月の巨きな夜には決まって、高貴ぶってどこか間の抜けた――声が響くものだった。 けれど中庭はしぃんと、月影の下に黙りこくっている。本来の時刻を思い出したように。 時計の針は揃って頂点を指し、響くのは噴水の音と、垣根の葉の風に踊る音だけ。 音もなければ光もなく、白銀の礼装やら鎧やら――そんなものも見つからない。 こんな静かで頭を抑えつけられたような月夜は、城の主と騎士との因縁が始まって以来、 ほとんどありえないようなもの。来客への“応対”に血道を上げる悪魔の姫は、 誰も城に忍び込んで来ないような日には、一人で寂しく時を過ごすのが常である。 宿敵と定めた女騎士が、自分の仕掛けた罠を掻い潜り従僕を打ちのめして現れて―― 最後に意地の張り合いとしての決闘。たとえ負けたとて、彼女の心は満たされていた。 来客を出迎える双子の女中も、その姉にあたる執事と庭師も、眠る時間だ。 ただ主の部屋だけは、二重に閉じられた窓帷の隙間からもなお漏れる光によって、 未だ眠らざる時を過ごしているのが、窓の外からもくっきり見て取れた。 光は時折、何かによって遮られたかのようにちかちかと明滅し、また灯る。 寝室の中に、忙しなく動いているものがあって――それが、影を作り出しているのだ。 姫は元より、あまり体を動かすのが得意でないのは、よく知られていること。 ならば必然的に――夜更けに彼女の部屋の中で動くものは、主以外のものと定まる。 幾人かの従僕以外は、自ら魔力を吹き込んだ家具兼罠しか城を歩き回らせぬ彼女が、 生きた動物――たとえば猫やら何やらを飼い始めたとは、とても考えられないことだった。 まして件の影は――そんな小さな獣ごときの作り出すような程度ではなかったから。 廊下は淡々と白と黒との市松模様を描き出し、棘を満載した口を開くようなことも、 踏み抜けば天井の落ちてくるような仕掛けの作動するようなこともない。 それはただ、誰からの興味も失われた冷たい通路でしかありえず、 そこにぽつん、ぽつんと刀傷や放たれた鏃の刺さった跡が不釣り合いに残っていた。 時計は己の職務を黙々と全うし――暖炉は火を消されて大人しくしている。灯もそうだ。 拍子抜けするほどの容易さで、騎士は姫の部屋の前までたどり着いてしまう。 誰一人、彼女の侵入に対して敵対的な行動を取るどころか、いないもののように扱った。 剣を握る手さえ、自分のものではないかのようなちぐはぐな感覚の中で、 戸の向こうからは、ひっそりと、誰かと誰かの声だけが聞こえてくるのである。 こんこん、と騎士の拳が扉を叩いた――いつもなら蹴り破ってやったものだが、 なぜかその時は、この城の主が自分の来訪を期待していないかのように感じられたのだ。 望まれざる客――異物。毒ですらなく、喉に引っ掛かっているだけの―― 二度目に扉を叩く前に、聞き慣れた声調よりは僅かに高い声が、彼女を招いた。 確かに部屋の中に、城の主たる姫はいた――普段と同じような装いで。 しかし来客を出迎えるような風でもなく、ずっと寝床に腰掛けたまま。 日焼けとは縁遠い、すべすべとした白い肌――同じ女として憎たらしいほどの――は、 明らかに緊張やら戦意とは別の高揚にて、既に赤く火照っていた。 汗の粒もつやつやと、いくつも部屋の灯りに煌めいている―― 今宵が満月であり、二人の決闘の日であるということを忘れたかのような風である。 これまでの彼女の執着を思えば、それは決してありえないことであるはずだった。 そしてそう結論づけねばならぬほどに、理由は明確にそこにいた――一人の少年だ。 騎士と同じく、ごく普通の人間のようであるらしかったが、背丈はずっと低い。 大人の女の体格を有した姫のすぐ隣に並ぶと、それはより顕著になる。 まして彼は、自分の頭と同じ程度の大きさのある、姫の乳房に顔を押し付けていたし、 姫もそれを咎めるでもなく、少年の肩に手を回しながら、取り繕った顔をしていたのだ。 だが汗も、頬の赤みも、彼女が部屋の戸が開く直前まで、彼と何かをしていたことを示す。 たぷたぷと幼い指が乳房を揉むのを、ちらりと横目で見ても止めようとはしない。 それによくよく見れば――二人の唇の端には、ぬるりと唾液の跡があった。 人を悪魔から守る騎士として、彼が強引に拐われてきたのであれば救わねばならない。 すっかり力の抜けた指に力を込め直し、宿敵の顔に剣先を向けるものの―― 出てきた言葉は、面倒を見ているだけだ、とか、将来ここで働く準備をさせている、とか。 少年の側も、助けを求める言葉を吐くどころか、来客に怪訝な目を向ける。 次の満月の夜にはきちんと準備するから、今日のところは――そう言われてしまうと、 騎士はなんだか、この城に何度も攻め込んだことそのものが、否定されたような気がした。 ほとんど取り落としそうな格好で剣を鞘に戻すと、扉を蹴り開け――去っていった。 閉まる扉の向こう側で、二人が動く気配を否定し難く感じながら。 “邪魔者”が消えた途端、女は少年の頭をそっと撫でた。それが合図である。 彼は何のためらいもなく、彼女の衣服の端をぎゅっと握り込んで、下にずらす。 すると見るからに大きな乳房が、その勢いでぼるん、と揺れながら飛び出して、 その先端に鎮座する、乳房の大きさに釣り合った下品なまでの直径の乳輪と、 それに見劣りせぬ乳頭とが、部屋の明かりの中をゆさゆさと躍った。 少年がその突端にしゃぶりつきながら、仔猫が親猫にするように胸を両手でこねると 姫の喉からは、明らかに上ずった――友に向けるのとは別種類の蕩けた声が漏れる。 白く滑らかで、どこかひんやりとした大きな大きな乳房を独り占めして―― しかも、まだ手つかずのもう一つが、彼に触られたくてうずうずとしている。 片側の乳首を唾液ですっかり濡らしきってしまうと、少年はもう一方にも手を伸ばした―― 服を脱ぎきった両者が床に立つと、ちょうど少年の頭は、女の乳房のあたりにくる。 付け根と谷間の間の、溜まった汗の臭いを嗅ぎながら横乳を揉みくちゃにする彼は、 今にも数発連続で射精してしまえそうなぐらいに、小さな性器を固くさせている。 それを、むっちりした腿で挟み込んで――まだ駄目、と女は言うのであった。 彼女自身、その熱の塊のような肉の棒を、早く胎の中に収めたくてたまらないくせに。 姫としての矜持か――惚れた弱みというものを見せたくはないのか、 あくまで彼女は、自分が主導権を握っているという体裁を守ることにこだわった。 女として最高の水準にある己の身体を、新たな家来に使わせてやっているだけなのだと―― そんな思い上がりは、いざ挿入が始まってしまえばあっさり打ち砕かれるものだ。 最初は余裕を見せて、好きなように動きなさいと言っては見せるものの、 少年の腰が段々と加速し、少しずつ深い位置を責めてくるようになると、 声が漏れないよう、曲げた指の第二関節を轡代わりに咥え始め、 それでは間に合わないと悟ると、手のひらで顔を覆おうとするが――やはり駄目。 真っ赤になった顔を彼に見られないよう、両手ですっかり隠してしまおうとするも、 少年は巧みにその手をずらして、恋人の舌をずるずると吸いながら口付ける。 好きだよ、顔見せて――そんなことを囁かれて、どうして抗うことができようか。 いつしか女は、その長い足を少年の背に自ら絡めるようにして甘えてしまっていて、 彼の日中の働きを労うという建前は、完全に崩壊してしまっているのであった。 しかも相手は、精力と性欲とがまだまだ発展途上の少年である―― 日ごとにどんどんと“巧く”なっていく彼の責めと反比例して、姫の守りは弱くなる。 どこを責められると弱いのか、彼女自身よりも相手の方が詳しいぐらいだ。 生意気な口を利いた瞬間、膣内の一番“いい”ところをぐりっと擦られては―― 主の威厳も何も、あったものではないだろう。あっさりと剥ぎ取られてしまう。 気まぐれに拾い、気まぐれに近くに置き――ほんの悪戯のつもりで身体に触れさせて、 やがてなし崩しに身体を許してしまうようになって――今度は赤ちゃんを産んで、ときた。 それを跳ね除けてしまえるだけの強さがもう彼女に残っていないのは、城中が知っている。 執事見習いとして働いている時間帯はさすがに、少年も立場を弁えてはいるものの、 一度陽が落ちれば、どちらが主であるかわかったものではない。 寝床の上にて、自分よりずっと背丈の高い女を、めちゃくちゃにしてしまうのだから。 人と悪魔、生り難いとはいえ――雌の側が真に望めば、それは実現してしまうものだ。 これはあくまで彼への褒美、自分が望んだものではない――こんな子供の赤子など。 そんな意地をも、彼の稚拙な腰遣いは蕩かしてしまう。負けてしまいたくなる―― 満月の約束を三度目にすっぽかした夜に、彼女は彼の望みを受け入れてしまったのだった。 まだ日も高い時間帯、身重の姫がそっと、忙しく駆け回る少年の傍へ近付いた。 二人は、周りに他の者たちの目がないことを、視線だけでちらりと確認し合うと、 一人は身を屈め――もう一人は爪先立ちになって、唇と唇を重ねるのであった。 そして、女は大きくなった腹部を、纏った絹の上から彼に何度も撫でさせる。 彼が耳を当てて、人と悪魔の混ざり子が育っていく音を聞くのを――微笑みながら、見る。 そして廊下の向こう側に、誰かの足音がかつんと響いた瞬間にさっと離れて、 あたかも、仕事を言いつけたばかりですよ、早くお行きなさい、そんな猿芝居をする。 二人がそうしていちゃついていることは、従僕たちの間でも公然の秘密となっていて、 わざわざ誤魔化すのは、姫のちょっとした面子のためでしかないのだけれど。 夜になれば――もはや隠す必要もなく、獣と化した両者は、互いを貪り合う。 より重みを増した乳房は、例のごとくにこねられているうちにじゅぼじゅぼと乳汁を垂れ、 それを少年が一滴残らず唾液に塗り替えてしまうと、それだけでもう女はめろめろだ。 夢中になって自分の乳を啜る彼の姿が――胎の中で育っている赤子と重なり、 早くこの子に母乳を飲ませてあげたい、この手の中に抱いてあげたい――そう感じさせる。 混線した感情を持て余し、少年を赤子を抱くかのようにひょい、と持ち上げて、 寝かせたまま、彼の顔に乳房を押し付けて授乳の“練習”を始めることもある。 途中までは機嫌よく、赤ん坊に吸わせているのだが――限界を迎えた彼が射精して、 肌の上にびちびちと新鮮な精液が広がると――その臭いと熱に、より、酔っていく。 ああ、本当はこっちに欲しかった――そんなことを考えながら、股を開くのだ。 妊娠によって浅くなった腟内は、ちょうどぴったり、彼の性器が必要十分の大きさで、 妊娠前よりもより的確に弱点を撃ち抜かれるようになった彼女に、もう勝ち目はない。 妊娠中の膣内射精は控えるようにと、執事に何度も釘を刺されてはいるのだが、 いざ、愛しい相手の裸体を見ると――そんなことが、頭から吹き飛んでしまう。 胎内にて、彼の性器がびゅくびゅく震えて精液を押し込んで来る感覚から醒めてようやく、 姫は己の浅ましい姿を恥じるものの――それよりも、尽きせぬ肉欲が勝つ。 もっと――と、口が勝手に動いて、指が勝手に膣口を開いて、ねだる。 彼の舌が、口内にねじ込まれて――忘我のうちに、膣内に性器が収まって―― そんなことをしている間に、また、時計の針は朝に向かって歩みを進めていく。 気付けば、全身べとべとの状態で、二人して裸のまま、時告鳥の声を聞くことに―― 駆け出し執事の仕事は、そうして、主との逢瀬をも含んだものとなった。 彼女に産ませた半人半魔の子を育てるのもまた、彼の役目である。 幼子たちが危険な目に遭わぬよう、罠も仕掛けも封印されてしまって久しい。 従僕たちも得物を振り回さなくなって、主の子の玩具を片付けるので手一杯だ。 やがて壁の傷跡の由来を、誰もが忘れてしまった頃に――子のうちの一人が母に問う。 寝物語に聞かされた騎士との戦いの逸話が、真実である証拠と知った彼らは―― いつか自分にも、そんな好敵手が現れてくれるのだろうかと語り合うのだ。 写真立ての中の、鎧に身を包んだ凛々しき母の姿に己を重ね合わせて――