世に、異変あり。
遡ることわずか4年前、世界各地で、のちに波動と呼ばれることとなる能力に目覚めた人間が多数現れた。
これが反逆者である。
反逆者たちの出現には大きな災害が伴い、反逆者とならなかった大多数の人々はこれを危ぶんだ。
一方の反逆者たちは自分たちの立場を守り、共同して組合を作り上げた。
組合によって互助を行いつつ、自分たちが本質的には敵意も有害さも持たない存在であることを示すためだ。
群馬県某所に位置する、九選学園設立への出資もその活動の一つである。
波動能力に目覚めやすくなる思春期の児童を集め、その力の制御や活用を教えると同時、社会に対して害を及ぼすことのないよう導くことが、学園の存在意義であった。
だが学校――それは座学・実技教育を一方的に行うばかりの場所としては存在できない。
そこは特殊能力を持った学生たちの日中の生活の場であり、生徒たちの社会としての性格も帯びていくのだ。
またそこには少年少女たちの、やや特異であるとはいえ日常があった。
前置きが長くなったが、つまりは特異な学校機関である九選学園においても、時として娯楽としての側面も持つ学校行事が催されるということだ。
例えば、文化祭。
学校の祭事に学生が出展し、周辺住民などの入場も認めることで地域交流を行う。
元々は純粋な人間とはいえ世に現れてまだ4年しか経っておらず、また少なからず危険視されてもいるのが、反逆者という存在だ。
こうした催しは彼らが、能力以外は常人と変わりない人間であることを対外的に示すという大きな意義を持っていた。
九選学園においては、シンプルに九選学園祭と呼ばれている。
毎年10月の最終土曜日の開催ということで、ハロウィンにちなんだ出し物も多い。
未だ珍しい人種を集めた学校の催しということもあり、許可を得たマスコミや個人配信者が多数来場してもいた。
その開催を1時間後に控え、髪を逆立て改造制服をまとった少年が、教室の隅に座り込んで腕組みをしていた。
彼の名は、No.04。九選学園の第二学年に在籍する、反逆者である。
無論、戸籍上の名ではない。
だが特例待遇ということで、九選学園においては教師ですらその名で呼ぶ存在だった。
04は目深に被ったヘアバンドの下で目を閉じながら、思案した。
(…………どーしよ。バックレてぇが……)
彼のクラスの出し物は、ピザ屋だった。
在学生や校外の登録者がギルドの提示する依頼を達成することで報酬を得るシステムが存在する九選学園では、一クラスあたりが出し物に使える予算も一般的な学校とは桁が違っていた。
生地を練成こそしないが、ピザ用のオーブンに業務用のピザクラストなどが手配されており、あとは具材を切って注文に応じてトッピングして焼くだけで提供できるようになっている。
目玉はハロウィンということで、カボチャの薄切りをちりばめたパンプキンピザだ。
だが、04は調理にも配膳にも参加する気はなかった。
事前に当番は決められているが、やる気の出ないものは(04的には)仕方がない。
それだけならば、問題はない。彼は国内最強の波動能力者だ。
反逆者を含めた他の生徒の追撃を振り切って姿をくらますなど――造作もない、とまでは言わないが――、難しいことではない。
しかし、それを非物理的な側面で阻害する要素があった。
例えば、朗読劇。
04の友人である佐々倉椿が所属する読書部で実施するもので、彼女自身もローテーションで出演するらしい。
友人として顔くらいは出しておきたいのだが、ピザ販売から逃げるとなれば無論、そこにも捜索の手が及ぶだろう。
また例えば、無重力体験会。
04の幼馴染である萩原イヨのクラスで、彼女の波動能力を用いて発生した無重力状態を体験できるというものだ。
それ自体には興味はないが、04が逐電したと知れば生徒会を通じてそれを知ったイヨが、休憩時間に追いかけてくるかも知れない。
また、以前知り合った鐘塚玲が、イベントの雰囲気に当てられて再び04を殺そうと追ってくる恐れもあった。
さすがに校内でそれに抵抗すれば、校舎に被害が出て椿たちの耳にも入ることになるだろう。
04は更に深く椅子に座り込み、小さく唸った。
(最初っから仮病使っとくべきだったかな……いやさすがにダセぇよなそりゃ……)
気づけば、学園祭の開始が15分前に迫っていた。
(クソ、しゃあねぇ……全力でバックれ――)
その時、スマートフォンを眺めていたクラスメイトの一人が声を上げる。
「お、なんかやべーやつ」
「何?」
「いやこれ」
画面共有機能を通じて、他のクラスメイトたちもそれぞれのスマートフォンに目を落とし始める。
「え、これマジ?」「うわ、めっちゃ燃えてね」
内容が気になりはしたが、そこで腰を上げて混ざろうとするのは気が引けた。
そこに今度は、懐に入れた彼自身のスマートフォンが振動する。
「――!」
取り出して画面を見ると、反逆者組合の内部からの直通番号だった。
クラスメイトたちの見ているものと関係があることかと訝りつつ、通話に応じる。
「あいよ」
『No.04ですね? 反逆者組合日本支部、荒川です』
荒川と名乗った職員は、そのまま早口で続けた。
『緊急の依頼でして、北九州市に正体不明の大型の怪物が出現しました。怪物は工業地帯を攻撃し、破壊しています。
No.04は送付文書に示された地域に急行して、怪物の活動を停止させてください。
報酬は50億円』
「りょ。えーと、5分くらい?で着くわ」
彼は二つ返事で通話を打ち切ると、立ち上がってクラスに宣言する。
「ワリ、緊急の依頼だわ! あとヨロシクー!!」
「あっ04!?」「売上分けてやんねーかんな!」
いるか、ンなもん。
04は罵声を背後に浴びつつ教室の窓から外に飛び出し、スマートフォンで目的地を示す位置情報を確認しながら演習場に向かって跳躍する。
演習場とは、主に反逆者の生徒が能力を実技で使用するための区画だ。
元から起伏に富むよう造成されており、更にそこから時間が経ったことで草や低木が生い茂ってもいる。
そこにたどり着いた04は、スマートフォンのマップを見ながら北九州市の方角へと体を向け、大きくかがみ込んだ。
既にウォークマンも起動し、戦闘用プレイリストのランダム再生を始めていた。
そして懐から拳ほどの長さの黒い円柱を取り出すと、唱える。
「大黒・傘――閉!」
黒い円柱が底面直径2メートルほどの巨大な円錐状に変形し、04はそれの底面から延びた柄を持ち、漆黒の傘を前方に突き出した。
すると、再び跳躍。
今度は、本気で跳ぶ。
世界最強クラスの波動能力者の身体能力を以て、彼の肉体は速度はおよそマッハ11、30度の浅い角度で西へ向かって射出された。
巨大な衝撃波が発生し、爆発めいた土煙が演習場に飛散する。
04の離陸した跡には大きくめくれ上がった土壌と、そこに付随するひどく傾いたクレーターが残されていた。
彼の緊急出動の後、こうした演習場の破壊を修復するために維持管理課が重機を用いて出動していることは、九選学園ではよく知られている。
午前10時。九選学園祭開始直後。
佐々倉椿は来場客の呼び込みを行っていた。
椿のクラスの朗読劇の実演時間はおよそ30分、10分間の入れ替え時間を挟んで、10人ずつのローテーションを組んで実施する。
だが最初の30分は、出演者以外のクラス総出でチラシ配布や呼び込みをすることにもなっていた。
椿も努めて愛想よく、校門の前でチラシを配る。
「朗読劇・“ハロウィンの惨劇! グロリアから愛をこめて”でーす! 五人の便利屋によるドタバタコメディをお楽しみくださーい!」
そこに、声をかける者がいた。
「ちわー、椿センパイ!」
「おはようございます」
見知った顔だとわかり、椿は思わず目を丸くしてしまう。
「あれ、二人とも来てくれたの……!?」
真っ赤な髪をストレートに伸ばした少女・社納灯火と、黒髪の少年・荻野衛守だった。
二人は波動能力者ではなく、はるか昔から人類社会の裏で活動を続けてきたもう一つの異能者――魔法少女と呼ばれる存在だった。
神奈川県にある曙天学園の、まだ中等部の一年生だったが、あちらではトップクラスの活動実績を持つということで、先行例である九選学園(中等部)との交流行事で来園した時以来だ。
灯火が朗らかに笑いながら、
「やー、休み取れたんで遠征しようかなって。朗読劇? 先輩も出るんスか?」
「10時半と、12時半と、14時半からの3回。気が向いたら聴きに来てね、良かったらこれ」
チラシを受け取りながら、衛守が尋ねる。
「ありがとうございます。04先輩のクラスはピザ屋で、萩原先輩のクラスは無重力体験でしたね」
「よく調べてるね……!?」
学園のホームページで告知はしてあったが、部外者でありながらそこまで事前に確認して覚えている真面目さに、椿は少し驚いた。
驚きつつも、知っている事情を説明する。
「でもさっき聞いたんだけど、04君は名指しで依頼が来たんで飛んでっちゃったみたい。
元々嫌そうだったし、今日は戻ってこないかも」
「真面目なんだか不真面目なんだか……」
呆れたように腕を組む灯火は、すぐに気を取り直したように衛守の腕を取って続けた。
「まーせっかくなんで色々味わっていきますんで! 開演には間に合わせますね! ほれ行くぞ!」
「あ、ちょっと……」
(…………デート?)
行き交う生徒や来場者の向こうに消えていく二人を見送りながら、椿はチラシ配りを再開した。
北九州市では、既に北部沿岸の工業地帯が大きな被害を受けていた。
突如出現した、四肢を備え直立、そして歩行によって移動する物体。
全高は40メートルにも及ぼうかというその巨躯が手足を振り回し、時に頭部から怪しげな光を発することで、工場や倉庫の広がる埋め立て地からは火の手が上がっている。
出現から10秒で被害が発生し、通報を受けた福岡県警が事態を認識するまでに10分、県警から福岡県、県から内閣府への連絡が更に10分を要した。
その内閣府からは防衛省を通じて自衛隊への出動要請が行われるところだが、ここでは更に別の連絡経路が存在した。
反逆者の出現、反逆者組合の形成や魔法少女の情報公開に伴い、そうした特異能力者と連携するために設立された新たな部門、特異能力庁である。
そして内閣府から連絡を受け、特異能力庁は反逆者組合日本支部に要請した。
遠隔視能力を持つ反逆者の能力によって事態を確認した日本支部からは、九選学園のNo.04へと依頼の形で指令が飛ぶ。
彼の所在や気分によって出動が左右されるというデメリットはあるが、それでも04の出動は展開速度の面で、自衛隊部隊を大きく凌駕した。
九選学園から発進した04は6分弱をほぼ弾道で跳躍し、被害の発生からおよそ25分で、九選学園から約1000㎞離れた北九州市の工業地帯へと飛来する。
04は残存した建物に突入することの無いよう、それまで前方に突き出していた大黒を変形させた。
閉じた傘から、開いた傘のような形状へ。
「大黒・傘――開ッ!!」
すると激烈な空気抵抗が発生し、上空100メートルほどの高さで急減速した04は、大黒を元の小さな円柱の形状に戻しながら瓦礫の上へと着地した。
同時、呟く。
「現着ってな……!」
周囲を軽く見回せば、大型の報道用ドローンが、やや近くを飛んでいた。更に遠くには、自衛隊の偵察用と思われるヘリも飛んでいる。
そして500mほどの距離を隔てて、職員から聞いたところの“怪物”が、彼へと視線らしきものを彼に向けていた。
サイズの差は大きいが、こちらに気づいているのか。
敵は巨大な楕円球状の胴体から長い腕が伸び、それらを短い脚で支え歩いている――といった姿だ。
(でけぇ害獣……面倒ごとは抜きで叩き潰す!)
敵についての詳細は聞いていないが、依頼は眼前のそれを、暴れられないようにすることだ。
生死――生き物なのかどうかも不明だが――は問わない。
04は瓦礫を吹き飛ばして跳躍し、500mの距離を一気に詰めた。
狙いは腹部、初撃から全力で打ち抜く!
「大黒・拳ッ!!」
角の生えた籠手のように変形させた大黒を右手にまとい、衝突の瞬間に威力を炸裂させる――という思惑は、見事に外れてしまった。
(何ッ!?)
衝突の直前、敵がそこから消えていた。
大黒の威力は空振りし、一切の手応えがない。
04は再度、大黒を傘状に変形させて急制動を掛け、勢い余って南方の市街地に飛び出すことを防いだ。
そして次の瞬間、頭上に巨大な影が出現していることを悟る。
「――ッ!!」
上空から落下してくる巨大な質量から繰り出される、旋回する腕の一撃。
04は大黒を球殻状に変形させてこれを防御しつつ、爆音と共に工場施設の残骸に向かって叩きつけられた。
同時、分析する。
(クッソ、何だ……!? 瞬間移動しやがったのか、デカブツの分際で……!)
大黒による防御を解除して、今度は瓦礫を蹴って直上に飛び出し、落着するはずの敵を迎え撃つ――が、これも回避された。
目の前から、一瞬で敵が消える!
そして再び巨体が出現し、04の背後、今度は200メートルほども離れ、まだ生き残っていた工場を踏みつぶして着地する。
04は大黒を傘状に変形させて制動をかけ、同じように着地しながらうめいた。
「野郎……ハロウィンだけにイタズラしますよってか……!」
04の跳躍は、初速にしてマッハ15にも達する。
だが敵は、これを瞬間移動で回避する。
(あのでかい図体を転移させるにゃ、それなりにエネルギーを使うはずだが……短時間で二度も使いやがったな。
よほど考えなしのバカでなきゃ、それを補う手段があるってことかよ)
そこまで考えた所で、敵の目が怪しく光った。
「うおっ!?」
咄嗟に100メートルほど後ろに跳躍する04、その前方を爆圧と熱が炙った。
その後も一か所にはとどまらず、彼は瓦礫の工業地帯を疾走しながら思案した。
不可視の怪光線といった所だろうか、かなりの威力だ。
(……さすがに大黒なしで直撃を受けたらスキを作りそうだ……
何とかしのいで、奴の手品を見切るしかねえ!)
最初の被害から、30分が経過しようとしていた。
時刻は10時を大きく回り、既に学園祭が始まっている。
幸宮茉莉は、今日は一人で遠出していた。
他校の文化祭に参加することなど、初めてかも知れない。
なぜそんなことをしたのかと言えば……まぁ、偵察の一環とでも呼べばよいだろう。
かつて任務の最中に出会った獰悪なエージェントの少年は有名人であり、所属もここだと知っていた。
ああした厄介な手合いがどんな環境で過ごしているのかを知るのは、悪いことではない。
かのNo.04に次に会った時、やはり敵対するとは限らないが。
(……タコが小さい……)
タコ焼きを頬張りながら、茉莉が次に何を食べようか思案していると。
「……!?」
行き交う人の群れが出エジプト記のように割れ、廊下の向こうから異様な巨体が歩いてくるのが見えた。
金属パーツを多用したボンデージファッションに身を包んだ、長身・銀髪の美女。身長は180cmはあるだろう。
左右の側頭部からは、角さえ生えている。手には、出店で買ったと思しきタコス。
そんな美しくも恐ろし気な女と、茉莉は視線を合わせてしまった。
「!」
面倒なことになったか、と訝るも、タコスを持った女は無造作に近づいてくる。
長身を更に強調するブーツのヒールが塩化ビニールの床を噛み鳴らし、彼女は茉莉へと一直線に歩いてきて、立ち止まった。
そして、告げる。
「初めまして、小さな厄災さん」
茉莉も、調子を合わせて挨拶を返した。
「初めまして、歩く大災害さん」
「not大災害。私はマキシマ・ローゼンヴァイン。マキシマと呼んで」
「幸宮茉莉といいます、茉莉でけっこうです」
「祭に似合う名前ね……もしかしてあなた、あの目隠しの坊やと知り合い?」
「そういうマキシマさんも……?」
「あの子、今はいないらしいわ……ちょうどよかった、彼が帰ってくるまでどこかに掛けて、世間話でもしない?」
「じゃあ、あそこで……」
茉莉は臨時にベンチが増設された中庭を指さして、マキシマを先導した。
胸中、戸惑いもしていたが。
(世間話って……こういう人とは何を話せばいいんだろう……)
やや気が動転していたため、何が目的でやってきたのかを話せばいいのだといったことは、少しの間失念していた。
工業地帯で謎の敵を相手に戦闘を続ける04だが、彼の攻撃は、そのことごとくが瞬間移動で回避されてしまう。
04が搦め手を考えつつも攻めあぐねていると、南東の空に何かが見えた。
(……飛行機……?)
それは2機の戦闘機だった。04は機種の見分けなど付かないが、航空自衛隊にようやく攻撃許可が下りたのだろう。
戦闘機と通信する機材などを持ってきていない04は、自衛隊が彼への誤射を避けて攻撃をためらうことが無いよう、後方に跳躍していったん距離を開けた。
(少々癪だが、あのままじゃ埒が明かねぇ……ちぃとばかし他所様の戦いを観察させてもらうぜ)
すると、戦闘機はミサイルをそれぞれ1基ずつ発射した。
飛翔体は急加速し、怪物に直撃――しない。04の攻撃を回避したのと同様、やはり怪物は瞬間移動で転移し、回避と同時に戦闘機の背後を取る。
そして、再びその眼光が瞬いた。
「……!!」
爆炎と破片をまき散らして、2機の戦闘機は空中で破壊される。
残骸が工業地帯へと墜落するが、回避されたミサイルはまだ、生きているようだった。
ミサイルは上昇し、再び出現した怪物に向かうよう軌道を変えて加速するが、やはり瞬間移動で回避される――と、04は見ていた。
だが、今度は違った。
2基のミサイルは、別々の方向から怪物を目がけて飛翔していた。
回避されたのはその一方だけで、そちらは海に向かって突っ込み、水柱を上げる。
しかしもう一方は転移直後の怪物に向けてたまたま進行方向が合っており、今度は何と、着弾した。
爆炎が上がるが、敵に目立った損傷はない。
とはいえ、04は思い至った。
(……!! そうか、俺の攻撃が大振りだっただけで、転移直後には瞬間移動できねぇってヤツか……!?)
仇を取る、などというつもりはないが、戦闘機乗りたちに線香程度は上げるようなつもりで、04は大黒を変形させた。
そして、高速で跳躍。
「今度は目ん玉剥かせてやんぜ、幽霊野郎がッ!!」
変形した大黒は、円筒状の取っ手の先にひも状の形態が伸び、その先端が巨大な棘付きの鉄球のようになっていた。
遠心力を利用して重い一撃を与えたい時に使う、鎖部分をひどく長くしたモーニングスターの形態――
「大黒・星ッ!!」
渾身の力で振り抜かれた漆黒の有刺球体は、極超音速で敵に迫る。
しかしやはり、怪物は瞬間移動でこれを回避し、04の背後を取り――
「オラよッッッ!!!」
そこに転移直後を狙って極超音速で旋回してきた球体が、凄まじい爆音を立てて怪物の頭部を打擲した。
怪物の質量は、数千トンほどか。それに対して今の大黒の球体部分の質量は、せいぜい15トンといったところだ。
だが、No.04の波動を全開にした超怪力――そして柄の部分を長大な杭にして大地に突き刺し、旋回軸をしっかりと固定する機転――によって破壊的なエネルギーが炸裂し、怪物は初めて、瓦礫の海に倒れた。
04の攻撃は、そこで終わらない。
彼は怪物に向かって跳躍し、大黒・星の先端部分を力任せに引き寄せた。
その軌道の先には、頭部が圧潰し、転倒した怪物がいる。
(目と光線は潰せただろうが……!)
そうした状態であろうと、瞬間移動は逃げるためにも使えることだろう。
相手がそうした判断に至る前に、04は決着を付けようとした。
が。
「!?」
何と怪物は両腕を使い、衝撃波で瓦礫を吹き散らしながら殺到した大黒・星の先端を受け止める。
ガキン、と響く大きな衝撃音に、04は驚いた。
(頭を潰しても、他の感覚が生きてやがるのか……!?)
衝撃でその指らしき部分がいくつかはじけ飛んでいたが、それでも敵は両手で大黒をしっかりとキャッチし、固定している――どころか。
「うぉ!?」
04は不覚に呻きつつ、大黒・星の索部分を手繰った怪物に向かって引き寄せられてしまった。
大黒を元の形状に戻したのと、怪物の掌から飛び出した長大な杭の先端に彼の身体が貫かれるのとは、ほぼ同時だった。
「がッ!?」
04は怪物の突き出した腕から、更に突き出た杭によって腹部を貫通され、百舌鳥の速贄のようになってしまう。
即座に大黒を元に戻していれば、こうなることは防げただろう。
やや後悔をしながら、04は腹部を貫通する杭を叩き割るべく腕を振り下ろすが、しかし。
「固てぇ……!」
手刀は弾かれ、杭にはわずかな凹みが見られる程度。
この硬度は異常といっていいほどだった。
04の手刀でこの程度の損傷しか負わないのであれば、戦闘機のミサイルなど避ける必要もなかったはずだ。
不可解なことだった。
だが大黒を変形させる前に、今度は04の身体を電流が襲う。
(#%@*†§‰\――!?)
杭を通じて怪物の体内から発せられているのか、地上最強級の波動で強化されている彼の肉体の防御を貫通するほどの、超高圧の大電流だった。
怪物と異なり、04に瞬間移動などという能力はない。
杭に貫かれたまま逃げ場のない彼は今、まさかの窮地にあった。
一方、九選学園祭では――
来場した少女“らしき”存在が、周囲から注目を集めていた。
「サワベーッ!! これ! これアイスだって!! 買って買ってーッ!!」
その少女は銀髪に青い肌をしており、人間であれば白目の部分が真っ黒な色をしてもいた。
そんな異質な風体の娘が空中にふわふわと浮かびながら、同行者と思しき他校の生徒にアイスをねだっている。
同じく他校の生徒である義巳はそれを見て、思わず小さく声を上げていた。
「何じゃありゃ」
その呟きを聞き取ったらしき親友の蒔田萌が、分析する。
「ドッピンディッツ? 珍しいよね、こういう文化祭にはたまに協力してるらしいけど」
「いやいや、出店の名前じゃなくてあの青い浮かんでる子でしょ……わたしも初めて見た、コスプレかな」
認識のずれを指摘したのは、同じく同行する親友の桐谷みちるだ。
義巳は当事者に聞こえないように、声を潜めてみちるに意見を言った。
「コスプレで宙に浮かぶことは出来んだろ……」
「え、でも反逆者ってやつなんじゃないの? 浮いたり飛んだりする人もいるって……」
「じゃあ聞いてみよっか」
「え"っ」
「ヘイカノジョー!」
そう提案してずかずかと青い少女に向かって近寄っていくのは、四人の中では最も背が高く、物怖じもしない桧山薫子だった。
彼女は義巳たちの中では最もバイタリティに富み――九選学園祭を見に行こうと提案したのも薫子だ――、交友関係も広い。
「ちょ、カオル……!?」
義巳は薫子を引き止めようとしつつも躊躇し、そのまま取り逃がしてしまった。
「お、何だ?」
「すみません、何かご用?」
だが、空中に浮かぶ青い娘とその同行者――友人だろうか?――らしき女子高生は、薫子の突撃に問題なく応じる様子だ。
義巳たちが固唾を飲んで見守る中、薫子は二人に対して名乗る。
「あたし桧山薫子、二年生です。二人って友だち同士? よかったらうちらと一緒に記念写真撮りませんか?」
「うぉ、何か強引なヤツだな。ボクはベル、こっちは――」
「サワベです、二年生。桧山さん、ベルが珍しい?」
「うん、もう初めて見るからビックリした! どっから来たのとか、めっちゃ気になってさぁ!」
(ホント怖いものなしだなあいつ……)
義巳たちからは後頭部しか見えていないが、薫子の目が輝いていることは想像に難くない。
一方、ベルと名乗った青い肌の娘は空中で姿勢の上下を反転させながら薫子に告げる。
「このアイス買ってくれたら教えてやるぞぉ?」
「買う買う! みんなもこっち来なよ! あたしがオゴるから一緒に食べよ?」
薫子が振り向いて手招きをすると、サワベとベルの視線も義巳たちに向けられる。
義巳は萌にみちると目線を軽く交わすと、観念して進み出た。
「あっ、その……すみませんウチらの連れが失礼を……」
「まぁ……立ったままもなんだし、写真撮ったら中庭で食べましょうか。
あ、せっかくなんでごちそうになります桧山さん」
「よーし! じゃあみんな、好きな味選んでー!」
写真を撮って共有し合い、アイスを食べると、彼女たちは六人の集団となって文化祭をそぞろ歩くこととなった。
もちろんその間、始終ベルが人目を引いていたのは変わらない。
その頃、北九州市での戦いはどうなっていたか?
「ウォラァァァァァッ!!!」
大電流に肉体を焼灼されながらも、04は巨大なプライヤーのように変形した大黒・噛で敵の胴体を挟み込み、力を込めた。
「く・た・ば・れッてんだ……!」
「ヴォオオオオオォォォォォッ!!!」
漆黒の巨大なくちばしに挟まれた怪物は、その時初めて悲鳴か何かを思わせる音を発した。
更に激しく抵抗するということか、怪物は空いた方の腕からも、04に向かって杭を発射する。
しかし、
「ウラッ!!」
渾身の波動を込めた頭突きで、04は今度はそれを弾き返す。
「オレの石頭を甘く見んじゃねぇぞ――」
04の精神が高揚し、波動出力がさらに上がっていく。
それは怪物を挟み込んだ大黒・噛にも伝わっていき、そして、ついには。
「――こんの、カス野郎がぁぁぁぁぁッ!!!」
ガゴン! と激しい破壊音を立てて怪物の胴体が大きくひしゃげ、炸裂した。
同時、04の身体を蝕んでいた大電流が停止して、怪物の巨躯が倒れる。
土煙や粉じんが盛大に舞い上がり、消防が近づけないため収まっていない工業地帯の火災をわずかに煽った。
「ク、死んでも固てぇままかよ……!」
怪物の腕から飛び出した杭に貫かれたままだった04は、体を引き抜くのに難儀しながらうめく。
「あークソ! しゃあねぇ……!」
彼は右手の中に戻っていた大黒を刀状に変形させ、己の左肩口から胴体を貫通する杭までを繋ぐように切り裂いた。
そして怪物の杭から落ちるように抜け出すと、急いで身体を再生させる。
観察するも、もはや敵に動き出す気配はない。
(…………死んだ振りや再生の様子も……ねぇか……?)
倒したとはいえ、正体も破壊行為の意図も分からないままだった。
国際波動研究所などの研究機関による解析が行われるだろうが、そこから先はまぁ、恐らくは04の知ったところではない。
正確には、“面倒だし願わくばそうあって欲しい”という程度だが。
火災といった被害への対応も、彼の管轄ではない。
04は反逆者組合に任務の完了を報告しようと、腰のポケットに仕舞っていた高耐久スマートフォンを取り出す……が。
「……やっぱダメかぁ」
スマートフォンは電熱で溶解し、金属と樹脂とを稚拙に混ぜ合わせたが如きおぞましげな物体になり果てていた。
国際波動研究所による特別製だったが、04の波動防膜ですら防ぎきれないレベルの凄まじい電流相手には、さすがに持たなかったようだ。
衣服の方は比較的原形を保っているものの、やはり焦げて異臭が残っている。
(それよか何か、時間の分かるもんはねぇか……?)
午前10時前に出動したのははっきり覚えているとして、北九州市への到着から2時間は戦っていただろうか。
炎上を続ける廃墟と化した周辺を軽く見回すと、どこかの工場付属の事務室か何かと思われる小さな部屋の壁に、時計がかかっているのが見えた。
近寄って秒針を見るに、問題なく動作している。
それによれば、現在時刻は14時を過ぎたところのようだ。
(ヤっべぇ、思ったより長引いてた……!?)
朗読会の椿の出番は、最後が14:30からの筈だった。
今から自衛隊に頼んで送ってもらうようなことをしていては、到底間に合わない。
04は周囲を注意深く見回して、負傷者などが残っていないかどうか確かめた。
生存者を助けたいなどといった殊勝な心掛けではなく、ここから九選学園まで跳躍することで発生する衝撃波によって、死者などが出ないかと気にしたためだ。
さすがに“文化祭の出し物に間に合わせたいので、構わず離陸に巻き込んで負傷者を殺しました”などとなれば、エージェントとしての彼の評判は悪化することだろう。
彼とて、無関心に周囲へと死をバラまく存在でいたいわけではない。
(……いねぇな、ヨシ!)
こういった時、魔眼“腐心”は便利だった。
負傷などに苦しむ負の感情があれば、それを目で見て検知することができる。
普段なら受ける気にはならないが、救助・救出の任務などでもその有用性は高い。
ただ、問題はまだあった。
(方角は……しゃあねえ、大雑把にしか分からんから、修正しながら小刻みに跳んでいくしかねぇか……!)
04はドロドロに溶けたスマートフォンを捨てて廃墟にしゃがみこむと、一気に跳躍した。
巨大な爆風と衝撃波が今一度廃墟を襲い、彼の身体を東北東へと射出する。
その頃、九選学園の中庭に設けられた簡易飲食スペースは、未だ多くの来場者で賑わっていた。
例えば、女子高生に氷の精霊の混じった六人組。
「えー、じゃあ元居た精霊界には帰れないの!?」
「まぁ、そうなっちゃったもんはしょうがないしなぁ。
こっちのアイス好きだし、ボクは悪くないと思ってるけどっていうか、最近はローカルな奴を探しててさぁ、アイス!
なんか珍しいやつ知らない?」
例えば、私服姿の女子高生と、角を生やしたボンデージファッション姿の長身の女という二人組。
「旦那さんいるんですか……!?」
「これが写真よ。惚れないように気をつけてね、ひどくいい男だから――」
例えば、地元で有名な魔法少女であることは隠してやってきた中学生のカップル。
「萩原先輩の無重力体験、あれ曙天学園でもできないかな。魔法で疑似的にやる感じで」
「まぁ良さそうだよな、丸パクになっちゃうけど事前に先輩に話通しとけばいいだろうし――」
他にも多数の来場者がいたが、時刻は14時20分を過ぎ、九選学園祭が終了する16時までは約1時間半を切りつつあった。
そろそろ自分の出演する最後の上演の時間だ。廊下から中庭を見下ろしながら、椿は嘆息した。
(やっぱり聴きに来てくれないのかな、ゼロフォーくん……)
そうして教室に戻ろうとする彼女の背後から、不意にズドン、と鈍く大きな音が響いた。
「……?」
気になって中庭に目をやると、そこには土煙が上がっており、中庭にいた多数の人々も、やや距離を取りつつそれを眺めていた。
そしてその起点と思しき場所には、彼女の良く知る、髪を逆立てヘアバンドを目深に被った長ランの少年の姿があった。
破損したレンガ調の床タイルに尻餅をついて、彼はこちらに気づいて見上げ、声を上げる。
「あ、おい佐々倉! 今何時だ!? もしかしてもう最終、おわっちまった……かな……?」
椿はやや安堵しつつ、眉根を寄せて答えた。
「これからだよ、04君! でもその前に……」
「何だよ、だったら問題ねえ――」
「ほーぉ、問題ないか?」
立ち上がりながら安堵する04の肩を、声と共に掴む人影があった。
赤い髪を長く伸ばした、背も高くスタイルの良い三年生の生徒。
04が、彼女を愛称で呼ぶ。
「げ、イヨ姉……!?」
「緊急の指名任務があったのは仕方がないが……君は佐々倉君の朗読劇を見たさに道すがら、民間に迷惑を駆けつつ帰ってきたようだな……?
組合からしっかり報告が上がっているぞ」
04はスマートフォンを失ったため、比較的小規模なジャンプを繰り返し、小刻みに西日本を横断してきた。
ただ、手加減したジャンプとはいえ、発進地点にはやはりそれなりのクレーターが出来てしまう。
できるだけ迷惑のかからない場所を選びはしたが、急いだために何度か農地などに穴を開けてしまっていた。
遠隔視能力者を通して04の任務遂行を監視していた反逆者組合から、これらの行状について、学園の生徒会長であるイヨにも連絡が入っていたのだろう。
04は反論できなかった。
「えっと、それはその……」
「何だ、言ってみろ」
「ハロウィンだけに、イタズラしちゃったぞー……なんて……」
そこまで口にしてこれ以上は逆効果だと悟り、04は軽く跳躍し、中庭から逃亡した。
「あっ、待て鬼神ッ!!」
重力反転を併用して、イヨがそれを追いかける。
椿はそこまでを見届けると、廊下の窓を閉めた。
(まぁ動画は撮ってるし、それ見せてあげればいいか)
04のことはそれなりに知っている。
後日ヘアバンドを目深に被りながら、謝罪になっていない謝罪をしに来てくれるのだろう。
「椿、始まるよ!」
「うん、いま行く!」
共演する友人の呼びかけに応じて、彼女は教室の中に駆け込んだ。
Happy Halloween!
お読みいただきありがとうございます。
1日で大体が完成し、2日目に推敲とHTML化が完了しました。
ちょっとハロウィンあじが薄い感じになってしまいましたが……
各キャラクターをお借りしましたこと、最後に御礼申し上げます。ありがとうございました。