☆姫野サクラコ 「姫野さん。ボクやっぱりこういうのは」 「ふふ。怖がらなくていいよトウマ君」  白く輝く太陽の下、沖合では水着美女や海パン野郎、そして様々なデジモン達が水しぶきをまき散らしながら青春を満喫し、砂浜では更に多くのキャラクター達がバーべーキューやレクリエーションで食えや歌えやの大騒ぎ、青空には時折必殺技が放たれ、昼だというのに花火大会のような喧噪を巻き起こしていた。 様々な世界からテイマーとデジモンが集められたこの島そのものが祭りのためにある舞台であり、彼らはその趣旨に沿いながら戦いで疲弊した体と心を癒し、交流を深め、それぞれが思い思いにこの機会を楽しんでいた。 しかしその賑やかなビーチの外れも外れ、奥まった砂浜を少し進んだ森付近にある小さな休憩所を兼ねた更衣室。周囲に人影は見当たらず、騒ぎから隔離されたその箱の中で事態は進行していた。   ごくり、という喉を鳴らす音が響く。冷房が効いているはずの室内で、音の主であるトウマは自らの熱気で頬を染め、首元にはうっすらと汗を流していた。サクラコは今にも暴れ出しそうな内心の疼きを抑え、微笑みながら優しく諭す。  「トウマ君は初体験でしょ?。そわそわするのは全然おかしくないんだから」 そう、彼の初めては私が奪い、手ほどきするのだ。細い指を軽くうねらせ、仕事にかかる。 膝の前に差し出されていた彼の両掌を包みこむように握る。「ひゃあ」と鳴き声を上げるトウマの掌は汗でじっとりと塗れていた。 赤みがかっていた顔は羞恥で更に真っ赤に染まり、長いまつ毛はやや涙目に濡れていた。可愛らしさのあまりサクラコの口角が鋭くなる。 「大丈夫。急ぐことはないから、まずはリラックスしよう」 指先で相手の甲を撫ぜながら微笑みかける。まずは緊張を緩和する。初めてでガチガチになるのは当然だ。私もそうだった。 今でこそ楽しめるようになり、人前でも堂々とできるようになったが、父親の目を盗んでの初体験は緊張で楽しむどころではなかったし、最中は自分が自分じゃなくなるような本能的恐怖さえあった。 しかし終わってみれば暗い気持ちを吹き飛ばすような感動と、またやってみたいという新しい欲求が生まれた。人生を変えてくれた、というのは言い過ぎかもしれないが、今ではこれがない生活なんて考えられない。 彼の人生まで変えたい訳じゃない。けれど、せっかくの機会があるならいい体験をさせて上げたい。経験を重ねた私ならそれができるはずだ。 そのようなことを考えながらも、サクラコは微笑みを崩さず、トウマの掌に優しく触れ続ける。  「落ち着いたかな?」 「……はい。とりあえず……でも。」 無言で頷いたその顔から険しさこそなくなったが、揺れる瞳は不安そうにこちらを見つめ、小さい掌はこちらを握ったり放したりを繰り返し、 さっきまで固まっていた体を今度はもじもじと落ち着きなく動かしている。緊張がほぐれた反動で、今度は純粋な羞恥が襲ってきたらしい。 ますます可愛らしい。これからこの子を好きに弄べると考えただけで背筋にゾクゾクしたものが走ってくる。 第二次成長期を迎える前の中性の肉体、それは蕾や真っ白なキャンバスのような無垢の美だ。そしてそれだけではない。トウマの身体は同年代と比べても非常に魅力的だ。 陶器のように白い肌、透けるように薄い体、鮮やかな檸檬色の髪、小動物のような顔の造形、鋭くハッキリとした眉根と陰りを帯びた瞳のコントラストは、庇護欲と嗜虐心の両方をくすぐってくる。神に愛されたという比喩はこのような容姿に使われるのだろう。 先程トウマをキャンバスに例えたが、この芸術はそのままでも美術館に展示できる現代アートになりえるとサクラコは確信した。世に訴えるものがある。   おそらく天然でこの仕上がり。常日頃から美容に気を遣っている身としては羨ましさがある。しかしそれ以上に彼女の内面を支配している感情はやはり、興奮と悦びだった。 トウマは大きな瞳を潤ませてこちらを見つめている。今にも泣きだしそうだ。優しく抱いてあげたい。 だがサクラコはしっかり見抜いている。言葉などなくても視線の動き、瞳の拡縮、表情筋から推定できる口内のせわしない動きで伝わる。何よりも赤みを帯びたままの彼の頬を見れば彼女でなくともわかるだろう。トウマがいまだ興奮していて、それを必死で隠そうとしていることに。 何に期待しているのか、いけない子だ。 「安心して体を任せて」 更衣室の前にはデジモン達を護衛として配置している。邪魔者は来ない。   「あっ…あぅ」 トウマはもはや口をぱくぱく動かしているだけで、意味のある言葉を紡げる精神状態ではない。 事実上の降伏宣言であり、こちらが体勢をいじっても無抵抗だ。ものわかりが良い子は好ましい。 ああ、どの道具(こ)を使ってあげようと鼻唄混じりに道具入れをまさぐり、心躍らせる。  「優しくしてあげるからね」 まずは撫でまわそう。サクラコは白濁色の液体を掌で掬い、トウマの肌に塗りつけ始めた―…… ☆大木トウマ   「優しくしてあげるからね」 そう言われるがまま、大木トウマの小さな肢体は、姫野サクラコに弄ばれていた。   「化粧水が目に入るとよくないから、しっかり閉じててね。やっぱりブルベを活かしたいよね、でもユニセックスな快活さも欲しい…夏のテーマは入れたいし、どうせならリボルモンの要素も入れたいけどごちゃつきすぎると本質が……あぁん悩ましい!」 目を閉じた状態で聞こえてくるサクラコの声は、熱の入った独り言だということ以外さっぱりわからず、しかしその浮かれた口調とは裏腹に彼女の冷たい指の感触は自分の顔を丁寧かつ迷いない動きで撫でつけ、乳液を馴染ませている。 バーベキューにやってきたはずなのに、どうして小学生男子の自分は年上のお姉さんと対面でお化粧をさせられているのか― 大木トウマはぼんやりとした意識でこれまでのことを振り返った。