あの日からもう半年以上経った 翌日には件のトレーナーに連絡しトレーナー契約を受諾した 一族にはもっと実績のある者をと口を出す者も居たが、 それならば最初からトレーナー募集などかける必要もなかったでしょう? 貴方が紹介して下されば良かったのにと、嫌味をお見舞いしてやった あの時の困惑顔は痛快だった トレーニング中だというのに思わず口角が上がる トレーナーを決めてから何度かレースを走ったが、 大きな期待とは裏腹に結果は可もなく不可もなくといった所だ 勿論、手を抜いている訳では無く、単純に力量が足りていないのだろう 期待の大きさから言えば凡走と言う口さがない者も居る 期待して思い通りでなければ貶めるとは勝手極まりない発言だ 端から理想像しか見ておらず、私を見ていないからそういう事になる ああいった輩は一走毎に桜花賞には間に合うだのなんだのと要らぬお節介を焼いてくる 本人は良かれと思っているのだろうが、只の嫌味か嫌がらせだ さっさと一族の他の娘に乗り換えてくれれば良い 自分なんかに期待をしないでくれれば尚良い 「お疲れさん、アーケインちょっと良いか?」 遅れてきたトレーナーに呼ばれる トレーニングを切り上げてトレーナーの元へ向かう 何となく浮かない顔をしている気がする 「はい、なんでしょう?」 「…実は、次走は朝日杯にしようかと思うんだがどうだ?」 「朝日杯…ですか?」 「ああ、一度大舞台を経験しとくのも良いかと思ってな」 「…正直な所、私の実績では荷が重いのでは?」 少し考えて応える 「そうか?掲示板には入れそうだが」 「…運が良ければ、そうかも知れませんね」 無責任な展望に思わず不満を露にする 「そうか…じゃあ仕方ないな」 困ったように苦笑いして諦めるトレーナーに申し訳なさが湧いてくる なにより、トレーナーを一族からの盾にしていたという後ろめたさがある 「…わかりました、朝日杯に挑戦します」 「良いのか?無理しなくても良いんだが」 「大丈夫です、但し期待はしないでくださいね 未だ条件戦をウロウロしてる程度なんですから…」 「ああ、無理はしなくて良い、トレーニングも通常通りだ」 「わかりました、それでは今日はもう上がりますね」 「そうか、お疲れ様」 失礼しますと挨拶し寮へ向かう 寮へ向かいながら突然の重賞挑戦について考えを巡らせる かなり厳しいレースになるだろう 出走メンバーは確認しなければわからないが、既に重賞を制覇している者も居るだろう 条件戦クラスが出走して戦う舞台ではない 運に恵まれ最高の結果を出しても掲示板だろう …そういえば、トレーナーは出るように言った上で無理をするなと言った おかしな話だ、ならばオープン戦辺りにでも出た方がまだ勝ち筋はある よくよく考えれば最初から浮かない表情だった 「まさか…」 又候一族の某の横槍ではないか? であるなら今の自分の成績を見て、未だに幻想から醒めていないという事か 「よくもまあ…酔狂な」 トレーナーには気苦労をかけて申し訳ない なんとかトレーナーの面目が立つようにしてあげたい 「なんとか…掲示板…いや、入賞ぐらいは…」 今の自分では届かない 理想の結果を出している自分を思い描けない 悩んで居る間に自室に辿り着いていた また溜息を吐く日々に戻らなければならないようだ 「でも、やるしかないのね…」 トレーニングは通常通りで良いとトレーナーは言っていたが、 他の出走メンバーとの差は少しでも埋めたい 朝日杯までオーバーワークにならない程度にトレーニングをしなければ… いつ以来だろうかこんなにちゃんとした目標を持ってトレーニングするのは 「本当に…荷が重いなあ」 取り敢えず…は食事と入浴して英気を養うとしよう 短い期間だが付け焼き刃のトレーニングを熟し、遂に朝日杯を迎えた パドックで選手紹介を終え準備運動を念入りに行う オーバーワークはしていないし、体調も問題はない 後は結果さえ付いてきてくれれば… しかし、やはりというか出走メンバーは豪華だ 重賞制覇している者、それを倒した者、オープン勝ちし滑り込んだ者 そして…未だ1勝しかしていない自分 よくもまあ臆面もなく出てきたものだと思われているだろう いや、眼中にさえないか 思わず溜息を吐いた所で話しかけられる 「どうかしたんですか?」 この娘は…確かテンモンとかいったか…彼女も古い一族に連なり名門の出だ もっとも自分と違い実績も人気もあるが 「何だか場違いな所に来てしまったと思っていました」 「場違い…ですか?」 「ええ、私は皆と違い特に目を引くような実績を出していませんから」 「…それでもここに居るという事は応援され期待されている…という事では?」 テンモンは少し首を傾げながら問いかけてくる 大人しそうな見た目に力強い意思を感じる瞳 成る程、実績だけじゃなく華もある、人気になるのも頷ける 「…期待は…されているんでしょうね…多分」 「じゃあ、頑張るしかありませんね」 彼女は優しく微笑んで励ましの言葉をかけてくれる 「貴方は…そうね、できる事をやるしかないわね…ありがとう」 大切に育てられてきたのねという言葉を飲み込んで礼を言う 「さあ、行きましょうか」 彼女を促し地下バ道へ連れ立って向かう 前を見据え少し先を征く彼女の横顔はとても眩しかった