シーパラコラボの準備は着々と進んでいる。新曲も出来上がり、みんなのレッスンにも熱が入っている。 忙しい中での打ち合わせも進んでイベントの形が段々と見えてきた、そんな中。 俺には一つ気掛かりなことがあった。 雫の様子がおかしい。 元気が無いというほどではないのだが、どことなくみんなの輪の中に入り切れていないような、そんな気がするのだ。 とはいえ、楽しんでいないというわけでもない。ただ、なんとなく違和感がある。そんな感じ。 はっきりと言いきれないのが、自分でももどかしいが…。 「とはいえ、このままにはしておけないよな…」 後になればなるほどイベントは近づいてきてしまう。なるべく早く、雫と話をしなければならない。 しかし、自分でも確信が持てないものについて、どう切り出したらいいものか。 頑張っているみんなの姿を見ながら、俺はそんなことを考えていた。 ----- なかなかタイミングが掴めないまま、数日が経ってしまった。 忙しさにかまけていたのもあるが、このままではいけない。 雫がレッスン室を自主練で予約しているのを確認した俺は、意を決して雫の話を聞くことにした。 レッスン室の扉をくぐり、ダンスに集中する雫の姿を見守ること数分。 曲が終わって息を整っていくのを待ち、俺は雫に声をかけた。 「雫、お疲れ様」 雫はタオルで汗を拭いながら、こちらに向き直った。 「あ…お疲れ様、です」 お辞儀する姿にも、やはり元気が無いように思える。 「調子はどうだ?」 我ながら、語彙力が無いにもほどがある。 「ん、新曲にも、慣れてきた。合わせの方も、順調」 それは見ているだけでもわかる。BIG4になった今となっては、ダンスもすっかりお手の物だ。 それでも少しばかりキレが欠けているように見えるのは、やはり体調面ではなく精神的なものだろうか。 「ええと、もし勘違いだったら申し訳ないんだが…今回の凱旋イベントについて、何か思うところがあったりするのか?」 そう言われた雫の表情が、わずかに硬くなった。 「…そう、見える?」 「ああ。何となくだけど…いつもより元気がないように見えた。  でも、準備を楽しめていないわけでもなさそうだし、何が原因なのかがわからなくて声を掛けるのをためらってしまってな」 すまない、という意思を素直に伝えると、雫は何度か頷いて見せた。 「ううん、牧野さんは、悪くない。むしろ、そんなところまで気付いて、こうして話を聞きに来てくれた。さすが、敏腕マネージャー」 やはり、雫の中に『何か』はあるらしい。 話すことで雫の気が晴れるかはわからないが、まずは聞いてみることにしよう。 「俺でよかったら、話してみてくれないか」 「ん…と言っても、大したことでは、ない。ちょっと、もやっとしてることがある」 「もやっと?何か問題があるのか?」 前のコラボイベントの時にはそんな様子は無かったが。今回やろうとしている企画関連だろうか? 雫が何に悩んでいるのか、まるでわからない。俺は雫の説明を待つことにした。 「えっと、今回のイベントでやるライブは、凱旋ライブ」 「そうだな」 「凱旋ライブって、普通は生まれた所に帰ってやるもの、じゃないかなって。私は、星見市の出身じゃ、ない。  それに気が付いてしまったら、どうでもいいことのはずなのに、なんだかずっと気になって…」 「な、なるほど…」 確かに、雫は星見市の出身ではなかった。アイドルオタクの雫としては、そういう概念的な部分が引っかかってしまったのか。 「アイドルになれて、みんなと出会えて…星見市には、いい思い出しか、ない。でも、だからこそ、余計に気になっちゃって」 本来の『地元』にあまりいい思い出が無い、というのは話として聞いているし、星見市にはしっかりと愛着がある。 雫の迷いを些細なことだと言ってしまうのは簡単だが…言葉を大事にする雫は、きっとそれでは納得しないだろう。 どうすれば、星見市に凱旋するということを素直に受け入れることができるだろうか。 「そうだな…ちょっと見方を変えてみるのはどうだろう」 「見方を、変える?」 正直、その場での思いつきではあるが…。 「さっき、雫が言ったよな。『星見市でアイドルになった』って」 「うん。お姉ちゃんにアイドルに向いてるって言ってもらって、遙子さんがオーディションを受けに来たと勘違いして…牧野さんが、見出してくれた」 改めて、雫は色々な偶然に導かれてきたんだな。 「確かに『兵藤雫』自身は星見市で生まれたわけではないかもしれないが、『アイドル 兵藤雫』が生まれたのは星見市で、星見プロだろ?  そう考えれば、凱旋っていうのも間違っていないんじゃないか?」 屁理屈とか言葉遊びの類かもしれないが…。 「ん、なるほど…それは一理ある、かも」 雫は顎に指を当てて思案するポーズを取った。 自分なりにこの考え方を咀嚼しようとしているのだろう。俺は黙って次の言葉を待つ。 「アイドルの私は、星見市で…星見プロで、生まれた。つまり…私は、牧野さんに産んでもらった…?」 「うん?」 「ということは、牧野さんは、私のお母さん…?」 「えっ」 ちょっと待ってくれ。話がおかしな方向に向き始めたぞ。 「えーと、雫?話がだんだんズレてきてないか?」 「ふふ、冗談。ごめんなさい。牧野さんが素敵な考え方を教えてくれたから、ちゃんと受け入れられた。  私も、星見市出身のアイドルだって、胸を張って帰れる」 「…そうか、それならよかった。雫は星見プロの大切な一員なんだぞ?」 「うん。そんな当たり前のことすら、忘れそうになってた。反省」 雫の目から迷いの色はすっかり消えていた。 「イベント、みんなと一緒に楽しむ。それに、みんなが楽しめるように、もっとみんなのこと、サポートする」 「ああ。俺も一緒に楽しむよ。イベントまでもう少し。頑張ろうな」 「…うん、任せて!」 力強く発せられた言葉に、俺は内心で安堵した。 それと、頑張るのは雫だけではない。イベント期間中には雫の誕生日がある。 雫の事を盛大にお祝いもしてあげようと、みんなでイベントの準備と並行して進めている。 本番でサプライズをするのが、今から楽しみだ。 終わり