも無かった。  ひたすらにオムラの為に働くことで彼女に振り向いて貰えるのではという下心があった事は否めない。それは、彼女が死んだ今でも彼の心に残っていた。 ◆◆◆  そんな中、ジトワは上司に呼び出された。  上司はジトワに告げた。 「喜びたまえキミィ!モーター・ナウマンの被検体に選ばれたのだよッ!」 「僕が…ですか?」  モーター・ナウマン。それはあのネブカドネザル、モーター・ツヨシの再造を目的とした重サイバネニンジャの名前だ。  もっとも、複数に分かれたオムラのうちジトワの属しているこの系列企業が勝手に始めたものなのだが、そこは問題ではない。 (((せめてネブカドネザル=サンぐらいであれば……)))  ジトワのニューロンにかつての言葉が反芻する。否、それはかつての言葉、では無かった。ジトワのニューロンに彼女の言葉は常に響いていた。  ジトワの心に再び活力が湧いてきた。 「ハイヨロコンデー!」  こうしてジトワは即決でハンコを押し、その日のうちに重サイバネ手術を受けることになった。 ◆◆◆ 「火力ッ!火力ッ!火力ッ!火炎放射重点!」「片腕は丸ごとチェーンソーにしましょうネー」「最新型の重サイバネ用ヒキャク!百億人乗ってもダイジョブ!」「最後にこれらを制御する脳内UNIXを埋め込んで終わ……アッ」 ◆◆◆  ジトワの上司でありモーター・ナウマンの開発主任も兼ねていたトイは完成したモーター・ナウマンを見て満足そうに頷いた。近づいてその圧倒的な重サイバネに触れる。  大火力の大型火炎放射器は最大火力で放てば鉄をも楽々に溶かし、チェーンソーに置き換えられた片腕は最新の技術で作られた刃は欠けることはなく、最新のオイルを充填し続けているお陰でどれだけ人間を切ろうと切れ味が落ちることもない!  それらを支える重サイバネ用ヒキャクもまた最新型だ。これだけの重量を支えて尚、あり余る力で飛び跳ねる事も可能!  制御用の最新版脳内UNIXも無事に搭載できた。現場判断で脳の一部をケジメしたらしいがこうして完成したのだから問題はないだろう。  最早ジトワの生身の部分はほぼ残っていない。それは外側も内側も同じことだ。 「素晴らしい!まさしくエレファンタイン(強大)だ!キミィ!早速起動させたまえ!早く彼が人間を殺している所がみたい!」 「ハイヨロコンデー!」  開発チームの社員がUNIXを操作する。外部から電力が供給されジトワ……エレファンタインの頭部ディスプレイに光が灯る!  ディスプレイに流れるミンチョ体の「オハヨ」の文字列を見てトイは歓喜! 「やったぞ!君は今日からエレファンタインだ!」  喜びのあまりバシバシとエレファンタインの体を叩くが屈強なロボニンジャと化したエレファンタインはそれを気にする事はなく、頭部ディスプレイを左右に振って周囲を見渡した。狭い部屋の中に開発チームのスタッフが一人一つのUNIXに向き合ってエレファンタインをモニターしている。 「エレファンタイン=サン!これから君にはバリバリと働いて貰うぞ!」  頭部ディスプレイが胸元にいるトイに向けられる。「ハイヨロコンデー」とミンチョ体の文字が流れた。 「沢山殺してオムラに貢献してくれたまえ!」  頭部ディスプレイが小さく上下に揺れた。「ハイヨロコンデー」とミンチョ体の文字が流れた。  チェーンソーアーム起動! 「エッ」 「手作りハンバーグ」ディスプレイの文字!  振り下ろされたチェーンソーはトイの頭から股間までをバリバリと音を立てて切断! 「アバババーッ!?」  返り血を特殊オイルが完全に弾くことで切れ味維持に成功! 「アイエエエ!?」 「トイ=サン!?トイ=サンナンデ!?」 「エレファンタイン=サン!ちょっとやめないか!」  悲鳴をあげるオムラ社員たちに頭部ディスプレイが向けられる。  ディスプレイを流れる「オムラの温かみ」の文字!背中のウェポンラックから大型火炎放射器をアクティブ! 「しっかり火を通します」の文字が流れると同時に火炎が社員たちを飲み込んだ! 「アイエエエ!」「熱いッ!痛いッ!苦しいッ!」「水をくれェッ!」  社員たちの悲鳴!最新型の大型火炎放射器は最大火力で放てば鉄をも溶かし尽くす!しかしそれでは火炎放射器自体も溶けてしまう!エレファンタインの最新型脳内UNIXは一瞬でそれを計算しギリギリ人間が死ぬ火力に調整して火炎放射を行ったのだった!  燃え上がる部屋の中を頭部ディスプレイが上下左右に眺めている。燃える資料、燃える社員。熱に耐えきれずいくつかのUNIXが爆発を起こし、火達磨となっていた社員がその爆発に巻き込まれて死ぬ。 「3時間前には出社して職場の掃除」  ディスプレイに文字が流れるとエレファンタインをその場で180度ターンして壁にチェーンソーを叩きつけた!  ガリガリと異様な音を立てていたがやがて壁にヒビが入り、そして!CRAAASH!壁が砕ける!  そこに広がっていたのは別のロボニンジャ開発チームのオフィスだった。 「「「「「エッ」」」」」  職務に熱中し隣の部屋の騒動が耳に入っていなかった社員たちは壁を破壊して現れたエレファンタインを見て悲鳴を上げることも、その場から逃げることも遅れてしまった。 「ひき肉ですか?ネギトロですか?」  エレファンタインの頭部ディスプレイに文字が流れた。