それなりの一族に連なると余分な気苦労も多い とはいえ、それなりの一族ならばそれなりの立場もあるわけで顔に出すのは憚られる 自分の意思ではなく、一族の意向でのトレーナー募集 この募集は、自分以外の一族のトレーナー募集も兼ねている 結果、そこそこの『目玉商品』の自分が顔に出そうものなら空気がぶち壊しという状況が出来上がる 募集をかけた手前、相手をしない訳にもいかず、笑顔を張り付かせ順番にトレーナー候補の対応を続ける 思考の大半を占めるのは、「早く終われ」のみだ ああ、本当に…本当に嫌だ…くだらない…トレーナーなんて誰でも良い、最悪居なくても構わない しかし、募集をした手前、相手をしない訳にもいかない… 誰もいなければ悪態をついているだろう 検討してお返事させて頂きますと当たり障りない解答を笑顔で返し、 一族の他の娘達を紹介して迫りくるトレーナー達を受け流して押し付ける 両手の指くらい受け流した頃だろうか、いい加減に辟易していたが誰かが助け舟を出してくれる事もない 一族の娘達は自分のアピールで手一杯なのだろう多分 次の候補に対応したら…もう体調不良なりなんなり理由を付けて逃げ出そう 溜息を堪え次のトレーナー候補と向かい合う 「…大丈夫かい?」 挨拶よりも先に私の身を案じるような発言をしたきた事に面食らう …間違いなく笑顔で受け答え出来ていた筈だが、いつの間にか顔に出ていたのだろうか? 「…何がでしょうか…?」 「あぁ、いや…随分無理をしているように見えたから…」 「…お気遣いありがとうございます…ですが特に問題はありません大丈夫です」 「ふむ…そうかい?…じゃあ続けさせてもらおうかな? …とはいえ、俺は他のトレーナーみたいにアピール出来る事も少なくてね うーん、そうだなあ、とりあえず君が走る事に集中できるよう全力でサポートするよ」 「……?それだけ?」 他のトレーナー候補と違い拍子抜けしてしまい敬語も忘れて聞き返してしまう 「?…まあ、俺の力量じゃあんまり大きい事言うと嘘吐きになるからな それじゃあ、良い返事を宜しく頼むよ」 それだけ告げると手を軽く振りながら他のトレーナー候補の方へ歩いていく 「あ、ありがとうございました」 少し足早な背に形式通りの返事を返したが聞こえていただろうか… 「…おかしな人だ」 思わず溢れた独り言が聞かれなかったか心配だが、取り敢えずは作業に集中しよう 彼の後の候補者からは、それ程手間のかかる者は居なかった為か長い「面接」も終わった 他の娘達もトレーナー候補達と「面接」を終えたようだ 気付かれないように小さな溜息を吐く これで取り敢えず役目は果たして肩の荷が下りた 後は彼女達が選ぶ、選ばれるはもう自分の知ったことではない そそくさと帰ろうとすると一族の娘達が話しかけてくる 「アーケインさんは良いトレーナーは居ましたか?」 まだ対応しなければならないのか… 「…そうね、まだよく考えてみないとなんとも言えないわね」 軽く微笑み玉虫色の返事で誤魔化す 実際の所はなんとも言えないというよりどうでも良いという方が正しいが 「アーケインさんは桜花賞を目指しているから、 やっぱりクラシック路線で実績のあるトレーナーが良いですよね」 「……さあ?どうかしら? 一つのレースに固執するのはどうかしてると思うけど」 不躾な問いかけに言葉を失いかけたが、 なんとか切り返すが少し強めな言葉になってしまった 「確かに目指すなら3冠バですよね流石アーケインさん」 「私の事はどうでも良いの、貴方達も3冠を勝つぐらいの意気を見せてね」 「えー!私達じゃ無理ですよー」 …他愛もない掛け合いなのは分かっている だが、今の自分にこんな軽口の相手をする余裕はない 「…やる前からそんな事でどうするの?なんの為に競走ウマ娘を目指したの?」 自分はやりたくもない事をやって一族だのなんだの背負わされるのに…無意識に強い言葉が出てしまう 「…あ、す…すいません…」 彼女は俯き謝罪し、他の娘達もばつの悪そうな感じだ 結果として、自分が叱責したような感じになってしまった 何故そこで謝る?勝ちたいでも、只、走りたいでも構わないだろうにそんな答えも持っていないのか!? 「…ごめんなさい言い過ぎたわね 今日は沢山の人を相手したから疲れてるみたい…先に休ませてもらうわね」 自分には気まずい雰囲気を今更どうにかできるコミュニケーション能力は無い もう…疲れた…帰る、誰の顔も見たくない 背中に見えない何かが伸し掛かっている、足は泥濘を進むようだ だが、それでも一族の顔として優雅に振る舞うよう努める 自室を目指し無言で歩いていても、先程の失敗が頭の中をぐるぐる回る 彼女達だって競走ウマ娘を目指した理由はあるだろう (なんの為に競走ウマ娘を目指したの?) 彼女達に問いかけた言葉が己に突き刺さる 果たして自分には彼女達に問いかける資格があるだろうか? 自分は流されるままに競走ウマ娘になろうとしている 自分の生まれた環境はウマ娘として恵まれていた 一族には桜花賞を制覇したウマ娘が続いた 桜の一族などと呼ばれたりもする一族だが、次世代への期待は膨れ上がるばかりだ 一族の次世代で少しばかり秀でていれば、桜花賞制覇の期待をかけざるを得ない そして、不味いことに次世代で少しばかり秀でていた自分に膨れ上がる期待が寄せられる 小さい頃は憧れなどもあった…はず、もうそれさえもわからなくなった いつからだろうか、自分はひたすら次世代の顔役、一族期待のお嬢様を演じ続けている 今だって全力で叫んで自室まで走ってベットに飛び込みたいくらいストレスを感じているが、 体裁を気にしてそんな事をする勇気もない 何故、自分なのか?他に居なかったのか? 一族の彼女達にだって「期待」を背負う責任はあるはずだ その彼女達でさえ、(そのつもりは無くとも)不遠慮自分に押し付けてくる 彼女達の不甲斐なさまで押し付けられる道理はない! 自室に戻る頃には思考の大半を怒りが占めていた 残り少ない平常心を総動員して自室の扉を締めると、 そのまま扉に寄り掛かり座り込んでしまう 深い大きな溜息を吐きそのまま目を瞑る 今日は本当に疲れた…なんだか頭も痛くなってきた 先程まで脳裏を占めていた怒りが急速に萎み、今度は自責の念が湧いてくる 彼女達が気にしていなければ良いが大丈夫だろうか? 有名な一族はあるがこんな重圧にどうやって耐えているのか…? どのくらい座り込んでいただろうか こんな事をしていても仕方ないと最後に一つ溜息を吐いてから立ち上がる 「…なるようにしかならない」 結局いつも通り周りに流されるままに行くしかないのだ 食堂は間に合わないそうもないが入浴だけはしたい 身綺麗にだけはしておかないと余計な勘繰りを受ける 食事を諦め、入浴を済ませ自室に戻る 入浴し一息ついたからなのか精神的に余裕ができた 今日の事はあの娘達にもう一度謝っておこう トレーナーの件はどうすべきか… 名刺など貰っていたが正直な所、どの候補も似たような印象しかない 結局は「桜花賞」なのだ あの一族として桜花賞制覇を目指していると見られるのは仕方ないだろう だからあちらも桜花賞をアピールせざるを得ない 「…はぁ…」 また一つ溜息を吐いてしまう 「…そういえば、あのトレーナーも名刺を貰ったような…」 十数枚の中から記憶を頼りに名刺を探す あの人なら余計な口を挟まなそうだし良いかも知れない しかも、一族の娘達を紹介していないから同じチームに入る事も避けれる可能性もある 他の娘達に関わって余計な気を遣いたくない あのトレーナーはそれ程の実績は無いようだった クラシックに迄にそれなりの成績なら面目も立つだろうし、 もしかしたら他の娘達が有力候補になるかも知れない そうなればこの鬱陶しい重圧からも逃れられる トレーナーには申し訳ないが利用させてもらうとしよう これでトレーナー募集をかけた一族の面目も立てれるし、自分の懸念材料も減る 「よかった、なんとかなりそうで」 自分だって頑張ってる 少しぐらいは他人に責任を押し付けても構わないだろう 連絡先を確認しながら背中に伸し掛かる錘がほんの僅か軽くなるのを感じた