わたし日暮トツ子、23歳。 トツ子のトツは『登る』に『津川』の津で登津子。 けど誰もわたしの名前をちゃんと漢字で書いてくれない。自分も書かない。役所に出すような書類以外は全て「トツ子」で済ませている。 わたくしこと、トツ子は大学卒業と同時に誓願し、シスターになりました。まぁひよっこシスター1年生の暮れを過ごしています。見習いみたいなもんだけどね!なんか戒めをうけるような事があったらすぐ教会から投げ出されちゃうかもね!そんな感じ 気がつくと年の世ですね、今日は12月29日、今年もあっという間の一年だったなぁ。年越しが近い!実家には帰らない。教会で過ごすだろう。 私日暮トツ子!…シスターになっちゃった!なっちゃいました! 修道女として神に仕えるというよりも就職するという言い方が近いかもしれない。教会に就職しました!というに近い印象を覚えます。 でも実際はそんなに生ぬるいものではなく、誓願するまでの下積みとして数年間海外の教会で修行が必要な修道院があるって噂話で聞いた事があるし、こんなすんなりシスターになってるのって私くらいなものだって 「あなたの厚い信仰心、つまり祈りがあなたを、そして私達をつき動かしたのですよ、シスター日暮」 シスター日吉子が誓願の場でそう囁いてくれた。 「そうです、あなたの祈りがあるから今あなたはここにいるのですよ」 シスター樹里も続く、他のシスター達もコクコクと頷いていたのを知っている。 わたしの祈りはどうやら…教会のシスター全員にバレていた事を    私はただ神に祈りました。陽が昇る前の聖堂は、神聖な瞬間だから。そう覚えさせられたから 放課後も神に祈りました。学生時代は友達と遊ぶことより祈る事の方が私にとって重要だったと思う…友達がいなかった訳じゃないけど…何故か授業が終わると聖堂に足を運んでいました。 祈る事はいろいろです、たとえば、教えに背く背かないは関係なくいけない事をした時、つまるところ、十分に悔いましたので神の赦しが欲しい事。 また別に「神の『祝福』を感じた時」つまるところのうれしかった事です。 いろんな事を祈りました。3年の春、きみちゃんが学校を辞めたと知った時も…祈りました。 聖典を開き、わたしに救いを差し伸べる神の御言葉を探す事が、きっと善き行いかもしれませんが しかし、わたしは何故か祈っていました。わたしを救ってくれる言葉は重厚な聖典にはありませんでした。 「ニーバの祈り」教えではないその言葉が頭の中でリフレインします。 ―――わたしのお話なんて聞いても面白くないよね! 改ためまして。わたし、日暮トツ子、23歳の冬を迎えています。 長崎の街には雪が舞い降ります。吸収で雪が降るのは阿蘇の峰々と長崎の街、ルイくんの実家がある五島列島くらいなものです。実家がある福岡じゃ見なかったな雪… 年越しの前にみなさんご存知クリスマスがありますね。本来、生誕祭を祝う静かなミサをして過ごすらしいのですが。俗世じゃそりゃあもう盛大なイベントですから。静かなんて言ってられません。 わたし日暮トツ子は教会と同時に教会が運営する児童養護施設で務めています。この教会のシスターの概ね兼業シスターです。シスター樹理もシスター日吉子も虹光女子の先生と兼業であるように私も施設の職員としての兼任です! わたしも大学で幼稚園教諭と小学校教諭の免許とりました!保育士は見事落ちました…しかも音楽の実技で…おかしいなぁ…バレンタイン祭ではルイくんと一緒に鍵盤引いたんだけどなぁ… まぁ来年がんばります! 児童養護施設には年の瀬だというのに身寄りがない子が集まります、身寄りがあっても親事情がある子。それに近所の子どもたちも遊びにきます。  そんな子羊達を笑顔にするのがクリスマス会です。できるかぎりのごちそうを出します。「トツ子せんせー!チキンおかわり!」「チキンは一人一本づつなんだ…ごめんね」無償の愛は授けられても物理的な施しには限度があります。 とにかく、てんやわんわ!クリスマスの準備が始まる12月のはじめから、イブの前日。クリスマス当日の夜までの記憶がほとんどありません。 とにかく、忙しかった。そんな1ヶ月でした。 でも、覚えている事は2つ3つあります。一つは施設の子にクリスマスプレゼントを配った事。サンタさんの気分になってちょっとソワソワしちゃった! もう一つはクリスマス会で『しろねこ堂』として活動した事。 きみちゃん、そしてルイくんと三人で、また音を紡げた事、それがとっても祝福でした。 クリスマスの演奏会はわたし一人だけで行う予定でした。オルガンを弾いて簡単なや聖歌や流行歌を歌う、それだけでした。Mrs.GREEN APPLEなんて弾いたことないけど大丈夫だろうか… 「日暮さん」 10月のある日――就寝前の祈りを済ませて、寝床に就こうとするわたしの前にシスター日吉子が名を呼びます。 「『しろねこ堂』…まだ活動してますよね?」 毎朝ピカピカに磨いているはずなのに夜には鈍色に濁ってしまうステンレス製のシンクにシスター日吉子の声が響く。 「はい…」と静かに答えた。何かいやな予感がする。 わたし日暮トツ子と作永きみ、きみちゃん。そして影平ルイ、ルイくんによる3人組神聖ロックバンド『しろねこ堂』は現在進行系で活動している。 ルイくんは東京の医大に行っちゃったし、きみちゃんは大検を取り、見事大学に受って大学生活満喫中。 バラバラな三人だけど。週に一度、LINEのグループチャットやファイル交換で作曲活動をしています。宿舎でうるさくしたら大変なので、夜中、わたしは教会の物置でこっそり鍵盤を叩いて音源をLINEで送ります。 月に一度、ルイくんが実家に帰ってくるので、その時だけ合わせで練習できます。セッションは1秒1秒が新鮮で、そして1秒たりとも無駄にしたくないそんなかけがいのない時間。信仰より上にくるものは多分この月に一度の至福の時間くらいなもの。 ルイくんは10時に長崎に来て、16時には空港行きのバスに乗って帰らないといけない 神聖なる8時間を無駄にしたくない。 当然ですが、この週に一度のLINEも月一に友達と音楽活動。神に仕える者としては『うつつ』を抜かしているとしか思えない行動を許してくれたのはシスター日吉子。日吉子せんせいの御言葉にあります。 「これは聖歌です」名言ですよね! 「あなたたちは、今日、「合宿」をしているのです」 まさか誓願したあとまで合宿を認めてくれるなんてシスター日吉子には頭があがりません。 そのシスターがわたしに頼み事があるそうです。…断る訳にはいきません。 「『しろねこ堂』はバンドですよね?」「はい…」 「『ライブ』、したくありませんか?」「ええ、それはとても…」 「これは『ライブ』です、シスター日暮」「というのは―――」 シスター日吉子は一枚の冊子を広げた。見せられたのはクリスマス会のパンフレット、多分試し刷り… 「『しろねこ堂』生演奏!?」の文字が!? 「まってくださいシスター!きみちゃんとルイくんもスケジュール合わせてなくて」 「それはわたしが手配しました。影平くんも作永さんも是非参加したいとの事です」 「けど、ルイくんは研修があるから冬休みは東京で過ごすって――」 「是非、参加したと申しておりました。バンド活動に献身的ですね影平くんは」 『念には念を』という感じでシスターは続けた。 「曲はどうすれば…ジングルベルとかなら引けるけど…」 「ええ、昼の部はやさしい歌をうたっていただきます…ですが。夜の部は違います」 「夜の部!?」「そうです夜の部です」  クリスマス会は2部構成だ。施設の子じゃない子や年少者を対象にした昼の部と、主に施設入所児童を対象に夕餉を共にし、主の言葉を語り合う夜の部の二部構成だ 今年はどうやら様子が違う…主の言葉の代わりに歪んだギターの音色とルイくんの華麗な旋律を聞かせる事になるようだ…きみちゃんの歌声がきっと聖歌になるのだろう。 「でも準備は」 「こちらからお願いした事ですから時間は差し上げますトツ子、いまは修練ではなく。鍵盤を弾く事に集中しなさい。11月と12月の休日、全ての外出を許可します。安息日なんて気にしてたらライブはできませんからね」 鳩が豆鉄砲をくらったような気分であった。こうして、停滞していた『しろねこ堂』の活動は強制的に躍進する事になる。 11月某日。長崎市某市某島、世界遺産兼任指定文化遺産。某聖堂。 「ひさしぶりだね、トツ子ちゃん」ルイくんが笑顔で迎えてくれた 「うん…忙しいからちょっとやつれてるかも」 「そうかな…あまり変わらない気がするな」 そこは気をつかって「痩せたね!」って言ってルイくん! 「やっほ!」 熟れた感じのパーカー姿が顔を出した。 「「きみちゃん!」」 わたしとルイくん、突き動された衝動は同じだった。 人懐こい大型犬のようなルイくんとチワワみたいなわたしがいっせいにきみちゃんに抱きついた 「きみちゃんだー!」「きみちゃんきみちゃん!」 「んもーそんなに久しぶりじゃないでしょ!」 きみちゃんもまんざらではない様子です。 ―――神よ、これは決してよこしまな行為でありません。隣に新緑の香りがする若人がいますが、ここに性的な物は存在いたしません。純粋な友情がすべてを包んでいるのです。それだけは信じてください。主よ。どうかお赦しと憐れみを… 「時間がもったない、詳しく教えてトツ子」 「楽器は軽トラでもう運んできたよ」 ルイくんは車の免許を撮ったらしく軽トラを買った。影平家のお小遣い事情からしたら大した額面でないらしい。軽トラ一台ってひゃくまんえん? 幌張りの荷室からアンプやらキーボードやらを降ろす。それにしてもルイくんのキーボードが重たい!ルイくんは軽々と持っている。男の子って違うんだな。 「とりあえず昼の部でやる楽曲は決まっててー」とシスター日吉子が用意してくれた楽譜を渡す。 昼の部の曲はギターは不要らしく。きみちゃんは歌うだけらしい「タンバリンを叩く」って書いてあった。タンバリン叩いてるきみちゃん…きっと美しい。 「簡単な楽譜だし、トツ子ちゃん弾けるよね?」 「うん、本来わたし一人でオルガン弾きながら歌うつもりだったから…練習したよ」 「三人で合わせよう!」 さっそく、『しろねこ堂』ライブ練習がはじまった。 「ジングルベル」なんてことなく弾けた…ルイくんのアレンジがすごかったけど。 きみちゃんも聞き覚えはあるから歌詞カードみつつばっちり歌えていた 他のクリスマスソングもそつなく歌えた。ここでこだわりたい所だが私達には時間がない! 大変だったのは讃美歌だった。ルイくんには讃美歌の旋律は覚えがあるようでスコアを見るだけですらすら歌えた。わたしも軽く練習したから弾ける。 問題は歌だ。祈りの気持ちのない讃美歌はどうしても軽くなってしまう Youtubeの動画をみようにも島には3G回線しかない 「歌は大丈夫だよ。気持ちが伝わればそれでいいから」とわたしがフォローした。 きみちゃんの歌詞カード見ながらの心もとない讃美歌だが、なんとか課題は達成できそうだ。それに、讃美歌ならわたしもボーカルに入れそうだ。ルイくんが私が歌う用のインカムを用意してくれた。憧れだったんだ!キーボード叩きながら歌うのって!小室哲哉みたい! ―――問題は夜の部だった 「ルイくん…Mrs.GREEN APPLEとか聞く?」 「うん、聞くけど勉強の為に聞いてるよ。今のはやりも勉強しないとね」 「きみちゃん?コピーした事は?」「ないかな…通勤中スポティファイが勝手に作ってくれるプレイリストで流れてくるから聞くけど…」 夜の部は最近の流行歌が数曲リクエストされていた。マカロニえんぴつ。バスピエ、Official髭男dismなどなど、ヒゲダンは演奏が難しそうだから絶対パス。 「ずとまよあるね」 「ずっと真夜中でいいのに」もはやロックバンドか怪しいグループも入っていた。いや私達しろねこ堂もロックバンドかと言われると怪しい。シスター日吉子に今度ロックバンドの定義に自分たちが当てはまっているか聞いてみよう… 「新譜以外はだいたいの曲コピーできるよ」「すごいねルイくん」 「参考書みたいなユニットだよ。トツ子ちゃん達に合う前に多重録音でコピーした事あるんだ…実はyoutubeにあげた事もある」 「あげたの!?」「残ってる!?」 「恥ずかしいからすぐ消しちゃった…権利関係も怖いし」 多重録音?多重録音ってなに?それはそうとルイくんってそういう方向だったんだ…と思った。 「演奏は僕が、あとはきみちゃんが歌ってくれたらなんとかできるよ。」 「わたしは?」トツ子は聞く。 「トツ子ちゃんも歌うんだよ。タンバリン鳴らしてさ」 気軽にいってくれるねルイくん。とにかくずとまよはきみちゃんとカラオケで練習する事になった YOASOBIとかAdoとかがリクエストに入ってなくて助かった。「難しすぎて歌えない」ってきみちゃんが言ってた。 きっと、シスター日吉子の配慮だろう そして――― 「15分、時間くれるんだって?」 「『しろねこ堂」の?」きみちゃんが聞く。 「うん、しろねこ堂の曲やっていいんだって。」 「バレンタイン祭思い出すね」ルイくんが囁く。二人はうなずく。 「どうする?新曲やる?」とルイくん 実は高校卒業して4年間。ちゃんと活動はしていて。数曲新作は作っている。…けど。 「でも、多分みんなが知ってるのは」 「「「あの三曲だよね」」」」  4年前、バレンタイン祭でのしろねこ堂のライブはどうやら伝聞でかなり有名になっており。配信サイトではダントツのダウンロード数を誇る。…みたい、わたしネットは疎くて けどSNSなんか見る時「#しろねこ堂」で検索してしまう浅はかな自分がいる、きっとそういう事を『エゴサーチ』って言うのだろう。 「やろっか!」「そうだね」「そうだ!ね!やろうきみちゃん!」 ルイくんがプリセットを済ませる以外、何も準備する事なく。三人は唄いだした。 きみちゃんはギターと聲で、ルイくんは鍵盤で、わたしは拙い鍵盤とおもっきり気持ちで きもちいい位、きれいに音がそろった。あの日の思い出がまだ生きているようだった。 三曲歌ったら、なんか爽快感に満たされてしまった。 お互い、呆然としていた。恍惚とした時間がすぎようとしていた――― 「だめだよ!みんな!課題曲も練習しなきゃ!」 先に我に帰ったのはわたしだった。 「そうだね、だけど。ずとまよとかでいいなら曲は僕が仕上げてくるよ、きみちゃんとトツ子ちゃんはカラオケで歌を仕上げたらいいよ」 ルイくんは訝しんだ。そう、神聖ロックバンド『しろねこ堂』の音楽性は9割をルイくんが握っているのだ。 「とりあえず演目を決めて…ギターの耳コピなんてできないよね?スコア売ってる奴だけにしよう」 「ずとまよはこれとこれで、Mrs.GREEN APPLEはこれで…」 「とりあえずきみちゃんはギターの練習だね、トツ子ちゃんは…」 「うん、わたしはなにをすれば?」 「カラオケの練習/…かな?きみちゃん多分ギターで手一杯になって歌う余裕ないと思うから」 どうやら私は今回、歌うらしい。…それはそうとルイくん!?ねぇルイくんちょっときみちゃんに失礼じゃない!? 「ほら?きみちゃん言われてるよ?言い返す言葉はないの?」 「うん…多分弾くだけで手一杯だから…ミセスの時はトツ子が歌って。」 きみちゃん…そんな情けないきみちゃんの顔。見たくなかったな。 方向性がきまった所で時刻は15時を回っていた。今日のセッションはこれにて終了! お日様が輝く時間が短くなっている。高速行きのバスでルイくんを見送る頃には夕暮れが赤く萌えていた。 赤、わたしの色。真っ赤な血潮の色。神よ、これから先、どうなるんだろう? その後きみちゃんとわたしは、とりあえずカラオケルームで門限の時間まで歌の練習をした! ―――そして、刻は来た!12月24日!生誕祭! 朝からきみちゃんとルイくんが手伝いにきてくれた。食事の仕込みやら配膳、やること!やることが多い! きみちゃんと私は厨房で慌ただしくしている。きみちゃんは飲食のアルバイトをしてるみたいで、なんだか熟れた様子でした。 ルイくんはトナカイの格好をして子どもたちと遊んでいる。大きいルイくんは子どもたちに大人気! そして、みんなでお昼ごはん。見守りもあるし離乳食のある子は食事介助しないといけないしもう大変!…けど食後のケーキには無事ありつけました。 「トツ子の仕事って大変なんだね」きみちゃんが労ってくれました 「すごい仕事だよトツ子ちゃん」ルイくんもありがとう。  きみちゃんがいちごケーキを食べている姿は、とても美しく。そして脆く儚い存在だと認識した 生クリームがきみちゃんの唇と鼻に付く、その姿はきっと―――ダメよトツ子それ以上突き進むと私が私でなくなる!神ではなく、自分の良心に背く、まさに背徳行為が迫っていた。。 神聖な姿が、そこには存在していた――― 「トツ子、どうしたの?」きみちゃんは恍惚とした私を覗き込む 自然と、手が動いていた。きみちゃんの鼻についたクリームを掬い。口に咥えていた。 神よ、お赦しください。わたくし日暮トツ子はきみちゃんを咀嚼し嚥下しています――― 「おべんとつけてどこいくのきみちゃん!」 背徳心に苛まれる心とは裏腹に己の行動を誤魔化すように私の声は上ずっていた。 それ以上の事は触れないでおこう。神よ、恍惚な盗人をお赦しください。 お昼を済ませた後は、サンタの衣装に身を包んだわたしことトツ子サンタさんと、トナカイ姿のルイくん。そして、ボランティアで参加した一般大学生作永きみちゃんによる「おうたのコーナーお昼の部」が始まった。  きみちゃんのリッケンバッカーと、ルイくんの型番も怪しいローランド製のアナログシンセサイザーはちびっこにもて遊ばれたら教会で弁償できる代物ではないので ここでは教会にあった熟れたチープシンセとおうたで凌(しの)ぐことにした、 きみちゃんのおうたに合わせた歌う子羊達は本当にかわいい!きみちゃん保母さんみたい…きみちゃんが保母さんだったらきっと楽しいだろうなぁ… ルイくんの奏でる聖歌も美しい…。触れただけで折れてしまいそうな男児にしか得られない栄養素はきっと存在する わたくし、日暮トツ子はタンバリン係。トツ子先生だって本当は「ジングルベル」くらい弾けるんですよ?でも今日はね?ルイくんがいるから…ね?ねっ!? そして、夜の部が迫る――― 施設の子はごちそうにありついている。ごちそうといっても、本来ご家庭で出されるクリスマスの食卓に比べたらちょっと寂しいかな。 配膳している最中に料理は冷めちゃうし、みんなが揃って「いただきます」するまで絶対に手をつけられないから。絶対冷めちゃうんだ… 「緊張するね」私達は昼の余り物で軽い夕餉を済ましている。 「そこまで緊張することはありません」 控室の小さな食卓にシスター日吉子の顔がヒョコっと覗く。 おどろく三人の盲の羊飼いに、シスターは 「ここにいる子供達にとってあなた達は余興に過ぎません。これで手配りしたチケットでようやくこぎつけたライブでしたら話は別ですが、慈善活動ですから」 シスター日吉子の体験談にも聞こえる言葉がちょっと重い。 「拙くてもかまいません。練習不足は承知の上です、しかし、あの時と同じあの熱意をぶつけてくれたらそれはきっと子供達にも伝わります」 その言葉にちょっとホっとした 「それなら…できるね」ルイくんが確認する「そうだね」「そうだね」きみちゃんとわたしが続く。 あの頃の熱意なら…学校も卒業したし何年も過ぎてしまったけど。きっと忘れてない。  小一時間後、小学校高学年以上の児童達が講堂に集まる。児童といっても高校3年生もいる。「こどもだまし」なんて言葉は通じない。 舞台にはルイくんと日吉子先生がサっとセットした機材。きみちゃんはマイクテストをしている。これは…本格的なライブだ!あの時の体育館と同じだ! 「さぁ、出番ですよ。」某博多ロックバンドを模倣した「しろねこ堂」出囃子がかかる。 舞台袖から緊張しながら出てくるしろねこ堂 「どうもみなさん、こんばんわ。神聖ロックバンド『しろねこ堂』です!」 ルイくんのMCで始まる 熱意のある拍手が響き渡る「知ってるよ!」「トツ子せんせー!」「トツ子せんせーがんばれー!」 ―――知っていた。わたしのバンド活動を施設のみんなが知っている事を。長崎のバンド界で『しろねこ堂』を知らない人はいないって聞き伝えで知っていた。ほとんどライブしてないのに、何故かバレンタイ祭の映像が動画配信サイトにあがってるし。一生ネットでいじられるんだわたし…けど、悪い気はしない。 「きみちゃんかわいい!」「ルイくん!」という黄色い声まで聞こえる。 「みんな、ありがとう!」ときみちゃん 「えー、持ち時間があまりないので曲いきます。まずはカバーから聞いてください『残穢』!」 ルイくんのコントローラーから講堂じゅうに音が広がる。”曲”は完璧だった。 歌は…正直に言って素人のカラオケでした。きみちゃんと二人、毎週週末にはカラオケボックスにいって結構練習したんだけどなぁ… カバーはあまり響きませんでした。シスター日吉子もそんな顔をしてました。 「以上、『コロンブス』でした…みなさんと聖夜を共にできてうれしいです!」 ルイくんがMCで一旦区切る 「ルイくーん!」「ルイくん!」黄色い歓声。 「みんな、ほんとうにありがとう」きみちゃんの声が歪んだマイクが拾う。 「わたしたち、ほんとうは、話たい事はたくさんあります」きみちゃんは語りだす、 「私達と語り合えば、語り合ってしまったらきっと夜が明けてしまいますね。それは許されません。でも今日は曲を通じて。『しろねこ堂』の曲でみんなと話せたらいいなと思います―――」感情が溢れんばかりにきみちゃんは語った 「―――長崎県長崎市からやってまいりました『しろねこ堂』です。キーボードトツコ・ヒグレ!」 前奏を私の、拙い鍵盤が爪弾く、そして響くきみちゃんのリッケンバッカー 「水金地火木土天アーメン―――」 きみちゃんの聲が講堂を包み込む あの瞬間が、今。再び訪れた、そんな気がする。ルイくんの手拍子がほんとうに心地良い。 「わたしは、わたしは、惑星。」 リズムではなく、噛みしめるように歌ってしまった。 「水金地下木土天アーメン――きのうのごはんはあったかそうめん―――」 いつかくる終わりの季節。 でもわたしたちは今クールな衝動を感じている。 いつまでも、いつまでも。変わらない。 かわらない。 ―――神聖な瞬間が、ここに訪れる。 二曲目「反省文」。前奏コンマ数秒だけ流れるドラムマシンの重たいリズムで、我に帰った。それまで夢中で鍵盤を叩いていたに違いない。それとも呆然としていたか? 恍惚とはまさにこの事だった。きみちゃん曲いいなぁ… ラストはルイくんの「あるく」でシメ。重厚なルイくん(とわたしの)旋律ときみちゃんの美しい歌声が会場を包み、幕を閉じた アンコールの声が聞こえた 「ごめんなさい、もう夜も遅いのでアンコールはなしです!」 ルイくん 「そんなー!」「トツ子先生!」 きみちゃんがマイクをとる。 「アンコールはありませんが、神じゃなくていいです。今日は何かに『祈って』ください。誰かじゃなくていいです。何でもいいです。その祈りは、きっと、きっと届きます。」 本来わたしが言うべき言葉をきみちゃんが紡いでくれた 「想いは届きます!ではまた逢いましょう。長崎県長崎市からやってまいりました『しろねこ堂』でした!ありがとうございました!」 緞帳が下げられ、拍手で送られてる。 「――すごかったね」 舞台袖から控え室まで戻るまでの数分間。言葉が出なかった。それくらい三人とも何かに召されていた。そんな気がした。 「楽しいね」ルイくんが言った 「またやろうね」きみちゃんが続いた 「そうだね…そうだねみんな」 何故だろう、嬉しいはずなのに涙が溢れて止まらないや。 光が、光が私を包みこんでいる。 ルイくんの草色。きみちゃんの空の色。そして私の血潮の色。三色がまじり合うと真南を向くお日様の色になる―――純粋な光の色は、きっと真っ白。 「とってもステキでした」 シスター日吉子が『ラベルを剥がしたペットボトル』を持って駆け寄ってくる。ほんとうのライブみたい! そんなシスターに一つ質問をした 「シスター日吉子、わたしを導いてください」 「なんでしょう、懺悔ではなさそうですね?」 「トツ子?」「トツ子ちゃん?」二人がのぞきこむ 「わたしたち…わたしたちって『ロックバンド』なのでしょうか…ルイくんとわたしはキーボードだし…ギターはきみちゃんだけだし」 「その問いに主の御言葉ではなく、わたしの言葉で答えましょうシスター日暮」 「ロックとは形式ではありません。「魂」です。プロテスト性がある必要もなければ。アンチカルチャーである必要はありません。「魂」あなた達に宿るやさしさがロックを形成しています。あなた達は立派なロックバンドです」 サンタさんでもなく、神でもなく。シスターの言葉に救われた そんな聖夜だった。 いつまでも、かわらない。かわらない。わたしたち。わたしたちです。