単独~複数宇宙規模での、歴史や世界の法則そのものが書き換わる現実改変事象。通称:パナーダ現象  内容はその時々によって様々で、例えば「軽快艦艇への魚雷搭載ができなくなる」「同一労力での研究速度が顕著に遅くなる」「サイボーグ人口の増加に既存のロボット製造インフラが使用できなくなる」といった文明にとって不利益をもたらすものや「ある種の召喚術式が10回分のリソースで11回実行可能だったことになる」「ソウルジェムが濁り切ると呪いを振り撒くのではなく女神に掬い上げられることになる」といったどちらかというと有利になるもの、場合によっては「円周率がピッタリ3.14になる」なんて奇妙なものまで存在する。  そんなパナーダ現象。それが近々起きるのではないか……という予測が、わたしの観測結果から浮かび上がってきている。  パナーダ現象はその宇宙の内部にいる観測者(念のため書いておくと、これは普通名詞の方)自身にも影響を及ぼす。だから内部からの観測では認識できないけれど、わたしたちの中でもその世界の外にいる個体はそれを認識できる可能性がある。 例えばまどかちゃんの契約前後を観測することで「魔法少女」という存在に関わるルールの変更を認識できるように、ある世界のわたしの改変前後両方を観測できれば、その情報を比較検討することで改変が行われた可能性を指摘できる。  こうした改変は速度の差こそあれどある程度隣接した世界に波及することが分かっていて、観測結果によるともうしばらくでそれがわたしたちの世界にも及ぶのではないか……という可能性が出てきたわけだ。  とはいえそれを知ったからといって世界の中にいるわたしたちに出来ることは……まぁ、何もない訳で。だから無駄に不安にさせるよりはただ何も知らずに迎える方が良いだろう、ほむらちゃんたちにも伝えないでおこう、と思っていたのだけれども。 「この『パナーダ現象』って何かしら?」  観測結果と考察を記録していたメモリーを、ほむらちゃんに見られてしまった。  とはいえ推測される内容は別段危険なものではないし、ここではぐらかすことのリスクを考えると……まぁほむらちゃんには話してしまってもいいかもしれない。    そんなわけで説明をしたところ 「そう……なら、念のため様々な記録を残してどこか安全な場所に放流してみない?」 そういうことになった。 なったのだ。 /////  そんなわけで、わたしたちはこれまでに関わった全ての魔法少女の元を訪ねた。 「ハロー、いろはちゃんにういちゃん。今ちょっと『わたしたちのこれまでを纏めて記録化する』ってプロジェクトをやってるんだけど……協力してくれない?」 「こんにちはかごめちゃん。いろはちゃんから聞いたかもですが……えっ似たようなプロジェクトを実行中?せっかくだし共同で進めません?」  これまでに立ち寄った全ての地域を訪れた。 「はい、ここが霧峰村ですね。今は観光に力を入れているそうです……って暴走馬がこっちに!?」 「えー、現在わたしはアフリカ某国の違法採掘場跡地にいます。ここで採掘したとある金属が例の動力炉に使われてたりしますが……そろそろ逃げた方が良さそうですね!現場からは以上です!スタジオのほむらちゃんどうぞ!」  これまでに起きた事件のうちいくつかは、多方面からの証言と協力のもとで再現映像を作ったりもした。 「アシュリーちゃんにせいらさん、技術協力本当にありがとうございます!内容的にいわゆる一般のプロの方々へは頼めないので……」 「えーと……結菜さん?ホントにこれの再現を?……『記録として残した方が良い』ですか。わかりました、念のためさくやさんたちにも承諾を……もう取ってる?はい」  そうして、元々はわたしとほむらちゃんの二人で作るはずだった記録は、いつしか多くの魔法少女を巻き込んでの一大プロジェクトになって。 「魔法少女たちの武器を組み替えて作った記録盤にラビさんが強化したひめなさんの合成で記録を封入、保護のためにみことちゃんの鏡を基礎として作ったケースをさらにイロハニウム龍鱗合金とみたま式ダークマターデフレクターで覆う。これを世界識別コード『レポート』で見つかった時空を超えるドアの模造品の足りない部分を『ホライゾンニードル』で補った世界間空間漂流用ボトルに入れて……と。出航前チェックリストオールクリア、準備オッケーです!」 合図をすると、いろはちゃんとまどかちゃんがぶどうジュースの入った船型の瓶をもって壇上に上がる。  二人の短くも心温まるスピーチが場の空気を和ませた後、ボトルに叩きつけられた船がパリーンと割れて、漂流……もとい航海の安全を祈願する。 「ねぇ、観測者さん?」 3! 「なぁに?ほむらちゃん」 2! 「このプロジェクト……楽しかったかしら?」 1! 「……うん、とっても!」 ゼロ! ///////  カウントダウンがゼロに届いた瞬間、かつて様々なものを戦場へ届けたカタパルトが記録の入ったボトルを乗せて急加速する。  ただ、今回ばかりは荷物の行先は戦場ではなく。  ボトルが飛び込んだのは、灯花ちゃんの全面的協力のもと完成したブラックホールエンジン……その炉心である微小ブラックホール。  ホライゾンニードルの先端がブラックホールに突き刺さると同時に、超高重力環境下で発生する多元宇宙へ続く次元の裂け目をくぐり抜ける……というのは、流石にわたしたちからは見えないのだけれども。 「これにてわたしたちの記録は無事、平行世界の間にあるどこかを漂うことになりました。皆さん、本当に、ご協力ありがとうございました!!!」 「続いて!来てくれたみんなで交流を深めるためのイベントも行う予定なので!時間に余裕のある方はぜひ参加してください!!!」 「後で記録のコピーを配布するから、欲しい人は魔法少女連絡網の専用フォームにその旨を書いておいてくれるかしら?」  わたしが頭を下げると、いろはちゃんとほむらちゃんが今後の予定をみんなに伝える。  そう、『今後の』予定だ。  記録が満杯になって、どこへともなく漂流しても。  わたしたち魔法少女のこれからは、まだまだ続く。  たとえいつか終わるとしても……それはきっと、まだ先の話。 ……つづく /////// 「それで、結局そのパナーダ現象はいつ来るのかしら?」 「……さぁ?」 「さぁ?って貴方……」 「他のわたしたちから見れば来たかどうかはわかるけど、中にいるわたしにはわからないからね。ひょっとしたら、案外記録を集めてる最中にもう来てたりして」 「全く……でもまぁ、それで意味が無くなるわけではないのだけれども」 「うん、意味はあった。わたしたちの3年以上、あるいは6年11か月と9日、それとも7年11か月と9日以上?とにかく、魔法少女たちの間で伝説になるこの期間の出来るだけ正確な記録を残せたのは確かだし、それにまぁ……うん、楽しかったしね」 「えぇ、あちこち見て回るだけでも、様々な思い出が蘇ったわ。一番古いものでも2年と経っていないのに」 「でしょ?わたしたち、色々無茶をやったよねぇ」 「まさか貴方がアフリカやシベリア、中東やカリブにスカンディナビアにまで行ってたとは思わなかったけれど」 「移動時間の短縮にも心血を注いだよあの辺りは……あのころはまだドッペルシステム自体がないからグリーフシードの備蓄が消えたらアウトだし。そうそう、海外といえば……」  夜が更けても話のタネが尽きることは無く、わたしたち二人は明くる日の学校をサボることになる。  とはいえこうしたサボりも、これからはほとんどなくなるはずだ。というのもこれからは魔法少女の間での問題を解決するための大立ち回りも少なくなるし、わたしたちも流石にそろそろ将来の進学や就職といった人生設計を考えなければならない。そのためにも、もはや『不良生徒』ではいられない。  わたしとほむらちゃん…………二人の魔法少女は己の役割と誓いを果たし、魔法少女たちの表舞台を去った。そして、希望と使命感、当たり前の善性と理性を旨とする魔法少女たちが創り上げた地域諸団体連合、すなわちマギアユニオン体制の元でそれぞれの魔法少女コミュニティは連接され、陰謀と暴力を下敷きとした伝説は終わりを迎える。これからは、宥和と共存の志と価値観を共有する者達が歴史を紡いでいく。  まさしく、「伝説が終わり、歴史が始まる」というやつである。 //////////////// 魔法少女たちの物語が流れ着く、とある世界の灯台で。 「これは……ボトルメール?中身は……レコード盤でしょうかね?」 ボトルのように見える容器はしかし、様々な階層での概念的防御が施されているのが見て取れる 「とはいえ……っと」 これはボトルメール、どこかに漂着して誰かに読まれることを目的としたものである以上開ける方法は存在する。そう信じて格闘すること小一時間、流石に根負けして放り投げようとした直前にボトルがひとりでに開く。 「まったく、開くならもっと早く開いてくださいよ……えーと、どれどれ?」 『ハロー!これを読めているということは、貴方は魔法少女ですね。この物語は、わたしたちが経験した奮闘と苦難、そして希望の記録です。貴方がどのような人なのか、貴方のいる状況がどのようなものであるか、わたしたちにはわかりません。ですがわたしたちは貴方を、貴方たちを信じてこの教訓と技術を贈ります。最後に、もしこれが不要になった時は、これらの複製を一揃い、わたしたちと同様の方法で送り出して頂けると幸いです』 「ふーん……まぁいいです、後であの子に見せてあげましょう。で、こっちが記録の題名ですか。えーと、ざっくり訳すと『魔法の記録』……いえ、これは英語で読んであげるべきですかね?つまり、」 "Magia Record" でしょうか?