「あーまた負けたー!くやしー!!」 ムーンの投げたコントローラーを僕は危うくキャッチする。リビングの大型テレビの画面には大きく「GAME OVER」の文字が映っている。 「それムーンの好きなゲーム?面白いの?」 はい、とコントローラーを渡しながら聞くと、振り返ったムーンはいつも通りの笑顔…いや、いつもよりニコニコしているように見える。 「ふっふっふっふ…待ってたよカナロア!キミからその言葉が出るのを!」 いやあ長かったなあ…と一人勝手に感慨に浸るムーンを見ながら思い出した。 そういえばムーンは最近、新しいゲーム機を買って以来ずっと同じゲームに熱中していた。いわゆるえふぴーえす?というやつ。 ゲームなんてマリ〇や〇ービィを小さいころにやったきりなので、どういうゲームかはよくわからない。 銃を持って人を撃つなんてなんだか怖いけど、ムーンがあまりに楽しそうに遊んでるので段々気になってきたのだ。 まさかこれは僕に興味を持たせて自分から言わせることで、心置きなく勧められるという作戦だったのか。また僕はムーンにいっぱい食わされたみたいだ。 …それが嬉しくてたまらない僕もどうかと思うけど。 「これはね!世界中で遊ばれてるすっごい人気のゲームなんだ!まずこのゲームの世界は…」 ムーンの熱く長~い説明を要約すると、いろんなキャラと武器があって相性とプレイの方法で無限の魅力があるということらしい。 また基本は3人でチームを組んで戦い、最後の一チームになれたら優勝とのことだ。 「うーん…どのキャラにしようかな…」 キャラは二十人以上いて、どれもかっこいいけどなんだか難しそうだ。どのキャラがいいかムーンに聞いても 「カナロアは初心者だしどれ選んでも変わらないよ!遊びだし気楽に考えたら?」 と全然リードしてくれない。えーい、ままよと僕は目を瞑って一人のキャラクターを選んだ。爆弾使いのかっこいいキャラだった。 「お!いいね~!私はこっちのキャラ専門だから運命感じるな~」 ムーンが指さしたのは、いかにも怖そうな厳つい女性のキャラクターだった。ちょっとだけムーンっぽいかもしれない。 どうやら設定上二人のキャラクターは因縁があるらしい。そういうところまで運命なのだろうか… いよいよ戦いが始まった。3人のうち二人はもちろん僕とムーンで、もう一人は不特定の誰かがランダムに選ばれるという。 3人目のプレイヤーは「CRN-chan」で、使っているのはセクシーな女怪盗のキャラクターだった。 興奮したムーンによると、三人目は表示されたバッジからして相当このゲームをやりこんでいるらしい。仲間としてこれほど心強い相手もいないだろう。 最初は誰にも出会わず平和に進んでいく。僕は安心したがムーンは少しつまらなさそうで、仲間の人も遠くへと移動を促している。 ボイスチャット機能があるらしいのでこれで喋ってもいいのだけど、スイッチを押すだけで意思疎通ができるのでムーンはマイクを切っていた。 二人になんとか追いつこうと必死に武器や物資を集めながら走っていくと、突然前を行くムーンが立ち止まった。 「あそこ、敵部隊がいる…!」 「えっ、どこどこ?何も見えな…」 次の瞬間、僕のすぐ横を銃声が横切った。思わず固まった僕の周囲に次々と弾丸が飛んできた! 「うわっ、わわわわっ!」 「カナロア危ない!こっち隠れて!」 物陰になんとか隠れたけど少しダメージを負ってしまった。怖かった…。回復アイテムを使っていると、横にいたムーンが飛び出して行く。 「よーし行くぞー!突撃ー!!」 もう一人の味方の人も同時に突っ込んでいく。たちまち銃撃戦が始まった。そっと物陰から伺うと、嵐のような銃撃が飛び交っている。 「よーしよしイケる!あっち回ったか!こっちから回り込んで…ドーン!!」 ムーンの大型ショットガンが火を吹いたと思えば、さっきまであんなに戦っていた敵がばたりと倒れた。 見ればもうひとりの味方の人も大型マシンガン片手に、足元に倒れた敵を見下ろしている。素人の僕でもわかる。二人が勝ったんだ。 「やったー部隊壊滅!あまりダメージなかったしラッキーだったね!こっちにアイテムあるから取っときなよ!」 僕は恐る恐る二人の元に向かい、アイテムをもらった。これがえふぴーえすなのだろうか…今のところとてもついていけなさそうだ…。 それからも僕たちは…いや、二人の味方は色々な戦いを乗り越えていった。徹底的に戦ったり、かと思えば不利と見て逃げたり。 ムーンは時々興奮して熱くなるけど、最後には冷静さを忘れない。これがゲームが上手いってことなんだろうか。 気づけばかなり長い時間が経ち、僕も二人がくれる装備のおかげで全身重装備になってきた。高い建物の上の階に陣取り、籠城中だ。 画面の端の色々な数字(僕にはそれぞれの意味がわからない)を確認したムーンが嬉しそうに僕の肩をつついてきた。 「カナロア見て!もう残り3部隊!私たち以外2つしか部隊いないんだよ!勝てるかも!」 初めてのゲームでここまで残れるのはとても運がいいそうだ。どう考えてもムーンと味方の人が助けてくれてるおかげなんだけど。 とはいえさすがに敵も隠れているので、どこにいるのかまるでわからない。僕も一応武器を構え、スコープで辺りを覗いてみる。 「うーん…どこにいるのかなあ…ねえムーン?あそこの建物とかにいるのかな?」 「わからないなあ…まあまだ時間はあるし、じっくり覗いていれば…っ!?」 突然味方の人が緊急サインを出してきた。これは僕でもわかる。【敵があそこにいる】と言っているのだ。偶然にも僕がさっき言った建物だった。 「カナロア!チャンスだよ!爆弾撃って!」 「ば、爆弾?」 「さっき言ったじゃん!カナロアのキャラは爆弾出せるからこれで先制攻撃できるよ!」 「そう言われても…えーとこれかな?これで…と」 言われた通り狙いをつけてボタンを押すと、ものすごい轟音と共に爆弾が発射された。空高く舞ったあとそれは遠くの建物に降り注いでいく。 あっけに取られていると、炎の海になった建物から敵が飛び出してくるのが見え、次の瞬間には銃弾が次々と飛んできた。 「わわわ!あ、当たった!」 「大当たりだよカナロア!さーてここからは…私たちの出番だよね!」 サインと共に飛び出していく二人。その背中を眺めていた僕の視界の端に、動くものが横切った。さっきの建物じゃない場所に! 「ムーンあれ!敵いる!横から来るよ!」 「えっ!?それ本当?うわっ、これヤバっ…!」 三つ巴の大混戦が始まった。お互いがお互いを攻撃している。戦力もおそらくほとんど互角。違いは僕がいないせいで、ムーンたちが不利なこと。 「うわああああ…ムーン…!僕はどうしたら…」 「今動いちゃダメ!場所がバレたら…集中砲火されるよ…!ぐうう~っ…!」 二人は懸命に戦っている。敵が何人か倒されたみたいだけど、残りの敵が撃った弾丸がついに味方の人に命中した。【ダウンした】の表示が出てくる。 このゲームは倒されてもダウンという状態になり、トドメを差されたり長時間放置されたりする前に助ければ生き返るのだという。 だけどそのためにはすぐ近くまで接近しなきゃいけない。あたりにはまだ敵がうろついているみたいで、行けばすぐに見つかるだろう。 「どうしよう…どうすれば…!」 焦るムーンに助けを求めることもできない。と、その時僕が間違えた押したボタンで、手の武器がさっき拾った手榴弾に持ち替えられた。 そういえば、とムーンが熱く語っていた内容を思い出した。 『このキャラは爆弾のプロなんだよね!普通なら手で投げる手榴弾も遠くに発射できるから便利だし!』 狙いをつけるとボタンを押した。手榴弾は大きな放物線を描いて飛んでいく。味方の人がトドメを差され《死亡》するのと、着弾は同時だった。 遠くからも聞こえる爆発音とともに、敵は吹っ飛んだ。《死亡》したのだ。 僕は感慨に浸る暇もなく、やたらめったら手榴弾を発射した。ムーンの近くに落ちた爆弾はうまく次々に炸裂し、敵が次々とダメージを負っていく。 「カナロア!ナイスアシスト!あと一発で…ドーン!!!」 大型ショットガンが命中した瞬間、画面いっぱいに【優勝】の文字が表示され、勇壮なBGMが流れてきた。しばらく僕はぼーっとしていた。 ムーンの嬉しそうな声で我に返った。 「カナロアー!!やったよ!!優勝したー!!初めてのプレイでなんてすごいよ~!!」 「ゆうしょう…僕たちが…勝った…!」 スコア画面が表示される。微々たるものだけど、僕も優勝に貢献できたんだ。こんなにこのゲームが楽しいなんて思わなかった。 と、その時音声が聞こえてきた。味方の「CRN-chan」さんがボイスチャットをオンにしたのだ。それはあまりにも聞きなれた声だった。 〈MoOnwHiTeさん、DragonKingさん、一緒にプレイありがと~♥最後落ちちゃってごめんなさ~い…♥〉 「か…」 「「カレンチャン!?」先輩!?」 なんとあの愛しのカレンチャン、僕の永遠のアイドルだった。まさかそのカレンチャンと今までずっとゲームしてたなんて… 途端にカレンチャンの《営業用の》声が止まった。そして僕は今更ながら、自分のボイスチャットがいつの間にかオンになっていることに気付いた。 〈その声…カナロアちゃん?…偶然だね!じゃあ一緒にいるのは…〉 いつもの声だった。何年も経っても変わってない。あの日のままの…綺麗で、硝子みたいに美しくて、どこか寂しい声。 「…うん、ムーンだよ。カレンチャンも元気そうで、何よりだよ」 《うん、カナロアちゃんも元気そうだね!…さっきのグレネード、ちょーっと痛かったけどね♪》 「あああ~っ、それはその、始めたばかりで…ごめんね…」 《冗談だよ♪それじゃあ二人で、お幸せに!またゲームしようね!》 回線が切れた。僕とムーンは二人でしばらく、身じろぎもせず座ったままだった。 「え~っ、カナロア毎日一緒にゲームしてくれないの~!?」 「…うん」 結局僕は、まだカレンチャンを忘れられていないらしい。いつか出会う可能性があるならと思うと、毎日はする気にはなれなかった。 でも僕は大好きなひとの残念そうな顔を見て、それを放っていられるほど強情でもなかった。 だから、 「でもたまになら…また一緒に遊ぼうか」 「~~っ!カナロア、大好きー!!」 あっという間にぱっと笑顔が咲いた。やっぱり僕は、もうこの笑顔なしにはいられないんだ。 「それじゃあもう一回!もう一回だけやろ!」 「えー!?今度たまにって…」 「まあまあいいじゃん!それじゃあゲームスタート…っと」 「も~…一回だけだからね?コントローラー貸して…」 やっぱり僕はムーンには敵わない。諦めてコントローラーを握ると、ゲームがまた始まった。 そして僕たちは二人同時に固まった。表示されたもう一人の仲間は…「CRN-chan」だった。 「「…………………」」 やっぱりこのゲームはやめておこうかな…そう思った、とある休日の午後だった。