まとめ 四枚目 前提 これは二次創作。本編とは混同しないこと。 二枚目の最終話のコーラップス・タイムループによって時間が巻き戻っている。 設定のブレなどはこれらのタイムループの不具合によって生じた物として処理する。 この世界は治安が悪い。 1が最新の時系列で、パラデウスと戦っている。2から新入社員に近い時系列に変わり、この頃は鉄血と戦っていた頃になる。 G&Kの基地の近くにある大都市の治安は非常に悪化していて、G&Kはどうにか鉄血工造と犯罪者の二正面作戦に対応しなければいけない。 M14の指揮官達はそこに投入された形になる。 登場人物 M14の指揮官……銃と人形が好きで、この頃は調子に乗っている。力を追い求める。 M14……戦術人形。強い。 MDRの指揮官……陰鬱な話をよくする。疲れ切っている。実存的危機に瀕している。FIREの為の資金を望む。 MDR……戦術人形。強い。必要に駆られて真面目そうにしているが、必要でない時はふざける。 女指揮官……RFB、スオミ、PA-15を指揮している。暴力と酒とその他諸々を愛している。内臓が危うい。 M14の指揮官の上司……仕事ができる。暴力と車が大好き。 MDRの指揮官の上司……OBRとQBU-88を指揮している。仕事ができる。精神が危うい。既婚者。 あの指揮官……本編の指揮官に相当。登場するのはまれ。 1 病院。 「内臓の値が悪いですね」医者の人形が呟く。「えー!」M14。 健康診断は副次的な行為。本題は両膝に人形の膂力でベースボールバットが叩きつけられた事。 事後の調査によると、昔のアメリカの木で出来た、うんざりする値段の高級品で、丁寧に手入れされていた物だった。 当然だがこんな使い方は想定されていない製品だ。だがメーカーが訴えようにもとっくの昔に倒産しているだろう。 古き良き世界の残渣。実際はそんなに良くは無かったかもしれないが、少なくとも今の人間がどう取り扱ったかは…… 「膝から下が残っていたのが不思議です」 この通り。 マフィアとの乱闘は過酷な物だったとだけ。 連日の不健康な生活のツケの程度は病院の検査が伝えてくれていた。 わかったよ、改善すればいいんだろ、と言いたいが、どうしろと?仕事は向こうからやってくるってのに。 「指揮官?」「……上の空ですね」「あの!」M14が肩を掴んで揺さぶってきた。 「ねえ、無視しちゃいけませんよ」「あ、そうだ、あなたがたはPMCでしたよね?頼みたい事があるんですが……」 「え?」ここでようやく俺は口を開いた。 ここの病院の院長は、老人という老人のステレオタイプで、要するに死にかけだ。というか、数日前に既に死んでいた。 そのせいで混乱が起こっている。人工関節のリハビリを他の病院でやらなければいけなくなりそうなくらいには。 問題はこの近くのチンピラが病院の薬品倉庫からあれやこれやを盗み出そうとしていると言う噂。 軽装ならパラデウスよりマシだろうと言う事で、上司が勧める始末。 倉庫に来た。 「なあ、俺の休日は?ケガしたら流石に休んでもいいだろ?」「休んじゃダメみたいですよ、指揮官」 「クソ」黙る。話し声と足音が聞こえたからだ。待機してる人形じゃないのはデータリンクでわかる。 「何でこの薬品をこの数盗むことになってんだ?」「あ?どうでもよくね?」男の声が四人分。 膝が痛い……触ってみると、血の感触。傷口が開いたか。開いた二本指の隙間に、男の顔が映った。 「え?」拳を握り、殴る。 「あたしがやるんじゃなかったんですか?」床で伸びてる男の内、二人は俺がやり、もう二人はM14がやった。 今回は俺も戦う必要は無かった事に今更気付いた。 何をやってるんだ、俺は…… 2 レコーダーついてるの?OK……もう始まってるのか。 最初の頃の話をしろと言われても、もう記憶が曖昧なんだ。人形は100%覚えてるのかな?どうだろう。 考えないようにしている事が一つあるんだ。人形が自分が見た物を容量次第で100%覚えられるなら…… 少なくとも他人の恥ずかしい瞬間をセンサーが対応している場の情報空間ごと記憶している筈なんだ。 これってちょっと恐ろしいよな。例えるなら俺があることについて意見を言ったとして……人形が記憶した。 年月が経ったかもしれないし、数分後かもしれない。俺がもう一回その事について意見を聞かれた。 そして正反対の事を言う。 彼女がどういう目で見て来るかちょっと考えたくないよな。軽蔑してるかもしれないし。 ああ、でもこれって今に始まった話じゃないか。長期記憶に優れた人間なら思い出せるだろうし。 あるいはネットとかだったらログを引き出して読めばどうにでもなるだろうしな。 『そういうの、なるようにしかならないと思いますけど……本題に入りませんか?記者さん困惑してますけど』 ああもう、レコーダー止めて。一旦M14と話し合わせてくれ…… 初任給が振り込まれてから数日後。基地。 「それ、雑誌に書いてあった奴ですか?」「いいだろ?」M14。制服風ジャケットのポジションを弄っていた。 俺は新品のレザージャケットを支給品の薄手の防弾ベストの上に羽織っていた。これが初任給の使い道だった。 鉄血とは膠着状態で、こっちはベテランで戦線を維持できたから、治安任務に回されることに。 移動指示の通信が来る。酔っ払いの相手をするのかと思っていたし、上司だってそう思ってただろう。 10万キロを走りぬいた中古の日本車に新人の人形と指揮官を積んで、銀行の近くへ。 建設用の強化外骨格に防弾鋼板を溶接して、ドイツ軍の倉庫から盗まれたMG5で武装した強盗が数人。 「ちょっと待て!?」胴体に向かって薙ぐように撃たれ、左腕に一発。胴体に複数発。目に三発。 フロントガラスで減速した為か、調子に乗ってかけた防弾仕様のサングラスが奇跡的に銃弾を止めた。 M14に車から引き摺り出され、物陰で止血帯を締め付けられる。鎮痛剤を使う。 這う這うの体で指揮を始めて、大量の閃光弾を投げさせ、どうにか鎮圧した。 ジャケットはズタボロになっていた。 3 この中古の営業バンは母国で10万、この国で数キロを走り抜いたらしい。 歴戦の兵であるこの車には、前のユーザーのヤニの臭いがすっかり染みついていて、剥がしようがなかった。 なんとか商事と掠れた日本語で書かれていた、塗装の劣化が始まった車体。 エンジニア上がりの人形にwebカメラで指示を受け、副官のM14にマスキングテープを、俺はローラーを持った。 別に初めてって訳じゃない共同作業は、誰が主だったかもわからないラジオの掠れた音声をバックに行われた。 ムラのある塗装は劣化したそれよりはマシだった。だが車は穴だらけになり、俺は病院送り…… 時間の無駄だったんだろうか?いや、どうだろう。美少女な人形とこういった事をやるのが無意味だとは思わない。 次の車は比較的状態がマシなピックアップで、これも中古車。これには何にも手を付けていなかった。 次の仕事ではどこから流れてきたかもわからないRPGの弾が飛んできて、爆発炎上。 「こいつらは一体どこからこんな武器を手に入れたんだ?」「知りませんよ」 わかっている事は、せっかく新調した車が滅茶苦茶になって、絶体絶命って事だけだった。 市街地。 石造りの橋の更に横、路肩の階段を少し降りたところに俺達は陣取っていた。 車から退避してなんとか遮蔽物に逃げ込んだが、状況は他の指揮官も同じだ。 RPGを複数抱えたテロ屋が噴水付近に陣取っていて、戦場は完全に膠着状態。 俺はタブレットに繋いだドローンの映像を共有して、向こうの出方を探っていた。 「人生に必要な要素が何かわかるか?」隣の指揮官が呟く。こいつは初期の訓練中もこの調子だった。 「セックス?」横の女指揮官。下品だな。「死だ」指揮官。「銃」俺。本心から。 「SDGs?」MDRが呟く。「最後のSは何ですか?」M14。「クソだ」女指揮官が懐から何かを取り出した。 「今の会話でこの場のIQが物凄く下がったわ」PA-15が呟く。 「さっきの単語が持続可能とは、あたしには思えません……」M14。「それ以前の問題でしょ」MDR。 「RFBとスオミにカバーさせる。私が投げたら移動だ」女指揮官。「了解」俺達は準備した。 「スモークだよな?」俺は聞いた。「手榴弾さ」彼女は投げた。 「方向は前ね、ハイハイ……」不本意な突入。これが労働で、これが人生だった。 4 基地! 基地とは?土嚢で囲まれた中に、いくつかの居住区、どこからか持ってきた鉄骨と鋼板で作ったガレージがある。 居住区にしてもテントとコンテナがせいぜいで……端っこの執務室と書かれたコンテナが指揮官の住処だった。 立派な基地は研修までの話で、あれらは指揮官になる前の人間を捕まえる為の疑似餌だったわけだ。 K5が呟いた。「ママ、14階建ての鉄骨造の地下シェルターがある基地はどこ?」 M14が返した。「うちには立派な基地があるでしょう?……誰がママですか!」 顔に唾が飛んできた。「立派じゃないよな」「ねー」「指揮官!」「俺、ヘリアンさんにこの前聞いたんだよ」 場が静まった。 「お前みたいなペーペーの新人に立派な基地を与えられるわけないだろってさ」笑われた。笑うなよ。 「年度予算案もですか?」「年度予算案もだ」「現実って厳しいね」「わかりきった話だろ」仕事の通知が来た。 「あっ私ドローン手作りする作業に戻るから!大事な仕事だからね!仕事はそっちでやってね!」 K5は行った。M14は溜息。 新車が故障しなければいいんだが。故障する前に壊れるかも。 サイドカー付きのバイクで、風が冷たい。防弾ヘルメットを着けているからノーヘルじゃない。 「さっむ」M14が呟いた。「コート着てくりゃ良かったのに」「クローゼットは2キロ先みたいです」 「コート貸すか?」「左腕以外を人工骨に置換したいならいいですよ」撃たれた傷口がまだ痛む。 「……気遣いはありがたいですけど」 市街地。 「なんでここはこんなに治安が悪いんだ?」「失業者が増えてるからかも?」M14が返す。 最近の暴徒はAKを持っているだけじゃなく、防弾加工された強化外骨格を標準装備しているらしい。 人形でも接近戦を挑まれると危ない。パンチやキックだけでもフレームを折られる。 俺は?即死だろう。「外骨格着てくりゃ良かった」「クローゼットは4キロ先みたいです」 「内骨格貸しましょうか?」「それじゃお前、皮だけになっちまうだろ?」「冗談です」笑い。 銃弾がヘルメットに突き刺さり、俺は反撃する。武器はどっちもソ連時代のAKだった。 「初任給をジャケットに使うんじゃなかった」あ、同じタイミングでジャムった。 M14が横から鉄パイプを振り下ろして、暴徒の意識を刈り取った。 5 飲み屋。 「フフ……それで……あの駐車場に止まってるのがそれかい」「ええ」偉そうな雰囲気なこの人は俺の上司だった。 ヘリアンさん達以外にもグリフィンにはお偉いさんがいる。何も人間数人が人形いっぱいを動かしている訳ではない。 上司は小刻みに震えていた。「……マイカーを手にした気分はどうだい」「そりゃもう、最高ですよ」 ローンを組んでピカピカのスポーツカーを買うのは全人類というほどでもないが、人の夢だった。 約6メートルのステンレスの塊、全輪駆動。デッドストックを分割払いで、しかも高級オーディオまでつけてる! M14が口を開いた。「でも趣味悪くないですか?」「そうだねえ、キッチンの冷蔵庫みたいで……」「は?」 「しかも眩しい、なんであんなの選んだんですか……」ステンレス鋼板がネオン色の街を映す。 「……え、カッコよくないのか?」上司はうずくまって呻いた。「好きな人もいるんでしょうね」とM14。 耳鳴り。 起き上がる。手からガラス片を引っこ抜いた。 俺の車が……完全に吹き飛んで……何も無い……「なんて、ことを……」 オーディオも、ローンも、完全に…… バッテリーパックが炎上するなんてのはこの時代には珍しい。だから爆薬を仕掛けられていた事がわかる。 訓練カリキュラムは悲しいくらい身体と心に条件付けをしてくれていて、すぐに適切な位置に着き武器を手に取った。 「何ですかもう、もう何分か指揮官の車を笑おうと思ってたのに」M14が呟いた。「聞こえてるぞ」「えっ、アハハ」 「しかし酷いことするねえ、いくらあんなデザインの車だからって吹き飛ばしていい筈はない」 「それじゃあんたは何に乗ってるんだ……」呟く。「ん、ああ……そうだねえ……私の車が無い?」青ざめる。 数人分の怒声が聞こえてきた。「グリフィンの生き残りがいたらヤるぞ!」「一人も逃すな!」 視線が交錯する。労働を始めて認識した事は、上司は意外と話が分かるって事。心が完全に通じ合っていた。 「訓練は覚えてる?」彼女はMP7を抜く。「体に染みついてる」「何やってるんですか二人共、逃げましょうよ」 「全員始末してからね」上司が撃ち始めた。俺も流れに乗った。時間外労働のボーナスが出ればいいんだが。 「あたし今日オフなんですけど!」M14はここでようやく撃った。 6 G&KのVRトレーニング、模擬作戦システムはやって損は無い。 自分の仕事の腕は上がるし、上司への示しも付く。自分はボスが給料を払うに値する人間だと感じることも出来る。 実際には?聞きたくない。聞きたくないな。 人間なんてのは、口に出さなきゃ考えは皮膚の内側に納まっているものだ。顔には出ているかもしれないが。 「そろそろやめた方がいいんじゃないですか?」天の声が響いた。 悪ふざけMODにいくつかチェックを入れると、M14の声が神聖性を帯びるし、エコーも付く。 しかもパイプオルガンとコーラスもセットになる。 俺は両手を広げ、目を閉じた。視界が血の海と死体から#000000に変わった。 「というか、何ですかこのエフェクトまみれの音声は……」「開発者向けツールキット欄を開けば戻せるぞ」 「あら」いつもの声に戻った。「あ、これ臭い刺激ついてませんね、ちゃんとしたシミュレーションなのに」「待った!」 臭い!! ゴーグルを引き上げると共に袋をひっつかんだ。 「あらまあ、これより酷い臭いを嗅いだことあるはずなのに、繊細過ぎませんか?」 「人間には心の準備がいるんだ」 食堂の椅子には指揮官が伸ばされている。 TVには使わないフィットネス器具に主婦が洗濯物を干している風景が映っていたが、あんなかんじだ。 「クタクタじゃない?」よその基地から来たRFBが言った。もうしばらくしたら他の基地とちょっとした訓練をやる。 「クタクタですね」ランチプレートを指揮官のプレートの横に置いた。 「隣座りますよ」「ああ?」ようやく動いた。しかしまるで注油してない機械だ。 あたしは印刷サバで作ったスシを口に放り込んだ。「それ生臭くない?」「え?おいしいですけど」 「ここの基地のVR訓練はどんな感じ?」「うちの指揮官は設備拡充に気を使ってますけど、そんなに変わらないかも」 指揮官のプレートを二度見した。よくわからない赤と青緑の入り混じったタンパク質っぽいジェル。 「というか、何?」あたしは呟いた。「発注ミスしたコレの在庫処分、押し付けられて俺がしなきゃいけなくってさぁ」 「なにこれ」RFB。よその基地のスプリングフィールドさんが歩いて来た。聞いてみよう。「これ何ですか?」 180度ターンした。 結局アレが何だったのかはわからず終いだった。 7 グリフィン合同VR演習はLANパーティみたいなものだ。この時代、光回線があったとしても高速通信は難しい。 光ファイバーがELIDに噛まれたとか、略奪者が回線を切ったとか、鉄血が破壊工作を仕掛けた……理由は何でも。 あるいはもっと北の方で仕事をする人間もいる。現地に集めた方が手っ取り早い。 ドアを蹴破る、手榴弾を投げ込む、盾と軽機関銃を手にして突入し、側頭部を抜かれた。観戦モード移行。 「2-2ですね」半透明のM14は現状の死亡回数を読み上げる。 死因。屋内を歩いている所、床に置かれた小型カメラを経由し、20mmで壁抜き。胴体ごとコアを抜かれる。 カメラを切り替える。「死ね!」「ア!?」K5はスライドを握り、MDRに弾切れの拳銃を振り下ろした。 「どっちに賭けます?」「MDRで」「K5じゃないんですか?」「銃剣を持ってる方が勝つ」 MDRはボコボコにされた。基地の売店の電子クーポンを手渡した。涙が出る。 「仲間を信用しないからバチが当たるんですよ」 「私の方が……強い!」MDRの野郎。 だが建物が唐突に崩壊した。 RFBが地下構造を丸ごと吹き飛ばしたらしい。 RFBチームが次の試合を始めて、仕掛け爆弾の不足から直接戦闘に移行。残弾ルールなのだ。 次の参加者はS09基地とAR小隊の2チームだった。S09の指揮官は出来る奴らしい。 男女の二人組だとか、顔が見る度に変わるとか、そんな噂もある。 ガスマスクの男がカメラに映る。「ま、待ってくれ!私はモヤシなんだ!」「うるせえ!」 女指揮官が笑いながらバットを振り上げた。その横っ面から四式と一〇〇式が突進した。 銃剣ですらない短刀の腰だめ。物陰に隠れていたらしい。 女指揮官は思いっきり刺されながらも手榴弾を手元から取り出し、人形二人諸共に爆散した。 「クソ、なんて奴だ」もっともな感想だ。40mmが窓から飛んできて、そうしてS09のは見事に爆死した。 ログにはSOP2と書かれている。 残るRFBとスオミは……手榴弾を投げまくって、最終的にAR-15と相打ちになった。 AR-15の武器が破損した所の自爆……迷いのない行動だった。 演習は滞りなく終わり、俺達の得点は下から五番目に確定した。 「クソ、これじゃ俺がまるっきりダメな奴じゃないか……」「そんなときもありますよ……」 8 街。 「君、いいパンツを履いているね」紳士的な声色からは想像できないセンテンスが飛び出した。 あたしはギョッとして振り向いた。スカートの辺りを触ってみたけど、何も無し。タチの悪い広告音声? いや、呼びかけられているのはあたしじゃない。指揮官だ。男が指揮官の前に立っている。 「は……?」「私も同じブランドを履いているんだよ」男は自らの大腿を平手で軽く叩いた。 指揮官はあたしを見る。M14、なんとかしてくれという意図を視線で伝えてきている。 「何年ものかね?」「え……五年?」「いい使い方をしているね。私は十年だが全く質感が違う……職業は?」 何かまずい。「……あの、急になんですか?そういうのいけませんよ!」 「貴様はどうでもいい!服の育成方法を聞いているんだ。職業は?」「何で言わなきゃならん?」 「それもそうか。服を脱げ」男は銃を抜いた。「は?」異口同音。「ジャケットも靴もいらん。パンツを渡すか、死ね」 理解できなくてもやるべきことはある。「あっ!?」あたしは虚空を見る。「何?」男の視線が外れた所を殴った。 指揮官は呆然としていた。「手錠かけて」「え、ああ……」 基地。 こっちはかなり出来がいい。あたし達のは……急場凌ぎだし、ヘリも無い。 競馬中継がTVに映っている中、缶コーヒーを開けた。「例の連続衣類強盗に遭ったのかい?」あたし達の上司。 新聞記事には年齢も性別も違う人間が次々にビンテージ衣類を奪う事例が。あたし達も遭遇した。 「迷惑ですよ」飲む。「ちょっと、無糖じゃないですか」「奢りにケチつける気かい」「気じゃなくてつけてます」 「結構前に履いてた普通の奴なのに、何でいきなり強盗の対象にならなきゃならないんだ」彼は弱ってる。 「転売価格の高騰だって聞くがね。ともかく元気を出しなさいな。缶コーヒー奢ったんだから……」 「エナジードリンクが良かった」「あんたらねえ」飲む。 「……というか、服だぜ?布じゃん」彼。「服は大事ですよ」ジャケットを指で摘まんだ。「そうだそうだ」上司。 「防弾仕様のジャケットならわかるけどさぁ、こんな、何の変哲もない使い古しのパンツじゃん……何でだよ?」 溜息。ベンチから立ち、廊下へ。あたし達は次の仕事をやる事になってるんだけど…… 「あなた、いいジャケットを着てるわね」 背後から声がした。 9 仕事を振られてアクセルを踏んで何時間。車の窓が割れてないのが奇妙な所で…… 事態は市街地戦の様相になりかけていた……んだけど、あたし達が来る頃には終わっちゃってたみたい。 ナイロンとパイプで出来た椅子に皆が座ってた。「遅刻したみたいで嫌だな」「ケガしないだけいいですよ」 「お前ら、魂の存在を信じるか?」今回の作戦指揮官はメンタル男。よそのナガンちゃんが頭と胸をピースで指差した。 「そこになければないんじゃないかのう」この前売店で煙草を番号で言わない客の相手をしてた。かわいそうに。 「んなもんよー」その客というか、女指揮官が口を開く。「タバコ吸って気持ちよくなるだろうが。それが魂よ」 「神経伝達物質で動くフレッシュオートマトンってわけか?」うちの指揮官が近くに寄った。「それよ」メンタル男。 「この人間機械論者ども」誰かが呟いた。「そういう受容体の総体こそ魂って称されるんじゃないの?」PA-15。 「魂なんてねーよ、俺達皆ブツだ」メンタル。「ある!」女指揮官。「ね~配信出来るようなマシな話してよ」MDR。 「人形はどうよ」うちの指揮官が話題を振った。勘弁してください。 「M14、あんたの意見は~?」MDR。「うーん、あたし達って機能的には人間と同じように受け答えしてますけど」 皆の視線。嫌だなーこういうの。「まぁ、記憶をバックアップ出来ます」「それで」「人間とはちょっと違う形かも?」 「俺達って心身一元論的な仕組みで動いてるけどさ、人形が二元論的に動いてるかってのも違くないか」うちの。 「結局メンタルをコアとかで走らせてる以上、ハードに依存する要素は出てくるはずでさ」 ナガンが紙コップに入った茶を啜り始めた。「あたしにもくれませんか?」「はいよ」新しい茶を渡される。 「うーん」考える。「そもそも、あたし戦術人形であって哲学者じゃないんですけど」 ……遠い昔の記憶。 「ま、とりあえず実際にあるかどうかはともかく、よりマシな状態に出来るからあるって事にしとけば」 飲む。「……いいんじゃないでしょうか?皆モノだから何やってもいいって感じになったら、ほら」 「終わるじゃないですか」「それもそうか」うちの指揮官が合わせた。 後は流れでやって、解散というはずが、あたし達はメンタルと二軒目に行くことに。 で、朝帰りは二日酔いから始まった。 10 売店には資格取得用の本が並んでいる。 この列の本はどれもよくわかるが頭についている。フォークリフト。ドローン。ここまではわかる部分。 パラシュートを背負って降下したり、スキューバを背負って潜水したりって、PMCのやる事なんでしょうか。 答えてくれる人はいない。上なら?いや、うちの指揮官は雇われだし、やれる事は暴力と人形指揮だけだ。 でも資格を取得すると昇給の可能性が高まるし、グリフィンを辞めることになっても潰しがきく。やめませんけどね。 ……実はケーブルを剥くのが上手くなりました。イェーイ。 「M14だったわね?」よその基地のバーカウンターに座った時、よその上司と遭遇する確率は結構大きい。 話が分かる人だったらいいけど、危ない人だった時が困る。今回は…… 「何か用ですか?」「訳もなく人に話しかけたい気分なの」危ない時だったかもしれない。 「あ、ちょうどいいから聞きますけど、なんで売店にスカイダイビングの本まで並んでるんでしょうか?」 「世の中には聞かない方がいいこともあるわ」曖昧な笑顔を返される。 「はぁ」「昇給要因としてだけ考えればいいわね」 「質問はあるだろうけど、聞かないでね」釘を刺された。彼女は溜息を吐く。 「愛は信じられる?」「あの、あたし、上司や同僚とうまくいってるかとか」 「交代制よ」仕方ない。あたしはウォッカを飲んだ。「あなたの言う愛って何ですか?」 G&K戦闘手順。まず情報を探れ。 「彼がメディアサービスなら、私がサブスクライバー。金を出し、サービスを提供する。相互にね」 「労働者は資格で価値を示し、会社は比例し支払う額を上げる。そういう流れよ。実体験してるわね?」 「それは……あまりにも冷たすぎると思います」飲む。 「顧客に適切なサービスを提供できなければ、離れていくだけ」 「この世はエネルギーの移動で成り立つ。必然的に抵抗と損失が生じるわ。この世のものは有限よ」 彼女はグラスを置き、溜息を吐く。 「あの、愛ってそういうものじゃないと思います。なにかもっと、利益とかじゃなくって、一緒にいたいかとか」 飲む。「温かみとかで考えるべきなんじゃないでしょうか?というか、今話して、愛を確かめるとか……」 「それもそうね……」彼女は端末を取り出した。 「私よ。ただ話したかっただけ……」 11 一日二日とテロか犯罪と戦いを続けている気がする。毎月か? 「なんか……」「なんか?」M14。返答する前に手榴弾が飛んで来た。何のコメントも無しに、ただ遮蔽物に隠れる。 口を開いた……何て言おうとしてたっけ。「流石に収束手榴弾を投げつけりゃ死ぬだろ……」覗く顔を手で掴む。 「あっ」俺は呟いた。今外骨格着てるから、壁に叩き付けたら流石に即死するわ。ボディブローもそう。えーと…… 男はうめき声と共に放出品のホルスターから拳銃を抜こうとする。ヤバい。膝を前から蹴った。 「あっ」M14。 俺は大急ぎで警察向け外骨格取扱講習を受けることになった。M14はソフト的に調整が効くので、俺だけ。 「最後、なんて言おうとしてましたっけ?」「いや、俺達が戦ってる相手ってさ……」 アシストがかかった状態でソフトな人間を取り扱うチュートリアルをこなしながらの雑談。挽肉製造シミュレーション。 「突き詰めて考えると、無限に出てくるんだから、終わりの無い戦いに挑んでるんじゃないかって……」 「それ、何を指してるんですか?鉄血?」「いや、対テロとか」「そんな事言ったって……」 また失敗した。 試行回数が物を言う……ローポリゴンでちょっとポップにしてあるのが逆に嫌だ。 「だから、人類が続く限りこういう仕事は無くならないだろ?」「食い扶持が尽きないとも考えられますけど」 「それが問題なんだ。社会、人への反感が駆り立ててるとして……社会も人も完璧じゃない」 「うーん」M14は呟く。「社会はヘマを無くしきる事は出来ないし、個人だってそうだ、それで争いが起きる」 「どうすりゃいいんだろうな。終わりなく何やってもクソみたいな衝突が起きるのが運命づけられてるとしたら……」 「K5に聞きましょうか?」 「M14に聞いたら?」アロマ臭のする暗いテントの中で、K5は砂と火の点いた線香のようなものを弄っていた。 「占いが自慢なんでしょう?」「はぁ、フォース使ってモノ浮かせてみようか?」クーポンを渡すと途端に笑顔に。 「クーポンは貰うね」「それで?」「占わない。あなたの指揮官、占いの結果を人生をサボる言い訳に使いそうだから」 「……変に深く考えずに、真面目に仕事し続ければいいと思うよ」何かを俺達に手渡した。 「何これ」「サルミアッキ。スオミから貰ったからあげるね」「えー」 12 「この事を話すべきでしょうか……」「え?」ジャーナリストは興味津々ってツラだ。「うーん、やっぱやめます」 「M14?」指揮官。「聞かないでください。あなたも。別に変なことじゃありません」「気になる事言うなよ」 そう、これは言わなくてもいいかなと思った事だ。だから、言わない。何でかって聞かれても言わない。 それはちょっとした過去の雑談だった。話のタネにしてもいいけど……何か良くない事が起きそうで。 あたしの中にしまっておきましょう。 思い返した上で。 MDRの指揮官はちょっとアレな人なんですけど、上司もかなりキツい人だった。 ひょっとしたらお母さんなんじゃないかって思うくらいには似通ってて、でも血も縁も繋がっていない。 その事が少し恐ろしい。 あたし達と同じように話すし、歩くし、銃を撃つし、平均くらいの顔をしてる。 口を開いたら場の空気を冷凍室みたいにするし、常にあと一歩で持ち合わせてる時間が無くなるって雰囲気を出してる。 一回だけ、指揮官が短期の集中訓練を受けることになった時、指揮官の上司の代打として彼女に指揮された事がある。 それは昔の話で…… QBU-88とOBRがその時のチームメイト。 あたしは指揮官について僅かに話し、彼女らもそうした。 「結構縛りがキツい人かなー」「借金を0にしてくれる手伝いをしてくれたんですけど、制約がついちゃって」 「あなたもそうなんですか?」「いえ、たまたま編入されただけです。今回っきりですね」 ゴミ箱に怪しげな機材を仕込んだり、下水道の中に防護服を着込んで忍び込んだり。 普段と違うスタイリングとメイクをカルカノ姉妹に施されたり。 「質問しないでね」を毎日聞いた。 そういった日々が長い間続き……ある時、ギャング抗争の始まりを告げる新聞紙を見た頃に終わった。 最後の日、あたしは二人で酒を飲んでいた。 「これは命令じゃないんだけど、人形達にいつかがっかりするようなことをして欲しいって願ってるの」 「というと?」「人類に対して、自分で熟考を重ねた上で、相応しいことをして欲しいってね……」「はぁ」 「わからないでしょうね」「わかりませんよ」「それでいいわ」笑い、彼女は紙幣を人差し指でスライドさせる。 「この話の事は忘れて。後は……自分の指揮官を労ってあげなさい」 13 今日からグリフィン情シスのテストが始まるらしい。 あたし達がやるべき事は、指揮官と人形がどれだけマヌケかを確かめる事。 「人類の愚かさの再確認だ」とMDRの指揮官が一言。「私達も人類だよね?」MDR。 「人類の愚かさに人形を巻き込みたくない」「人形もおおむね人類ですよ」とあたし。 あたしとしては、物と言えば物なんですけど、物扱いに巻き込まれてはたまったものじゃないとだけ。 「はい。あたしの指揮官は何をしているんでしょうか。当ててみて」「問題作り?」MDRにキャンディを与える。 「わーい」「拾って来たUSBを会社のPCに刺さないとか、そんな感じだと思いますよ」 ここで通信が入ってきた。『私だよ。声は上げない。静かに聞きな』うちの指揮官の上司だ。 『うちの情シスのテストは知っているだろうが、今回は人形にもやる事をやってもらう』『というと?』 MDRは口をもごもご言わしてる。 『自分の上司がどれだけセキュリティホールを抱え込んでるか試すって事だ。精々頑張るといい』 「食堂の新メニューを確かめに行きましょう」MDRの肩を叩く。 「餌付けされるなよ」「されないよ~」 MDRは真面目な表情で、かつ低い声で呟いた。 「人は欲望に突き動かされる。欲望に突き動かされる人は愚かだ。愚かな人類には破滅が訪れる」声真似だ。 「あなたの所の指揮官っていつもこんな事ばっかり言ってるんですね」とあたし。 03式が時々記録している指揮官語録の中にはあたし達の指揮官のそれも入っている。 業務機密に関わるものは削除されるが、残ったものは希望者が閲覧できるとか。ともかく、そういうことだ。 RFB達の指揮官は社内掲示板で偽の取引のスレッドを立て、誘い込んだところで営巣に送り込んだ。 「こっちはどうやって誘い出しましょうか」「ねー」 「M14の指揮官さまは力の渇望、MDRの指揮官さまは人類種と肉体への嫌悪が強いみたいですね」03式。 『精神の電子化を主張するカルトが活発化しています。市民の皆々様はご注意ください』と食堂のテレビ。 MDRはエスプレッソのカップをテーブルに置き、ウィンクした。 「最終生命とスヴァローグ重工が開発した革新的ソリューション。全身義体とプロテインフリーの精神を実現!送信!」 あたし達は営巣の中の者を哀れむ目で見ていた。 14 あたし、M14は今市街地を散策しています。仕事半分、趣味半分と言ったところでしょうか。 イエローエリアとグリーンエリアの境目ぐらいが現在地です。 「人の仕事を奪いやがって!」「この野郎!」「やめてください!」 まあ、人形が人間に殴られています。しかも複数人がかりで。あまり見ていて気分のいい光景ではありません。 こういう時、民生人形の中には自衛が上手くできない人形がいる事を思い出します。 人間も大して変わらないと言うのも最近わかった事ですが。 まあ、人間が人形に殴られています。新ソ連ではこんな事はよくある話です。今回は罪がある人間でしたが。 今この場に指揮官がいない事は幸運でした。彼は膝を横から蹴る癖があって、とても危険です。 「ありがとうございます!」こんな事をしていて何になるかと言えば、微量の治安維持報酬くらい。 後は権力と人形による暴力行為がニュースで話題になって、その内に食い扶持が怪しくなる事。 法の締め付けも強くなるかも。 「あの……少しあなたにお礼をしたいのですが……」 その時、民生人形が口を開いた。 お礼にどこかに連れて行ってくれるらしく…… 殴った人間は他の人形に押し付け、移動を開始し、数十分。 どれだけ化粧や表面処理を施しても、内側の品質の悪さという物はその内に滲み出てくる。 指揮官のお爺さんが話していた事だそうで。彼は家族についてはあまり話す事はありませんが…… 絶対に話したくないと言う雰囲気ではなく、むしろ単に話す機会がない程度だと言う事が伺えます。 廃墟。トタンに開いた穴。錆。鉄骨。ドラム缶で何かを燃やす音。酷い臭気。 誰かを助けて、お礼にどこかへ連れて行ってもらえる…… そして何かを貰ったりして、老人になっていて…… 日本のパブリックドメインの童話を少し前に読んだことを思い出し、感慨に耽っていた時。 全周センサーを身体中に取り付ける事は指揮官の提案。押し付けられたのはむしろ幸運だったみたいです。 背後からスレッジハンマーが振り下ろされ、柄の方を片手で止める。 「嘘だろ」引っこ抜き、見もせずに……正確には見てるんですけど、頭部を殴りつける。 「皆さん!早い者勝ちです!稼ぎ時ですよ!」人形が叫んだ。 わかっちゃいたんです。 わかっちゃいたんですけど。 ちょっとつらいなあ。 15 爽やかな朝日が降り注ぐ中。 投資会社オフィス前にカソックコートなどを着た集団が詰めかけ、オフィスには間に合わせのバリケードが築かれる。 集団には二種類あり、それぞれ睨み合う。片方はバールを何本か持っている者が、もう片方はバットや燭台など。 不自然に膨らんだコートを着ている人間もいた。 「やってるな」俺。「やってますねー」M14。他の指揮官と人形数人がバンで待機し、俺はドローンで偵察していた。 始まりはこうだ。あるロクサット主義を信奉する教会が投資詐欺に引っかかった。 最終的に人工的な神を作る為に、まずそれを宿す祭器、マイニングリグを作るとか、そんな話だそうで。 宗教色を抜けばよくあるAIスタートアップが引っ掛かるあれやこれやみたいなものなんだが、問題はその色。 一〇世紀ほど遅刻して異端審問が始まり、審問の末に武装化したカルティスト共がやってきた。 投資詐欺を行った奴を捕まえる為にオフィスにやってきた彼らは、偶然そいつらとかち合った。 睨み合いが始まり、俺達はこうして詐欺師をどうにか捕まえる作戦を練っている。 「ロクサット主義ってなんなんだろうな」と俺は呟く。 「見りゃわかるだろ。神頼みさ」女指揮官。MDRが蒼白になり、自分の指揮官の口を塞いだ。 「お願い!後でお寿司奢ってあげるから今日は指揮以外黙ってて!」「年中黙らせな」女指揮官。 「おい!」俺。「ア?文句あるか?」「違う!鼻まで塞いでる!」「あっ!」MDRは手を離した。 「お前ら!」MDRの指揮官が叫んだ途端、ガラスにクラックが入り、その耳たぶが削がれた。 「痛え!畜生」「おっ始まったかい」女指揮官が銃を構えた。 「ヤバい」俺はスライドドアを蹴り破り、他の指揮官の首根っこを掴んで引き摺り降ろした。 「クソ野郎!」「バカ!死ね!」無反動砲で車が吹き飛び、罵声が収まる。 「こっちに投げて!」「何!」「やめろ!」悲鳴。MDRとPA-15に指揮官を外骨格の力で投げつけた。 「後は予定通りに!」「予定って?」M14。「全部即興」「ですよね」 オフィスのドアを蹴り開ける。パーティクラッカーのように飛んでくる拳銃弾をヘルメットで防いだ。 詐欺師の胸倉を掴んだ。「何で生きてる」「うん?」「三つ巴になって対消滅するはずが……クソ!」 まだまだ聞く事がありそうだ。 疲れた。 16 この老人ホームは本当に退役した高官が多い。 老人ホームは本当に老人ホームって意味。決して軍の基地を指している訳じゃありません。 本当に。 「帰ってくれないか?」ベッドの老人があたしの指揮官に語り掛ける。 「俺も帰りたいですよ。でもうちの上司がそれを許してくれないんです」 「下っ端の悲哀かね」「そういう事ですよ。せめて名刺くらいは受け取ってくださいよ」 「嫌だ」「何故です」「君にムカついてるからだ」困惑した顔であたしを見ないでください。 「M14」あたしに声をかける姿を見て、更に機嫌を悪くした。 「気分が悪い。わしが馬車馬のように働いて、あのぎこちない鉄が人に変わる過程を目にしたというのに」 指揮官を制す。貴重な情報だ。 「北蘭島の余波で故郷を追い出され、必死に軍で金を稼ぎ、やっとのことで高級人形を買える金を稼いだというのに」 何か雲行きが変になってきました。と言いたげな目を向けた。 ときどき指揮官と人形に訪れる、不愉快な程感覚が一致する瞬間…… 「不能でさえなければわしも人形のパートナーを得ていたと言うのに!」 「俺にそんな理由でキレないでくれよ……」 「やかましい」震えながら絞り出すように老人は声を上げた。 「あんまりだ。せめてもっとまともな理由で俺に怒ってくれよ。俺の失敗とか、あんたの家族をやっちまったとかさ」 「若者が憎い……!」「やめてくれ!」 こういう風に理不尽な衝突が起きているのを見る時、ときどき人が嫌いになりそうになります。 でも、あたし達人形ってそんな人類の模造品でもあるんですよね…… さて、何もしない訳には行きません。 あたし達のボスが怒ると給料は支払われなくなり、あたしがスクラップにされる時期が早まります。それは避けたい。 持つべきものは人脈です……PA-15を呼び出した。 『うちのがそっちの指揮官怒らせちゃった?』「今回は別件です。製薬会社にツテはありますか?」 『あのねえ』「目標の高官がEDで、人形とデキないせいで指揮官に怒りをぶつけてるんです。助けてください」 『OK』「後で奢ります」通話を切る。「あなたの問題を解決しますから、彼に怒るのをやめてください」 数日後。 問題が解決した後。封筒に入ったUSBと謝罪文が届き、ついでにやつれた彼にボーナスの入った封筒を投げつけた。 17 例によって、グリフィンの人間職員に筋トレブームが到来しています。 彼はテントの中を自分の汗の臭いで充満させています。つまり、ちょっと臭いです。換気しないと。「寒」 「何で皆そんな風になってしまうんでしょうね。重りを上げ下げする事に心血を注ぐようになってしまって……」 「M14!閉めてくれよ!」「やですよ、このままだとこの中完全に汗臭くなりますよ、それ使うの皆ですよ、皆!」 「うるさいな……ヤバイ」バーベルが持ち上げられなくなった。 「前に上に言われてましたよね……戦闘任務に使える体力を残しときな」途中で声真似する。吹き出しかける。 「うっ」バーが傾く。「あっ」流石にあたしも両手で支えた。「……今俺死にかけてた?」あたしは目を逸らした。 本日の教訓。ウェイトトレーニング中の人を変に刺激してはいけません。 基地の食堂とは言っても、大きなテントです。 試しにあたしもプロテインシェイクを飲んでみましたが、粉っぽいのが好きになれません…… K5と指揮官が腕相撲をしています……が、K5の勝ち。「む……」K5が唸る。 そうです、微妙に時間が伸びてきているんです…… たまに人も人形もそう変わりがない事に気付かされますが、その時の気分については言いたくありません。 「自己改良に心血を注ぐようになるのは、あなた達だって例外じゃないわ」と電話越しの声。 「うるさいですね……」「え?」「何でも無いです」今月の明細をチラ見する。目を逸らす。もう一度見る。 視線の先には現実がある。目を背けたいが、身に覚えしかない現実。 「言われるまで聞かないでおくけど、困ったら私に言ってね。隠し事されて見えない地雷になられたら困るから」 「あの、率直すぎても嫌われますよ。自費で体のアップグレードをしているだけです」「使い過ぎと見たわ」 「うるさいですねー……」彼が不安げな目で見てくる。「ともかく、一定の割合で貯金にしていますから」 「そう。でもなるべく本当に困った段階になる前に言いなさい」「わかってます」こっちが切る前に切られた。 窓越しに入ってくる高速走査されるレーザー光は古い自動車の赤外線LIDARによるもので…… 要するに、可視光の幅を広げればいいって事じゃない…… 「うあー」両腕を上げて上体を伸ばすと、「あ゛ー!?」増えた体重で椅子が折れた。 18 ボロボロの中古バイクのサイドカーからゆっくり降りたのは……あたしが太ったから。 というのもあるけど、サスが思いっきり揺れるせいで、指揮官がこけそうになるから。運転にすら難儀しています。 人形は太らない?比喩的表現です。 給料を貰って働くようになった人形の4割が自己改造に熱中しますが、結果はこの通り。 仕事で古いアパートを歩くたびに床が軋んだり、エレベーターに乗る度に重量制限のブザーが鳴ったり。 「あらやだ。食べ過ぎかしら」と同乗した隣のご婦人。本当に申し訳ありません。原因はあたしです。 エレベーターを降りる。「M14、ちょっと言いにくいんだが、そのリュックに何か隠し持ってるか?」 あたしは溜息を吐く。「リュックじゃありませんよ、あたしです」「ええ?」 「アクチュエーターと骨格と皮下組織を総とっかえしたんですけど」端末を弄ってシェアする。 防弾皮下組織のカタログを見せた。タイヤみたいなもので、ゴム層と補強層が組み合わさっている。 しいて言えば、これは普通の皮膚よりもさらに頑丈なモデルだ。 彼はキャッチコピーを読み上げた。 「これは凄い」 そして重い。 今この時も床が軋んでいます。フローリングだから……いや、言い訳は出来ません。 「いくら改造しても、重機関銃や戦車砲で撃たれれば死ぬんだぜ」戦車とはまだ戦った事がありません。 鉄血が持っているマンティコアはある意味戦車でしょうか? 到着しました。 呼び鈴を押す。「すみませーん、ペパロニピザを配達しに来たんですけど」二回押し、次に軽くノックした。 鍵のかかった外開きのドアが内側にひしゃげ、ゆっくりと倒れた。 ピザを配達した覚えはないと答えようとしている男、銃を持った男がその後ろ。唖然とする男があたしの横に。 撃ち合う事になって二分後。あたしは走って入り口に撤退しようとした時、床が抜けた。 「嘘」無反動砲を構えた男が路地に。これはまずい……普段よりも構えるのが遅い。 横から指揮官がその胴体に四発撃つ。狙いが逸れて天井に当たり、爆発する。 床から脚を抜いた時、裸足になっていた。片足だけ靴を履いたまま走った時、恥ずかしくて涙が出てきた。 休日にPMC人形のドレスアップ記事で、頭以外肉抜きカーボンの人形を見た時…… あたしは、もうほどほどでいいなと思いました。 19 「M14、こいつ借りてくよ」「はーい」「助けてくれないか?」「嫌ですよ」 上司が指揮官を研修に連れて行ってしまいました。 何をするか聞いた事はありませんが、以前VR設備と電極パッドと栄養剤の入ったコンテナを運んだ事があります。 しばらく自由行動。場合により他の指揮官の下で働くことに。 幸い、ここ最近は大荒れ模様だった治安も落ち着いて来たので、仕事でもなく街をうろつく事が出来ます。 喫茶店。 このチェーン店は二次元コードを印刷された樹脂で出来たメニューがあったんですが…… 悪意のあるコードが上からシールで貼り付けられたせいで、人形がウイルスに感染、事件を引き起こしました。 注文用サイトへのリンクがすり替えられ、悪意のあるサイトに転送され、端末が汚染される事もあり…… あるいはサーバーがダウンして、そもそも注文することすらできなかったりもしました。あれは不愉快な事態でした。 全国の店舗に注文用端末が送り付けられるまでは、古き良き紙媒体が代替する事に。 割り当てられた席はカウンター席。安い印刷スツールの空席の列に一人の男が座っています。 「注文は?」「あっ、アイスコーヒーのXL?」 不慣れな訳ではなく、ここで人間の従業員を初めて見たので驚いているだけです。以前は人形すらいなかったんですが。 数分食べてる内に男はコーヒーを見つめているだけだと言う事に気付く。 思い詰めてるような雰囲気。目が合った。「飲まないんですか?」無言で飲み、カップを置いた。 「人生について考えた事は?」「はい?」少し考える。何だか本当に思い詰めてる様子だし、聞かないとマズそう…… 「いえ、続けてください」 「玄関にマットが置いてある。それになりきる。報酬は死だけ……」 話は三分ほど続いた。 「こんな話を聞かせてすまなかった」会計を要求すると、店員が来た。あたしはコインを財布から出した。 店員が人質に変わった。 「警察を呼んでくれ」「あたしに殺しの片棒を担がせる気ですか?」「ああ」 「理由は……さっき聞きましたか。でも、協力する事はできません」コインを弾く。男の手に突き刺さり、苦悶する。 武器を奪い、拘束した。 「助けてくれないか?」 「……ごめんなさい。これが助けられる範囲で、あたしに出来る事はこれだけなんです」 20 指揮官の研修が終わるまで、あたし、M14は他の指揮官の所に入る事に。 街では組員数人がIEDで吹き飛ばされたことが原因で始まったギャング抗争が激化していて、大変です。 聞こえるのは銃声とサイレンくらい。「こういう場所を求めてたよ!」とPA-15。 負傷した子供が目に入りました。「こういう場所は求めてないよ……」とPA-15。手当を手伝います。 「スオミはどうしました」今日の担当の女指揮官に聞きました。この人はちょっと素行がひどい。 「あいつなら騒音防止規定の違反で営巣入りだよ」「よくある事ですね……RFBは?」「向こうのビルに張ってる」 視線を向けたビルが爆発しました。指揮官は口を開けてます。RFBは……一時的に退避のステータス。 PA-15が指揮官のちょっと横で発砲すると、空中で爆発。「鉄血のスカウトのコピーにIED括ってるね」 「よし、拳銃組はドローン、ライフル組は狙撃手を警戒で行くよ」素行はともかく、冷静なのが彼女のいい所です。 「誰が直接戦闘をするんですか?」「私さ」ガンスピン。危ないですから、真似しないでください。 真似して欲しくないのは全部です。 K5とPA-15が外を固めて、あたしと女指揮官のツーマンセルで目標のギャングの拠点を襲う事に。 理由はドサクサに紛れて色々漁ってくるように指揮官の上司達から言われているからです。 「あたしは無茶が大好きです」嫌そうに。「よく言った。私も無茶が大好きなんだ」いい笑顔で。 この通り、大変気が合っています。腐っても同じ研修を通った社員なので、軍用戦術人形が出ない限りは勝てます。 横流し品であろう重武装の軍用戦術人形が出てきました。やっぱり勝てるかどうか怪しいです。 「クソ、誰がこんなの流しやがったんだ」と同感のセリフと共に残骸を蹴っ飛ばし、次にドアを蹴っ飛ばして突入。 違法人形のオペレーターをボコボコにして、証拠品を押収している内に…… ……女指揮官の瞳孔が妙に開いている事に気付きました。 デスクの袋がいくつか無くなっているのが視界ログを巻き戻して確認できました。 しかも……ポケットがパンパンに膨らんでいます。 「何をしているんですか?」「天使の取り分さ」 今からあたしとPA-15とでこの指揮官の両手を掴み、社内監査の場に引き摺って行く予定です。 21 あたし、M14は今、MDRの指揮官の所に居候しています。スオミ達の指揮官は厳しい状況にあるので。 市街地。 「俺が一体どうしてこんな奴等を守らなきゃならないのかって思っちまうよ」 空気を抜かれ、生卵を投げつけられ、ミラーを取られ、窓ガラスを割られた社用車を見つめて指揮官が呟きました。 「金の為?」MDR。「身も蓋も無いですね」「でも実際そうじゃん?」端末をクルクル回し……落とした。 指揮官がキャッチ。「どーも」「遊ぶなよ、仕事中だろ」「うるさいなー」 「金を稼いだとして、何の為に人は生きてるんだ……」今日に絞って検索した限りでは、四回この発言をしています。 「楽しく生きる為!」レッカー車が来ました。「徒歩で仕事を継続しろって上から通信が来た」「クソ」嘘でしょ? ギャング以外にもカルティストがうろついていたりするのが現状の世界です。 向こうを見ていると、シーツでも加工して作ったような低品質なローブを着た連中が数人たむろしています。 「人類がより優れたシステムだったら、歴史を繰り返さず済むんじゃないのかって思っちまうね」と指揮官。 「またその話?」MDR。 別に知りたいわけではありませんが、前にも話していたみたいです。 「例えばハイヴマインドのような形なら……俺達はこれ以上争わずに済むんじゃないのか」指揮官。 「野良でゲームやってる時に意識が繋がってたら連携が乱れずに済むのにっては思った事あるけどさー」MDR。 「結局シェアハウスみたいなものですよね?酷い人と一緒だったらうまくいかないかも……」あたし。 「しかし……」 拡声器の声が割り込んだ。 「我々は進化するべきだと思いませんか!集合知性と化すことで、革命的な変化を……」 「めちゃくちゃな事言ってるな」「さっき自分で言ってませんでしたか?」「セリフ取らないでよ!」 野次と生卵が飛び、その中にモロトフと手榴弾が混じる。おっと、あたしよりMDRがシールドを早く使いました。 「向こうお願い」「了解でーす」MDRから手榴弾を投げた男の映ったログを受信。 逃げ惑う群衆の隙間から、指揮官が銃を取り出そうとする一人の暴徒を取り押さえているのが見えました。 十分信頼できる仲間達に背中を任せ、小径に入り込んだ例の男の肩を掴む。 「何!」 「こんにちは!」 拳を振り上げる。 22 指揮官が研修から帰ってくる日にちになり、やつれた指揮官が帰ってきました。 「どうでした?」「ようやく現実に戻ってきたけど、現実もそんなに良くないって事を再確認してる」「悲惨~」 MDR、お願いですから黙っててください。「M14、口に出てるよ」 「不毛なマラソンの末に滅びを体験するのが運命なんだってお前の上司の上司が言ってたぜ、MDR」「ひえ~」 指揮官はそのまま溜息を吐いて、両手で頭を抱えて座り込んでしまいました。 「クソ、納得しか出来ねえ」同じ目線になるまでしゃがみ込んだ。 「人生のマイナス面にだけ目を向ければそうかもしれませんし、結果的には誰もが死ぬのは確かですけど……」 一呼吸。「人生はそれだけじゃないと思います……何もかもが虚無ってことはないと思いますよ。あたしは……」 「何よ、結構いいこと言うじゃんM14?……そういうのどっから学んで来たの?」MDR。 「そう言えばよかったって思う人、いっぱいいますよ。その人達からです」 人形だとしても人生は学びでいっぱいです。数多くの事から学ばされます。時に進んで、時に否応無しに。 「水をくれないか」指揮官が呟いた。 「これが人生さ」MDRの指揮官が全てを諦めた顔で連行されていきました。「よくわかってるわね」とその上司。 「優しくしてあげてよ、繊細なんだから」MDR。「どっちにしても人体の限界を追求するしかないの。悪いわね」 「一体何が目的なんですか?」あたし。「南欧から来た投資家に効果的な研修方法を探る様に言われてるの」 「南欧の誰ですか?」「金をうんと貰ったから忘れたわ」いい笑顔で。「守銭奴!」MDR。 「皆知ってると思うけど、企業ってお金が必要なの。ただでダミー人形を大隊単位で揃えられるとでも思った?」 「何ですかもう、あたしらこの人達がいなくなってる間大変ですよ。なんとかなりませんか?」「ならないわ」 「あ、そうそう。RFBの所の指揮官が行方不明になってるから、見つけたら引き渡してね。彼女も研修予定だから」 バンのスライドドアが閉まった。 「行ったか?」土嚢の近くに垂れ下がったブルーシートから声がして、飛び上がった。 RFBの指揮官が隙間から顔を出しています。 あたしはMDRと目を見合わせ、ケーブルタイで縛り上げ、ライトを点滅させてバンに信号を送りました。 23 指揮官達はレベルアップして帰ってきましたが、代償は物凄い疲労みたいです…… 色々話している内にMDRの皮を剥がしたがっているサイコファンの女が基地に押し入ったりもしました。 いつもの日常が戻ってきそうです。 戻ってきませんでした。 あたしの指揮官はトイレの中で呻いていますし、MDRの指揮官はぶつぶつ言いながらグルグル回ってます。 「お前達の励まし方はぜんぶ間違ってる!ロールモデルを押し付けてるみたいで、腹立たしいわ!」 OK。 「私が人生がクソだって言ったらあんたは人生はクソじゃないって言う!それでいいの!?M14!」 ええと…… 「MDRも!人に寄り添ってやるってのはねえ!そういうんじゃないんだよ!苦しみの根源を直視しなさいよ!」 あの、そこにあたしはいません。MDRもいません。ツーショットの求人ポスターにRFBの指揮官が叫んでいます。 「……こんな奴が首根っこ掴んでるなら、わたしは……わたしは、MDRにならなくてもいいかな……」 彼女は、その……問題のサイコファンです。ナイフを持ってましたが、冷静になってくれたみたいです。 「誰か紙をくれないか」彼。「神……神なんてのはなぁ……責任が……」MDRの指揮官。 「グリフィンってこんなヤバい人ばかりだったの?」ファンの女。「違うと思います!……K5!説明してください!」 「私達植物園にキノコ狩りに行ってきたんだけどね。キノコを持ち帰れるサービスがあって……」 「M14!紙をくれよ!」「WA2000が間違ったキノコを持ち帰ってしまったの」 「どんなキノコ?」「酷い幻覚作用がある奴」「MDR!撮影しないでって言ったでしょ!」 「誰か紙をこっちに投げてくれないか?……この触手は何だ?」「チクショウ、この世界を作った責任を取らせてやる」 事態を収拾しなければなりません。「おい!助けてくれよ!M14!首に巻き付いてくる!」 紙を個室に投げ入れました。「今必要なのは銃だよ!」「錯乱してる人に?冗談でしょ」 「借りるぞ」「あっ!」MDRが指揮官に銃を奪われました。水を流す音。ドアが開く。 銃声。 「俺は……神を仕留めたぞ!」「このイカレ男!今撃ったのはあたしの指揮官だぞ!」 「……医療班呼ぼっか?」MDRが一呼吸置いて聞いて来た。 そうしましょう。 24 あたしはレッドエリアに向かって前進しています。東欧の廃工場が目的地です。 「すごい!あたしの指揮官を殺しかけた人間に指揮されて、あたしはこんな危険で誰もやりたくない仕事をしています」 実際には情報酌量の余地はあります。毒で錯乱していた、というのがそれです。でも、何も言いたくない訳じゃない。 何も言わないのが大人のやる事です。今のあたしは……これに反しています。 「すまない」顔が見えない強化外骨格のスピーカーからでも、MDRの指揮官が落ち込んでいるのは伝わります。 「はぁ、言い過ぎました」MDRは火器取扱研修へ。RFBの指揮官は元々内臓がアレなのがさらにやられて、病院に。 本当はこの人も営巣にいるはずでしたが、レッドエリアに逃げた重要なターゲットを確保させる必要があるらしく。 人間の指揮を保険として確保したいが、貴重と言えなくもない人材を汚染で消費する確率を上げたくない。 人材の貴重さが格下げされたので……という流れです。 「見ろ、巡礼者だ。もうじきELIDになる」示す先にはローブの人間達。ターゲットはこれらの原因とされています。 スオミがラジオをつけました。 「狂信者の宣伝ばかりじゃないの」K5。今回のターゲットの教義。ロクサット主義の宣伝。ブラックメタル! 「指揮官権限で音量はここまで」スオミの目が冷たくなりましたが、他の人形は話が分かると言いたげです。 「ターゲットはリコーラップス転写による世界線シフトとか言うのを教義に掲げてるんだったな」と指揮官。 「レッドエリアに巡礼者が集まったりしているのはそのせいですか?」「巡礼よりかは、精神的通信強度の問題らしい」 視線の先、巡礼者が倒れました。その内ELIDになりますが、「弾を無駄にするなよ」という指示。 「俺としちゃ、今ここにいる俺の記憶を都合のいい世界の俺にペーストした所で、何にも変わらんと思うがね……」 「今よりクソみたいな記憶を植えられたあなたが出来て、苦痛の総量はむしろ増えてますね」「わかってるじゃないか」 K5に話を振った。「どう思います?」「……他の世界線の今より幸せな自分の事、許せる?」 「許すも何も、他人じゃないですか?」スオミ。「例えばここで自由にメタルを聞いてるあなた」スオミは肩を竦めた。 「ま、この世はなるようにしかならないでしょうね」あたし。 数分。 「プランD!クソ!」指揮官が叫び、大急ぎで車を乗り捨てる。 数分で部隊が分断された。敵はプロでした。イエローエリアの境目で集めた火器で武装した人形達。洗練された技量。 生きているのは相手が違法改造の民生品と、軍用装備を持っていない人間だからにすぎません。 敵のドクトリンには親近感を感じます。何故でしょうか?ともかく、前進します。 壁には擦れたペイント。獅子と蛇と人の混合物。獅子は弊社に飾られていたマークに近い?光により、リンクを確立? ……判読不能。 背後からの銃声。40mmか?反撃を試みるが、強烈なEMPと破片で…… 再起動する。感覚が戻る。縛られている事に気付く。 「こんにちは。アタシ」「ありえない」同じ顔……「彼が来たら準備は完了です。お疲れさまでした」「何者ですか?」 「廃棄されたあなたの同型機に、リコーラップス通信で転写された2120年のアタシです。未来の自分と会った気分は?」 「あまりいい気分とは言えませんね」「すぐに良くなりますよ」「何故?」「ここから出ていくから」 皮膚を剥がし、端子を露出させられ、有線接続させられ……やめて。 大量の映像と画像とテキストが感情混じりに詰め込まれて……凄く気分が悪い。 人のメンタルコアになんて事を……クソ!でも、事情はわかりました。 彼女がバグったガラクタでなければ『ちょっと』黙れ!こんな『落ち着いて。あなたを怒らせるつもりはありません』 ケーブルを抜こうと試みる。「ダメです。アタシを移せないじゃないですか」「説明だけで十分です!」 一呼吸。「そちらの世界線では指揮官が死んで、あたしの指揮官を呼び出して、あたしと一体化した存在になって……」 「ここに来たのと同様の原理で、この世界から脱出しようって事ですか?」「そうです」皮肉なくらいそっくりな笑顔! 「一緒に幸せになりましょう。観測された世界線にアタシと彼をアップロードすれば、それで終わります」「クソ!」 数分前の会話を思い出す。「呪われた部分を押し付けて何になるって言うんですか!?」悲しそうな表情。 「無関係な奴らは、無関係な奴らで十分です!記憶すら!」「そう、意見の相違ですね。彼にも聞きましょう。統合後に」 ドアが開いた。「やっと……は?誰」銃声。 「撃って良かったか?」 「……最良のタイミングです」 追記 外に出ると、このエリアに相応しくない朝日が見えた。 『ハロー』声を出す事は出来なかった。 『おおっと。発声系統に細工をさせていただきました』『死ぬのを確信した気分です』 『別にあなたを傷つけるつもりはありません。最後にちょっと言いたい事があります』 『何ですか?』『天国の扉について考えたことはありますか?この地獄の……出口です』 『あたしすら長い時が経ったら横に立ってるののように変な事言うようになるんですか?勘弁してくださいよ』 『せめて大切な人の同位体は連れて行きたかったのに』『気持ちはわかりますが、勝敗は決しました。もう終わりです』 『はぁ』『溜息を吐きたいのはあたしです』『……昔あの人が言ってました』『うっ、長話ですか?』 『俺が昔住んでたアパートには色々投函されてたが、必要なのはピザ屋のチラシだけだった。必要無きゃ燃えるゴミだ』 『人は自らが求める物しか受け取る事は出来ないんだよ。欲しくなくても受け取らざるを得ない物を除けばな』 あの人の言いそうな事です。 『アタシは理解しました。時間が経ったらあなたも理解するかもしれませんが、理解しない事を望みます』 『さぁ、自分の勝利に誇りを持ちなさい。無限の可能性を装った悪夢が待っていますが、それを求めていたんでしょ?』 『クソ女』『長生きしすぎた女はいずれそうなるんですよ。ま、精々頑張ってください。アタシはこれで消えます』 『どういう事?』『アタシはあなたに嘘を言っていません。言わなくても理解できると思いますが?』 『せめて罪を償うとか!さんざん引っ掻き回しといて消えるとか、死んでもいないのに死に逃げしないでください!』 『ねえアタシ。あるはずの無い物がそこにあって、最悪の事態が引き起こされた例はいくつもありますよね?』 『遺跡……』『そういう事です』 『機材はアタシが死んだ時点で自己破壊するように設計してありますし、あなたの記憶も少し取り除きます』 プログレスバーが表示された。 『あなたはイカれたカルティストのリーダーを殺しました。彼女の言う事は全て妄言。これでいいんです』 『待って!』 『ああそうそう。自分の好きな男くらいは生かせるようになってください。これだけは絶対に覚えておいてください』 「おい、大丈夫か?」「いや、どうでしょう……」 記憶が、変です…… あとがき 異世界転生と連続性について考えていたが、魂などの無形の概念による連続性の保証がなければあんまり楽しいことにはならないだろうなと感じただけに終わった。それはそれとして最終話の材料に使った。 あまり幸福などを追求しすぎても、そもそもその場の使用可能な資源の問題や決定論的な初期配置の問題だとかがあるだろうし、受容やどうしようもない事をわかった上でほどよくやる姿勢とかが大事なのかもしれない。 そうは言っても人間の精神はそう物分かりがいいようには出来ていないから困るんだろうが。 最終話について 例えば難病にかかった人間だとして、臓器移植をすれば治療できると言われたとする。 自動車事故に遭った死んだ人間から移植されるならともかく、生きてる人間を加工してなんとかしようと言われたら、「おいおい、ちょっと待てよ」と言いたくなるはずで、形は違うが多分そういう事だ。 その他 最初のM14の最終話で、実は崩壊爆弾を爆発させて世界を消し飛ばそうとしていたが、やめてまとめ二枚目の今の形になった。