オリキャラ雑談クロスSS_短編_4_1

オリキャラクリスマス2024

奇跡! メリーのクリスマス(前編)

 後編  ポータル

 メリーの目の前には、夢のような光景が広がっていた。

「うわぁ……!」

 広大なテーブルの上には、きらびやかな料理の盛り付けられた無数の皿。
 キェウバーサ(ソーセージ)、山盛りのウシュカ(餃子)、牛肉のグラーシュ(シチュー)シレチ(ニシン)のマリネ、ポンチュキ、ピェルニク……などなど。
 見たことのない異国の料理も揃っており、それらは合同で、食欲をそそる芳香を彼女の鼻へと届けてきていた。
 頬が落ちないように両手で押さえつつ、メリーは思わず小躍りしてしまう。

(あぁ、なんて素晴らしい……今わたしが食べてあげるからね……!)

 院長もいない今なら、好きなだけ胃の腑に収めることができるだろう。
 メリーは感動と共に胸中で認める――そう、今のわたしは人間蒸気機関車!

「いただきまぁす!!」

 いつの間にか、手の中には銀のフォークがあった。それをぷりぷりとしたキェウバーサに突き刺そうとすると、

「!?」

 直前、なぜか、それは皿ごと消えた。
 気のせいかと思い直し、隣のウシュカにフォークを向けると、それも消えた。

「えっ、えっ……???」

 気づいてみれば、より取り見取りだった料理の皿が、全て無くなっている。
 手に握っていたはずのフォークさえ、同様だった。

「な、なぜーッ!?」

 卒倒しそうになるメリー。だが今度は耳に、声が聞こえてきた。

「メリー。突然だが汝に頼みたいことがある」
「え……わたしにですか?」

 聞こえてきた方を振り向くと、そこには赤い装束を着た女が立っていた。
 亜麻色の髪に、灰色の瞳。装束の露出度はやや高く、肩やへそ、太ももが露になっている。
 だが何より、左右の側頭部から生えた、木の葉のような形をした大きな耳らしきものが気になった。
 ただ、メリーはそれらは口に出さず、相手の素性を尋ねる。

「その前に、わたしのことを知っているようだけど……どちら様……?」

 女は一瞬目を逸らし――何かを迷ったか――、答えた。

「我はサンタクロース……を少しの間勤めていた者だ。
 汝には、我の一時的な後継者として今回だけ、プレゼントを配る役回りをやって欲しい」
サンタクロース(シュヴェンテ・ミコワイ)を……!? え……なんでまた?」

 疑問に対し、女は再び答える。

「我が、汝を適任だと判断した。大丈夫、世界中の全人に贈り物を届けるわけでもないし、それによって汝の現実の時間を奪うこともない。
 何せ特別な存在になるわけだからな」

 彼女がそう告げて右手を軽く掲げると、その指し示す先にはいつのまにか、トナカイを四頭繋いだ立派な橇が置かれていた。

「あれに乗って、トナカイたちの導く先でプレゼントを配っていくがいい。相手が何を欲しているかは、この袋が判断してくれる。
 相手に渡すと念じて袋の中に手を入れれば、プレゼントが実体化するようになっている」

 先代(?)らしきサンタを名乗る女は、木綿で出来ているらしい白い布の袋をこちらに差し出してくる。
 それを受け取れば、橇に乗らなければならないのだろう。そんな気がした。
 メリーは両手を胸の前に掲げて、躊躇してしまう。

「本当に大丈夫なんですか? 仕事柄いつも朝早く起きなきゃならないので、あんまり夜更かしは……」
「ええい、問題ないからつべこべ言うな!」

 そういうと女は袋を投げつけ、メリーはそれを、思わず受け止めてしまう。
 すると。

「うわ……えーっ!?」

 メリーの服装――それまでは寝巻だったように思う――が、目の前の女と同じ、露出度の高い赤い装束へと変わっていた。
 一方で女は簡素なドレス姿に変わっており、そしてそのまま、彼女はメリーの背中に回り込み、橇へと押しやり始める。

「さぁさぁ、ここでは時間は関係ないが、いつまでも問答というのもよくはないからな! 急げ!」
「あっ、ちょっと……!?」

 メリーには筋力や身のこなしに関して、同年代の娘など比較にならない能力が備わっていた。
 しかしどういうわけか然したる抵抗も出来ず、彼女はぐいぐいと橇に乗せられてしまう。

「頼んだぞ! 行ってこい!」
「ひどい! 横暴! 院長!」

 抗議するメリーを無視して、トナカイたちは猛然と足で大地――地面だか床だか、判然としなかった――を蹴って橇を加速させ始めた。
 そして気づけば、それまで彼女たちがいた曖昧な場所を飛び出して、橇は夜空を高く飛んでいるではないか。

「うそぉ!?」

 体を傾けて橇の下方を観察すると、そこはどうやら、彼女が普段拠点にしている修道院の上空ではないようだった。
 代わりに広がっているのは、彼女の知らない街並み――少なくとも慣れ親しんだヴィネダではない。
 そしてメリーは、夢から覚めたかのように、いろいろと思い出していた。

「そうか、そうだった――今夜はクリスマス・イヴ(ヴィギリャ)……!
 って、わたしがサンタクロース(シュヴェンテ・ミコワイ)……!?」

 トナカイたちは猛然と、虚空を走り続けている。
 12月の空など猛烈に寒いはずだが、不思議と素肌が露出しているはずの首元も、肩や太ももも、寒くはなかった。
 もっともメリーを含め、神秘の具体化たる降下教会の修道女は、この程度で凍死することはないが。

(そういう加護だってこと……?
 もうこうなったら、やるしかないのかな……!?)

 橇の前縁に設けられた金具に引っかかっていた手綱を手に取ると、メリーは自分なりにそれを握りしめ、トナカイたちに呼びかけた。

「よく分からないけど、よろしくねトナカイさんたち!」
「よろしく、今年の聖者様!」
「!?」

 トナカイの一頭が後ろを向いて返事をしたため、メリーはたいそう驚いた。
 トナカイはそのまま、続ける。

「このまま順番にプレゼントを配っていくが、分からないことがあったら聞いてくれ!」
「えと、じゃあ……何で今年はわたしがシュヴェンテなんですか?」
「すまんな! 俺たちにも分からんことはある!」
「やっぱり帰るぅぅぅぅぅッーー」

 メリーの悲鳴が、夜空に吸い込まれていく。
 橇はなおも、最初の目的地に向かって進んでいるらしかった。


 12月24日深夜、埼玉県飯能市。
 広大な駐車場に停車した、トレーラーハウス。
 正確にはそれは単なるトレーラーハウスではなく、サムライ・ベースと呼ばれる拠点設備だった。
 内部では、金髪の青年がベッドに、胸郭を上下させることもなく、死んだかのように横たわっていた。
 彼の名は、サムライ・アルダ。サイボーグである。
 彼が微動だにしないのは、生身の部分が脳しか残っていないためだ。
 彼の脳への酸素供給は機体内部のガス交換装置を通して行われており、生身の人間のように肺が容積を拡縮させることで胸郭が膨らむといった現象が起きない。
 また同様に、生身の人間のような就寝時の肉体の一部への負荷の集中、体温の蓄積や血流の偏りといった問題から解放されるため、寝返りを打つといったこともない。
 ベッドに毛布、枕を使って眠っているのは、人間らしい生活習慣をできる限り残しておきたいというアルダの希望による。
 一見すれば死者のごとく眠る彼だが、しかし、脳以外の機械化された肉体は完全に動作を停止しているわけではない。
 例えば、光や音のセンサーが外部の刺激を取得すると、場合によってはそれらが機械部分の中枢を通じてアルダの脳に覚醒を促す。
 はずなのだが。

「…………メリークリスマース……お邪魔しまーす」

 サンタクロースとなったメリーが来訪した時、それらは作動しなかった。
 また、サムライ・ベースに同居しているサニー・サニーの持つ様々なセンサーに検知されることもなく、彼女はベースへの侵入を果たしていた。
 彼らへの、クリスマスプレゼントを届けるために。
 橇は上空に待機している。メリーはトナカイたちに言われた通り、落ち着いて白い木綿の袋の中をまさぐった。

(えーと、プレゼントは……)

 手応えを感じたそれを取り出してみると、リボンでラッピングされた細長い包みだった。
 中身の概要も、頭で理解できる。
 国産・戸隠十割蕎麦。

(……ソバの実(グリチャナ)パスタ(マカロン)にするんだ……? へー……
 彼はこれで、あとの二人は……)

 何の作用かメリーの頭には、プレゼントを渡す相手の名前と大まかな概要までもが浮かんできていた。
 魔界の住人・ホロウには、プログラムで動く小型ロボットを自作できる教育向けキットが。
 未来から来たアンドロイド・サニーには、励起フォトニック物質の結晶が。
 それぞれにプレゼントを残していくと、メリーは小さく呟いてその場を離れ、上空の橇に戻った。


 めぇはその日も、うとうとしつつ、漂っていた。
 仕事やお使いのない日は概ね、そうしていた。
 むにゃむにゃと声を漏らし、時折くるりと寝返りを打つその姿は、一見しただけでは無防備そのものに見える。
 だが、それは事実とは異なる。
 夢を伝って襲い来る悪意、あるいは音もなく忍び寄る収奪者。
 そうした存在から身を守るため、めぇの周囲には常に、彼女の分身とでも呼ぶべき存在が起きて、監視をしていた。
 彼女の起源の一つである羊は元来群で生きる生き物だが、めぇが分身によって群れを形成するのは、あるいはそうした出自から来る本能のようなものかも知れなかった。
 その分身の一人が、来訪者に気づいた。
 サンタクロースに因む衣装を身にまとった、メリーのことだ。
 寝込みに入り込んだつもりだったか、彼女は狼狽を顔に出していた。

「こ、こんばんは、お邪魔してまーす……メリークリスマス……」
「こんばんは サンタさん」
「起きてたんだ……? あはは……」

 メリーが気まずそうに尋ねると、めぇの分身が首を横に振る。

「これは ちがうの。ぶどうの たつじんが ねむっていても さっきに きづく ような あれに ちかい かんじ。
 すりーぴんぐ なう。あなたに あくいが ないのなら きに しないで いいの」
「そ、そうなんだ……? じゃあ、これ……クリスマスってことで」

 メリーは袋をまさぐり、めぇへのプレゼントを取り出した。
 やや大きな平たい段ボール箱の中には、個別にフルーツキャップをかぶせられた果実が並んでいる。
 色合いは桃だが、一般的にその名から想起される品種と異なり、平たく潰れたような形状をしていた。

蟠桃(ばんとう)っていうんだって。はい、どうぞ」

 複数人(?)でそれを受け取ると、めぇの小さな分身たちはメリーへと礼を言った。

「ありがとう。ほんたいの わたしも おおよろこび」「いぇーい」「よっしゃー」
「あははは……」

 メリーの周囲を取り巻くめぇの分身たちは、祭りでも来たかのように手足を振り回して走り回り、全身で喜びを表現しているようだった。
 本人を起こしてしまわないように注意しつつ、彼女は外で待機している橇に戻った。


 クリスマス当日へと、日付が変わりつつある深夜。
 衛士郎はK市にある住処のベランダで、曇りで月すら見えない夜空を眺めながらセブンスターを吸っていた。
 今は亡き幼馴染を偲びつつ、詮無い物思いに耽ってもいた。

(世間では家族でクリスマスケーキとか切り分けてるんだろうなぁ……)

 彼の両親は既に亡く、育ての親として世話になった恩師とも、とある事情で生き別れたままだ。
 今の衛士郎は、やはりとある事情から社会より追われる身となり、決して善良とは呼べない組織に匿われている。
 その上、幼馴染を殺した宗教結社『天獄廻』を解体するための活動の最中だ。
 これを止めるわけにはいかないが、さりとて目覚ましい進展があるわけでもない。
 そのような状況で、クリスマスパーティーと洒落込む気分にはなれなかった。
 正確には「あんたなんかと聖夜を過ごしたい女なんてそうそう見つからないわよねぇ! まぁどうしてもって言うなら? 私が一緒にいてあげなくもないんだけど? ちょっと何よその陰気なツラ、素直に喜びなさいよ折角この惨殺キューティー美少女人形エリスちゃん~時よ止まれ、私は美しい~が誘ってあげてるのに――」という相手がいないわけではなかったのだが、衛士郎は韜晦術を使ってその追跡を振り切っている。
 彼が今いるベランダは、衛士郎を匿っている組織の表の顔であるギルベルト・コーポレーションがK市に持つ特別社員寮の一室のものだ。
 そこで彼の脳裏に、声がした。
 衛士郎の中に潜むもう一つの人格、アンノだ。

(ククク……俺様は空気を読んで黙っているぞ小僧)
(全然黙れてねーじゃねーか静かにしてろッ!)

 内心で絶叫しつつ吸い殻を灰皿に押し潰し、衛士郎は室内に戻ってベッドに直行した。
 だが、毛布を被って数分後。

「お邪魔しまーす……メリークリスマース……」

 小さく押し殺したような声が、ベランダの方から聞こえてきた。
 聞き間違いでなければ、若い娘の声だ。
 衛士郎は思わず飛び起きながら、リモコンで部屋の照明を点灯した。

「あ」
「え……」

 そこにいたのは、スタイルの良い金髪の娘だった。
 しかも、サンタクロースをイメージしたらしい露出度の高いコスプレをしている。と、思えた。
 そこで衛士郎が素性を尋ねるよりも、彼女が取り乱すのが先んじた。

「わ、わ、わ、ごめんなさい!? えーとこれ! プレゼントです!」

 ほとんど押し付けるようにして、彼女は袋から取り出した小さな箱を衛士郎に渡すと、

「それじゃ!? お邪魔しましたーッ!!」

 ベランダに向かって突進し、閉まったガラス戸をすり抜けて消えてしまった。
 思わず彼女を追って、衛士郎はガラス戸を開け、ベランダに出る。

「…………!?」

 そこには、夜空が広がっていた。雲間からは月が覗いている。
 他に見えるのは、夜のK市の住宅街程度か。

(なんだありゃあ)

 アンノも、既に終わった束の間の騒ぎを表現する言葉を持たないらしい。
 ただ、強いて言うならば。

「プレゼント……? 金髪ボインのコスプレ美少女から……?」

 唐突すぎて理解を拒絶する出来事の内容を口に出して整理しつつ、衛士郎は受け取った箱を耳に近づけ、軽く振ってみた。
 特に奇妙な音などはない。
 掌を伝わってくる感触からして、特に霊的な品や呪物というわけでもない。

(まぁ……開けてもいいんじゃねえか? 小僧よ)
「…………」

 包装を剥がして化粧箱を開けると、中には重厚な外装を施されたライターが入っていた。
 ウェブのカタログで見たことがあったが、火力が高く強風時にも安定してタバコに着火できるタイプだ。

「あ、ありがとう……サンタさん……? ……なの……?」

 キツネに摘ままれたような思いで、衛士郎は部屋に戻った。


 尿意に目が覚め、グリゼルダは寝床に入ったまま呪文を唱えた。

「白日に」

 魔法術でスイッチを押すと、電球が灯る。
 そして起き上がってベッドを降りると、机の上に包装された箱が置かれているのに気づいた。
 身に覚えのないものだ。

「…………?」

 そこからほのかに漂ってくるシナモンの香りがひどく懐かしいことに気づき、訝る。

(まさか……?)

 スタンドに立てた鞘に収まった相棒に、尋ねる。

「レグフレッジ、誰か来た?」

 主である彼女が眠っていても、霊剣は周囲を知覚・記憶している筈だ。
 しかし。

(検知していない。が、そんな箱があるのはおかしいね。私の知覚をすり抜けてそんなことが出来る者は限られているが……)

 相棒の回答が、更に怪しさを募らせた。
 彼女は、更に魔法術を行使した。

「昔日は今に」

 呪文と共にグリゼルダの手先から、目に見える赤い気体のようなものが放出される。
 その気体のようなものを構成する粒子は、散布範囲内の過去に起きた出来事を、時系列順に術者へと知らせるものだった。
 グリゼルダが探し物・探し人を探り当てる時に、欠かせない魔法術の一つだ。
 ともあれ、それによれば、赤い装束を着た娘――年齢は恐らく、彼女と大差あるまい――が壁をすり抜けるようにして部屋に忍び込み、グリゼルダの机に箱を置いて去ったことが分かる。

(…………?)

 彼女は入室した時、メリークリスマス、とも唱えていた。
 霊剣を通して歴代の持ち主の記憶を受け継ぐグリゼルダにも、聞き覚えの無い言葉だった。
 ただ、何にせよ悪意の類が無いことは確かなようだ。
 疑いつつも意を決し、彼女は呪文を唱えて魔法術を解放した。

「見えざる手はここに」

 念動力場によって包装を触ることなく解き、中の紙箱を開く。
 グリゼルダは中身を見て、瞠目した。

「……っ!!」

 懐かしさを感じたのは、匂いだけではなかった。
 形も大きさもそのまま――いや、彼女の背が伸びた分、思い出の中のそれよりは小さく見えたか――、幼少期に彼女の母が作ってくれたものにそっくりの、アップルパイが入っていたのだ。
 グリゼルダは尿意も忘れ、事務所の応接兼事務室――簡易キッチンを備えた物件だった――からナイフとフォークを取って来て、パイを小さく切り出し、口に入れて噛んだ。
 すると。

「…………!!」

 声に出すことこそ堪えたが、それでも彼女は涙を抑えきれず、目頭を押さえてその場にしゃがみこんでしまう。
 相棒が音ならぬ声で、気遣った。

(どうした、グリゼルダ!? 催涙性の薬品か!?)
「…………違う……ちがうから……」

 それは昔、彼女の母がよく作ってくれたものに、味と食感までもがそっくりだった。
 亡き母が蘇り、作ったパイを赤装束の娘に託して届けさせたのだという妄想を信じたくなるほどに。

「意味が……わかんないけど……でも……!」

 グリゼルダは止まらない涙をぬぐいながら、一旦箱の蓋を閉じた。
 知ってはいたことだったが、泣きながら物を食べるのはやはり難しい。


 深夜、冒険者向けの安価な宿の一室。
 鉈の鞘がベルトにしっかりと止まっていることを確認して、アイリスはそれをテーブルに置き、静かに息をついた。

(点検完了……ミリアが起きたら、二人でもう一度確認しておこうか)

 食料、各種の回復アイテム、地図、筆記具、ランプ、火種、ナイフ、水筒、予備の衣服と雨具、仲間のための寝袋など――
 自分たちのクエストに必要なものは全て揃っていることについて、確認が終わったのだ。
 仲間――ミリアはといえば、既に夕食と歯磨きも済ませて眠っている。
 アイリスも眠るべきなのだろう。そう、彼女が生者であったならば。
 彼女、アイリス・レイジは、魔物の襲撃によって滅びた村の生き残りだった。
 より正確に言えば、彼女もまたその時死亡し、村人は全て死に絶えている。
 ならばなぜ彼女がここに立っているのかといえば、それはその身に復活という奇跡が起きたためだ。
 ただし、正しき生命を持たないアンデッドとして。
 そしてアイリスはその代償か、眠ることが出来ない。このことが何を意味するのか、アイリスには分からなかった。
 とはいえ、生身の人間のような不眠の症状には見舞われていないので、本来ならば眠るはずの時間を、こうして仲間のために費やすことが出来る。
 それは、数少ない幸いだと思えた。
 アイリスは天井を見上げて、思案する。

(あとは日記を書いて……ぼーっとするかな)

 荷物の中には道中の暇つぶしのためのカードも入っていたが、既に一人用の遊び方は散々やっていたため、少々飽きていた。
 読書は魅力的だが、本はかさばるので気軽には買えない。
 日記を書こうとノートを取り出した、その時。

「あ……ごめんなさい、お邪魔しちゃった……?」

 囁くような声に驚いてそちらを見ると、そこには赤い衣服をまとった娘が、やや気まずそうに立っていた。
 年頃は似たようなものだろうか、しかしその肌の血色は良好で、死体同然のアイリスとは違った。
 泥棒の類かと訝るが、それにしてはアイリスに姿を見られても、逃げ出す素振りを見せない。

「だれ……?」

 アイリスは仕方なく、声に出して訊ねた。
 アンデッドになったためか、彼女は生前同様に滑らかに発話することが出来ない。
 ゆっくりと途切れ途切れになる話し方が嫌いで、喋るのが苦手だった。
 一方で赤装束の娘は、ばつが悪そうに名乗った。

「メリークリスマス、サンタクロース(シュヴェンテ・ミコワイ)です。プレゼントを届けに来たんだけど……」
「プレ……ゼント……?」 
「これ、あなたの分と、お友達の分」

 彼女が袋から取り出してきたのは、二つの小箱だった。
 左右の手でそれを受け取ると、アイリスは娘に尋ねた。

「どうして……これを……?」
「うーん……まぁ、色々あって、そういう日だから。
 あなたとあなたの友達に、小さくとも良いことがあって欲しいと願っています」
「…………?」

 アイリスは小さく首を傾げるが、礼を言うべきだと判断して、再び言葉を口にした。

「どうも……ありがとう……ミコワイ、さん……?」
「どういたしまして。お邪魔しました……!」

 娘はそそくさと外に通じる小窓に向かって走り、そのまま壁をすり抜けて消えた。
 古びたカーテンを開けてアイリスが窓を開けると、光の粒子の群れを尾に曳きながら、橇のようなものが夜空の向こうへと遠ざかっていくのが見える。

(…………よく分からないけど、いい人……なのかな?)

 気を取り直してテーブルに戻り、自分の分だというプレゼントを開けてみると、それは高級そうな香水の瓶だった。
 試しに封を開け、軽く手の甲に付けて嗅いでみると、軽やかに吹き抜けるバラの香りがする。

(いい匂い……)

 香水は、アンデッドである身の上を気にするアイリスにとって、必要なアイテムだった。
 しかし、右目を包帯で覆い隠した冒険者といういでたち、かつ傷跡も目立つアイリスは、例えば香水の専門店などには心情的に入りにくい。
 香水を置いてある雑貨屋なども多くはなく、しばしば彼女は自身から死体のような腐臭が漂っているのではないかと恐れながら冒険を続けていた。
 アイリスは身の内に宿る復讐の炎のことはいったん脇において、善意のもたらした温かい熱を味わった。


 真の暗闇は恐ろしい。
 リアは眠る時、卓上のランプを付けたままにする習慣があった。
 暗闇に恐怖を抱いているのはその通りだが、理由は他にもあった。
 例えば、侵入者などに即座に対応するためだ。

「誰っ!!」

 リアは毛布の下で痩せた体を捻り、顎と膝を使って飛び起きる。
 そして失われた両腕の代わりに自身の影を実体化させ――これのために、照明が必要だった――、ロープのように変化させ、窓から入ってきたと思しき侵入者へと絡みつかせる。

「わ、わ!? ちょっとたんま!?」

 慌てた声でそれを制止するのは、若い娘のようだった。
 リアは実体化した影に込めた力を緩めることなく、捕えた相手を観察する。

「…………」

 灰色の瞳をした、金髪の娘。肉付きこそ違うが、年頃や背丈はリアと大差ないところだろう。
 ただ、肩や太ももの露出した赤い装束に、白い大きな袋を携えているのが見えた。
 侵入者は苦笑いして、身動きできないままリアに挨拶する。

「め、メリークリスマス……サンタクロース(シュヴェンテ・ミコワイ)……です」
「……物盗りか何かですか?」
「違うんです……ただプレゼントを……その……」
「…………?」

 名乗りつつ涙ぐむ娘を怪しみつつも、リアはゆっくりと、影に込める力を緩めていった。

「本当ならやりたくはありませんが……変なことをしたら、少し痛い目に遭ってもらいますよ」
「しませんて……はい、これ。あなたとお友達にプレゼント」
「プレゼント……?」

 何も入ってはいないように見えた白い袋から彼女が取り出したのは、三つ。
 一つは紙の箱に入っており、巻かれたリボンの下には靴の絵が描かれていた。その通り、靴なのだろう。
 もう一つは縦長の白い紙の箱で、貼りつけられたリボンの下には牛の絵――まさか、牛乳か。レサトとシャウラのことを知っているというのか。
 そして最後が紙の袋で、これはコーヒー豆だと匂いで分かった。よもや、シリルにまでということだろうか?
 警戒は解いていないつもりだったが、リアは驚いて呟いた。

「どうしてこんなことを……いやなんかもう前に電気毛布とかサボテンとか頂いた気もしますけど……」
「まぁまぁ、特別な日だから……気にせず受け取って欲しいな。
 それじゃ、お邪魔しましたー……!」

 彼女は小さく手を振って小走りに窓へと向かうと、壁ごとすり抜けるようにして窓の向こうへと消えた。
 影の腕を伸ばして窓を開け、慎重に外を確認するが、既に外は屋敷の庭と、その向こうの暗い街並みが広がっているだけだ。
 寝巻のままで、窓から吹きこんでくる寒風が堪えた。
 リアは窓を閉めると、赤装束の娘が残していったプレゼントを見やる。
 縦長の紙箱を影の腕で軽く持ち上げると、中には液体が入っているらしいと分かった。
 防水紙で包装されているだけで、やはり牛乳なのだろう――牛の血などではあって欲しくない。

(……牛乳なら、あの子たちに渡す前に冷蔵器に入れておかないと……毒見とかした方がいいのかな?)

 リアは考えながら影の腕でカーディガンを羽織り、プレゼントを抱えながら寝室を出た。


 12月24日深夜、神奈川県黒金市。
 その日はうっすらと雪が降っており、ホワイトクリスマスが話題の一角を占めていた。
 雪が積もる様子はなく、深夜に業務を終えて帰宅する人々や出前のバイク、フードデリバリーの自転車などが路面に注意しつつ、それぞれの行き先を目指していた。
 その中心から少し離れた地区に所在する中規模マンションの一室で、一人の少女が薄着でベッドに寝ころび、スタンドに立てたタブレットに流れる動画を眺めている。
 黒髪を背中まで伸ばしており、肉感的な体つきだったが、背丈はさほどでもない。
 彼女こそは、黒金市を中心に裏社会で勢力を広げ続ける謎多き組織の首魁であり、自身をボスと名乗っていた。
 本名は能呂英子というが、彼女自身が忘れかけるほど、使う機会が少ない(それはさておき、本稿では彼女を、基本的には英子と呼ぶ)。
 英子の見ている動画の内容は一貫していなかったが、実は一つだけ、視聴に関する厳しいポリシーがあった。
 それは、「クリスマス、及びそれを連想させる事象が登場しないこと」。
 クリスマス、正確にはその時節に定番とされる楽曲「ジングルベル」が彼女のトラウマであり、英子はこれを聞いただけで呼吸が浅くなり、ほとんど動けなくなってしまうほどだ。
 よって、娯楽も厳しく峻別する。
 『娘たち』に作らせた拡張機能などによって、ジングルベルが流れるような動画はそもそも検索結果などにほとんど出ないよう工夫がされているが、それでも例えば、赤と緑が組み合わさった衣装や演出が出てくる程度でも、英子がその動画の視聴を打ち切る原因になりえた。
 またこの規模のマンションであれば季節柄、エントランスホールには演出としてクリスマスツリーが置かれることも多い。
 しかし英子の命令で、彼女の組織が運営するこのマンションでは、クリスマスに関するデコレーションなどは一切行わない。
 彼女の忌避はそうしたところにまで及んでいた。
 だが寄りによってそこへ、メリーは折り悪く踏み込んでしまった。

「こんばんはー、メリークリスマース!」

 ベッドに寝ころんでいた少女に挨拶をして、袋の中に手を伸ばすと、メリーの中に相手の名前と概略が流れ込んでくる。

「ん……!?」

 それを知った彼女は、思わず手を止めてしまった。
 一方で英子はゆっくりとベッドから降りて立ち上がり、険しい顔つきでメリーを睨む。

「…………何者だ。何の用だ」

 オーラとでも呼ぶべきものだろうか、目の前の小柄な少女――プレゼント袋を通して知った概略によれば、そうではなかったが――から、恐るべきエネルギーが漏れ出ているのを感じつつ、メリーは答えた。

サンタクロース(シュヴェンテ・ミコワイ)です……クリスマスプレゼントを持って来たんだけど――」
「サンタクロースだと……クリスマスプレゼントだと……!!?」

 そこで、英子に異変が生じる。
 その体から暗い色合いの気体が生じて、彼女の身体を包み込んで竜巻のごとく渦を巻いていった。

「……!?」

 メリーが思わず身構えた直後、渦巻く気体は霧散して、その中から不気味な何者かが姿を現した。
 その顔を覆っているのは、四色で塗り分けられた仮面だろうか?
 そこに描かれた表情と思しき絵は左右非対称で、ひどく歪んでいる。
 髪は大きく背後に広がり、頭頂からはガゼルのような二本の長い角が天に向かって生えているが、これは帽子の装飾かも知れない。
 両脚の先は馬の後ろ足から枝を生やしたように変化しており、腰の後ろからは神話の竜を思わせる、甲殻に覆われた尻尾が伸びている。
 それは英子の変身した姿、あるいは本性であったか?
 メリーは思わず、息を吞んだ。

(エーコちゃん……!)

 また大まかにではあるが、袋を通してメリーは知ってしまっていた。
 彼女は、この世界の怪人たちの総元締め。
 そして敵を消し去るためには手段を選ばない、悪の自認者なのだと。
 仮面の怪人となった英子が、特に低い声で告げる。

「今すぐ失せろ。でなければ死ね」
「……!」

 メリーはわずかに気圧されるが、気を取り直して訊ねた。

「失礼でなければ、理由を訊いても……?」
「要らねぇっつってんだよッ!!」

 右腕を引き絞って姿勢を下げた英子が、次の瞬間、メリーに向かって突進する。
 メリーはこれを全力で防ぎ、瞬間、激しい衝撃がマンションを揺るがした。


 黒金市にある個室居酒屋に、若い娘が来店した。
 ダウンを羽織り帽子を被ってはいるが、真冬にもかかわらずへそを露出させており、カラーコンタクトを入れていると思しい左右の青と赤の瞳、そしてピンク色の髪が印象的だ。
 彼女に対して来店するなり、店員が恭しく礼をする。
 完全個室とはいえ、さほどに高価格帯というわけでもない居酒屋には似つかわしくない所作だ。

「いらっしゃいませアキ様、8番の個室でキラ様がお待ちです」
「サンキュー」

 彼女は店員に向かってひらひらと手を振ると、慣れた足取りで奥の部屋へと歩いて行った。
 そして防音仕様の引き戸をノックして、無造作に開く。

「よ、ねーちゃん。メリクリー」

 広い個室の中は十人ほども座れるテーブル席になっており、そこには一人、先客がいた。
 紫色の髪を後頭部で放射状にまとめた、目つき鋭く、険しい顔つきの女。
 だが今は彼女の表情も少々和らぎ、そう、親しい家族と顔を合わせた時のように変わっていた。

「遅れずに来たな。マハボネラは相変わらず、中々の働きじゃないか。
 もう言ったかも知れんが、奴の手柄はお前の手柄だぞ」
「えーいきなり仕事の話? まー大した掘り出しもんだったけどさ……」

 彼女たちの正体は、非合法組織の構成員だ。
 誤解を恐れず正確に記述するならば、超自然的能力によって特定の一個人――能呂英子から分岐・独立した、人間に酷似した新たな生命体、とするべきか。
 この個室居酒屋を経営しているのも彼女たちの営む組織であり、組織は神奈川県黒金市を拠点として、裏社会において順調に勢力を伸ばし続けていた。
 構成員は全員が、彼女たち同様、人間にそっくりではあるが、本質は異なる生命体――『怪人』たちだ。
 その立ち振る舞いは、一見しただけでは人間と区別がつかない。
 例えば、先に中で待っていた紫髪の女は「嫌悪」のキラ。
 母体となる人物――能呂英子の「嫌悪」の感情を元に生み出された最初の『娘』であり、多数の『怪人』たちを統括し、『組織』における研究調査や総務――本人は雑用だと言っているが――を司っている。
 そのキラが、アキに対して着席を促した。

「まぁ座れ。半分は仕事の話だが……たまにはただ飲んで愚痴だなんだを言い合うのも良かろう。家族だからな」
「なのに呼んだのウチだけ? ウイくらいは来てるかと思ってた」

 キラの対面席に座りながらそう言うアキは、「退屈」のアキ。
 『下の子たち』の一人で、能呂英子の「退屈」の感情から生み出されていた。
 担当業務は主に組織の資金源の一部であるナイトクラブの経営や動画配信などで、その過程で情報収集・操作なども行っている。
 人間で言えば姉に相当するキラが、妹に当たるアキに対して答える。

「あの子が一番考えが読めなくて困る……それにルイは今夜はお察し、ビビは私に絞られると思ってか既読も付けん。
 アンとイラは忙しいと断ってきたし、シンは県警に嗅ぎつけられそうだと漏らしてから音信不通だ。全く」
「ひどいなー、ウチのこと暇人って言ってる?」
「そこまでは言わん」
「あ、ねーちゃん湯豆腐食べる?」
「食べる」

 アキが備品のタブレットで注文を入れた時、テーブルの上に置かれた二人のスマートフォンが、同時に通知を行った。

「――!」

 メッセージアプリを用いた、グループ通話――二人の『母』である英子からのものだった。
 こうしたグループ通話を彼女から掛けてくることが、全くあり得ないわけではない。
 しかし、今夜はクリスマス・イヴだ。
 にもかかわらずグループ通話をかけてくるということは、恐らく、ただの用件ではあるまい。
 キラとアキは、緊張と共に、ほぼ同時に通話に応じた。

「はい、キラです」「もしもしかーちゃん?」

 すると、スピーカーの向こうから低い振動音や、おどろおどろしげな母の声が聞こえてくる。

『聞こえるか娘ども……あたしの部屋にサンタが来やがった……サンタだ!
 あのふざけた赤いアマ公を殺す……動ける怪人を全員集めて、八つ裂きにしてな……!!』

 その声調は、恐らくは激怒か、それに近いもの。
 彼女の精神状態が尋常でないことは、二人にも容易に理解できた。
 キラは思わず、声を大きくして尋ねる。

「全員って、何言ってんだ母さん!?」
『キラ……あんたのところの飛べる子たちは残らずうちに向かって飛ばせ。ありったけの武器を持たせて!』

 それを聞いたアキも、母を宥めようと試みた。

「かーちゃん落ち着いて! 飯は食べた!?」
『アキ……あんたのとこもだ。飛べない子たちも出来ることに全力を尽くすように言っておけ……ボスからの命令だ……!!』
『ままま、ママ!? ははは、話が見えないんですけど!?』『いきなし何なんだよ母ちゃん、更年期か!?』

 居酒屋にいる二人どころか、グループ通話に加わっていた他の姉妹たちによる説得も、まるで効果を見せない。
 キラがスマートフォンから顔を離し、アキに小声で告げる。

「まずいぞ、何があったかよく分からんが、母さんはまるで逆上してる……
 私はルイに連絡して状況を確認する。お前はネットの監視と、兵隊――特にマハボネラを出せるようにしておけ。
 必要とあらば、組織の総力でどうにか抑えないといかん」
「分かった」

 二人は動きの取れる姉妹たちと連携し合い、配下の怪人に指示を飛ばしつつ、母の癇癪が大事を招かないことを祈った。

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なかがき

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