CASE:1 ランパート 「明日からの遠征隊、私も同行していいですか?」  アザズの突然の訪問に、ランパートは少し考えた。  “解体者”の二つ名で知られるアザズは、AGSの間でも名が知られた超一流のエンジニアだ。まだ実戦で一緒になったことはないが、彼女がスタッフに加わってくれることは、遠征隊の整備・修理能力が大きく向上することを意味するだろう。性格にやや問題ありという評判は聞いているが、どのみちAGSの基準から見れば非合理な性格をしていないバイオロイドの方が少ない。 「作戦計画表はご覧になりましたか? 担当地域はグリーンランドです。ほぼ全日程を通じて雪原を移動することになるのに加え、オメガ勢力と遭遇する可能性もあります。また、本遠征隊はAGSのみで構成されるため、バイオロイド用の物資の用意がありません」 「アラスカに長くいましたから、寒い気候には慣れています。鉄虫相手の戦闘経験もありますし、必要なものは自前のカーゴで持っていきます」  明快な回答にランパートは満足した。メリットは大きく、デメリットは小さい。特段の問題は何もない。「では、他のメンバーには私から話しておきます。よろしくお願いします、アザズさん」 (もしかして私は判断を早まっただろうか)  そうランパートが考えたのはグリーンランド上陸直後、アザズが輸送用カーゴを展開させ、コンテナからハイパーライオンを出してきた時だった。 「なぜそれがここにあるのですか、アザズ女史」 「私が持ってきたんです。装着してもらえませんか」 「どうやってこれをお持ちに?」 「カーゴに積んで」  手段を聞いたわけではない。「許可は得たのですか」 「もちろんです。ほら司令官とフォーチュンさんの認証がここに」  確かにハイパーライオンの所有者は司令官であり、管理責任者はフォーチュンだ。したがって手続き上、この二人の許可があれば持ち出すことができる。 「しかし、私の……」  装着者本人であるランパートの意志を確かめずに、ランパート専用の装備品を遠征に持ってくるなどということが、常識的にいってありうるだろうか。それともこれは、AGSの思考回路はまだまだ人類の心を理解できていないという一証左に過ぎないのだろうか。 「まずは右脚から、いいですか?」  アザズはさっさとハイパーライオンを分解し、装着準備を始めている。止めようかとも考えたが、ここまで持ってきてもらったものを拒むというのも失礼にあたるだろうと、ランパートは思い直した。各パーツは完璧にメンテナンスされており、ランパートのフレームに吸いつくようにフィットした。  スヴァールバル諸島から最も近いオメガ支配圏であるグリーンランド島は、オルカが最大の注意を払わなければならない地域のひとつである。箱舟の位置を悟られないよう、わざわざ島の南側まで海中を回り込んでから上陸した遠征隊は、そのまま広大な雪原をまっすぐ北上するルートをとった。 「事前に推定されたよりも、鉄虫集団との遭遇が少ないな……俺達の存在が気づかれているんだろうか。作戦計画を修正すべきか?」 「誤差ノ範囲内ト推断。単ナル分布ノバラツキノ可能性大」 「ギガンテスに同意します。旧時代は面積に対して人口の少ない地域でしたから、鉄虫も少ないのでしょう。ウォッチャーはどのような見解ですか」 「私も同感だな。それから、島の東岸に旧時代の鉱物採掘プラントが集中していることに注意を引かれるね。オメガ配下のバイオロイドが配備されている可能性があるけど、ちょっと偵察してこようか?」 「腰をひねりながら右脚を上げてみてもらえませんか?」 「…………」  小休止中のミーティングでも、アザズはランパリオンの装甲をいじくり回していた。「もう少し足を広げて」 「こうだろうか」 「ありがとうございます。なるほど、ここが連動して持ち上がることでクリアランスを確保するんですね。やはり実際に見てみないとわからないことがたくさんあります」 「あの、アザズさん……」 「地熱と震動解析のデータがまとまったので、共有ローカルストレージに上げておきました。地下がとても静かなので、たぶん東岸のプラントはほとんど稼働していないと思います」 「……それは、ありがとう。助かるよ」  有能であり、かつ任務にも協力的なのは間違いない。間違いないのだが。 「ランパリオンパンチのポーズをとってみてもらえますか? ああ、脇の下はこういう角度になるんですか。すると鎖骨フレームは……」 「警告! それは本体側の関節カバーです! 触れないで下さい!」 「あっ、しまった」  ランパリオン用の言語拡張モジュールを貫通して、素の非常用音声が出てしまった。装甲の奥に入り込んでいたアザズの手がするりと抜ける。「すみません」 「アザズさん! あなたの能力には敬意を払っているつもりだが、任務に支障を来しかねない行為は……」 「わかりました。任務に支障が出ない範囲にとどめますね」  アザズは素直に頷いた。そうなると、ランパートもこれ以上追求のしようがない。  そして実際、その後の遠征任務はきわめてスムーズに進んだ。アザズはその技能を存分に発揮し、遠征隊のボディと装備を最善のコンディションに保ってくれた。 「次の戦闘では、左腕でランパリオンパンチを撃ってくれませんか? 動画を取り損ねたので」 「……ああ、わかった」  時折理解しがたい注文を出されることはあったものの、警告音声が出るような事態は二度と起きず、ランパートは無事グリーンランド島北東岸までの偵察を終え、つつがなく箱舟に帰島した。 「……というわけさ」 「なるほど。じゃあつまり、何も問題はなかったってことじゃないのかい?」カフェで2090年式マンガン電池の電圧をゆっくりと味わいながら、ポップヘッドが言った。 「初めてチームを組んだ相手の流儀や距離感がつかめず摩擦が起きるなんて、人間やバイオロイドでもよくあることさ」 「そうかもしれないな」ランパートは認めた。「ただ……」 「ただ?」  アザズはAGSのエキスパートだ。ハイパーライオンに関する一連の出来事を除けば、遠征中彼女がほどこした処置の中に無駄なものや不適切なものは一つもなかった。オルカに所属するあらゆるAGSの設計を、彼女が深く熟知しているのは間違いない。  そのアザズが、ランパートのボディ背面にある関節カバーを知らずに開けてしまうなどということがあるだろうか。その下にあるのは脊椎中枢ユニットであり、しかるべき知識のある者が手を触れれば、ランパートのボディを好きなように制御できるのだ。そしてもちろん、アザズはしかるべき知識を完全に備えている。  だからランパートはかすかな疑念を拭いきれない。あの時の「あっ、しまった」はもしかして、 〈あっ、しまった。気づかれてしまった〉 と、いう意味ではなかっただろうか。  もしランパートが警告を発しなければ、何が起きていたのだろうか。 「……もちろん、私の気にしすぎなのかもしれないが。君はどう思う?」  ポップヘッドはだまって大きなゴーグル型センサーの輝度を落とし、側頭部のマニピュレータをぴったりと胴体に引き寄せた。 「……今後僕が遠征に出る時、アザズ女史が同行を申し出たら慎重に対応することにするよ」 「それがいい」 CASE:2 ドラキュリナ 「ドラキュリナさーん。お届け物でーす」 「んー」  久しぶりの休日の朝、優雅に惰眠をむさぼっていたドラキュリナがのそのそ起き出してドアを開けると、何か軽くて透明なものが一斉に流れ込んできて彼女を押し流した。 「ぎゃーー!?」  反射的に溺死の恐怖におそわれ、滅茶苦茶に手足をばたつかせると、ベコベコという間の抜けた音がして頭が抜け出る。どこか聞きなじみのある音である。 「何これ……ペットボトル!?」  それはオルカでも見慣れた、飲料用ペットボトルだった。中身はすべて空。おびただしい数の空ペットボトルが、いまやドラキュリナの部屋の大半を埋め尽くしている。ドラキュリナは額に青筋を浮かべ、戸口にいたエクスプレスをを睨みつけた。 「ちょっと! 何のまねよこれは!?」  エクスプレスがうろたえた顔でタブレットを操作する。「えっと、ドラキュリナさんの部屋に届けろってなってるんだけど……」 「こんなもん注文するわけないでしょ!? 誰が送ったのよ!」  タブレットをひったくったドラキュリナは、差出人の欄を見てキリキリと眉をつり上げる。 「ア~ザ~ズ~~~!!」  膝まで埋まるペットボトルを蹴散らして廊下に飛び出すと、ドラキュリナはそのままのしのしと大股にアザズの部屋へ向かった。 「ちょっと! 受け取りサインくださーい!」  箱舟のバックヤードに設けられたアザズの研究室のドアを引き開けると、崩れ落ちてきた大量のペットボトルがドラキュリナを押し流した。 「ほぎゃーーっ!?」  二度目の溺死の恐怖を乗り越えたドラキュリナが、廊下にあふれ出したペットボトルをかき分けて乗り込むと、室内には異様な刺激臭が満ちている。その中心にいた背の高い人影が振り返ると、その顔は人間ではなく巨大なハエであった。 「どなたですか?」 「きゃーーっ!?」  ひとしきり悲鳴を上げてから、ドラキュリナはそれがアザズだと気づく。ハエの顔のような形をした、奇怪なマスクを着けているのだ。 「あ、あ、あ、アザズ! 何よそのマスク、ていうか、何よこのゴミ屋敷!?」 「ゴミではなく、実験です。ペットボトルが大量に必要なんです」アザズは口吻に似た長いノズルからシューシューとガスを吐き出して答える。 「実験? 何の!?」 「それは内緒です」いたずらっぽく指を頬に当てる。その顔でやられると不気味だ。 「じゃあ私の部屋に大量に届いたのは何よ?」 「置き場がなくて」 「ふざけんじゃないわよ!!」ドラキュリナの額にさっきより太めの青筋が浮いた。「そこら辺に置いときなさいよそこら辺に!」 「ゴミをそこら辺に放置なんかしたら怒られてしまうじゃないですか」 「私の部屋ならいいっての!?」 「あのう、何ごとでしょうか」さらに詰め寄ろうとした矢先、のんびりした声が背後から降ってきた。いつ来たのか、エタニティが廊下のペットボトルを困ったような顔で眺めている。 「実は、私の部屋にアザズさんから空のペットボトルが大量に届きまして……」 「あんたのとこもなの……」 「場所がないので、ちょっと置かせていただきました」悪びれもせずにアザズが言う。「今日の午後には引き取りにいくので、それまで置いておいてくれませんか」 「あら、そうだったんですか?」  するとエタニティはかえってすまなそうな顔になり、手に持っていたものを差し出した。特大のビーチボールほどの大きさの、不格好な球体だ。 「実は場所を取るので、圧縮してしまいました。てっきりゴミだと思って、申し訳ありません」  しかしアザズは、それを受け取って声を弾ませる。「素晴らしいです。これなら場所をとらない。ここにあるのも圧縮してもらえませんか」 「いいのですか? では」床に転がるペットボトルを二、三本まとめて掴むと、エタニティは雑巾をしぼるように無造作にひねる。メキッとすごい音がして、一瞬でペットボトルはよじれた紐状の物体に変わった。それを繰り返し、何本か溜まったところでおにぎりを作るようにぎゅっと丸めると、テニスボール大の球ができる。ドラキュリナは目を疑った。 「もしかしてそのでかい玉、素手で作ったの?」 「そうですが?」  ドラキュリナは手近なペットボトルを一本とって、両手で力いっぱいねじり上げてみたが、多少へしゃげたペットボトルができただけだった。ドラキュリナはそれを放り捨てた。 「ここが終わったら、私の部屋のもやってよ」 「ええ、いいですよ」エタニティが手を動かすにつれボールは着々と大きくなり、すでにバスケットボールくらいになっている。  よく見れば室内はペットボトル以外にも大量の何だかわからない機材で埋め尽くされ、そのうちのいくつかはブンブンと低い駆動音を立てている。何をするものなのかドラキュリナにはさっぱりわからない。機械のひとつがボン、と青い煙を吐き出し、金属質の臭気がただよってきた。元から充満していた臭いとまざって、えもいわれぬ悪臭にドラキュリナは鼻をおさえる。 「ねえ、この臭い何とかならないの? 体に悪そうなんだけど」 「ガスマスクがあるので平気です」アザズはマスクを指さす。 「私が平気じゃないわよ。まわりにも迷惑でしょうが」 「実験が終わったら、ドアを開ける前に空気清浄機を作るつもりだったのですが、ドラキュリナさんが開けてしまったので」 「私のせいにすんな! ていうか、ずっと外に出ないつもりだったわけ?」ペットボトルを蹴散らして立ち上がったドラキュリナは、ひとつ深呼吸をしようとして派手に咳き込む。「ああ、もう! いいわアザズ、荷物まとめてここを出る準備しなさい」 「実験の途中です。それはできません」 「外になんか建ててあげるから、そっちへ引っ越しなさいって言ってるの。箱舟は気密がきいてるんだから、こんな臭い出しちゃ駄目よ。建築法規ってものを知らないの?」 「まあ。助かります。研究が成功したら、ドラキュリナさんのも作ってあげますね」 「いらないわよ、そんな何だかわからないもの」ゴミの山を乱暴にどかして、再度建築士の目でもって室内を見回す。「つくりはこの部屋と一緒でいいわね? あのへんに排気口と、ガス処理スペースも作らないとね」 「せっかくなら、電源を増強して下さい。ドラフトチャンバーも一回り大きくして、天井を高く」 「注文が多い!」 「それから耐爆性能も」 「注文が多いっての!」  怒鳴り返しながら、ドラキュリナは頭の中で部屋の寸法と、必要な部材の見積もりをはじめていた。休日が丸ごとつぶれたことに彼女が気づいたのは、夕方になって配線工事まで終えたあとのことだった。 CASE:3 ドクター 「アザズお姉ちゃんいる!?」  つい先日建ったばかりのアザズ用ラボへドクターが駆け込むと、アザズは作業机にうずくまり、何やら小さな金属の塊をいじくり回していた。 「なんでしょう」 「これ! この研究なんだけど!」  ドクターは手にしたタブレットをアザズに突きつけた。オルカのイントラネット内にあるアカデミックフォーラムにアザズが投稿した、一本の記事が表示されている。アザズは大きなゴーグルを額にはね上げ、にっこり笑った。 「ああ、それですか。自分でもよくできたと思うんです」  アカデミックフォーラムはイントラネットの中でも比較的新しくできた、名前の通り学術的な話題専用のチャンネルである、ドクターをはじめフォーチュンやスカディー、エラにムネモシュネなど、高度な専門知識を有するモデルの隊員がオルカだけでなく外部拠点にも増えてきたため、交流の場として開設された。  利用する隊員は限られているが、他愛のない雑談から実際的な技術論、時には旧時代の学会誌に載ってもおかしくないような本格的な研究報告までが投稿される、活発で中身の濃いコミュニティだ。学術系バイオロイドの筆頭格といえるオルカのドクターも、毎日のようにのぞいては同型機と意見交換をしたり、異分野の隊員の議論を眺めたりして大いに知的刺激を受けている。  つい先週、アザズがそのフォーラム化学工学チャンネルに、ひとつの研究報告を投稿した。題名は「ポリスチレンの新規合成経路、およびほか数種の合成樹脂についての雑感」。 「イリジウム触媒を使ってCひとつとカルボキシル基をいっぺんに引き抜くところ、エレガントだと思いませんか? 『アザズ法』と名付けてもいいかなって思っているんですよ」 「そっちもだけど、それよりもこれ! こっち!」ドクターは画面をスワイプして記事の最後のほうを拡大する。本題である研究成果のあとに、「副産物としてこのような合成経路もありうることがわかった」と、おまけのように小さく図が書き添えてある。「ポリプロピレンの結晶分解と脱ブチル! これ何なの!?」 「そちらはあまりうまくいかなくて」アザズは露骨に興味を失った顔をする。「手間も時間もかかるし、ちょっと温度をしくじるとすぐオクタンが混じってしまうし」 「混じってしまうしじゃないよー! これ根岸-エキモフ回路の上位互換じゃん! 世界中の廃プラスチックからガソリンが作れちゃうかもしれないんだよ!」 「なるほど、そういう見方もありますね」アザズはそっけなく頷いた。「でも私が作りたいのは高純度ポリスチレンなので」 「いやだから……まあポリスチレン合成だってすごいけどさあ!」じれったそうにドクターは足を踏みならす。「だいたいなんでポリスチレンに限って……」  と、ドクターはアザズの手もと、卓上にある小さな塊に目を留めた。 「それは何やってるの?」 「銅マスターを仕上げています」 「銅マスター? それ何だっけ…………ははあ。ふーん。そういうことかあ」  作業机の上のものをひととおり眺めわたしたドクターは、彼女が何のためにあの研究をし、何をしようとしているのかをおおむね理解した。小さな肩を大きくすくめて、ため息をついてみせる。 「わかったよ。じゃあ、こっちの経路は私が続き進めていいよね? 実験データくれないかな」 「いいですよ。そこのノートPCで私の個人サーバに入ってください。先週のどこかに記録があると思います」 「前から思ってるけどお姉ちゃん、セキュリティにもう少し気を遣った方がいいよ」 「オルカの外では気を遣っていますよ」 「いいけどさ~」  ドクターは必要なデータを選んで自分のストレージにコピーすると、「じゃ、頑張ってね。あとどれくらいで完成するの?」 「試作も含めて、二週間ほどでしょうか。でも、内緒でお願いしますね」 「はーい」  そそくさと手を振って、早足にラボを出る。向こう何ヶ月か熱中できそうな研究のネタを手に入れたのだ。その足取りは弾んでいた。  それゆえに彼女は気づかなかったが、ちょうどその時ラボの建物の反対側には一人のブラウニーがいた。ちょろまかしたカップトッポギを人目に付かないところで食べようと思っていたそのブラウニーは二人の会話の一部始終を聞いてしまったが、最初から最後まで何一つ理解できなかったため、わかったのはただ「二週間後に何かが起きるらしい」ということだけだった。ブラウニーは別にブラウニーにそのことを話し、聞いたブラウニーはまた別のブラウニーに伝えた。その過程で当然のように、話は膨らんでいった。 CASE:4 司令官  最近アザズの様子がおかしいらしい。  まあ彼女の様子はだいたいいつでもおかしいのだが、ランパートにドラキュリナにドクターにブラウニーと、立て続けに三件も同じ報告を受けると、ちょっと様子を見ておこうかなという気にもなる。  ドラキュリナが最近建ててあげたというアザズ用のラボは箱舟とアクアランドから少し離れた所にぽつんと建っていた。プレハブ風の簡素な建物だが、壁にコンクリート板のようなものがいっぱい貼ってあるのは防爆用だろうか。時々悪臭がすると聞いていたが、今日はそんなこともなく、ノックをするとすぐにドアが開いた。 「司令官、ちょうどいいタイミングです。呼びに行こうと思っていたところでした」  にこにことアザズが迎え入れてくれた部屋の中央には、直方体の大きな機械が据えてあって、ゴンゴンとポンプのような音が響いている。 「今、最後のランナーが仕上がるところです」 「ランナー?」 「ほら」  アザズが指さした機械のいっぽうの端では、分厚い二枚の金属板がぴったりくっついて押し合っているように見えた。見ているうちに蒸気を噴いてその二枚が離れ、間に挟まっていたものがカシャンと軽い音を立ててすべり落ちてくる。平たくて複雑な形のそれを、アザズが拾って差し出してくれたのを見ると、 「……プラモデル!?」 「はい」  四角い枠にたくさんの小さなパーツがくっついたそれは、どう見てもプラモデルのランナーだ。旧時代の廃墟で見つかったものを年少組やトモがよく作っているし、俺もゴルタリオンと一緒に組み立てたことがあるから知っている。  よく見ると、見知った形のスネらしきパーツがある。それにこの薄いグレーの色合いは……。 「ランパートか、これ」 「そうです」アザズが、すでにできていたらしい他のランナーを箱から出して見せてくれた。明るいブルーに内部フレームの黒、細い黄色のラインまで、きちんとパーツで色分けされている。コミュニケーターヘッド用のクリアパーツ、そしてランパリオン用の外装まであった。 「作ったのか、これ?」 「市販のキットは素材も経年劣化していますし、満足できる造形のものがなくて。旧キットに手を加えるのも楽しいものですが、司令官と作るなら、作りやすい素性のいいものが欲しかったんです」  それを聞いて思い出した。確かに以前、ランパリオンの模型を一緒に作ろうと誘われて約束したのだ。いずれどこかで旧時代のプラモデルが見つかったらという話だと思っていたが、まさかプラモデルそのものを自作するとは……。 「……うん? じゃあひょっとして、ランパートのボディを調べたっていうのは」 「構造を詳しく知るためです。設計図は見ましたが、やはり各部の連動などは実物が動いているところを見るのが一番ですので」 「ペットボトルゴミを集めてたのは」 「高品質なポリスチレン素材が必要だったのですけど、原油をそんなことに消費してはいけないと言われたので、廃材から作ってみようと思い立ちまして」 「ポリスチレン合成に熱中してイソオクタン合成をほったらかしてるっていう、正直意味がわからなかったドクターの愚痴も」 「我ながらいい合成経路を組めたと思います。材料は空きペットボトルからいくらでも作れますから、量産もできますよ」 「もうじき地球破壊爆弾が完成するっていうのは」 「なんですか、それ?」  すべてが一つにつながっていく。 「全部、これのため……?」 「はい」  俺の顔をまっすぐに見て、嬉しそうにアザズは頷いた。  あのマイペースでお騒がせなアザズが、俺とプラモデルを作るという、たったそれだけの約束のために、これほどのことを……。原料のプラスチックを作るところからはじめて、設計図を引き、射出成形機を作り上げることまで。どれだけアザズが天才だとしても、簡単だったはずはない。部屋のすみに積み上げられた失敗作らしきプラの山が、それを物語っている。  嬉しいやら、申し訳ないやら、可愛いやら、呆れるやらで、俺はなんだかもう何も言えなくなって、アザズの手をとった。細くきれいなアザズの指は、切り傷や薬品ですっかり荒れてしまっていた。 「さっそく一緒に作ろう、アザズ。俺は素人だから、色々教えてほしいな」 「よろこんで。初心者でも組みやすいように設計してありますが、手を入れる余地も色々あります」  アザズが笑顔で卓上にずらりと並べたツールの数々に俺は少しだけひるんだが、すぐにコンスタンツァに連絡して夜までの予定をキャンセルしてもらった。  それからアザズと一緒に、世界でただ一つのプラモデルを組み立てる楽しさに心ゆくまで浸った。  「1/10スケールCT66ランパート 鋼の守護者合体セット」は、その精密な造形、組み立てやすく遊びやすいパーツ構成、塗装しなくてもほぼ実物通りのカラーが再現できる色分け、そして何より人類滅亡以来初めての新作プラモデルであることにより、たちまちのうちに世界中の抵抗軍拠点で大ヒットとなった。 「次はドラキュリナさんを作ります。約束しましたので」 とのことで、数週間後に第二弾「1/8ドラキュリナ」が発売され、こちらも大ヒット。自分の美プラが世界中で引っ張りだこになっていることに、ドラキュリナもご満悦だったのだが、 「くらえ、正義のランパリオンパンチ!」 「やられたー!」  結果として「悪い魔女ドラキュリナをランパリオンがやっつける」というごっこ遊びがあちこちで生まれることになってしまった。ドラキュリナは涙目でキレ散らかしながら俺に訴えてきたが、子供たちの自由な遊びを邪魔する権利は誰にもなく、俺にできるのは第三弾を早く出してくれるよう、アザズに催促することくらいだった。 End