「どうしてもその小僧、いや…」 少年、と言い直したところで愛娘の機嫌が治るわけでもない。 かわいらしいウマ耳を鋭くピンと立てて、ミネバ・ザビは抗議の 視線を校長席に座る大漢に送り続けている。 「お父様。私のトレーナーはもう決めました。彼以外にあり得ません」 「しかしなあ…」 デビューウマ娘、ミネバの傍らには歳のそう変わらぬ少年が立つ。 中央トレセン学園のトレーナーとしては若い…あまりに若いその人物に、 ドズル校長はそう簡単に、首を縦に振るわけにはいかなかった。 大学を飛び級で卒業してきたバナージという少年の未来には、 ドズルとしては大いに期待しているところはある。 しかし今すぐに自らの娘の、短い現役時代を任せるには あまりに早すぎるのではないか…と考えるのも、当然の葛藤であった。 しかしそのような父親の心配を意にも介さず、 貴公子然とした声色でミネバは訴えた。 「彼の実力は本物です。私も伊達に、トレセン学園校長の娘として、 生きてきたわけではありません。トレーナーを見る目は養っているつもりです」 「………」 そう言われるとドズルも弱い。 ミネバの持つウマ娘として必要な知識のほとんどは、 自分が教え込んできたものに他ならないのだから。 ああ、認めるしかないのかと頭を3回掻いたのち、 改めて彼女の書類へと目を通した。 「それはまあ、良いとしよう。しかしなんだこの名前は。 ウマ娘名、オードリーバーン」 ウマ娘の中には2つの名前を使い分ける者たちもいるが、 現在は少数派の様だった。 ドズルとしてもザビの冠を背負って走ってもらいたかったきらいがあり、 何故このような名前でクラシック登録を行ったのか大いに疑問である。 しかしその父親の不機嫌そうな顔には、バナージ少年が凛と答えた。 「家出した彼女と初めて出会ったとき、俺にはそう名乗りました。 ですから俺には、彼女はウマ娘、オードリーバーンです」 「私も同じ気持ちですお父様。彼とターフを歩む以上… この学園にいる限り、私はミネバ・ザビではなくオードリーバーンです」 「……………はあ」 また委員会メンバーの兄貴に嫌味を言われるかもしれん。 そんなため息をつきながらも、この若人たちを止められる自信は 既にドズルにはなかった。 良かろう。好きに走ってみるがいい。 お前の足で。お前の認めたトレーナーと共に。どうなっても俺は知らんぞ。 そう言って振り払うように、ドズルは二人を校長室から追い出した。 「ありがとうございますお父様。いえ、校長先生」 「必ずオードリーをダービーウマ娘にしてます、校長!」 …これが最初の1ページ。 後にその幻想的な疾走からユニコーンと評される、 ウマ娘オードリーバーンの伝説の始まり。