(次男)俺から ナイフを取り上げて腕をひねり上げて警察から隠してくれたのは根本さんじゃないですか。 (拓自)骨を折っておく事にした。 (香)子どもが一緒だから 気になるの。 どうして家政婦さんを替えたんですか? のめり込みそうで怖くなった。あの2人に何かあるのは困る。 ああ~! 何だよ~! あの2人に何かする訳ねえだろう! 分からないだろう 人間は。 ♪~ (香)こんにちは。こんにちは。 緑ちゃん こんにちは。言えるよね? (緑)はい こんにちは。 それ ちょっと おばあさんみたい。 いいよ とっても。さあ 入って入って。 (香)今日の職場は この1丁目ですからすぐなんです。 早かったもんね。子連れの家政婦が売りですけど一日 この子がいるとお年寄りは疲れるから。 ねっ。怒る。 怒るんだ おばあさん。たまにでしょ。 いつもは 優しいでしょ。苦労してるんだね 緑ちゃんも。 うん…。うん… か。 それで 次男さん…。ああ。 やあっ! えいっ! 朝起きると いなかった。どこへ? 寝てると思った。 あまりに 人の気配がしないんで2階へ上がると いないんだ。 あの足で どこへ? 駅まで歩いてみたよ。 あの辺りのコーヒーショップ食堂 漫画喫茶 本屋スーパーを のぞいてみたがいなかった。 新宿とかに行ったのかも。 そうかもしれない。 そうなら 言いますよね。 まあ この辺に知り合いがいるとも思えない。 そうなんですか。まあ いるとすればあなたと緑ちゃんだ。 携帯も住所も言ってません。うん…。 いや もしやと思ってかけてしまった。 いいですけどどういうご事情か分かりません。 フフフ… おかしいね。いいえ。 まだ 2時ちょっと過ぎだ。 いないからってどうだってんだよ。 骨折してるんですから。 朝から捜したなんて騒ぎ過ぎだね。 いえ。 要するに 暇なんだよ。 暇なんだ…。 ♪~ まさか…。 まさかと思って来てみたがどうして…。 どうして この寒い所に。 ええ? どうしてだよ。 ええ? こんな所に バカ。 ♪~ (すする音)そうか。 100円もなかったか。いくらか持ってると思ってた。 どうして出ていった?100円もなくて 骨折して。 あんなに暴れてもう終わりだと…。 いいか? あんたは誰かれ構わず刺そうとした。 そんなやつをうちへ連れてきたんだ。 あのくらいの事で終わりにできるか。 (インターホンのチャイム) はい。(織江)あっ…。 永原っていうんだけど根本さん お留守かな? ああ はい。 今は ちょっと…。 そう。 だったら それでもいいの。 大丈夫? 足。あっ はい。 18から24までね…。はい。 とびとびにあの人と できてたの。 え… 根本さんとですか?そう。 あの人はね その間に JICAでペルーに 2年行ったりしてたから一緒に暮らす事はなかったけど私一筋だったって 言ってたわ。 ♪~ すいません 何にもなくて。 お座んなさい。 そうですか。何が? いや 根本さんとできてたんですか。 やだ もうそんな言い方しないでよ。 そちらが そう言ったから。私が言った? はい。じゃあ しょうがないね。 アハハハハハッ! …で あなたは どういう人?一緒に暮らしてるんでしょ? ああ はい。あの… ごく ごく…。 親しいの?じゃなくて短期間 この足が治るまで泊めてもらってます。 本当は 息子?とんでもないです! 関係ないですよ。無関係です。 そんなに言わなくてもいいわよ。あの人は 普通じゃないから。 別に 不思議じゃない。 ペルーですか。知らないの? 知りません。 どういう人だか何にも知りません。 自慢話 しない?しません。 う~ん そう。もともと 口が堅いのよ。 警官だったらしいから。警官って 警察ですか? ほかに何かある?だって JICAでペルーに行ったって…。 辞めて 行ったんでしょう?私に聞かないでよ。 男の仕事なんてどうだって よかったの。 恋人なのに?うん? こっちもね 若かったし。(ピアノの音) ちやほやするやつはいくらでもいたし。 芸能界とかですか? 何 それ?見て ちょっと そう思ったから。 ただの 私の周りの話よ。ちやほやって言うから…。 個人は 3~4人いればちやほやでしょ? 根本さんが言わない事は聞かなかったの。 それがかっこいいとも思ってたし。 あ…。(織江)うん? 何? 根本さん 夕飯も外でした。あるもんで食べてろって。 うん いいの。いいんですか? いない方がいいくらい。 今 どんなふうかな~と思って。 え…聞かないんじゃないんですか? それは 昔の話。 人間はどんどん変わるもんでしょ。 ♪「Let the sunshineLet the sunshine in」 ♪「The sunshine in」 そうか。 面白かったか。 はい。 きれいで 明るくて。 ああ この前ものすごく 久しぶりに新宿で ばったり会ってね。とても楽しかったって。 ああ 楽しかった。それきり 電話もくれないって。 あ… 飲むよ 1人で。 楽しかったのに電話もしないんですか? そう。 私の欠点だね。 根本さんらしいって言ってました。 そう。私はね 楽しければ楽しいほど間を置きたくなるんだ。 楽しかったから また会おう。 楽しかったから 毎週会おうというように 盛り上がるとねこう… 楽しさが汚れていくような気がしてしまうんだ。 いや… それで会わなかったらつまらないじゃないですか。 そうだね。まあ 無駄な私の我慢だろうがそんな我慢が嫌じゃないんだ。 あんな人がいるんだったら緑ちゃんとママの事で俺に やきもちなんか焼く事ないですよ。 その話は別だ。 私には 子どもがいなかったからあんたの方がモテると悔しいんだ。 そうやって俺に 力をつけてくれるのはうれしいけど…。そんな事 考えちゃいない。 ただ 悔しいんだ。 そんな事 言われるともっと緑ちゃんに会いたくなるな。 会わせるもんか。それ 本気で言ってます? 本気だよ。はあ~ 分っかんないな。 簡単に分かられて たまるかよ。 あの織江さんも2年間のペルーから帰ったあとどこの国へ行ったか何をしていたか全く知らないって。 うん。それでも 何も言わないんですか? そういう人間もいるんだ。 言わなかった事があるって…。何? あ… やっぱり やめとくって。 何だ それ? 会うべきですよほっとかない方がいいですよ。 まあ そうだな。 (鼻歌) ♪「Let the sunshine inThe sunshine in」 (陽三)そいつなあ そいつ。 どいつ? 松葉杖の若いのだよ。急に言ったって分かんないでしょ。 何 怒ってんだよ。怒ってないでしょ。 怒ってるよ。 俺が客に口を挟むと「2階へ行ってろ!」。 あの子が 何? 俺も イメージ合わねえよ。何のイメージ? 根本のイメージだよ。 あいつはね仕事で いざとなりゃ5人でも10人でも自分の部屋に泊めた事はあったよ。 しかし もともとは 私生活をがっちり守るタイプだろ? だろ? うん?あいつは そういうタイプだろ? だから 何? 関係ないやつを泊めて骨が くっつくまで面倒見るなんておかしいだろ?人はね 変わるの。 年取って成熟するタイプもあるのよ。 褒めるなよ。褒めてない。 今は 俺といるんだからあいつが いいような事を言うの失礼だろ。 褒めてないでしょう。感じるの。 ケチな嫉妬しないでよ。愛してるからだろ? 愛してりゃいいの? そうよ。 愛は 全てに勝つのよ。 気を付けて。グラス すぐ割るんだから。 (割れる音) (せきばらい) おお~ よし! あと3回だぞ。そしたら こっちの番だからね。 さあ こい! うわ~! あら…。 (笑い声) よし! さあ あと2回だぞ~。 ♪~ 次男さん 下りてこない?痛むの? まだ。 次男さん! ああ ゆっくりでいい。下りてこいよ。 緑はねおにいさんとも遊びたいの。 次男さん! こんにちは。今日は 仕事抜き。 この子が おじさんとおにいさんのとこ 行きたいって。 ねえ 緑。 遊ぼ。 ちょっとぐらい大丈夫だ。せっかく来てくれたんだ。 ああ 悪いけど。痛むの? いや… 下りてきてそこら座ってればいい。 そう。 ボールの相手はいいの。 痛むんだ。 ごめんね 緑ちゃん。 足が痛いの? 来いよ いいから。 無理はいけないけど。 やめとく。下りてくと 痛くなりそうなんだ。 ごめんね。 おい…そんな事 言うなよ おい! ♪~ バイバイ。また 来ます。 ありがとう。今日は ありがとう。 バイバ~イ!バイバ~イ! バイバ~イ!バイバ~イ! おい。はい。 本当だぞ。はい。 本気で庭へ下りてこいって言ったんだ。 はい。 素直に 下りてくりゃよかったんだ。 はい。来ないから あのママ私が 何か言ったんじゃないかって顔してたぞ。 ああ でも 俺が目の前で緑ちゃんにモテるよりいいんじゃないんですか? うん…それも そうだけれど だな…。 いいんです 俺は。いや 私は そんなに狭くないよ。 いいんです。 (時計の時報) じゃあ あの子もう 杖なしで歩けるの? いや まだ。 若いから 早いわよね。ああ。 何が心配? うん… 変なやつだから黙って いなくなるかもしれない。 世話になったのに? あっ あんたの店は知らないがしばらく 使ってもらえないかというような事を考えた。 黙っていなくなるかもって言わなかった? あ… ああ。なら 世話 焼く事ないわよ。 うん ああ。若い人が自分で出ていくのいいんじゃないの? うん… 金を持ってない。 あ~ いくらかあげるなり 貸したりすれば? うん… それで済めばいいが。どうして済まない? うん… そう簡単じゃないんだよ。 どういう事? ああ 言えないよ。 人に ものを頼んでそれはないでしょ。 言えない事はあるだろう。 ふ~ん どういう事? 誰だって 言えない事を抱えて別の話をしてるんだ。 うん? 今 何て言った? 誰だって 言えない事を抱えて別の話をしてる。 別の話なの? そうとも言える。 何 それ。 言えない…。 そんな目して からかうな。 そうだな。まっ 若い人が自分で出ていくんなら行かせればいいわよ。 喜べばいい事でしょ?今 1人? えっ?1人じゃないよね。 急に聞かないでよ。1人? あなた以外の人間だってね言いたくない事はあるのよ。 ああ そうか。 初めて知った?ああ。 バカ野郎。 ♪~ 今 ここの旦那は女房と会っている。 俺の女房だよ。 事実上の私の女房と新宿だかで会っている。 店を開く前に会えないかと言ってきた。 いいわよと 女房が言った。私に隠したりしない。 それで 今 私は安心して ここに来ている。 上がるよ。ああ いえ その あの…。 いない時まで 何 言ってる。 あんた 何て呼べばいい?名前。 ああ 次男です。つぎお? 次男と書いて 次男です。次男坊か? ところが そうじゃなくて一人っ子なんで。 そりゃあ あんたが生まれる前にご長男が亡くなったんだろう。 いや そうじゃなくて 父は自分の次に家を継ぐ息子だから次男と付けたって。気持ちは分かるけどな。 いや どこへ行っても 「ああ次男坊なんだ」って言われて。 そりゃあ 言われるよな。 勝手な名前付けて7歳の時に死んだからあとは 文句も言えなくて。 2本目 開けちゃったよ。 いや… どうぞ。まだ 冷蔵庫にあります。 そうか。 町工場で殴られたか。 ああ それは就職したばかりの頃で。 もっともっとひどい目に遭ったか。はい。 よく しゃべるな。すいません。 根本さんにも精いっぱい しゃべったんだろう。 止められました。止めた? しゃべるとそれが 本当になるからって。 (陽三)だって 本当なんだろう?本当じゃないのか?いや 本当ですよ。 でも 本当の… 全部じゃない。 (陽三)全部話すのは大変だ。 俺… 俺…。 どうした? こんなふうに 俺の話聞いてくれる人 いなかったから。 あんたもしゃべらなかったんだろう? そうですね。 嫌がるやつも多いからな。はい。 人の話は 面白いよ。そうですか? つらい話も ひと事だもんな。ハッハッハッハッ。 あなたがどういう人か知らないのに。 人徳だよ。えっ? 人徳。 黙り過ぎたんだよ。 しゃべればいい。 (時計の時報) 去年の5月。(陽三)うん。 とっくに 桜も終わってるのに3月みたいに寒い日があって。 いいなあ。えっ? いいって? そういうの いいよ。省略すると。 省略するなよ。いや 結構 しゃべったし。 肝心の話だろう?感じたぞ。 夜のバイトが終わって 朝早く地下鉄へ歩いていたんです。 うん。半袖で トレパンの女がしゃがんでて。 道端に?「すいません」って言われて。 いいなあ そういうの。 気分悪いのかと思って「はい」って言うと 立ち上がって。 いい女?とても。 若いの?はい。 どこ? 地下鉄。青山一丁目。 1等地だ。 コート 貸してくれないかって。コート 着てたんだ。 ボロ隠しで。それ 貸せってか? 温かいつもりで走り始めたら急に寒くなって動けないって。 貸したんだ。家まで送って。 上がれ 上がれか。大丈夫かよ。 ものすごい金持ちの家でビビって 門の所で 別れたけど。 マンションじゃないんだ。 それからは携帯で しゃべるようになって。 携帯 教えたんだ。 でも どうせ格差ありすぎて関係ないと思ってうそばっかりついて。うそ? 慶應の… 経済の大学院生で。おいおい。 両親は カナダにいて今は 自分を鍛えて社会勉強のためにバイトで食ってるって。 よく そんな事 言うよ。俺のシャツとズボン見ればそんな訳ないのすぐ分かるだろうと思ったけど言ったまんま信じる人で。育ちがいいんだ。 会っても あれは冗談だったとは言えなくて…。 会いだしたんだ。 恋人みたいになって…。みたいって? 本当の恋人になったと思った時もあって…。 壊れたか。アパートに2人でいた時いきなり 男が3人 入ってきて…。3人? まるで角張った鉄みたいなやつらで。 今どき そういうの ありかよ? 彼女は…。どうした? 俺の事をまともな人だって叫んで。 そりゃそうだ。慶應の経済を出て両親はカナダにいて立派なビジネスマンでモントリオールの大学で講義をした事もあるとか。 うそを 丸ごと信じてたんだ。 全部うそだと 中の一人が言って。冷たい鉄がな。 俺の本当を… びっくりするぐらい詳しく調べていて。 どうした? 「信じない。 信じられない」って彼女は叫んでそれから俺に 「どっちが本当?どっちが うそ?」って。 そりゃ聞くよな。 7歳から1人で中学しか出ていないと言うと…殴りました。ぶったかよ。 ぶったっていうよりボクサーのストレートで吹っ飛んだっていうか。ちょっといいなあ その子。 のけぞりながら 彼女を見ると彼女も冷たい鉄の塊になっていて…。 しょうがないよな それは。 いなくなりました。そうか。 両親がカナダじゃなけりゃ いけないのか。 あんたがついた うそだろう?そうなんです。 全部 俺がついた うそで情けなくて。 薄汚いのは 俺でものすごく死にたくなって。 そりゃそうだ。 でも…7歳から1人なのは…俺のせいか? 女に 育ちのいいやつと思われたいという うそは俺のせいか?そう来たか。 死んでしまおう。死んでやるよと思いながらこれで 1人で死んだらあまりに さみしいって。 そりゃあ ないだろう。 のんきに歩いてるやつを見るとこいつら刺せば 自分を刺す力も湧いてくるような気がして。 (陽三)のんきに見えてのんきじゃないやつもいくらでもいるよ。 そんなの見分けがつかないからわ~っと誰かを刺そうとしたら…。 包丁を持ってたのか。ナイフですよ。 (陽三)持ってたのか。 自分を刺す気だったんです。 自分も…そこらのやつらも。そんな勝手な。 誰かを刺そうとしたらあっという間に腕を ひねり上げられてそのまま 自分じゃないみたいに走らされて横の道走ったり 坂道上ったり。 根本拓自だ。 ええ。 俺も ものすごい勢いで追い出されたろ?ええ。 あいつの合気道は すごいからな。 何なんですか? 根本さんって。 ほんの少し しゃべるよ。 …はい。 しゃべれるかどうか分からないがな。はい。 ある国でね。はい。 2人一緒に経験したんだ。はい。 ひどい出来事でね。はい。 いまだに… それが 何だったか分からない。 超常現象とか? そんなもんじゃない。はい。 駄目だよ。はい。 思い出したくない。 思い出せないんだ。 想像できません。 私は もうその場から 逃げて逃げて戻る事ができなかった。 何があったんですか? 2年と少したってマニラで人混みでいきなり あいつにばったり会った。 根本さんにですね。 「丹波 丹波。 生きてたのか」って。 抱き締めそうになるのに「違うよ。 人違いよ」って。 フィリピンの英語で叫んで逃げた。ただ逃げまくった。 どうしてですか? だから 分からない。 ただ もう 逃げたかった。 ある出来事を一緒に見た人間に会いたくなかった。 恥ずかしかった。 恥ずかしいんですか? …かどうか。 とにかく 人間って分からない。 「丹波 丹波」って呼ぶ声から逃げまくった。 分かんないよ。 人間って 分からないまんまだから勘弁してよって感じだった。 分かりません。 そうだな。 フフフ…。 (堀田)少々 はしたないところをお見せしましたが。 ありがとう。 あんな事で やる気を出す男もいるもんですから。 私も 少し くらくらした。 ああ 今ね 1人 トイレ。 女性でも 男6人 吹っ飛ばせば気持ちがいいでしょう。 そりゃあ もう女性の方が気持ちいいでしょう。 元気が出るといいんだが。 (堀田)いつでも治ったら鍛えますよ。 お願いします。 ありがとう…。うん?ございました。 俺 大丈夫ですよ 俺。うん? 合気道に頼らなくてもやっていけます。 体でも 気持ちは変わるからな。はい。 ゆっくりでいいんだ。 骨折が治れば 大丈夫ですよ。言ったろう? ゆっくりでいいんだ。 ゆっくりだ。…はい。 いいお店だ。ありがとう。 もう 店閉めたの?うん そうなの。 早いだろう。今夜はね。 うん? もったいつけないで言っちゃうね。 何を? さっぱりしたいの。 何を? いらっしゃい… ませ。 亭主なの。 ごめんね。 (織江)合気道は よしてね。 あ… そうなの。 日本に戻ってあなたの消息を知りたくて捜してね。こっちも知らないわよって。 それでも またこの人に会いたくなってね。 何度も来て。 あなたの思い出を話したりしているうちに…こういう事になってね。 私も1人だったし。 こっちは ベリーズから戻ってそれこそ 1人だったんでね。 ベリーズ。 ホンジュラスの?そう。 隣 小さい イギリス領だった。 住んでた?ええ。 現地雇いで 使いっ走りをね。そう。 あなたも そうでしょうけどあれ以来 あの日を抱えてずっと 余生を生きてましたよ。 (織江)あなたには ずっとひどいやつだと思われてるんじゃないかって。 あの子を神業のように あなたが止めてそして 骨折させたって。 普通じゃない。でも あなたならって思った。 あなたもあの事を忘れていないとはっきり感じましたよ。 怒る? 怒って 出ていく? うん? そんな事はない。 ああ よかった。 合気道 使われたらどうしようかと思ってた。 合気道は 人を傷つけない。 お互い 長く へこたれてましたね。 ず~っと 後を引いたね。 ♪~ ・(車が止まる音) ・(門の開閉音) ・(ドアの開閉音) ・(せきこみ) ・♪~(音楽プレーヤー) ♪~(音楽プレーヤー) ・♪~(音楽プレーヤー) あっ うまいじゃん 緑! おっ いいね。 来たよ おにいさん。 おめでとう。 ほら 分かる?おにいさんの足を見て。 ギプスも取れている。杖もない。 うん! こんにちは。ねえ 見て見て。 あっ 無理しないで。 あ… 何? 今日は。 さっき根本さんから電話もらったの。 ギプス 取れるって。電話するか? ううん。 勤務 すぐ この先だからちょっと行きますって。 ああ いいの?でも もう行く。 残念だけど。 そうなの。 2人セットの勤務中だから。 うれしいな 緑ちゃん来てくれて。うん! おめでとうは?おめでとう。 ありがとう。 いなくなるの?ああ だって 足治るまでだから。 …そうか。残念だな。 また いつかね。 ああ。 また 遊ぼう。絶対 来るよ。 うん。うん! じゃあ 行こうか。 じゃあ。 ♪~ あっ 取れた!あれ? ウフフ。 今日 ギプスが取れるから来ないかって。 どうして そんな事で。見せて。えっ? ちゃんと まっすぐ歩けた?そりゃ もう。 あ~! おめでとう! ねえ 来て来て亭主も一緒なの。 えっ? ご主人とですか? そうなの。 こういう訳なの。 あ… あ~ そういう訳ですか。 (陽三)おめでとう。ありがとうございます。 治って 帰ってきました。お世話になりました。 骨折させた人間に礼を言うのも妙だがな。 シャンパン 買ってきたの。ねえ 飲むでしょう? はい。歩いてみせてよ。 ああ もう 病院からずっと歩いてきたから大丈夫です。 よかった。はい。 私が 余計な事をした。ああ いいえ。 あの時 止めてもらわなかったらきっと 自分を投げ捨てるような事をしていたと思います。 ここで 今日まで お世話になってどれだけ助かったか分からないと思ってます。ありがとうございました。 しっかりした事 言うじゃない。 ああ それだけ分かってれば大丈夫だ。 ああ いえ 口だけです。 そうだ。え? ちゃんとした挨拶じゃないの。 口だけだと 本人が言ってる。ああ…。 (陽三)言葉のあやだろう? (織江)そうよ。揚げ足取って どうするの? あんた誰かれ構わず刺そうとした。 ほんの1か月前の事だ。 それを 何でそんなに けろりとしている? はい…。 (織江)けろりの 何が悪いの?元気になって 何が悪いの。 ああ。人は突然 目が覚める事もある。 別の人間になる事だってある。 お礼を言ったのよ。 骨折は荒っぽいが 恨むどころか明るく礼を言ったんだ。 喜んであげないでどうするの? 彼から聞いたよ。殴られながら 1人で生きてきた。 話したよ。 7歳から ずっと1人だなんて本当 偉い! やっとできた恋人にうそを つきまくったか。 1人が長すぎたのよね。 誰だって 恋人にいいところを見せようとするさ。 そうよ。 女が変よ。 仲を裂こうとする親を怒るのが恋ってもんでしょ? そりゃあうそをいいとは言えないけど。 軽い。だるい? 軽いだろ?軽いと言ったんだよね。 ああ 軽い。(織江)何が? 万事が軽い。 誰かれ構わず刺そうとしたやつがもう別人になったか。 (織江)何がいけないの?(陽三)すぐじゃないだろう。ひとつき近く ここであんたの世話になったんだろう? そういうやつはまた ひとつき足らずで別人になるさ。 また自分を哀れんで人に当たるだろう。 (織江)どうして そんな事言うの? (陽三)これからの事だろう?励ませばいい事だろう。 口先だけだと 本人が言ってる。 それは 謙遜っていうか何ていうか。 内心 不安だからつい言ったんだろう。 そうよね。自信たっぷりな訳ないもんね。 今日にも出ていきたいような事を言っている。 そりゃ 足が治った以上これ以上は甘えられないと思って。 立派じゃない。ああ 何が いけないんだ? ここへ 今日あんたに来てもらったのはあの日の事を次男に話したかったからだ。 その日の事はただ もう忘れたいんでしょ? そうだ。 ただ ずっとこの人が無事かどうか。 無事なら俺も 無事だと言いたかった。 すいません。 あんたのせいじゃない。いや マニラで。 そうか。(陽三)俺でした。 そうか。 思い出すのが嫌で。そっか…。 ほとんど そう思ってたよ。はい。 あんたに話をしておきたかった。こんな事があったと。 それを どう考えるかはあんた次第だ。 この人にいてほしかった。 私だけだとおとぎ話と思われそうだからね。 そんな事 思いません。私も 聞いてないの。 この人 あの日って言うだけでしゃべれなくなるって言うの。 2人とも 20代の2年間青年海外協力隊で ペルーにいた。はい。 協力隊の規則でねどの国の どこへ派遣されても1人ずつだったんだ。 1人でその国の人たちの中に入ってできる事で協力する。 町で ピアノを教えるという女性もいた。 山で 荷物運びのケーブルを造った男もいた。 ほとんど 井戸掘りを現地の人たちから教わるだけだったという者もいた。 みんな 教えられる事の方が多かったかもしれない。 はい。 (陽三)しかし1人暮らしは 結構きついからね。 中心の街に 日本が借り上げた宿泊所があった。 そこへ行けば 日本の漫画もビデオもほかの隊員にも会えた。 そこで 根本さんと知り合った。 そのペルーの話じゃあないんだ。 お互い 2年の期間を終えて日本へ戻って日本での就職は面白くなくてね。 といって 外国で 日本を背負って生きるのも嫌だった。 ゲバラって名前は知ってるかな? あっ はい。チェ・ゲバラ。 そう。 キューバ革命の時 カストロと並んで中心で戦ったアルゼンチンの人だ。 キューバ革命が成功するとボリビアの革命に加わって殺された。 生まれたアルゼンチンのためじゃない。どこの国だろうとその国の人たちの正義の戦いに加わるのがこれからの生き方だろうなんて結構 本気で考えてた。 どこの国かは省略したい。 小さな独裁者のいる制限の多い国だった。 協力隊の影響で 一人一人で入っていこうという事になった。 ある人口7~8万の町がいわば 地下組織の中心だという話を聞いていた。 私が その町に入った。私は その周辺の村の一つにね。 この国が好きだと言った。そして 国の実情を知ろうとした。 みんな 親切だった。驚くほど貧しかったがとっても素朴でいい人たちだった。 しかし 政治は ひどかった。 独裁者グループのほとんど思うままだった。 車の修理の仕事をもらってみつきほどしてやっと 分かってくれそうな人にこの国を このままでいいと思っているのかと雑談に紛らして聞いた。片言でね。 私の方は そんな事は聞くな。 どうせどうにもならないと言われた。 町の方は 案外 たやすく抵抗を考えている人にたどりついた。 定番の地下室にアジトがあった。 根本さんのいる村にもアジトがあるらしいと。 村にもアジトがあった。 6人ほどの集まりだが思いがけないほど国を変えなくてはいけないという熱気があった。 これは 町と農村の人たちが手を組むべきだ。 2つのアジトの交流こそ俺たちがやるべきスタートじゃないかと。 連絡係になった。 (陽三)日本人が日本人と会うのをとがめる人はいない。 独裁者は倒すべきだし民主主義の方がいいのは明らかだった。 それでも 両方が会うというのを町の人間も 村の人間もためらっていた。 意外なくらい ためらっていた。 どうして 会うのをためらうんだ? 会って力を合わせて 話し合うのがなぜ いけないんだ。 お前らには分からないとも言われた。 何が分からない?正しいだろう。 両方で 同じ事を考えている。あとは もう 動き出すしかない。 正しい事を なぜ ためらうんだと。頭が悪いんじゃないかとか。 弱気すぎるぞと怒ってみた事もあった。 小人数で会うだけだ。何を怖がってるんだと。 それから やっと あの日が来た。 うん。はい。 両方から 同じくらい遠い乾期には干上がってしまう池があった。 月明かりの夜 真夜中に町から2人 村から2人。 それに 私と根本さんとで会う事になった。 彼は 町だから 私の方は リーダーとその叔父さんと3人だった。 しかし 歩いていると 背後から人がついてくる気配があるんだ。 足音を感じた。 誰か来ると 私が言うと知っていると リーダーは歩く。 こっちは分からない。 隠れて 初めて両方会うんだ。 だから小人数にしたんじゃないかと。 大丈夫だと リーダーは言うんだ。 叔父さんも気にするなというように うなずく。 しかし その足音が1人や2人じゃないんだ。 3人 4人。 いや もっと多い。 10人? それ以上。 振り返ると 人は見えない。 雨期なんで まあ 灌木というか結構 低い木が茂っているんだ。 それにしても 明るい月の下で誰ひとり見えない。 村の人間たちだよとリーダーが小さく言う。 「どうして?」と聞いてしまう。 みんな 国の事を思ってる。 このままじゃ いけないと思っていると リーダーは言うんだ。 これ以上 複雑な話はできない。 まして 歩きながらだ。真夜中だ。 人の気配だけがどんどん増えてくるんだ。 すごいと思った。 あんなに素朴で村の自慢話と ダンスと大笑いしかないような人たちがどう知ったのか国の事を思って ついてくるんだ。 それも 10人じゃない。もっといる。 多分 20人だって…胸が熱くなってきた。 こっちは それより早く池のほとりに立っていた。 3人だ。理髪店の主人と中古バイクの販売と修理をしていた子だくさんの四十男と 私だった。 約束どおり 町からは3人なのにこっちが大勢だと分かったらどうするんだと。 ちょっと血が引くような思いもあった。 こっちも 同じだった。 実は 隠れて37~38人が来ていた。 どっちが それを先に察したか。 池を前にして 気が付くと3人と3人じゃなく両方とも その後ろに30~40人の男たちを従えるようにして向き合っていた。 誰もが 黙っていた。 そのまま どんどん 空気が張り詰めてくるのが分かった。 何だ これはとリーダーに 私は聞いた。 国を思う仲間同士じゃないのかと。 池を回って 握手をと私は笑顔を作って言ったよ。 村の側の若いのが一人池の端に足を踏み入れた。 (陽三)水は 足首辺りだった。 みんな見ていた。 動かなかった。 若いのだけが 町の連中の方へ水を少し蹴るようにして渡っていく。 何かこういう時の風習かと思ったよ。 何だ これはと小声で 私は リーダーに聞いた。 リーダーは 私の目を見た。 分からないのかという怒りのようなものが走った。 分からなかった。 かぶりを振るともう 私を見ていなかった。 水の端を行く 青年を見ていた。 そして 小さく言った。 「俺たちには長い物語があるんだ」と。 (陽三)若い男は畑で使う 反り返った小刀を素早く振りかざして町の連中の端にいた老人をなぎ倒した。 それから…それから もう 口では言えない。 銃は 2丁だけだった。 町の銃だ。 しかし それは 初めの数分で…。 あとは もう ナイフやら 斧やら鉄の棒やら…持ってきたもので水の中でも外でもどっちが町で どっちが村やら分からない乱闘になった。 何なんですか? 一人残らず死んだよ。 一人残らず? 俺は 生きてるよ。顔 見ちゃったわ。 私も生きている。どうして? よその人間は見分けたんだ。 でなければ とっくにやられてた。 警察がいたって事ですか?そうじゃない。 多分だがな。はい。 国を どうにかしたいという思いは同じでもそれだけで仲間同士にはなれない。 長く深い事情があったんだろう。 実を言うと 私は殺し合いの ものすごさにいたたまれなかった。 大騒ぎの中を逃げ出していた。 私も ただ身を潜めるのが いっぱいだった。 気が付くと 夜が明けかけていた。 彼の死体を探したよ。 死体は 50体ぐらいは数えたがあとは もう数えるのはやめた。 彼は いなかった。 しかし 見落としたんじゃないかという思いがず~っと しこりのように長~く残っていた。 それで あんなに激しく あの時…。 私は 根本さんに生きていると言いたかった。 しかし あなたは あのあとずっと 行方が分からなかった。 あんたもな。そう。 でも あなたに会わなければとずっと思っていた。 しかし あの殺し合いを思い出したくなかった。 地球の片隅で小さくなっていたかった。 分かるか?…え? なぜ この話を あんたにしたか。 私は あの日から どこにいてもあの日を振り払えないでいるよ。 はい。 なぜ 殺し合ったかは分からない。 今でも 世界中の あちこちで殺し合いを憎みながら殺し合っている。 自分にも そんな血が流れているんじゃないかと思う事があるよ。 それが どうだ? 誰かれ構わず刺そうとしたあんたがたかが1か月で けろりと忘れて。 「元気になりました。1人で生きていきます」なんて信じられるか? でも 俺…変わりました。変わるもんか。 人間が そう簡単に変わるもんか。 いいじゃないの。 本人が 1人で生きていくって言ってるんだから。 明日にでも出ていくと言いながら一円の金も持ってないだろう? 持ってないだろう?それは その…。 私が貸すとでも思ったのか?…はい。 でも 絶対に返す。倍にもして きっと返すって。 貸すもんか! 誰が貸すもんか! お前は 人を殺そうとした自分をひとつきで忘れるんだ。 「元気です」なんて笑ってるんだ! 軽いんだ! (陽三)根本さん それはいけない。あの日の事と この子の事は全然 違う。 重さも 大きさも 違うでしょ。 殺してもいない。殺したさ。 お前は 俺が止めていなかったら絶対 誰かを刺していた! (陽三)よせよ! 俺が引き受けよう。 あっ 私が引き受けるわ。お金も貸してあげる。 自立するまでうちの2階に住めばいいわ。 根本さん もう言うな。何も言うな。 私が 力になるわ。 (はなをすする音)泣くな 泣くな。 このくらいで いちいち泣くな。 軽いんだ。 軽くて ムカムカする。 もうねもう やめなさいって。 ねっ。 根本さん 時々あんたは 頑固でいけない。 大丈夫。 俺たちがついてる。ついてるわ。 ♪~ じゃあ 次男君今 スナックにいるんですか? そう。 2度頼んだんだけど断られたんでね。 断られたんですか。そう。 だから 向こうから自主的に私たちが引き受けると言うようにしむけた。 しむけたんですか?うん。 私は もう いつ死ぬかもしれない。 どっか お悪いんですか? 万事 衰えてるよ。 大丈夫ですよ元気じゃないですか。 ハハッ 私以外に あいつの相談に乗る人間が必要なんだよ。 余計な心配じゃないかな~。 いや 仮にも 誰かれ構わず刺そうとしたやつだ。 でも 根本さんのおかげで変わったって。 信じたいが 多くの場合人は そう簡単に変わりはしない。 そうなんでしょうか?また 思い詰めた時私以外にも 行き場所があった方がいいと思った。 そんなふうに考えてスナックのお二人を呼んで引き受けると言わせたんですか? 素朴な計略だよ。大人って 怖い。 そう。 怖いんだ。 私は 後始末どころじゃなくあの日の事から 彼の言うように逃げて逃げて逃げまくって生きてきたようなもんだ。 人間は分からないと。みんなが 人間を信じ過ぎているように思えてならない。 のんきすぎるように思えてならない。 その日の事って その国とかどこかの新聞とかに載ったんでしょうか。 多分 載ってない。そうなんですか。 20年ほどして その国の人と偶然 会った事がある。ええ。 雷が落ちて いちどきに 100人ほど死んだという話になっていた。 ひどい…。ああ。 でも そんな めったにない事で人間は怖いなんて一般論にしないで下さい。 ナイフを持った次男の目を見た時私は あの日 刃物を持って浅瀬を歩きだした青年の横顔を思い出した。 止めなければいけない。それは 私の使命だと感じた。 その次男君を スナックのお二人に押しつけていいんですか? ああ知り合いができればいいんだ。 すぐ あいつは帰ってくるよ。 帰ってくるんですか?うん。 あなたと緑ちゃんが会いたがってると言えばやって来るさ。会わせたくないんじゃないですか。 会わせたいさ。だから 会うなと言ったんだ。 そう言えば 燃えるだろう? あきれた。それも計算のうちですか? うん? 仲人は そういうもんだ。 仲人って 何ですか? うん…。 次男と似合いじゃないか。 なんて事 言うんですか。 (香)蹴れる?蹴ってみて。 キック。 せ~の。こっちだ。こっちだ。こっちか。 こっちにも蹴ってよ。 (香)よいしょ!よし! よし。 ジャンプ! うまいね 緑。せ~の! (香)うまい 上手 上手!ほい! 思いっきりだよ 思いっきり。(香)思いっきり せ~の。 ♪~ 足元 足元 足元。気を付けて 気を付けて。 ここはね 段になってるから。 (陽三)ああ はいはいはい。1人で行けるから。 お待ち遠。大丈夫。 俺は大丈夫だから。 頭 頭 頭。 今ね 今ね 次男 こっちに向かってるって 電車だって。 じゃあ 入れ代わりだ。そう 入れ代わり。 はい! はい ビーフシチュー。プラスチックのパックに入ってる。 ビーフシチューを私へ?うん。乗ってから 乗ってから。 ああ ありがとう。人間は いいね! そう。 人間はいい! ああ 人間はいいね ありがとう。 ああっ ああ~!大丈夫 大丈夫。 アハハハハッ! ああ~ ビーフシチュー…。 ビーフシチュー開けたら… あれ?あれ? もれてる。 えっ?ああ これ ひどい。 ひどいな。 こぼれてるよ ねえ こぼれ…。立たないで 立たないで立っちゃ駄目 お客さん。アイタッ。 ああ… はあ~。 人間って… 人間って 痛い。 はあ…。 人間って… 痛い。 痛い。 ♪~