魔伝令教育調査記録 1. 人類と魔王軍の拮抗の歴史はとても深く長い。 太古の時代には原人のような勇者が現れたという話から 時を追うごとにそれぞれの時代に勇者が現れ魔族に立ち向かってきたという逸話が残る。 それら各時代の魔族や魔王軍は同一の集団とも、まったく無関係の勢力とも言われ 片方が優勢になるともう片方が盛り返し、片方が滅ぶともう片方も意味を成さなくなる。 まるで自然の摂理ともゲームの盤上とも疑わしい表裏一体の勢力争いは今なお続いている。 その最中、近年における大事件が起きた。 魔族の人望も功績も集め人間にもその威光を広く知らしめた魔族の一人が姿を消した。 あまりの悲しみを否定するためにそう呼ぶものや、 後進への当てつけかのように今この呼び方で彼を語るものたちが多い。 ヘルノブレス兄、魔王軍内で彼を知らないものは新人とて居ないだろう。 彼に関する逸話を上げればきりがなく、また姿を消した理由を様々語られている。 勇者に討伐されてしまった説や事故、病死、変装して魔王軍を影から支えている説を唱えるものが居れば はるか東、あるいは西、異世界、角界、または未来へと消えてしまったと唱える者も居る。 とにかく彼が居ない現実を信じたくない魔族が数多く居てみな現実から目を反らそうとしているのだ。 そんな彼の不在を誰よりも心から悲しむのは補てんされる形で四天王に加わった実妹ヘルノブレス。 先代四天王であった兄の配下からは経験の少なさから信用されず、同世代からは親の七光りと軽んじられる始末。 そのため功を焦り無謀な作戦を立案しては失敗しさらに信用を失うという負のループに陥ってしまっている。 兄から引き継いだ勢力たちの事実上のボイコットだけでなく今いる直属の部下からは家柄や美貌に目をつけられ、 彼女の家柄や美貌をまるでゲームの景品かのように扱いけん制し合っている。 つまるところ自陣において信頼のおける味方は存在しないという状況になってしまっているのだった。 ヘルノブレス自身も自分が兄の影法師であることを否応なしに自覚させられており、 正直もうどうしたものかと人知れず枕を濡らす日々を送っていた。 なにか自分の立案で成果を出さなければ。そんな焦りを吐露できる相手は数少ない。 魔王領に戸口を構えるシックでオシャレなバーの主こと黒蝕洞の女主人、ハーピーのコモネーがその一人だ。 一部の選ばれたもの以外は入店すら出来ないという格式高いバーにたどり着いたヘルノブレスをいたわり 女手一つで育児を成し遂げた手腕と懐の深さで破裂寸前の彼女のガス抜きに一役買っている。 「へルノブちゃん、最近よく来てくれるけど魔王城の方は大丈夫?お兄さんの件とかほら急だったじゃない。」 「別にいいもん。どうせわたくしなんて居ても居なくても変わらないですし。 お兄様のお身内は威圧的で怖い人たちばかりですし、部下には妙な目つきでジロジロ睨まれますし。 猫なんか上から目線で見下してきたりするんですのよ。わたくしなんて所詮空席を埋めるだけの存在ですわ。」 「前は寝室に誰かの気配を感じたって言ってたものねぇ。同じ魔族の間でもなんだか物騒、戸締り忘れないでね。」 「お兄様の後釜に流れるように収まったことに文句があるなら魔王様に文句言って欲しいくらいですわ。 わたくしだってこんな周りに疎まれながら……うぅっ、グスッ……。おにいちゃん……。」 「あらあら。……ねぇへルノブちゃん。他の四天王や軍団からはどういう扱いされてるの?」 「ほかぁ?そうですわね。軍団長から末端レベルまでむしろ好意的に接してくれてますわね。 良くも悪くもお兄様の影響力の衰えなのか、別部署だからこそなのかって感じですわ。」 「つまり自分の派閥から離れた魔族からは少なくともマシってことなのね。 じゃあいっそそういう人たちに取り入るっていうのはどうかしら? 他の部署から空いた人手を割り振って貰って新しく直轄の勢力を作っちゃうとか。」 「流石に他の部署も人手がカツカツらしくて、ダースリッチ様のところなんて15人しかいないらしいんですのよ。 魔王軍には所属不明の方たちも含めて700人超も在籍してるらしいですのに。15人ですわよ。」 「まぁそんなに居て……。」 「でもコモネー様の案いいですわね。 手の空いた方となにか作戦を行ってわたくしの地位向上を目指せばあるいは……。 ただこれだけ多いと誰にどう声をかけたらよいものか。」 「あのねへルノブちゃん。だったら研修中のうちの娘を使ってやってくれないかしら。 実は娘から同期が極端に少ない〜だの、新しく入ってもすぐに辞める〜だのって話をよく聞くのよ。それでね……。」 「新人がすぐに辞めていく職場環境の改善を研修生のコモネー様のご息女様と行えば、 軍団員を増やした功績の地位向上だけでなくわたくしの肩書目当てだけの軍団たちにも牽制が出来る……。 これですわ!流石はコモネー様!冴えておいでですわ!」 「じゃあ娘に連絡入れとくからへルノブちゃんよろしくねぇ。」 先ほどまでの泣き崩れていた姿とは打って変わって、ヘルノブレスの目には希望と野心の火が灯っていた。 まるでもう一人出来た娘かのように溺愛するヘルノブレスを見送り、コモネーはカウンターにうなだれ眠る老人に毛布をかける。 2. 翌早朝、二日酔いでうなだれるヘルノブレスの部屋に訪れたのはコモネーの娘で珍しい黒い翼を持つハーピーの魔伝令カラレア。 魔王軍内にて所属不明の謎の伝令として知られ、上層部の密偵や魔王の監視役、あるいは本人といった噂すら流れている。 いわれのない噂に翻弄される境遇はなるほどヘルノブレスとよく似ていた。 「本日よりヘルノブレス様の補佐役に就かせていただきます、カラレアです。よろしくお願いします。」 綺麗に切りそろえられた前髪にキリリとした目、すらっとした体躯をまっすぐの姿勢のまま崩さず挨拶する姿から真面目さが見て取れる。 首から下げられた研修札が彼女の真面目さと初々しい愛嬌をそれとなく彩る。 あられもない姿でベッドからはい出るヘルノブレスの姿に目のやり場に困りながら双方挨拶を済ませ、さっそく作戦会議へと入る。 「カラレア様がおっしゃるには同期を含め魔王軍内の離職率が激しいとのことですが、ズバリ原因は何だと思われますか?」 「は。自分が同期から聞いた愚痴の内容を交えますとセクハラ、パワハラ。特に多いのが研修の苛烈さです。」 「う……前者二つは他の軍団でも悩みの種として伺ってますわ。たしか部下の男性に手を出して解雇された方もいたとか。 セクハラとパワハラは魔王軍でもコンプライアンス研修などで改善を図ってると聞いてますが……。」 「一応改善傾向にはあるんですね。」 「まぁ一応ですわね。研修の苛烈さというのは初耳ですわ。新しい手柄を立てるなら恐らく未踏のここを攻めるべきかしら。 ちなみにカラレア様は研修担当や教育担当の方たちはご存知?(何人いて誰がそうなのか知らないとは言えませんわ。)」 「は。現在7名の教官どのたちが教えてくださいますが、スライムやウンディーネたちは特別に1名が受け持っています。 自分たち他の種の魔族は日割りで6名の教官どのたちから教えを受けております。」 「ほぼ毎日なんて過酷ですのね。息抜きも時には必要ですわ、カードショップとか。」 「カードショップ、……ですか?」 「今のは聞かなかったことにしてくださいまし。ところで各曜日の担当って誰がどこを担当してるのかしら?」 ヘルノブレスの探るような問いに几帳面に答えるカラレア。 魔王軍の教育係が7人居て種族ごとにどうやら担当も変わるらしいことを今初めて知った。 本来なら彼女も研修を経て軍内外の知識や経験を入れて貰ってから段階的に幹部昇進を行うはずだったのだが 兄の急逝により基礎的な知識を学ぶ前に四天王に担ぎ上げられ、取り巻きも多く居る中で勉強に勤しむ時間を与えられなかったのだ。 はきはきと、若干初々しさゆえの固さをカラレアから感じながらも同時にヘルノブレスは政治的に無垢な彼女に安心感を覚える。 カラレアから教えられた日ごとの教官はこういった割り振りだ。 思考や鍛錬科目がバランスよく振り分けられるように人間の世界の学び舎の形式を参考にしたらしい。 月:全能たるハイ・ブラウ 火:ソウルナイト 水:赤鬼教官オニーガン 木:禁術師センノウン 金:ショウキ 土:沈黙のヘミングウェイ ここにスライムやウンディーネたち水魔族専属の教官、水魔隊訓練士官スリョーネが加わる。 他にも申請すれば絵画や音楽など一芸に秀でた魔族がカリキュラムを組んでくれるという。 スリョーネの名を聞いたヘルノブレスは語尾に「ぷに」や「ぽよ」をつけて喋る可愛らしい姿をしたスライムの彼女が人に何かを教える様を想像しマスク越しに口元を緩ませる。 スリョーネから「へるぽよ様」と呼ばれるたびその可愛らしい響きに心和まされる。 よその兵士たちにも愛称的に「へるぽよ様」と呼ばれることが広まり兄の急逝直後よりもヘルノブレスのメンタル安定に一役買っているようだった。 「じゃあ局所的な担当をしているスリョーネはともかくとして、その6名たちの業務内容を精査すればいいのかしら。 誰が、もしくは全員がどのぐらい過酷かを調べて問題がありそうなら改善案を提出し改善してもらう。 これなら新人の魔王軍離れの改善につながるかもしれませんわ!」 「よいお考えですヘルノブレス様。では早速……。」 「お待ちくださいまし。四天王の立場のわたくしが顔を出したら通常業務の実態がきっと見えませんわ。なにか変装を……。」 クローゼットを開け放ちラフな服装を漁るヘルノブレスを、とくに彼女の大きな角と胸を見つめるカラレア。 「あのよければ私一人で聞き込みに行った方がよろしいかと。変装してもヘルノブレス様はすぐに看破されてしまうと思います。」 「そうですの?やはりお兄様の影響はまだまだ計り知れないということかしら。」 何かに納得するヘルノブレスの部屋を後にし、カラレアの密偵調査活動が始まる。 3. ・全能たるハイ・ブラウの場合 魔王軍の新人教育係。 専門家には及ばないが大抵の分野に精通しており手柄も鼻に掛けない。 それに褒め上手な完璧超人だ。 「よろしくお願いしますハイ・ブラウ様。」 「えぇよろしくお願いしますカラレア様。」 金の角にモノクルをかけ口ひげを生やしたかくしゃくとした老紳士、ハイ・ブラウ。 物腰柔らかで落ち着き払った態度は隣に立つだけで安心感すら覚える、流石年の功だろうかといった印象。 自分の感じた印象や出来事をつらつらとメモ帳に記していくカラレアとそれを静かに眺めるハイ・ブラウの姿はそれだけで絵になる。 「教官役に抜き打ち調査と伺いましたが、魔王様のご指示ですかな?」 「すみません。あまり情報は開示するなと釘を刺されておりまして。」 もちろん嘘だがばつが悪そうに首から下げた研修札を見せる。 こういう時は低い立場こそ立ち回りがよくなるもので気の毒そうに老紳士が小さくうなずいた。 「具体的に言える部分は育成手法のレポートと改善点です。新人だけでなく先輩にも軍を離れるものが多いので。」 「あぁ、それはご苦労様です。本日は受講者ではなく私の観察役に回ってみますか? 文字通り立ち位置が変われば見える風景も変わるというもの、先の昇進した風景を予め学んでおくのも良いかもしれません。」 「恐れ入りますハイ・ブラウ様。」 完璧な回答に心底恐れ入る、こちらの思惑がすべて見透かされているような印象すら覚えてしまう。 全能や完璧超人が二つ名にあるのは伊達では無い様だ。早速指導に立ち会い名もなき新人たちの顔色を観察してみる。 粛々と進められる授業内容に付いていく新人たちの顔はキリッと締まっており、情報と共に完璧さまで分け与えられてる様だ。 正直そつなくこなされるので記述することに困ってくるのだが……。カラレアが雑念に晒されてきたころある違和感を覚えた。 授業内容の処理速度が次第に上がってくる。ハイペースで内容が進んでいく。早い、しかも量が多い。 かぶりつくようにハイ・ブラウの授業についていく新人たちだったが次第に顔色に曇りと冷や汗が浮かんでくる。 早く量も多くしかも軽いジャブから始まった内容は専門性を帯びてきて次第に難しくなっていく。 新人たちのプレッシャーに塗れた雰囲気と表情もつらつらと授業を行うハイ・ブラウには届かない。 あぁそういうことか、カラレアの気づきと共に更にエスカレートしていく授業内容。 あまりにレベルが高いため新人には荷が重く初々しい自信をへし折り魔王軍に入ることを諦めさせてしまうのだ。 「時期を考えればちょっと先取りしてる程度で指導自体は完璧だから人事も指摘しづらいんだろうな……次。」 ・ソウルナイトの場合 魔王軍塩の島支部の教育係。 若き日のエビルソードに師事したこともあるという。 その逸話にたがわぬ剣術の腕もさることながら部下との一糸乱れぬ連携が強みでもある。 彼が腰を据える塩の島は文字通り塩の産地で人類も魔王軍も質の良い食用塩を求めて激しい抗争が行われている。 それだけに色々ときな臭い噂も立つ。例えば新人の失踪事件、通称塩の島事件というやつだ。 その辺の経緯も少し探りを入れてみて欲しいとヘルノブレスに頼まれたのでソウルナイトと会うために食堂に行く。 彼は定期的に食用塩の搬入に立ち会っており話を聞く場合は食堂が一番チャンスがあるのだ。 カチャカチャと音を鳴らすリビングメイルを見つけ声をかける。 「ソウルナイト様、お忙しい中時間を作っていただきありがとうございます。」 「魔伝令カラレアか、島に居た時も度々伝令で世話になったな。新人育成についての調査と聞いたが。」 「えぇ、新人魔族が軍を抜けるペースが最近問題になってまして。研修生の間では失踪なんて比喩的に言われているんですが……。」 そこまで言うと瞬きする間もなく口を手でふさがれる、しょっぱい。 「カラレア、あまりそういう事は大声で言うものじゃない。君の所属も得体も不明だが指導する立場として注意させてくれ。 塩の島の件には首を突っ込むんじゃないぞ。あの事件は陰謀が渦巻いている、我々だって出来ることなら……。」 なにやら予想外の魔王軍の暗部に足を踏み入れてしまったらしい。毅然としたソウルナイトの焦り具合が嫌に生々しく怖い。 カラレアの口元を抑えるソウルナイトの空洞の腕は静かに震え、彼の恐怖か憤りかはわからないが強い感情を味わわされる。 「魔王軍だって身内は大切にするものだ。ましてや新人の失踪なんて本来ならば血眼で……。」 これ以上塩の島の件について掘り下げるのは双方危険と判断したためここで切り上げる。 口止め料とでも言わんばかりのバスソルトを手渡された。今夜早速使ってみることにする。 ・赤鬼教官オニーガンの場合 定年済みだが魔王軍の新人教育係。 お世話になるのは研修中の短い期間だけだが彼の受け持ちは厳しい指導に逃げる者が後を絶たない。 スパルタ指導で一握りの新人たちをしたたかに育て上げると魔王軍内でも一目置かれている。 食堂を出たところでお昼休憩に来た彼と出くわしたので流れで話しかける。 ガタイは大きいが太っているわけではなく全身筋肉で年齢を感じさせない体躯を誇る。 どこの学校や会社にも一人はいるだろう下町のオヤジ感がありどことなく安心感がある。 「オニーガン様お休みのところ失礼します。もう知れ渡ってると思いますが……。」 「おぅカラレア、色々わしらを嗅ぎまわってるってな。何か面白い話は聞けたか?」 「いえ、今のところは特に。」 指導の場に出る彼は鬼教官の異名を我が物顔にしているが、指導時間が過ぎれば別の角度から面倒見の良い大人の面を見せる。 近年はしごきが激しく受け持つ新人たちから逃げられる傾向にあったが一定以上の卒業生からは概ね好印象だ。 カラレアより一回り上の魔族が食堂に現れては気さくにオニーガンに声をかける、団体で来ては彼の周りの席に座り雑談を始める。 正直聞き取りどころではないがこの風景も評価や調査結果に反映するべきなのだろうと思いつらつらメモを取る。 「オニーガン教官はあきらめずに俺たち生徒に向き合ってくれるからへっぽこは居ても落ちこぼれは居ねぇのさ。」 周りに座る生徒が口々に語らう。聞き取り調査の擁護目的ではなくしみじみと思い出を噛みしめるかのような表情だ。 こういうノリはどことなく軍らしいというか男子校らしいというか、羨ましい反面むさくるしいとも感じる。 どんどん食堂に人が集まってきたためカラレアは聞き取りを切り上げ食堂から撤退する。 「こういう直情的な集まりこそヘルノブレス様に必要なのかもしれない。」 ・禁術師センノウンの場合 ヘルノブレス様傘下の催眠魔術使い。 特殊部隊長の一人だったがとある戦いで負傷して以来軍内部の育成に注力するようになった。 彼の指導を受けた者たちは"従順"になったと噂が噂を呼び、上層部の評価の高さをよそに後ろ暗い噂も流れる。 「前線を離れたセンノウン様はどういった指導方法を行われていますか?」 「特に目新しいことはしていませんよカラレア。自分が昔学んだことを現代の価値に合わせてアレンジしています。 もっとも人間側も日々進化しているためそれでもまだ改善の余地はあると考えています。」 流石に人心掌握に長けているのか今まで聞いた中では一番先鋭化されている。オニーガンとはまた違った理想の教師像だろう。 とはいえ彼は使う術の傾向や上司にあたるヘルノブレス関連であらぬ噂を立てられてしまっている。 やれ友達が居ないだの竿役に便利だのヘルノブレス様に洗脳魔法をかけているだの散々な言われ様で気の毒になる。 「キチンと順序立てて説明し、理解を促したところで次のステップに進む。 丁寧に指導をすれば指導を受ける者たちも素直に応じてくれて結果業務の効率化に繋がるものです。」 なるほど"従順の秘密"はそういうことか、この人は至極まともなのになぜこうもあらぬ言われ様をされているのだろう。 カラレアの胸にもやもやしたものを残しつつも上層部からの高評価に納得を与える、今度おかあちゃんのバーに来てほしいものだ。 ・ショウキの場合 元人間の勇者のアンデッド。 魔王軍の勇者として前線に出ることもあれば教官として指導に立つことも多い。 一度魔王討伐を叶えた危険人物で常に誰かしら2,3名の取り巻きが彼女の後ろをついて回る。 「よろしくお願いしますショウキ様。」 「これから出かけるからあまり長くは話せないがそれでもいいか?」 「お時間を割いていただいて恐縮です。」 本当に恐縮する。魔王軍のアンデッドとはいえ元は人間の勇者、魔族の倒し方を誰よりも熟知しているだろう。 それにしてもヘルノブレス様とはまた違った方面で綺麗な方だ。特に胸がすっきりしている。 顔や足こそ爛れてはいるが巨乳でなくとも女性的な自信を分けてもらえそうなスタイルの良さだ。 「基本的には私が人間の頃習ったものを下敷きにしているが、流石に何百年も経つとアップデートが必要になるな。」 基本的にはセンノウン同様自分の経験ベースに現代ナイズ的アレンジを加えてる感じだろうか。 曰く"パーティ"を組むにはそれなりにリーダーとしての人望の軸が必要だという。 常に2、3人連れ歩いているのはその辺のバランス感覚も上手い事捉えているゆえかもしれない。 話題に区切りがついたところで早々と切り上げられた、どうやら他の弱い魔族が出歩くのによく付き添ってるらしい。 「……別に大きくなくてもいいんだ。それにまだ成長するかもしれないし。」 ・沈黙のヘミングウェイの場合 かつて幼き魔王の教育係を勤め上げた貴族の一人。 現在は魔王城の図書室で静かに司書を務めているようだ。 彼の前では静寂を守らなければならない。 彼への聞き取り調査が一番緊張感がある。ただでさえ口数が少なく司書も務めているため威圧感が大きい。 どう話しかけたものか考えた挙句メモに挨拶を書いて筆談を試みた。 [よろしくお願いしますヘミングウェイ様。] [うむ] [──どのような指導方法を行われてますか?] [静かに、落ち着いて状況整理を促す。よく観察し、よく聴けば未知のものも既知となる。 既知のものには心揺さぶられず肉体も無駄な力は入らない。] まるで教本を読んでいるような理路整然とした回答が返ってくる。 図書館の管理を任されているだけあり文字も綺麗で保管したくなる筆跡をしている。 [ヘミングウェイ様は魔王様の教育係をされていたそうですが、やはり育児に関しては未知でしたか?] 「静かにせよ。」 ……図書館を追い出されてしまった。なにか照れくさい事でも聞いてしまっただろうか。 威圧的で怖いだけかと思いきや意外な一面が見れたため収穫は大きかった。 4. 「……以上が聞き取り調査の結果内容です。不安材料は各人ありましたが新人が大量に辞めるほどとは思いにくいです。」 「お疲れさまですわカラレア様。確かにそれぞれの調査結果から考えるとむしろ不自然な離脱率ですわね。」 カードゲームやフィギュアやTシャツの散乱するヘルノブレスの部屋で再び作戦会議が行われているが これといって決定打は無く教官たちには致命的な材料は見当たらなかった。 一度視点を変えるべく頭を冷やす目的でヘルノブレスが黒蝕洞へとカラレアを誘う。 よほど自分のために飛び回ったのが嬉しかったのかどうやら高級バーで奢ってくれるとのことだった。 心なしかヘルノブレスの声に覇気が現れマスク越しでも口角が上がっているのが伝わる。 「おかあちゃんただいま〜。」 「ごきげんようコモネー様。」 「まぁ二人とも、へルノブちゃんうちのカラレアお役に立ちましたか?」 「なにからなにまでお任せしてしまいましたわ。わたくしでは知りえなかったことばかりで助かりましたわ。」 「ヘルノブレス様のお役に立てたのならやりがいもあります。」 ここまでのいきさつを店主のコモネーに話しながら女性陣は会話を弾ませていく。 そんなにぎやかしい声で店の奥で酔って眠りこけていた老人が目を覚ます。 もぞもぞと起き上がる老人に真っ先に反応を示したのはヘルノブレスだった、酔いつぶれていた老人はなんと彼女と同じく魔貴族。 エビルソードやカースブレイド、ププールなど名だたる強者を育て上げ現在の魔王軍の基部を作ったオルア=シス侯爵その人だった。 「あんたたち新人育成に苦心してんだってねぇ、そっちの角の子はヘルノブレスちゃんかい。立派になった。」 「オルア=シス侯爵!?魔王城から離れてお会いするとは思いませんでしたわ。ご無沙汰しておりますわ。」 「おかあちゃんあのお客さん誰?」 「常連さんよ。静かに聴いてましょう。」 ヘルノブレスの席の近くに自分のグラスを持って寄ってくるオルア=シス侯爵。 傍から見ればただの酔っ払いだがこうでもしないとしのげない大きな責任問題をエビルソードから押し付けられているため渾身の演技を行っているのだ。 ヘルノブレスとカラレアの一連の作戦を聞いていたらしく彼も新人が逃げ出す心当たりをそれとなく調べていた様だ。 「ヘルノブレスちゃん備品倉庫は調べてみたかい?あそこ見といて損はないよ。 前に"魔王軍忍者部門"っていう部署があったんだけどあそこで使われてたもんがまぁひどくてひどくて。 新人が逃げるのが教官のせいじゃないなら多分あれのせいだね。」 「あれ、とは?」 「忍者部門が解体された後もったいないからって他の備品と一緒に混ぜられたんだけど、忍者が使わなくなったとしたら他の連中がなんかの弾みで使っちまうかもなぁ。」 赤ら顔で腕を組み何度も深く頷くオルア=シス侯爵。 備品倉庫にあるというひどいものの正体は伏せたまま恐らく今はこの辺りに仕舞われているだろうと目星をつけて場所だけ教えてくれた。 5. 翌日ヘルノブレスとカラレアは魔王軍の備品倉庫に赴きオルア=シス侯爵が言っていた"あれ"とやらを探して回る。 魔王軍忍者部門が使っていたというからにはいかにも忍者の使いそうな外観をしているのだろうと目星を立てるが、 誰が管理をしているのかそれとも誰も管理していないのかあらゆるものがざっくばらんに散乱している。 「ひどいな、こんな中で形もわからないものを探さなきゃいけないのか。」 カラレアがぼそりと愚痴を呟くとどこからかくすくすと複数人の笑い声が聞こえる。 驚いてあたりを見回すも自分とヘルノブレスしか見当たらない、それに笑い声のどれもヘルノブレスのものでもなかった。 「こんな汚くしてるから探し物もろくに見つからないんだよ。」 「中単騎待ちなんて河見てればわかるでしょ。才能ないんだよ。」 「胸にばかり栄養行ってそうなお姉ちゃんだねくくく。」 二人しか居ない備品倉庫の中で複数人暴言が飛び交う。セクハラ、パワハラ、聞くに堪えない言葉ばかりだった。 「こっちの姉ちゃんは胸つるぺただけどその分おつむに栄養回ってそうじゃない。」 「あんなとこで出したら大三元、四暗刻単騎、国士無双が来るってわからないの?」 「プーッ、君でも眠れないなんてことあるの。」 なおも続く暴言にカラレアの胸が締め付けられる、しかもうるさい。やたら専門的な暴言も飛び交う。 出所不明の声と意味不明な内容に怯え早く立ち去りたい思いに駆られていると──。 「見つけましたわ!」 ヘルノブレスが声を聴き分け資材の山からピンポイントで暴言の主、オルア=シス侯爵の言っていた"あれ"を見つける。 小さな箱に乱雑に押し込められたそれは魔厳という忍者が使用する武器にも似た魔道具だった。 こいつのせいで魔王軍忍者部門が解体させられることになったのだろうか、隠密専門の部隊がまるごと一つ消えるのは魔王軍にとってあまりにも痛手すぎる。 それにしてもヘルノブレスはよくこの資材が散らばる中から見つけ出せたものだと感心する。 「ヘルノブレス様、おそらくこれが例の"あれ"かと。」 「間違いありませんわ。さてこのお口の達者なテトラポッドたちどう取り計らいまして?ドロドロに溶かしてベーゴマにでもしてしまおうかしら。」 「それも面白そうですが、まずはこのまま人事部や魔王様に提出しましょう。 恐らく新人がごっそり抜けるのはこいつのせいなので教官たちにも情報共有して使用しない様に取り計らわないと。 あとはしばらく様子を見て新人の抜けるペースが変化するか見極める必要もありますが……。」 カラレアの提案でヘルノブレスが早急に各方面に掛け合い働きかける。 最初こそ疑われたが魔厳の現物を見せることですぐに杞憂も疑念も解消された。 あまりの暴言をまさかこんな無機物が発するとも思わず、たまたま聞いてしまった者たちが出所不明の陰口に怯えるしかなかったのも頷ける。 人事部や教官たちの立会いのもと魔厳は音を通さない容器に密閉され1シーズン保管観察されることとなった。 どうにも成果はあったらしく、以前と比べて新人たちの離脱するペースや人数はけた違いに下がり魔王軍の新人は多くが若葉マークを外すことになる。 ヘルノブレス軍内部にもその功績は伝わったらしく、 また功を焦って妙な行動をとっていたと思われていた彼女もヘルノブレス兄の傘下に居た者たちからも評価を多少改められることとなった。 ただそれでも頭上から見下ろしてくる猫や寝室に立つ謎の気配の問題は依然収まっていないらしく、夜ごとヘルノブレスはうなされるまま月日は流れた。 カキン、と軽い金属音が魔王城の庭の一角に響く。 その後の経過をお互い交わしながらベーゴマで遊ぶヘルノブレスとカラレアの姿があった。 「おかあちゃんから聞きました。ヘルノブレス様以前より楽しくお酒を飲みに来てくれるって。」 「カラレア様のおかげですわ、忙しなく飛び回ってくださったおかげでわたくしの体裁も保たれることになりましたもの。 それとオルア=シス侯爵にも改めてお礼を申し上げに行かなければいきませんわね。 ところでカラレア様、本当のところどこの派閥に属していらっしゃいますの?わたくしにだけ教えてくださらない?」 「ふふ、秘密です。その方が何かと飛び回りやすいですから。」