ギック・リー「今日のところは、このあたりで野営するとしようか」 アントワネット「もう休みますの?まだわたくしは余裕ですわよ、トレーニングにはピッタリですもの!ねえ、カカトトさん?」 カカトト・シー「ぜぇ…ぜぇ…そ、そうだよ…格闘家なら…これくらい…よ、余裕…」 ラモン(いや、どう考えても限界だろお前…) ラモンは呆れた表情でカカトト・シーを見る。 彼女の顔は汗まみれで、肩を大きく上下させながら荒い呼吸を繰り返している。 別に激しい戦闘があったわけでもない、ただ今日は歩きっぱなしで休む時間がなかっただけだ。 だというのにこの様子、どう考えても格闘家に向いていないのだとわかる。 ラモン「ん~…俺、今日はもうやる気出ねえんだよな~。さっさと準備して休んじまおうぜ」 カカトト・シー「…そ、そこまで言うならしょうがないね!無理させたいわけじゃないし、あたしも休んであげる!」 アントワネット「あら、そうですの?みなさんがそうおっしゃるのなら、そうしましょうか」 ギック・リー「優しいねラモンは」 ラモン「あん?なんのことだよ」 ギック・リー「別に。ボクらは夕飯作るから、その間に火を起こすなりテント張るなりしといてくれ」 ラモン「そうそう。パパっと用意してやるから、そっちは任せたぜ」 アントワネット「お二人にだけ負担させるわけにはいきませんわ!わたくしもお手伝いを」 ギック・リー&ラモン「しなくていい」 即答だった。 理由は簡単、アントワネットの料理センスが壊滅的だからである。 お嬢様として育ってきた彼女に、一般的な調理手順などわかるはずもない。 "筋肉のためになるのならこれで十分ですわ"と薄く塩を振って焼いただけの鶏肉を出す彼女の手を借りようとする者はいないだろう。 アントワネット「毎回作っていただくのも申し訳ないのですけれど…まあ、いいでしょう。お言葉に甘えさせてもらいますわ」 カカトト・シー「じゃあ、あたしたちでテントの準備しちゃおうよ。火起こしも任せて!」 カカトト・シーが元気よく声をかけ、テントの設営を始めた。 二人は大丈夫そうだと判断したラモンとギック・リーは、慣れた手つきで料理の準備を開始する。 ラモン「んで、今日の飯はどうするんだ?俺はよだれ鶏、ピリッとしたのが食いてえ」 ギック・リー「そうだな…ボクの気分は青椒肉絲だな、濃い目の味付けで甘辛いのがいい」 アントワネット「わたくし、おふたりの手作りならばなんでも食べられますわー!お任せいたします!」 ギック・リー&ラモン「だよなー」 二人の料理当番のやり取りを聞いた、アントワネットが口を挟む。 四人で旅をするようになってわかったことだが、この中で一番食べるのはアントワネットだ。 男二人分の食事を上回る量を、あっさりと食べきってしまう。 だからこそあの筋肉量を維持出来ているのだろうが。 ギック・リー「青椒肉絲もよだれ鶏も作ってしまうか。どうせ全部食べきってしまうし」 ラモン「オッケー。んじゃ、そっちは任せた。ついでに酒も──」 ギック・リー「いや、それは準備しなくていい」 ラモンは酔拳関係なく酒を飲むのが好きなようだが、1杯でも飲むと大変面倒なことになるとギック・リーは知っている。 この前なんて、ラモンがかなり酔うほど飲んだ時に虫が身体に付いた瞬間。 1人で勝手に悶絶と絶叫を数分繰り返して白目を向いて気絶するという大事故を起こしたのだ。 ラモン「いいだろちょっとくらい、よだれ鶏にも合うし──」 ギック・リー「し・な・く・て・い・い。わかったな?」 ラモン「は、はい…」 --- ギック・リー「お待たせ、飯が出来たぞー」 アントワネット「まぁ!おいしそうですこと!」 テント張りなどが終わり、一息をついたところでちょうど料理が完成した。 皆が待ちきれないといった様子で集まっていく。 カカトト・シー「いっただきまーーーーー…あれ?お肉少なくない?」 ギック・リー「ああ、アントワネットが多く食べることを計算に入れているからな。量を抑えてあるんだ」 アントワネット「そんな、わたくしだけがたくさん食べているみたいな言い方!ひどいですわ!」 "事実なんだけど"と言いかけて、ギック・リーは苦笑いする。 このパーティの悩みどころはズバリ、食費である。 もちろん、アントワネットだけが食べ続けてるのではなく、ギック・リーとラモンもそれなり以上に食っているのだが。 とはいえ腕利き揃いの格闘家3人(+自称格闘家1人)がいるので、幸い仕事に困ることはない。 アントワネット「でも、お肉が少ないのなら…さ、カカトトさん。わたくしの分も召し上がってください」 カカトト・シー「え!?もらっちゃっていいの!?」 アントワネット「もちろんですわ!健やかな身体になるためには食事第一ですもの」 ギック・リー&ラモン「マジで?」 にこやかにカカトト・シーに肉やら野菜が置かれた皿を寄せたあと、アントワネットは無言でジッとギック・リーとラモンの方を見る。 その視線で二人は勘づいた、あれは建前だ。 本当はもっとたくさん食べたいけど、年長者として我慢しているのだと。 ラモンとギック・リーは互いに頷き合う。 自分たちの皿から少しだけ、よそっても気がつかないような分量の食べ物をアントワネットの皿に移した。 もちろん、カカトト・シーにはバレないように。 カカトト・シー「お肉いっぱーい、うれしいな!」 ラモン「たらふく食うのはいいけどよ、お前まだ修行する気なのか…?」 カカトト・シー「当たり前じゃん!あたし格闘家だよ?」 ラモン「格闘家ビルド捨てろ」 ギック・リー「格闘家ビルドは捨てるべきだ」 アントワネット「格闘家ビルドはお捨てなさい」 カカトト・シー「なんでよーーーーーー!!!」 叫び声がこだまする。 カカトト・シーはどうして自分がこの3人から反対されているのか、一応自覚はしていた。 格闘家の才能がミソッカスだから、魔法使いらしくやれと。 実際のところカカトト・シーの魔法の才能は、一般的な魔法使いが束になっても負けない強さを誇る。 …のだが、本人はあくまで格闘家と言い張るせいでその才能をドブに捨てている状態だ。 ラモン「大体、この前だってかかと魔法?で敵ぶっ倒してたじゃねーか」 カカトト・シー「あれはヒールドロップ!あたしのカラテ奥義を魔法呼ばわりしないで!」 ギック・リー「いいかカカトト、人には向き不向きというのがあってだな──」 カカトト・シー「それ言ったらリーさんは前衛で戦わないほうがいいと思うんだけどー」 ギック・リー「うっ…」 アントワネット「あっ、そうですわ!なら、魔力をすべて筋肉化するわたくしの技術を学びましょう!」 カカトト・シー「それはちょっと…」 カカトト・シーのビルド方針をなんとか変えさせようと説得する3人だが、いつも失敗に終わる。 とにかく口が回るので何があろうと反論するし、本人が頑固すぎて真っ当なアドバイスも無視。 なのに、格闘家としてのまともなトレーニングもせず独学なので、伸びしろ皆無という八方塞がりの状態だ。 だが、憧れのカラテ格闘家を目指す彼女はめげる様子もない。 カカトト・シー「とにかく!何を言われたって、あたしは絶対諦めないんだから!」 やれやれ、と呆れた様子で三人はカカトト・シーを見つめる。 だが、その視線は厳しいものではない。 言うことを聞かない妹を見つめるような、優しいものだった。 ちなみに翌日、寝相が悪かったのかギック・リーの腰はとんでもないことになったらしい。 (完)