言葉はなく、しかし雄弁なる決闘。 カードという名の信念を声なき声としてぶつかり合う死闘は、サーの敗北によって幕を閉じた。 蒸気によるビジョンは消え失せ、また決闘の様子を街中に伝えていた投影も止まった。 最後にして最大の一撃であったにも関わらず、彼は霧散していく蒸気の中から立ち上がった。 「おめでとう。君の勝ちだ。君という…正義の勝利だ」 彼は己の負った傷などおくびにも出さずに、拍手さえして見せた。 「それで?君は決闘の敗者に何を望む?」 「少なくとも私が君なら、迷わず目の前の理不尽たる巨悪を塔から突き落とす選択をするだろうがね」 彼はおどけているようでいて、冗談には聞こえない提案をした。 …幾ばくかの間を置いて、少女は合成音声で言葉を紡ぎ始めた。 『互いの合意の上行われた決闘の元、決着は付きました‥‥貴方には、自首を要求します。』 「ほう…それはまた…」 彼女の言葉を受けて初めて、彼に幾ばくかの驚きが見られた。 『死は…あなたの逃げ道でしかない。真実をみすみす葬らせるような真似はさせません』 『また、この事件が終わるまでの一時同行と、事態の収拾後、事件を起こすに至るまでの動機を‥‥真実を語ってください』 決闘の勝者として彼女が求めたのは真実だった。 報復ではなく、真実を。 「なるほど、全て…お見通しという訳か」 そして虚構者にとって、真実を語る事こそが最も重い罰である事は明白だった。 「だが、この街に私を消したい者はいくらでも居るぞ?」 『決闘法‥‥決闘の結果、私が決めた先程の内容に対し、他者‥‥例え公団でも、介入する事はさせません。口封じだってさせない。全部話して貰います。だから、まずはこの事件を終わらせます‥‥協力して貰いますよ?』 機械越しでも、彼女の言葉は気迫を帯びていた。 「決闘法…その下にある限り、敗者の務めを全うする他ないか」 「《現時刻を以て、全部隊は武装を解除、投降せよ》」 彼は蒸気通信機を通して、麾下の部隊全てに指示を伝達した。 そして徐ろに、彼は懐中時計を取り出した。先の決闘での激しい応酬によってカバーのガラスは割れているが、辛うじて針は正午を指している事が分かった。 「とは言えまあ、私が協力するまでもなさそうだ」 「爆弾の謎は既に解かれている。となれば、恐らくこのタワーに詳しい所長殿も解放されていることだろう。折角だ、少し話でもしよう」 『真実を話すつもりなら取調室で伺います』 「いや…そうではない。真実とは別に、君の勝利が何を意味するかについてをな。何故私が決闘を方法として選んだか分かるか?」 『何が言いたいのですか?』 恐らく、彼女にとって思いがけぬ問いかけだった。 「誰もが知るように、決闘法の成り立ちは…平民から貴族への具申の権利であったが…その本意は意見の封殺にあった。 無論、今日においても決闘は多くの物を勝ち取る事を可能とするが、それでもまだ身分や権威という溝は埋めがたく、真の自由を手にするには至っていない」 「だからこそ私は決闘法に前例を必要とした。万人が身分を問わず万人に対して争い、己の理想を勝ち取る物としての前例がね」 「君は、表向きは市井の人間でありながら、私という権威ある巨悪の野望を決闘によって打ち砕いた。 それも蒸気映写によって全シティに放映されている中で。君は紛れもなく、勝利によって決闘の力を証明したと言える」 「この勝利に釣られた、飢えた獣達を野に放つ事が出来たのなら…決闘という純粋な力によって全てを決める事を人々が選び、この都市の支配構造が破壊され、混沌が訪れるのなら…それもまた私の望む破壊が取る一形態だと言える」 彼はやがて到来する未来を確信し、勝ち誇っているように見えた。 『あなたの望む混沌が訪れるほど、人は愚かではありません』 「無論、そうなるかは君達次第だ。私は、君達の足掻きを見物させてもらうとするよ」 最後に、彼は眼下のシティを眺望し、恭しくお辞儀をした。そして踵を返し、舞台を去るのだった。 斯くして、タブラナルシティを大きく揺るがさんとした僅か6時間に渡る事件は、首謀者たるサー・メタラジーの投降によって幕を下ろした。 人的、物的被害共に未然に防がれた完勝とも言える幕引きだったが、質量を持った蒸気映写(ソリッド・スチーム・ビジョン)の技術、未だ都市中に敷設されたまま残っている爆弾など、彼が遺した爪痕は、癒えるのに時間を要する事だろう。