二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1727424143040.jpg-(28440 B)
28440 B24/09/27(金)17:02:23No.1237090015そうだねx1 19:02頃消えます
(ああ、来るべきものが来たのか)
 ドアを開けたテイラー・リストカットが最初に思ったことはそれだった。
「お姉様。聞きたいことがあります」
 真剣な、ほとんど殺気さえこもった眼差しで、オードリー・ドリームウィーバーがこちらをまっすぐ睨んでいる。その背後にはオリビアとテイラー……自分のようななれの果てではなく、オルカのちゃんとしたテイラー・クロスカット……もいる。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
124/09/27(金)17:02:38No.1237090072+
 結局は、こうなるのが当然なのだろう。デルタへの復讐を遂げ、もろともに地獄に落ちようとしたあの時は、姉妹たちのくれた言葉で生きようと決意できた。しかし、こうしてデルタのいない平和なヨーロッパの空気を吸い、あらためてゆっくり考えてみれば、自分のこれまでしてきたことはやはり死をもって償うのが一番正しいような気がする。そんな気になることがある。
 自分自身でさえそうなのだから、オルカの姉妹たちがそのような気になったとしても、何の不思議もない。
「……なにかしら。座って話す?」
 せめて見苦しいところは見せまいと、笑顔をつくって一歩下がり、三人を招き入れる。だが、オードリーはしずかに首を振った。
「いいえ、一緒に来て下さい。今、すぐに」
224/09/27(金)17:03:04No.1237090145+
 フランス、リヨン。数日前までレモネードデルタの本拠地であったこの古い都のはずれを、一台のシトロエン・ピカソが爆走していた。
 デルタのお膝元だったためか、驚くほどきちんと整備された路面を削り取らんばかりの急ブレーキで横ざまに停車したシトロエンは、とある建物の前で四人のバイオロイドを吐き出す。
「ここですわね」
「そう」
 清潔でそっけない印象をあたえるその四角い建物のエントランスにはランパートが二機、大ぶりのショットガンを構えていた。リストカットがカードを見せるとさっと銃を下ろし、敬礼のポーズをとる。それに目もくれず、先頭に立つオードリーはドアを押し開けた。
 空調が効いた廊下をまっすぐ進み、突き当たりの扉で再びカードをかざす。ロックが解除された分厚いドアを開けると、むわっと湿った生温かい空気と、独特の臭いが押し包んできた。
324/09/27(金)17:03:17No.1237090184+
「うわ、こんな臭いなんだ? 初めてかいだかも」
 オリビアのつぶやきにも耳を貸さず、オードリーはさらに足を速める。短い通路を抜けると、天井の高い広大なスペースが厚いビニールカーテンで細かく区切られたエリアに出た。
 カーテンの一つをめくって中に入ると、大きな平たいバットが何段にもぎっしりと詰め込まれた棚があった。その一つを引き出し、中を見たとたん、オードリーは膝から崩れ落ちた。
「サ・イ・エッッッ(やっっった)……!!」
 両のこぶしを握りしめ、天を仰いで涙をにじませるオードリーに、ほかの三人はやや唖然とした眼差しを向ける。
「そんなに?」
「まあ、オードリーだから……」
 バットの中には苔色をした敷物の上に、小指ほどの大きさの白いイモムシが、無数にうごめいていた。
424/09/27(金)17:06:17No.1237090759+
 蚕。チョウ目カイコガ科カイコガ属、学名ボンビクス・モリ。指でつつけば潰れてしまいそうな白く柔らかい体をしたこのイモムシは、他の多くのチョウ目昆虫と同様、蛹になる前に口から糸を吐いて繭をつくる。その繭糸から作られるのが、人類史上最高級の衣料素材のひとつ、絹である。
 蚕は人間に飼育されなければ生きていけない。数千年にわたって品種改良を重ねられたその遺伝子からは野性というものが完全に抜け落ちており、木の枝をのぼる力も、餌を探し回る本能さえ持ってはいないのだ。
 不幸なことに旧時代、世界の絹生産の大部分を担っていたのは中国だった。国策としてバイオロイドを用いず、AGSをあらゆる分野で活用していた中国では、鉄虫の襲来とともに産業という産業がのこらず壊滅した。養蚕も例外ではなく、世話をしてくれるロボットがいなくなった数百億の蚕たちは、飼育棚から逃げ出すこともせず、静かに死を迎えた。
 リストカットの知る由もないことだが、オードリーはオルカに乗り組んでからというもの、どこかに蚕が生き残ってはいないかと機会のあるたび探し続けていた。しかし、ただの一頭も見つからなかったのである。今日この時までは。
524/09/27(金)17:06:47No.1237090859+
「デルタのワードローブを見て、自分用に絹の生産体制を維持しているのではと思いつきましたが……期待以上でしたわ! チャイナ21、チャイナ335、チヨヅル、アスコリ、セクサルド、あらレッド・コイシマル、こちらはプラチナボーイ!」
「何の呪文?」
「蚕の品種だと思うわよ……よく知らないけど」
 後ろでひそひそとささやき交わす姉たちの声にも耳を貸さず、オードリーはあちらの棚、こちらの棚から小さな蚕の幼虫をつまみ上げては、うっとりと感嘆のため息をもらしている。
「メルヴェイユなコレクションですわ……今ならデルタの墓に花くらい供えてあげてもいい気分です」
「あの女に墓なんかないわよ」
「知ってるから言うのですわ」
 すまして答えてからオードリーはふと眼を細め、バットの底に敷き詰められた緑色のプディングのようなものをすくい上げた。
「ですが、こんな安物の合成飼料を使っているのはいただけませんわね。どこか近くにクワ畑を作るくらいなんでもないでしょうに……こういうしなくてもいいコストダウンをするから、本物の一流になれないのです」
「うわ、辛辣〜」
624/09/27(金)17:07:02No.1237090923+
「製糸と織りはどこで?」
「製糸場は隣の建物。織物工場は市の中心部にある旧時代のをそのまま使ってるわ」
「リヨンは絹の都ですものね。あとでそちらにも行きますが、まずはここの運営体制を把握しましょう。製糸場を見てから、管理AGSに会わせて下さいな」

 生糸保管庫で再度感涙にむせび、管理AGS(リストカットも初めて会ったが、トミーウォーカーの改造モデルだった)と簡単な打合せをすませてゲートまで戻るあいだも、オードリーの足取りははずんでいた。
「さあ、これから忙しくなりますわ。まずは司令官のスーツを昼用と夜会用。それに私たちのドレスも合わせて仕立てないと」
「そんなに嬉しいもの?」リストカットは声をひそめて、隣のテイラー・クロスカットにささやいた。
「あの子は極端なのよ」クロスカットは肩をすくめて笑った。「でも、まあ、シルクはスペシャルよね」
「司令官の使ってるハンカチなんて、21世紀ものだよ」オリビアもひょいと首をのばしてきた。「私は箱舟より前のオルカは知らないけどさ、絹の状態のいいのはほんとに全然なかったんだ。それがこれからは好きなだけ使えるし作れるんだもん、気持ちわかるな」
724/09/27(金)17:07:24No.1237090990+
「……そんなものかしら」
 リストカットにはよくわからない。デザイナーとしての感覚など、とっくの昔に……最初にこの手で妹たちを死に追いやった時に失ってしまった。
 そもそもこんな施設があること自体、今朝オードリーに言われるまで忘れていた。白と黒に染め分けられた、なかなか悪くない趣味の床を眺めながらぼんやりと思い返す。デルタだって少なくともこの二十年ほどは、服作りなど近寄ってもいなかったはずだ。なのにこんな場所を維持していたのは惰性か、あるいはバイオロイドに植え付けられた本能というやつだったのか。
「本能か……」
 テイラー・クロスカットは経済性と合理性を何より重視する。十人死ぬのを見過ごすよりも、自分の手で五人を殺して、残りの五人を助けられるのならそうする。それがテイラーモデルの本能で、自分はそれに従って最善の選択をしただけ。そう、あの時彼女は言ってくれた。
 本当に? 本当にそうか?
824/09/27(金)17:07:47No.1237091054+
 もしそうなら、なぜ他のテイラーは同じように行動しなかった? 自分が死なせた何百人ものテイラーの誰一人として、
「オーケイ、あなたの考えてることわかる。私も賛成するわ」
などと言わなかったのはなぜだ? みな苦痛と、悲しみと、怒りをいっぱいに湛えた目で最後まで抵抗し、みずからの妹たちとともに死んでいったのは?
 自分はやはり、どこかで決定的に間違えたのではないか。でなければ、決定的な間違いにさえ気づかないほど、最初から故障していたのではないだろうか。
 自分が選択したのは、最善の未来などではなく……
「なにか辛気くさいこと考えてるでしょ、姉さん?」クロスカットに肩を叩かれて、リストカットの物思いは中断された。
「別に……」
「わかるわよ、そういうの。悩むなとは言わないけど」
「姉さんたちだって、これから忙しくなりますわ」オードリーの明るい声がかぶさる。「すぐに夏が来ますもの、水着の注文が殺到します。二人とも、自分の分も作っていないでしょう?」
924/09/27(金)17:08:03No.1237091093+
「水着!!」クロスカットとオリビアの目の色が変わった。
「そうだった、いけない。すっかり忘れてた」
「オードリーのアレよかったよね、紐のやつ。姉妹でお揃いにしたらインパクト出るかな」
「ヨーロッパを落としたばかりなのに、もうバカンスの計画?」呆れた、という思いが気持ちを切り替えさせてくれた。というか紐とは何だろう。「底抜けに呑気なのね」
「姉さんは水着作らないの? ミスターにアピールするチャンスよ」
「結構よ。……ねえ、あなたたち、私を恨むとか、許さないとか、そういう気持ちはないの?」
 リストカットは足を止めた。他の三人も足をとめた。
 三人の視線をまともに受け止める。こんなことを言うつもりではなかったが、つい口をついて出てしまった。
「恨むって、何が?」オリビアがおだかやな声で言った。
「私があなたたちに何をしたか、知ってるでしょ?」
「私たちは何もされてないよ」
「だから……」
「そんなに言ってほしいなら言ってあげる。私は姉さんを許してないわ」クロスカットがさっと進み出て、こちらへ指をつきつけた。
1024/09/27(金)17:08:19No.1237091138+
「……!」
 覚悟していたつもりだが、喉の奥がぐっと重くなる。
「姉様!」
「お姉ちゃん!」
「黙ってなさい、二人とも」
 クロスカットは指さしたまま、つかつかと近づいてくる。
「私と同じ顔と体で、私より百倍重たい過去をしょってる女なんて、許せるわけないじゃない。恋愛小説だったら絶対姉さんがヒロインで、私が当て馬だわ。でも、そうはいかないからね」
 よく手入れされたネイルの先が、つん、とリストカットの頬をつついた。
「な……」
「ねえ、姉さんは重すぎる荷物を背負ってきたわ。一度は割り切ったつもりになっても、後からやっぱり不安になることとか、いくらでもあると思う。だから何度でも悩んだらいいけど、ただこれだけは覚えておいて。私たちはいつでも姉さんの味方で、姉さんは誰よりも幸せになる権利があると思ってるから」
「…………!」
 泣き崩れてしまうことはプライドが、そして今まで流してきた姉妹たちの血が許さなかった。だからリストカットはただスーツの袖で涙をぬぐい、クロスカットの指をそっとつかんで、言葉もなく頭を下げた。
1124/09/27(金)17:08:37No.1237091194+
 そうして、少しの時間がたってから、
「それに、賭けましょうか。今から一ヵ月以内に、姉さんが自分からミスターの部屋へ行ってベッドに座る方にツナ缶10個」
「はあ!?」
 思わず顔を上げると、クロスカットがニヤニヤと微笑んでいた。
「あ、じゃあ私も賭ける。ツナ缶10個」オリビアがさっと手を上げた。
「では、私は20個で」オードリーまでが指を二本立てる。
「あなた達ね……」リストカットは口を開け、怒鳴ろうとして、また閉じ、頬を引きつらせ、鼻で笑おうとして、失敗した。
「……いいでしょう。もし私が負けたら?」
「そうだねえ、水着作りを手伝ってもらおうかな」オリビアが楽しげに小首をかしげる。
1224/09/27(金)17:08:50No.1237091242+
「デザインの仕事はとっくに辞めたんだけど」
「やればできるかもよ? もしダメでも、私たちの仕事には下っ端の雑用が無限にあるの。それくらい覚えてるでしょ」
 リストカットは無言で肩をすくめて、賛意を示した。オードリーが両手を広げ、くるりときびずを返す。
「さ、急ぎますわよ。市内の織物工場も今日中にいくつか見ておかないと」
「待った待った、帰りは私が運転するからね! オードリーの運転おっかないんだもん」
 四人の姉妹はリノリウムの床にこころよいヒールの音を響かせて、出口へと歩いていった。

 なお、賭けは結局クロスカット達の負けだった。
 実際には、一ヵ月と一週間かかったのだ。

End
1324/09/27(金)17:09:49No.1237091439そうだねx4
まとめ
fu4045673.txt
ここのところ長い話が続いたので少し軽めのを書きたかった
1424/09/27(金)17:15:48No.1237092699+
鶏の卵が欲しいソワンとアウローラ同様に素材として作成物の幅が広がるシルク生地が欲しくなるよね
チンチラとかはともかく羊は大きめの動物だし肉も使えるから牧場とかありそう
1524/09/27(金)17:20:39No.1237093687+
メンタルケアと情報源で司令官と優先的に会うだろうけどメンタルと能力の関係で強引に迫ったり戦功を上げることがないからピョンテの順番が後回しになったか
1624/09/27(金)17:24:51No.1237094554そうだねx5
トミーウォーカー製糸場…
というわけだね?
1724/09/27(金)17:28:50No.1237095358+
テイラーさんってピョンテするまで結構時間かかってたんだな…
1824/09/27(金)17:29:52No.1237095574+
>トミーウォーカー製糸場…
>というわけだね?
あぁなるほど…
1924/09/27(金)17:29:57No.1237095589+
一応服飾デザイナーだからそういうプラントとか持ってても不思議ではないよねデルタ
オーガニック化粧品の工場とかもあるんじゃないか
2024/09/27(金)17:31:16No.1237095865+
茹でて糸をとった後のサナギは製糸場の女工さんのおやつの定番だったそうな
オルカでも何かに再利用されるんだろう
2124/09/27(金)17:32:07No.1237096038+
冨岡君結構デカいんだけど倉庫無茶苦茶広いな…
2224/09/27(金)17:32:58No.1237096230+
一応声ありなんだよなデルタ
スキンだけくれねえかなー!見た目は好きなんだけど
2324/09/27(金)17:34:37No.1237096580+
この手のだとカシミヤとかも欲しくなるな…
あれヒマラヤあたりの高地だからヘッチュンだらけでとてもじゃないが取りに行けないけど…
2424/09/27(金)17:34:53No.1237096634+
>トミーウォーカー製糸場…
>というわけだね?
今気づいた
あと今更だけど原作のオードリーは英単語を口走るけど設定にはフランス語を好むと書いてあるので自分はフランス語を使わせてます
2524/09/27(金)17:37:34No.1237097284+
未来の話だしクモ糸+炭素分子の蚕とかいそうだな
2624/09/27(金)17:40:08No.1237097893+
>オルカでも何かに再利用されるんだろう
ポンテギ行きだろうな…
2724/09/27(金)17:43:24No.1237098699+
お蚕様は振り切りまくりで凄いよなどうしてナノファイバーとか生成できちゃうんです?そのうちお蚕様を保護飼育するAGSやバイオロイドが出てきても驚かないわ
2824/09/27(金)17:47:16No.1237099595+
>お蚕様は振り切りまくりで凄いよなどうしてナノファイバーとか生成できちゃうんです?そのうちお蚕様を保護飼育するAGSやバイオロイドが出てきても驚かないわ
設定的にはそういう目的のもありえそうだけど今は戦争メインなのでミナとかフロサペやアクアちゃんのように戦えるように改造できないと無理そうだ
2924/09/27(金)17:49:52No.1237100177そうだねx1
カーボン入り飼料を食べるだけでナノファイバーを生産してくれるお蚕様に合成飼料のみとか信じ難い暴挙すぎる…
3024/09/27(金)18:09:00No.1237104939+
牛の精子を冷凍保存出来るようになったけど細心の注意が必要だから他の生物を保存管理してきた方舟の恐ろしさ
3124/09/27(金)18:14:09No.1237106281+
冒頭でエロ小説のくだんで怒られが発生したか……?と思った
3224/09/27(金)18:19:11No.1237107533+
手術で使う糸も蚕から作るんだっけ
ちゃんとした医療部門を設立して動かすなら必須になるな
3324/09/27(金)18:19:21No.1237107574+
いつもありがとうございます…
一度聞いてみたかったんですが影響受けた作家さんとか
いらっしゃるのでしょうか?
3424/09/27(金)18:30:43No.1237110634+
へぇ
じゃあ蚕にオリジンダストを食わせれば…?
3524/09/27(金)18:53:37No.1237117713+
>へぇ
>じゃあ蚕をバイオロイドに組み込めば……?


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