オリキャラ雑談クロスSS_3_19

狭間の世界のゼノリス:第19回

2.キョウカイ/過去編

目次

2.12.トゥルース・オブ・ハー・オア・ゼム
2.13.ショウダウン

2.12.トゥルース・オブ・ハー・オア・ゼム

 物心ついた時から、彼女には未来が見えた。
 いや、正確にはそうではなかった。
 時おり心の中に助言が聞こえると言った方が、より厳密かも知れない。

(その商人は悪意を持っています。大工ギルドにそれとなく忠告しておきなさい。
 それによってあなたは大工ギルドとの繋がりができる)

 その声の言う通りに行動した結果、彼女は若くして大工ギルドに勤めることができるようになった。
 収入も安定した。
 そうしていると、次の声が来た。

(ギルドの会計長が横領をしています。会計を学びながら接近して証拠を掴み、彼を告発しなさい)

 その通りに動いた結果、彼女は若くしてギルドの強い信用を得た上、会計係に就くこととなった。
 彼女は人生を良くしてくれるその助言を、お告げと呼ぶようになっていた。
 その次のお告げは、少々物々しい助言だった。

(隣国が攻めてきます。あなたはあなたの言葉を信じる者たちだけを連れて、町を離れなさい)

 お告げに従い戦争を切り抜けると、彼女は彼女を信じた周囲の人々から、予知の才能があるのだと信じられるようになった。
 その後も短期間に凶事を予測して切り抜け、彼女は若くして一つの集団の中心的存在となっていった。
 彼女を妬み、排除する、あるいは取り入って操ろうとする者もいたが、全てお告げの力で遠ざけることができた。
 お告げの助言は、結婚相手にまで及んだ。

(才能のある魔法使い、性格にやや難はありますが、御すことができます。
 彼と結ばれるのです。ただし、秘密裏に)

 彼女は、お告げの通りにした。
 きっとまた、良いことがあるのだろう。
 彼女を取り巻く人々は、既に彼女の言葉通りに動くようになっていた。
 お陰で秘密裏に関係を持ち、子を産むことも出来た。
 女児が生まれ、名付ける段になって、お告げがやってきた。

(その子の名はあなたと同じく、リカーシャと名付けなさい)

 彼女は、その通りにした。
 成長した娘リカーシャは、母リカーシャに瓜二つのようだったが、違いが一つあった。
 父親の魔法の才能も、同時に受け継いでいたのだ。
 また、娘リカーシャは母リカーシャと、言葉を交わさず意思を通じ合うことができた。

(お母様、わたくしの下着をお父様の下着と一緒に洗わないでくださいませ)
(お父様が聞いたら悲しみますよ……)

 お告げに従っていたため、娘リカーシャの存在は、決して表に出せなかった。
 とはいえ、やや奇妙ながらも幸せな日々だったといえよう。
 しかし、ある日やってきたお告げの内容は、恐るべきものだった。

(娘を除いて、夫と出産に関わった者たちを秘密裏に葬り去りなさい。そしてあなたも、死ぬのです)

 彼女は初めて、お告げに逆らった。

「そんな……そんなことできない……!」

 だがその時、娘リカーシャが口にした。

「お母さまがなさらないなら、わたくしがやります」
「…………!」

 リカーシャは戦慄した。
 そして、彼女は長くない人生を終えた。


 初めて外に出たリカーシャだが、動揺はなかった。
 母の世話をしていた者たちに対し、母として振る舞うことに、迷いも躊躇いもなかった。
 死んだ母リカーシャは既に、新たに開かれた町の指導者として活動していた。
 自分も同様にするだけだ。
 母と意識を共有していたため、彼女のしていたことは知悉している。
 部下が彼女を見て、尋ねた。

「リカーシャ様、何か……今日はお若く見えますね」
「そうかも知れません。今日はいつもより気分よく仕事が出来そうです」

 娘リカーシャ――いや、今日からは彼女が新たなリカーシャだ。
 お告げを聞く才能しかなかった母と異なり、亡き父から魔法の才能も受け継いでいる。
 すると、別の部下がやってきて、報告した。

「リカーシャ様、海賊らしき船が近づいています! 数はこちらの戦力の、3倍はいるものかと!」

 それも、既に知っていることだった。
 お告げに従い、港の防備を強化している。
 だがそれだけでは被害を抑えきれないことも分かっていたので、彼女は宣言した。

「わたくしも出陣いたします」
「えっそれはちょっと……!?」

 だが、リカーシャは強引に前線へと出て、魔法で海賊たちを蹴散らした。
 海賊の中には魔法使いもいたが、未来からのお告げと共に習得した強力な魔法を扱える彼女の敵ではなかった。
 リカーシャは未来を知るだけでなく、魔法で外敵を打ち払う聖女として、その権威・権力を強めていった。
 彼女を慕う人々は、リカーシャが密かに二代目に代替わりしていることに、全く気付かない。
 それほどまでに、彼女は母と似ていた。
 そして数年がたち、彼女もまた、番う相手についてお告げを受けた。

(高い知性と猜疑心を持つ男がいます。あなたは彼と結ばれ、より高い知性を持った娘を産みなさい)

 果たして、二代目リカーシャはその通りにした。
 既に養育に必要な労力は足りていたため、男とは一夜限りの関係で済ませ、秘密裏に産んだ娘にリカーシャと名付け、やはり秘密裏に育てた。
 生まれた娘は、やはり彼女にうり二つの顔立ち、体つきに成長していった。
 だが、今度もやはり、父親の知性の才覚を同様に受け継いでいた。
 そして娘が三代目を務められるほどに成長した時、リカーシャはお告げに従い儀式を実行した。
 自らの肉体を犠牲に、祖霊板と呼ばれる強力な魔具を生み出す儀式だ。
 躊躇することなく、彼女は儀式を終え、その肉体は灰となった。
 後には半透明の石板が残り、娘――三代目リカーシャの所有物となった。
 彼女はますます力を増し、彼女を中心とした共同体も勢力を増していった。


 三代目リカーシャは、完全に理解していた。
 自分は、過去の母や祖母、そして未来の子孫と時間を超えて、完全に意識を共有しているのだと。
 彼女たちが共有しているのは、キョウカイに伝説としてごく限られた人々に知られた神格能力の一つ、“継承の神格”だったのだ。
 彼女たちは、特異点――いや、複数世代にわたって歴史上に存在しているのだから、特異点群、あるいは特異線と呼ぶべきか。
 四代目、五代目、n代目――彼女たちは必ず、何らかの天賦の才を持つ男と結ばれ、娘を一人産んだ。
 娘リカーシャには必ず、母リカーシャと父親、両方の資質が発現した。
 そして母となった側のリカーシャは、娘の成熟を見届けると儀式を行い、自身を祖霊板と化した。
 この儀式は必ずしも成功せず、千年の歳月を経て、成功したのは11人だけという状態だったが。
 だがそれでも、最終的に11枚まで増えた祖霊板を用いた十一階梯儀式はきわめて強力で、およそキョウカイでこれに太刀打ちできる者はいなかった。
 ならば、キョウカイは彼女の献身によって、この世の楽園となるか?
 否、そうはならなかった。
 過去改変には限界があったのだ。

(この土地は20年後、東から蛮族の大群が攻め寄せてきます。西に勢力を広げて余裕を作りなさい)
(いやいや、40年後にそこは旱魃で大凶作となります。北にしなさい)
(いけません、そこは60年後に寒冷化で――)

 もしもこのように、複数の未来から同じ時代のリカーシャにお告げが殺到すれば、当時のリカーシャはどうするべきか分からなくなってしまうだろう。
 お告げは矛盾してはならない。
 時代を超えて意識を共有する50人以上のリカーシャたちは協議して、元の歴史から見て被害の大きい順に対応していくことにした。
 最も被害が大きいと思われたのが、疫病の流行だった。
 リカーシャたちは三代目の時代から公衆衛生の強化に努め、疫病の被害を大きく減らした。
 次に、自然災害。キョウカイ全体に三年近い冬をもたらすはずだったスボロフォ火山の噴火は、当時のリカーシャ自身が儀式を駆使することで食い止めた。
 そうでなくとも、三代目以降は不死の聖女、予言の聖女として一目置かれるようになっていたリカーシャの影響力があれば、避難によって地震や津波による被害を押さえることも難しくはなかった。
 災害の被害を局限することで、彼女の影響力はさらに増した。
 戦乱も、それまでに獲得した威光を生かして出来る限り防いだ。
 そして、保全されたキョウカイの人口は増加していく。
 家畜や農作物の改良を奨励することで、彼女たちはそれらにも対処していった。
 それでも防ぎきれない災害などがあれば、彼女たちは過去のリカーシャへと思念を送った。
 当時のリカーシャにそれに対応できる余裕があれば、歴史はそれに対応して改善された。
 そうした過去改変の結果、防ぎきれなかった魔王や吸血鬼といったものによる被害の数は、彼女が救った命の数に比べれば取るに足りないものといえるだろう。
 彼女たちは、そう自負していた。
 だが、最終的に乗り越えられない壁があった。
 それが、勇者ミリアである。
 特異点である勇者ミリアは、どのように過去を改変しても消し去ることが出来ず、キョウカイに生まれて勇者として頭角を現すことが確定していた。
 そして、どのように過去を改変しても、彼女によってリカーシャたちの秘密は暴かれ、終了する。
 勇者ミリアの時代よりも後のリカーシャからのお告げが来ないのが、その証拠だった。
 異世界・地球に赴いて、未来を予知する男マシーフ・ダッジャールと子を成したのも、彼と取引をして地球に生じたポータルをキョウカイへと引き込んだのも、それに対処するためだった。
 しかしそれでも、やはり未来は閉ざされたままであった。
 勇者ミリアは、何としても抹殺しなければならない。
 それがリカーシャ・カインの、千年受け継ぎ続けた悲願だった。
 この障害を乗り越え、必ずやわたくしはキョウカイを、真の理想郷にして見せる――


 ――それが、黄金の嵐の中でミリアが見た、リカーシャの記憶だった。
 千年分の膨大な記憶と使命感に、彼女は圧倒された。

(それで、ボクを殺すって……)

 リカーシャの思いは、想像していたよりもはるかに強いものだった。
 死してより良い世界の礎になるのならば、それは勇者としても悪くない在り方ではないか?
 一瞬、そうした思いすら脳裏をよぎる。
 が。

(惑うな、勇者よ!)
「――っ!」

 霊剣の叱咤に、ミリアは我に返った。

(曾祖母のような勇者になるというのは偽りの願いか?
 夢に現れたという曾祖母のお告げは幻か?
 勇者とは、勇気を以て道を切り開く者!
 死ねと言われて死ぬ者のことではなかろう!)
「うん……そうだった!」

 晴れてゆく黄金の嵐の中で、聖女が片眼を押さえ、うめく。

「わたくしの心を……覗きましたね、無礼者……!」
「そこはごめんなさい! でも――」

 ミリアは心を決めて、告げた。

「ボクは未来の勇者! 今はまだ違うかも知れないけど……
 それでもあなたを止めるのが使命だと思うから! あなたに、これ以上過去を変えるのはやめてもらいます!」
「真実を知ってもなおその態度……消えてなくなりなさいッ!!」

 リカーシャが手を掲げると、そこに花びらのごとく集まった五枚の祖霊板が回転し、そこから強烈な熱線が放たれた。

「シールド――」
(いかん、防ぎきれぬ!)

 山の一つも蒸発させようかという五階梯儀式から発せられた熱線は、しかし。

「プロテクション!」
「土の壁よ!」
「守り給え!」

 多重の防壁によって、完全に防がれた。
 シリルが報せてくる。

「ミリアさん、他のみんなが間に合ったよ!」

 振り向けば、そこには仲間たちがいた。
 フィーネ、ミナ、ヨーコ、グリュク、そして小さくなってはいるが、ルセルナと分かる方舟。
 フィーネが杖を掲げて、呼びかける。

「私たちも一緒よ、ミリアさん!」
「こんな最終決戦ムードで私はどうすれば!?」
「できることが無いわけじゃないはずですよ。私は手当てが増えればそれでいいですけど」

 ここまで来ておいて狼狽するミナに、ヨーコが答える。

「ミルフィストラッセ、そのままミリアを頼む!」
(心得ている!)
(勇者よ……この際だ、私も力を貸そう)

 グリュクとルセルナも、戦意は高いようだ。
 ミリアは改めて霊剣を構え、宣言した。

「みんな、ボクはリカーシャ様を止めたい! 手伝って!」

 対するは、視線に怒りを宿したリカーシャ。
 周囲に祖霊板たちを旋回させながら、彼女は唸った。

「やれるものなら、やって御覧なさい……!」

2.13.ショウダウン

 聖女へと挑みかかる前に、霊剣がミリアに呼びかけた。

(ミリアよ、他の全員と情報共有だ! 今一度、あれをやるぞ!)
「え、でもプライバシーの問題とか……」
(一方的に記憶を送ることも出来る! やってみよ!)
「分かった!」

 ミリアが再び手元の霊剣に念じると、その刃から黄金の粒子が噴出し、ミリアの仲間たちに向かって複数の光条と化して向かっていく。
 霊剣の言う通り、仲間たちの記憶はミリアの中に流れてはこなかった。
 だが、リカーシャの秘密や彼女を取り巻く祖霊板の厄介さは伝わったようだ。

「これは……!」
「過去改変って、マジで……?」

 黄金の粒子を受けた仲間たち全員が、驚愕していた。
 千年の歴史の裏に隠れていた、死せざる聖女リカーシャの秘密を知ったのだから、無理もない。

「なら、何とかして止めないと……! 泥の礫よ!」

 先陣を切ったのは、フィーネだった。
 彼女の呪文に応じて、ルセルナの船体から大量の泥玉が飛ぶ。
 リカーシャが汚れるのを防ぐためか、祖霊板はその前方に寄り集まって彼女を守った。

「フリーズクロノスタシスッ!」

 そこに、シリルが強烈な冷気流を放つ。
 泥にまみれた祖霊板は一か所に固まったまま、空中で凍結していく。

「今ですね」
「だぁあ、もうやったらぁッ!!」

 ヨーコとミナが強化を併用して飛び出し、リカーシャを狙ってそれぞれの得物を構える。
 ミナはともかく、ヨーコには殺害を躊躇する様子はない。
 二人が閃光のごとき速度でリカーシャに接近する、が。

「小賢しい!」

 リカーシャは高速移動の魔法でこれを回避した。
 だがしかし、彼女の移動した、更にその先に。

「安らげ!」

 霊剣から受け継いでいた戦闘者の勘とでもいうべきもので先回りしていたグリュクが、全力で催眠の魔法術を放っていた。

「う……!」

 リカーシャがうめき、よろめく。
 よろめくが、彼女は倒れずに声を上げた。

「……効きません!」

 泥で凍結されていた祖霊板がその拘束を破壊し、再びリカーシャを守るように高速で移動、旋回する。
 その淵が鋭い刃のように変形してグリュクを切り裂こうとするが、彼は魔法剣でこれを弾いて後退。
 しかし、連携攻撃を退けた聖女へと、更なる追撃が加わる。

「ホーリーブラスター!」
「ダークネス・サンダーッ!」

 シリルの魔術による神聖な熱線と、ミリアの放った暗黒の電撃。
 白い光条と黒い稲妻が、リカーシャに対して殺到する。

「く……!」

 聖女は祖霊板を集め、これを防御していた。
 半透明の障壁越しに眩く弾ける熱線、蠢く闇の電光。
 凄まじい威力だが、十一階梯儀式によって強化された防御障壁を突破するほどではない。
 このままベクトルを捻じ曲げ、皇帝スヴェルに対して行ったように、威力を増幅して撃ち返す。
 リカーシャはそのつもりでいた。
 だが。

「強き腕よ!」

 その時フィーネが、フィーネ自身に強化の魔法をかけた。
 それだけにとどまらず、彼女はその状態で、更に自身へと強化の魔法を使う。

「強き、腕よ! 強き! 腕よ!!」

 フィーネの強化の魔法は、身体能力を強化するのみならず、魔力をも引き上げる。
 そして彼女は、己の魔力を高め切った状態で、ミリアとシリルに対し、最後の強化の魔法をかけた。

「強き腕よ!!!」

 霊剣の加護で大幅なレベルアップを果たしていたミリアと、元々人類を大きく超えた魔力を持っていたシリル。
 二人の魔力はそこから更に強化され、それぞれが放っていた闇の電撃と聖なる熱線も、その威力を激増させた。

「まだ、まだ……!」

 それでも、まだ増幅して反射できる強さ――その筈だった。
 そこに。

「取り除け!」
「――!?」

 グリュクだ。
 祖霊板が防御のために集中している隙を狙い、リカーシャの障壁に対して解除の魔法術を放ったのだ。
 障壁は解除されないまでも、その結合がわずかに弱まる。
 追撃は、それだけにとどまらなかった。

「どっせぇぇぇい!!」
「いい加減、やられてください!」

 強化全開で突撃してきたミナとヨーコが、それぞれメイスと大太刀を、リカーシャの広げていた障壁の淵へと叩きつける。
 バン、と音を立て、障壁がガラスのように破壊された。

「あぁぁぁぁぁッ――――!?」

 広間に光と闇が弾け、溢れた。
 グリュク、ミナ、ヨーコはそれぞれ、シリルとミリアの攻撃が炸裂する直前に離脱している。

「リカーシャ様……!」

 生半可な攻撃では防がれるだけだっただろうとはいえ、ミリアは聖女の身を案じた。
 すると。

「やはり……あなたがたは危険ですね」

 室内にもかかわらず噴煙が風によって晴れると、そこには健在のリカーシャの姿があった。
 彼女は身の丈よりも大きな、盾を構えている。
 ミリアたちは既にリカーシャから得た記憶を共有していたため、それが何なのかはすぐに思い至った。

(ポータルから召喚した、異世界の盾……!)

 彼女が地球からキョウカイへとポータルを移したのは、このためだったのだ。
 11枚の祖霊板による十一階梯儀式を用いれば、ポータルすら制御することができる。
 何を取り出すか、いつ取り出すか。
 それらが全て、任意になる。
 そして、今の連携攻撃を防ぐほどの盾を召喚したということは。

(もっと強力な反撃が来る――!)

 強固な盾を召喚したのは、己の攻撃の余波から身を守るためでもあるはずだ。
 ミリアたちは構えて、すぐに多重防御が行える態勢に移った。
 一方のリカーシャも、祖霊板たちを周囲に旋回させて、儀式を発動したようだ。

「――! 上!」

 何かを察知したのか、ヨーコが天井を仰ぐ。
 すると、その天井を崩壊させて、何かが広間へと落下した。
 破片と轟音、そして噴煙。
 ただ、距離を開けていたミリアたちに直接の被害はなかった。
 ミリアたちとリカーシャの間に割って入るように、それは落ちてきたのだ。

「…………何?」

 それは、直径10メートルはある球の形をしていた。
 広間の床を打ち砕いて半分ほど埋まっているが、恐らくは球体だろう。
 その表面には、武骨な金属質の半球が複数の列を成して並んでいる。
 目で観察する限り、それはリベットを打たれた、金属球であろうと思えた。
 霊剣が、警告する。

(離れよ、恐らくは爆発物だ!)
「え、爆弾……!?」
「正解でしてよ」

 ミリアが驚くと、リカーシャがそれを肯定した。
 見れば、爆弾であるらしい巨大な金属球の表面にある継ぎ目から、何やら光が漏れているような気がしてくる。

「どこかの世界で戦に使われていたようですね。
 逃げてもよし、防いでもよし。
 あなた方では逃げきれませんし、防ぎきれませんが。
 わたくしはこの“明星の鱗”で防ぎますので、あなた方はこの要塞ごと消し飛んでください」
「それなら」

 と、ヨーコが飛び出し、弾丸のような速度でリカーシャへと突進する。

「その盾をいただき――」
「させませんよ」

 盾に手を触れる直前、ヨーコは猛烈な勢いで旋回してきた祖霊板を回避し、後退した。
 そして、舌を出す。

「ま、囮なんですけど」
「――!!」

 リカーシャが反対側を振り向くと、グリュクが爆弾に取り付いていた。
 そこに手を触れ、瞼を閉ざしている。

「何を――」
「覆せぇッ!!」

 彼が叫ぶと、魔法術の作用で巨大な爆弾が、瓦礫の中から浮き上がろうとしていた。
 それを見たシリルが、呟く。

「なるほど、爆発を防げなくても、重力反転で動かすことは出来るか!」

 直径10メートルほどの爆弾は急速に上昇速度を増して、それが落下してきた際に開けた天井の穴に向かって昇っていく。
 いや、落ちているとするべきか。 
 一方リカーシャは、盾の中に身を隠しながら発した。

「起爆!」

 それが合図か、上空から轟音が響いた。
 しかし、爆弾の破片や、その爆発で崩壊した構造材などが降ってくる様子はない。
 爆発は、起きていない?
 リカーシャの口ぶりでは、多少上空に移動させたところで無意味となる規模の爆発が起きるのではなかったか?
 そうした疑問を、今は忘れて――
 ミリアは、弾かれるように飛び出していた。

「今だぁッ!」

 それを迎撃しようと動く、リカーシャの祖霊板たち。
 だが、

「土の腕よっ!!」

 小さくなったルセルナに乗ったフィーネが、妨害に入った。
 ルセルナの船体から土で出来たアームを伸ばして、いくつかの祖霊板を捕える。
 ルセルナ自身も、船体の前方を獣の顎のように展開し、その内部へと一枚、祖霊板を捕獲した。
 祖霊板は内部で激烈に抵抗しているらしく、ルセルナがうめく。

(暴れるな……痛い……)

 フィーネが、叫ぶ。

「ミリアさん、そのまま行って!」
「はい!」

 しかし、なおも残った祖霊板が、今度は火炎や電撃といった遠隔攻撃でミリアを狙う。
 すると今度は、

「おどりゃあぁぁぁッ!!!」

 ミナがメイスを振り回して祖霊板を打ちのめし、魔法の軌道を逸らした。

「ありがとうミナちゃん!」

 なおも接近するミリアに対し、残った祖霊板から攻撃が殺到する。
 そこに続いて、ヨーコが動いた。

「返しますよ、聖女様!」
「!?」

 彼女の手の中から、紫色の宝玉が飛翔する。
 先ほど至近距離まで接近した際に、盗んでいたらしい。
 警戒するリカーシャだが、ヨーコの手はそこで終わりではなかった。

「グランドヒール!」

 シリルの最上位の治癒魔術が、聖女に向かって投げつけられた紫色の宝玉を直撃する。
 すると宝玉は空中でぶるぶると震え、その表面に亀裂が走り、それだけでなく人間の姿に変わる。

「!?」
「復・活ッ!!」

 瀕死の状態で制御端末にされていた皇帝スヴェルが治癒魔術で肉体と霊力を回復し、元の姿に戻ったのだ。
 そのまま空中に浮いて突進してくるスヴェルに対し、リカーシャが咄嗟に残りの祖霊板を集めて防御を固める。
 しかし。

「スヴェル・ハウンダリを舐めるなぁッ!」

 皇帝の咆哮と共に、その霊子サイバネティクスの粋を集めた肉体へと、圧倒的な霊力が凝縮された。
 祖霊板たちが魔力砲で迎撃するが、前方に突き出された彼の掌底に弾かれる。
 それだけではない。

「凝固せよ、不遜なる魂魄よ!」

 その掌底を受けた祖霊板が力と透明さを失い、がらん、と瓦礫の床に落ちた。
 皇帝の反撃は、終わらない。

「邪魔だァッ!!!」

 彼は再度掌底を、今度はリカーシャに向けて見舞う。
 彼女を守っていた異世界の盾、“明星の鱗”が、その打撃を受けてばらばらにはじけ飛んだ。
 リカーシャは魔法でそこから離脱しようとするが、

「失礼!」
「っ!?」

 加速の魔法術で接近していたグリュクが、彼女を後ろから羽交い絞めにする。
 そして、叫んだ。

「ミリア! 俺ごと撃てッ!」
「ごめんなさい! ダークネス・サンダーッ!!」
「――――っ!?」

 近くまでたどり着いていたミリア、その掲げた人差し指の先から漆黒の雷が迸り、リカーシャとグリュクを射抜く。
 フィーネによる魔力強化の作用は切れていたものの、直撃だった。
 リカーシャは意識を失い倒れ、一方で何とか意識を残して耐え抜いたグリュクによって、その体を支えられた。

「……生きてる。制圧成功だ、ミリア!」
「よかった……!」
「やったね、ミリアさん」

 駆け寄ってきたシリルが、懐から取り出した魔術錠をリカーシャの手首に嵌める。

「……これで、祖霊板とは同期できなくなったはずだ。
 皇帝陛下の封印した祖霊板が復活しても、もう儀式は使えない」

 すると、リカーシャが意識を取り戻したか、うめく。

「う……
 なぜ、爆発が……」

 気がかりなのは、そこだったらしい。
 自信満々に異世界から呼び出した、要塞ごと破壊する威力を持つ爆弾だ。
 確かに起爆したはずのそれが音を立てただけとなれば、気になりはするだろうが。

「私が防ぎましたよ、あなたから盗んでた端末でね」

 そう答えたのは、まだ“赤黒”を抜き身で持ったままのヨーコだった。

「盗んだ瞬間、そちらの皇帝陛下の怨念と、この要塞の障壁の使い方とが伝わってきましてね。
 あの城全体を包み込んでいた障壁を集中させて、爆弾を包み込むように指令を送ってたんです」

 その後、シリルと密かに打ち合わせて、皇帝スヴェルを復活させたのだろう。
 だがミリアは思わず、彼女を非難してしまった。

「ヨーコさん、手癖悪すぎ!?」
「まぁお陰で助かったわけですし、この際いいじゃないですか」

 ひらひらと手を振って誤魔化すヨーコ。
 さすがに切り札らしき異世界の爆弾を防がれるとは思っていなかったのか、リカーシャが歯噛みする。
 恐らく魔法防御の性能もあったであろうドレスは焼け焦げ、髪も大きく乱れていた。

「魔法術で破れる程度の障壁で防ぐとは……!」
「この城を丸ごと包める規模の障壁だ。あの程度の大きさに集中して展開すれば、たとえカウブ・ソニラを破壊する規模の爆発であっても防ぎきるであろう。
 先ほどは、そう使う前にしてやられたがな……」

 補足したのは、宝玉の姿から元に戻っていたスヴェルだった。
 ローブをまとった金髪の偉丈夫だが、リカーシャに敗北していたことが気恥ずかしいのか、やや目を伏せている。
 ミナが豊満な胸を撫で下ろしつつ、口にした。

「それより、私たちをこの要塞ごと爆破するつもりだったってことは……」
「そうだね。彼女はこの要塞が崩壊した後に真下の宿場町がどうなるかなんて、気にも留めていなかったわけだ。
 過去改変でどうとでもなったのかも知れないけどね」
「…………」
 
 リカーシャはシリルの発言を、肯定も否定もしなかった。
 フィーネが、不安げに口にする。

「シリルくん、彼女をどうするの?
 具体的な証拠もないし、過去改変をした罪なんて、今の法律で裁けるのかしら」
「うーん……まずもって、国際的に信頼されていた予言の聖女が過去改変の犯人でした、っていっても、ほとんどの人は信じないよねぇ。
 それ以前の問題として、ボクらも含めて過去が改変されたっていうことを自覚する方法が、事実上存在しない。
 過去に地球に行って戻ってきた魔術師の中には、歴史が変わってることに気づいた人もいたらしいけど……
 それでもやっぱり、証言だけじゃ証拠にはならない」

 シリルが肩をすくめるのを見て、ミリアは提案した。

「ミルフィストラッセに記憶を共有してもらえば……」
「記憶改変を疑われるかも知れないよ」

 グリュクの見解は否定的なようだ。

「過去改変はまだしも、高度な魔法を使えば記憶をいじれることは分かってるしね。
 あと、できればそいつの能力は大っぴらにしないで欲しいかな……」
(吾人としても、進んで公の場で使うのは避けたい。すまぬ)
「うぅ、ごめん……」
「いや、いよいよ方法が無いとなったら使うにやぶさかではないけどもね」

 そこから少し離れた所で、ミナがメイスを抱えて唸っていた。

「うーん……私の進路的にはどうなんだろう、この展開……」
「まぁどんなに重大な実績でも、公に出来ないのは少し虚しいですね。
 私はシリルさんから報酬と手当てがもらえるんで、それで構いませんが」
「羨ましい……私は地方ギルド相手じゃ何も出なさそうだなぁ……多分世界を救ったのに……」

 涼しい顔をしているヨーコ、涙ぐむミナ。

「勝手なことを……!」

 苦々しくうめいたのは、リカーシャだった。

「わたくしは……まだ……負けては……!」

 魔術錠によって魔法を封じられ、祖霊板との繋がりを断たれてもなお立ち上がろうとする彼女に対し、その場にいる全員が身構えた。
 しかし、そこに――

「いいえお母様……あなたは敗北したのです」
「――!?」

 リカーシャにそっくりな声が、そこに聞こえてきた。
 いや、やや若い瑞々しさがあるか?
 声は、要塞の天井に空いた穴から聞こえてくる。
 リカーシャ自身も含めた全員がそちらへ視線を向けると、そこから、何者かがすっと降りてきた。
 ミリアは、思わずつぶやく。

「……リカーシャ様……!?」

 ほとんどリカーシャと瓜二つの姿をした娘が、そこにいた。

なかがき

 お読みいただきありがとうございます。
 第19回終了です。第20回に続きます。
 以下、捏造点と疑問点。

【主な捏造点と疑問点+解説など】

 以上となります。ご意見などありましたら、可能な範囲で対応したいと思います。
 次回もよろしくお願いいたします。