「ハァハァ…」 「おい、早くしろよ」  二人組の男が暗い室内で慌てて作業をしていた。とある企業のサーバーに侵入し、顧客のデータを盗み出しそれをネタに脅迫しようとしていたのだ。 データの抽出に成功した瞬間に、慌ただしい足音が聞こえてくる。 「ちっ警備の連中に気づかれたか」 「早く逃げるぞ!」  二人組の内一人が小型のカプセルのようなものを取り出す。そしてそれを地面に投げつけると周囲に異様な空間が広がっていった。 「何者だ!?」  警備員とそのナビが侵入された部屋に入るがそこには空間の捻れたような不気味な空間が広がり人の気配は全く感じなかった。 呆気にとられていると不気味な空間がしゅるしゅると吸い込まれるようにして消えて行き、後には小型のカプセルのみが残された。 「へへっうまくいったな」 「ああ、魔女サマサマだぜ」  二人組の男は現場からまんまと逃げ出すことに成功していた。 ネットワーク技術の進歩と共に複雑化していくネット犯罪。魔法少女の存在が明かされネットナビが実体化するという新たな時代を迎えると同時に、それを利用した犯罪もまた増えて行っていた。 今のは魔女の結界を分析しそれを再現することに成功した犯罪者が作り出した擬似魔女結界を作り出す装置だ。魔女の結界は科学的な分析が難しく容易く人やナビの追跡を振り切れるという目的で使われている。 無理に侵入しても中には無人の結界が広がるばかりと悪質なものとなっている。 「これで俺たちも仕事がやりやすくなるってもんだ」 「ああ、いい時代になったぜ」 「あら、随分好き勝手言ってくれるじゃない」  浮かれて口数の増えた男達に冷たい声が浴びせられた。 男達が自分のナビとウイルスを実体化させ相手を倒そうとする。その先には二人の女がいた。 「ニードルマン!」 「シャーッシャッシャッ!!」  一人の女のPETから飛び出したニードルマンが腕から刺を発射して悪人のナビをあっという間にデリートしてしまう。 そして女の隣にいた少女はどこからか鎌を取り出してウイルスに向かって飛び降りる。瞬く間にウイルスが切り刻まれ消え去る様子を見て男が驚愕する。 「な、なんだあいつは!?」 「多分魔法少女って奴だろ…まあいい、どうせ素人だろ!」  男は着ていたジャケットを広げると中にあるスイッチを押して装置を起動する。これも魔法少女の力をネット犯罪で悪用するために作られたものだ。 男の身体能力は魔法少女並に強化されその状態で男はナイフを取り出して魔力を流し込み強化して少女向かって襲いかかる。男は長年犯罪者としてネットバトルだけでなく現実でも修羅場をくぐってきた。 彼から言わせれば魔法少女など力を得ただけの一般人に過ぎない。同等の条件ならば負けるはずがない。そう思っていた。  男の突き出したナイフを少女は鎌で防ぐ。それを見越していた男は同時に魔力で強化した拳ですかさず少女の腹を殴ろうとしたもののそれを見切っていた少女が男の拳を掴み一瞬で腕を捻って男を組み伏せる・ 援護に来たもうひとりの男に対して組み伏せた男のナイフを弾いて吹っ飛ばし向かってくる男の足に刺す。怯んだ男の隙を突いて少女は一瞬で向かってきた男の懐に潜り込んだ。 いくら魔法少女とはいえここまで無駄なくその上反応も間に合わないほどの速度で立ち回る動きは素人のそれではない。まるで戦闘訓練を受けたプロの軍人のような…男がそこまで考えたところで少女の拳が男の鳩尾にめり込み一撃で気絶させ、倒れていた男にも鎌の柄の部分を押し当てて意識を奪う。  それを見届けた女…ゆりこは少女に声をかけた。 「そろそろネット警察が来るわ。そろそろ引き上げるわよ…」 「かりん」  かりんは被っていたフードを脱ぐとゆりこについていくのただった。 「……」  眼下に広がる神浜の夜景を見下ろしながらかりんは無言で佇んでいた。 その様子を後ろからゆりこと缶拾いの機械を押しながらワイリーが見つめていた。 「なんじゃあのガキは、いつまでも黄昏おって」 「複雑なんでしょう。私もこんな形でまたネット犯罪の形が広がっていくだなんて残念だもの」  かりんは環いろはや光熱斗達デューオの紋章を授かりしものの一員として激しい戦いを生き抜いた。その過程で親しい先輩のアリナと最期の決着を付け二度と会うことはなくなった。 そんな思いをして迎えた時代をこのような形の犯罪に利用されることに対してやりきれない思いを抱えていた。かりんは思わず溜息をついた。 「これじゃあ何のためにカーネルや大佐が自動浄化システムの一部としてこの世界に留まっているか分からないの…」 「お前が気を回すことでもないじゃろ」  ワイリーの言葉にかりんは反応せずにただ黙って座り込んだ。 ゆりこはそんなかりんに背後から静かにラ問いかけた。 「……アリナ・グレイの言う人類は愚かな存在だって話も思い出しているのかしら」 「……そうなの」  ゆりこの問いは的を射ていた。 かりんは否定せずに肯定し口を開いた。 「人とナビが一緒に生きる新しい時代…それをこんな形で利用してまた傷つけ合ってる…言い返せないの」 「気を落としても仕方ないわ。アリナだってこのことを見越していた訳でもあるまいし」 「そうでもない…かもしれない」 「……何故?」  かりんは座り込んだまま顔だけを上げて星空を見上げる。 「カーネルが言ってたの。アリナ先輩はいつも大事な時に私の言葉を聞いていたって…私はアリナ先輩に大きな影響を与えていたって……だから、ある意味先輩の人類への失望は私のせいなの」 「それは…」 「きっと先輩は……私がいつもの諦める姿を見てて、見すぎてしまったの。気づかないうちに、アリナ先輩にも私の諦める考え方が強く残ってしまったの」 「……かもしれんな」  アリナは言っていた。かりんの本質は諦めだと。 言葉でどれだけ正義と希望を語っても、かりんは心の底ではいつも諦めてきた。祖母の盗癖もアリナの更生も、心の底ではきっと無理なんだと諦めていた。 それを見抜いたアリナはいつしかその影響を受け、人類がどれだけ抗っても流されて絶滅へと向かっていくのだと諦めてしまっていた。 「……で、またウジウジ悩むつもりか?」 「……ちょっと悲しくなっただけなのだ!」  突然立ち上がったかりんをゆりこは意外そうに見つめる。 「前はよく分かってなかったけど…今なら分かる気がするの。カーネルや大佐だって何度も傷ついて悩んで、その旅に立ち上がってきたはずなの。 私はそんな二人から受け継いだ異名に恥じないように……何回悩んで立ち止まっても、また前を向いて歩いていくって決めてるの。それが…」 「それが、不死身のかりんなのだ!!」  自信満々に告げたかりんにワイリーは呆れたように肩を落とした。 「やれやれ……大佐、どうやらとんだ馬鹿者を育ててしまったようじゃのう」 「いいじゃない、私は楽しいわよ」  面白そうに微笑むゆりこを横目にワイリーはこの場を離れ始めた。 去っていく二人をかりんは追いかけていくのだった。 「ゆりこお姉さん、ワイリーおじいちゃん、待って欲しいのー」 「誰がお爺ちゃんじゃ」 「ふふ…」