便利屋イグニート  帝都マレス。  大陸一の強国であるグロリア帝国の首都。政治、経済、軍事における中心都市であり、それぞれの機能ごとにいくつもの地区が存在する。    地区の中でも巨大な歓楽街として栄えていたある所があった。【フライハイト】、大陸一の歓楽街と呼ばれ大通りには屋台が建ち並び酒場やカジノに風俗などが多く存在し、ネオンにより朝から夜まで街から光が消えないことから眠らない街とも呼ばれている。  だが、ネオンの光が増すごとに影はより濃く街ひ広がる。フライハイトの裏にはギャングや麻薬の密売人といった犯罪者たちが組織を結成し街に浸透していた。  元より喧嘩やトラブルが日常茶飯事に起きることから帝国も治安維持およびギャング達の撲滅に力を入れているが今だ解決には至っておらず、今もなお帝国の悩みの種として健在していた。 ◆◆◆  時刻は夜を迎え、空には巨大な満月が夜空に浮かぶ。  フライハイトの大通りから少し外れた裏路地にある大きなオフィスはこんな時間にも関わらず明かりがついており外からも声と騒音が響く。無論、ここはただのオフィスではない、最近になって台頭し始めたギャンググループ『マナドレイン』の拠点であり、中にいるのは厳つい顔をしたギャング達だ。  今回はやけに様子がおかしい。ギャングの拠点といえどここまで騒がしいことは滅多になく、オフィスの入り口にはマナドレインの下級ギャングが複数人倒れ、壁などら破壊されおり焼け焦げたあとがあちらこちらにある。 「行け!相手は二人だ!数で押し込めーッ!」 「逃がしたらテメェらも終いだ!絶対に逃がすな!」  ナイフにバールめいた何かを持った下級ギャング達は殺意と若干の焦りを抱えながら突撃を行う。彼等の向かった先に立つのは二人の女。  一人は白いローブを着ている高身長の女とドラゴンのような角を生やした更に高身長な女だ。 「オラァ!」 「ぐはぁ!?」  白いローブを着ている女は下級ギャングの顔面をぶん殴りノックアウト!だがすかさず背後を狙うもう一人の下級ギャングがバールめいた武器で頭を狙う! 「死ねぇ!」 「おっと」  だが角を生やした女は攻撃しようとした下級ギャングの腕を掴む。下級ギャングは驚き振りほどこうとするが。 「お仲間の所に帰りな!」 「おわぁっ!?」  豪快に下級ギャングを投げ飛ばし離れた場所にいた下級ギャングたちを巻き込みながら壁に衝突! 「連中はよほど帰らせたくないようだぞオリビア!」 「まったく迷惑極まりないな!」  白いローブを身につけた女は便利屋イグニートの所長であるオリビア・イグニート、角を生やしたもう一人の女その従業員であるリリィ・ザルムートだ。 「チッ…便利屋風情がナメた真似しやがって!」 「それはこっちの台詞だ。ここ最近出回ってる薬物を売りさばいてるのはお前たちだろ」  まさかの台詞にリーダーらしき上級ギャングは驚愕するがオリビアは構わず近づく。 「お前たちの処理は好きなようにしていいと警察から許可は貰っている。怪我したくないならおとなしくしてろ」 「そーいうこと、早いところ諦めたほうが怪我しなくてすむよー」 「ほざくな!あれのことを知ってるなら尚更逃がすわけにはいかねぇ!テメェらやってしまえ!」  上級ギャングは下級ギャングたちを率いて再び二人に襲いかかる! 「こりゃ全員眠らせねぇといけないみたいだな」 「予想通りだな…手加減はしない、全員かかってこい!!」  何故便利屋イグニートはギャングたちと戦ってるのか、ヤクとはいったいなんのことなのか、それを語るには数日前に時を戻す必要がある… ◆◆◆   「未確認の薬物?」 「えぇ、ここ最近フライハイトで流行ってる代物です」  依頼人として便利屋イグニートやって来たフライハイトの警察官は出された紅茶を口にしながら語る。彼女はミルク・メッサー、フライハイト警察における巡査部長だ。 「名はピースフル、一度使用すれば凄まじい高揚感に包まれてしまい、人によっては性格が凶悪化し最悪殺人行為に走ります」 「その効果でよくそんな名前つけたなぁ」  薬の効果を聞いたリリィは呆れながらソファでくつろいでいる。   「文句はこれを作ったやつに言ってください…とにかく今回の依頼はこれを売りさばいてる連中を特定してほしいのです」 「んー、確かに物騒だけどヤクの効果としてはありきたりだし特定は流石に難しくないですか?」  便利屋の中では一番小柄な女がそう答える。彼女はフェリクス・レイガン、元ギャングの構成員でありこういったことには一番詳しい。 「ただの薬物ならわざわざここに足を運びにきません、問題は使われてる原材料にあります」  そう言ってミルクは鞄から密閉された透明の袋を取り出す。中には色鮮やかな粉が入っておりよく見れば若干光ってるように見える。 「これがピースフルってやつか、にしては派手な色をしているな」 「…これは」  メガネを押し上げ薬物を見つめるながら言うアルス・フリードリンデの横でシスターの服を着たエルド・ルッキーニが胸を揺らしながら少し驚いた様子を見せる。 「この粉そのものに魔力を感じます」 「ヤクに魔力?そんなバカな」  エルドの言葉にフェリクスは訝しんだ。 「確かに魔法で加工されたヤクは存在するけどこんな袋越しでわかるほどの魔力が含まれるヤクなんて聞いたことないよ」 「あぁ、仮に魔法製だとしても時間がたてば効果が弱まり最終的には消えてなくなるはずだが」  フェリクスの言葉に同じく訝しんでるアルスを横目にオリビアは袋を手に取りじろじろと薬物を見つめる。 「開けてもいいか」 「構わませんよ」  許可を得たオリビアは袋を開け手のひらに薬物を振りかけ触る。感触は粉というより砂に近くざらついていた。 「……これを作ったヤツはふざけたマネをしているな」 「でしょう?」  オリビアの言葉の意図に気づいたミルクは渇いた笑みで答える。よくわからず困惑してるエルドとフェリクスであったがリリィとアルスはこの薬物の正体を察した。 「…まさか魔石かそれ?」 「大正解」  アルスの問いにオリビアは薬物…否、魔石を握りつぶしながら答えた。   「えぇ!?でもまず第一として魔石そのものを普通一般人が扱うことは…」 「当然違法だ。資格を持たない奴が魔石の研究、実験、製作、所持などを行えば最低5年近くの懲役刑になる」  驚愕するエルドにアルスが答える。実際、国家の希少資源である魔石は法律の元で厳重に扱われており、グロリア帝国の場合だと取り扱う場合には資格を得る必要がある。 「魔石ってそんな人体に影響あたえるの所長?」 「あれは魔力そのものを石にしたようなものだ、厳密に言うとこれは特殊加工されてるものだが摂取することで人体に宿る魔力を活性化させたことにより高揚感が生まれたんだろう。そして普通であれば感じることない全能感に支配され暴力に走るものが出てくるのも理解できる、実際これを摂取すればしばらくの間は強くなれる筈だからな」 「お前魔石に関してはやたら詳しいよな」  オリビアの解説にリリィはツッコミをいれアルスが感心しているとミルクは紅茶を飲み干し口を開いた。 「だいたいはわかってくれましたか、この薬物がどれだけ危険かつ違法なものなのかを」 「あぁ、下手すれば今後の魔石に関わる研究の信頼に悪影響を及ぼしかねん」  オリビアの言う通りもしこの薬物の存在および詳細が表に出回れば帝国の信頼に関わってしまう。ただでさえ不安定なグロリア帝国をこれ以上悪化させるわけにはいかない。 「思ったより重要な内容だが、一介の便利屋に過ぎない私たちに任せていいのか?」 「貴女はその道の専門家でしょう?魔石を悪用されることを嫌ってることも理解してますよ」 「…絶対に受けると思っての依頼か」  ニッコリとしてるミルクを一目見てオリビアは溜息を吐きとスッと立ち上がる。 「引き受けよう、個人的にもこれがのさばってるのは不愉快だしな。お前らもそれでいいか?」 「「「「異議なし」」」」  四人は声を揃わせながら答える。それを聞いたオリビアはニヤリと笑った。右手の甲に埋め込まれた魔石が赤く光った。 「誰かは知らんが魔石を悪巧みに使ったこと後悔させてやるよ」