登場人物 M14の指揮官……グリフィン退職者。疲れている。この一連の話の以前に気味の悪いものとよく遭遇していた。 M14……戦術人形。強い。指揮官と誓約していて、長い付き合いがある。苦労している。 MDRの指揮官……陰鬱な話をよくする。疲れ切っている。 MDR……戦術人形。強い。指揮官と誓約している。愛はあるが、苦労している。 本編 -2 全体編集 グリフィン入社から長い、長い時が経った。 その間に戦った相手については……色々ある。ただの犯罪者から暴走人形、あるいは完全武装した人間。 鉄血工造、反乱軍に、選びたくないものの選り取り見取り。 それから、ELID……それ以外にも、今まで見た事も無いような不気味なものに。でもこれは重要じゃない…… パラデウス。あのクソッタレめ。 銃声と砲声しか聞こえない。 今までで一番酷い場所に来た。 必死で指揮したが、味方が次々に死んでいっている。 脱走兵のカバー要員として送り込まれたが、どう考えたってうちのじゃ無理だ。 そう確信するのにはそこまで時間はかからなかった。上司に通信を入れるが、知らない声が替わりに答える。 「うちの部隊じゃ無理だ!増援をよこさなきゃ壊走しちまう!」「新世界の礎になってくれ」「本気か」「為せば成る」 はらわたの中でいろいろなものが渦巻き、いよいよもって耐え切れなくなってきた。 「全員に撤退指示。拾える奴はコアを拾って、スモーク全弾、後は……」無線機の周波数を切り替える。 「辞めます」M14の手を掴んだ。 -1 序文一行編集 脱走から一ヵ月が経った。 北海道。 流れで実家へ行くことにした。「どんな人ですか?」M14。「普通の人だよ」 呼び鈴を鳴らすと、知らない家族が気まずそうに。 「前の入居者ならELIDだか伝染病だかになってお亡くなりになってしまいましたよ……」 途方に暮れている内にグリフィンピザの赤いトラックが近くに停車した。ウィンドウが降りると、元上司。車に乗った。 「パラデウスは各所で現地テロリストとの合同部隊で同時多発テロを起こすつもりらしいんだよ」「それで?」 「阻止すればお前が脱走して北海道に逃げた罪と帳消しらしいんだとさ」「そんな都合のいい話、ないでしょう」 「あるんだよ。何でも高層ビルに設置した崩壊爆弾を使って一帯を汚染するか溶かしちまうから、猫の手も借りたい訳」 口を開こうとした。「この話から降りたら死ぬよ。範囲が広すぎて逃げられないから。私も逃さないように言われてる」 「元上司のよしみで装備の融通、金と本人と部下の安全と権利を保障しろって取引しておいた。後はお前次第だよ」 選択肢なんてはなから無いのかもしれない。 文句はいくらでもあった。前よりもさらに悪化した状況はそれを許さなかった。渡された装備が口を更に溶接した。 俺用の銃。大量の徹甲弾。SMG人形が張るようなシールドをオートで張ってくれる全身ライフル防弾の外骨格を二着。 弾倉バックパックや照準補助機能のあるアームと一体化したLMGを弄びながら、聞いた。 「M14、お前はどうしたい?」「あたしは崩壊爆弾で全部爆破されるのはちょっと嫌かなって、思います」 「俺は自分がどういう人間かわかってきたよ。十分な給料と装備を貰って納得出来る業務の理由と内容で働きたかった」 「それにしたってバリア張って殺しに来るSF映画の軍隊と殺し合うんじゃなくて、上等な警備員をやりたかったんだ」 「ついでに俺の好きな女とイチャつきまくったりしたかった。それじゃダメなんだろうな、上はそんな奴いらないんだ」 「偉い奴は無償で命令に従って都合のいい程度に敵を殺しまくってくれる人間を必要としてるのかもしれないな」 「でもあなたはそう言う人じゃないでしょう?」「それが問題なんだ」 「問題でも、それでいいじゃないですか」 ビルに着いた。ストレリツィの銃で武装した男が二人いた。煙草を吸っている。 「何だお前。仲間か?俺達は少ししたら好き勝手暴れ回りに行くつもりだけどよ、お前はどうなんだ?」 「ああ、俺も好き勝手しに来たのさ」撃った。「あたし達でしょう?」M14が残りを撃った。「そうだな」 皆殺しだった。テロリストもパラデウスも一緒くたに蜂の巣にした。そうして駆け上がった。 屋上。下の奴らは全滅させた。十分にいい装備があったからだ。でも目の前の白いネイトには勝てるだろうか。 「後ろのクソッタレな爆発物を解除しろ」「私の網膜で認証すれば解除できるでしょうね」「今すぐやれ」 「アハハ!してあげませんよ!するわけがない……終わりですよ。お父様は成功した私を評価するでしょう」 「殺してから言ったらどうですか?」M14。「最近のお喋り人形はよく出来ていますね?ええ?」笑顔で。 「お前はどうなんだ?パラデウスファミリーの新製品のネイトちゃん」無言。ネイトは両腕から刃を展開した。 五分。俺の残弾が無くなった。M14は何とか隙を突いて四肢の関節を撃ち抜いた。 刃の生えた腕が飛び、地面に突き刺さった。 しばらく座って休んだ。後は俺達じゃなく、どこぞのPMCか警察の部隊が問題を解決できたかどうかでしかない。 コイントスの裏表で地球上の掩体に隠れていない生命が崩壊爆弾の爆発で絶滅するかどうかが決まる。 足音に反応して銃を向けた。「私だよ」元上司。「それじゃ解決しちまったってわけかい」人形連れで。 「二度と出来ませんよ。これ以上無い状況で、十分な装備で、必死でやった結果なんですから」俺が言った。 「約束通り、報酬は振り込まれる。お前がバックレた時の元部下の安全も、お前達の安全も保障される」 「そうですか」疲れた。「お前は自由だよ。もう辞めてもいい。無職になるも再就職するも自由なんだ」 M14は無言だった。「最後に聞くけど、G&Kに戻る気は無いかい」これが人生の分岐点なんだろう。 「俺がG&Kに戻って仕事をしたとして、また捨て駒にされないって事は無いですよね?」 返ってくるのは曖昧な笑みと低く掠れた笑い声だけだった。俺は笑った。 そう、物事はそういう風に運ぶ。 胸元から退職届を出し、軽く押し付けた。 「いいんですか?」 誰かがそう言った。 「いいんだよ、これで」 1 時刻はもう丑三つ時になる頃だった。無秩序なLED色が近づくと共に、広告の騒音が圧を増す。 この辺のぬかるみとかを踏んだら、除染しなきゃいけないんだよなと思いながら、泥から靴底を引き抜いた。 で。 「供養しちゃくれねえか」イエローエリア周辺を仕事で歩いていると、見知らぬ男に話しかけられた。 「そういえばこの辺出るんだってよ」「あの人とか?」M14。「失礼な奴らだなぁ」男。 「で?」「この辺に住んでる奴ら、死んでも坊主が来たがらねえから……貧乏人だし、場所も場所だ」「あー」 「別に坊さんじゃなくてもいいんだよ、死んだ奴が信じてたような奴じゃなくてもいいから、ちょっとな」 M14と目を見合わせた。「何種類?」「え、やるんですか?」M14が聞いた。 「ベオグラードとか、ベルリンとか、市民感情が原因だって話だろ?」「確かに……?」M14。 「やってくれるのか?」「ちょっと準備にかかるけどいいな?」「やってくれるならな」 「正確性に欠くかもしれないが怒らないって約束してくれよ」「やってくれるならな」 「よし」「いいのかなあ」M14が呟いた。 そういう事になった。 何を持ってるかわからないフリーwifiを使う事も出来たが、正直リスクが高いと思った。 そこでネットカフェへ。床に虫が湧いていたので店を変えた。三回ほど繰り返して清潔な店に当たった。 「やれやれ」「こっちのセリフですよ」 そこで従軍聖職者志願者向けの簡易マニュアルなどをダウンロードした。 第三次世界大戦の最中に無神論者にこういった事をやらせた事もあったと言うが、真偽はわからない。 確かな事はあらゆる物事に人員不足が付き物だったという事で、あらゆる人員を速成する必要があった事だ。 撃ち合いの可能性がある仕事につけてくアイウェアにはHMDとしての機能がある。 そこに方角や残弾数を表示したり出来る。戦術人形に付いてる機能を人間は断片的に使う事が出来る。 呆れ顔のM14は端末のマニュアルをコアに移し、無線接続したアイウェアに状況に合わせて表示させた。 俺はそれに従うだけ。それで要求された種類の供養を順番に終えて行った。 生贄が必要なのは部分的にカットした。こいつら一体何を信じてたんだ? 男の立ち合いの元に行っていたが、終わった頃には男は消えていた。 風が強い日だった。 2 イエロー、イエローエリア…… 道端に割れた注射器が落ちていた。 粉々になったガラス片と金属の針。夕日に反射してればなんだって綺麗かといえばそうでもない。 「ここ最近は人間の汚い部分ばかり見て来てる気がする……人間は……人間は……」呟く。 「汚い所ばかり見てるから汚いんですよ」M14が言う。言いながらゴミ袋に詰め込んでいく。 「どうせだから小さい秋でも落ちてないかな」くさい。何で俺はこんな事をしているんだ?それは生きる為…… 「もう夏と冬しかありませんよ……」元はと言えばここは舗装路だった筈だ。清潔な都市部を誰がこうした? 「人間か」「何ぶつぶつ言ってるんですか……」「トイレは綺麗に使いましょうって張り紙があるが」 「はあ」「あれこそ元よりトイレを綺麗に使ってれば貼る必要だってないはずだ」 「遺跡に手を出しちゃいけませんって張り紙をしてても北蘭島事件は起きたはずですよ」「それは……」 「人の愚かさなんて答えませんからね、あたし……」「答えて欲しいなあ」「人は多面的ですよ」 死体の手。「出た」M14は慣れた顔だ。掘り出した。見たくなかったが、これこそ求めていたものだ。 「昔、140年以上前の日本の文学でこんな話があったって」髪を抜いていく。グリフィンの社章タトゥーが残っている。 「ここからは大分違いますけどね……」タトゥーの写真を撮る。皮下にチップが入ってるって話だが、やるしかないか。 「生きていて、やりたくない事ばかりがうまくなってしまった。生きにくい事にもだいぶ慣れてきた……」彼女は黙る。 「でも運次第で俺らもこうなっちまうんだよなー」「そんなもんですよ」埋め戻す。 もう行っていい頃合いだ。 なんとなく思う所があったから、ゴミ袋の中から捨ててあった造花を取り出し、刺してやった。 何も無いよりはマシだろう。 野垂れ死によりは…… 場所に着いた。人形にチップを渡し、パスワードをポストイットに書いて手渡す。 「……あ、ちょっと頼まれてくれないか?」「ちょっと、何?急いでるんだけど」 「……それの持ち主の座標もついでに書いといたから、なるべく掘り出して、焼いといてくれないか?土葬かもだけど」 「……やっとくわ」「そうしてくれると……いや、俺が言う事じゃないか、知らない奴だったしな……」 「……わかるわよ、そうしとく」 3 場所はレッドとイエローの境目。色合いで言えばオレンジだろうか? 状況はちゃんとしたPMCとちゃんとしてない個人事業主の寄せ集めがELID狩りに向かう所。 ELIDは狩らなければいけない。民間人の安全の為にはそうしなければいけない。 グリフィン時代ではそうだった。 「でも結局は金の為だろ」ドライバーが言った。俺の心を読んだわけじゃなく、助手席の人形と話しているだけだ。 まぁ、言ってみれば今も昔もそうだ。飯代とか生活費とか。 レントゲンの回数を気にした事は無いが、少なくともこの辺りを行ったり来たりする回数はちゃんとメモしている。 汚染地帯作業従事者向けチェックシートの参考資料によると、俺の回数はあと一回で強制停止に差し掛かるところだ。 人間の労働者の割合は半々だった。つまりちょっと危ない仕事になる。 パラデウス比較だったらまぁまぁだが、ELIDはそれとは違った方向性で危険だ。一発喰らうだけで汚染で死ぬ。 「今日も頑張って働きましょう」「うぉー」M14に気だるげに返した。「なんかやる気ないですね?」「まあな」 屋根付きテクニカルの車列、先頭車両がホーンを鳴らし始めた。 ゾンビ映画でよくやってる奴だ。 ゾンビ映画は崩壊液のせいで妙な文脈を帯び始めていたが、結局皆ゾンビが好きなので撮影されるし、視聴される。 ズームする。地平線に群れが映る。視線の先、ガスマスクを被った男が銃座のKORDをぶっ放した。 「プレイボール」M14が呟いた。「野球じゃないんだから」と呟き、俺達は丁寧に撃っていった。 「戦術人形はいいよ、こういう時に耳丸出しでも難聴にならないんだから」相乗りしていた男。 「結局定期的に部品交換しないといけないですから、人形でも似たようなもんですよ」「そうなのかい?」 「そんな雰囲気ですよ」M14が会話している。「話すのもいいけど手伝えよ」俺。「こりゃ失礼」男。 「先頭車両が大破した!指揮者が撤退指令を出したぞ!」ドライバーが叫んだ。 「え、何で?」Uターンの最中、鉄骨が突き刺さった先頭車両が視界に入る。KORDの男が減速した車両に飛び移ってきた。 「デカいのが投げてきた」「マジで?」ドライバーの恐怖の叫びを聞き、反射的にロールバーを掴み、急加速に耐えた。 ELID狩りは今日で終わりにしよう。 一瞬見えた物がそう悟らせた。 4 市街地のカフェ。夜。人はそこそこ。M14がトイレに行くと言って席を立った。知らない男がその席に座った。 「誰だって聞きたいんだろうが、おれもお前の事は知らない。興味もない……仕事でもない」 男は静かにそう言った。狂ってんのかな。「じゃ、何なんだよ」「こいつを見ろ」ジッパーを下ろす。 ELID化の兆候。タトゥー。地獄の九つの環が胸に彫られている。「何が見える」「ダンテか?」「この世さ」 地獄は蛇めくコードで遮られていた。 繋がっている先は信管か何かだろうか?推測しようとしたが、男はもっと見せてくれた。ベアリングとかを。 「驚かないのか?」「別にって感じだな……戻しなよ」店員が来た。「エスプレッソもう一個」「あ、はい」 ジッパーを戻したから、カフェ店員は何も気づかずに去っていった。でももうすぐ死ぬのかな。まあ…… 俺ともども……いいか?いや、良くないな。トイレに行った先で俺が死んでいたらM14は寝覚めが悪くなる。 少し頑張ってみよう。生きる気力はそこまでないんだが、こうも道連れが多いと嫌でも努力せざるを得ない。 「ご注文のエスプレッソです、三人分」 「何かあったのか話してみろよ。解決なんか出来ないし、発言に責任だって持てないが、聞くことぐらいならできる」 飲む。何も食わずに死ぬのは少し嫌だなと思った。 「戦争があった事くらいはわかってるだろ」「ああ」「おれは戦った。おまえは?」「いや」「ならなぜ銃を持ってる」 「仕事さ」「PMCか」「やめた。今じゃ個人事業主だ」男は笑った。「戦う価値が無くなったか」 「どうだかな、技能がこれしかないからやってる」「見ろ」ニュース。ネット炎上や企業の不祥事。 「おれたちが守っていたものだ」更に飲む。「価値がない」「それで」「おれが罰する」 人間は行動に後付けの理由をつけると聞いたが、本当かどうかはわからない。本当なら止めようがない。 「まあ何だ。お前がやめなかったら俺はここで死ぬんだろうが」考える。 「そうじゃなかったら、お前にとって損かもしれんが、お前のことを自分を律した凄い奴って覚えといてやる」 男は店を出た。 「え、このカップ誰の?」M14が戻った。 翌日。ニュース映像には退役軍人の死体が映っていた。ただ一人だけが死んでいた。 彼が何者か、俺だけが知っている。 5 「仕事が必要だ」 そう、仕事が必要だ。貯金があっても安定収入がなければ自転車操業と変わらない。 こういう形の労働を始めてわかった事はいっぱいあるが、わかりたくなかったというのが正直なところだ。 「学校で教えてもらわなかったんですか?……人形は学校とか行かないんですけどね、ハハ」M14が言う。 「あそこで学べる事は多いけど、社会に出てから学べる事も多いんだよ。実際の場に出ないと学べない事が」 山ほど。わかりたくない事も多い。ただ生きて行く為には、わかっている、のストックを増やさなきゃいけない。 「なんか……依頼が来てるんですけど」M14が端末を見せてきた。人命救助。至急。 通話リクエストに出た。 「単刀直入に言いますが、私の代わりに人を助けてくれませんか?」依頼者は対話AIで、人形ではない。 つまり身体が無いという制約がある。俺達はその代理をやらなきゃいけないらしい。 なんでも話している相手が最高に調子の悪そうな言動をしていたらしく、とても悪い雰囲気だったそうだ。 それで、マンションのバルコニーに移動した。 「これって金になるんでしょうか?」M14が呟いた。 そんな事、俺にわかるはずがない……彼女が引っ張ってきた仕事だ。 間に合わせの救助ツールを二人がかりで構えた。 よいしょ、とM14が呟いた。腕力で言えば人形に敵う者はあまりいない。ボディビルディング競技者ならどうか? ともかく、人が降ってきた。そして二人で引っ張り込んだ。その女は焦燥していた。 「誰なの!」もっともな質問。「ご注文のレスキュー隊員です」M14。「私、そんなの頼んでない!」「でしょうね」 端末を前に出した。「直近のお客様の発言が不穏でしたので、付近の有資格者に救助要請を出しました」 「酷い!何でこんな事するの!」「利用規約に全て記載されております」「信じられない!このポンコツ!」 「誉め言葉として受け取らせていただきます」彼女は泣きだした。 遅れてやってきた医療従事者に彼女を引き渡した。 「彼女、幸運だと思うか?」依頼主に質問した。 「不運でしょうね。彼女の立場に立って考えたならば……これ以上は規約に抵触する為、話せません」「なるほど」 「ですが、ありがとうございます。報酬を送金致しますので、それでは」切断された。 M14と目を見合わせた。 6 病室の消毒剤の匂いは好きだった。ケガも病気も嫌いだが。 「見ました?UFOブームですって」寝ぼけ目でM14はニュース記事を見せてくる。 「俺ら90年代にタイムスリップしたのかな」「アハハ」 両腕が折れていたから、M14が代わりに持っていた。 仕事帰りに俺の正面からドイツ製SUVが来て、俺は避けたが、SUVも同じ方向に。 パラデウスの暗殺者か?いや、中身は酔っぱらった金持ちの未成年とそのお友達御一行。 最終的に、補償を含む事態を無かった事にする代金を二人分貰う事に。 この世の問題のほとんどは金で解決できる。この場合、俺達が問題だった。 話を戻そう。 未確認飛行物体をアマチュアカメラマンが撮影した。という記事だ。映っているのはステンレスっぽい質感の皿。 動画サイトを開くと、配信者がその件で配信している最中だった。 俺はタッチペンを咥えて、このチャンネルを表示しない操作を実行した。 「……別にあたしがやってもいいんですけど?」拗ねたような雰囲気。 「普通に休んだ方が良さそうだ」治癒するまで後何日かかるんだ? 退院後はリハビリと並行して少しリスクを下げた仕事から戻していく事になる。 物事はマニュアル通りに進むとは限らない。弱った身体で地元の過激派との撃ち合いをするハメに。 戦術人形は修復を終えれば即座に仕事に戻れる。人間は……外骨格があっても補いきれない所はある。 「病み上がりですからね」M14。カバーされたことを恥ずかしくは思わない。幸運だと思う。 仕事帰り。「デジャヴを感じる」長い、暗い道の中の唯一の光源は自動車のヘッドライト。 ラジオを聞きたい気分だったが、電波の入りが悪い。ハンドルのコントローラーを操作し、端末の音楽を再生。 「あっ」M14が端末を取り出して空を撮り始めた。「どうした」「あれ?近づいてきてません?」「何が」 多分ここは救急車の車内だと思う。既視感を感じる。誰かの怒声が聞こえる。 「……回目だぞ!飲酒運転を!揉み消せると思ってるのか!?ただでさえ現地人がカメラを大量に持ってる時代に!」 「コーラップス問題もあるんだぞ!」「思い出した!クソ!」M14の叫び声。 「先っぽ見てくださいね」と救急隊員がペンライトを出してきた。 これ、何回目だ? 7 全身の骨が治り、M14の素体が総取り替え出来た頃。 橋に亡霊が出たという噂が近頃街の飯屋もしくは酒場に通うPMCもしくは傭兵の間でやけに話題になっていた。 そいつはその辺を走るトラックを襲ったりして物資を強奪していたらしい。 曰くそいつの服装は旧ソ連圏の雑兵と同じ格好をしていた。 次に来た頃には剥ぎ取られた鉄血の銃を持っていた。 もう少ししたら高級PMCが着るような外骨格を重ね着していた。 その少し後、マンティコアの機銃をテクニカルに取り付けて乗り回していた。 「わらしべ長者かな」横に座っていた男が呟いた。「弁慶だ」俺。「どうでもよくないですか?」M14。 「いいわけないだろ」と俺達。手配書が鋲で貼り付けられたので一枚取る。 「橋の亡霊ねえ」「面白そうだから行ってみましょう」そういう事になった。 「ほんとにいた」M14が呟いた。橋の中央、あそこにメガホンを持っているのが見える。見事な重武装だった。 「……祖国を……!……愚か者共!……」酷い音質の演説。「内容にデジャヴを感じる……」俺。 「どこかで聞いたような……」M14が呟いた。 鉄橋。バリケードの中央。 橋の亡霊から少し視線を下ろしてみよう。戦車だ。こいつ、T-14なんて持ってやがる。 「戦車かあ、テクニカルだって話だったのに」「うーん、重装部隊がいれば……」M14が合の手を入れる。 観察している内に知らないPMCと撃ち合いが始まった。こういう時は何もしないのが一番だ。横殴りと勘違いされる。 全滅した。「じゃあ始めますか」とM14。センサーを撃ち抜き、次に武装を撃ち抜く。その間に俺は迂回して前に出る。 廃車の影に隠れて忍び寄り、砲塔に飛び乗った。それからショルダーバッグを外し、砲身に粗雑にテープで巻き付ける。 飛び降りる。爆発すると、破片がヘルメットで弾かれる音。「ん」背後から音。銃床を振る。避けられる。 「いい鎧だな」と一言。「欲しけりゃ倒してみろ」と俺。何発か撃つが……手持ち式のシールドで弾かれる。 G&KのSMG人形が持ってる奴だ。バッテリーが持ってる限りはジュピターすら防げる。それを盾に接近。 銃を丁寧に置き、拳を構えた。 病室。 くぐもった呻き声で報酬の額を質問した。 「治療費と修理費でちょうどですね」M14は答えた。 8 「同窓会の誘いが来たんです」「……グリフィンだったら行くが、本物か?」偏執的な視線。 「あたしの知り合いの人形と指揮官の署名がついてますけど」指揮官は唸る。あたしは…… 仕方ない。結局いろいろありすぎた。戦死しなかった指揮官もだんだん離職者が増えてきたらしい。 伝言ゲームによると、古い友人の友人の指揮官は一旦休職する事にしたらしい。結局、自然の流れなのかもしれない。 彼は外骨格などを隠し持つ方法を延々と考えていたから、とりあえずドローンに括らせるように言った。 「でも俺、アーマーで覆われてないんだぜ」怯えた犬みたいな声。 「お食事処に着ていく格好じゃありませんよ」なるべく優し気な声色を出そうとする。 彼にとっては恐ろしいほどの妥協をどうにか飲ませた。 そうしている内にふと思った。どうしてこんな事になってしまったんでしょうか? 戦術人形はあんまりにも長く同じ相手と戦っている内に、その人が何となく好きになってしまう事があるらしい。 それはG&Kの神話だった。そしてある意味で真実だった。現実には必ず悲しさが混じっている。 静かに笑う。 ……あたしは、それでもいい。 MDRの指揮官がウォッカを飲みながら静かな声で淡々と話しているのを、あたしは横で聞いていた。 「重篤な人嫌いが人形主体の企業に入るのは他でもあると思うんだが、結局人形も人間ベースの人格な訳だろ」 「ああ」彼。「逃げ場がねえ」指揮官。MDRが絡む。「それじゃ私の事は嫌い?」……どうにか聞き取れた。 MDRは先行してクソみたいに酔ってた。ダメージ減衰戦術だ。「お前は別枠」指揮官。思いっきり抱き着かれている。 「昔のSFじゃ人間の電子コピーとかあったが、結局俺達は肉体というハードウェアに縛られてるんだ」「そうだな」 ついてけない。普通の人に理解できる話をしてる場所はどこでしょう。場所を変えるとネイトがいた。 星型のサングラスに愛社精神と書かれたTシャツ。ビール瓶を手に自分の指揮官の所へ……あ、指輪してる。 「調子はどうだい」昔の上司が話しかけてきた。「社の支援が得られてないだけで、昔と同じですよ」 「あいつとの調子は」「それも昔と同じです」「なら良かった」少し飲み、戻った。 「今生き残ってる奴らと、先に死んだ奴らに」 誰かがそう言った。 合わせてグラスを掲げた。 9 グリフィン同窓会の二次会。あたしの指揮官とMDRの指揮官は意気投合して陰鬱な話をしている。 「人を助けるのにはエネルギーが要るが、一種の助ける価値に見合うかどうかが基準として……」指揮官。 「彼女……俺にはまだ指揮官だった頃に支払った分が残ってるが、それが切れたら愛想を尽かされるな」彼。 「……位置エネルギー……」「……最初から持っている連中なら……だがそうでないんなら……」 暗い。 ……メキシコ産ビールの貴重な残った二本があるとバーテンダーが囁いた。「乗った」MDR。「あたしも!」 飲む。 「その内に天国の扉をノックしかねないんじゃないでしょうか」「言えてる?でも全然笑えないよ」 二人は唐突に立った。「海を見に行きたい」「やめなさいよ」MDR。あたしも口を開く事にした。 「そんなに助けるとか助けないとか、人を助ける価値とか言うのなら、あたし達で誰かを助けに行きませんか?」 MDRが懐からグリフィン時代に唸るほど見たコピー用紙を取り出した。 「ホームレスへの炊き出しとかやるから、あんたらも強制参加!いい!?」 あたしの指揮官流に言うなら、そういう事になった。 翌日。都市部。 「あの人たち、気が立ったりするかもしれないから……あんたら、そういう話は無しね。わかった?」MDR。 指揮官達はこういう時に限っては本当に滑らかに言う事を聞く。彼らなりに理に適っている事は絶対にやる。 そうだと言うならあたし達のモチベーションも考えて欲しい所だが、何も吐き出せないのとトレードオフではある。 さて、あたし達はグリフィン倉庫にしまってあったエプロンを着込んで食事を作り始めた。 場には他の呼び出されたグリフィン人形もいる。単に善良な人形もいれば、懲罰で呼び出された人形もいる。 人間職員はあたし達以外にもいたが、グリフィンの基本的な組織内人間人形比率に基づいて少ない。 人々の食事をして気分が和らいでいる表情を見て、考える。人を助けるというのは確かに誰にでも出来る事じゃない。 だから、こういった時に余裕を持っている人がある程度助けるべきなのかもしれない。 そして考えた。あたし達は戦術人形だ。かと言って戦うだけの機能を持った存在じゃない。 今この手で作り出される料理とその結果が、それをあたしにわからせてくれる。 少しの間だけ、微笑んだ。 10 街。 「俺をこの体から出してくれるって約束してたろッ……!」「や、やめてよ!」頭のアクセサリに既視感。 スキャンする。ネイトだ。ここ最近流行りの詐欺か何かをやっていたんだろう。 警備員らしい服を着込んだ人形が二人を連行していった。遠巻きに人形がそれを撮影している。 「MDRだ」あたしの指揮官は手術用マスクを着けて顔を背けた。カメラに映されたくないらしい。 スプレー缶で終末は近いと鏡面加工されたビルに落書きしていた青年が逃げていく。そしてぶち当たる。 「あ゛ー!?」MDRが倒れた。ビルの隙間で吐いてたMDRの指揮官が横合いから出て来て、足を引っ掛けた。 手錠がかかる。連行される。あたし達はあまりおいしくないコーヒーを飲みながら、カフェの窓越しに見る。 ドライブバイシューティング。彼は伏せて車が過ぎるのを待ち、後ろの席から飛んで来たコーヒーを浴びた。 「いつからこんなにひどくなったんだ?」「もう嫌!」市民が口々に言い始める。 「動かないでくださいよ」彼の顔を見る。ガラスで頬を切っていた。その頬を紙ナプキンで拭いてあげた。 「生きるのってつらいなあ」彼が呟いた。 現役退役問わず、グリフィン所属が集まるVRチャットルームがある。 「人形の自我ってなんであるの?ってこの前先輩に聞いたんだけどさぁ」と知らない人形。 新人だろうか。 「安全装置だって。人間のも同じだって。間違った選択肢を全員で実行しないようにする為」 MDRの周囲にはわらわら集まっていて、騒がしい。数秒後、MDR達にミュート処理。 MDR達は中指を立てた。不可視化処理。「ありゃ機能しない例かしら」 「命令を直で実行してたら、人形はペーパークリップを無限に作って人類を滅ぼすかもしれないって説が」 「ペーパークリップじゃなくても、私達がターミネーターに変わっちゃうかもしれないのはあるよね」 「大きな括りとしての人の健全性を保つのが自我や他者の役割なのかもしれません」とあたし達は会話する。 「ねえ、例えばユーザーが死にたがってるとして、それを引き留めるのって酷い人形のやる事?」 「……簡単に結論を出せる話じゃありませんよね」「あんたはどうする?」 「引き留めます」是非はともかく、あたしはそうする。 「それって、愛よね?」「アハハ、知りませんよ」 ……そうかも。 11 MDRがモーテルにバンを横付けしてきたのが数秒前。その中であたし達は支給された徹甲弾を装填する。 「何でうちらよりいい装備使ってんの」「指揮官と借りパクしたんです」「サイテー」「人聞き悪い冗談を言うな」 「退職する時に貰ったんですよ」「うらやましい」「欲しかったら頑張って働いてください」「働きたくない!」 「作戦説明するぞ」MDRの指揮官が言う。学者二人の拉致を部隊を分けて阻止するらしい。 全てのPCやIOT機器を強制接続してロクサット主義を実行できるハードを強引に作る仮説が片方。 人間の脳を無線接続できるようにして、これで巨大な生体計算機を作ってしまおうという仮説がもう片方。 「これを両方合わせりゃ凄いのが出来るだろうな」彼。「そしてパラデウスはそれの脆弱性を突く、か?」指揮官。 あたしには実現性があるとは思えないし、ハッキリ言って不健康な幻覚にしか思えないけど。 「パラデウスの痕跡が無ければオカルト配信のネタにしてたのにねー」とMDR。 指揮官達は70年前のアニメの話をして盛り上がり始めたから、あたし達は馴れ初めとかの話をし始めた。 そうしてバンは加速する。 都市は既に穴だらけになりつつある。 あたし達に割り当てられたのは初期訓練を終えたばかりの新人だったが、持ってる銃だけは本物だった。 FCSが生きていれば、指揮さえあれば十分戦えるはずだった。 「ねえ」新人が話しかけてきた。片足が破損している。「突っかかったの、謝っとくわ」「喋らないで」 「謝ってもダメかな?」笑う。「そうじゃありません、無理しないでください」 「弾避けでもいいから、何か……」彼が戻ってきた。「廊下を見ててくれ。銃は構えろよ」 「了解。戦況は?」それ、あたしのセリフ……「あいつら、本気だ。何なんだ?あんな薬物みたいな理論」 ……爆発?何も聞こえない。クソ。破片を身体から引き抜く。煙が晴れる。彼は……どうなってる? 瓦礫の下から彼が這い出てきた。「……人形も全員やられた。おい、あの感じ悪い子は?」 「ロストしました」「本部に無線を」作戦失敗。撤退すると入れた。 「……それじゃ、また俺達は失敗しちまったのか?」 「そうなりますね。でも今回は逃げずに最後までやりましたよ。あたし達」 ……何の慰めにもならないかもしれないけど、そう言ってあげた。 12 都市。トンデモ説を打ち上げた学者の拉致の阻止に失敗して、数分経った。 受信した指示にはこう書かれている。 貴官は撤退地点に向かい、無人車両で次の目標地点に向かい、戦闘を継続せよ。 作戦参加人形は当社が独自に回収を試みる……よかった、回収してくれるのか。 「休み無しか」スモークを山ほど投げて死ぬ程走ったから、深呼吸する。それから無人車両に乗り込む。 車内のTVから異様なニュースが聞こえてくる中、新しい銃を取り、補給する。 M14は呟いた。「このニュース、何……?」一切の動きを止める市民が次々に現れているとか。 PCが次々に故障しているとか。目の前で自動運転車両がクラッシュした。「マジかよ」目標地点が更新された。 「あ、ニュースで見た事ありますよ、この研究施設」M14が言う。 作戦を組み立てようとしていると、車が唐突にシステムクラッシュを起こした。 M14がドアを蹴破った。俺達は飛び降り、衝撃を吸収した。 銃声。敵を視認し、反撃する。逃げ惑う市民の中、一部の市民は完全に……フリーズしている。 俺達は……パラデウスと撃ち合いながら目標地点に向かわなきゃならない。 目標施設内部に侵入する頃には、弾薬の詰まったバックパックを投棄する程度には消耗していた。 職員であろう人間が壁を見ながら呆然と立っている。話しかけても無駄だ。完全に止まってるんだ。 「上手く行けば崩壊液への干渉と遺跡へのブルートフォース攻撃が出来るって、本当なの?お姉様」「眉唾よね」 ネイトが話し合っている……銃剣は静かだ。ご丁寧に見取り図は壁面に貼ってあった。それを見て、進む。 「もう世界の終わりって感じですね」M14が言った。「終わりじゃなかった時が怖い」「それもそうか」 「よお」「あ、生きてたんだ?」MDR達と合流した。「お前らもダメだったのか?」俺。「ああ」指揮官。 後は全部アドリブだ。途中のオフィスには質の悪いコピーがあった。論文か何かで…… 大気中の微量崩壊液に、何らかの干渉を起こす事で……大規模な物質の生成や改変を行える可能性がある? 問題はどうやればいいかわからないって事だが……メモには超AIに丸投げする事でやれる可能性があると。 最奥にはコンピュータとケーブルで接続しているネイトが一体。 そいつは動きも喋りもしない。そもそも意識がないらしい…… 「ハックで解決する?」MDR。「どうするの?」M14。MDRは端末を取り出した。 「……何で壊れてんの」表情が曇る。投げ捨て、ケーブルを自分の端子に刺す。 それからネイトの端子に刺した。ネイトは顔面から血を流した。 「あんたも手伝って」「……後は任せます」M14がケーブルを受け取った。 「じゃ、時間を稼ぎますか」俺が呟いた。「俺、荒事苦手なんだけどな」指揮官が呟いた。 電子空間。来た頃にはMDRはネイトの死体を踏みづけにしていた。 「もう手遅れみたいだよ。地球上の人間も人形も、その内このヤバいハードに取り込まれるみたい」 「で、パラデウスのリーダーがこいつに接続したら……ほぼ、神みたいになっちゃうわけよ」 「……じゃあ、ここが終点ってわけですか」「選択肢は二つ。世界を巻き戻すか、終わらせるか」 「私の指揮官だったら終わらせるわ。人生を繰り返すよりはつらくないから、人類にはいいって」彼女は笑う。 「巻き戻します」「理由は?」「見ず知らずの人類より、大切な人との時間の方が大事だから……すみません」 乾いた笑い。「……私も同じよ。もし指揮官が覚えてたら、謝ろっか」 G&Kの入社試験会場は人が多かった。 職員らしき人間の声に耳を澄ませると、暗殺被害、人事再編とか、そんな話が聞こえてくる。 あたしとしては、産廃にされるわけじゃないなら何でもいい。 周りを見る。壁のテレビを見ている男につられて、あたしもそれを見る。流れているのはSFアニメ。 『あの時私達が行った世界線の改変は既に他人の手で複数回行われている、こういった行為は歪みを生む』 『歪みは元々その場にいるはずがないものが現れるなどの形で表出する……改変が繰り返されれば、破綻する』 『じゃあどうすればいいの?』『私にはわからないわ。運命に任せるしかないのかも』 背後の誰かとぶつかり、次にテレビの男にぶつかった。軟着陸を試みる。「す、すみません」とあたしは言う。 「……どこかで、会った?いや、まさかな。疲れてるのかも」彼が言う。既視感を、感じた。 「いえ、すみません」起き上がり、彼を助け起こした。 「どうも……そろそろ試験会場に行かないと」申し訳無さそうな表情の後に、彼が呟く。 少し考え、口を開いた。「あの、一緒に行きませんか?」 なんとなく、あたしはそうしようと思った。 追記 ……仕事を済ませる前にやる事がある。 私は指揮官との接続を確立し、混乱した人格の状態を復旧した。つまり、話せるようにした。 そして、事のあらましを話す。 「どうしてだ?人類を……楽にさせてやりゃいいのに」 「そう言うだろうと思ってたよ」彼とはあまりにも長く付き合いすぎた。 「MDR、俺はおまえを少しでも信じてたってのに……いや」私達は苦笑する。 「出来る訳ないじゃん」「だよな~、出来る訳がねえよな」武器を奪い取る。そして彼を制圧する。 「ねえ、あんたってさ……今、何者?グリフィンの指揮官?それともトチ狂った野郎なの?」 これは質問じゃない。懇願してるの。「俺は人類を救ってやりたかったぜ」「ハ……」 「救ってやるにゃ、しょーもないでしょ」「俺だってそう思うが、それでも少しくらいの善性は持ち合わせてるんだ」 「私はね……」笑った。「そう考えた理由はわかるよ、指揮官。でもね、そうさせない……」少し、考える。 「きっとつらいだろうけど、私から見て間違った事をしようとしてるのを止めるのも、人形の役割だろうからさ」 「だから……」 最後にキスしてやった。 「ごめんね」 私が何でG&Kに入ったかは聞かないで。で、今情シスに携帯を奪われて退屈しています。 数秒後、偉そうな人が目の前に。「指揮官を選んで」と二枚の書類。 1から10まで普通の人、ダメそうな神経質な顔の男。 「そっち?」「普通じゃつまらないでしょ」 そう、私って刺激が欲しいタチだからさ。まぁ本当にヤバいのだったら異動要請を出せばいい。 数日経ってこの男を選んだことを後悔しつつある。 口数が少ない上に口下手な男で……要するに見てられないって事。職場環境が破綻する前に私は仕事しなきゃいけない。 苦労の果てに私をどうにか中間層にする事で指揮官と人形の対話を円滑にするワークフローが構築できてきた。 模擬戦から実戦をやるようになり、数ヵ月経った。 ある日、彼が口を開いた。「いつもすまない」と一言だけ言い、沈黙。ふむ。 「ねえ、私……その、あんた話すの本当に苦手みたいだからさ、私で練習しない?」その日から、彼と話すようになった。 その事についても後悔した。クソみたいに暗い話しかしない。偉そうな人が異動するか聞いて来たけど、断った。 ……不思議だけど、その事は後悔していない。 あとがき これ以前の指揮官とM14の話のまとめは出せない。ただ文脈の維持に必要な分は入れる。 この話と最終回について 一通りの事に説明を付けた上でケリを付けようとした形となる。ホラー的なものはバグという事で説明を付けたいが、全てがそうかは断言せずにおく。 最終話でM14とMDRがあの行動に踏み切った理由やその結果などについては……色々候補や可能性はあるが、解釈は任せたい。この一言で終わらせたい。 実際にはロールバックと人類絶滅の他にウィリアムに明け渡すという選択肢があった。が、その場の人形達には論外で、あの場に指揮官達がいたとしても論外なので除外されていた。 結局人間だけじゃやりきれない部分があるから機械とかを作ってる訳で、今まで人間だけで意思決定や計画と行動などをやっていて、その結果の良し悪しはケースバイケースだけど…… そういったものを人形がフォローしたからと言って最良の結果を出せるとは限らない、幸福になれるとは限らないが、それでもいないよりは絶対にマシな筈だと信じたい……というか、人類と人形の二人三脚で相互に補間しつつ上手く回して行けるのが理想だ。 早くそうなってくれ。 追記 一種の高度VR装置にひきこもるシチュエーションはあまり成立しにくいものだと思っている。MDRの話の方でもこっちの終盤の方でもVRをやっていた死人の話の同じような概念から膨らませていなくもない……ような。 ともかく、詐欺でも暴徒でもウィリアムでも外側にろくでもない何かがあって、その上で人が外側、現実を認識できないような状態にするのはマズい事になる。 人間自体の精神と肉体の健全性とある程度の状況への対応能力を維持させて、死なない程度に気分を維持させたり、危険な状況でも死ににくくしたりするには戦術人形のような物が必要で…… かつ使用者の運用の為の知識などが不足していたり、不健全な精神状態や悪意を持った状態でも命令を素通ししないように、一定の自我や安全装置などを持った存在であるのがいいんじゃないか? 色々考えてる事はあるけど整理できそうにないのでここまで。 気の利いた人形のいる時代に行きつくまでなんとか生き延びたい。