「えいっ!えいっ!えいっ!」 「これっ、疲れる!ねっ!」 「餅つき、って、こんな、だった、かしらっ!?」 私こと暁美ほむら…いわゆる悪魔の方…は今、蒸した米を杵で潰す作業をしている それは『餅をつく』でいいのでは?と思う方もいるだろうけど、残念ながら私はこれが本当に『餅つき』なのか確証が持てていない ーーー 事の発端は、およそ数日前に遡るわ 「クリスマスも終わったことだし、年末までは特別イベントもないわね…」 私ではない暁美ほむらの共犯者が作り上げた、悪魔と化した私と女神になってしまったまどかが(たとえそれがお互いの存在の一部でしかないとしても)共に暮らすことのできる、小さな止まり木のようなこの世界。その一角に彼女…欲望と繁栄を司る神として信仰をその小さな身に受ける当代の『ワルプルギスの夜』が用意した一軒家がある そこで私はまどかと共に、こたつでノンビリとテレビを見ていて 「愛生先輩のオススメしてくれたペンギン島航空隊シリーズも見終わっちゃったし…どこかに遊びに行く?」 そう言いつつ、言葉の割に蜜柑を剥くその様子はどこか面倒げな雰囲気が漂っていて 「まばゆと言えば、そろそろあの子の所属を私に移してもらえないかしら?あの子は本来、私の共犯なのだし」 ひょい、ぱく 彼女の剥き終わった蜜柑を一房、横取りして自らの口に放り込む。うん、甘いわね 「あっ、まぁいいや…そっちは愛生先輩の希望も聞かなきゃだけどね」 なんだか時間が勿体ない気もする一方で、恐らくは宇宙が一巡するまで…それこそ無限にも思えるほどの時間が残されている私たちにとっては一日二日程度の無駄遣いは小さなことで…… ガラガラッ! 「ほむらちゃん!まどかちゃん!餅つきやろー!」 引き戸を開ける音と共に彼女が、観測者さんが飛び込んできた ーーー こうして、私たち3人はこの12月28日という半端なタイミングで餅つきをやることになった…のだけれども 「餅つきって、3人で杵を持って臼を取り囲んで、臼のフチの方の米を潰しながら臼の中心押しやるものだったかしら?」 私の知る限り、餅つきとはもっとこう、1人が杵で米を叩き潰し、もう1人が米の塊をひっくり返す作業…だったはず それとも、よく見るアレはパフォーマンスでしかなく本来はこのように杵に体重をかけてぐいぐいと押しつぶすのが正しいのかしら? 「これは小突きっていう作業で、教えてくれた人によるとこの作業をしっかりやらないと美味しいお餅にならないんだって」 身長的には小学生にも見える彼女が作業に従事する姿はどうにも庇護欲をそそるけれども、それより今は教えてくれた内容が大切だった 「小突き…小の字を使うということは前段階なのよね?」 だとすれば納得がいく。つまり、この小突きが終わった後で行われるのがあのいわゆる『餅つき』だった、というわけね 「うん、ちょうど良い具合になったね」 「じゃあいよいよ…」「餅つき本番だね!」 まどかも私と同じ疑問を抱いていたらしく、ようやくイメージ通りの餅つきができるということに喜んでいる 「こっちも本番なんだけど…まぁ、餅つきといったらアレですよね」 ーーー 「よいしょー!」 まどかが突いて、 「はい!」 観測者さんがひっくり返す 「よいしょー!」「はい!」「よいしょー!」「はい!」「よいしょー!」「はい!」 バチン!バチン!と可愛らしい声に似合わない破裂音が響いて、蒸した米の塊だったものが餅へと作り変えられていく なんだかんだと言っても、このまどかは魔法少女。それも概念的存在、あるいは物理法則そのものにまで昇華した彼女の一端なのだし、振り下ろす杵の力強さもそう考えれば自然ではある …けれども、見た目とのギャップが少しばかり違和感を生んでいるのも確かで… 「はい、」 「…?」 ぼーっと眺めていると、いつの間にか杵を差し出されて 「えっと、次はほむらちゃんの番だよ?」 「えっ、あ…えぇ、そうね」 「じゃあ次、まどかちゃんがひっくり返す番ですね」 観測者さんが今いる場所をまどかに譲り、私の番が始まる 「い、いくわよ。えいっ!」 ぺちん 「「「………」」」 気まずい沈黙が広がる。まどかと観測者さんが私を見て苦笑して、顔を見合わせる 「そうだったね…ほむらちゃん、元々はずっと入院してたんだもんね」 「まぁ安全側に倒すのも間違いではないんですけど…こう、もうちょっと力入れて振り下ろしても大丈夫ですよ」 そう言われても、実際この身体は観測者さんから産まれた特製の逸品だし、そうでなくても今の私は悪魔なのだから…臼や杵を壊してしまいはしないかと不安になる 「…そうね、もう少し、力を入れて振ってみるわ」 「こういうところ、案外気にしますよねほむらちゃん」「そこがいいところなんだけどね」 2人がなにやらコソコソと話しているけれど、内容までは聞こえない。まぁ2人が仲良くしてくれるのは嬉しい反面、なぜだか観測者さんにまどかを取られたような…それかまどかに観測者さんを取られたような、小さな嫉妬心が胸を刺す 「ん…?」 私がため息をつくのと同時に、不思議そうにこちらを見る欲望の神たる彼女の口元が…きっと本人も無意識のうちに弓なりに歪み、舌舐めずりをするのが見えて。我ながら単純だと思うけれど、そのあどけない視線と蠱惑的な唇のギャップに胸がときめいて 「ふぅ……よぉし!」 バチン!! 彼女に良いところを見せたい、という少々不純な動機の混じった杵を振り下ろすと、 「はいっ♪」 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、まどかが楽しそうに餅をひっくり返す 「はあっ!」「はいっ♪」「はあっ!」「はいっ♪」「はあっ!」「はいっ♪」 臼と杵が思ったより頑丈なことに驚きながら、気持ちをぶつけるように振り下ろし続けた ーーー そうして、だいたい出来上がってきた頃に 「じゃあ、最後はわたしですね」 「そうね…任せるわ」 力仕事の火照りに任せて押し倒しそうになるのを抑えて、杵を渡す 「代わるわよ、まどか…まどか?」 そうして次に合いの手役をまどかと代わろうとすると、彼女も少し心ここにあらずといった様子で 「えっ!?あっ、そ、そうだね…」 急に我に返って、慌てて立ち上がったまどか。しかしチラチラと私の横を見ているようで、その目線を追うと…やっぱり彼女の、観測者さんの胸に行き着く 『貴方もなの?まどか…』と私自身を棚に上げてしまっても良かったのだけれども、 「…終わったら、一緒に彼女を…ね」「っ!そ、そうだね…!終わったら…だね!」 私はむしろ、その気持ちを肯定するべきだと思った それこそ、彼女も望んでいることなのだろうし ーーー 「じゃあ…わたし、行きます!とりゃ!」 バチン! 餅が叩かれて、 「はいっ、」 くるっ、 餅がひっくり返る。 「とりゃ!」バチン!叩かれて、 「はいっ、」くるん、ひっくり返る。 「とりゃ!」バチン!「はいっ、」くるん、「とりゃ!」ガキッ!「はいっ、…あれ?」 「と…おっとと」 異音に気づいて杵を止めた彼女が、私の手の中にある異物を覗き込む 白く粘る餅が張り付いているけれど、『それ』は明らかに金色に輝いていて 「えっ、これ…」「…小判?どうしてこんなものが…?」 意味がわからずフリーズする一方で、私の頭がコレに似た話を探り当てる 「わんこのお墓の木を切り倒し、臼を作ってお餅を突けば…」「大判小判がざーくざーくざっくざく…」 私と同時に、花咲か爺さんに思い至ったまどかが私の呟きを引き継いで歌うと 「あー、やっぱりこうなりましたか」 ーーー 「一応言っておくけど、コレは普通に注文した臼と杵ですからね?」 ポチは犠牲になってないし、意地悪な老夫婦も出てこない。ましてや織莉子ちゃんやキリカちゃんは元気だし…とかぶりを振りつつ彼女が説明したところによると 「実は最近たまに起きるんですよこういうの。天井からぶら下がってる靴を引っ張ったらゾロゾロっと次の靴が出てきたり、池にヤブ刈り用の鉈を落としちゃったから池を浚ったら金と銀の鉈まで出てきたり…」 わたしゃ昔話の主人公ですか、と不満げにぼやく様子がなぜだかおかしくて、それでいてなんだか愛おしくて 「ふたりとも笑うなんてひどいです」 ぷい、と頬を膨らませてそっぽを向く彼女を挟み、両側から抱きしめて宥めたりもしつつ 「まぁ、とりあえず食べましょうか」 「うん、そうだね」 「こうして三人でつきたてのお餅を食べられるなんて…改めて夢みたいね」 この幸せを噛みしめながら、呟く私に 「えぇ、ですがこの夢はずっと続くんです。わたしが続けさせます。何といっても、わたしは『ワルプルギスの夜』ですからね」 イタズラっぽく微笑んで応える彼女 後で彼女もいただこうと考えながら、私とまどかは餅を食べ続けた もちろん、私たち二人の分の餅を切り分け続ける観測者さんの口に餅を放り込みながら ーーー 「さて、続きやっちゃいましょうか。なにせ今回は、もち米を三俵用意しましたからね!」 「そんなに食べきれないわよ私たち」