「……うーん、真菜ちゃん熱下がりませんね」 「ごめんねみんな…」 富士見温泉の一室に間借りし寝床に伏せた魚澄真菜は仲間たちに謝罪する。ここ数日間の戦い倒しとデジタル風邪への感染が重なり身動きがとれなくなってしまったのだ たどり着いたこの旅館に療養のための潤沢な設備が揃っていたのは幸いだろう、宿主も事情を把握し快く引き受けてくれた その間仲間たちも旅館の手伝いをしつつ真菜の看病と自身らの休息を兼ねているというわけだ 「はいはい風邪引きさんは気遣いはナシ!」 「食欲はあまり戻ってないか…やはり滋養強壮の食材を使って何か私が」 「あーっ颯乃ちゃんはいいからストップ!ストーップね?でも食べないと体力も戻らないし…」 あまり手のつけられていないお粥を下げて部屋を出てきたアシフトイモンズ…良子・颯乃・雪奈。そのほんの少し遠くから掃除をしつつ聞き耳を立てていたクロウはもどかしげに眉をひそめる 「大丈夫かなアイツ…」 「真菜の部屋の前で何をしてる鉄塚クロウーーー!」 「どわあああ何だよベタモン!」 真菜のバイタルが弱まった事で数日前から彼女のパートナー・シードラモンはベタモンに退化したままだった。旅館内ではあの姿は手狭なため彼女のそばにいる分には利便性はある…が、過保護で神経質な面がかえって真菜の休息に影響するからとなるべく離れるようにと言われた この報告はベタモンにとってショックであった 「ケンタルモンは…ケンタルモンはまだ来ないのか!?」 「痛ででででで噛むな噛むな!言っただろケンタル先生は別件でもう1.2日は戻れねえって!」 「うおおっ…うおおお…真菜の様子は」 「熱はほとんど下がってねぇみてえだ。つっても…『男子禁制!』ってリョーコ達から閉め出されてんだから俺に聞かなくてもいいだろ」 「しかし…しかし不安でたまらないのだ私は!」 「相変わらず過保護だなオマエはよぉー。…ならこっそり覗いてみるかぁ?」 「貴様は覗いたらコロス」 「へいへい…」 ベタモンの背鰭を摘み上げ右よし左よし、忍び寄った戸をそっとベタモンの隙間分だけ開いてクロウは人が来ないか監視をする 「さすがにココからは見えないか…」 「…お父さん…お母さん……」 「「!」」 静まり返った暗い部屋から漏れた少女のか細い呟き。それを耳にしたクロウはふいに幼少期の記憶を思い出す… 「……昔一度だけガキんとき風邪ひいたことがあったんだが、そん時はかなりしんどかったなー俺も」 「ほう?バカは風邪をひかんのではないのか」 「うっせ!…まぁ親父は海外の仕事でほぼ絶縁みてぇな感じでずっと家開けてるし、だぁーれも見舞いも看病もしてくれねぇからシーンとした暗い家でじーっとしてんのさ。ありゃもうサイアクだったぜ…それからずっと風邪引いてねえから忘れてたがよ」 ……以前の自分などとは違い彼女には見舞いに来る仲間がいる。とはいえ、やはりそういう時に一番会いたい人間がそばにいないという不安。そんなものをこうして盗み聞いてしまったのだからどうにもモヤモヤというか…内心穏やかではなくなってしまう 「……はぁーーっ、何か俺までしんどくなってきたぜ」 ベタモンを引き下げ戸を閉めてから床に座り込んだその時 「───デジタル風邪は我々現代人がたびたび罹るフツーの風邪にそっくりだそうで。なので特効薬は無く自然治癒が一般的…とは以前いらっしゃったケンタル先生から聞いてます。なので滋養強壮は大事ですが、デジタル由来のものにはデジタル由来のもので対抗するのが良いと」 「うわっオーナーいつの間に!」 いつの間にか隣に忍び寄っていたこの宿のオーナー富士見ゲンキが人懐っこい笑みを浮かべてクロウに挨拶をかわす 「フフッ、君は見かけによらず繊細なところがあるといいますか。そしてそれが顔に出やすいですねぇ」 「そうなんすかね…」 「仲間想いなのは良いことです。さてさてそんなキミに助力をしてあげたいのですがね……はて、そういえばこんな噂を聞きましたね」 「噂?」 「ええ。そうだせっかくです、キミにはその噂の真相を確かめるお仕事を与えましょう───うまくいけば魚澄さんのお役にもきっと立つと思いますよ」 「しっかし…デジマスが高級食材とはな」 「いやー楽しみだなぁクロウ!しかもただのデジマスじゃねえぞ…金ピカにゴールドなデジマス、ドデジマスだ!」 「そうはならんだろ…」 ───ド…いや《黄金デジマス》。富士見温泉より森を抜けたどこかにある渓流…に繋がる小さな池にのみ生息するという非常に珍しい食材。非常に栄養価が高く弱った体もたちまち元気になり、なにより美味い……らしい その噂と地図を頼りに、宿から借り受けた釣りセットを携え歩み進めること1時間。ベタモンが聞き耳を立てて走り出す 「さっすが水デジモンだな、川とか見つけんのはお手のものってか」 「だが肝心の池の所在がどこにあるかだな…」 「どっかから繋がってるのかもなぁ…とりあえず上流に向かおうぜ」 ───数刻後。 「くそっ!たかがデジマスに私が翻弄されるだと……いやそもそも何なのだこの池は、狭さに対して水深が異様に深いぞ…?」 ついに辿り着いた小池に"金色の影"を見て一番槍に飛び込んだベタモンが息を荒らげて這い上がってきた その手はおろか口にすら一匹たりとも小魚の気配すら無い。それを笑うでも無くしばし顎に手を当てて何かを考えた後、彼はベタモンとバトンタッチする 「マジか、まぁーよくわかんねぇがここは俺に任せなー。ルドモン火を着けといてくれねぇか」 「ふん、私にできなかったんだ貴様にできるものか」 「安心しろ、こういう相手には"秘策"があんだよ」 そうしてベタモンと入れ替わりで辺に立ったクロウ。小慣れた様子で釣り糸を静かに投げ入れ…静止する 「秘策だと…」 「───おっ一匹ゲット!」 「なにぃっ!?魚釣りは集中力と忍耐力が試されるはず…こんな対極にある騒々しい男がいったいどうやって…」 「( ・-・ )」 「コ……コイツのアホみたいな顔…まさか何も考えてないのか!?」 「───ヨッシャアー!」 再びヒット。秘策…即ち顔が( ・-・ )←になるレベルで何にも考えずボーーッと待つというクロウが編み出した釣り戦術 だがその効果はテキメンだったらしく、警戒心を解いた黄金デジマスが次々に食い付いては釣り上げられる 「さてさてまずは五匹…試しに食ってみるか?」 「なっ、なぜ私に聞く?」 「いや目がギラついてるっつーか」 「バカを言うな…しかし、しかし万が一…真菜に変なものを食べさせるわけにはいかないからな……毒味はせねばならないだろう。そうだそうに違いない、ウム」 「ウキウキじゃねーか」 「OKー焚き火は準備できてる。はやく焼こうぜっ!」 「私は生でいい。一匹もらうぞ」 一足先に齧り付いたベタモンが停止、普段クールな彼女からは聞いたこともない声を上げた 「…んんーーー!?お…おい、焼いたものも一本よこせ早く」 「んだよ急に!まだ焼き始めだぞ───………ほれ、火傷すんなよベタモン」 「あ、ああ……改めていただこう」 ソワソワと待ち焦がれるベタモンの手前、焚き火に並べられた魚たちを眺め数分後。焚き火から摘み上げた炎の色を照り返す金色のボディを構えて、3人でいざ実食 「「「いただきまーす」」」 パリッ サクッ フワッ ジュワーーー… 「はぁぁぁぁーーっ!!」 「うぉぉぉぉーーっ!!」 「まぁぁぁぁーーっ!!」 「「「───めちゃくちゃ美味いッッ…!!」」」 一同悶絶。至福……圧倒的至福 「マジかァ焼き魚ひとつでこんな感動とかあんのか……んなっ、ベタモンおまえシードラモンに戻ってんじゃねえか!」 「なんと…!だがしかしこのデジマスはただものではなない。魚の嫌な臭みが一切なく焼いた皮目は鮮烈に香ばしく歯触りのいい、それでいて身はふっくらと柔らかく歯を立てるとほろほろと崩れる繊細な身の奥から上質な旨みの乗ったジューシーかつさっぱりとキレの良い脂がガツンと……ええい御託はいい!力があふれる…はしたないがヨダレがとまらんッ」 「今まで食った焼き魚の中で一番うめぇよぉ…!さっきまでの疲れが全部吹っ飛ぶような味だコイツ…滋養強壮ってのも伊達じゃねー!」 「これならば真菜も元気になるかもしれない…もう数匹捕まえてはやく戻るぞ鉄塚クロウ、ルドモン」 「「よし!」」 「大量大量ー!こんだけありゃ皆にも食わせられるな」 「オレはこの焼いたの後でオヤツに食べようっと…」 やがて日が傾き始めた頃、予想外の収穫量に皆浮き足立っていた だが本命は風邪で寝込む魚澄真菜への食べ物探しなのは違いなく、あまり待たせるのも申し訳なかった。急いで撤収し帰路に戻ろうとしたその時……事件は起きた 「……おいシードラモン黄金デジマス食ったろ。捕まえたやつが何匹か"フツーのデジマスにすり変わって"んぞ」 「なっ…バカを言え。私とてそれほど食い意地が張ってるわけないだろうルドモンではないのかっ」 「ええっオレ!?いやいや火は消しちゃったし生じゃ食わないぞオレ」 謂れのない罪状に突如消えた黄金デジマス…先ほどまでの歓喜から一転、困惑が広がる 「なにぃ?んじゃ何で……アレ」 「今度は何だ」 「1.2.3.4…また一匹減った!?」 「よく見せろ」 顔をぎゅうぎゅうに突き合わせて魚籠を覗き込むクロウとシードラモンとルドモン 「鉄塚、そこの一匹を捕まえて見せろ」 「おう」 シードラモンの指示通りに掴み上げた一匹の黄金デジマス。だがその輝きが先程までより"鈍い"のは気のせいだろうか …否 「色が抜けていく…!?」 「黄金デジマスが……ただのデジマスになっちまった…!」 なんと捕まえてから時間が経った黄金デジマスが次々とただのデジマスへと回帰してしまっていたのだ。唖然とするもこのままでは捕まえた全ての黄金デジマスが例外なくそうなってしまうに違いない つまり対策を講じなければ一匹たりとも持ち帰ることができないのだ、この魚は 「ルドモン、さっき炙って調理した黄金デジマスはまだ光ってるか」 「あ、ああ。もぐもく…味もそんなに落ちてないぜ」 「火を通したものは少し長持ちするみたいだが…それでもこの距離ではおそらく劣化してしまうか」 デジヴァイスバーストに拡張された地図アプリで記された旅館とココまでの直線距離を突っ切ったとしても、およそ黄金デジマスの鮮度は保ちきれない 「ライジルドモンBMの速度なら…」 「いや…もしこの劣化が釣り上げられた後の外的ストレスが要因ならば、おそらく貴様のバーストモードの速度ではこの黄金デジマスは耐えきれないだろうな」 「マジか…どうする」 「ふーむ…」 「保存…冷蔵庫か冷凍庫みてぇなもんがありゃなあ……あっ」 声を上げたのはクロウ 「シードラモン。黄金デジマスに直接当たらないようにアイスアローで凍らせられねぇか?」 「何?」 「───『急速冷凍』だ、俺たちの世界で魚を運ぶ時に使われてるってテレビで聞いたことがある。オマエの強え氷ならできるかもしんねえ」 「なるほど…試してみるか。準備を急げ」 「アイスアロー!」 「お、おお…?」 「すげーカッチンコッチンだ」 「色は……変化が止まっているな。これならいけるかもしれない」 「よっしゃあ!そんじゃ他の黄金デジマスも……ってアレ、またベタモン!?」 「…しまった、今のアイスアローでまた力が尽きた!」 「なにぃ!?ってことは…この一匹だけかっ。やっべぇ急いで旅館戻るぞみんな!」 「おお!!」 「「「富士見さんただいまー!調理場貸してください!!」」」 「うおおおっ見つけたんだね黄金デジマス!」 もはやかすかに残された薄い氷の膜に覆われた状態の魚をそろりとまな板に乗せ、物珍しさの野次馬の中心でクロウたちが説明する 「ゼェ…ゼェ…なんとか氷が溶けるまでに辿り着けたぜ……今は凍ってるから大丈夫みてーだが、コイツ鮮度が落ちるとただのデジマスになっちまう。すぐ調理しねえと」 「なるほど…黄金デジマスが出回らないのはこの足の早さゆえか。だが急速冷凍とは考えたね」 「シードラモンのおかげだぜ。…なんか黄金デジマス食ったら一瞬だけ進化したんだよコイツ」 「デジモンを進化させるのかい!?滋養強壮の噂は伊達ではないんだねぇ…よし早速準備しよう。といっても…何を魚澄さんに食べさせましょうか」 良子らの話によれば、お粥もうどんも蕎麦もあまり食べられてないという だがそれでも食べさせるとなると… 「…俺にやらせてくれねえか」 「考えがあるのかい鉄塚くん?」 「お粥で行こうと思うぜ。黄金デジマスのほぐし身を入れたヤツだ…ただし、ちょいとばかり中華風のな」 「ふむ…魚のほぐし身をつかった中華風粥か。なかなか大胆な発想だね」 「ベースは一応ちゃんとした店で出せる味のお粥だぜ。まあ覚えるために手本見て何回かまかないに作ったきりで街中華屋でバイトしてる間にソレ頼む客はいなかったけどな」 必要になりそうな調味料、具材を並べて調理台の前へ。キャンプ飯ならいざ知らず厨房に立つという久しく忘れていた感覚……などとたかがアルバイトがいえたクチでは本来ないのだろう だがそれでもクロウにとっては特別な感覚を噛み締めていた 「そんでアレンジ……このほぐし魚の入った中華粥ってのは"俺が俺のため"に作った俺には忘れられねえ味が元なんだよなぁ。───けど初めて"ヒトのため"にこのおかゆ作るわけだ……やべ緊張してきたな」 包丁を手に取り、食材を刻む タンタンタンと淀みなく少しずつペースを上げていく手元に、台から見上げるベタモンは少し興味を示す 炭火で焼いた黄金デジマスは小骨も丁寧に処理してほぐしていく 「───待ってろよ、久しぶりに美味いモン食わせてやる」 「オレはクロウのぶんまで仕事手伝ってくるぜ!」 「助かるぜルドモン!」 「うおっしゃーまかせろー!」 「さて今日は真菜ちゃんのお夕飯どうしましょうか…」 「おかゆ、うどん、そば…今のところどれもあまり手をつけていなかったな」 「うーーーん…」 「フッフッフ、ココは俺に任せてもらおうか」 「鉄塚!?」「鉄塚…?」「鉄塚さん?」 厨房での格好のまま片手にお盆を携え、ベタモンを引き連れ彼女らの前で自信満々の笑みを浮かべたクロウが名乗りを上げる 「ちょっとアンタ…一体何をするつもりー?」 「む…いい匂いだ」 「この匂い…中華のお粥ですか?」 「イエス!鉄塚クロウ特製《黄金デジマスの中華風粥》だぜっ」 「説明はあとだ鉄塚、黄金デジマスがただのデジマスに劣化してしまう。真菜、起きているか…入ってもいいか?」 「おっといけねえ、すまん鮮度が命だからさっさと食べてもらわねぇといけねーんだこの料理は。じゃまするぜー」 予想外の料理に感心する3人をすり抜け、ベタモンの合図を待ち薄暗い部屋にそろりと入る 先程まで寝ていたのか、未だ熱っぽい赤ら顔で目をこすりながら浴衣姿の真菜が布団から上半身を起こして彼を待っていた 風邪ですっかり弱った仲間の姿に、おぼえた妙な心配が吹き出しそうになるもそれを振り払っていつも通りに接する 「鉄塚さん…どうしたの?」 「おゆはん持ってきたぜ。まぁまずは一口おあがりよ…っと」 頭痛に響かないように声のトーンを少し落としたクロウが前置きも無しにそそくさと器に少量の粥を盛り付けスプーンと共に差し出す まだ新鮮な黄金デジマスのほぐし身が乗ったほろほろのご飯粒たちからは、優しい出汁の中に生姜など香辛料の少しだけ刺激的な香りが入り混じっており、真菜の弱った空っぽの胃袋が少し目覚める感じがした 「…いただきますっ」 クロウとベタモン、固唾を飲む。万が一美味しくないなどと真菜が言おうものならベタモンはクロウに背鰭か電気の牙を突き立ててやるところであり…クロウはそんな脅威をいざしらず、ただ手をかけた料理の是非への緊張感から前のめりに固まっている 「……」 「……」 「……」 彼女は瞳を閉じ、ゆっくりと味わうように何度も咀嚼 「……」 「……」 「……」 そしてコクンと粥を飲み込んだ真奈。長い沈黙が流れる 「……チラッ」 「……」 「……いや長ぇな!?」 痺れを切らしたクロウがツッコミをいれると、途端に真菜が小さく笑い出す 「ふふっ…ごめんね鉄塚さん。多分味の感想待ちなんだろうなーって思ったんだけど、すっごく真剣な顔してて面白くって」 「んだよっ……で、味」 「すっごく美味しい」 彼が問い切る前に真奈は笑顔と器を差し出して、きょとんとしたクロウへ一言 「おかわりくださいっ」 「……ハハッ、よろこんで!」 「ごちそうさまでした」 「おそまつさま!」 食べ終わる頃、すっかりとろんとした目のほくほく顔で余韻を味わっている真菜がそこにいた。想像以上の手ごたえにベタモンとクロウもニヤリ 「おいしかったー…」 「よかった…しっかり食べられるものだったようだな」 「オイ失礼なヤツだな。これでも街中華屋で調理もやってたんだぜー?それなりのプライドっつーもんがあんだよ」 「バイトの分際でか?」 「うっせぇ」 知らぬ間にベタモン…シードラモンと打ち解けたように気兼ねなく喋るクロウを見つめて、ふいに口が滑ってしまう 「―――ねぇクロウさん。今朝ベタモンに言ってたこと…ほんと?」 ギクリ。クロウとベタモンが固まる …まさか寝ていたと思っていた彼女に全部筒抜けだったのだ、あの会話が 否定しようが無くなり罰の悪そうにクロウが頷く 「……あぁー、おうマジだ」 「なんか…その、私のせいで嫌なこと思い出させて…気を遣わせちゃったかな」 「それは違う」 「えっ」 我先に否定したのは…なんとベタモン 「元はと言えば私がワガママを言ったせいだ、真菜のためにその粥に使われていた黄金デジマスを取りに行くことになったのもな。コイツは…それに付き合ってくれたに過ぎない。真菜が謝ることはないんだ、すまない」 「俺も別に今更気にしちゃいねえよ。……今ならまぁ親父には食って寝てするだけのモンもらってた分なんだかんだ感謝はしてるつもりだしなぁー。それにだ」 ベタモンの謝罪にフォローを入れるように、空っぽの土鍋と茶碗を指差しクロウが再びニヤリと微笑む 「確かにコレは親父も誰もいねえ時に俺が作ったお粥を参考にした……けど、そん時の経験がオマエの役に立ったんだ。そんで取ってきた魚も作ったお粥も『美味い』って言ってもらえた、ならぜんぜん悪かねえなぁ」 「…そっか」 クロウの様子に胸を撫で下ろし安堵したのか、再びとろんとした目でようやくにこりと真菜が微笑んだ 「…じゃあ、良子たちに怒られる前に戻るかぁ」 「おやすみ真菜」 2人が踵を返し部屋の襖に手をかけた時、呼び止める声 「ねぇクロウさん」 「おう、なんだ」 「…明日もあのお粥、もう一回お願いしてもいいかな」 「「……え゛っ!?」」 ───再びクロウのお粥がリクエストされた驚き、また黄金デジマスを何らかの手段でここに走り運ばねばならない労力、そもそも明日も釣れる保証はあるのか……さまざまな感情がその驚愕に渦巻いていた 「…だめ?」 「「できらぁっ!」」 だが布団から目元だけを覗かせて小首をかしげる真菜の一撃は、クロウとベタモンを問答無用で頷かせるには十分だった そして翌日、出発前の作戦会議…冷凍保存と高速配達の手段を嵩じる様子を偶然聞いた三下が一言 「───それ、ティアルドモンでいいんじゃね?」 『氷』の盾と『地上走破能力』を備えたルドモンの進化体───ティアルドモンの存在を"当人"すらすっかり頭から抜けていた彼らは、先日の徒労は何だったんだとひどくショックを受けたとさ シンペーはかしこいな…(byルドモン) (※この辺に存在しない温泉イベントの記憶があるかもしれない無いかもしれない) 「「「「「「お世話になりましたぁ!」」」」」」 玄関で一同、礼 再び冒険に戻る我が物たちをゲンキが見送る 「楽しかったよ皆さん。今度はゆっくりできる時に泊まりにきてくださるとありがたいですね、いつでもお待ちしてますよ」 「おっ、シードラモンに戻ったって事は真菜も元気になってきたみてぇだな」 久しぶりに見た普段通りの姿に手を振ると、素っ気ない態度で鼻を鳴らされた 「……礼を言う。一応な」 「ったく素直じゃねーな…オマエが食いたけりゃ、また黄金デジマス釣りに行ってやってもいいんだぜ?」 「くっ…餌付けされてるようで釈然としない」 「餌付けかぁ…ハハッそりゃいいや。そうすりゃいつもみてぇにオマエにぶっ飛ばされる事も無」 「アイスアロー!」 「グワーッ!冷たァーぶえっくしょん!」 「フフッ安心しろ、今の貴様のようにバカは風邪をひかん。おかげでもう暗い部屋で縮こまる必要もないだろう」 「ぐぬぬ言わせておきゃあ…!」 「───黄金デジマスの件はいずれまた頼もう」 ただし。そう付け加えシードラモンが目を細める 「次からは真菜も連れていく事が条件だ。…あの子にもキチンと食べさせてあげたいからな」 「…やっぱオマエ、過保護で優しいな」 「では失礼する」 「おい待てェ失礼するんじゃねえ氷に埋まってんだよこっちは」 「またシードラモンに怒られちゃったね」 「えっ…おお、すっかり元気そうだな真菜」 「おかげさまですっ」 振り向いた背後でクロウを眺める彼女は健康そのものであり安堵する 「でも今度は"クロウ"さんが風邪引いちゃうかもね……その時は食べたいものリクエストしてくれてもいいんだよ?」 「ん?ああ…まぁ大丈夫だろいつもの事だし、バカは風邪引かねーんだと…よッ!クソッいつもより硬えなこの氷」 「ふーん……"鉄塚"さんなんかしーらないっ」 「え、あっオイちょっと待て抜け出すの手伝えって真菜…あとそのたまに急に名前で呼んだり苗字だったりするヤツなんでなんだオーイ!」 呼び止める声に真菜がくるりと振り向いて、口元に人差し指を立てていたずらっぽく笑む 「ひみつっ」 「…だぁーっ、ようやく出られた助かったぜ竜馬」 「クロウ」 「うおっいきなり何だよ」 「…黄金デジマス。……いや、『黄金シシャモ』はいたか?」 「……次、来た時に探してみっか」 「……(コクリ)」