二次元裏@ふたば

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133747 B24/08/31(土)23:12:00No.1228000890+ 00:29頃消えます
その日の朝は、いつにも増して気怠い目覚めだった。早く起きたいと思える動機がないどころか、寝ているうちに今日が終わってしまえばいいとさえ思ってしまう。
だが、そうやって浪費した一日はどうやっても戻ってくることはなく、後に残るのはやるせない後悔だけである。
寝ているよりましという起きる理由としては下の下な理屈を呆けた頭に言い聞かせて、ベッドから身体を引き剥がす。どうしてこれほど一日の始まりが憂鬱なのかは明白だった。
爽やかな朝がそのまま宿ったような笑顔の同居人──ミスターシービーは今ここにいない。彼女の脱け殻に成り下がった部屋の中に、誰に聞かせるでもない溜息が虚しく響いた。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
124/08/31(土)23:12:37No.1228001121+
『明日は久しぶりに旅に出ようと思うんだ』
そう彼女が言ったのは昨日の晩のことである。そして、彼女の旅に行き先を訊いても意味がないことはとうの昔にわかっていた。
『いつまでになる?』
だから、ただどのくらい家を空けるつもりかを訊いた。それも基本的にはわからないことだが、彼女は少し首を傾げて呟いた。
『わかんないけど、多分明日は帰ってこないかな』
そう言われて少し落胆したことを悟られないように、そのときは溜息を呑み込んだ。彼女の練習は休みだが、そのトレーナーの自分は彼女が休んでいる間にも色々と仕事をしなければならない。日帰りならともかく、いきなり数日がかりの旅に付き合うのは不可能だった。
224/08/31(土)23:13:04No.1228001335+
そういうわけで誰もいない部屋にひとり取り残されてしまえば、できることはそう多くない。今はひとまず彼女に言った通りに仕事を片付けているが、その手際もどうしても鈍りがちになってしまう。
窓の外は眩しい日差しが差していて、絶好の旅日和なのも今の自分には却って虚しかった。彼女の旅が実りあるものになっていることは喜ばしい限りだが、そう思うとますますここにいる自分に溜息が出てくる。
そんな益体もない思考を奔らせながら動かすマウスだが、やけに反応が悪い。始めは自分があまりにやる気がないからそう見えるのかと思ったが、時折カーソルが止まるのを見て気の所為ではないと確信する。
「あー…」
どうやら電池が切れたようだ。そしてこういうときに限って、家には電池の買い置きがない。
324/08/31(土)23:13:28No.1228001580+
「うわ…!」
うだるような暑さに耐えてなんとかコンビニまで辿り着いて、電池を買った帰り道のこと。俄に空が暗くなって、数分もしないうちに大粒の雨が降り出した。
雨足はかなり強く、道路の向こう側が雨で烟ってぼんやりと霞むほどだった。彼女なら突然の雨も楽しめるのかもしれないけれど、今の自分にそんな余裕はない。
できたことといえば、少しでも濡れないように鞄を盾に情けなく雨宿りできる場所を探すことくらいだった。

「はー…」
なんとか近くの店の軒下へ逃れることはできたのだが、それまでに随分と濡れてしまった。蒸し暑い夏の雨上がりに、肌に張り付いた濡れたシャツの感触はひどく不愉快だ。なんとか家に帰り着いて濡れた肌着を洗濯機に放り込んだ頃には、ただ近所のコンビニを行き来しただけだというのにぐったりと疲れが湧き上がってきていた。
424/08/31(土)23:13:48No.1228001713+
今日はどうにもついていない。行く先で些細な不運に巻き込まれている気がする。
そして、そんな不運を笑い飛ばしてくれる彼女も、今はここにいない。というより、それが不運の始まりなのかもしれないとさえ思えた。となれば、もはや自分を慰めてやれるのは自分しかいないのだ。それでは結局満たされることはないと、わかっていたとしても。
籠から逃げた幸せの青い鳥が今どこにいるかを想いながら、洗濯機の音だけが響く寂しい部屋を後にした。
524/08/31(土)23:14:04No.1228001833+
「いか天一丁、日替わり一丁入ります一」
注文を朗らかに厨房へと告げる声に出迎えられて、店の中に一歩入る。お気に入りのこのうどん屋は、今日も変わらずに活気に満ちていた。
それと同時に少しだけ安心する。目当てだった日替わりのうどん定食は、少なくとも今のところはまだあるということだからだ。
だが、その予想は席についた途端に裏切られることになった。

「…申し訳ありません。ちょうど今品切れとなってしまいまして…」
残念そうに眉を細めた店員の言葉が、疲れ切った頭にとどめを刺した。
今日はつくづく厄日だ。家でも出先でも散々な目に遭っておいて、ただひとつの慰めさえも目の前で取り上げられてしまうなんて。
次善の注文を考えていないわけではなかったので、食べるもの自体は簡単に定まった。だが、一度あると思ったものがなかったということへの喪失感はそう簡単に埋まりそうにない。
624/08/31(土)23:14:17No.1228001921+
店の中を見回して、目当ての日替わり定食を食べている客が何人いるかをつい探してしまう。そんなことをしても自分の分が増える訳ではないが、この中に最後の一つに当たった運の良い者がひとりいると思うと悔しくて中々やめられない。
今もちょうどすぐそこ、背中から日替わり定食の揚げたての海老天が香ってくる。食べられないとわかると余計に美味そうに感じてしまう自分の脳がこの上なく憎らしい。
そのせいで、席のないはずの自分の真後ろからうどんの匂いがするのはおかしいということに気づけなかった。
「ごめんね?アタシので最後なんだって」
最後の一食を掻っ攫っていったその相手の涼やかな声は、あまりにも聞き慣れていて、何よりも望んでいたものだった。
「だからさ。アタシのとはんぶんこしようよ」

沈んだはずの太陽がまた昇って、隣に腰掛けているような気さえした。
「シービー!
今日は帰らないって聞いてたけど」
「うん。そのつもりだったよ。
でも、夕陽を見てたらいきなり帰りたくなってさ。要はいつも通りってこと」
そんな気まぐれな太陽は、実にいつも通りに朗らかに微笑んでいた。
724/08/31(土)23:14:52No.1228002152+
お互いの揚げ物を乗せ合った麺を思い思いにすすりながら、他愛のない話に花が咲く。彼女の話す旅の思い出を、このうどんと同じように分かち合う。
いつも通りの、幸せな日常。それが戻ってきたことが、何よりも嬉しい。
「蕎麦屋巡りのはずだったんだけどね。それはそれで楽しかったんだよ?お酒も出すお店だったんだけど、おつまみの出汁巻き玉子が美味しくてさ」
彼女が実に楽しそうに、旅で見た景色を語ってくれたことが。それでも最後には、ここに帰ってきてくれたことが。
それが、なによりのごちそうだった。
「でも、夕暮れを見てたらなんだか商店街が恋しくなってさ。もう蕎麦はいっぱい食べたから、今夜はここのうどんにしてみようって思ったんだ。
そっか、きみもここ好きなんだ」
「まあな。でもよくわかったな、日替わり食べ損ねたんだって」
「あははっ、わかるよ。恨めしそうに見てたもん」
824/08/31(土)23:15:06No.1228002235+
うどんをすすると少しだけ感傷的になる人間なんて、いったいどれだけいるのだろう。だが、きっと自分はその数少ない人間のひとりだ。
「きみがはじめて作ってくれた料理も、うどんだったよね」
彼女もそうであってほしいと、思うのがやめられない。自分にとっての特別が、彼女が愛する世界の一頁であってほしい。
「ぜんぶ偶然だね。きみがうどんを食べられなかったのも、アタシがきみに会えたのも。
でも、それが嬉しい。思うままに脚を向けた先にきみがいるって思うと、一歩歩くのもわくわくしてくるんだ」
そんなささやかな偶然を見つけて、楽しそうに微笑む彼女を見ていると、心から幸せだと思える。
今日はいろいろとあった。疲れることも、気が滅入ることも。
けれど、それでも幸せだった。
「今日は楽しかったな。
きみはどんな日だった?」
だから彼女のその問にも、笑って答えられる気がした。
924/08/31(土)23:15:27No.1228002363+
「ふふっ」
夜の帰り道で、彼女は実に可笑しそうに微笑んでいる。今日自分の身に起きた数々の不運を話して聞かせてからというもの、彼女はずっとこんな調子だった。
「ひどいなぁ。笑うなんて」
「ごめんごめん。
だってさ。きみの話し方が楽しそうだったんだもん。嫌な日だったはずなのに」
嫌な日、という言葉が、なんだか喉につかえたようにすんなりと入っていかなくなっていることに、自分でも驚く。彼女と出会うまでは、自分だって嫌な日意外の何物でもないと思っていたはずなのに。
「ううん。嫌な日じゃないよ。
落ち込むことはいっぱいあったけど、今日はいい日だ」
今は、嫌だったはずのことを思い出しても不思議と腹が立たない。むしろさっきのように、面白おかしく話すことさえできてしまう。
1024/08/31(土)23:15:42No.1228002480+
「なんでかな」
そう尋ねる彼女の瞳は、夜の闇の中できらきらと輝いているように見えた。何か楽しいことに出会ったとき、彼女はいつもこんな目をする。
だから、こちらも喜んで答えられた。
「最後にシービーに会えた。
いつも会うときよりも、もっと嬉しいって思えた」
君に今日出会えて、確信した。
その笑顔のためなら、どんなことでもしてあげたいと心から願えるほどに。
今日うまくいかなかったことのすべてが、君に逢えた幸せを引き立てるスパイスだったのかもしれないと思えてしまうほどに。
君のことが、好きだって。
「…!」
「だから、今日はいい日」
1124/08/31(土)23:16:03No.1228002619+
口に出すともっと愛おしくなって、思わず彼女を抱きしめた。彼女がここにいてくれていると、少しでもはっきりと実感したかった。
誰かを好きになる理由なんて、こんな簡単なことでいい。
どんなに寂しい物語でも、最後に『君』と書き添えるだけで、幸せが溢れ出してくる。
「ありがとう。帰ってきてくれて」
「照れるよ。ただの気まぐれなのに」
「わかってるよ。俺のためでもなんでもないって。
それでも、嬉しいんだ。シービーがここにいて、一緒に話せるってことが」
それきり、彼女は何も言わなかった。けれどしばらくして、腕の中からくすくすと微笑む声が聞こえてくると、ひどく安心する。頭を寄せられて、頬にさらさらとした髪が触れるのが心地良い。
「ふふふっ。そっか。
アタシがいるといい日なんだ」
「違うよ。シービーがいい日にしてくれたんだ」
彼女がくれるものが、ささくれ立っていた心をゆっくりと撫でるように癒してくれる。それはきっと、彼女にしかできないことだ。
1224/08/31(土)23:16:13No.1228002708+
「じゃあさ。アタシもほしいものがあるんだ」
彼女の瞳はさっきより少しだけ潤んでいた。少女のような純粋さと大人の色香が同居しているそのまなざしで見つめられると、目が釘付けになる。
「…いいよ。
何がほしい?」
頬に添えられた掌が熱い。その熱が、身体の内側に流れ込んでくる。
身体中が、君を好きだと言っている。
「きみの今日を、ぜんぶアタシにちょうだい。
幸せの仕上げをしてあげる」

思わず笑い出しそうになってしまった。もうとっくの昔に、自分の心は彼女のものにされてしまっているというのに。
まあ、それでもいいか。嬉しいことは、何度味わってもいいものだ。
「ん」
「…誰かに見られるかもよ?」
「もう部屋まで待てないよ。
だめって言っても無駄だよ?今日のきみはアタシのものなんだから」
1324/08/31(土)23:16:27No.1228002797+
今日の不運を、彼女に埋め合わせてもらおうなどというつもりはない。
けれど、理由は欲しいのだ。彼女と愛し合う口実は、あればあるほどよいものだから。
だから、不運も愛そう。不運な自分のことも、彼女は愛してくれるのだから。
彼女と重ねた唇に、そう誓った。
1424/08/31(土)23:16:42No.1228002878+
昔から、誰かの歩調に合わせるのは苦手だった。自分の心の向かう方はいつも他人と違っていて、そんなアタシの心に、アタシは嘘をつけない。
だから、アタシは自分の歩調を愛した。その歩調を早めていったら、いつの間にか走り出していた。そんなアタシを受け止めてくれた、青いターフと美しい世界を、ひたすらに愛した。
そんなアタシが誰かの歩調に浸りたいと思うようになったと言っても、昔のアタシは信じないかもしれない。けれど、今はその誰かの歩調が、確かにアタシを癒してくれている。
彼の背に負われていると、彼の歩くリズムに合わせてゆったりと身体が揺られるのが心地良い。アタシたちが走る速さに比べれば亀の歩みと言ってしまえるかもしれないけれど、そんな優しい速度も彼らしくて好きだ。

でも、ひとつだけ不満がある。こんなに心地良い感覚をずっと味わわせておいて、アタシをベッドに下ろすと彼はあっさり離れていってしまうのだ。
「だめだよ?行かないで。
言ったじゃん。きみはアタシのものだって」
だから、今度はアタシが彼を抱きしめる。彼も抗わずに、微笑んだまま一緒にベッドの海に沈んでくれる。
そんな時間が、何よりも好きだった。
1524/08/31(土)23:16:59No.1228002989+
「悪い子だな」
「なんで?」
「寝たふりして甘えてさ」
さっきの帰り道で歩き疲れて眠たいふりをしていたことも、彼にはもうばれている。だが、まるで気にならない。むしろばれていてほしいとさえ思った。
「いいじゃん。甘えたかったんだもん。
きみも好きでしょ?こういうの」
「…」
「ふふ」
嘘をついてでも甘えたいと思っていることをわかった上で、きみがそれを受け入れてくれるのが嬉しかった。
それだけアタシを好きになってくれたということを、確かめたかった。

誰にも縛られない。アタシの道はアタシが決める。
その信念は今でも変わらない。むしろきみといると、そんな自分を誇りに思える。
「さっききみが抱きしめてくれて、アタシに会えたから今日はいい日だって言ってくれたとき、本当に幸せだって思ったんだ」
だから、きみがそんなアタシを好きだと言ってくれるのがたまらなく嬉しいのは、間違いなくきみのせい。
1624/08/31(土)23:17:19No.1228003127+
アタシが好きな世界の景色を、きみにも一緒に見てほしい。
アタシが愛するアタシ自身を、きみにも好きになってほしい。
約束なんてなくても、ただ心が一番弾むほうに脚を動かせば、そこにきみがいる。
そういう奇跡みたいな偶然に勝る幸せが、今はひとつも見つからない。
「だからね。アタシの幸せもきみにあげる。
あげたいんだ。きみに持っててほしい」
1724/08/31(土)23:17:35No.1228003244+
何も言わなくても、心が同じ所へ向いていたこと。
そんなささやかな一瞬が、嫌だったことをぜんぶ忘れさせてくれるくらいに幸せだったこと。
アタシの好きな時間が、きみにとってもかけがえのないものだったこと。
今日は、そんな小さな奇跡に感謝する日にしよう。
1824/08/31(土)23:19:04No.1228003798そうだねx1
おわり
幸運も不運もシービーと分かち合いたいだけの人生だった
1924/08/31(土)23:21:10No.1228004562+
幸せなら一緒にいればいいし不幸なら笑い飛ばせばいい
そういう関係は強い
2024/08/31(土)23:23:22No.1228005405そうだねx1
ついさっきコンビニに行ったら雨に降られた俺にタイムリーだ
ありがとう
2124/08/31(土)23:25:46No.1228006434+
甘えたくなったらお互いに遠慮なく甘えてていい
2224/08/31(土)23:28:17No.1228007397+
CBが雨に降られたらトレーナーが拭いてくれるんだろうな
CBはもともと雨好きだけどそれが楽しみになってもっと好きになるんだ
2324/08/31(土)23:32:15No.1228008889+
レイニーだけどブルーじゃない日があってもいい
2424/08/31(土)23:40:46No.1228012050+
抱きたい
2524/08/31(土)23:40:55No.1228012110+
雨に降られても雨の好きな女がそばにいれば楽しいものだ
2624/08/31(土)23:48:34No.1228014970+
とっくにセックスしてそうな距離感でいいよね…
2724/08/31(土)23:51:23No.1228016025+
やることやった同士のじゃれ合いはいいものだ
2824/09/01(日)00:03:18No.1228020393+
お互いに出会えたことの尊さは何度噛み締めてもいいものですからね
2924/09/01(日)00:07:42No.1228022233+
縛るのも縛られるのも苦手なのに今日だけはアタシのものって言葉にどうしようもなく喜びを感じてしまうCB
3024/09/01(日)00:26:01No.1228029525+


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