「今日の葉道さんはどうしてしまったんだい?」  「おじょ……橘花さんは、その……」  影宮市の昼下がり。講義も無い大学生2人が、バイト先に居るくらいならば、どこにでもある接客風景。  ロクな告知すらせずに開店したこのカフェ『pragma』でも、そんな光景が繰り広げられていた。のだが。  そのバイトの片割れ、葉道橘花は現在、魂の抜けた状態にあった。  「橘花さんの尋ね人の話は覚えておられますか?」  「会いたい人が居るんだってね。ええと、あれは……」    そう、開店してから少ししたくらいの事だったね。  ここからのナレーションは店長こと僕がお送りするよ。  「何に向けて話しておられるのですか?」    〜〜〜  「そういえばなんだけど、2人はどうしてこっちへ来たんだい?」  「……会いたい人が居て」  「お嬢様の行く先ならどこまでもご一緒する次第です」  「ユニちゃん店ではその『お嬢様』やめよっか」  「……橘花様?」  「『様』もやめよっか」  この時の葉道さんは多分、『様』を封じれば『お嬢様』も封じられると思ってたんだろうね。今では接客中は橘花さん呼びにしてくれてて有難い限りだけど、この時は……  「……お嬢?」  「ヴッッッ」  前に会った時はこんなに会話する子でもないと思っていたから、こんなリアクションをしてくれるとは、随分と変わったよね。  前に会ったタイミング?つい1年くらい前で……その話はいい?  「大丈夫ですかお嬢様 大丈夫ですかお嬢様」  「昔の雇い主思い出した……お嬢はやめて……」  「……ユニさんはとりあえず様付けは店では控えてくれると嬉しいかな?」  「承知致しました。今後、接客中ではそのように」  「なんで私の時は抵抗を見せたの……?」  「それはそれとして。会いたい人の話、良ければ聞きたいと思うんだ。いかんせん2人くらいしか話し相手が居なくてね!アッハッハ」  「店長も大概ですよね。まずは……兄と、姉と」  「……」  「……」  「ただ、私の世界から来てるはずはないので。あの招待状貰ったのかも、貰ったところで来るかも分からない。だからまあ、見つからなくても……違う世界があるのなら、どこかで元気に生きていてくれたら、って思います」  「……それでも、探し続けるのかい?」  「はい。そのために来ましたから」    あの時の葉道さんは、寂しそうだけどどこか気力に満ちてるように見えたよ。今はその……アレだけど……。    「それと、もう1人居て。私、酷い事言っちゃったんです」  「ああ、そういう」  「立場の違いとかもあったとは思うんですけど、それを抜きにしても……あの人は、正しいことを言っていたし。だから、会って謝りたいなって」    そう、そんな事を言っていた。  なんだかんだで強くなったなと、僕はちょっと嬉しかったね。うんうん。  それが……  「─────────」  「どうしてこうなってしまったんだろうね?」  「お会いに、なられたそうですよ」  「へえ。それで……」    佇む橘花の目に光はない。  これではもはや、店の入り口に置かれたパキラと大差はないだろう。放たれるオーラの影響を加味すると、観葉植物以下とすら言えるかもしれない。    「……別人、だったそうです」  「ほう」  「いえ、外見も一緒、名前も間違いなく同じだった、との事ですが……」  「橘花さんの事を知らなかった、か」  「その通りです。その日家に帰られてから、もうずっとあの調子で……このままでは来週以降のテストが手に付くかどうか」  「心配するところそこなんだ。いやしかし……」  ユニと藍が話す横で、橘花は言葉を発さない。否……よく見ると、小刻みに振動している。  「……私最低です……」  「お嬢様……」  「私は自分が謝って許されたいがために見ず知らずの女子高生に声をかけた最低の女なんだーーーーっ!」  「字面は最悪この上ないね!」  「店長!」    ……この世界に潜む罠。  顔見知りだと思っていても、それが己の知る相手かは分からない。或いは己が、相手の知る己かは分からない。  サーヴァントは召喚ごとに記憶が持ち越されないケースもある、というのは彼らも知る事ではあったが、人間においても同じ事が起こり得る。  ここは、そういう世界なのだ。  「……店長は、会いたい方などは居られますか?」  「うーん……どうだろう。でも僕は、この店に来てくれるお客様を待つのが楽しみだからね」  「店長は控えめですね……」  「心なしか腹立たしいですね」  「ユニさん?」  「どうせ実は買い出しの時フラッと見かけてから気になってたりするんでしょう……?店長も行けばいいじゃないですか、知り合いのところ……」  「葉道さん……いや僕はだね」  「偶然を装って声をかけて私と同じ目に遭えばいいんだーーーーっ!!!」  「葉道さんもう休もう?」    カフェ『pragma』には、今日も客は来ない。  ただ、時間だけが過ぎていく。