勇者から魔物が村を守る話 1.女将と魔物 「ギャハハハ!おい女ども!酒をもってこい!この村一番の上等なやつだ!!」 カウトク村の酒場に、大男の下品な叫び声が木霊している。 ドアが開いた。 「あん?おい金魚野郎!この酒場は貸し切りなんだ!出ていきな!」 威勢よく啖呵を切る大男。入ってきた男は、魚人であった。 魚人は写真を出す。 「取り込み中すまない。この男を知らないか?」 間髪入れず魚人を襲う、大男の拳。 「貸し切りっつってんだろうが!ダボ金魚!」 しかし、大男の拳は空を切った。"たしかに真芯を捉えたかのように見えたのに"、空を切ったのである。 目を見開く大男。その顔面に、魚人の拳がめり込む。 「やれやれ、情報なし…か」 気絶する男を見て、吐き捨てる魚人。 その背中に、酒場の女将が語りかける。 「やれやれ、どうすんのさ魚の兄さん。うちの用心棒をノしてくれちゃって。アンタ名前は?」 魚人は答える。 「俺はサギハン。この男を探している…魔物だ」 「魔物!?」「やはり…」騒ぐ男の取り巻きや酒場のスタッフたち。 眉一つ動かさず、女将が答える。 「その男かい。知ってるよ」 目を丸くしながら「本当か?」と問うサギハン。 「ああ、本当さ。その男と会って、何をしたいんだい?」 「強き者との戦い。俺の目的はそれだけだ」 女将の口角が、上がる。 「うちの用心棒をノしちまった弁償と、あんたの目的。同時に叶えてやるよ」 2.ウェイトレスと少年 カウトク村の酒場でモップ掛けをするサギハン。 そこに、胸の大きなウェイトレスが話しかける。 「サギハン、お前のこと気に入っちゃったぜ!」 一瞥してからモップ掛けを続けるサギハン 胸の大きなウェイトレスに、少年が話しかける。 「や…やめなよ…アンナ…」 メイと呼ばれた女性は「大丈夫。怖くないぜ、ジョウ。少なくともアイツよりマシだ」と言うと、続ける。 「アイツさあ、やめろっつっても無理矢理乳を揉んで来んの。お前がぶっ倒した日になんか、パンツにまで手を入れようとしてきてさ。スカッとしたぜ正直」 サギハンはモップがけをしながら答える。 「すまなかったな」 「気にすんな。お前がぶっ倒してなきゃあ、アタシがぶっ倒してたんだ。感謝を言いに来たんだぜ!」 さりげなくサギハンの横に近づいていたアンナが、サギハンの背中をバシバシ叩いた。 サギハンは、少し呆れたように言う。 「アンナ、お前は魔物が怖くないんだな」 アンナは声を低くして言う 「怖いさ。そして、憎い。アタシもジョウも、故郷の村を魔王軍に焼かれた」 サギハンは、目を合わせずに「…そうか」と返す。 「だけどさ、感謝もしてるんだ。変な話だけどさ。魔王軍に襲われる前、盗賊に襲われててさ、アタシは奴隷にされてたし、ジョウだってヘンタイのところに売られた。どっちが魔物かなんてわかったもんじゃなかった。故郷は盗賊の支配下だったよ……」 サギハンはモップがけを続ける。アンナは再度サギハンの背中をバシバシと叩く。 「魔王軍が故郷を焼いた時、それを追って来たナイトブレイブとかいう魔物なんだか人間なんだかよくわからん勇者に救われてさ。あたしたち、人間に戻れたんだ。あのまま魔王軍が来なかったら、どうなってたんだろうね。結局人間も魔物も、良い悪いは人それぞれって学んで、ちょっとかしこくなったわけよ……」 「そうか」そっけなく答えるサギハン。モップを片付け、机を並べ始める。「手伝うぜ?」と言うアンナに「いい」とだけ答えた。 3.酒場と魔物 「ママ…こいつは」「魚人なんて初めて見たぜ」「安全…だよな…?」 どよめく酒場の常連たち。常連たちが怯えながら見ているのは、腕組みをして仁王立ちをする魚人だ。女将が怒鳴る。 「こいつはサギハン!この私、バーバラ自らが雇った新しい用心棒だ!魚臭いがいい男さ!気にいらないなら出ていきな!」 「はいぃ!」と、ママに怯え普段通りに注文を始める常連たち。バーバラは言う。 「悪いね。気にしないでおくれ。気のいいやつらなんだけど、やっぱり戦争中だからさ。魔物に怯えたりするのは仕方がないことさ」 「気にしていない。ただ、俺のせいでこの酒場が差別されたり売上が下がるようなことはないのか?」 バーバラは悲しそうな顔で、答える。 「そうか…あんた、その写真の男のこと、詳しく知らないんだね。店じまいのあと、詳しく話していいかい?」 「頼む」 アンナが叫ぶ「ママ!色男と話し込んでねえで、こっち手伝ってくれよ!パンクしちまうぜ!!」 閉店した酒場に、サギハンとバーバラが座っている。 バーバラがカランカランと音を立てて酒を飲む 「この村にはさ、もうこの村と心中する覚悟を持ったやつしかいないのよ」 サギハンは訝しげに聞く。 「なんでだ?」 サギハンが訝しんだ理由は、サギハンが探している男が、『勇者』だからである。 「拳闘勇者ガングル…有名な勇者さ。アンタ、本当に何も知らないんだね。魔物だから仕方ない…いや、今のは他意はないわ。ごめんなさい」 「気にしていない。それより、ガングルという男は、最高の『武』と最高の『勇』を持った男だと聞いている」 アハハ!と笑うバーバラ。 「最悪の『武』と最低の『心』を持ったゲスがガングルさ。あいつ、エビルソードに負けて以来、魔物が怖くなっちまった!魔物が怖くなっちまったから、野盗に成り下がった! 村々を襲っては略奪・強姦・殺人!この世の考えられる悪事を全部やっていきやがる!だからこの村には『村を守るためなら死ぬ気の男』と『この村にしか居場所がない女』しか残っちゃいない!! ナイトブレイブ!?ユイリア!?ウサフリード!?カケル!?ドアン・セス!?エクレール!!?正義の勇者様たちはみーんな『魔王軍』におネツさ!人間から人間を守ってくれる勇者なんていやしない! だから死ぬんだ!私達みーんな、ガングルと戦って死ぬんだよ!」 抱きつきながら叫ぶバーバラに、サギハンは問う。 「だから、魔物を用心棒として雇うのか」 「そう。ガングルの進行ルートを聞いたんだ。数日前、ある予言者からね。この村にヤツは来るって数ヶ月後に。必ずね。どうしたらいいか聞いたのに…あの予言者ったら「絶対いい展開になるから大丈夫。 ※鳥肌注意※」としか答えやしなかった……。どうせ他人事さ。でもそいつがただの与太話を話すキグルイならいいんだ。ただ、そいつの予言したことはことごとく当たってる。この村に来るのも確実だろうね」 サギハンは、酒を一気に飲み干すと答える。 「俺は強い奴と戦いたい。ただそれだけだ」 黙ってサギハンの横顔を見つめながら、バーバラが甘い声で呟く。 「ねえ……抱いてよ。お魚さん」 サギハンが笑う。 「フッ、悪いが卵生だ」 「女将が酔いつぶれてどうする…」と言いながら酒場を出るサギハンの後ろ姿に、バーバラが声を張り上げる。 「下半身が人間の魚人が卵生なわけないでしょ!」 村の近くで、修行のために大岩を何度も殴るサギハン。 「拳闘勇者ガングル…我が宿敵(とも)の前に敗れ、心まで折れたか…」 大岩を砕くサギハン。 「『武』まで折れていないことを祈る。強き者との戦いのために!」 4.少年と魔物 「サギハンはいつも修行してるねえ」 大木を背負いスクワットを続けるサギハンに、少年ジョウが言う。数日が経過し、サギハンもすっかり村に馴染んだ。 「強くなるためにな」 「ねえサギハン、ボクも強くなれるかな?アンナ姉ちゃんのことも守ってあげられるくらい、強くなれるかな?」 スクワットを続けるサギハン 「さあな…姉弟なのか?」 「血は繋がってないけど…姉弟みたいなものさ。同じ故郷、ビタホロ村出身の姉弟!」 「……」 「身寄りのない僕達を引き取ってくれたバーバラは、血が繋がってないお母さん!」 「そうか」 「ねえ、サギハン。ボクに戦い方を教えてよ。ボクさ、ボク達のために傷だらけになりながら戦った勇者……ナイトブレイブに約束したんだ。大切な人を守れる男になるって。 僕達を助けてくれたナイトブレイブも「約束だ。誰かを守るために強くなりたいと夢を見る少年いいよね……」って言いながら、頭を撫でてくれたんだ。傷だらけだったからか……凄く息が荒かったけど……!」 サギハンは少し考えながらスクワットを続けると、「空のボトルを持って来い」と指示した。 「……?うん!」と答え駆け出すジョウ。サギハンはスクワットを続けながら、その姿を見送った。 数日が経過した。すっかりジョウは、サギハンと共に修行するようになっていた。 「波紋……拳!!」 空のボトル目掛け、両手を開くジョウ。 「コ魔ンドを意識するんだ。背中に大岩を乗せたサギハンが、指立て伏せをしながら言う」 「コ魔ンド……難しいよ。師匠」 「おさらいするぞ。気弾を飛ばす技……波紋拳の基本は、まずは丸い"気"を頭に描く。その気を真下に動かす意識をする。難しければ、体ごとしゃがんでもいい。その後、標的側の向きの真横にそれを動かすように意識をしながら、真横になった瞬間にパンチをする心持ちで手のひらを突き出す。それだけだ」 ジョウは何度か繰り返して、また泣き言を言う。 「パンチを出すつもりで両手のひらを突き出すっていうのが、とっても難しいよ!」 フフッと笑うサギハン 「見ている限り、気のコントロールは日に日に上達している。出るのは時間の問題だぞ。そのまま頑張れ。苦しみながらな」 肉体の限界が来ながらも何度も何度も反復練習を続けながらジョウが嘆く。 「やっぱり師匠は……魔物だよ!」 5.元聖騎士と魔物 「なあ兄ちゃん。初日はすまねえな。気が動転しちまって」 男が、用心棒の仕事をしているサギハンに話しかける。 「気にしていない」 「村を守るためにあんたが修行してくれてんのは知ってるし見てる。あんたも命がけなんだよな…」 眉間にシワをよせ、サギハンが返す。 「……いや?」 眉間にシワをよせ、男も返す。 「……じゃあなんで、あんな過酷な修行をしてるんだよ」 「日課だ」 「日課!?」 「日課。」 少し無言になり、持っていたジョッキを見せる男。 「……これは?」 「……ふぅ。それはブラックニッカ」 「ギャハハ!ノリいいじゃねえか魚人の兄ちゃん!!」 男がサギハンの背中をバシバシ叩く。 「ぶっ飛ばされても知らないぜ!」と声をかけるアンナ。 男は焦る。「悪い悪い。日課であんな大岩担いだり滝行したりしてんの!」 「1日でも怠ると拳が衰える。拳は裏切らないが、すぐに主人への見切りを付ける。拳は薄情なんだ」 「なるほどなあ……俺も聖騎士時代は、毎日体を鍛えたもんだ」 「元聖騎士か……」 「ああ。カンラークのな。ここには、友達の墓がある。だから……俺はこの村から逃げ出せないでいる。守らなきゃな」 「そうか」 「それにだ……この酒場にもだが、それなりに女子供がまだ残っている。元っつっても聖騎士だからな。守らなくちゃ、恥ずかしくて墓に顔向けできねえ」 黙るサギハン。自分は強き者との拳が交えられればそれで満足だが、少しこの村に馴染みすぎたな……と反省する。情を抱き始めていたのが自分でもわかったのだ。 ──その晩、大木により掛かったサギハンが、ドクロと鎌の紋章が刻まれた闇色の玉に話しかけていた。 闇色の玉から、しゃがれた声が響く。 「サギハンさん。ガングルの居場所は突き止めましたか?」 サギハンは、心ここにあらずといった感じで、返答する。 「ああ……」 闇色の玉から声は続く。 「拳闘勇者ガングルが来る日時、場所がわかったら、すぐに細かに連絡してくださいね!私が直々に首を取りに行きますから!いいですね!倒しちゃだめですよ!!」 「ああ……わかってるよ……おやっさん」 サギハンのそっけない返事に闇色の玉からしびれを切らしたかのように叫ぶ 「いいですね!絶対ですよ!倒しちゃいそうで不安ですね!!もーぅ……そうそう腐聖女マリアンさんがもしかしたらそちらに……「ダースリッチ様!未記入の書類が見つかりました!3年前のものです!」あーもう!そこに置いておきなさい!サギハンさん!絶対ですよ!!」 闇色の玉はその闇色を失い、悪趣味な紋章が刻まれただけの、ただの玉になった。 サギハンは無言で、月を見上げる。 遠くには、気配を消し、サギハンを見つめる影があった。 6.勇者と魔物 その馬車は、まるでこの世の悪夢を凝縮したものであった。 引きずられる男の死骸、荷台では、四肢をもがれた女や薬を打たれた女が、野盗たちに抱かれ、よがり狂っていた。 馬車と、その周りを護衛するかのように並走するバイク。 向かう先は、カウトク村である。 「ガングルの兄貴!村が見えましたぜ!!」 望遠鏡を覗いた男が報告する。 筋骨隆々の男が吠える。 「野郎ども!戦闘準備だ!男は殺せ!女は犯せ!!」 ──昼の最中、元聖騎士の男が酒場に来た。サギハンも真昼というのに酒場の入口から出てきた。 元聖騎士の男が呟く「サギハン…」 サギハンは答える「ああ。尋常な"気"ではない。間違いないだろう」 同時に、村に強力な爆発魔法が放たれた。村の入口から凄まじい爆発が襲うが、サギハンは即座に"気"を放つ。 「波紋拳!」 爆発魔法とサギハンの放った気弾が相殺され、激しい突風が起きる。 元聖騎士が呟く。 「すっ……げえ……!」 幸いにも、焼け焦げたのは村の入口だけで済んだ。そのままサギハンが叫ぶ。 「避難と保護を頼む!」 元聖騎士は答える。 「任せろ!……死ぬなよ?生き残ったら、ブラックニッカ奢ってやるからな!」 勇者は、焦げた村の入口で構える魚人に向かって言う。 「村を守る気か?てめえは…」 魚人は言う 「俺はサギハン!よかった…"武"までは折れていなかったようだな。拳闘勇者ガングル!」 襲いかかるガングルの手下達。サギハンは"水を得た魚"のようにそれらをなぎ倒していく。 散り散りに逃げていくガングルの手下たち。 「てめえらじゃ相手にならねえ!下がってな!」 馬車を降りてきたガングルとサギハンが相対した。 サギハンが言う。 「エビルソードと戦って、心が折れたらしいな。勇者よ…いや、野盗よ」 ガングルは笑う。その目は、どこか哀しみと恐怖に満ちていた 「ヒャハハ!そういうてめえは、光に目覚めたってか?魚人野郎!」 サギハンはその目をじっと見つめ、呟く。 「強き者にしかわからぬ恐怖……哀しみ……お前の気持ち……"気"……伝わるぞ」 「うるせえっ!魚野郎!!」 打ち出されるガングルの拳。その拳圧のみで村は数十メートル全壊した。 「これが音に聞く拳闘勇者の拳か……魔王軍幹部クラスか?……並ではないな。死合うに値する!!」 青白く光ったサギハンはカーンと音を立てながら拳を捌く。無傷であった。格鯨奥義「魔ロッキング」である。 そのままサギハンの蹴りが炸裂する。数キロ響き渡る炸裂音を放つ蹴りを、片手でガードするガングル。ガングルの腕の皮膚が剥け、肉が弾け飛ぶ。 お互いの"気"がぶつかり合い、周りの岩々が粉になった。 「魚野郎…名は?」 「サギハン!!」 「"剣に負ける俺"までは許容した……。サギハン、俺はな?"拳で負ける俺"まではなあ!許容できねえ!!」 拳を連打するガングル。ガングルのラッシュがサギハンを捉えたように見えた。"たしかに真芯を捉えたかのように見えたのに"、空を切ったのである。 逆にサギハンの拳がガングルの顔面を突き刺す。 「存分に死合おう!勇者よ!!」 殴られたガングルが吹き飛び、岩盤をいくつかその体で砕き割る。 手下たちは皆一様に失禁し、怯えている。 血だらけになり起き上がるガングルの両手がサギハンに掴みかかる。 サギハンは飛び上がると、ガングルを蹴り、そのままガングルの眼の前しゃがみ込んだかと思うと、左拳でアッパーを浴びせ右の拳を振りかざした。 「水竜拳!」 右腕が、ガングルの顎を砕き割る。格鯨の奥義、根歩(コンボ)である。 吠えるサギハン。 「俺の宿敵(とも)に、マーゴンという男がいる。我が宿敵(とも)エビルソードに触れることすらできずに瀕死の重体を負わされ、尚も剣に負けることを許容していない、誇り高き闘士だ。剣にのみとて、"敗北を許容"した拳に、俺は負けん!」 血反吐を吐きながらなおも起き上がるガングル。 「まだ立ち上がるのか!」 サギハンの問いかけに、ガングルが発狂しながら叫ぶ。 「野郎ども!俺を助けろ!!俺は選ばれし勇者様なんだ!!世界中の女は俺様に体を差し出せ!!!世界中の貴族は俺様に宝を差し出せ!!!」 その両目は頭蓋骨もろとも、サギハンの打撃により潰れていた。拳をブンブンと振り回しながら「俺を助けろ!」「俺に差し出せ!」と叫び続けるガングル。 ──どうやら、勝敗は決した。 サギハンはため息を吐くと、ガングルを殴り飛ばし、壁に叩きつける。そのままガングルに駆け寄ると、片膝を着きキックを繰り返した。 何度キックを繰り返した頃だろうか、重力を無視したように、ガングルの体が浮かび上がり始めた。サギハンは浮き上がる肉に、パンチを刻み始めた。 ガングルはボールのようにバウンドしている。その姿はまるで、バスケのようであった。 数十発打撃を加えたサギハンが徐ろに全身全霊を込めた拳を突き出すとテーレッテー♪と謎の音が響き渡り、ガングルの首から下は全て破裂した。 「ガングル……お前もまた宿敵(とも)だった……」 首をキャッチしそう呟くサギハンは、どこか寂しげであった。 7.ゾンビと仮面魔侯 サギハンとガングルが戦い始める頃、元聖騎士は村民を逃がしていた。 「離しな!アタシも戦うよ!」元聖騎士の脇に抱えられてジタバタと暴れるバーバラ。 「ママ!あいつなら大丈夫だって!ママたちが死んだらアイツに顔向けできねえよ!」 元聖騎士が村民を誘導している村の裏口から、バイクに乗った集団が現れた。 「ガングルの兄貴の言う通りだぜ!おい野郎ども!男は殺せ!女は犯せ!だ!!」 ガングルの手下達である。 「チッ……下がってなみんな!俺だって……カンラークの騎士だああ!!」 元聖騎士が突っ込むと、ガングルの手下たちを次々に斬り捨てる。 そんな元聖騎士の背後に忍び寄り、手下の中で一番の巨体が襲いかかる。 「波紋拳!!」 少年……ジョウから放たれた気弾に巨体は吹き飛ばされ、元聖騎士は助かった。 「うおっ!やるじゃねえか!ジョウ!!」 「へへっ!師匠のおかげだよ!」 ガングルの手下は、劣勢だと言うのにも大笑いした。 動揺する元聖騎士。真ん中のひときわ大きいバイクのライダーが、ヘルメットを取った。それは、恐ろしいオオカミの獣人であった。 「俺はガングルの兄貴一番の子分!ガガール様よ!」 その禍々しき"気"はガングルには到底及ばないものの、元聖騎士程度なら即死させられるであろうことが容易に捉えられる、圧倒的なオーラを放っていた。 「──聖霊よ」 どこからともなく声が響く。すると、天空から光の矢が降り注ぎ、次々とガングルの手下達を貫いた。 「な、なんだぁ!!?」 腕の中でガガールが叫ぶ。 そう。腕の中で。ガガールの首と胴体は既に離れていた。 ガガールは、自らの首を抱いた腕の中から男を見上げる。ガガールは、元魔王軍であった。見上げた先のその男は、仮面魔侯リャック・ボー。ガガールの意識は、そのまま途切れた。 仮面魔侯は、剣を鞘に収める。 元聖騎士が呟く。 「お……お前は……夢じゃねえよな!?」 仮面の男は腕に抱えた獣人の生首を放り捨てると、少しおどけた調子で応える。「ああ。久しぶりだな。元気してたか?」 「ボーリャック!」 「墓参りに来たぜ」 8.ゾンビと魔物 ガングルが襲来する前夜、腐聖女マリアンは、サギハンに捕捉されていた。 「気配を消していたか?」 ウロウロと動くマリアン。 「あー…?うー…?」 「迷い込んだだけか…なあ、マリアン。ここにはな、人探しの他に、もうひとつ。俺の宿敵(とも)、エビルソードが、その数々の戦いの中でも、かなり苦戦したという男……そんな英雄が眠ると聞いてきたんだ」 「あー…?」 「……シンダー卿。ジョヴァンニ・シンダー卿」 「あー…?」 「凄かったらしいぞ。そもそもあいつが名前を覚えてる時点で大物だと思うが、極めつけだったらしい。おやっさんやネクロマスターに話したら生き返らせてくれるかな?」 「うー…」 「わかってる。完全に離れてしまった魂は、二度とは戻らない」 「うー…」 「エビルソードとの戦いがどんなものだったのか、シンダー卿の墓に……聞きに来たんだ」 「あー…」 「俺は強き者との戦いにしか興味は無いが……人と魔物っていうのは、一体なんなんだろうな……」 「うー…」 「マリアンに意識が無いことはわかっている。だけど、念を押したい。この村を見つけたこと、おやっさんには黙っててくれないか?勝手な注文なのはわかってる。 だが、この小さな村の中でも、たしかな才能を見つけた。俺はいつかそいつと、ジョウと拳を交えたい。俺より強くなるかもしれない」 「あー…!」 「ありがとう。死んだ強い奴ら、これから強くなる奴ら。様々な出会いを経て、俺はもっと……強くなれる」 「あー…」 「おやっさん心配してたぞ。ネクロマスターの元にしっかり帰るんだ。マリアン。俺は、拳闘勇者ガングルの首を取って、おやっさんの元に持ち帰る」 「あー…」 9.サギハンとジョウ 村では宴が盛大に行われていた。 「「「カウトク村とサギハンに乾杯!!」」」 村人たちは、酒を酌み交わす。 「にしてもボーリャックの野郎……さっさと墓参り済ませてそそくさ帰りやがって……積もる話もできやしねえ!」 酒をがぶ飲みしながら、顔を真赤にした元聖騎士がグチる。 「「一番戦いたくない敵と戦わずに済んだ。心底ほっとしてる」ーとか言ってよ。まあボーリャックの言う一番戦いたくない敵のガングルは、英雄の魚人サギハンがやっつけてくれたからなあ!……んであいつはどこなんだよ!」 バーバラもキョロキョロとする 「どこ行ったんだろうねー……まあ、馬車に捕まってた女の子達もちょっとずつ治療できるってお医者様言ってたから。とにかくハッピーエンドだねえ!」 アンナは号泣していた。 「う゛お゛お゛お゛お゛……よがっだぜえええ……!!みんな無事でよがっだあああ……!ジョウはどごだい!?あだじの胸の中で泣いてい゙い゙ん゙だ゙ぜ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!!」 ──村の外。サギハンとジョウの修行場所。 「サギハン。ボク、波紋拳が撃てたよ……」 両手に一つずつ大岩を持ち、上げたり下げたりするサギハンに話しかける 「そうか」 「うん……。ねえ、サギハンってさ、魔王軍だよね?」 「……ああ」 「そっか……。これ……」 ジョウが、ドクロと鎌の刻まれた玉をサギハンに投げる。 サギハンは片方の岩をアッパーで砕き割ると、玉を受け取る。 ジョウが続ける。 「それさ、ボクの故郷を滅ぼした魔王軍が連絡に使ってた玉と、同じ玉なんだ。ドクロと鎌の玉……ボクがサギハンに会いに村の入口に走った時、落ちてたよ。誰にも話してない」 「そうか……ありがとう」 「ボク達の村、また滅びちゃうの?みんな助かったって喜んでるのに……」 すすり泣くジョウ。 「いや、俺はこの村を見なかったことにする。ガングルは道すがらたまたま遭遇したことにして、この村のことは誰にも言わない。おやっさんも、ガングルの首以外には興味がないはずだ」 泣き続けるジョウに、サギハンは続ける。 「でもな……ジョウの故郷を襲った一味の……ダースリッチ軍の俺の言えたことじゃないが、お前がこの村を守るんだ。今の世の中、魔王軍以外にも怖いやつはたくさんいる。それに、俺以外の魔王軍にいつか見つかるかもしれない。 これからはお前が……。お前には才能がある。毎日気の流れを反復し、コ魔ンドを復習し、根歩練習をしろ」 サギハンは玉を仕舞い、道着を着ると、帰りながらジョウに告げる。 「お前には、ナイトブレイブ……俺の宿敵(とも)から救われた魂と受け継がれた精神。そして俺から受け継いだ格鯨がある。強くなれるさ……誰よりも。俺よりも……!そして、勇者となっていつか俺を倒しに来い」 「波紋拳!!」 サギハンの背中にジョウの一撃が突き刺さり、道着の背面が破れる。 ジョウが叫ぶ 「出ていけ!魔王軍!!この村から出ていけ!!ボクの大切な人達が住む、この村から出ていけ!!!」 サギハンはそのまま、振り返らずに荒野へと歩く。 遠く遠く、背後からジョウの、涙混じりの声が響き渡る 「ありがとう!!!!強くなるから、"俺"!!!!絶対強くなるから!!!!ありがとう!!!!!師匠!!!!!!!!!!!」 10.エピローグ 豪華な祭典の会場。 イライラした様子で、指を椅子にトントンしながら貧乏ゆすりしているガイコツ男。ダースリッチである。 ネクロマスターがなだめる 「まあいいじゃないですか。直々の功績じゃなくても、我らダースリッチ軍の功績ですし、ダースリッチ様の評価も上がりますよ。ね、マリちゃん」 「あー…!」 腐聖母マリアンの横でナナナが呟く 「ダースリッチ様、今日一日あの様子なんスか?マリちゃん…」 「あー…」 グリメントが拳を震わせる。 「わかりますよダースリッチ様……私も……!私も強敵と相対し『狂いたかった』です……!」 わかるわかるよと横で腕組したマーゴンが頷いている。 ネクロゴーストも拳を震わせる。 「くぅ~~悔しさに打ち震えるダースリッチ様もかっこいいいいいいい❤❤❤」 お菓子を頬張りながらパースカルが「みんなせっかく晴れ舞台の式典なのに、色々大変そだね~……ナータンも食べる?ダース・リッチ」とお菓子のダース・リッチを差し出す。「食べる~❤」とナータン。 「はいっ」っとパースカルにお菓子を渡されたノルチアが「あらわたくしにまで」とお菓子頬張りながら続ける。 「それで、当のサギハンさんはどこにいらっしゃいますの?」 ノルチアの疑問に、ダースリッチ軍一同が目を見合わせる。 「なぁにぃ~~~~~~~~~~!!!!???」叫ぶダースリッチ。 SEゴブリンが盛大に曲を鳴らし、マイティ・マイキーが高らかに宣言する。 「これより!拳闘勇者ガングルを打ち倒した魔族の表彰を始めます!ガングルを見事打ち倒したのは!この男ーーーー!!」 「…この男~~~~~~~~~~~!!!」 マイキーが驚嘆する。 「なにいっ! サギハンが いない!」