(あるスタッフの手記) (◯月◯日) 各部署をたらい回しにされ彼女らは此処に辿り着いたらしい。 どこも扱いあぐねたのであろうが、うちにしたってお門違いも甚だしい。 謎の人形巨大兵器(ヅァイオンと呼ぶらしい)。 その分析と調査は確かに研究者心をくすぐるものではあるが、 まさか人間の、それも子供もセットとは。 我々は「人造生命開発課」、普通の生き物は専門外である。 「ロポ」。 檻の中の少女はそう名乗った。 開口一番、うちに人間の研究者がいるかと尋ねられた。 どうやら行方不明の父親を探して旅をしてきたらしい。 (◯月◯日) 他部署が音を上げるわけだ。 ヅァイオンの分析はまったく捗らない。 構造、出力、駆動原理…魔族の我々でさえまるで分からぬとは… このようなものを人類が作ったとは驚きと興奮を禁じ得ない。 ロポが語る話を信じるなら、一人でこれを作り上げた 彼女の父親は間違いなく天才だ。 魔族に拉致されたというのも有り得る話である。 父の所在について関係各所に問い合わせ。 あわせて外部でも消息を探ってもらう。 調査結果はしばらく先になるだろう。 (◯月◯日) ロポの調査中、お腹が減ったとわめくので、 試作品の食用マスコットを与えてみたところ 激しく泣き、怒り、ヅァイオン暴れる。 久々の工房爆散の危機。これだからキッズは…。 (◯月◯日) 今日のロポは珍しく静かにしていると思ったら サティスファクトのクイズに頭をひねっていた。 てかいつ戻ってきてたんだあのあの気まぐれゴーレム。 ヅァイオンの100分の1でいいから命令を聞いてくれ。 (◯月◯日) 月2回、職員一同で行う工房内のマザクリク探索を 怪訝そうな顔で眺めていたロポ。 事情を説明してやったら 「はだかの王様って知ってる?」だと。抜かしおる。 (◯月◯日) ロポが風邪を引く。 至急数百項目に及ぶ身体検査の結果、ただの過労と判明。 ここにきてから大人しく囚われの身に甘んじていた理由がわかった。 子どもの一人旅だ、相当無理を重ねてきたのだろう。 今日の調査は中止。 全自動自白強要機「拷問くん」を介護モードに設定しお粥を作らせる。 ロポが元気になるまで調査は当分とりやめ。 まったく、子どもとは手間のかかるものだ。 主の不調と呼応するかのようにヅァイオンの機能も著しく低下。 人と機械の奇妙な相関。気になる。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ (◯月◯日) 数ヶ月の調査によって判明した幾つかの事実と推論。 先ず父親の身辺調査の結果、 魔王軍と接触した様子は一切ない事が分かった。 次にヅァイオンの最終調査結果。 結論からいえばヅァイオンは人造生命体ではない。 どころか機械ですらない。 ロポが無意識に人並み外れた魔力で生成し、 操作している彼女の分身ともいえる魔術的存在である。 よって父親がヅァイオンを開発したという話も全くの虚構。 身辺調査によるとロポの父はそもそも技術者ですらなく、 職を転々とし、また複数の金融機関から多額の借金があったという。 そしてなにより、彼女の幼い身体に刻まれた無数の虐待痕。 少なくともロポが語るような理想的な父親ではなかったのは間違いない。 これらの事実から推測できる事は2つ。 ロポの凡そ人間離れした魔力は自身の空想── 強烈な自己暗示による産物であろう事。 彼女の作り出したストーリーは、 自身が父親から愛された存在であるという証明であり にも関わらず、父親が彼女の前から姿を消したという 辻褄合わせのように思える。 しかし何故、そのような空想が必要だったのか? その答えが次の推測となる。 つまり、ロポの父親は恐らくは既に亡くなっているのではないか─。 身辺調査報告によると、ヅァイオンが目撃されはじめて以降、 彼の消息は途絶えている。文字通り消えてしまったように。 断片的な事実から推察される真実は以下の通り。 父親の虐待行為がついに限界を超え、ロポは生存本能から その異常な魔力をある時不意に呼び覚ましてしまった。 まだ幼い子どもが魔力を暴走させ、 周囲に被害を及ぼす事例は人魔問わずごくありふれたものである。 またその際に、親しい者が暴走に巻き込まれる事も。 すべては不慮の事故だったのだろう。 しかし、父を死なせてしまったロポは事実を認めることが出来ず 空想という殻に閉じこもった。 ヅァイオンとは、あまりに酷薄な現実から少女を守る 空想という名の鎧の具現化なのかもしれない。 幻想の巨人を操るという強大な力はしかし、 現状極めて危ういバランスのもとに成り立っている。 もしも幼いロポが真実を突きつけられ、空想が崩壊すれば ヅァイオンもまた呆気なく崩れ去るに違いない。 主である少女の心を道連れにして。 (◯月◯日) 調査報告に目を通した上層部のお達しはロポの「懐柔」。 つまりはマインドコントロール下におくこと。 相手は心に深手を負った幼い子どもである、 精神を操作し従属させる事などたやすかろう。 今よりももっと精巧で、より彼女にとって都合の良い空想を 用意してやればロポは進んでそれを信じる筈だ。 それはむしろ、彼女にとって幸せかもしれない。 悲惨な事実を永遠に封印し、居心地のいい場所を与えてやる。 強力無比な巨大兵器を操るロポであれば称賛も栄誉も望むがままだ。 そしていつしか、与えられた幸福を守るため 少女は喜んで凄惨な戦場に身を投じるようになるだろう。 魔王軍の尖兵として、同族殺しの咎人として。 内外から閉鎖の噂が聞こえる開発課としては 大きな手柄を喉から手が出るほど欲しているのも事実。 幸いにして、もとより鬼畜外道の極みと謗られる我々開発課に これ以上落ちる評判もないとくる。 たかが人間の小娘一人。 今さら何の躊躇いがあろうか? ・ ・ ・ ・ ・ ・ (◯月◯日) 上に、ロポとヅァイオンが脱走したと報告。 露骨な舌打ちの後にまたやらかしやがって…と 毒づく声が通話の奥から聞こえたが聞かぬフリ。 そう、我々にとってはいつもの事。 今さら失態が一つ二つ増えたところで蚊ほどの痛痒もなし。 少女を憐れんだわけではない。 これは単なる意地の問題に過ぎない。 兵器開発こそ我々開発課の趣味…もとい使命。 あくまでも自らの制作物で認められなければ何の意味もないのだ。 ふってわいた手柄のチャンスなどただのノイズ。 ただそれだけの事である。 ・ ・ ・ 風の噂では、ロポは今も父を捜し魔王軍を倒す旅を続けているらしい。 旅路の中でいずれ真実と向き合う日がくるだろうが、 そのとき少女の傍らには、心から彼女を案じ支えてやれる仲間が いてくれる事を今はただ願うばかりである…。