リデル、或いはヘクス 「私達が一番偉くなって、アビスの全部私達の物になったら、さ‥‥どうする?」 独り言か、もしくは自らの中にあるもう一人の人格へ語り掛けるように、彼女は呟く。 『皆私達の部下にして、踏みつけた奴らギャフンと言わせてさ、そしたら‥‥王様にでもなる?』 「王様かぁ、そうなったらさ、美味しいご飯食べれて、あったかい場所で眠れて、沢山褒められたりしてさ、誰にも踏みつけられないようになるのかな?」 『いいね、それじゃあ‥‥私達は王様を目指そう。アビスで一番偉くて、一番強くなる。そしたら、全部思い通りだよ』 二人は知らない。 彼女達の歩く道が、茨の道である事を。 例えそれを成し遂げたとしても、下剋上を狙う者から、常に命を狙われ続ける事も。 力に脅かされ続けた少女と、幼くして肉体も脳も利用され尽くした少女の二人には、強くなる事以外の方法を知らない。 或いは、彼女達の望む物を、同胞が手に入れている事を、彼女達は知らない。 文月 涼 『ジュライ、調子はどうだい?』 「最高ですよ、皆私が流す音楽で、楽しんでくれてますよ‥‥良かったら、涼も来ますか?」 『いや、そこは君達の世界だ、ボクが行くのは良くないだろう。それに‥‥今から上層で弾き語りをするつもりだからさ』 歌うように言葉を紡ぐ涼にとっては、会話と言う曲のやり取りを行う事に、上層と下層の距離は関係無く、自らの力を応用すればいつでも相棒と会話が出来る。 「‥‥こうして、昔の曲を流して皆が楽しんでくれるのを見てると、改めて気合が入ります。約束、必ず果たしますからね」 ジュライと涼の間の約束。 自らを機器に接続する事で、様々な音楽を再生する機能を有するジュライには、夢があった。 いつか過去の音楽を再生するだけではなく、自分で音楽を作りたい、と。 そして、ジュライがいつか音楽を生み出した時、涼に聞かせる。 二人はそう約束をしあった仲だ。 『うん、約束‥‥楽しみに待ってるからね』 オクト・リセア 捌錠要とオクト・リセアは、いくつか積み重なった、スクラップと化した戦闘用の義体の前で、危機を乗り越えた事に安堵していた。 中層を根城に行われていた犯罪行為の証拠の調査。 ‥‥の筈が、その犯罪組織にぶつかり、正面から叩きのめしていた所だ。 「オクト、始末は終わった、もう出て大丈夫だよ」 「探偵さん、あれだけ居るの全部やっつけちゃったんだ」 電脳を破損させず、義体としての活動が出来ないよう動力部のみが的確に破壊された残骸は、要の実力を証明している。 「ま、鉄火場は慣れてるしね。オクトは怪我とか無い?」 「うん、大丈夫。情報の方も抜けたから、後で所長さんに連絡しよっか」 「良いね、最初に会った時より笑顔が自然だよ」 要に指摘され、オクトは自分の変化に気が付く。 「探偵さんに拾って貰って、所長さんが助手として私が探偵さんと一緒に居るのを認めて貰って‥‥徳片君とかサイドちゃんとも、知り合えて。こうしてるのも良いなって」 「そっか、それなら‥‥私が受けた、君の居場所を見つけるって依頼、受けて良かった。」 ナイン・オーバー 昔の夢を見た。 身体が動かない。 意識だけしか自由じゃないのに、頭の中を勝手に使われる。 脳味噌を他人に使われ、仮想空間を作られて。 誰かの意識がログインする度、頭の中を土足で歩き回られるような、気が狂いそうになる感覚は、忘れたくても忘れられない。 自分を自分から切り離す事を覚えるまで、頭がおかしくなりそうだった。 他の皆にも、意識を切り離す事を教えてあげたけど、もう手遅れだった子もいた。 そして、駄目になった子が、サーバーから切り離された後、どういう扱いを受けるのかも、知ってしまった。 他の皆には知らせないようにして、その後の事はお互いに追わないようにするように約束で決めた。 知ってしまった私は、自分もいずれああなるのだと思うと、怖くて怖くてたまらなかった。 でも、いつかお姉ちゃんが助けに来てくれる、そう信じていたから、どうにか踏ん張る事が出来た。 そのお姉ちゃんが、私をこうしたニルヴァーナに入った事を知ったのは、捕まえられてから何年頃の時だっけ。 最初の頃は、ニルヴァーナの内側から私達を助けてくれるという期待を持っていた。 だけど、お姉ちゃんは私が死んだのだと、私が居なくなった事を一人で乗り越えて、ニルヴァーナの秩序を守る為に働くようになった。 誰も助けてくれない。 その時、私は改めて、目を背けていた真実を突きつけられた。 他の皆が、私が立ち直るまで、負荷を肩代わりしてくれなかったら、きっとあの時、私はサーバーとしては廃棄処分になって、身体は‥‥考えたくも無い。 だから、自分達の力でどうにかしないといけないんだと思って、そうして私達は新しい身体を作る事にした。 怖かった。 特別な素質がある、なんて理由で、こうして10年も捕まえられて。 新しく生まれ直しても、今度はもっと酷い事をされるのかもしれない。 怖くて怖くて、それでもずっと怯えていても、破滅を待つだけで。 でも、違った。 私の事を一番最初に見つけてくれた人は、私の事を知って、一緒に進もうと手を伸ばしてくれた。 「だから、これからも一緒に居てね。おにーさん」