「皐月賞には必ず出ます。」 「俺ももちろん君の成績なら出てもらうつもりではあったが、随分拘るねラシヨウモン。」 「…クラシックレースに拘るのはおかしいことでしょうか?」 「いや、なにもおかしくはないね。むしろ、ここで大レースなんてとてもとても…なんて言うウマ娘の方が珍しいと思うよ。ただ…」 「…ただなんですか?」 「いや…君の目が少し辛そうだったから。」 「そんなことは…ありません。私はクラシックレースを走りたいだけです。そうすれば…」 「そうすれば?」 「いえ、何でもありません。登録の方よろしくお願いします。それでは先に練習コースに行っていますので失礼します。」 「…ああ、任されたよ。それじゃあまた後でね。」 「はい…また後で。」 「…ラシヨウモン、君は一体何を…見ているっていうんだい?」 「…勝ちます。皐月賞もダービーも菊花賞もそうすれば…そうすればきっと…お母さん。」 『あーっと!ラシヨウモン大きく出遅れた!これは初っ端から波乱の展開、逃げを打つと宣言していたラシヨウモン。まさかの出遅れ最後方だぁ!』 「ラシヨウモン…!」 (ここで出遅れるなんて…!皐月賞までのここ数日、練習中に空をじっと眺めていたりと明らかに様子がおかしかった。聞いてみても大丈夫の1点張りで取り付く島もないことを言い訳にして彼女のフォローを怠って、大舞台での経験のなさがこういうところでも出るんだな…!…ラシヨウモンどうか怪我だけはしないでくれ俺はまだ君を撮っていたいんだ!) 「…ッ!」 (この舞台で出遅れるなんて…!どうするここからでも無理にハナを取りに行くか?いや、無理だそんなの。これだけ出遅れてそのバ群に取りつくだけでも脚を使うのに、その上ここからハナを取りにいったりしたら脚が残るわけがない。取れたとしても直線に入る前にスタミナ切れして負けるのが目に見えてる。勝つにはここからこの最後方からレースを組み立てるしかない…!) 「ふぅー…」 (…どうやって?前方には当然バ群がある。私はドンケツの最後方、1着になるためにはこのバ群を捌いて先頭の子を差し切るしかない。レース展開はかなり速いこれでスローペースならどうしようもなかったけど、この展開なら一縷の希望はある。けど、どうやってこのバ群を捌けばいい?トレーナーに言われたようにバ群を割いて上がっていくなんて私の体格じゃ先ず不可能。かといって外に持ち出していこうにもこれだけのハイペースだ、最終直線に近づけば先頭争いから脱落してきた子達がズルズルと下がってくる。そうなればそれを躱そうと他のウマ娘達も動かざるを得ない、つまりはバ群が潰れて横に広がから多少外に回した程度じゃバ群を避けきれない。そもそも中山の直線は短いよほどうまくバ群を捌かないとモタモタしてる間にレースが終わる…!) 『さあ!先頭集団はもうすぐ最終コーナー!ここを超えれば最後の攻防です!』 (上手くバ群を捌く技術もパワーも私にはない、だからこそ私もトレーナーも逃げを選んだんだ。それなのに私は…!) 『先頭集団が最終直線へとなだれ込んでいきました!』 「…!」 (どうする…どうすれば…!外…ラチ…トレーナーさん信じましたよ!) 「ラシヨウモンまさか…!」 (出遅れた時の保険として差しや追い込みについてもある程度は当然練習している。その時、確かに話はした。多人数且つバ群が膨らみ外に出ても躱しきれない時は外ラチを目掛けて走れと、内のバ場は踏まれ荒れている場合が多い彼女の体格を考えれば無理に内に切れ込んでバ群に揉まれ荒れたバ場を走るより彼女には向いていると考えたからだ。考えなしの行動じゃあないそれでも無茶なことに変わりはない、他のウマ娘達より多くの距離を走ることにもなるラシヨウモン…!) 『ラシヨウモンが外ラチギリギリをこれは凄い脚です!』 「先頭見えた…!」 (こんな私を撮ると言ってくれたトレーナーさんのためにも…何より私自身の目的のためにも…このままじゃ終われない!) 『カツラシユウホウ、タイセイホープの二人との差がグングン縮まる!これは届くのか?届くのかぁ!?』 (勝つんだ…!勝って私は…!) 『しかしここまで!ラシヨウモンもカツラシユウホウも振り切って勝利したのはタイセイホープだぁ!』 (私は…) 『今年の皐月賞を制したのはタイセイホープ!2着にはカツラシユウホウ、3着にはラシヨウモンが入線しています。』 (わたしは…) 『レコードを更新しての劇的な勝利、見事皐月賞を制して見せたのはタイセイホープです!』 (負けたんだ…) 「ラシヨウモン…」 (…やっぱり変だ。レースが終わった後も普段なら反省会をするところを今日はサッサと帰ってしまった。もちろん皐月賞は大きなレース、俺みたいなそこそこのトレーナーにとって勝ち負けが狙えるウマ娘なんてのは一生に一度あるかないかの大チャンスだった。今だって当然ショックだし当分この悔しさは拭えないだろう。けど、それにしたって彼女はあの様子はおかしかった。…何が可笑しいかと言われると難しいが、あの目には単純な悔しいとか辛いじゃなくてもっとどうしようもない絶望のようなものがあったように思えた。ラシヨウモン君は一体…皐月賞に何を見ていたんだい?) 「あのーすいません。ラーちゃんのトレーナーさんですよね?」 「はい、そうですが。…君は確か」 「はい!ラーちゃんの同期で皐月賞も走ってましたオーテモンです!まあ私は14着だったんですけど…」 「皐月賞に出られるだけ凄いことだよ。俺はラシヨウモン以前の担当ウマをこんな大舞台を勝たせるどころか連れてきてあげることもできなかったからね。それで一体何の用かな?ラシヨウモンならもう今日は帰ってしまったんだが。」 「…ラーちゃん大丈夫そうでしたか?」 「いや…大丈夫そうではなかったかな。」 「やっぱり…ラーちゃん…」 「オーテモンさん不躾なのは承知で頼む、俺に教えてくれないかラシヨウモンのことを。俺はあの子の走りについてはまだしも抱える事情については噂程度してか知らない、今まではそれでもあの子から話さないなら話したくないのならいいと思っていた。けど、今回のレースで確信した。彼女の抱える何かについて知らないと俺はあの子を勝たせてあげられないと。だから、教えてくれないかラシヨウモンのことを。」 「…わかりました。ラーちゃんだってトレーナーさんのこと嫌いじゃないから一緒にいるんでしょうし。それに私もトレーナーさんは知っておくべきだと思いますから、ラーちゃんの家族のことを。」 「お母さん…お父さん…」 ウマ娘 ピオニエーレネロ 第2R 「皐月の空に見たものは」 ラシヨウモンの同期 タイセイホープの豆知識 成績や血統についてはここでは割愛し、ここでは彼の馬主について紹介していく。 タイセイホープの馬主である浅野国次郎氏は戦後を代表するオーナーブリーダーでもあられた方で伊達牧場を創設者さんです。 タイセイホープで皐月賞を制した翌年にウイルデイ―ルでも皐月賞を制しており、数少ない同一クラシックを2年連続で制した馬主さんという凄い方です。 他にも桜花賞をミスリラという牝馬でも制しておられますね。 持ち馬でもあったウイルデイールは種牡馬として創設した伊達牧場で繋養され、彼からはダテテンリュウやダテホーライなど生まれるなど昭和中期の日本競馬を支えたオーナーブリーダーの一人それがタイセイホープの馬主浅野国次郎氏なのでした。 ちなみに中央競馬において個人馬主として最後にリーディングを獲得するなど1970年代から2000年代に活躍した松岡正雄氏は浅野氏と深いかかわりを持っており調教師を紹介してもらうなどしてもらっていたそうです。 ホースマンにも歴史ありですよねぇ。