女があった。使命という焔を一身に受け、カリカリとした強固な意思を抱いた女が。 男があった。相見えし輩に、その内に流れるトロトロとした血潮の奔流を抑えられんとする男が。 女の背には龍の影。赤々と茹だち蒸気を纏った八手の龍。 男の背には虎の影。黒光りする烏鳶を剥き出しにした八足の虎。 闘士並び立ち、竜虎相搏つ。そこはまさしく修羅場と成った。 「至高の…」「究極の…」 「「たこ焼き勝負や(だヨッ)!!!!」」 鬨の声が上がり、賽は投げられる--- (なんか…えらいことになったな…)グビッ コカブテリモンは、さも他人事といった様子で缶ビールを煽り、この乱痴気騒ぎに至った経緯を思い返していた。 ――― ―― ― 「磯の薫りがしてきたねぇ」 「ほら!もうすぐだよ!」 「早く早く!」 「はいはい…っと」 「わぁ…!」 「「海だぁぁぁぁぁぁ!!!」」 「ははっ、はしゃいじゃってぇ」  海岸の手前、堤防めいた小高い丘に立ち人目も憚らず歓声をあげるケイトとコクワモン。雲1つ無い空は深く澄んだ青を湛え、それを映す海は波がキラキラとした輝きを放ち彩る。 大勢のテイマーが集うBBQが開催される。アリーナでその話を聞いたケイトらは、帰還の手掛かりとなる情報を収集するべく…或いは単にバカンスを楽しむべく会場となる海へ足を運んだのだった。 丘から確認してみれば成る程、事前の話に聞いた通り多くのテイマーが各々好きなように海と食事を楽しんでいるのが見える。脱衣所やトイレ、更には何に使用するのか分からない大きなステージまでセッティングされており、相当な規模の催しであることが伺える。 「わぁー!凄い!凄いヨッ!テイマーが一杯!!」 「アリーナにも負けないくらい集まってるねぇ。これなら何か有力な話しも…」 「思う存分遊ぶぞ――!!」「イエーイ!!」 「…まぁそうなるよねぇ」 「あーし今日の為に新しいコーデ決めてきたんだぁ♪…ぢゃぢゃ~ん!!ど~よど~よ?」  コクワモンはそう言うと放電を器用に操作しパレオとシュシュを形作って見せた。 「きゃあ!すご~い!めちゃくちゃ可愛いヨ~!」 「でしょ?でしょぉ?これめっちゃ練習したんだから!」 「ははは…でも海に入る時はそれ消さないとだねぇ…感電しちゃうから…」 「あっ…うわマジぢゃんサイアク…えー…」 「えっと…あっ!でもあれ見てほら!水着とか売ってるお店もあるみたい!」 「…」 「おっ本当だ」 「あそこで良さそうな水着探してみようヨッ!そういうのも楽しいでしょ?ねっ?」 「…うんっ!良いぢゃんそれ!二人でお互いのコーデしてみたりしてさ!」 「そーだ!おぢのコーデも見てあげる♪」 「そうだヨッ!せっかく海に来たんだからオジサンもおしゃれしようよ!」 「えぇ~良いのぉ?」 落ち込みかけた雰囲気も一転し、気分も新たに海岸へと歩みを進める。宴はまだ始まったばかりだ。 ――― ―― ― 海岸へ到着した三人を出迎えたのは、ズラリと並んだテントと食欲を掻き立てる芳しい香りであった。テントは肉、海鮮、野菜に大きく分けられ、ビュッフェ形式で各自BBQの材料を持っていく形が取られており、そこへ焼きそばや唐揚げ、アイスといった料理の屋台が軒を連ねる。 その光景は、朝早くに出発し此処まで歩き通しであった三人の食欲中枢を刺激するには、あまりにも十分なものであった。 「取り敢えず何か軽くお腹に入れようか?」 「さんせ~…」 「そうだ!軽く食べられるものと言えば…」 コカブテリモンの提案を聞きケイトが辺りを見渡す。が、目当てのものが見つからないのか、その顔には徐々に曇りが浮かび始める。 「…ない。アレがない…あれ程の『気』を感じたのにどうして…?」 「…?ケイト?」「何探してんの?」 納得出来ないといった様子で辺りを伺うケイト。すると人混みの中から『テイマー交流BBQ』と書かれた腕章をつけた、スタッフとおぼしき人物を見つけ、堪らず駆け寄り声をかける。 「あ、あの!屋台のことで聞きたいことがあるんですけど!」 「…? アー…チョットマッテ…」 「ちょっとケイト!外国の子みたいだしそんな捲し立てちゃあ分かりゃあしないってば….」 声を掛けられた、ケイトと同じ頃の年齢に見える恐らくは外国人であろう少年は辿々しい日本語で制止を促すも、興奮気味のケイトには聞こえていないようで、堪らずコカブテリモンが助け船を出していると、そんなやり取りに気付いたのか、腕章を着けた別の青年が話の輪に加わる。 「お~いフリオ、どうかしたか?」 「ミツシタ、オキャクサン、キキタイコト、アルミタイ」 「あ、おにーさんもスタッフの方ですかねぇ?いやぁすいません、うちの子がなんかお尋ねしたいことあるみたいなんですけど、ちょっと興奮し「ここってたこ焼き屋ないんですか!!!???」 「んん?」 「エッ?」 「「あ~…」」 半ば叫ぶようにひねり出された質問にスタッフであろう二人は困惑の色を隠しきれず、一方ケイトの意図を読み取った二人は納得したように諦めにも近い溜息を吐いた。 少々の沈黙の後、ミツシタと呼ばれた青年が口を開く。 「あぁ~たこ焼き、たこ焼きね…どうだったかな~?今ここの屋台に並んで無いならないんじゃないっすかねぇ…」 「な…い…?たこ焼き…が?」 余りの事実にケイトは雷に撃たれたかのような衝撃を受ける。足元のテクスチャが崩壊し、自身が闇の中へ放り出されたようなフワフワと覚束ない絶望に飲まれる。視界がホワイトアウトし全身から力が抜け、思わずその場に膝折れる。 「エッ?!ちょっ!」 「ダイジョウブ?」 「あぁ~何かと思ったらたこ焼きね~…」 「ケイトは筋金入りのたこ焼きマニアだからねぇ…」 「この様子見てそれで流すの!?」 大仰なケイトのリアクションと対照的に、安穏とした感想を述べる2人を見て思わず声に力が入る。 「タコヤキ…?タベモノ、デスカ?」 「ん?フリオは食べたことないのか?」 「オイシイ?「美味しいヨ!」 「たっぷりのお出汁で作られたトロトロの生地…ネギ生姜のキリっとした香り…ぷりぷりのタコを噛めば噛むほど溢れ出るうま味…野菜やフルーツの自然な甘味が効いたスパイシーなソース…それらが口の中で混然一体となるあの幸福感…あれを美味しいと言わずして何を美味しいと称するのか!!」 「ウオッ…」 狂気を孕んだ目をし、恍惚とした表情でたこ焼きを語るケイトを見て、故郷で見た中毒者を思い出し言葉を失うフリオ。 そんな様子を意にも介さず、ケイトはブツブツと何やら思案に耽っている様子。 「…コウナッタラ…タタネバ…」 「ま、まぁ食いもんなら他にもあるしさ、今日はそっち楽しんだら良いんじゃ…聞いてる?」 「あれ~?見知った顔が勢揃いだねぇ?」 場違いとも言える朗らかな声がし、全員がそちらを見ると其処にはテンガロンハットを被った明朗な少女が、屋台を伴い立っていた。 「こんにちは非モテ同盟のお二人さん!労働に精が出ますなぁ」 「んが~」 「なんだ、めざめとジャガモンか…」 「メザメサン、ジャガモン、コンニチハ」 「こんにちは!それに確か…ケイトちゃんだっけ?」 「ん…?あっ!行商人の!」 「めざめでいいよ。久しぶりケイトちゃん!」 「めざめちゃん…!まさかこんなとこで会えるなんて!」 久しく会った顔に喜色満面の様子で駆け寄るケイトに、めざめも笑顔で答える。 「なんだ、そっちも顔見知りだったのか」 「うん!そうだ、この前のクッキーすごい美味しかったヨ~!あれのおかげで仲良くなれた子もいるし…」 「ほんと?そう言ってくれると作り手冥利に尽きるね~」 「あのクッキー手作りだったの?!すご~い!」 先ほどまでの様子から一変し、会話に花を咲かせるケイト。だが… 「…ところでめざめちゃん。今から言うものって用意出来たりする…?」 そう言って何事かを口早に伝えるケイト。朗らかだった場の空気が一転し、むしろ先ほどに輪を掛けておかしくなっていく。 「…出来るよ」 (おいおい…一体何始めるつもりなんだよ) 一通り話を聞いためざめがいたずらっぽい笑みを浮かべた後、自身の屋台を漁り始める。風向きが怪しくなってきたのを感じた三下がそのやり取りを訝し気に見つめていると、その視線を気付いたケイトが振り返り、声高に宣言した。 「アタシが…たこ焼きを作るヨッ!」 「はぁ?」 「エ?」 「はぁぁ~~っ?!!!」 困惑の声が上がる中、もっとも驚きと不満を露わにしたのはコクワモンであった。 「ちょっとケイトぉ!今日は遊びにきたんでしょ?!あ~し泳ぎたいし水着だって一緒に見る約束したぢゃん!!今たこ焼きなんて…」 「ごめんコクワモン!!けどこれだけはアタシがやらなくちゃダメなんだヨッ!」 「うぅ…おぢ~…おぢもなんか言ってよぉ~」 約束を反故にされた怒りを噴出させるコクワモンに真剣な眼差しでケイトが向き合う。その真摯な、もしくは狂気じみた瞳に思わずたじろぎコカブテリモンに助け舟を求める。 「いやぁこうなったらもう止まらないからねぇ…まぁまだ早い時間だしちょっとくらいならいいんじゃないかい?ケイトも、1日中やるわけじゃないでしょ?ねぇ?」 「……うん!!!」 「今変な間あったぁ~!!!」 「そうだスタッフの人!勝手にたこ焼き屋なんか始めたらダメだよね?ね?」 「(こっちかよ!)いやぁ~…別にやる分には止める権利はないっていうか…そんな規則も決められてねぇからなぁ…でも機材や材料はそっちで用意してもらわないとこっちはどうしようも…」 ダメ元で縋った三下の発言に機を見出したコクワモンは畳みかけるように続ける。 「!!そう!そうだよ!たこ焼き機なんかスグ用意できな」 「注文の品用意できたよ~」 「いやなんでもう用意出来るんだよ!!!!」 思惑も虚しく外堀が凄まじい早さで埋まっていくのを止めることが出来ず、思わず絶叫するその肩を掴みケイトが静かに語りかける。 「…コクワモン。これは誰かがやらないといけないことなんだよ…それをアタシしか出来ないならアタシはやりたい…!お願い…?」 「……」 「なにこれ」 三下の口から率直な感想が漏れ出た。 「…う゛ぅ゛~~~~~~~~~っ」バッ 「コクワモン!?」 「水着見てくる!!!」 「…」 去り行く後ろ姿を暫く見つめた後、ケイトは材料へ向き直し調理を始める。その姿からは並々ならぬ覚悟が滲み出ていた。 「…用意しといてなんだけど追いかけなくていいの?」 「ん~…まぁあの子もちゃんと分別つく子だから。こういう時はしばらく距離置いて風にでも当たった方がスッキリするさぁ」カシュッ (呑み始めた!?) 「ま、まぁ他所の方針にとやかく言うのも野暮だわな…」 「…ちょっと風に当たってくるね!がーくんは休憩してて!」 「んが~」 冷静に状況を飲み込む三下を他所に、めざめは連れであるジャガモンに声を掛けコクワモンの去った方へ駆けて行ってしまった。 「…面倒事抱え込むタイプだな。ありゃあ…」 「いやぁ若さだねぇ」グビッ 「あんたはもうちょっとちゃんとしろ」 すでに呑むモードに入ってしまったコカブテリモンを三下が呆れながら咎めていると、遠くから腕章を付け荷物を抱えた3人組がこちらへやって来て、その中の金髪の青年が関西弁で三下へと詰め寄る。 「おい!三下ぁ!なにやっとんねん!」 「なんすか令善さん…顔会わせるなり早々…」 「なんすか、やあらへんわ!たこ焼き屋の設営準備やる言うてたやろ!それをどこぞ行って帰ってけぇへんし…」 「…あれ?そんな話ありましたっけ…?」 「昨日の事前打ち合わせでコイツがやりたいって言い出してただろ…」 「まぁ、昨日の打ち合わせ農場の手伝い終わってからの遅い時間だったし…三下にーちゃん疲れてヌメモンみたいな顔色してたからね…」 金髪の青年に続けて、体躯の良いリーゼントの青年と、キャップを被った少年が抱えていた荷物を置きながら補足をする。 「あー…完全に忘れてた…」 「しっかりしぃやほんまに…まぁええわ。ここでやるさかい準備くらい手伝ってや」 「いやぁ…それが…」 「んん?」 「タコヤキ、オキャクサンガ、ツクリマス」 「いやなんでやねん!」 「いや…なんか成り行きで…?」 そう言いながら三下は顎で黙々と準備を進めるケイトを指し示した。レイゼンと呼ばれた青年は一瞬鋭い目つきをした後その様子を見ていたが、しばらくすると歩み寄りケイトへ話しかける。 「…お客さ~ん!えろうすんませんけどねぇ、たこ焼き屋は運営スタッフのほうで今準備進めとるんで、素人サンに無理に用意して貰う必要ないんですわ。」 「…別に無理してないヨ」 「いやぁお客さんも折角遊びに来はったんやし、こんなことやってるよりBBQや海を楽しんだほうがええんとちゃいます?」 「…アタシはちゃんと楽しめてるヨ」 「いや、そういうことやなくて…」 「御託はいいヨ…」 「…!?」 「アタシを止めたいなら…出しなヨッ!おにーさんの『たこ焼き』をッ!!」 「…引く気は無いようやな…エエやろ、闘(ヤ)ろうやないかッ!!」 「至高の…」「究極の…」 「「たこ焼き勝負や(だヨッ)!!!!」」 剣呑とした2人の目線が交差し、火花が散る。闘気がぶつかり合い陽炎の如く周りの風景を歪めた。 ― ―― ――― (お?これ此処にいるとめんどくせぇやつだな?) 2人の異様なテンションを目の当たりにし、三下は自身が貧乏くじを引かされつつあることを敏感に察知する。 「……なんかいろいろ纏まったみたいだし他所の応援に行こっか。フリオ、黒渦兄ちゃん」スッ… 「エ?」 「…おう、そうするか」ス「まてまてまてまてまてまてまて」 同じく面倒事の気配を察知しフリオを連れ、早々に退散しようとする改――キャップの少年と黒渦――リーゼントの青年を必死に引き留める。この状況を1人で御しきるのは不可能だ。 「何どっか行こうとしてんだよぉ…アレ俺だけに押し付けんのは酷いだろぉ?酷いよなぁ?!」 「いや…なんかこういう扱い馴れてそうだし任せよっかなって…」「どういう意味だ改コノヤロウ…!」 「同盟組んで一緒にバカやった仲じゃないすかぁ…ね?ここで見捨てたら漢が廃るってもんでしょぉ…黒渦さぁん?」 「テメェそういう言い回しすりゃあ俺が乗っかると思ったら大間違いだからなコラ…」 必死に食い下がる三下の頬を掴み、疎ましげに引き剥す黒渦。 グビッ「ハーッ!…ケイトぉ!この4人もたこ焼き食べるってさぁ!」 「「「おい!!!!」」」 「ア、ボク、タコヤキタベタイデス」 「!!せやろせやろぉ?フリオはええ子やなぁ!ワイが最高のたこ焼き食べさしたるさかいなぁ!」 「もうたこ焼き以外何も食べられない体にしてあげるからネェ…!」 「なんか怖ぇこと言ってるぅ…」 ほろ酔い気分のコカブテリモンとフリオの純粋な興味心によって、半ば強制的に勝負の見届け人となってしまった4人は、諦めて令善のたこ焼き屋台設営を手伝うことにした。 「ったく…いきなり来てなにやってんすか…」 「全くだ、あんな嬢ちゃんにダル絡みしやがって大人気ねぇ…」 「大人気ない…か…」 面倒ごとに巻き込まれた恨みも込めて三下と黒渦から投げられた非難の声に、ぼそりと呟き微かに自嘲の笑みを浮かべる。 (確かに普段のワイやったらこないなことせぇへんな…いや、或いは…闘いたかったんかもしれん。) (三下たちを探してる最中に凄まじい『蛸焼気』を感じて来てみればあんなお嬢ちゃんが放ってたやなんて…そんなん…闘りたくなるんが大阪人のサガってもんや」 「何言ってんの!?」 三下のツッコミを聞き流しながらケイトもまた、準備を進める令善のことを品定めするように観察する。 (やっぱり凄い…鍛え上げられた刀のように鋭くて強靭な『蛸焼気』…あそこまで鍛錬するには眠れぬ夜もあっただろう…) (…スタッフのお兄さんにたこ焼き屋がないって聞いたときはショックだった。これ程の『蛸焼気』を纏いながら何故?まさかたこ焼きを捨ててしまったの?って…でも杞憂みたいだネ…!この闘い、すっごく楽しいものになるヨッ!」 「キミ令善にーちゃんと初対面なんだよね!?」 「なんで『蛸焼気』の概念共有できてるんだよ…」 「タコヤキ…」 ――― ―― ― 「…ツマンナ~イ」 水着ショップからやや離れた場所に座り込み、退屈そうな顔で店頭に並ぶ水着を眺めコクワモンは独り言ちる。 「おじょ~さん!」 声の主に目線をやると、それは先程見た顔。 「…?えっと…お店屋さんの…めざめちゃん?」 「そうだよ~…こんなとこでなにしてるの?」 「…わかんない」 「ん~…そっかぁ。じゃあ取り敢えずはいコレ!」 そう言ってめざめが差し出したのは炭酸飲料の缶であった。 「いや…あ~しはいいよ…今喉乾いてないし…」 「よくないよ!こんな日光バンバン当たるとこで水分も取らずに居たらすぐ倒れちゃうから!…もしもそんなことになったらケイトちゃん達もきっと悲しむよ?ね?」 「…」 グイと差し出された缶におずおずと手を伸ばし、その冷たさを確かめるように両手の中で遊ばせる。めざめはその様子を見て柔らかな表情を浮かべると隣に座り、自身の手に残った缶を開け香料と共にシュワシュワと弾けるそれを飲み下していく。 周囲の喧騒が遠く聞こえ、2人の間には静寂が広がっていった。 「今日さ…」 手の中の缶に目線を落としたまま訥々と語り始める。 「海に行くって聞いたから、これ頑張って練習したんだ…」 そう言いながら手首に電流でシュシュを作って見せる。 「えっ!スゴ~い!」 「ありがと…でもこれじゃ海泳げないってここに来てから気付いてさ…」 「あぁ…」 「それでケイトは一緒に水着選ぼって言ってくれたんだ。なのに心の何処かでず~っと折角練習したのに…ってウジウジしてて…いつもならあんなことじゃ怒んないのに1人怒って飛び出しちゃってさ…バカみたいだよねー…」 「…そんなことないよ。ちょっとした失敗でその後の予定が楽しめなくなっちゃうことって結構あるし、それにそれだけコクワモンちゃんは今日のこと楽しみにしてたんでしょ?なら尚のこと。そういう時ちょっとワガママになっちゃうのは仕方ないんじゃないかな?」 「…そうかな?」 落としていた目線を上げ、めざめと目を合わせる。 「そうだよ。でもね…」 一瞬言葉に詰まり、目を細め遠く空を見つめる。 「…ここって何が起こるか分からないでしょ?さっきまで一緒に笑ってたのに、次の瞬間には離れ離れになっちゃったり…もしもちょっとしたことでケンカして、そのままお別れになっちゃったらきっとお互い後悔しちゃうと思うんだ。だからさ、仲直りできるなら早くしちゃったほうがいいとあたしは思うな」 「…やっぱそうかな?」 「絶対そうだよ!さっさと仲直りしてさ、ヤな気持ち吹き飛ぶくらいに目一杯遊ばなくちゃ!」 「…だね。…そうだね!」 吹っ切れる様子で缶開け、腰に手を当て中身を一気に飲み干すと、パチパチとした炭酸の喉越しと共に胸に遣えたものまで流し去ってしまう。 「よし!それじゃさっさと帰って「あっコクワモンちゃんからは謝っちゃダメだよ?」 「さっきまでの話は!?」 「だって、約束を破ったのはケイトちゃんでしょ!なら謝らなくちゃいけないのはあっち!」 「えぇ…たしかにそうかもだけど…また拗れない?」 「多分その心配はないと思うけどなぁ。それにさ…コクワモンちゃんはケイトちゃんのなに?」 「それは…パートナー」 「対等な、ね?約束破ったのは良くないことなんだから、そこはなあなあにせずちゃんと話し合わないと!」 「…ま、ちょっとくらい文句言ってみても良いかもね!」 「そうそう!それでスッキリさせてハイおしまい!ってことで!」 「そーする!そんじゃ戻ろっか!めざピ!!」 「めざピ?あたしのこと?」 「そ!めざめちゃんだからめざピ!可愛くない?」 「ふふっそうだね!それじゃあ行こ!」 自身の気持ちを吐露し、スッキリした様子のコクワモンを連れめざめは歩き出す。そよぐ風が、香ばしいソースの匂いを運んできた方向へ。 ――― ―― ― たこ焼き、それは関西の粉もん文化が生み出した、全く新しいソウルフードである。 香り豊かな出汁を混ぜ込んだ生地に、プリッと新鮮なタコを搭載。 更に様々な具材をトッピングすることによって、無限の楽しみ方を引き出すことが出来るのだ! 「…何今のナレーション?別に全く新しいわけでもないし…」 「…?改、なに一人でブツブツ言ってんだ」 「え…?でも今なんか変なナレーションが…」 「ボクハ、ナニモ、キコエナカッタデス」 「あぁ…改には聞こえたんか。おめでとさん『馴染んできた』証拠やな」 「え…」 「ヤッタァー!また1人たこ焼きの声が聞こえる子が産まれたんだネ!ようこそ『こちら側』へ…」 「ヤダ――――!!!!」 「しかしたこ焼き屋でバイトしてた令善さんはともかく、お宅の嬢ちゃんも随分手際良いな」 三下はすぐ隣で錯乱している改から目を逸らし、こちらの会話に混じりながらジュウジュウと焼ける鉄板の前で器用にたこ焼きを仕上げていくケイトを見て感嘆の声を漏らした。 「そりゃあ随分熱心に練習してたからねぇ。具材やら調理法やらも…色々研究してこだわり抜いてて、食べた人の評判も良かったみたいだよぉ」 「へぇそりゃなかなかのモンだな」 「一時期たこ焼きばかり延々と作り続けてご近所さんにも振る舞ってたりしてたなぁ。あまりにも作りすぎたせいで町内会でたこ焼き禁止令発布されたくらいだからねぇ」 「異常たこ焼き愛者(モンスター)…!」 「…お前は食べた事ねぇのか?」 「んん~?」 未だ息の荒い改の背を擦りながら、黒渦が浮かんだ疑問をぶつける。 「話聞いてる感じだと妙に聞き齧った感じだったんでな。」 「あ~アレだから。オジサンもコクワモンもメダロットだから。食べたくても食べれなかったんだよねぇ」 (メダロットってなんだよ…) 「あ、でも今は飲み食いできるよぉ」 そう言って手に持った缶ビールを見せつける。 「ハァ…ハァ…そ、それなら今日は始めてたこ焼きを食べた記念の日になるね…」 「え?」 「キネンノヒハ、ミンナデオイワイスルト、タノシイデス。ソウイウヒ、オオイト、イキルコト、タノシクナリマス。」 「…そっかぁ…そうだねぇ」 改とフリオの言葉を聞き、ケイトがたこ焼きを作る様を見ながら暫し物思いに耽る。やがて手に持った缶ビールの残りを飲み干すとやおら立ち上がった。 「どうしたの?」 「いやぁ、そろそろ出来上がりそうだし迎えに行こうかと思ってねぇ」 「あーしらならもう帰ってきてますけどー?」 今しがた帰ってきたコクワモンが呆れ気味に声を掛ける。先程までの鬱屈とした様子が鳴りを潜めているのを見て、コカブテリモンは連れ立っためざめに軽く頭を下げると、めざめは笑顔でそれに答えた。 「なんかここ離れる前と比べて随分状況変わったみたいだけど…アレどうしたの?」 「知らん知らん、俺に聞くな…」 めざめの質問に三下が疲れた様子で答え、我関せずといった様子で手をひらひらと払う。 「おっと女の子にはもっと優しくするもんだぜシンペイ~?」グイッ 「うぉわ!ターゲットモン!?」 いつの間にか現れた相棒に思わず驚きの声を上げる。よくよく周りを見ればドットアグモンにスナリザモンと他の面々のパートナー達も揃い、皆一様に自身の相棒に抗議の声を上げていた。 「ビーッ!ビーッ!」 「ご…ごめんってば…」 「ガンジロウ…!」 「…悪ぃな。言い分けはしねぇ…」 「おいおいシンペイ~?折角アチキらが尻拭い手伝ってあげてるのに何フケてるんだよ~!」 「フケてた訳じゃねーよ!こっちだって色々あったんだって…」 「見ろよマリンデビモンを!置いてけぼり食らってあんなにオカンムリだ!」 「焼きそばんまいゾ」ムグムグ 「満喫してるじゃねーか海を」 「…そういえばレイゼンの隣でたこ焼き焼いてるのは誰ダ?」 頬張っていた焼きそばを飲み込みマリンデビモンがケイトを指差し尋ねる。 「あぁあの子はアレだあの~…そういやまだ自己紹介してなかったな。俺は三下晋平でこっちは…」 「あっ、こりゃあご丁寧にどうもどうもあの子は四月一日ケイトと言いまして自分は…」 「グタグダじゃねーか」 「そこそこの時間一緒に居た筈なのに…」 「結局アチキらに黙ってここでなにやってたのさ…」 「タコヤキショウブ、デス。シコウト、キュウキョクノ」 「「出来た(ヨッ)!!」」 今更の自己紹介を終えたところで2人が同時に声を上げる。屋台には船を模した器に盛られたたこ焼きがズラリと並べられており、ソース、鰹節、青のりの混ざった香ばしい香りがその場に居るものの鼻腔をくすぐる。 「…要はたこ焼きの食べ比べ出来るってことだよ」 「なるほどね…それならアチキらもお呼ばれするか!」 「ほれほれ!アツアツのうちに食べてや!」 「たこ焼きは出来立てが1番美味しいからネッ!」 そうケイトに手渡されたたこ焼き、それが放つ食欲を刺激する香りに堪らず唾を飲み込む。 「それじゃあお言葉に甘えて…」 いただきます。 そうつぶやくと、未だ湯気の立つそれを一口に頬張る。 最初にフルーティーな甘さが際立つソースの味、そこへ僅かに辛みの効いたマヨネーズの酸味と塩気が続いてやってきて ソースでいっぱいになった口内を引き締める。 調和するそれらと共にたこ焼きを噛み締めると、かりっと小気味良い食感が伝わり、 中からはとろりとした生地が内包された具材と共に口内に広がった。 生地にたっぷりと含まれた出汁の風味、ソースに負けないネギの青々しくそれでいて香ばしい香り、 ぴりりとした紅しょうがの辛み、口内を満たす熱に負け堪らず外気をはふはふと吸い込むと、それらは混然一体となった豊かな香りとなり鼻腔へと抜け脳へ多幸感を届ける。 仕上げとばかりに程よい大きさのタコが姿を現し、 その身を噛み締める度にプリッとした歯応えが顎へ 、溢れ出るうま味が舌へと伝わり更なる幸せの追撃を刻み込む。 良く味わったそれらを名残惜しげに飲み込むとキンキンに冷えた飲み物を一息に飲み干し、口内に残る余韻ごと喉奥へと流し込んで一息着く。その清々しさはさながら夏の暑さすら拭い去る高原を吹く涼風のようであった。 「ケイトぉ!これスッゴク美味しいよぉ!」 「確かに美味い…!!」 「うん…!カリカリのトロトロ!タコも丁度いい大きさでですごく美味しいよ!」 「こっちのたこ焼きもウマイナ」 「香しいソースと新鮮なタコが織り成すハーモニーはさながら味のジョグレス進化…!つまりたこ焼きは…パイルドラモン…!?」 「ビビッ!?」 「改はもうダメだ…」 瞳にグルグルと渦を浮かべながら胡乱なことを呟く改を見て、三下は憐憫の目を向ける。 皆が好評な反応を示す中、見定めるようにケイトのたこ焼きを噛み締めていた令善がゆっくりと口を開く。 「生地は今メインストリームのカリトロ…所謂揚げ焼きスタイルやな…でもそれだけやない、生地を入れる前に油で揚げてたやろ…ネギを!」 「…!!」 「あぁ~あの香ばしいのネギの香りだったのかぁ」 「せや…香りを引き出しそれでいて焦げへん絶妙な塩梅をよう見極めとる。揚げネギの香りに負けんよう出汁もあご出汁を使うて主張を強くしてあるし、その自信は嘘やなかったようやな…」 「それにソース…10種類の野菜、果物をブレンドした『セラフィソース』に…あんずのジャムを混ぜとるな?それでよりフルーティで甘口になったソースとバランスをとるように、マヨネーズを塩味と酸味が効いた『ケルビマヨネーズ(悪)』とからしを混ぜてからしマヨネーズにして合わせるとは…よう考えとるやないか…!」 「フッ…!」 令善の考察に不敵な笑みで返すケイト。それは高い評価への喜びだけではない、自身のたこ焼きを一口食べただけでここまで分析する令善の力量に対する昂ぶりの現れであった。 「いやぁこりゃあもしかしたら負けちゃうかもしれないっすねぇ令善さん?」 「ム…!レイゼンのたこ焼きだって…」 「待ちぃやマリー!」 茶化す三下にムキになって反論しようとしたマリンデビモンを制し、令善は自身のたこ焼きを差し出す。 「ホンマに負けるかどうかは自分らの舌で味わってくれるか?」 「そ、それじゃあ…」 令善に勧められ今度はそちらのたこ焼きをロへ運ぶ ケイトのそれと比べ柔らかく、持ち上げれば重力に引かれ形を変えるそれを口内へ運ぶと、もちりとした生地はすぐに破け中から濃厚な出汁を多く含めたとろとろの生地と共に、香り高いネギが口いっぱいに広がる。 肉厚なそれは火を通してもなおシャキシャキと歯触りの良い食感を残しており、 噛むたびに香りと共にネギの持つ優しい甘味を引き出し、共に咀嚼したタコのうま味と混ざり合い互いの味をさらに昇華させる。 しかし穏やかささえ感じるその味わいに、ソースの味が顔を覗かせると口内の様相は新たな一面を見せる。 甘口であった先ほどのそれとは違い、様々なスパイスが混ざり合った刺激的な香りが嗅上皮を、口内を焼き尽くすかのような強烈な辛みが味蕾を刺激することで身体は火をつけたように熱くなり、額に汗が滲み出てる。 だが、それでもなお噛み締めていくうちに口内を蹂躙せんとする苛烈さは徐々に治まりを見せていく。 マヨネーズだ。 卵黄の濃厚な味わいに混ざってどこかクリーミーさを感じるそれは、辛みを徐々に抑え口内に平穏をもたらす。 後にはソースの刺激によってより活性化した味覚と嗅覚が残り、出汁の、タコの、ネギの、ソースの、マヨネーズの味と香りをより鮮明にし、それらが1つとなった膨大な至福の感情を電気信号として脳へ伝達する。 口内に残るすべてを飲み込みよく冷えた飲み物で流し込めば、後に残るのは夢見にも似た心地よさとソースに含まれたカプサイシンによって呼び起こされた食欲のみとなった。 「こいつも…滅茶苦茶美味ぇじゃねぇか…!」 「んがー!」 「こっちはもちもちとろとろ…違う食感で美味しい…!」 「ソースも辛口でかなりスパイシーじゃねぇの」 「ンムンム、やっぱりレイゼンのたこ焼きはウマイナ」 「タコヤキジタイノ、優シクモ深イ味ワイト、ソースノ持ツ苛烈ナ味ワイノ2面性ハ、まさしくダブルスピリットエヴォリューションを彷彿とさせる…ということだね?」 「フリオも変なった!?」 「若い分症状の進行が早いんだねぇ」 「ウイルスかよ」 日本語を流暢に話し出すフリオを目の当たりにして戦々恐々とする面々をよそに、黙してたこ焼きを味わっていたケイトが令善の目を見据え語り始める。 「柔らかくもちとろの食感…大阪で基本のスタイルだネ…基本に忠実な鰹と昆布の併せ出汁でどっしりとした土台を作り、それでいて肉厚で甘みのあるこのネギは…九条太ネギ…!紅しょうがは敢えて省きネギの味のみで勝負に出るその豪胆さ…お見事だヨ…!」 「ええおネギが手に入ったもんでな…お褒めに預かり光栄なこっちゃ。…まだあるんやろ?」 こんなものではないはず。と言わんばかりの態度の令善の問いに軽く頷き続ける。 「このソース…7種類のスパイスの織り成す刺激的な香りが自慢の『ベルゼブソース』!その中でも焼け付くような辛さと瑞々しさの唐辛子『スコピオモンプッチーテイマー』を配合した『ベルゼブソース激旨辛ブラストモード』を使ってるネッ!」 「ほう…!」 「あのソース…スゴい辛かった…!」 「…だが大仰な名前の割に辛さはすぐ治まったな」 「マヨネーズだヨッ」 「濃厚な卵黄と大豆油を使用したまろやかな味わいの『ケルビマヨネーズ(善)』に隠し味を入れたんだヨッ…『生クリーム』をネッ!!」 「「「なっ!生クリーム!?」」」 「そう…これによりマヨネーズに深いコクがプラスされると共に、ソースの辛さを素早く抑えて他の具材の味を邪魔しないようにしたんだヨ…違う?」 「クッ…ハハッ…アハハハハハハハッ!」 ケイトの考察を聞き、堪らず歓喜の笑い声を上げる令善。 「やっぱりワイの目に狂いはなかったようやな!ここまで闘りあえる『蛸焼巧者』(タコヤキスト)久しぶりやで…!」 「ここに来て新しい単語を出すな」 「アタシも…今日ここに来てよかった…!貴方みたいな『蛸焼創者』(タコヤイター)と闘えるなんて…!」 「どっちかに統一しろ!せめて!」 「はぁ…で?この勝負どっちが勝ちなんだよ?」 三下の質問に両者の頭に疑問符を浮かべる。 「まぁ…ワイとしては満足いく出来やったし…お嬢ちゃんのたこ焼きも美味かったし…」 「アタシも…いい出会いもあったし…こうしてみんなでたこ焼きワイワイ食べれたから満足かなって…」 「えぇ…じゃあ最初に突っかかってたのは一体…」 「「ノリ?」」 「ノリて」 「ま、食べ物の好みなんて個人の主観によるもんだからな…」 「ていうか両方美味しかったしね」 「ミンナデタベルタコヤキ、トテモオイシカッタ、デス」 「ま、あんまり勝ち負けに拘ってると物事のホンシツ見失っちゃうよ?」 「さっきまでの件全否定じゃねーか!!」 「シンペイ諦めろって。もうそういう流れだから…」 「知らねぇよ流れなんかよぉ…」 「まぁアレだねぇ、長い人生こういう日もあるさぁ」グビッ 「あんた今日ずっと吞んでるな!?」 あんまりなオチに三下が脱力していると… 「あの~すいませんそのたこ焼きって売り物ですか?」 「あぁ…?うわ…!」 「ねぇあれ見てたこ焼きだって!」 「最近食べてなかったなぁ」 「良い匂~い…」 「へぇ…おいしそうなのら…」 周りを見ればこの騒ぎで集まった者たちがたこ焼きの屋台へ殺到している。 「ちょっ…どうすんだこの状況…」 「どうするもこうするもあらへん…」 「食べたい人がいるなら振舞うだけだヨッ!」 そう声高に叫ぶと二人は再び熱した鉄板の前に立ち次々とたこ焼きを焼き始め、腕章をつけた面々は否が応にもその手伝いに奔走することになる。 斯くして辺りに香るソースの匂いはより一層強さを増していくのであった。 ――― ―― ― 「ふぅ…」 「おつかれさん。一通りハケたみたいやな」 「あ、お疲れ様!皆喜んでくれたみたいで良かったヨッ!」 「せやなぁ。ああやって喜んでくれる顔見るとこっちも作り甲斐あるっちゅうもんやな!」 「うんうん!」 客を捌き切った2人は、その反応が良かった喜びを分かち合う。だがその一方でケイトはどこか落ち着きない様子で一点を見ていた。目線の先ではコクワモンがめざめとジャガモン相手に談笑している。 「…」 「…行って来ぃや」 「えっ…あっいやっ別に大した用があるとかでもないし話に割り込んでまで…」 「ワイと闘りあってた時と比べてえらい消極的やなぁ…自分の相棒なんやろ?」 「…正直言うと約束すっぽかして怒らせちゃったから、どう謝れば良いか分かんなくなっちゃったんだ…」 「…ほなキッチリ怒られてくることやな」 「だよねぇ…うぅ…」 「それでも謝りたいし一緒に遊びたいんやろ?」 「…」 「ならきっちりケジメ付けてくるしかあらへんよ」 「…うん、そうだね…ありがとう!令善さん!行ってくるね!」 覚悟を決めたように顔を上げコクワモン達のほうへ歩いていく。その背中に令善はひらひらと手を振り見送った。 「そしたらその木にビキニがズラ~って…」 「え~!ヤバ~!」 「あの…」 「あっ…」 「ケイトちゃん!屋台はもう落ち着いた?」 「あっ、うんっ!もう大丈夫だよ!」 「…それでね…あの…コクワモン…」 「ん…」 「…さっきはごめんね…約束…破っちゃって…」 「ケイトはさ…」 「ケイトが何かに夢中になると暴走するの、嫌いじゃないよ?でももうちょっとなんとかしたほうがいいとも思うの!」 「はい…反省します…」 「あ~しはケイトが一緒に水着選ぼって誘ってくれたの凄い嬉しかったんだからね!?それなのにほったらかしにするなんてさ…」 「うぅ…ごめんね…」  自身に非があるのを理解しているが故に、ケイトは投げつけられる小言にただ身を縮込めていく。そんな姿を尻目にさらに言葉を続ける。 「…まぁ」 「あ~しとの約束より優先しただけあってめ~っちゃ美味しかったよ。ケイトのたこ焼き!」  そう笑顔を向けるとケイトの目にじわりと涙を浮かべ、堪らずコクワモンに抱き着いた。 「え゛ぇ゛~ん!ありがと゛う゛~!ほんとにごべん゛ね゛ぇ゛~!!」 「あははっケイト泣きすぎ!どんだけ気にしてたんだし!」 「いや~どうやら収まるとこに収まったみたいだね!」 「グスッ…めざめちゃんも今日はありがとう…コクワモンのこともたこ焼きのことも…」 「まあこれくらいお安い御用ってことで!ちゃんと仲良くしなきゃダメだよ?」 「もち!もう大丈夫じゃんね?ケイト!」 「うん…これからはもっと気を付ける…!」 「よしよし!」 めざめは2人の睦まじい様子を見て安心したように目を細める。 「そうだ!せっかくだしさ、めざピも一緒に水着見よーよ!そんでお披露目も兼ねて海入ろ!」 「えっ?そんなの悪いよ!やっと2人で遊べるようになったのに…」 「そんなこと無いヨッ!アタシも今日のこと是非お礼したい!!」 「良いでしょ?ねっ?」 「ねっ?」 「「ねっ?」」 「あははっ!わかったわかったよこの似た者コンビめ!それならあたしもご一緒しちゃおうかな!」 「やったあ!」 「おじゃがちゃんもあーしがバッチリコーデしてあげるね!」 「んがー?」 「おー!良かったねえがーくん!」 「おっ?仲直り出来たみたいだねぇ」 機を見計らったようにコカブテリモンが輪に入る。 「あっ!おぢ!」 「うん!これからね、めざめちゃんと3人で泳いでくるの!」 「でも!おぢはダメだかんね!」 「え~?」 「そうだヨッ!おじさんお酒いっぱい飲んでたでしょ!溺れたら危ないからお留守番ね!」 「参ったねぇこりゃあ…」 2人の指摘を受けバツの悪そうに頭を掻いていたコカブテリモンが、おもむろにめざめへと向き直る。 「そうだ…おねーさん、色々お世話になったみたいで…どうもありがとうございます」 「いいのいいのこれくらい!あたしが好きでやったことだし…」 「そのお陰で今あの子達はアレだけ楽しそうにしてるんです。このお礼はいつか…必ず」 「そっか…それじゃ、期待して待ってるね!…よしっ!それじゃ行こっか!」 「うん!おじさん!行ってくるね~!」 「1人で海入っちゃダメだかんね~!」 「んがー」 「はいは~い、いってらっしゃ~い」 そう返事をし、去っていく4人の背中へ手を振り見送っていると、いつの間にか側に来ていた令善達非モテ同盟の面々が声をかける。 「なんや解決したみたいやね。」 「お宅の嬢ちゃん、嵐みたいな子だったな…」 「そこがあの子の良さでもあるんだよねぇ」 「親バカやなぁ…」 「でもまぁアレっすねぇ、令善さんも随分お優しいっすねぇ」 わざわざ様子が気になり話しかけた令善をにやけ顔の三下が皮肉る。 「当たり前やろぉ?ワイはこれでもジェントルマンで通っとるんやで?」 「自分で言うのか…」 「…おにーさん達も今日はありがとうございました。お陰であの子達も忘れられない日になったと思います」 面と向かって真っ直ぐな感謝の意思を向けられると皆頬を赤くし、それを誤魔化すような素振りを見せる。 「まっ!アレやワイは久しぶりに会えたええ蛸焼気の持ち主とも闘りたかっただけやし?そない畏まらんでええわ!」 「俺も一応ここのスタッフな訳だし?それらしく対応しただけっつーか…」 「三下にーちゃん照れてる?」 「カンシャハ、チャント、ウケトラナイト、ダメ」 「うるせえなチビ助共がよぉ~!」 「フッ…うちの大将は捻くれてるな」 「ハハハッ、そういうのも若い子の特権みたいなもんだよぉ」 「くそ~…知った風な言い方しやがって…」 照れ隠しに2人の頭をクシャクシャと乱暴に撫でる様子を見て一同の間に笑いが起こる。 「…さて、ワイもそろそろお暇させてもらうわ。ほなな」 「ちょっと」 去る令善の肩を三下が掴み止める。 「いや…どこ行こうとしてんすか」 「…さて、ワイもそろそろお暇させ「さっき聞いた」 「いや、せっかくやし水着大会見て来よかなって」 「いやダメだし。それに屋台はどうすんすか」 「屋台は人もハケたし…」 「マリーが客寄せしてるみたいだよ」 その言葉を聞き屋台に目をやれば、客がたこ焼きを求め屋台へ集まりつつあるのが見える。 「レイゼンのたこ焼き~美味しいゾ~」 「ちょちょちょ!マリーさん!?なにやってんねん!!」 「レイゼンの美味いたこ焼きを他の者にも食べてもらおうと思ってナ」 「いや、その件はもう終わったっちゅうか…」 「それとも『蛸焼巧者』(タコヤキスト)の令善はたこ焼きより水着のほうが大切ナノカ?」 「な…なんや圧が凄ないマリー?」 「たこ焼きまだなのら!!?!」 「ハイハイハイ!今から焼くんで少々お時間頂きまっせ!」 客の求める声を聞き瞬時に接客モードへと切り替わる。これも『蛸焼巧者』(タコヤキスト)のサガか。 「うんうん…青春、だねぇ」 「どこがやねん!」 「んじゃ俺たちもそろそろ行くか」 「そうだね」 「ちょっ!手伝って…」 「さっきよりずっと人少ねぇし大丈夫だろ」 「カタヅケ、テツダイニキマス」 「待っ、さっ…」 「さっきエエ感じの雰囲気やったやん!?アレがオチでエエやろ――――っ!!!」 令善の魂の叫びはしかし、焼ける鉄板の音に掻き消され届くことはなかった…