納屋備新町、駅前。  半ば駅の施設とセットになるような形で建設され、駅前一帯がその姿を変えると共に変化を遂げつつ、常にその横にあった古き良きデパート。  その中の1フロアの、さらにその一角。夏の装いを固めてぶら下げた一角に、1人で、訝しげに、商品の群れを前にして首を傾げる人物が居た。    ───Damn it. さっぱり分からない。誰か誘えば良かったか……?    木楼高校に通う女子生徒の1人───である事も、夏休みの真っ只中である今日この日、私服でここへ現れた彼女の姿からは断定もできない。加えて彼女は普段、何かしらの服装を店頭でまじまじと観察し、購入の是非を決めるという行為をしてこなかったため、彼女が「衣服コーナーで悩んでいる」という状況を想像できる人物は、およそこの影宮市に1人も居ないと見ていいだろう。  しっかりしろよキンバリー。お前はそんな事も決められないのか?  ああ決められないね。そもそも何でわざわざ現地に選びになんか来たんだ?必要になるかも分からんだろうに。  必要になるかもしれないから買っとくんだろう?備えていた方が戦場でも優位を取れる。常識じゃないか。  それなら通販でちょちょいとそれらしいのを見繕えばいいだろう。尚の事どうして、こう衆目に醜態を晒してまで店頭で悩む?  水着に関してはサイズが繊細な問題として付き纏うということすら理解できないのか?  着た時に恥をかかないために今恥をかいてると?  何を?  やるのか?    脳内で複数人の自分に会議をさせてみても、建設的な意見の一つも出せやしない。自分同士なのだから当然だ。  しかし種類が多いのもさることながら、何を目的としてここまで肌を晒すのか、という部分が気になって仕方がないデザインのものも当然ある。キンバリーとしては水着なのだから濡れても動きやすいのが最も重視すべき点ではあったが、自分くらいの年頃の人間が皆、自分以上に水着というものに多くの意味を求めているという事実にも見知はあった。  実のところ、キンバリーがこのコーナーに来るのは何もこれが初めてではない。数日ほど前から遠巻きに偵察を繰り返し、同じ学級で同じ黒板を睨む生活を送っている人物の顔を(一方的に)見てしまったこともあった。そしてキンバリーは思ったのだ。  ……ビキニなんだ。  何となく大人しそうなあの子も、普通にそういう事しそうなあの子も、割とビキニを選ぶ。どうしてこれが選ばれがちなのか、理屈では分かっていても、やはり実物を前にしては竦むのがキンバリーという女だった。この布地は危険だ。私はもうヤバいと思う。  結局のところ、コーナーを1人で数周ぐるぐると回り続け、商品を手に取るか否かという姿勢を見せつつ、しかしどれひとつとして手に取らず、この日キンバリーはデパートを後にした。  ……衣服コーナーに単独で現れた、如何にも悩んでそうな人物。それに店員が狙いをつけなかった理由はただ一つ。  彼女が異常なほどの殺気を放っていたためであるのだが、キンバリー本人がそれほどの緊張感をただ漏らしにしてしまっていた事には未だ気づいていない。  そんな彼女の夏との戦いはまだ始まったばかり。  かもしれない。