「それで、店長が会いたいというのはどのような方なのですか?」  「え、続けるのかいその話」  昼下がりのカフェ『pragma』。  客入りのない勤務時間は、バイト2人にとっても、店長にとっても快いものではなかった。  しかしそれにも慣れつつあった3人は、いつもの調子で会話を繰り広げる。  「私が1人で年下の女の子を引っ掛けようとした話で終わりにできるわけないじゃないですか」  「そうですね。おじょ……橘花さんのためにそれはさせられません。どうぞ店長」  「どうぞとはなんだよ、どうぞとは……じゃあいいや、この前買い出しに行った時の話なんだけど」  「やっぱり買い出しに行った時の話なんだ……」  あれは、うん。今日と同じような晴れた日だったね。  いつもと違う豆で淹れてみようかと思って、ちょっと遠出をしたんだよ。それで駅前を通った時のことなんだ。    「……見かけちゃったんですか?」  「声をかけられたよ」  「えっ、ゴールインじゃないですか。それで?」  そうだね。その人は僕を見るなりこう言ったんだ。  『今、幸せですか』って。    「ちょいちょいちょいちょい!」  「講習会が始まっていたとは……己の未熟さを痛感致しました」  「まあまあ、続きはあるからさ」  で、まあ……もうちょっとお客さんが来て欲しいかなーと思ってたから「そこそこ」って言ったんだよ、僕。そしたらね。  『ええ、でしたらイイモノが』って。  「さっきからストレートしか撃ってこない!」  「まあ、それだけなんだけどね」  「えっ……それだけ、とは」  「そう。それだけ。まあ強いていうなら……」  藍が指を伸ばした先の壁。そこに掛かっていたのは一枚の絵画。  どこかで見た覚えがあるような絵画だとか、あるいは露骨に何かに寄せたような贋作だとか、そんな事はない、ごく普通の絵。  「まさか店長あの絵」  「うん。買った」  「……何日前でしょうか。クーリングオフ期間は……」  「残念ながら、だね。フフフ」  「フフフじゃないですよ!」  ……さて。  今日の話はここでおしまい。けれど明日も明後日も、変わらないような日が続くのだろう。  けれど僕も、一つ嘘をついた。  あの時の、あの質問の答えだね。  ─────    「────」  「……ああ。うん。とても、幸せだよ」