"聞いてオートマタマリア" ──肌寒い風の吹く早朝、とある王国の城の一室に二組の風変わりな面々が集められた。 一方は黒髪黒衣と全身黒ずくめの少女というには身の丈高く2メートルもある勇者イザベラと、 その従者として脇を固めるのはただでさえ小柄なのに腰を落として拳を床につけ歩くのが癖で イザベラの体躯を更に大きく見せることに貢献してしまっているホフゴブリンのブリッグズ。 もう一方はイザベラよりもさらに黒い女性、一見魔物と見まごう容姿の混沌魔術の使い手カオスウィドウ、クアーラ。 クアーラの付き添いに来たピンク色をしたウェーブ髪の一見人間と見まごう魔物の女性、メレンゲ・ビンチョウタン。 この風変わりな四人を集めたのは王国の円卓騎士にして無害なアンデッドたちの住処の開拓者、暗黒卿レイス。 接点のない二組を、というよりもレイスは元々イザベラとクアーラだけを呼んだつもりだったのだが この黒ずくめの女性二人とも人付き合いがあまりに不得手。 付き添いを一人ずつ許可して集めた結果この不思議なメンツが出来上がってしまったのだ。 「早くに集まっていただき感謝します。」 レイスが切り出す。 爵位を持つアーチリッチの落ち着いた喋り口調にうすら寒い風の流れ込む部屋が更に締まる。 「かねてよりお伝えしていたように、この場に集まった皆様には私の遠征に同行して頂きたいのです。 移動は馬車と途中で徒歩に切り替えますが日帰りを予定しています。目的は……。」 レイスがそこまで言うと彼の足元に置いてあった鳥かごがガシャンと物音を立てて跳ねる。 中に収められている薄汚れた人形がかごを蹴破ろうと暴れているようだ。 「目的は彼女の魂を癒し解き放つことです。」 初対面同士の二組があっけに取られた表情のまま互いに顔を見合わせる。 ──馬車、移動中の雑談。 王国の貴族ご用達の大きなゴンドラの馬車に揺られる五人と一体。 背もたれから座面まで広く取られた皮張りのシートは柔らかく沈み、心地よく搭乗者の体を包み込む。 高級なクッションと心地よい馬車の揺れで緊張感が溶けたのかようやく各々の自己紹介が行われる。 「へへ、ご挨拶が遅れちまって申し訳ないこってす。オレはヴリッグズ、石斧のヴリッグズって呼ばれてます。 こちらの勇者イザベラ様の従者として冒険のお共をさせていただいてます。皆様方なにとぞどうぞよろしくお願い致しやす。」 「ぁぅ……ザベラです……。ょろしくお願ぃ、っします……。」 「……エヘ。あの、魔術の学者のクアーラです。……えっと、よろしくお願いします。」 「こんにちは〜ぼくはメレンゲ・ビンチョウタン。ヴリッグズさんイザベラさん、メレンゲでもビンチョウたんでも好きに呼んでね。」 「クアーラのお嬢さんにメレンゲのお嬢さんって呼ばせていただいてもいいんですかい?へへへ。」 「えへへお嬢さんだって〜。照れちゃうねぇクアーラ〜?」 ぎこちなさ半分、円滑半分の自己紹介が済んだところで各々が、特にイザベラとクアーラが同じ思考にたどり着いた。 ヴリッグズが、メレンゲが居なかったら移動時間中の馬車の中でさぞ地獄のような時間を過ごしていたことだろうと。 そんな歪な空気感に内心困惑を覚えたのは恐らく同伴を許可したレイスもわかってのことだったのかもしれない。 見計らったかのように改めてレイスが目的についての話題を切り出す。 「この人形、いや人形に宿っている彼女はどうやら魔物に対して強い憎悪や忌避感を抱えているようなのです。 死霊術を扱う私なら彼女の正体や行動原理がわかるだろうと対話を任されたのですがどうにも上手く行かないもので、 当初私にすら襲い掛かって来たものです。 とはいえこのまま彼女が浮かばれないことがあっては死人領を任されている私の任も全うできないまま……。」 「そ、それと今向かってるところが関係してるんですか?」 「えぇクアーラ。私がこの方面で信頼を置いている人物の元へ向かい指示を仰ぎます。 場合によってはその方と私、混沌魔法を扱える貴女で処置を行うことも視野に入れています。」 「オレたちはレイスの旦那の護衛ってことですかい?」 「そのつもりで声をかけました。貴方とイザベラの実力なら大抵の相手は退けられるはずですから。 もっともただ同伴して貰えるだけならそれに越したことはありませんが。」 「が、がんばろうねヴリッグズ。」 「レイス卿しつもーん。この方面ってことは死霊術の使い手だよね。 レイス卿ぐらい死霊術に精通してるのっていったら魔王軍のネクロマスターぐらいのはずだけど協力して貰えるの?」 「いい着眼点ですねメレンゲ。しかし伝手は魔王軍以外にもあるのです。今向かっているところに居る彼女こそ……。」 ──遺跡、古代文明の遺産。 荒涼な岩場で馬車を降り、大樹の茂る密林の奥へ歩みを進める。次第に視界の端に巨大な石が顔を覗かせてくる。 滑らかに研磨され緻密に掘られた装飾を保ったまま巨石の破片が散り散りに風化した跡が目立つ。 いつの間にかモウ・ホロビータ文明の遺跡、フルイイセーキ遺跡へと足を踏み入れていた。 とりわけ大きい岩で造られた寺院のような建物にレイスの先導で一行は突入する。 レイスやイザベラの身の丈の倍はありそうな入り口を抜け、薄暗い建物の中を慎重に歩いていく。 高い天井に新しい煤の焼き付いた跡が見られる、恐らく相当背の高い人物が松明でも持って入ったのだろう。 建物の奥に天井に煤を付けたと思わしき人物の影と松明の明りが見えてくる。 「お久しぶりです、イルジヤーナ。」 「……レイスか。今度はまた賑やかそうな連中を連れてきて。」 イザベラとヴリッグズを縦に並べても届かないような身の丈の人物が見下ろすように顔を覗かせる。 銀髪にこちらも黒衣で身を固めた長いマズルを持つ犬のような獣人イルジヤーナ、どうやら遺跡の調査をしていたようだった。 「ウン十年ほど前に会ったばかりじゃないか。昔はもうすこし感覚を空けて会いに来ていただろうに。よほどの寂しがりになったと見える。」 「その通りですよイルジヤーナ。私は極度の寂しがりになりました。そして時間の貴重さを学びました。 人間たちにとっては一日だってとても長く短いもの、後悔してもしきれないほど重くのしかかる代物なのですよ。」 「……まぁだ引きずってるのか。いい加減吹っ切れればいいものを。」 「私のことよりお願いがあって参りました。この人形に入り込んだ魂を解き放ち癒しを与えたいのです。」 暴れる人形を鳥かごごとイルジヤーナの前に差し出し見せた途端、イルジヤーナがかごから人形をわしづかみにして引っ張り出す。 「ほぉうこういうタイプは珍しい。大抵もっと人らしい形の器に魂ってもんは入り込むんだが……。 どれ名前を言ってみろ、お前はなぜ暴れているんだ?口じゃなくて魂で話してみろ。」 いささか乱雑に人形を扱いながら質問を詰めかけるイルジヤーナ。 彼女の眼は薄ら冷たく次第に目つきも鋭くなっていく。 「名前は、マリア。魔王軍に身内をやられてその復讐で魔物を片っ端から始末してやると? 嫌な純真無垢さを持った魂だ。私には人も魔物も区別がつかんから教えてほしいもんさ。 人や魔物の違いってなんだ?見てくれか?行動か?無差別に襲い掛かろうとするお前は魔王軍とやらと何が違うのか?」 事情こそあれ、自分勝手な区別とも取れる言い分に苛立ちを覚えるイルジヤーナの質問を受けるうち人形の目からはポロポロと涙がこぼれ落ち始める。 窘めようとしたレイスの肩をぶつかるように退け、イザベラがイルジヤーナの人形を持つ方の手首を猛烈な勢いで握りしめる。 イザベラの表情は普段こそ釣り目気味で怖がられるが今の彼女の目つきは紛れもなく敵意を持ってイルジヤーナに睨みつけている。 「可哀想なこと、しないで、ください……っ!。」 遠目からでもギチギチ……と音が聞こえてきそうなほどイルジヤーナの手首を握り締め上げる。 ほんの一瞬イザベラとイルジヤーナのにらみ合いが行われた後「悪かった。」とイルジヤーナは人形をイザベラに手渡す。 「大人げない真似をした。すまなかったねマリア。私にはただ……人間も魔族とやらも判別つかないしつける気も無いのだよ。 何が目当てで対立し、周りを巻き込んで戦い去っていくのかほとほと理解できなくてね。ついカッとなってしまった。」 「マリアちゃん、もう怖くないよ……!お姉ちゃんが守ってあげるからね……。」 全身でずっぽりと覆う様に人形マリアを抱きしめ指先で優しく髪を梳かすイザベラ。 世間からは様相から魔女とすら呼ばれ恐れられていた彼女だったが まるで王国の教会に飾られている聖女の像を思わせるほど優しく、おおらかな印象をその場に居たもの全員に与えた。 マリアを抱きしめ撫でるイザベラの目はどことなく遠くの何かを見ているようで温かさと同時に映ろげな光を放っていた。 「考え方としては私も同じですよイルジヤーナ。死人領を拓いたのもそれが理由のひとつです。 そしてあなたの元に連れてきた面々もまた私の思想を理解してもらうためにと集めたのですがそもそも理解して貰えるかも雲行きが怪しくなってきました。」 「レイスの旦那……。」 勇者の味方の魔物、人間とも魔物ともつかない様相の女性たち、レイスの理想を体現したような編成。 レイスの後ろでヴリッグズ、クアーラ、メレンゲたちが動向を見守っていた。 ──遺跡、休息の時間。 「乱暴した詫びだ、ここに居る間私がお前の口になろう。」 イルジヤーナの提案で出された案でマリアとの和解は成立しマリアの願いが聞き届けられることとなった。 先ほど同様イザベラに体中で包み込むように抱きしめられたいとのことだったがその意味合いは大きく、明るい方向へと変わった。 時刻は昼過ぎ。マリアの魂を人形からどう解き放つのか頭を寄せ合い会議を進めるレイス、イルジヤーナ、クアーラの三人。 その傍らマリアの相手をするイザベラと見守るように昼食の準備を進めるヴリッグズとメレンゲの姿があった。 「こうやって肉を最初に強火で片面焼いとくんです。ひっくり返したら火を落としてじっくり行くと肉汁たっぷり焼けるんでさ。」 「へぇ〜美味しそう!ぼくも帰ったらクアーラにこうやって焼いてあげよ〜。」 「メ、メレンゲちゃんはクアーラちゃんの身の回りのせ、世話とかしてるんだ。」 「まぁそんなところかなぁ、最初は同じ魔族だと思って話しかけたらどうにも話がかみ合わなくて。しばらくしてお互い魔族と人間って判明したんだよね。 ぼく色々やらかして魔王軍追い出されちゃったから仲良くしてくれてるクアーラの手伝いしてお返ししたいんだよね。」 「美しきかな友情、ってやつですねぇ。メレンゲのお嬢さんもクアーラのお嬢さんもお互い良いお友達に巡り合えたんですねぇ。まるであっしとイザベラ様たちみてぇじゃねぇですかい。」 「ヴ、ヴリッグズもいつもありがとうね。ジュダちゃんにそれに……。」 「それになぁに〜?ぼくにも教えてよ〜?」 真っ赤に紅潮した表情をマリアの胸にうずめて隠すイザベラの様子はまるで思い人に焦がれる思春期の少女の姿そのものだった。 「人に言いにくいことはお人形に話すとすっきりするかもよ?聞いてオートマタマリア〜♪って。」 「あっ、昔そんな歌流行りやりたね。聞いて魔ロエリーナちょっと言いにくいんだけど、って奴でしたっけ。」 「「きいてア魔ロエリーナ ちょっと言いにくいんだけど きいて魔ロエリーナ 夜中についつい食べちゃうの きいてくれてありがと、魔ロエリーナ♪」」 メレンゲとヴリッグズが声を揃えて歌い「さんはい」とイザベラに半ば無茶ぶりを向ける。 とっさのことで混乱したイザベラは紅潮した顔でたどたどしく歌う。そしてマリアの顔をしばし見つめて……。 「マリアちゃんあのね。私クリストくんが好き。恥ずかしくてほ、本人にはまだ言えないけど……いつも守ってくれるクリストくんが好き……なの。」 「お、おぉ……!イザベラちゃんぶっちゃけたね……!」 「やーっと言いましたねぇ。クリストの旦那に聞かせてやりたいもんですぜ。へへ。」 「あっ!あっ!だめ!ヴリッグズ、内緒にしてて!」 調理担当組の賑々しい様子をほほえましく見守る術師組も会議を切り上げ合流する。 「エヘヘ…メレンゲちゃん楽しそう……!」 「レイス、なかなか愉快な連中を連れてきたじゃないか。」 「光栄ですイルジヤーナ。出来れば他にも貴女に会わせたい面々が居たんですよ。」 ──帰路、そして岐路。 昼食を取りながら遺跡や魔術のこと街や人々のことなど各々情報交換を行う面々。 料理もあっという間に平らげられ、日が落ちる前に遺跡を抜け馬車の迎えを待つためにレイス一行は撤退の準備を進める。 馬車が来るところまでイルジヤーナも見送りにと同行する。 「イザベラちょっといいかい。その子、抱っこさせてくれないか。」 イルジヤーナの提案にイザベラの答えを待たずに動き出すマリア。ピョン、と身軽にイザベラの胸元からイルジヤーナの胸元へ飛び移る。 「嫌な印象持たれたまま別れたくないからね。マリア、また縁があったら抱かせてくれよ。」 出会い初めとは打って変わって慈しむようにマリアを抱きしめるイルジヤーナ、その胸元でマリアの目からはらりと滴が一粒こぼれ落ちた。 「あ、あの。ところでマリアちゃんの魂を癒すって件は……。」 「そのことですが拒否されましたよイザベラ。彼女もイルジヤーナの言葉で盲目的に攻撃を仕掛けるのはよくないと感じたそうです。 多少の融通の利く人形の体を使って世界を見て回ってみたいそうですよ。」 「へへへ、それなら街に帰ったらオレが武器を見立ててしんぜますよ。意外と力持ちみたいですからねぇ楽しみですよ。」 「混沌魔術じゃないけどオートマタの魂の成長なんてすごいもの見れたね、メレンゲちゃん帰ったらレポートのお手伝いお願いね。」 「雑用ならぼくに任されよ!」 イルジヤーナに別れをつげ一人ずつ行きに乗って来た馬車のゴンドラに乗り込んでいく。そして……。 「レイス、本当はマリアのことよりもあんた自身答えを求めて私を訪ねて来たんだろう?」 「イルジヤーナ、やはりお見通しでしたか。」 「あれだけアピールされたらね、わかってくれって言ってるようなものじゃないか。いいかいレイス、あんたは岐路に立っている。 思い出に飲み込まれて手の付けられない悪霊になるか、未来を見据えて動くかさ。死人領以外にも出来ることはまだあるんじゃないか?」 「えぇ、私自身未来を見据えた動きをしたいものです。街に帰って明日クリストから話を聞いてからもう少し具体的に考えてみるつもりです。 戦いに疲れた魔族と人類の緩衝地帯の開拓を進めることが出来れば、きっとまた……。」 そこまで言うと静かに首を横に振り改めてイルジヤーナに謝辞と別れの挨拶を告げ馬車で街へと帰って行った。 この日、レイスはクリストにオークの森の調査を依頼しジュダにはマーリンの様子を見に行かせた。 翌日にはみな帰って来て話を聞くことが出来るはず。先を見据えるのはそれからでいい。 柔らかく揺れる馬車の心地にまどろみながらアーチリッチは浅く夢を見た────。