ゲートに収まりその時を待つ けたたましい音と共に開放されたゲートから飛び出す スタートは悪くなかった ゆっくりと中団に付けて周りを窺うと、少し内にテンモンが見えたが気にしている余裕はない 先頭集団との差を意識しながら追走していく しかし、1ハロンを過ぎた所で先頭集団がぐんぐんスピードを上げてゆく 明らかにペースが早い、いくら重賞とはいえハイペースだ これで保つのだろうか?このまま追走して脚が残るか? その時、同じ中団に控えているテンモンを視野の隅に確認した 彼女は出走メンバーの中でも有力で自分と同じ差しの脚質だ マークして上手く立ち回れば勝ち負けはなくても掲示板には載れるかも知れない 彼女が仕掛けるタイミングを探りながら、明らかなオーバーペースについて行く 彼女はいつ仕掛けるのか? 自分の脚にもうあまり余裕がないのがわかる 向こうは全く意識していないだろうがこちらはあちらを意識し焦れている その状況が徐々にスタミナを削っていく コーナー中程だろうか彼女の走りが変わる 距離は残り2ハロンはあるだろうか? おそらく自分はゴールまでは保たないだろう だが、それでも、掲示板までには… 最後の力を振り絞りターフ強く踏み込みスピードを上げる 彼女を目標に加速する…ここでついて行ければ…! しかし、加速しているはずなのに一完歩毎に引き離されていく 最後に彼女の横顔が見えた気がしたがすぐに見えなくなる 必死に追っているはずなのに、その背は離れていくばかりだ ゴール板を過ぎた頃には彼女は他の娘達を突き放していた 自分といえば掲示板など遥か遠くといった所だ 先行しバテた者を何人かかわせたかといった程度、はっきり言えば惨敗だ 敗者として地下バ道へ向かう道すがらに、コースを走る彼女を遠目に見る ウイニングランで大歓声に応える姿が見える あれが、あれこそが『ホンモノ』の輝きだ ただ『ホンモノ』という役割を演じさせられてきただけの自分はやはり『ニセモノ』だった 歓声から逃げるように、地下バ道を降る敗者の群れに紛れ込む 自分の力量から覚悟はしていたが、いざ惨敗という現実を突き付けられれば思うところはある 自分が情けないし、一族の中で有力株だと思われていたのが恥ずかしい だがしかし、敗北者にもまだ仕事がある…ウィニングライブだ 実績も華もない輩がどの面下げて参加すればいいのか? 恥の上塗りとしか言えない状況に暗澹とした気持ちになる 「よく頑張ってくれた」 地下バ道を戻ってきた自分にトレーナーが待ち構えていた 相変わらず申し訳無さそうな顔をしている 「いえ、結果を出せず申し訳ありません」 先程の情けなさも恥ずかしさも面に出さぬようにした為に、素っ気無い返事になってしまう 「いや、元々無理を承知で出てもらったし、すまなかった」 「もう少しは出来ると思ったのだけれど…駄目でした」 「もっと準備がしっかり出来ていたら違ったかも知れないよ」 慰め…だろうか、実際にレースをした自分にはとてもそうは思えない 「あの…ウィニングライブもありますから準備してきます…」 「ああ…そうだね、すまない」 トレーナーと話を切り上げ控室に戻ろうとし、ふと周りの他の娘達に目が向く 「…違う結果…トレーナーは私があれに届くと思いますか? あの『ホンモノ』に…」 目も合わせず独り言のように言葉が出る 話しかけられたと思ったトレーナーが心配そうに応える 「…本物…が、何かよくわからないからなんとも言えないが、 次に結果が出るようにサポートするよ」 また、困らせている… かと言って自分が感じた事や、『ホンモノ』『ニセモノ』について説明なんかはしたくない 「ああ、ごめんなさい、やはりここまでの負けは堪えてるのかも知れません 変な事を聞いてごめんなさい、失礼します」 「ああ、ウィニングライブ見てるからな」 ウィニングライブを無事に終えて控室で帰り支度をしていると、 開いているはずのドアがノックされる 帰り支度を中断し振り返ると彼女…テンモンが居た 「…どうかしましたか?私に用でも?」 「勿論、用があったから来ました」 「私に?」 「そう、貴方に」 怪訝な顔を隠しきれない 同世代トップに君臨する彼女が自分に一体どんな用があるというのか 「取り敢えず座りますか?」 「いえ、たいした事ではなくて」 「はぁ」 困惑し間抜けな返事をしてしまう 「…また、一緒に走りましょうね」 「また、一緒に…ですか…?」 予期せぬ誘いに更に困惑する 「あ、そのレースで、という事です」 「ああ、成る程…いえ、それは…ローテーション次第ですの…」 「約束ですよ、それでは失礼します」 彼女は自分の言葉を遮り一方的に約束すると踵を返し行ってしまう 「そもそも、私はオープンクラスですらないのに…」 案外、破天荒な人物だな彼女は… 呆気にとられているとトレーナーが戻ってくる 「支度はできたかい?」 「はい、いいえ、まだです」 「…?何かあったかな?」 「…テンモンさんが来て…また一緒に走りましょうと」 「テンモンが?…何故?」 「さあ?私には…分からないですね…」 2人で顔を見合わせて困惑する 「まあ、取り敢えずは勝たないと一緒に走るも何もないか 向こうは重賞取ってるしな」 「そうですね」 「さあ、今日はもう帰って休もう」 「はい」 『ホンモノ』が何を好き好んで『ニセモノ』に関わるのかという疑問と、 自分の不甲斐無さを始めに様々な感情が湧き上がる もう…疲れた、帰ったら直ぐに寝よう そうすれば明日からはまたいつも通りの毎日が来る 身の丈にあった毎日が戻ってくるのだ…