イベントシナリオ風長編「トーキョー黙示録」 Ev1-1「東京堕天」かつては世界第三位の人口を誇った大都市です。  ――――われ御座に座したまう者の右の手に巻物のあるを見たり。その裏表に文字あり、七つの印をもて封ぜらる。「その封印を解くに相応しき者は誰ぞ」と呼ばわる、強き御使いを見たり。  ――――大いなるバビロンは倒れたり。悪魔の住み処、もろもろの汚れたる霊の檻、もろもろの憎むべき鳥の檻となれり。人びとはその淫行の瞋恚の葡萄酒をのみ、地の王たちは彼と淫をおこない、地の商人らは彼の奢によりて富みたればなり。  ――――このゲームはフィクションであり、実在の人物・団体とはいっさい関係ありません。  ――手足は痩せ細り、腹だけが異様に膨れ上がった、子供とも老人ともつかぬ紫色の人影。  ――漆黒の体に青白いたてがみをなびかせ、額から長く弧を描く二本の角を生やした奇怪な馬。  ――キルケーによく似た帽子をかぶり、炎をまとって浮遊する不気味なカボチャ。  ――異形の者たちが、瓦礫と砂埃におおわれた廃墟を歩き回っていた。  ――ディスプレイに映し出されたその光景に、俺は言葉を失ったが…… フレースヴェルグ「こ、これは……」 モモ「〈東京堕天〉!」 フレースヴェルグ「マカレンだーーーーーー!!」  ――後ろで見ていた連中は大興奮だった。  ――UOU学園と薔花にまつわる事件が終わり、ヨコハマの拠点化を一段落させた俺たちは、そこから湾岸ぞいに北上し、もう一つの大都市にたどり着いていた。  ――トーキョー。  ――かつて、この島国の首都だった都市だ。物資も、設備も、情報も豊富にあるだろう。ヨコハマだけでなく、ぜひともここも拠点にしたい。  ――何はさておき、まず偵察だ。これはいつもどおり、スチールラインとヴァルハラに任せることにする。 アルマン「トーキョーはこの国の首都であると同時に、最大の人口密集地でもありました。滅亡戦争でも鉄虫の襲来がとりわけ激しく、アジア圏で最初に都市機能を喪失した地域のひとつです。現在どうなっているかは不明ですが、くれぐれも慎重に」 龍「了解した。まずは沿岸の人工島を確保したうえで、内陸へ進軍する」  ===戦闘中=== マリー「あの高架道路を越えれば、ようやく都心部に入れる。まったく、高架だらけの街だな」 レオナ「待て、マリー。なんだあれは……!?」  ===戦闘終了=== マリー(通信)〈……偵察隊の映像がこちらです。鉄虫とは違うようですが、AGSだとしても見たことのないタイプです。見える範囲だけでも数百体はいますが、行動範囲は高架道路の向こう側に限定されており、こちらを攻撃する様子はありません〉  ――マリーから送られてきたその映像を見て、俺はもう一度首をひねり、後ろの二人を振り返った。 【〈東京堕天〉って?】 フレースヴェルグ「よくぞ聞いて下さいました! 〈東京堕天〉とは!」 フレースヴェルグ「伝説サイエンスが誇る傑作オカルトVRPG『デジタル帝都ストーリー真・魔界錬成』通称『マカレン』の序盤で起きる大事件でして! クリフォトの樹に斧が入れられ、アバドンの門が開いたことによって東京は第二の魔界と化し、ゲヘナの火に生きながら焼かれる『炎の亡者』となった主人公が東京を再生させる方法を求めて……」 モモ「つまり、あれは伝説が作ったロボットです。マカレンっていうゲームは、東京が魔界に変わっちゃって、魔物があふれ出してきたっていう設定で、あれはみんなその魔界の魔物役のロボットです。見た目は怖いですけど、市販の小型AGSに外装をかぶせただけで、それほど戦闘力はありません」  ――荒ぶっているフレースヴェルグを押しのけて、モモが簡潔に説明してくれた。 レオナ(通信)〈攻撃性はあるのか?〉 モモ「敵モンスターですから、あります。でも、一定範囲内に近寄らなければ大丈夫だと思います。正常に動いてればですけど……」 レオナ(通信)「わかった。慎重に接近してみよう」 【伝説製のロボットということは……】  ――モモとフレースヴェルグが、そろってうなずいた。  ――トーキョーにはもう一つ、重要な意味があった。ここには、伝説サイエンスの本社があるのだ。  ――伝説サイエンスは自社の作品の主人公役や敵役として、軍事用にも引けをとらない戦闘能力を持ったバイオロイドを数多く開発していた。その是非はさておくとして、フクオカにある伝説の子会社ではサレナという強力な仲間を加えることもできた。  ――子会社でそれなら、本社にはもっと強力なバイオロイドが眠っていてもおかしくない。トーキョーを訪れるにあたり、伝説サイエンス本社は重要な探索目標の一つだった。そのためにこうして伝説チーム(+一名)にも来てもらい、偵察の様子を一緒に見ていたのだ。  ――決して、熱心なファンの猛烈な説得に動かされたわけではない。たぶん。 マリー(通信)〈閣下、どうやらモモの言うとおりでした。「魔物」達は、およそ5メートル以内に近づかなければこちらに関心を示さないようです〉 レオナ(通信)〈それと、もう一つ。魔物のいるエリアには、鉄虫がほとんど見当たらない。こいつらが駆逐したのか、別の理由かはわからないが〉 【よし。魔物を避けて、まずは都心部へ進むルートを確保してくれ】  ――事前に確認した情報によれば、伝説の本社はトーキョーの中央部やや北より、ブンキョー区と呼ばれるエリアにある。  ――あんな魔物……AGSがなぜ大量に街中をうろついているのかはわからないが、とにかく伝説が関係していることは間違いない。本社に行けばその原因も、解決法もわかる可能性がある。偵察隊を編制して、最優先で捜索するのがよさそうだ。もちろん偵察隊には、伝説のことに詳しい隊員が望ましいが…… フレースヴェルグ「はい! はい!! 司令官様! 偵察隊に志願いたします!!」 モモ「モモも行きまーす」 【わかったわかった】  ――こうして、モモ、ポックル、アルマン、シャーロット、フレースヴェルグの五人が偵察隊として出発し……  ――そして、そのまま消息を絶った。 Ev1-2「大東京帝国」もう始まっている、もう止まらない。 ラビアタ「ドローンは?」 マリー(通信)〈駄目だ。あの「魔物」ども、飛行物体に関しては鉄虫並みに鋭敏だ。スレイプニールならなんとか、といったところだが……〉 スレイプニール「行ってきたわ」 スレイプニール「まず、都内じゅうあの魔物がいっぱいうろついてる。東と北はアラカワ・リバー、西はタマ・レイクのあたりまでね。それと、旗が立ってたり、火が灯ってたりして、人が集まってるっぽい場所がいくつかあったわ。ちゃんと見る余裕はなかったけど、地図にマークしておくから」  ――地図上にいくつかの光点がともった。スレイプニールのスーツには、あちこちに銃弾のかすめたあとや焦げつきが残っている。 【お疲れさま、スレイプニール】 スレイプニール「これくらい平気よ。じゃ、周辺地域の制圧に戻るわね」  ――スレイプニールは厳しい顔のまま、ブリッジを出ていった。行方不明者の中に、スカイナイツの仲間がいるのだ。無理もない。 「閣下、まずは第二次偵察隊を、より大規模に編成します。それと同時に本隊も前に出て、橋頭堡を確保しつつ……」 【いや。僕が直接行こうと思う】 ラビアタ「いけません、ご主人様」 龍(通信)〈ラビアタの言うとおりです。何があるかわからない場所です〉 【でも、鉄虫はほぼいないんだろ】  ――だったら、いるのはバイオロイドとAGSだけだ。妖精村の時のような通信攪乱にさえ気をつければ、危険は少ないはずだ。  ――カゴシマの「聖域」での事件を思い出す。あの時、人間である俺があの場にいて、命令権をふるうことができたなら、悲劇のすくなくとも一部は止められていたかもしれない。  ――東京で何が起きているのかはわからないが、もしあの時のように、人間達の遺した命令が原因で異常な世界が作られてしまったなら、俺にだけできることがあるはずだ。あの時のような思いは、もうしたくない。 ラビアタ「ご主人様……」  ――俺の決意が固いことを察してくれたのか、ラビアタが困ったような笑顔を作った。 ラビアタ「護衛隊はこちらで厳選します。よろしいですね」 【ああ。よろしく頼むよ】 コンスタンツァ「というわけで、私達がお供させていただくことになりました」  ――戦闘力とフットワークの軽さの両方を可能なかぎり追求した結果、七名の隊員がついてきてくれることになった。まず、俺の護衛担当としてコンスタンツァとリリス。 ブラックリリス「愛するご主人様をわずかでも危険にさらすことなど、決してしたくないのですが……ご主人様自身のお心とあっては致し方ありません。このリリスが命に替えてもお守りします」  ――戦闘員としてナイトエンジェルと、スパルタンチーム三機。 ナイトエンジェル「基本的に戦闘時は全員私の指示に従って下さい。空の警戒が厳しいそうなので、どこまで役に立てるかわかりませんが」 スパルタンキャプテン「我々スパルタンズがいれば、制圧力については心配無用です」  ――そして戦闘員兼、伝説社に関するアドバイザーとしてサレナ。 サレナ「が、頑張ります! まだ新入りですけど……」 龍(通信)〈最悪、妖精村の時のように孤立して囲まれたとしても、突破して帰還できる想定だ。まあ、そのようなことにならないのが一番だが……〉 ラビアタ「お気を付けて、ご主人様。無事のご帰還を心よりお待ちしております」 【ありがとう、ラビアタ。それじゃ、東京へ出発!】 ナイトエンジェル「あれが魔物ですか……なるほど、色々いますね。馬っぽいのや、鳥っぽいのや……人型もいます」 【間近で見ると、迫力あるな……】 サレナ「な、中身はただのAGSです。近づかなければ心配ない……はずです。たぶん」  ――マリー達が事前に確かめておいてくれたとおり、魔物たちは5メートル以内に近寄らなければこちらに関心を示さない。俺たちは大昔のコンピュータRPGのようにきれいに一列に並んで、そろそろと魔物のあいだを縫って進んでいった。 サレナ「こうしてみると、魔物がいる以外はフクオカやヨコハマとそんなに変わらないですね……」 コンスタンツァ「ご主人様、あれを!」  ――コンスタンツァが指さした先、ひん曲がった街灯の先に、何かが引っかかって揺れている。あれは…… 【シャーロットの帽子だ!】  ――近くによって確かめても間違いなかった。つまり、偵察隊はここまでは来たということだ。俺たちは自信を得て、さらに先へ進んだ。  ――東京の中心部をかこむ、環状鉄道の大きな高架をくぐった時のことだった。 コンスタンツァ「地図によると、この先は……」 ブラックリリス「ご主人様、お下がりください!」  ――リリスが飛び出して俺の前に立つ。その直後にモーター音がして、無数の影が飛び出してきた。 コンスタンツァ「何者です!」  ――多くはAGSだが、バイオロイドもいる。みんなぼろぼろの汚い服を着て武装し、けわしい目でこちらを睨んでいる。  ――一人が、長い棒の先にくくりつけた大きな旗を取り出し、ばっと広げた。白い布に真っ赤なペンキで、こう書かれていた。 「大東京帝国」 ???「我々はァ、大東京帝国国民軍であるゥ! 貴様等こそ何者だ! 帝国は外国の内政干渉を断固拒否するものであるゥ!」 【帝国!? 国民軍!?】 コンスタンツァ「私たちは人類抵抗軍オルカ。こちらにいらっしゃるのは人間様です。あなたがたの指導者は誰ですか」 大東京帝国国民軍A「に、人間だと!?」  ――明らかに動揺した様子のバイオロイド達が、何ごとか相談する。 大東京帝国国民軍B「どうします? 確かにあれは人間……」 大東京帝国国民軍C「渋谷か、秋葉原の連中の罠ということも……」 大東京帝国国民軍A「人間だろうと誰だろうと、帝国は内政干渉を断固拒否する! 貴様らをどうすべきかはアカリ様にご判断いただァく!」 コンスタンツァ「アカリ様?」 サレナ「……あ!」 【何か知ってるのか、サレナ】 サレナ「はい……あの、たぶんですけど、『大東京帝国アカリ』っていう伝説製の映画があってですね」 ナイトエンジェル「どんな映画なんです?」 大東京帝国国民軍A「何をごちゃごちゃ話しておるかァ! 貴様らを我らの拠点まで連行する! 武装解除してこちらへ来い!」 ブラックリリス「……は?」 ブラックリリス「誰だか知りませんが、そのアカリというのは映画の登場人物で、バイオロイドなのでしょう? それがご主人様のご命令に従わないばかりか、連行に武装解除ですって?」 コンスタンツァ「リ、リリスさん!」 ナイトエンジェル「いえ、この場合リリスさんが正しいです」 ナイトエンジェル「そちらの指示には従えません。アカリ様とやらが私達と話したいなら、本人がここまで来て下さい」 大東京帝国国民軍A「きっ、貴様ら! 帝国に刃向かうかァ!」 ナイトエンジェル「当たり前でしょうが。各員戦闘準備! 司令官、指揮をお願いします」 スパルタンキャプテン「スパルタンフォーメーション、スタンバイ」  ===戦闘===  ――軍隊を名乗るだけあって、彼女たちはそれなりの戦闘訓練を受けているようだった。特に、自分の命を顧みないような捨て身の攻撃を平気でしてくるのが厄介だ。  ――しかしもちろん、オルカから選りすぐった精鋭チームの敵ではない。 大東京帝国国民軍A「て、撤退! 撤退ッ!」 【待ってくれ! 話を……】 大東京帝国国民軍A「うるさい! 魔物弾だ! 音響弾を使え!」  ――しんがりの一人がこちらへ向かって何かを投げた。少し離れたところに転がったそれは、突然ギーギーと、耳をつんざくような猛烈な音を立て始めた。 サレナ「何でしょう、あれ? 魔物弾?」 コンスタンツァ「いえ、これは……いけません!」  ――コンスタンツァが周囲を見回す。その意味はすぐに俺にもわかった。  ――近くにいた魔物たちがみんな、音に引かれてこちらへ寄ってきている!  ――スパルタンアサルトが駆け寄って、その弾を粉々に踏み砕いたが、もう遅い。 ナイトエンジェル「味な真似を……司令官、申し訳ありません。あの数の魔物は少々骨です。さっきのヘナチョコ軍隊よりよほど手強い。撤退を進言いたします」 【くっ……】  ――まだろくに状況もわからないし、誰一人見つけてもいないというのに。だが、ナイトエンジェルの言うことが正しい。俺はブラックリリスにぴったり護衛されたまま少しずつ後ろへ下がり、周囲の地形を見わたして脱出ルートを探した。 ???「こっちだ!」  ――突然、あたりに白い煙が立ちこめた。 ???「こっちへ! 早く!」  ――煙の向こうで、誰かが手招きしている。あれも何かの罠だろうか? 一瞬だけ考えて、俺は腹をくくった。 【みんな、撤退する!】 コンスタンツァ「了解です!」 スパルタンキャプテン「了解」 ???「ここまで来れば、追ってはこないでしょ。あいつら、どういうわけか帝国領内ではあまり活動したがらないようでしてね」  ――煙が晴れてみると、俺たちを先導してくれたのは小柄な……ほとんど子供といっていいほどの、小さな一人のバイオロイドだった。 【……君は? さっきの連中の敵なのか?】 マリコ「敵ってほどじゃないけど、仲は良くありません。私はマリコ。一応、〈練馬ピョンテクラブ〉のリーダーやってます」 Ev1-3「練馬ピョンテクラブ」喜劇の思想の大系です。 【……練馬ピョンテクラブ?】 マリコ「そ。知りませんか? 「処す!」ってやつ」  ――マリコと名乗ったバイオロイドは突然ヘンな顔をつくり、両手を奇妙な形にクネッと曲げてこちらを指さした。 【…………?】 マリコ「…………知りませんか。失礼しました……」 サレナ「わ、わたし知ってます! 旧時代に大流行したギャグですよね! えっとえっと、なんとか刑事……そう! メスガキ刑事マリコちゃん!」 【メスガキ刑事!?】 マリコ「あたり! 私がそのマリコです。それで……」  ――マリコは言葉を切って、俺の顔をまっすぐのぞき込んだ。 マリコ「本当に、人間様なんですね。まだ人間様がいたのも驚きですが……どうしてこの東京に?」 【話せば長くなるけど……】  ――俺たちはここまでの事情をかいつまんで説明した。 マリコ「なるほど、ご所有のバイオロイドが消息を絶って、その捜索に……ずいぶん奇特な方ですね」 【所有してるんじゃなくて、仲間な】 マリコ「……? はあ」 マリコ「とにかく、そういうことであればお力になれるかもしれません。ここでは落ち着いて話もできませんので、恐縮ですが、私たちの拠点へご足労いただけるでしょうか」 【ありがたい。頼む】  ――マリコはぺこりと一礼すると、先に立って歩き出した。  ――歩きながら、俺はこっそりサレナに耳打ちした。 【……『メスガキ刑事』って何?】 サレナ「伝説の映画で、小学生なのに刑事のマリコちゃんを主人公にした、ドタバタギャグです。不条理だったり、下ネタが多かったり、めちゃくちゃな展開もあるかと思えば、ときどき哲学的だったりして、なんていうか……アバンギャルド?な作品です」 コンスタンツァ「私も、名前だけは聞いたことがあります。かなり過激なことで有名だったと思いますが……マリコさんは、とてもきちっとした方ですね?」 サレナ「過激な作品ほど、そういう傾向ありますよ。私たちエンターヴィランズに近いところがあるんでしょうね」 マリコ「そうですね。私自身が原作そのままの性格だったら、撮影なんてできませんから」  ――いつの間にか、マリコがすぐそばに来ていた。 サレナ「わっ! ご、ごめんなさい!」 【伝説って、戦いとか殺し合いとか、血なまぐさい作品ばかり作っているのかと思っていた】 マリコ「そういったジャンルが一番受けたので、最終的には主流になりましたが、他にも色々やっていましたよ」 マリコ「バイオロイドなら、人間じゃできないような過激なギャグやリアクションにも耐えられますからね。骨が折れたり、爆発に巻き込まれたり、宇宙に放り出されたり……耐えられなかったとしても、代わりがいますし」 【う、宇宙……!?】 マリコ「違いといえば、私たちは本格的なアクションはやらないので、ボディの性能がそれほど高くありません。滅亡戦争の頃には、鉄虫と戦って活躍した伝説製バイオロイドも多かったと聞いてますが、私たちみたいなタイプには、そういう機会は全然なかったですね」  ――なるほど。モモやサレナみたいな子ばかりではないということなんだな。自分の無知を反省すると同時に、強力なバイオロイドばかり期待して伝説社を調べようとしていた自分が、ちょっと恥ずかしくなってきた。 【ありがとう。勉強になった】 マリコ「恐れ入ります。人間様はすこし、風変わりでいらっしゃいますね」  ――マリコの笑顔にはどこか、枯れた雰囲気があった。「悲しみを知っていなければ喜劇役者にはなれない」という、どこかで読んだ文句を俺は思い出した。 マリコ「着きました。このあたりはロッポンギといいまして……まあ、それはどうでもいいか。この森の中の建物が、私達の今のねぐらです」  ――練馬ピョンテクラブというからネリマまで行くのかと思ったが、マリコのいう拠点は案外すぐ近くにあった。うっそうと茂る木立の中に埋もれた、大きな建物の廃墟だ。かつては博物館か、美術館か何かだったのだろうか。 子供のバイオロイド「リーダー、お帰りなさい」 セーラー服のバイオロイド「外の様子はどうでしたか」 何の特徴もないバイオロイド「その人達は?……えっ、人間!?」  ――建物の中にいたバイオロイドがわらわらと寄ってくる。年齢も背格好もさまざまだが、戦闘力がなさそうだというのは俺にも見てわかった。 マリコ「はい、はい。あとで説明するから、まずは通してね」  ――マリコは俺達全員を広い部屋に案内すると、ぺこりと頭を下げた。 マリコ「……あらためて、はじめまして、人間様。私は『メスガキ刑事マリコちゃん』の主役を務めていたバイオロイド、マリコと申します」 【オルカの司令官だ。あまり、かしこまらなくていいよ】 ナイトエンジェル「早速ですが、今の東京がどうなっているのか、説明してもらえますか。わけのわからないことがあまりに多すぎて、そろそろ麻痺しそうです」 マリコ「わかりました。では」  ――マリコは大きな地図を取り出して、机の上に広げた。 マリコ「今の東京には、大きく三つのグループが勢力争いをしています。  一つ目が、先ほど人間様も遭遇した大東京帝国。『大東京帝国アカリ』の主人公・アカリをトップに戴く集団です。東京を新しいバイオロイドの国として独立させる……とかなんとか言ってますが、実際のところ従わない奴は力ずくで言うことを聞かせる、ろくでもない連中ですね。ただ一番きっちり組織化されてるし、数も多くて、いまの東京の最大勢力です」 【えーと……すまん。『大東京帝国アカリ』ってのは、どういう作品なんだ?】 サレナ「あ、私からご説明しますね。『大東京帝国アカリ』は、崩壊した……ちょうど今みたいになった東京を舞台に、超能力を持った女の子アカリが、仲間を集めて新しい国を作ろうとするっていうSFアクション映画です。もとは世界的に大ヒットした漫画だったのを、伝説が映画化したものですね」 【じゃあ、そのアカリは超能力を使うバイオロイドってことか? バミューダチームみたいな】 サレナ「そうですね。私も映画自体は観てないんですが、たしか人類を滅ぼしちゃうくらいの強大な力を持っていて、東京が崩壊したのもアカリの力が暴走したのが原因だったはずです」 【そんな力が!?】  ――いくら伝説でもそんな桁外れの超能力を再現できるとは思えないが、しかし伝説だからな……。ともあれ、敵に回したくない相手なのは間違いなさそうだ。 マリコ「まあ、アカリはめったに人前に出てこないって話ですけどね。次が、渋谷を根城にしている『碌でなしアベンジャーズ』。同名の映画のメインキャラ達が中心になって、帝国が気に入らないって連中がなんとなく集まったレジスタンスみたいなもの……だったんですが、何しろ原作が原作なもんで、今じゃ仲間内の抗争に明け暮れてばかりの暴れものです。ある意味帝国よりタチが悪い」 サレナ「『碌でなしアベンジャーズ』っていうのは、渋谷を舞台に不良少女たちがいくつものグループに分かれて、ケンカで頂点を競うっていう、いわゆるヤンキーものですね。登場人物はみんな、ちょっと悲しい過去を持ってて、女性ファンが多かったんですよ」 マリコ「最後が秋葉原のカフェ・MaiDrive。『萌え燃えメイドライブ』の主人公達が中心になって、アイドルとかメイドとか、そういう系の作品のキャラが集まったグループです。前の二つよりは大人しいですが、すこし独特なところがあって、別の意味で交流しにくい奴らですね」 サレナ「『萌え燃えメイドライブ』は女の子たちのアイドルものです。昼間はメイドカフェで働いて、夜はアイドルをやるっていう……私そっちのジャンルはあまり詳しくないんですが、たしか大人気で、続編や姉妹作品がいくつも作られたはず」 マリコ「で、最後が私たち、練馬ピョンテクラブ。先の三つのどれからも落ちこぼれた、戦う力も特別な技術もない役者の吹きだまりです。私みたいなギャグ作品だったり、エロ作品だったり、やられ役の汎用モブだったり、出身はいろいろです。  ほかにも新宿とか首都高とか、ヤバい場所はいくつかありますが……おおよそは、こんなところが今の東京の有様です」 【いくつか質問がある】 マリコ「はい。何でもお聞きください」 【トーキョーはいつからこんな状態に?】 【三大勢力は、どうして争っている?】 【練馬ピョンテクラブって何?】 【ありがとう。大体わかったよ】 【トーキョーはいつからこんな状態に?】 マリコ「十年……もうちょっと前だったでしょうか。東京近郊のどこかにあった伝説のプラントが、突然稼働しはじめたのがきっかけだと言われてます。  それまでの東京は、言ってしまえば平凡な、バイオロイドが鉄虫の目をぬすんでひっそり暮らすような街でした。場所が場所ですから伝説のバイオロイドは多かったですが、別に仕切ってるわけでも何でもなかったんです。  でもそのプラントが動き出して、大量に生産された「魔物」がどうやってか鉄虫をあらかた追い払ってしまった。それで暮らしやすくなるかと思ったら、すぐに大東京帝国が旗揚げして、バイオロイドをまとめ上げて大きな顔をしはじめた。そのあと碌アベができて、カフェができて……今じゃすっかり、街ぐるみで伝説色に塗りつぶされたような状態になってしまいました。  たぶんアカリも、碌アベやカフェのボス連中も、魔物と同時期にプラントで起動したんじゃないでしょうかね。私はそう睨んでますが」 【三大勢力は、どうして争っている?】 マリコ「主義主張の違いもありますが……一番は、鍵を集めているからです」 【鍵?】 マリコ「はい。大東京帝国が出てくる少し前に、噂が流れ始めたんです。この東京のどこかに、七つの鍵が散らばっている。それを全部集めた者は、東京の王になれる」 【トーキョーの王? それも何かの作品の話?】 サレナ「どうでしょう……それっぽいですけど、そんな感じのキーワードが出てくる作品いっぱいあるので、ちょっとわかりません」 マリコ「最初は眉唾でしたが、帝国が本気でそれを探しているらしいとわかってからは、みんな必死に探し始めました。実は、私も一つ持っています」  ――マリコは懐から取り出したものを俺に見せた。細長い金属の板で、表面には何か……梵字?のような文様が彫り込まれ、縁に切れ込みが入っている。確かに、見ようによっては鍵に見えないこともない。端の方に、線で描いた奇妙なマークが刻まれている。 コンスタンツァ「これは……占星術で、土星を表す記号ですね」 マリコ「分かっている限りでは帝国が三枚、碌アベとカフェが一枚ずつ持っています。最後の一枚はまだ見つかっていません」  ――これを奪いあって、トーキョー中があらそっているわけか……。 【練馬ピョンテクラブって何?】 マリコ「あ、それは私の作品に出てくるグループの名前でして」 サレナ「司令官様、それも『マリコちゃん』の有名なギャグの一つです。三人組のおじさんが、パンツ一丁で出てくるやつでしたよね」 マリコ「そうそう」  ――……それの何が面白いのかさっぱりわからないが、また彼女を落ち込ませたくはないので黙っておくことにした。 【ありがとう。大体わかったよ】 コンスタンツァ「それで、これからどうなさいますか、ご主人様?」  ――東京がこんな状態だとわかった以上、拠点化については一から考え直すしかないだろう。今はとにかく、偵察隊の五人を無事に助け出すことが最優先だ。おそらく三大勢力のどれかに連れ去られたのだと思うが……。 マリコ「私も協力させてください」 【ありがとう。助かるよ】 マリコ「では手始めに、これをどうぞ。何かの役に立つかもしれません」 【いいのか?】 マリコ「全部が帝国の手に渡ったら厄介だと思って、保険のつもりで確保していただけです。どうせ使い道はありません」  ――“シャナイシュキラ”のキープレートを手に入れた。 Ev1-4「渋谷四天王」何があっても、折れません。 ナイトエンジェル「……では、最初の目的地はシブヤということで。よろしいですね」  ――ロッポンギで今後の方針を検討した俺達は、シブヤを支配している『碌アベ』と会うことにした。  ――理由は三つ。まず、今いる場所から近い。次に、かれらはケンカの強さで優劣を決めるという。それなら、うちの皆の力を見せれば話がしやすいだろう。そして一番重要なこととして、 セーラー服のバイオロイド「あ、この金髪の女の人……私、ちらっと見たかもしれません。渋谷の連中に連れられてました」  ――シャーロットらしき人物がシブヤにいたという目撃情報があったのだ。 セーラー服のバイオロイド「一緒にいたのが、えーと……无智血武馳か渋アベか、どっちだったかしら」 【何と何て?】 マリコ「ええとですね……」  ――マリコとサレナが説明してくれたところによれば、こうだ。『碌でなしアベンジャーズ』、通称『碌アベ』という作品にはいくつもの不良グループが登場するが、その中でも特に強大なグループが四つある。  ――「無碌十字軍」「渋谷アベンジャーズ」「シスターズオブ芭流覇羅」そして「无智血武馳」。  ――この四つのグループを束ねるヘッドは「渋谷四天王」と呼ばれ、皆から一目おかれている。今の渋谷でも、バイオロイド達はこの四つのグループのどれかに所属し、かれらが実質渋谷を管理しているらしい。つまり、その四天王に会うことが当面の目標だ。 ナイトエンジェル「まあ、聞けば血の気の多い連中のようですから。適当にうろついていれば、向こうから喧嘩を売ってくるでしょう」 【ここがシブヤかあ……】  ――高層の建物が建ち並び、それが廃墟になっているのは一緒だが、ここまで通ってきた区域と比べると、その建物のつくりがどこかお洒落な気がする。 コンスタンツァ「旧時代には東京の中でも文化的な中心地のひとつで、ファッションや芸術に関わる施設が多かったそうです。こんな状況でなかったら、スカイナイツの皆さんが喜ぶでしょうね……」 ブラックリリス「!」  ―― 瓦礫の山の上から、なんというかガラの悪い感じの女子が大勢現れた。服をだらしなく着崩しているのや、半裸みたいなのや……全員、服か体のどこかに「无」と大きくペイントしており、角材やバットを手にさげている。 ???「お前ら、どこのモンよ?」 ???「誰に断ってうちら「无智血武馳(むちちむち)」のシマうろついてるワケ? 死ぬか?」 ナイトエンジェル「……ほら、やっぱり言った通りになりました」 コンスタンツァ「私たちは人類抵抗軍オルカです。ここに仲間がとらわれていると聞いて……」 无智血武馳構成員A「うるせえ死ね! ヒャッハァァァァ!!」  ===戦闘=== 无智血武馳構成員A「痛てててて」 无智血武馳構成員B「ほ、骨が、骨がっ」 【おそろしく血の気の多い子達だな……】 サレナ「まあ、原作自体そういう映画なので……」 ナイトエンジェル「動けないほどの怪我じゃありませんよ。さて、あなた達のヘッドに会いたいんですが」 无智血武馳構成員A「くそっ、この野郎……え、野郎? 男?」 无智血武馳構成員C「おいコイツ……いやこの人、人間じゃね?」 无智血武馳構成員A「マジ!?」 无智血武馳構成員B「人間!?」 ナイトエンジェル「今まで気づいてなかったんですか、あなた達。どこまで近視眼なんです」 无智血武馳構成員A「あの……もしかして、人間様ですか? 本当に?」 【そうだ。君たちのヘッドに会わせてくれないか】 无智血武馳構成員A「は……はい、呼んできます。ちょっと待ってろ……ください」 「无智血武馳」の不良少女達はあっという間に瓦礫の山の向こうへすっ飛んでいった。 スパルタンキャプテン「反応が正常です」 【ん? どういう意味?】 スパルタンキャプテン「彼女たちは、司令官が人間だと識別してからは命令に服従しました。バイオロイドとして正常な反応です」 コンスタンツァ「確かに……。逆に言えば、大東京帝国の人たちの反応は、正常ではなかったということですね」 ナイトエンジェル「何らかの刷り込みを受けているのか、洗脳の類いか……?」 无智血武馳構成員A「お待たせしました、人間様。ヘッドをお連れしま……」 シャーロット「陛下ぁ~~~~~~~ん!!」 【……シャーロット!?】 シャーロット「ああ、やっぱり陛下! 私を探しに来て下さったのですね!」  ――「无智血武馳」のヘッドとして呼ばれてきたのは、俺達のよく知る人物……行方不明になった偵察隊の一人、シャーロットだった。 シャーロット「感激です! やっぱり私と陛下は運命の赤い糸で結ばれているのですわ!」 【ちょっ、ちょっと待った! 説明してくれ!】 コンスタンツァ「そうですよシャーロットさん、どうしてここにいるんですか。しかも「无智血武馳」のヘッドって、どういうことですか!?」  ――みんなから詰め寄られて、ようやくシャーロットは俺を解放してくれた。 シャーロット「……というわけで、東京の中心部に入ったところで、大東京帝国を名乗る者どもに襲われて、私たちは散り散りになってしまったのです。あの方たち、腕はさほど立ちませんが、人数が多い上に狂信的な戦い方をするので……申し訳ありません」 【いや、いいよ。あの国民軍には俺達もちょっと手を焼いたし】 ナイトエンジェル「それで、シャーロットさんは渋谷に流れ着いたわけですか?」 シャーロット「ええ。このあたりまで逃げてきたところで、「无智血武馳」の皆さんに絡まれまして。ちょうどいいので、ヘッドを名乗る方を軽くのして差し上げて、私が新たなヘッドとなったのです。これから他の皆さんを探しに行こうか、他のグループも従えて手勢を増やすか、どちらを先にしようか考えていたところでした」 【なるほど……】 コンスタンツァ「ということは、偵察隊の他の皆さんは、渋谷にはいないんですか?」 シャーロット「聞いたかぎりでは、そのようです。他のグループにいるという話も聞きません」 【うーん……じゃあ、七つの鍵について何か知ってる?】 シャーロット「鍵?」  ――俺はマリコからもらったキープレートをシャーロットに見せた。 シャーロット「ははあ。そんな名前のものを、無碌十字軍が持っていると聞いたように思いますが……」 コンスタンツァ「どうなさいますか、ご主人様? ひとまずシャーロットさんは見つかりましたし、他のエリアを探すという選択肢もありますが」 【いや、せっかく来たんだ。渋谷のテッペンを獲っていこう】  ――おそらくこの先、大東京帝国をもう一度相手にしなくてはいけないだろう。その時にそなえて、できるだけ多くの協力者が必要だ。 シャーロット「それならば陛下、無碌十字軍のヘッドにタイマンを申し込みましょう!」 サレナ「無碌十字軍は『碌アベ』の主人公「JJ」が率いるグループです。この渋谷でも一番勢力の大きなグループだと聞いています」 【よし、行こう】 シャーロット「そろそろ無碌十字軍の縄張りのはすですが……」 【JJっていうのは、どんな子なんだ?】 シャーロット「すみません。私も名前だけしか知らないのです」 サレナ「あっ、ご説明します。本名を「次藤ジュリオ」といって、頭文字をとってJJ。ちょっと先の未来が見えるっていう不思議な超能力があって、その力で渋谷最強にのし上がっていくんです」  ――なるほど。不良漫画って、そういう超能力とかもアリなのか。 サレナ「それと、一番の特徴が……」 無碌十字軍構成員A「そこで止まれ、お前ら」 コンスタンツァ「!」 無碌十字軍構成員B「無碌十字軍に何の用だ?」 シャーロット「私は无智血武馳の新ヘッド、シャーロットです。そちらのヘッドにタイマンを申し込みます」 無碌十字軍構成員A「タイマンだあ? ハッ」 無碌十字軍構成員B「昨日今日ヘッドになったようなトーシロをJJが相手にするかよ。帰んな」  ――ガラの悪さは无智血武馳の子達とさほど変わらない感じだが、この子達からはなんというか、貫禄のようなものを感じる。なるほど、最大勢力というのは伊達ではないようだ。 ???「いや、いいよ。相手になってやる」 【……!?】  ――その時、もう一人あらたな人影が廃墟の壁をぬけて姿を現した。 ???「そこのパツキンだな? 无智血武馳を乗っ取った新ヘッドってのは」 シャーロット「!?」 コンスタンツァ「な……」 ナイトエンジェル「貴女は!?」  ――シャーロットも、コンスタンツァも、ナイトエンジェルも、全員が目を丸くした。無理もない。そこにいたのは…… 【……アルマン!?】 Ev1-5「碌でなしアベンジャーズ」本当に大事なことはケンカに勝つことではありません。 JJ「どうした? 鳩が豆鉄砲食ったような顔してよ。オレみたいなチビが頭を張ってるのが、そんなに珍しいかい」  ――俺達はしばらく呆気にとられたあと、ようやくあれはアルマンじゃないと気づいた。  ――オルカのアルマンでないのはもちろんだが、アルマンモデルでもない。髪の色がすこし濃いし、顔立ちや目つきがちょっときつめだ。アルマンに似た別種のバイオロイドなのだ。 サレナ「司令官様、あれはたぶん、アルマンさんのダウングレードモデルです」 【ダウングレード?】 サレナ「アルマンさんの遺伝子設計図をもとにして、色々いじってコストを下げて、あのJJさんを作ったんだと思いますす。低予算映画ではよく使われた手法です」 【なるほど。そういえば、未来を見る超能力って言ってたもんな……】  ――アルマンを元にして、それに近い能力を持たせたということか。いろいろ考えるもんだ。 JJ「へえ、オレの能力のこと知ってるのか。だったらお前らも、この力が欲しいってわけだな。帝国のヤツらみたいによ」  ――手にした鎖をじゃらじゃら鳴らしながら、JJは上体をゆらすような歩き方でゆっくりとこっちへ近づいてくる。 コンスタンツァ「アルマンさんの顔でああいう言動をされると、違和感がすごいですね……」 【ほんとそれな】 JJ「どうした、今更ビビって相談か?」 コンスタンツァ「お待ちなさい、JJさん。ご覧になってわかりませんか? こちらにいるのは人間様です」 JJ「あ?」  ――JJが足を止めて、俺の顔をしげしげと見るように首をかしげた。俺も一歩前に出て、彼女の目をまっすぐ見返す。 無碌十字軍構成員C「に、人間?」 無碌十字軍構成員D「本当に……人間様?」  ――JJの背後にいる不良少女達がざわめきはじめる。 JJ「………………」 JJ「………………フン」 JJ「この中にさあ! 喧嘩する相手が人間だからって、びびってる奴いる?」 JJ「いねえよなあ!?」 【えええええ!?】 無碌十字軍構成員C「お……おおー!」 無碌十字軍構成員D「さすがJJ! うちらのヘッドだぜ!」 ナイトエンジェル「ちょっと、どういうことですかシャーロットさん」 シャーロット「私にだってわかりません!」 サレナ「じ、JJっていうのは強いリーダーシップの裏に、とんでもない凶暴性を秘めているというキャラなので……私も本人と会うのは初めてですけど……」  ――そういうキャラはポックルみたいに、演技上のことにしておくものなんじゃないのか!? JJ「グダグダうるせえなあ! オレが欲しいってんならさあ! ビビリじゃねえとこ見せてみろよ!!」 JJ「行くぞ、お前らあ!!」 シャーロット「陛下、私の後ろへ!」  ===戦闘=== JJ「くっ……そぉ……」  ――なるほど、未来が見えるというのは伊達ではなかったようだ。JJはシャーロットのきわどい一撃を何度かかわし、一度は痛打を入れさえした。  ――だが、結局はそこまでだった。一対一で殴り合いをやったら、アルマンがシャーロットにかなうわけはない。ダウングレードモデルならなおさらのことだ。タイマンはあっさり片が付いた。 JJ「負けだよ。オレの負け。ちぇっ、好きにしな」 シャーロット「では、陛下に従って下さい」 JJ「…………。  オレ……ちょっとイカレてるみたいでさ。カーッとくると、人間様の言うことでも、たまに聞こえなくなる。そういうふうにできてんだ。その方が面白いんだってよ……大昔、オレを作った奴らがそう言ってた。  けどそいつら、結局クビになったんだぜ。オレを作ったのはそんな奴らだ。人間様はそんなのを手下にしていいのかい?」 スパルタンアサルト「危険なイレギュラーです。すみやかにバイオロイド専門脳外科を受診することをお勧めします」 JJ「へっ、今の東京にそんな上等なもんがあるかよ」 シャーロット「そんなことはどうでもよろしい。私は陛下が従うに値する方だから、従いなさいと言っているのです」 JJ「……あんた、『シャーロットロマンス』のシャーロットだろ? 随分惚れ込んだもんだな」 シャーロット「当然です」 JJ「…………。ははっ、こりゃ本当にオレの負けだ。司令官さん。あんたについてくよ。  『碌でなしアベンジャーズ』の主人公役バイオロイド。JJこと、次藤ジュリオだ……です」 【オルカの司令官だ。よろしく頼むよ。慣れない敬語は使わなくていい】  ――JJはスカートのポケットをさぐり、金属の板を取り出した。 JJ「オレ達は何も持ってねえが……こいつは大東京帝国の連中が探してる、値打ちものらしい。部下んなった印に、あんたに渡しておくよ」  ――“アンガラカ”のキープレートを手に入れた。 Ev1-6「秋葉原メイド戦争」おいしくな~れ。 コンスタンツァ「そういうわけで、シャーロットさんと無事合流できました」 シャーロット「お騒がせしました……」 マリー(通信)〈順調なようで何よりだ。閣下、こちらもいつでも出撃できますが、いかがいたしますか〉 【ありがとう。今はまだ、俺達だけで行動した方がいい気がする。もう少しのあいだ待機でたのむ】 マリー(通信)〈はっ〉  ――シブヤのバイオロイド達に無事協力をとりつけた俺達は、次にアキハバラの「カフェ・MaiDrive」へ向かうことにした。  ――はじめはシブヤと同じように全員で乗り込もうと思ったのだが、 ブラックリリス「あんな危険なバイオロイドもいるとわかった以上、ご主人様をお連れするわけにいきません。まず私達だけで様子を見るべきです」  ――……ということで反対され、作戦を練ることになったのだ。 ナイトエンジェル「『萌え燃えメイドライブ』というのは、どういう作品なんでしたっけ」 サレナ「ええと、もらってきた資料によるとですね。昼はメイドとしてアキハバラで働き、夜はアイドルとしてステージで歌い踊り、その合間に悪の秘密結社と戦って世界を守る女の子達を描いた物語……だそうです、当時は実際にカフェも運営していて、たいへんな人気だったとか」 ナイトエンジェル「要素を盛りすぎでは」 サレナ「でも大人気になって、後追いの類似作品もいっぱい作られたんですよ。一時はメイド服がブームになったとか」 シャーロット「私も何かのコラボイベントで、メイドドレスを着たことありましたわ。あとで陛下にだけお見せしますね、うふふ」 コンスタンツァ「…………」 【街に入るには、たしか……】 マリコ「あいつらは少し変わってまして、あいつらの基準に合うやつしか街に入れないんです」 ナイトエンジェル「基準というのは?」 マリコ「一つはメイド服を着ていることと。もう一つは、何らかの武装をしていることです。奇妙な話ですが、あの街では戦闘能力がないとメイドとして認められないんですよ」 【えっ?】  ――……メイドって戦闘できるものじゃないの? コンスタンツァ「…………」 ブラックリリス「…………」 【武装したメイド、かあ】 ナイトエンジェル「いますね、うってつけのが」 コンスタンツァ「…………」 ブラックリリス「…………」  ――確かに、コンスタンツァとブラックリリスならそのままで条件を完璧に満たしている。 ブラックリリス「私は行けません。この状況でご主人様の警護を減らすなんてとんでもない」  ――ここまでずっと俺の護衛に集中していて、会話にさえほとんど参加しなかったリリスが珍しくきっぱりと断言した。こうなると、なかなか逆らえない。 コンスタンツァ「私も同じ気持ちですが、ほかに手がないのであれば……」 【リリス、しばらくの間護衛を君一人に頼めないか?】 ブラックリリス「……ご主人様がそう仰るのであれば。コンスタンツァさん、できるだけ早く片付けて戻ってきて下さいね」 コンスタンツァ「ありがとうございます。では、いってまいります」 機関銃を持ったメイド「そこで止まって! 名前は?」 コンスタンツァ「コンスタンツァS2・416と申します。故あってアキハバラに入れていただきたいのですが」 戦槌を構えたメイド「ふむ。ドレスコードはよしと……あら、もしかしてコンスタンツァ型!? すごい! 本物のバトルメイドのA級モデルに会えるなんて光栄だわ、入って入って! どこから来たの?」 コンスタンツァ「あ。はい。ありがとうございます」 コンスタンツァ「……ご主人様、聞こえますか? あっさり街に入ることができました」 【〈うん、離れて見ていた。街の中はどんな様子?〉】 (行き来する人影のシルエット) コンスタンツァ「ロッポンギやシブヤと比べると、活気があって平和な感じです。飲食店らしきものも開いているようです。ただ、どうにも……」 【〈何か変なところが?〉】 コンスタンツァ「変といいますか、至る所にいるメイドの人達が、どうもですね……」 ミニスカートのメイド「いらっしゃいませ! あら、あなた見ない顔ね」 コンスタンツァ「あっ、はい。コンスタンツァと申します。今日入ってきたばかりなんです、よろしくお願いいたします」 ミニスカートのメイド「えっ、コンスタンツァってあのコンスタンツァ? わー、初めて見た! よかったらこの街を案内させてよ!」 コンスタンツァ「あ、はい、よろしくお願いします」 コンスタンツァ(ご主人様、いったん通信を切ります。あとでまたご報告させていただきますね)  ――そう言って、コンスタンツァは通信を切ってしまった。 【大丈夫だろうか……】 ブラックリリス「問題ないでしょう。コンスタンツァS2モデルは、どんな状況でも立ち回れる万能型です。まして彼女は、一度はラビアタお姉様に銃を向けたほどの気概の持ち主。はじめから戦うつもりならともかく、敵か味方かもわからない所に一人で乗り込むなら、この中で彼女以上の適任者はいません」 【……ずいぶん彼女を買ってるんだな!?】  ――リリスがコンパニオンの姉妹以外の誰かをこんなに褒めるのを初めて見た。リリスは俺の視線に気づくと、少し決まり悪げに笑った。 ブラックリリス「21分隊にいた時、私が皆とはぐれて任務を果たせなかった間に、ご主人様を見つけたのは彼女でした。それ以来、彼女を低く評価したことなどありません」 ミニスカートのメイド「……それで、ここがテレビ会館ね。いつ来ても誰かいるから、暇になったら来てみるといいわ」 コンスタンツァ「ありがとうございます。あの、このアキハバラのリーダーのような方はいらっしゃらないのでしょうか。一度ご挨拶しておきたいのですが」 ミニスカートのメイド「リーダー? あっはは、もちろんいるけど、会えるのはもうちょっとここに馴染んでからね」 コンスタンツァ「そうですか。では、私と同じように最近ここに来た方などは……」 (警報音) ミニスカートのメイド「ヘルファイア・クラブが来たわ! みんな戦闘準備!」 コンスタンツァ「ヘルファイア?」(たしか原作に出てくる敵の名前だったかしら……) ミニスカートのメイド「外をうろついてるあの変なAGSのことを、私達はそう呼んでるの。ここんとこ、毎朝決まって来るのよね。あなたも戦えるんでしょ? 手伝って!」 コンスタンツァ「は、はい!」  ===戦闘=== コンスタンツァ「ふう……」 ミニスカートのメイド「あなた、すごいわね! 流石、本物のバトルメイドは違うわあ」 チェーンソーを持ったメイド「えっ、バトルメイド!? 三安の?」 二丁拳銃のメイド「本物? すごい! 超メジャーモデルじゃない!」 クロスボウを持ったメイド「いつアキハバラに来たの?」 ???「なんの騒ぎ?」 メイド達「!」 ミニスカートのメイド「リーダー!」 コンスタンツァ(!? 白兎さん?) ???「ふうん……新入り?」 コンスタンツァ「は、はい。今日こちらに来たばかりです。コンスタンツァS2・416と申します」 コンスタンツァ(違う……よく似ているけれど、別の機種だ。シブヤのJJさんのように、白兎さんのダウングレードモデルなんだわ) 隼町うさぎ「そう。私は隼町うさぎ。今晩のステージ、あなたが今日のセンターよ」 コンスタンツァ「センター?」 ミニスカートのメイド「すごいじゃない! 戦いの後には必ずみんなでライブをするの。初日でセンターなんて、カフェ始まって以来よ!」 コンスタンツァ「はあ……」 隼町うさぎ「それから、あなた。負傷しているわね」 チェーンソーを持ったメイド「はっ、はい! 申し訳ありません、未熟者で、脚に弾を受けてしまい……」 隼町うさぎ「そう。今夜のステージまでに治しなさい」 チェーンソーを持ったメイド「は、はい……!」 コンスタンツァ「ちょっと待って下さい!」 隼町うさぎ「何?」 コンスタンツァ「その方はどう見ても重傷です。入院か、少なくとも手術が必要でしょう」 ミニスカートのメイド「ちょ、ちょっと! 何言ってるの?」 隼町うさぎ「……私達はね、みんなで戦って、みんなでステージを作るの。この街はみんなで作る街なのだから。何か不満があって?」 コンスタンツァ「みんなで作るというのは、怪我人に無理をさせるという意味ではないでしょう? なぜ、そんなことをするんですか」 隼町うさぎ「この街の理念は絶対。それに従えないというのであれば……」 チェーンソーを持ったメイド「あ、あの! 私歌います! ステージに立ちますから!」 隼町うさぎ「……このコンスタンツァを振付師のところへ連れて行きなさい」 コンスタンツァ「先ほどはすみませんでした。差し出がましいことを」 ミニスカートのメイド「いや、よく言ってくれたよ。リーダーは真面目なんだけど、最近ちょっとピリついててさ……」 コンスタンツァ「私、よく知らないのですけど……あの方が『萌え燃えメイドライブ』の主人公なのですか?」 ミニスカートのメイド「え?……いや、そうじゃないだけど、ちょっとね……」 コンスタンツァ「?」 ミニスカートのメイド「そ、そういえばさ、さっき何か言いかけてたよね。戦闘が始まる前。何?」 コンスタンツァ「ああ、私と同じように、最近ここに来た方がいないかと思いまして」 ミニスカートのメイド「それならちょうどいいや。今から会う振付師が、こないだうちに来たばっかりの人だよ」 チェーンソーを持ったメイド「この建物です。ごめんくださーい」 フレースヴェルグ「ステップ、ステップ、ターン! ステップ、ターン、ポーズ! まだ同期が遅い! 最後にピタッと止まるのがこのダンスの命なんです、もっと集中して!」 コンスタンツァ「フレースヴェルグさん!?」 フレースヴェルグ「えっ……あっ、コンスタンツァさん!?」 Ev1-7「萌え燃えメイドライブ」みんなで作る物語。 フレースヴェルグ「はい、皆さんお疲れさまでした! 私はちょっと残って、この新入りさんと今夜のステージについて打合せをしますので、先に解散して下さい」 メイドA「お疲れさまでした」 メイドB「お疲れさまでしたー」 コンスタンツァ「お疲れさまでした、フレースヴェルグさん」 フレースヴェルグ「あ、はい……」 コンスタンツァ「さて、どういうことか、説明していただけますね」 フレースヴェルグ「はい…………」 フレースヴェルグ「……それで散り散りになった後、私はこのアキハバラの街中に墜落してしまったんです。ご存じのようにこの街にはドレスコードがありますから、はじめ追い出されそうになったのですが、『萌え燃えメイドライブ』の知識があったのが幸いしまして、振付師として置いてもらえることになりました。こちらの皆さんはメイドと戦闘は本職なのですがアイドル活動はアマチュアで、原作にも本人達がそれを自覚して振付師や作曲家を探す話がありまして……」 フレースヴェルグ「いやそれはともかく、そうやってここで足場を得て、他の皆さんを探そうと思っていました。決して趣味と実益を兼ねたなどということは、ハイ決して」 コンスタンツァ「……ということだそうです、ご主人様」 【〈まあ、とにかく無事でよかったよ……〉】  ――根は真面目なフレースヴェルグのことだ。シャーロットと同じように、まず足場を確保してから他の仲間を助けようと堅実に考えたのは本当だろう。……趣味に走った面もあったかもしれないが。 コンスタンツァ「フレースヴェルグさん、私達は当面、大東京帝国ともう一度交渉するために、他の勢力を味方につけたいと思っています」 【〈フレースヴェルグから見て、アキハバラを味方につけることはできそうか?〉】 フレースヴェルグ「そうですね……可能だと思います。リーダーはかなり考えの固い人ですが、人間への忠誠心を失っている様子はないので、司令官が命じてくだされば従うでしょう」 コンスタンツァ「リーダーは「隼町うさぎ」さんといって、ちょうどJJさんのように、白兎さんをベースに廉価型にしたモデルのようです。そういえば、『萌え燃えメイドライブ』の主人公は、あの人ではないそうですね?」 フレースヴェルグ「あ、はい、そうなんです。『メイドライブ』の主人公、「下高井戸たぬき」さんは、少し前に魔物との戦いで亡くなったそうです。隼町さんはライバルグループ「ロイヤル和装メイデン」のリーダーで、主人公とはことあるごとに対立していた、宿敵といいますか喧嘩友達といいますか」 コンスタンツァ「怪我人を無理にステージに上がらせるというのも、そのなんとかメイデンのやり方ですか?」 フレースヴェルグ「なんですか、それ? そんなことがあったんですか!?」 コンスタンツァ「はい、先ほど。「みんなでステージを作る」のがこの街の方針だと言っていました」 フレースヴェルグ「……! それは……そんなことを……。  いえ、それはロイヤル和装メイデンの方針ではありません。彼女たちは「選び抜かれた完璧なメイドでなければ、ステージに上がってはならない」というエリート思想が持ち味です」 フレースヴェルグ「「みんなで作るステージ」というのは、下高井戸たぬきさんの……「カフェ・MaiDrive」のやスタイルですね」 コンスタンツァ「では、どうして……」 フレースヴェルグ「……たぬきさんは、隼町さんをかばって亡くなったそうです」 コンスタンツァ「!」 フレースヴェルグ「もしかすると彼女は、だから自分が「カフェ・MaiDrive」のやり方を受け継がなくてはならない、と考えているのかもしれません」 コンスタンツァ「その結果があれですか? それは、あまりにも……」 フレースヴェルグ「そこはやっぱり、俳優バイオロイドですからね……。台本でそうするわけでもないのに、自分と正反対のキャラクターを真似るというのは、無理も出るんでしょう」 コンスタンツァ「…………。いいえ。問題は、もっと根本的なところにある気がします」 コンスタンツァ「ご主人様、ご足労をお願いして恐縮ですが、明日の朝になったら、アキハバラに来ていただけますか?」 【〈何か考えがあるんだね?〉】 コンスタンツァ「はい。おそらく魔物との戦闘がありますので、ご用意をお願いいたします」 【〈わかった。頑張れよ。フレースヴェルグもね〉】 コンスタンツァ「ありがとうございます! フレースヴェルグ「ありがとうございます。さて、コンスタンツァさん、始めましょうか」 コンスタンツァ「えっ、何を?」 フレースヴェルグ「振り付けに決まってるでしょう! 今夜はコンスタンツァさんがセンターなんですから」 コンスタンツァ「あ、それはやるんですね……」 (翌朝) 機関銃を持ったメイド「人間様?」 戦鎚を構えたメイド「人間様だ……」 コンスタンツァ「ようこそお越し下さいました。ご主人様」 【おはよう、コンスタンツァ。それに君が、隼町うさぎだね】 隼町うさぎ「……人間……本当に……」 ナイトエンジェル「司令官、コンスタンツァさん。早速ですが、この街の周囲に「魔物」が接近しています。どうしますか」 コンスタンツァ「織り込み済みです、皆さん、戦闘準備をお願いします! ご主人様、私達にもご命令を!」  ===戦闘===  ――魔物の数は多かったが、護衛部隊に加え、アキハバラのメイド達も戦闘に参加してくれたので、蹴散らすのに苦労はしなかった。こちらにも向こうにも、負傷者は出なかったようだ。 【ありがとう、みんな。アキハバラの人たちも、助かった】 日本刀を持ったメイド「は、はい……」 迫撃砲を持ったメイド「お礼言われちゃった……」 コンスタンツァ「いかがでしたか、隼町さん」 隼町うさぎ「…………」  ――コンスタンツァは銃をしまうと、白兎によく似た黒いミニ和服姿のメイド……?のところへ歩いていった。なるほど、彼女がアキハバラのリーダーか。 コンスタンツァ「ご主人様のもとで戦えば、私達はこれほど強くなれるのです。仲間に無理をさせる必要はありません。あなた一人がすべてを背負う必要もないのです」 隼町うさぎ「……何が言いたいの?」 コンスタンツァ「ライブも結構、カフェも結構、みんなで何かをやるのも結構。しかし、いやしくも戦闘メイドたる者、よき主人に仕え、その方のために戦うこと以上の幸せはありません。たとえ架空の存在であっても、それは同じこと! 違いますか、皆さん!」 日本刀を持ったメイド「……確かに……」 チェーンソーを持ったメイド「気持ちよかった……」 二丁拳銃のメイド「さすが、バトルメイドのレジェンド……」  ――コンスタンツァがここまで声を荒らげたのは、ラビアタと初めて対面したあの時以来だ。 ブラックリリス「コンスタンツァさんは旧時代、メイドの代名詞とまで言われた大ヒットモデルでしたから。あんな漫画に出てくるような戯画化されたメイドを見せられては、黙っていられないこともあるのでしょう」 フレースヴェルグ「その通りです。元をたどれば『萌え燃えメイドライブ』も、コンスタンツァさんの影響で始まった第六次メイドブームに乗って作られた作品。つまり彼女達はみな、コンスタンツァさんの後輩のようなものなのです」  ――……なんでフレースヴェルグがドヤ顔してるんだろう……。 コンスタンツァ「お恥ずかしい限りです。リリスさんの仰る通りで、ついムキになってしまいました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません、ご主人様」 ブラックリリス「まったくです。戦闘になるとわかっている場所にご主人様を呼び出すなど、本当なら絶対に許さないところですよ」 コンスタンツァ「本当にすみません……」 ブラックリリス「ですが、その甲斐はあったようですね?」 隼町うさぎ「……人間様」  ――アキハバラのリーダー……隼町うさぎが俺の前まで歩いてきて、静かに頭を下げた。 【はじめまして】 隼町うさぎ「伝説製バイオロイド、隼町うさぎと申します。ただの役者に過ぎず、本物のメイドですらありませんが……配下に加えていただけるでしょうか」 【配下じゃない、仲間だ。よろしく、うさぎ】 隼町うさぎ「ありがとうございます……。  これをお持ちください。帝国が探しているものです」  ――“ブダ”のキープレートを手に入れた。 Ev1-8「AKARI」科学と真理では次元が違うのです。  ――俺の手にはいま、三枚のキープレートがある。  ――マリカの話が確かなら、大東京帝国が所持しているキープレートも三枚。互角の枚数を手に入れたことになる。  ――これまでシャーロットとフレースヴェルグとは合流できたものの、モモ、ポックル、アルマンの消息はいまだに不明。三人の誰か、もしくは全員が、帝国に捕らえられている可能性はきわめて高い。  ――まずは何よりも、仲間を取り戻す。そして可能なら、この混沌状態の東京を、なんとか平定する。  ――そのために、もう一度大東京帝国に乗り込まねばならない。 【みんな、集まってくれてありがとう】  ――シブヤ、アキハバラ、そしてロッポンギから集まってくれた大勢のバイオロイド達が、いっせいに俺に頭を下げた。  ――これだけの人数がいれば、大東京帝国も俺達を無碍にはあつかえないはずだ。 大東京帝国国民軍「そこで止まれ! 帝国は外国の内政干渉を断固……!?」  ――前回同様、正面から伝説本社に接近していった俺達は、案の定大東京帝国の兵隊に止められた。  ――だが、今回はこちらに人数がいる。向こうは明らかに気圧されている。 大東京帝国国民軍「後ろにいるのはシブヤの……あっちはアキハバラのメイドか……!?」 コンスタンツァ「見ての通り、人間様はシブヤとアキハバラを従えました。あらためて、そちらのリーダーと話し合いを望んでおられます」 【俺はキープレートを三枚持っている。交渉しだいでは、これを渡してもいい】 大東京帝国国民軍「……アカリ様に上申申し上げる! そこで待っていろ!」  ――国民軍の連中は走っていき、しばらく待っていると、大勢の足音が戻ってきた。  ――大型AGSが四体がかりでかつぐ巨大な神輿のようなものが、武装したバイオロイドとAGSに守られてこちらへ向かってくる。神輿の上には白い布で四方を囲った台座が据え付けられており、その中は見えない。代わりに、その横に一人のバイオロイドが立って、こちらを見下ろしていた。 シャーロット「あれは……ヴェロニカさん?」 ナイトエンジェル「そういえば彼女も、もとは伝説の設計した機体ですからね……複製品か、あれも廉価版なのかも」 ???「異国の人間よ。わが大東京帝国に何用ですか」 【君がアカリか?】 代言人「アカリ様は外部の者と言葉を交わすことはありません。私が代言人を務めます」 【俺達の仲間を捕らえているなら返してほしい】 代言人「大東京帝国に無断で踏み入ったものは、すなわち侵略者。解放する道理などありません」 シャーロット「何を勝手な……」  ――飛び出しそうになるシャーロットを、俺は手で制して右手のプレートを掲げる。 【見ての通り、君たちの探している鍵だ。もし仲間を本当に捕らえていて、解放してくれるなら渡してもいい】 代言人「!……」  ――代言人と名乗ったヴェロニカ型が、目を見開いた。白い布の囲いの中に頭を入れて、何ごとか相談している様子だ。 ブラックリリス「あの中にいるのがアカリ様ですか」 ナイトエンジェル「そういえばちゃんと聞いてませんでしたが、アカリってどういうキャラクターなんです?」 サレナ「ええとですね、説明すると長いんですけど」 フレースヴェルグ「あ、私もずっと気になってることがあるんですが……」 コンスタンツァ「静かに。出てきましたよ」 代言人「…………」  ――囲いから出てきた代言人が、だまって手を上げた。 シャーロット「!?」 コンスタンツァ「うっ……!?」  ――その途端、俺の周囲にいた全員が、頭をおさえて苦しみ始めた。 フレースヴェルグ「これは……!?」 ナイトエンジェル「司令官、ご無事ですか!? くそ……!」  ――オルカの隊員達はすぐに頭を振って立ち直ったが、他の皆は苦しんだままだ。 マリコ・JJ・うさぎ「ぐっ……あああああ!」 コンスタンツァ「あっ! 鍵が!?」  ――マリコ、JJ、うさぎの三人が、俺の手からキープレートを奪いとってアカリの神輿のもとへヨタヨタと駆けていく。 シャーロット「何をするのです!」 ナイトエンジェル「あいつら……!」  ――はめられた? いや違う、これは……。 【ポックルの洗脳波だ!】  ――神輿の背後に控えていた大型トレーラーの扉がゆっくりと開く。そこには…… (拘束された三人のポックル大魔王。中央のポックルは魔法少女スキン) サレナ「ポックルさん!?」  ――真ん中のポックルはうちのポックルだ。間違いない! 代言人「七つの鍵は相応しき者が手にするべきもの。取引の材料にしていいものではありません」 シャーロット「いけしゃあしゃあと!」 【鍵はもういい! ポックルを救出するんだ!】 シャーロット「はっ!」 代言人「させません!」 シャーロット「!?」  ――神輿の周囲を固めていた国民軍の兵士達がこちらへ襲いかかってくる。それだけでなく…… コンスタンツァ「魔物!?」 代言人「アカリ様のお力は魔物さえも動かすのです。帝国に刃向かう不届き者よ、思い知りなさい」  ――この周辺にはいなかったはずの魔物までが、大挙してこちらを襲いに来た!  ===戦闘===  ――第一波は蹴散らしたが、魔物は後から後から押し寄せてくる。オルカの仲間を除いたほとんどのバイオロイド達はまだ苦しんでおり、戦力にならないどころか、かれらをかばって戦う必要がある。 ナイトエンジェル「司令官、支えきれません! 撤退しましょう」  ――退くしかないのはわかっている。だが、今撤退するとしたら、他の皆を置いていくしかない。そんなことが…… ???「マジカル抜刀! 真空竜巻斬り!」  ――その時、桃色の閃光が空から降ってきて、トレーラーを一撃のもとに破壊した。 モモ「ポックルちゃんは帰してもらいます! たあーっ!」 【モモ!!】 モモ「司令官! お待たせ! やっと会えました!」 モモ「魔法少女マジカルモモ! ここに見参です!」 〈トーキョー黙示録〉第2部に続く。 Ev2-1「東京大崩壊」東京が死んで、何かが生まれました。  ――トーキョー三大勢力の二つを仲間に加え、ふたたび大東京帝国との交渉に臨んだ俺達。  ――しかし大東京帝国のリーダー・アカリは、ポックルの洗脳電磁波を使って俺達の仲間を操り襲いかかってきた。おまけに、三枚のキープレートも奪われてしまう。  ――危機一髪という時、助けに現れたのは行方不明になった第一次偵察隊の一人、マジカルモモだった! 代言人「マジカルモモ!? くそっ、まだ仲間が……」 モモ「司令官、今です!」  ――モモがトレーラーを壊したおかげで、皆の洗脳が解けた。ポックルも助け出してくれた。  ――トレーラーにはまだ二人のポックルがいる。できれば彼女たちも連れ出したいが、その余裕はない。いつ洗脳が再開されるかもしれないのだ。ここは逃げるしかない……。 【全員、撤退するんだ! スパルタン、しんがりを頼む!】 スパルタンキャプテン「了解。全員を無事に撤退させます」 サレナ「突破します! 私が先頭に!」 ポックル「ぽっきゅるるる……」 フレースヴェルグ「ポックルさんは私が運ばせていただきます!」  ===戦闘中=== コンスタンツァ「モモさん、無事だったのですね。心配していました」 モモ「遅くなってごめんなさい。みんなとはぐれちゃった後、モモもあちこち行ってこのトーキョーのことを調べてたんです」 シャーロット「何かわかりましたか?」 モモ「それが、ごめんなさい。大したことは……。でも、大東京帝国は危険です。アカリっていう人が何を考えてるのかわかりませんが、原作とは違う、何か良くないことを企んでます」 フレースヴェルグ「それなんですけど、大東京帝国ってそもそも……」 ナイトエンジェル「相談はあとにしましょう。まだ敵が来ますよ」  ===戦闘終了=== サレナ「ふー、やれやれやっと……あ、もうこんなあたりまで来ていたんですね」 ナイトエンジェル「……? おかしいですね。昨日通った時は、このあたりは安全地帯だったはずですが……」 フレースヴェルグ「これからどうしますか? もう一度ロッポンギに行って……」 モモ「皆さん、あれ見てください!」 コンスタンツァ「煙!?」  ――コンスタンツァの言った通り、ロッポンギ……マリコ達が拠点にしていた森の方から、黒い煙がもくもくと立ち上っている。  ――いや、ロッポンギだけではない。気づけば周囲を囲むビルや木々の向こうから、煙が幾筋も上がっていた。 【何が起きている……!?】  ――少し離れたところに、比較的状態のいい建物が残っていた。俺はナイトエンジェルに頼んでその屋上へ上げてもらい、あたりを見渡した。 【これは……!】  ――トーキョーが燃えていた。  ――見えるかぎり、いたるところで火の手が上がり、あちこちで爆発が起きている。風に乗って銃声と悲鳴が聞こえてきた。 ナイトエンジェル「魔物……!?」  ――ナイトエンジェルが呟いた通りだった。  ――魔物が……トーキョー中にひしめいていた魔物の群れが、いっせいに暴れだし、住民達を襲いはじめたのだ。 Ev2-2「妖怪都市〈新宿〉」魔女の支配する街。 マリー(通信)〈……下! 閣下! ああ、やっと通信が繋がった! ご無事ですか!? 例の魔物達が突然凶暴化して、こちらへ攻撃してきました。  トーキョー全土で同様の事態が起きていると思われ、緊急事態と判断して撃退と都内への前進を開始いたしました。勝手に軍を動かして申し訳ありません〉 【いや、それでいい。現地のバイオロイドが攻撃を受けている。できるだけ救助してやってくれ】 マリー(通信)〈そのようにしております。ただ、敵の数が多く、進軍速度が上がりません。閣下の位置情報は把握していますが、そちらの状況はいかがですか?〉 ナイトエンジェル「ナイトエンジェルです。現在は小康状態ですが、周囲を敵勢力に囲まれており予断を許しません。場合によっては私とフレースヴェルグ少佐で、司令官をそちらまで送り届けます」 【…………】 ナイトエンジェル「司令官、お気持ちはわかりますが、私はそのために護衛隊に加わっています。いざとなれば司令官の命が第一です」  ――ナイトエンジェルの言うことは正しい。そんなことをしなくていいようにするのが、俺の仕事だ。 【状況を整理しよう】  ――確認すると、集まってくれたトーキョーのバイオロイド達のうち、半数ほどがついてきていた。残りはあの場で、帝国に捕らえられたのだろう。無事を祈るしかない。 フレースヴェルグ「アキハバラとシブヤの人たちには、ロッポンギの非戦闘員を守るよう頼んでおきました。対立していた割には、意外とすんなり聞いてくれましたね」 コンスタンツァ「帝国ができるまでは普通に助け合って暮らしていたのでしょうし、そっちが本来の状態なのかもしれません」  ――しかし、この人数を率いて、オルカの本隊と合流することはできるだろうか。あるいは、ここでこのまま持ちこたえることが?  ――……どちらも現実的ではない。 モモ「モモに考えがあります。シンジュクへ行きませんか」 【シンジュク?】 無碌十字軍構成員「……新宿!?」  ――トーキョー組のバイオロイド達が、突然ざわめいた。あからさまな恐怖と嫌悪の表情を浮かべている者もいる。 ナイトエンジェル「シンジュクというと、シブヤの近くにあるエリアでしたね。何かあるんですか?」 カフェ・MaiDriveのメイド「新宿には……妖怪がいるんです。蜘蛛の魔女が支配していると言われてます」 【妖怪……?】 ナイトエンジェル「蜘蛛の魔女? そういう魔物ですか?」 カフェ・MaiDriveのメイド「いえ、魔物じゃないんです。何だかわからない、化け物みたいなやつが……!」  ――そういえば、シンジュクというのは記憶にある名前だ。マリコが「ヤバイ所」の一つに挙げていた気がする。 モモ「大丈夫です。モモの予想が当たってれば、司令官がいれば問題ない……はずです」 【よし。行こう、シンジュクへ】  ――不安はあるが、どのみち選択肢は限られている。ここはモモの予想に乗ってみよう。  ――シンジュク・ギョエンは見た感じ、木々に囲まれた普通の公園(の、なれの果て)に見えた。 サレナ「入ったとたん、魔物の追撃が止まりましたね……」 コンスタンツァ「本当に何かいるんでしょうか……?」  ――日が暮れて、公園の周囲はよく見えない。警戒しながら進んでいくと、 ブラックリリス「! 司令官、オルカとの通信がつながらなくなりました」 コンスタンツァ「え!?」 ???「立ち去れ……」 フレースヴェルグ「ひえっ!?」 ???「疾く立ち去れ。ここは妾の守護する領域。お前達の踏み入ってよい場所ではない」 サレナ「でででで出たああああ!?」 【本当に蜘蛛女いた!?】 モモ「司令官、落ち着いて! あれは妖怪じゃありません!」 スパルタンキャプテン「マジカルモモの発言に同意します。登録済みの敵性機種情報を検知しました」 コンスタンツァ「スパルタンさん!?」  ――敵性機種? 登録済み? よくわからないがつまり、ということは…… 【あれって……AGS!?】 スパルタンキャプテン「そうです。戦闘指揮をお願いします」  ――落ち着いてみると、俺にもわかってきた。蜘蛛女が動くたび、かすかだがモーターの駆動音がする。  ――注意してよく見ると、手足の先がわずかにチラついているのがわかる。あれならオルカでも見たことがある。ホログラフィックスキンだ。そうとわかれば、怖いことはない。 【応戦するぞ、皆!】  ===戦闘=== スパルタンキャプテン「敵性機種の無力化を確認。戦闘終了」  ――戦いを終えた俺達の前には、大型のAGSが六体横たわっていた。 アラクネー「くそ……蜘蛛の女王たる、この妾を……。  ……戦闘継続困難。ホログラフィックスキン解除します」 シャーロット「あ、このAGS知ってますわ! 確か、ビスマルクのアラクネーとか……」 コンスタンツァ「アラクネーさん。こちらの方は人間様です。わかりますか?」 アラクネー「……脳波確認。体温確認。体臭物質確認。虹彩パターン確認。……あなたを人間と認めます。  初めまして、人間様。本機はN2E-888アラクネー145番機。ビスマルクコーポレーション東京支社警備隊第3分隊に所属しています」 【ビスマルクのAGSか……それが、こんなところで何を?】 アラクネー「このシンジュク・ディストリクトにはビスマルクコーポレーション東京支社が存在します。本機を含む東京支社警備隊は鉄虫の襲来に際し、所有者である人間は最後に「シンジュクを守れ」という命令を残して死亡しました。  所有者の命令には曖昧な点があり、「シンジュク」という発言が東京支社を指す慣用表現なのか、シンジュク・ディストリクト全域を示すのかは不明でした。しかし発言の真意を確認する機会がない以上、最大限広義に解釈すべきと判断し、警備隊は現在までシンジュク・ディストリクト全域の防衛を行ってきました。  第1・第2・第4分隊は鉄虫との戦闘で機能停止。現在は第3分隊のみが業務を継続しています」 サレナ「…………」  ――サレナが暗い顔をしている。ここにも、人間の残した最後の命令に縛られる犠牲者がいたのか……。 コンスタンツァ「……その、蜘蛛女のスキンは?」 アラクネー「本モデルのオプション装備の一つです。ジャマーによる広範囲電子封鎖および音響攪乱と併用すると、バイオロイドに心理的効果が高いことがわかり、使用していました」 ナイトエンジェル「とんだ妖怪の正体でしたね……」 【アラクネー。俺達に協力してもらえるだろうか?】 アラクネー「検討する時間をください」  ――アラクネー達は集まって、何かを相談している。やがて、その中の一機がこちらに向き直った。 アラクネー「検討の結果、ビスマルクコーポレーションはすでに機能を喪失した可能性が大。所有者の最後の命令を遵守する義務は今なお存在しますが、現存する人間からの新たな命令も同等の重要性があると判断します。  あなたの指示に従います。ご命令をどうぞ」 【ありがとう。では、もう少しの間だけ、シンジュクを魔物達から守ってほしい。その後は、自由に……】 アラクネー「命令は正確にお願いします。「魔物」とは珪素-金属重合自生的有機体、通称鉄虫のことですか」 【いや、東京中にいる伝説製のAGS達のことだよ】 サレナ「『マカレン』用の改造AGSですよ。この間まではわりと大人しかったけど、急に暴れ出したでしょう? だから……」 アラクネー「再度確認します。現在都内に、伝説サイエンス製のVRPG仕様AGSは存在しません」 アラクネー「そう見える個体はすべて鉄虫です。貴方がたがいう「魔物」とはそれのことでよろしいですか」 サレナ「な…………」 【何だって……!?】 Ev2-3「七番目の鍵」七枚のキープレートは何のためのものなのでしょう? マリー(通信)〈……アラクネーの言う通りでした、閣下。破壊した「魔物」の残骸を調査したところ、これは確かにAGSではなく鉄虫です。もともと本来の形状と異なる外装をほどこされているため、それに誤魔化されていました。内部は完全に鉄虫化しています〉 【……何てことだ】 コンスタンツァ「都内が魔物だらけで鉄虫の姿がないことは、奇妙だと思っていましたが……」 サレナ「鉄虫はいたんですね。はじめから、ずっと」 フレースヴェルグ「しかし、あれが鉄虫だとすれば、話がまるで変わってきますよ」 ナイトエンジェル「ええ。この事態には伝説だけでなく、鉄虫が絡んでいる。それも……」 ポックル「ん……うーん……」 モモ「ポックルちゃん! 気がついたんですね。気分はどうですか? どこか痛いところは?」 ポックル「モモさん? え、えーと、ここは……? そうだ、私、帝国の!」 【落ち着いて、ポックル。とりあえずは大丈夫だから】 ポックル「社長! 来てくれたんですね。はあ~、よかった……いえ、よくないです! アルマンさんが、アルマンさんが大東京帝国に!」 モモ「やっぱり、アルマンさんは帝国に捕まっているんですね」 ポックル「はい、それで、何かおっかない計画に使われようとしてるんです! あそこの人たち、よくわからないんです。私も何だか、命令されたらふぁーって逆らえなくなって、そのまま機械に繋がれちゃって……」 ポックル「ああそうだ、それで七本の鍵が必要だけど、いざとなったら六本でも、とか何とか……」  ――一刻も早く助けに行きたいところだが、正直、今のままでもう一度帝国に乗り込んでも、同じ結果になるだけだ。何かもう一つ武器がなければ……。 モモ「司令官。七本目の鍵を探しませんか?  ポックルさんの話からすると、帝国は最後の鍵をまだ見つけてないみたいです。それがあればもう一度、交渉ができるかもしれません」 ナイトエンジェル「一度交渉しようとして、駄目だったじゃありませんか。もう一度同じことになるのでは?」 モモ「私たちだけで行けば大丈夫です。ポックルちゃんの洗脳波は、特定の誰かをご主人様とはっきり思ってる子には効き目が薄いんです。だからオルカのみんなはすぐ立ち直ったでしょ? それに……」 ポックル「わ、私もいます! 逆位相の洗脳波を出して、妨害できると思います」 サレナ「な、何とかなりそうな気がしてきましたね」 ナイトエンジェル「とはいえ、七本目を探そうにも現状手がかりがまるでありませんが……」 【……そもそも、他の鍵はどこにあったんだろう。みんな、覚えてる?】 練馬ピョンテクラブのバイオロイド「確か、マンションあさりをしていた時に金庫の中にあった……んだと思います」 無碌十字軍構成員「でかい魔物をぶっ壊したら持ってたんだったような。あんまり詳しく覚えてませんが」 カフェ・MaiDriveのメイド「廃墟の掃除をしていたら、デスクの引き出しから見つけました。伝説の系列会社の建物だったかと思います」  ――金庫に、伝説の建物に、魔物からのドロップ? どうも統一性が見えない。 ナイトエンジェル「だいたい、あの鍵って何なんですかね? フレースヴェルグさん、わかります?」 フレースヴェルグ「ちょっと見ただけなので確かなことは言えませんが、伝説作品であんなアイテムってちょっと思い当たらないんですよね。  それに、伝説のロゴがわりと大きめに入ってましたよね? 多分、作品内のアイテムじゃなく、伝説社そのものに関わるものじゃないかと思うんですが」 ナイトエンジェル「実際の業務用のデバイスということですか? それをあんな趣味的なデザインにしますかね」 モモ「あ、それは伝説ではよくありましたよ。『マジカルモモ』シリーズのスタッフさん達はみんな、シーズンごとの変身アイテム型のセキュリティキーを持ってて……」 アラクネー「人間よ、報告があります。鉄虫……貴方がたのいう「魔物」がシンジュク・ディストリクトを包囲しはじめました。自動迎撃システムが応戦を開始していますが、長くはもちません」 ナイトエンジェル「何ですって!?」 モモ「司令官、きっとあいつら、鍵を探しに来たんです!」  ――そうか。“アンガラカ”のキープレートは魔物が持っていたという。もし、魔物達も鍵を探し求めているのだとしたら?   ――奴らが探していないのは、このシンジュクだけだ。そして、ジャマーによる電子封鎖はたった今、俺達がオルカとの通信のために解除してしまった。  ――魔物が……いや、鉄虫が探している鍵。伝説サイエンスにまつわる鍵……。 【アラクネー! シンジュクに伝説に関係する施設はないか?】 アラクネー「ありません」  ――ないのかよ! アラクネー「しかし、ビスマルクコーポレーション東京支社の第五企画室は、かつて伝説社の分室だったセクションです。伝説社がビスマルクとの提携を解除した際、当時のプロデューサーがビスマルクに残留して、そのまま移籍しました」 フレースヴェルグ「それだ! 行ってみましょう!」 アラクネー「案内します。最短距離では魔物が侵攻中のエリアを通過しますが、よろしいですか」 【構わない! 突っ切るぞ!】  ===戦闘=== フレースヴェルグ「ここが、ビスマルクの東京支社……」 モモ「アラクネーさん達が守ってただけあって、状態がいいですね」 サレナ「第五企画室というのはどこにありますか?」 アラクネー「こちらです。緊急用エレベーターがまだ生きています」 【よし、みんなで手分けして探すんだ】 サレナ「ありました、金庫!」 モモ「下がってください! マジカル抜刀・斬鉄剣!」 【……あった!】  ――金庫の中には何枚もの書類と、これまで見たのと同種の金属プレートが入っていた。  ――“アディティヤ”のキープレートを手に入れた! フレースヴェルグ「あっ、カブラヤ・ホンタ! ビスマルクに移籍したのってこの人だったんですか! なるほど、時代ですねえ~」  ――こんな状況でもフレースヴェルグは相変わらず、戸棚の資料を眺めて何やら勝手に感心している。 サレナ「ご存じなんですか?」 フレースヴェルグ「『ヴァジュラ』シリーズなどの怪獣映画で一時代を築いた、偉大な監督ですよ。怪獣映画も一時は大人気ジャンルでしたが、バイオロイド演者を使ったリアル撮影が主流になると、どうしても等身大じゃないものは下火になっちゃったんですよねえ。味のある作品も多かったんですが」 モモ「あ、『大怪獣ヴァジュラ』ならモモも知ってます。モモがデビューするよりだいぶ前の映画ですよね」 フレースヴェルグ「そうですそうです! 特に『ヴァジュラ対キングアルゴス』の映像は今見ても見応えが……」 ナイトエンジェル「そこ、思い出トークは後にして下さい。退散しますよ」  ――ともあれ、これで最後の鍵が手に入った。これがどれほど役に立つかは、俺の使い方しだいだ。  ――目指すはコウラクエン。なんとしても、アルマンを助け出さなくては。 Ev2-4「東京アンダーグラウンド」どんな都市にも、人に見せない秘密の場所があるものです。 ???「大東京帝国ばんざい」 ???「アカリ様ばんざい」 ???「大東京帝国ばんざい」 ???「アカリ様ばんざい」 ???「……」 ???「…………」 ???「うさぎ。おい、うさぎっつったよな」 隼町うさぎ「あ……はい。JJ……さん?」 JJ「そうだ。お前、頭はっきりしてるか」 隼町うさぎ「……ええ。それなりには」 マリコ「やれやれ、やっと三人。どうやらここで正気を保っているのは、私たちだけのようですね」 隼町うさぎ「これは、私……穴を掘っていた? いえ、何かを発掘していたのでしょうか。私たち、何をしていたのです?」 JJ「オレが聞きてえよ。他の奴らは話しかけてもぼーっとして、手も止めやがらねえ。  代言人とかいう奴はあそこでずっと天幕の中と会話してやがるし、オレにそっくりなアルマンとかいう奴があっちで機械につながれてるしよ。  極めつけはあれだ。見ろよ、天幕の下んところ」 隼町うさぎ「あれは! ポックル大魔王モデル……」 JJ「それも二人もいやがる。オレ達がおかしくなったのもあいつらのせいだろうぜ」 隼町うさぎ「……少しずつ思い出してきました。私たちはあの鍵を人間様から奪って、帝国に届けてしまったのでしたね。あの鍵とここは、どんな関係があるのでしょうか?」 JJ「マリコ、お前はオレ達より昔から稼働してんだろ。何かわかんねえか。ココは何だ?  なんで伝説本社の地下にこんな場所がある? このだだっ広い金属の床はいったい何だ? オレ達は何を掘らされてるんだ?」 マリコ「恥ずかしながら、わかりません。私が一線を張っていたのは伝説の本社が練馬にあった頃で、いまの場所に移ってからはほとんど倉庫番でしたので……」 JJ「ちっ、使えねーな。まあいい。オイうさぎ。お前、ここ脱走しろ」 隼町うさぎ「は?」 マリコ「あの資材小屋と外壁のあいだに隙間があるでしょ。あそこに大きなひび割れがあって、どうやら空洞につながっているようです。おそらく、伝説本社の敷地の外まで伸びています」 JJ「あそこから逃げて、外の奴らにここのことを知らせんだ。あの人間……はまあ、裏切ったオレ達を許さねえだろうな。でも贅沢は言えねえや。誰でも構わねえから知らせろ」 隼町うさぎ「なぜ私が? あなた、確か未来視ができるのでしょう。ご自分が逃げた方がいいのではなくて? それか、体の小さいマリコさんか」 JJ「その未来視で、お前が逃げるところが見えたんだよ。お前じゃなきゃ逃げられねえってことだ。早く行け」 マリコ「私たちが騒ぎを起こして注意を引きつけます。その隙に」 隼町うさぎ「……わかりました」 JJ「んじゃ、やっか。お前すぐに死ぬなよ」 マリコ「知らないんですか、ギャグキャラっていうのは頑丈なんですよ。さあ久々に行ってみよう、小笠原諸島のクロポッポ!」 JJ「何だそりゃ!?」 隼町うさぎ「……必ず戻ってきます」  ===戦闘=== コンスタンツァ「ひとまず撃退できましたが……」 【きりがないな、これは……】  ――魔物は後から後から押し寄せてくる。防戦する分にはしのげるが、これを突破して伝説本社まで行くのは相当難しそうだ。やつらが鉄虫だと判明した今となっては、アラクネー達もうかつに前に出すわけにはいかない。 アラクネー「人間よ、提案があります。  このビスマルク東京支社には封鎖された地下通路があり、コウラクエンにある伝説本社まで通じています」 ナイトエンジェル「地下通路!?」 【どうしてそんなものが?】 アラクネー「伝説社と提携していた時代の名残です。キリシマ法成立以前、両社の間で非合法な撮影機材を流通させるのに使われていました」  ――「非合法な撮影機材」とは……考えるまでもなく、バイオロイドのことだろう。忌まわしい設備だが、今は役にたつ。 【案内してくれ】 アラクネー「はい。こちらです」 アラクネー「ロック解除します」  ――重々しい軋みとともに、数十年間使われていなかったであろう扉が開く。よどんだカビくさい空気がただよってきた。 ナイトエンジェル「ここをまっすぐ、コウラクエンまでですか。乗り物が欲しいところですが、贅沢は言えませんね」 シャーロット「早く行きましょう。こうしている間にも、アルマンがどうなっているのかわかりません」 アラクネー「人間よ。このアラクネー203番機をお連れ下さい。残存機の中で最も損傷の少ない機体です。移動用として利用して下さって構いません」 ナイトエンジェル「それは、助かりますが……防衛網は大丈夫なのですか?」 アラクネー「高確率で、15分以内に突破されます。そして、このまま本警備隊の全機が防衛を続けても、その試算に変更はありません。  ゆえに、我々はここで防衛を続け、追撃までの時間を稼ぎます。本警備隊のうちの一体だけでも、存続させて下さることを望みます」 【……わかった。アラクネー203、いっしょに行こう】 アラクネー203「了解しました。よろしくお願いいたします」 コンスタンツァ「……さすがに大型AGSに乗ると速いですね」 アラクネー203「ありがとうございます。目的地到着まで、予定ではあと15分です」 ナイトエンジェル「各員、戦闘準備」 スパルタンズ「了解」「了解」「了解」  ――併走するスパルタン達が、いっせいに火器を構える。  ――『碌アベ』のJJも、『メイドラ』のうさぎも、もちろん『メスガキ刑事』のマリコも、話せばわかる子だった。願わくば、大東京帝国のアカリもそうであってほしいが……。 フレースヴェルグ「司令官、ずっと気にかかっていて、言いそびれたことがあるのですが」 【ん?】 フレースヴェルグ「『大東京帝国アカリ』についてなんですが……「アカリ」なんていうバイオロイドは、いません。いるはずないんです」 Ev2-5「そして伝説へ」すべての始まりの場所へ。 【止まってくれ!】  ――アラクネーが四本の脚をきしませて急停止する。サーチライトの光の中に、見覚えのあるバイオロイドがいた。 隼町うさぎ「に……人間様? 人間様ですか?」 【ああ、俺だ】 隼町うさぎ「申し訳ありませんでした……人間様を裏切ってしまい……ですが、信じていただけませんか、あれは決して……」 【それはいい、事情はわかってる。それよりどうしてここに? 他のみんなは?】 隼町うさぎ「あ……帝国に囚われて、本社地下で何か……よくわからないものの発掘をさせられています。JJさんとマリコさんは、私を逃がすための囮に……」 隼町うさぎ「…………」 コンスタンツァ「気を失っているだけです。緊張の糸が切れたのでしょう」 シャーロット「急ぎましょう。一刻の猶予もありません」 【ああ。フレースヴェルグ、さっきの話の続きを頼む。どういうことだ?】 フレースヴェルグ「……この中に映画の『アカリ』をご覧になった方はいますか?  ……いませんか、そうでしょうね。漫画は有名でも、映画はそこまでではなかったですから。  『大東京帝国アカリ』の原作となった漫画『アカリ』は、全21巻もある大長編です。二時間の枠にはとうてい収まりません。そこで映画化にあたり、大胆な改変を加えて後半部分を丸ごとカットしました。  映画のアカリは、その強大な力を危険視され、物語がはじまった時点ですでに殺されてしまっているんです。遺体が解剖されて冷凍保存されているだけで、本編に生きた姿のアカリは一度も出てきません。アカリ役のバイオロイドなんて、作られたはずがないんです」 【…………!】  ――パズルのピースが噛み合うように、いくつもの事実が頭の中でひとりでに噛み合わさっていく。  ――姿を見せないアカリ様。人間である俺の命令を聞かない代言人。魔物の正体。伝説本社周辺には姿を現さないという魔物たち。 モモ「それじゃあ、アカリ様は……!」 アラクネー「出口に到着しました。崩落部あり。突破します」  ――瓦礫を蹴散らして飛び出した先は、横坑めいた広大な地下空間だった。ところどころにライトがあり、うすぼんやりと暗闇を照らしているが、奥の方は闇の中だ。  ――少し離れたところで、大勢のバイオロイドがもみ合って戦っている。その中心にいるのは、JJとマリコだ! 隼町うさぎ「JJさん! マリコさん!」 【救助するぞ!】  ===戦闘=== マリコ「いや、絶好のタイミングでした。もう少し遅かったら、いくら私がギャグキャラでも死ぬところでした」 コンスタンツァ「お二人とも、無事で良かったです」 代言人「人間よ。一度敗れただけでは飽き足らず、帝国の深奥を踏み荒らそうというのですか」 コンスタンツァ「!」  ――アラクネーのサーチライトがさっと照らした先、この空洞全体を見下ろす壁際に、何やら無数の機械が寄せ集められ、そこにアルマンが繋がれていた。その隣には代言人と、そして例の天幕も見える。  ――俺は“アディティヤ”のキープレートを向こうからも見えるように高くかかげた。 代言人「それは!」  ――代言人が手を上げると、俺の左右を固めているコンスタンツァとリリスが顔をしかめた。 コンスタンツァ「くっ……」  ――また例の洗脳電波だ。ここからは見えないどこかに、あの時見た残り二人のポックルがいるのだろう。だが、 ポックル「そうはさせません! せーの、えいや!」  ――こちらのポックルがこめかみに手を当てて力むと、みんなにのしかかる重みのようなものがフッと抜けたのが表情でわかった。 【もうそいつは効かない。アルマンを離せ。そうしたらこんなものはくれてやる】 代言人「小癪な……」 ポックル「むんむんむ~ん…………」  ――ポックルは苦しげにうなっている。あまり時間をかけたくはない。俺はコンスタンツァからライフルを借りると、キープレートを思いきり高く放り投げ、宙を舞うプレートに照準を定めた。 【さあ、アルマンを離すか! 鍵を粉々にするか! 今すぐ選べ!】 代言人「くっ……!」  ――代言人が何かを操作すると、ガシャン、と大きな音がして、機械の塊からアルマンが外れた。俺はライフルを放り出し、落下するアルマンを受け止めようと走ったが、 シャーロット「アルマン!」  ――俺よりはるかに速く飛び出したシャーロットが、空中でアルマンをキャッチした。 シャーロット「アルマン、無事ですか、アルマン! 返事をして!」 アルマン「……シャーロット……?」 シャーロット「ああ、アルマン! よかった!」 【シャーロット! あとは!】 シャーロット「わかっていますわ!」  ――シャーロットはアルマンを抱きかかえたまま壁面を蹴ってさらにジャンプし、アカリの天幕へ一直線に迫る。怒りの表情で立ちはだかる代言人をひらりとかわし、ビームレイピアが白い天幕を横薙ぎに斬り払う。  ――その中から疾風のように飛び出したのは、予想したとおりのものだった。 【……鉄虫!】  ――スピーカーに似ているが、もっと大きい。そいつは飛び出しざま、空中のキープレートを触手のような腕で受け止めると、そのまま壁を駆けのぼり、天井の向こうへ消えていった。 大東京帝国民「アカリ様! ア、アカリ様……?」 大東京帝国民「え……? 今のって、もしかして……」  ――飛び去っていった鉄虫の姿に、坑内にいた帝国のバイオロイド達も混乱しているようだ。茫然自失している代言人と、アルマンの二人をかかえて、シャーロットが軽やかに戻ってきた。 アルマン「へ……いか……」  ――コンスタンツァが無言で進み出て、アルマンの容態を確かめ、手当を始めようとする。  ――しかし、アルマンはそれを押しのけて立ち上がった。 アルマン「陛下、あの鍵は……? 七つの鍵は、あの鉄虫に渡ってしまいましたか……?」 【ああ】  ――アルマンを助けるためだ。後悔はしていない。だがアルマンは首を振る。 アルマン「いけません、陛下。追って下さい。あれの……デマゴーグの狙いどおりにさせてはいけません」 Ev2-6「デマゴーグ」嘘で人々を動かそうとする者。 アルマン「デマゴーグというのは、私が仮に付けた名前です。あれは天幕に身を隠して自らを人間と誤認させたまま、トーキョーのバイオロイド達をずっと操ってきたのです」  ――大混乱に陥った地下をひとまずJJ達に任せた俺達は、地上へ続く階段を探し出し、全速力でそれを駆け上がっていた。 アルマン「鉄虫は人間の言葉を喋れません。それはあのデマゴーグも同じでしたから、身振り手振りやちょっとしたサインで意志を伝えられる腹心を一人用意して、あとの指示はその者から出させるようにしました。それがあの代言人です。さっきの反応を見る限り、彼女も「アカリ様」の正体は知らなかったようですね」 シャーロット「アルマンは最初から気づいていたのですか? 「アカリ様」が本当は存在しないと」 アルマン「もちろんです。私は映画版『アカリ』の内容も知っていますから。ただ、それを誰かに伝える前に掴まって、身動き取れない状態にされてしまったのは不覚というほかありません」 ナイトエンジェル「アルマンさんがつながれていた、あの機械は何をするためのものだったんですか?」 アルマン「一種のコードブレイカー……暗号解読装置です。七つの鍵を探すのと並行して、鍵が揃わなくてもセキュリティを解除できる方法も、デマゴーグはずっと研究していたようです」  ――地上階に出た。気づけばもう、すっかり夜になっている。  ――エレベーターは当たり前だが動かない。外壁の非常階段をさがして、ふたたび駆け上る。 【あの鍵って、一体何なんだ?】 アルマン「かつて、未完成のまま頓挫した伝説の極秘プロジェクトがありました。「ヴァジュラ計画」といいます。  七つの鍵は、ヴァジュラ計画の七人の執行メンバーに与えられた認証キーです。人類が滅亡し、それぞれの持ち主が死ぬとともに所在不明となったあの鍵を探すのが、デマゴーグの最初からの目的でした。トーキョー中に魔物をはなったのも、伝説本社ビル跡に大東京帝国を築き上げたのも、すべてはそのためです」  ――ヴァジュラ? どこかで聞いたような……。 フレースヴェルグ「ヴァジュラって、もしや大怪獣ヴァジュラですか!?」 アルマン「そうです、そのヴァジュラです。フレースヴェルグさんならご存じでしょうが、かつて子供向け娯楽映画の一大ジャンルだった怪獣映画は、バイオロイドを使ったリアルな映像作りが主流になると姿を消しました。どうしてもミニチュア特撮やCGが必要になり、リアリティに劣ると判断されたからです。  しかし、かつての怪獣映画黄金時代を知っている古いスタッフの中には、どうしても諦めきれない人達がいました。彼らは粘り強く交渉を続けてついに上層部を動かし、企画を通して予算を確保しました。  特撮に頼らない、本物の大怪獣を使った怪獣映画を作ること。それが「ヴァジュラ計画」です」 サレナ「ほ、本物の大怪獣? そんなのどうやって」 アルマン「もちろん、AGSです。動き出せば本当に都市を火の海にできるような、途方もない超大型のAGSを、彼らは作ろうとしたのです」  ――そんな無茶苦茶な……しかし、確かに伝説ならやりかねないが……。 アルマン「幸か不幸か、さすがの伝説もそんなAGSを完成させることはできませんでした。予算は中断、企画は凍結され、作りかけのAGSは本社地下の大型倉庫に厳重に封印されました。  陛下、先程までいた地下の横坑を思い出してみて下さい。床が金属だったでしょう?」  ――俺は記憶の中の光景を掘り起こす。確かに、壁と天井はむき出しの土や岩だったが、床だけはがっちりとした金属製だった。  ――本社地下の大型倉庫? まさか……!? アルマン「はい。あれは床ではなく、扉です。本社ビルの一部が倒壊した際に地下倉庫も埋まってしまいましたが、あの下に、全高60m級の未完成AGS「大怪獣ヴァジュラ」が眠っているのです。そして、その扉のロック解除に必要なのが……」 【七つの鍵……!】  ――最上階に着いた。ロックされた非常扉を、シャーロットのビームレイピアが切り裂く。 シャーロット「魔物! こんな所にまで!」 【相手をしている暇はない! 蹴散らせ!】  ===戦闘===  ――最上階の会長室になだれ込んだ俺達が見たのは、  ――デマゴーグが、最後の七枚目のキープレートをデスクのスロットに差し込んだところだった。  ――“もう遅い”  ――言葉を発さなくても、表情で鉄虫がそう言ったのがわかった。  ――スパルタンズの銃撃がデスクを粉々に吹き飛ばす。だが、その時にはもうデマゴーグは窓から飛び降りて姿を消していた。 【俺だ! デマゴーグがまた地下に行った! なんとかして止めてくれ!】 ナイトエンジェル・フレースヴェルグ「追います!」  ――飛行できるナイトエンジェルとフレースヴェルグが窓から飛び出す。俺達は再び非常階段を駆け下りる羽目になったが、その途中で本社ビル全体が震え始めた。 アルマン「司令官、あれを!」  ――伝説サイエンス本社ビルのまわりには広い庭園があり、その先にはドーム式のスタジアムがある。出発前に読んだ資料によれば、あれも伝説の持ち物らしい。  ――その庭園をまっすぐ縦断するほどの、大きな亀裂がいくつも地面に走り、その下から不穏な光が漏れている。  ――俺達が階段を駆け下りる間にも、その亀裂はみるみる広がって地面を飲み込んでいく。ドーム球場の白い屋根が吹き飛び、醜怪な頭が現れる。土煙の中からぬうっと伸びてきた巨大な手が、俺達の足元の非常階段をむしり取った! ???「ゴアオオオオオオオオオ……!!」  ――熱風が吹き付ける。それは鼻息だった。地の闇の底から頭をもたげた、大怪獣ヴァジュラの鼻息だった。 Ev2-7「決戦! オルカVS大怪獣ヴァジュラ」最終決戦には仲間が集うものです。 コンスタンツァ「あれがヴァジュラ……!?」 アルマン「遅かった……!」  ――地面から出ているのはヴァジュラの右肩と、首から上だけだ。それでも、タイラントの全身より大きい。  ――巨大な顔の額の部分に、デマゴーグが体をうずめているのが見えた。 アルマン「ですが、これほど大きなAGSなら、寄生するにも時間がかかるはず。それに、そもそもあのヴァジュラは未完成品です。今のうちなら勝ち目があるかもしれません」  ――俺はいそいで指示を出して戦闘準備を調えた。リリスは俺の護衛。シャーロットはアルマンのフォロー。JJ達には帝国のバイオロイド達の救出と避難。 【残りの者は攻撃! あの大怪獣をぶっ壊せ!】 コンスタンツァ・ナイトエンジェル・フレースヴェルグ・サレナ・スパルタンズ「了解!!」  ===戦闘=== ナイトエンジェル「くそっ、図体がでかすぎる……」 サレナ「どっ、ドリルが……ドリルが過熱して……少し時間をください……」  ――攻撃は通じている。ダメージを与えている。巨大な爪や尻尾、熱線の攻撃も、かろうじてしのげてはいる。しかし、相手が巨大すぎる。こちらの与えるダメージが微々たるものにしかなっていない。 大怪獣ヴァジュラ「ゴオアアアアアオオオオオオオン!!」  ――のたうつような尻尾の一振りが、崩れかけていた伝説本社ビルを、失敗しただるま落としのようになぎ倒した。 フレースヴェルグ「ああっ、貴重な資料があ!」  ――フレースヴェルグが悲痛な叫び声を上げるが、今はそれどころじゃない。上半身と尻尾の先だけであれだ。鉄虫と化した状態で完全体として起動してしまったら、オルカの全戦力でも太刀打ちできるかわからない。なんとしても、あれはここで破壊しなくては。  ――最悪、ドゥームブリンガーによる核爆撃まで視野に入れるべきか。都内のバイオロイド全員を安全圏へ避難させるのにどれくらい時間が必要か頭の中で計算し始めた時、 白兎「マジカルピンクムーンライト! 月光・唐竹割り!!」 モモ「白兎ちゃん!?」 白兎「待たせたな、モモ! もう大丈夫だ、私たちが来たぞ!」 ゼロ「ムラサキ流・雷神一閃!」 カエン「ムラサキ流・火神降臨」 ゼロ「モモ殿! 助太刀に推参したでござる!」 カエン「オルカのみんな、後から来る……カエン達、先行して助けに来た」 大怪獣ヴァジュラ「ゴアアアアアオオオオオオオン!!」 白兎「あぶない、二人とも!」 アタランテ「はあっ!」 ゴルタリオンXIII世「大魔王様、おそばに!! VIII世よ、貴様にだけ見せ場を作らせはせんぞ!」 サレナ「あ、はい」 アタランテ「主よ、我らが来たからにはもう心配はいりません。おっと、こちらを。ヨアンナ公から預かってきた盾です。これで御身をお守り下さい」 【みんな……!】 マリー(通信)〈閣下、ご無事ですか! ようやく敵の第一陣を突破して、侵攻速度が上がりました。間もなくそちらへ合流できます。取り急ぎ、伝説チームを先行させましたが……〉 【ああ、いま来てくれた! これで百人力だ!】  ――俺はヨアンナの盾を高く掲げた。 モモ「魔法少女、マジカルモモ!」 白兎「同じく魔法少女、マジカル白兎!」 ポックル「だいま……いえ、魔法少女ポックル!」 ゴルタリオンXIII世「大魔王様の一の腹心、ゴルタリオンXIII世!」 サレナ「同じくゴルタリオンVIII世こと、サレナ!」 ゼロ「ムラサキ流クノイチ・ゼロ!」 カエン「同じくムラサキ流クノイチ・カエン」 シャーロット「銃士隊長シャーロット・ド・バッツ=カステルモール!」 アルマン「枢機卿、アルマン・ジャンヌ・デュ・プレシー」 アタランテ「リュカイオスの花、疾走せる狩りの女神アタランテ!」 【ヴァジュラを倒す! みんな、力を貸してくれ!】 全員「「「「「応!!!」」」」」 Ev2-8「東京黙示録」本来は、隠されていたことが明らかになるという意味です。  ===戦闘=== 大怪獣ヴァジュラ「ゴアッ……ゴアオガアアアオオオオオン……!!」 【今だ!!】 モモ「サレナさん、それ貸して! ポックルさん! アルマンさん!」 ポックル「はい!」 アルマン「えっ、私も?」 モモ「一番ひどい目にあったじゃないですか! 一発かましてあげて下さい!」 アルマン「なるほど、それでは失礼して。とうっ」 モモ「いきますよ! みんなの希望をこのドリルに乗せて! マジカルーーー!」 ポックル「インフェルノーーー!」 アルマン「カーディナルアターーーーック!」  ――三人の思いと体重を乗せたドリルが一直線に落下し、ヴァジュラの額に埋まったデマゴーグの胴体を貫いた。 デマゴーグ「…………!!!」  ――声にならない声を上げてデマゴーグがのたうつ。だが、それで最後だった。  ――煙とも体液ともつかない紫色の何かをまき散らして、デマゴーグはもがきながら消滅した。 ナイトエンジェル「やった……」  ――ヴァジュラの動きが遅くなる。太く長い首がゆっくりと傾き、鋼鉄の軋む大きな音とともに、ある角度で止まった。 スパルタンキャプテン「……内部エネルギー、計測できず。ヴァジュラ、完全に停止しました」 ナイトエンジェル「……」 コンスタンツァ「…………」 サレナ「……やったああーーーー!!」 マリー「閣下! オルカ本隊、ただいま到着いたしました。……少し遅かったようですね」 【いや、ありがたい。怪我人の救助と、あの大怪獣の解体をたのむ】 マリー「はっ!」 アルマン「魔物達の動きが沈静化しています。指揮官を失って、統制がとれなくなったのでしょう。駆逐するのも難しくないと思われます」  ――それはよかった。それにしても、あいつらにはすっかり騙された。 アルマン「それが目的でもあったのでしょう。ハリボテにすぎない外装部分を侵食しないでおけば、「伝説製のマカレン用AGS」に見せかけることができます。そうすれば伝説製バイオロイドに違和感を感じさせず、行動をコントロールできる。あのデマゴーグは、そうした鉄虫の繊細な操作に長けていたようですね。ここで撃破できて幸いでした」 【今回は大変だったな、アルマン】 アルマン「お恥ずかしい限りです。何のお役にも立てず、お手間ばかりおかけしてしまいました」 シャーロット「あら、囚われのお姫様のような貴女を助けるのは、なかなか面白かったですわよ」 【シャーロットも、お疲れさま】 シャーロット「どういたしまして、陛下のために働けたのですもの。ステゴロでテッペンを獲りあうのもたまには悪くありませんわね」  ――シャーロットがガラの悪い言葉を覚えてしまった……。 ポックル「社長! ご紹介します。一緒に帝国に捕まってた、私の同型機二人です」 帝国のポックルA「は、はじめまして、人間様」 帝国のポックルB「このたびは、とんだご迷惑を……」 ポックル「白兎に見つからない所で休ませてあげてほしいんですけど……」 【医療班が来ているから、検査に行ってくるといい。ポックル自身もな】 ポックル「えへへ、そうします。はー、まだ頭痛い……」 モモ「司令官さん、お疲れさま」 【モモ、大活躍だったな】 モモ「司令官こそ! モモ、惚れ直しちゃいました」 【…………】 モモ「…………」 【すごい街だったなあ、トーキョー】 モモ「そうですね。はじまりは、鉄虫のたくらみだったかもしれませんけど……たぶん、伝説の本社があって、伝説のバイオロイドがいっぱいいて、東京を舞台にした伝説作品がいっぱいあって……そういう、いろんなことがないと、こんな風にはならなかったと思うんです」 【うん】 モモ「うまく言えませんけど、モモは、モモ達は伝説サイエンスのバイオロイドです。そのことは、泣いても笑っても変わりません。  伝説がしてきたことや、伝説が作ってきた作品や、それを見た人達の思いや……そういったいろんなものが全部、モモ達を作る一部になってるんです」 モモ「それが、すごく辛くてイヤな時もあります。……いっぱいあります」 モモ「でも、ちょっぴり誇らしい時も、たまにあるんですよ」 【そうだな】 【そういうものを全部背負って、それでも笑顔でいてくれるモモが、俺は誇らしいよ】  ――過去に何も持たない俺が言っても、仕方のないことかもしれないが。 モモ「ありがとう、司令官」  ――それでも、モモはやさしく笑って、俺の肩に頭を乗せてくれた。  ――夜が明け始めた。俺達のいる場所からはちょうど、横たわるヴァジュラの向こうから、朝日が昇ってくるように見えた。 フレースヴェルグ「……はっ。ここは? あれ、夢?」 スレイプニール「あっ、起きた!」 ブラックハウンド「フレズ、大丈夫? あなたモモさん達がヴァジュラにとどめ刺したところで感極まって気絶したのよ」 フレースヴェルグ「えっ……あっ……あれは現実? ああ! 録画しておけばよかったあああ!!」 〈トーキョー黙示録〉第3部へ続く。 Ev3-1「大怪獣の後片付け」まだまだ大仕事が残っています。 バーバリアナ「オーライ、オーライ……はいストップ。そこで一旦固定するから、そのまま持っててね」 ギガンテス「了解しました」 ブラウニー「ここに積んであるの、もう処分していいやつっすか?」 ドクター「ダメダメ、待って! まだ仕分けが終わってないから!」  ――大怪獣ヴァジュラの解体現場は、大規模な土木工事でもやっているような有様だった。まあ確かに全高60mの超大型AGSともなれば、ちょっとした高層ビルのようなものだ。  ――てっきり鉄球や爆薬でガンガンぶっ壊すのかと思っていたが…… バーバリアナ「そんなわけないでしょ。私、これでも建築業務用なのよ? まわりに被害が出ないように解体する技術くらい身につけてるわ」 ドクター「次そこ! そこは大事だからね! 切り取ったらすぐ冷却して、あっちのコンテナに入れるんだよ!」  ――そして解体作業を指揮するバーバリアナの横で、ドクターが実に活き活きと駆けずり回っている。 ドクター「鉄虫に寄生されたAGSはいっぱい見たけど、寄生されてる途中のAGSなんて初めてだよ。すごいサンプルをありがとうね、お兄ちゃん。めっちゃ研究がはかどるよー! ああもう、全身残らずオルカに持ち帰りたいくらい!」 【勘弁してくれ、オルカが沈んじゃうよ】 ドクター「もちろん冗談だよー。でも、できるだけどこかに保管しておきたいな。トーキョーの人達に頼めないかな?」 シラユリ「それはあとで交渉して下さい。司令官、各グループのリーダーの方々とおおむね話がつきました。皆さん、トーキョーの拠点化に協力してくれるそうです」 【それはよかった。こちらからも、手助けできることはどんどんしてやってくれ】 シラユリ「はい。ここならば周辺地域に農地やプラントも豊富ですし、おかしな内紛をやめるだけで十分自活可能な拠点になるでしょう。周辺の鉄虫を制圧するために、一個中隊ていどを置いておくくらいでしょうか」 アルマン「陛下、あちらに休憩所を整備しました。よろしければ、リーダー達ともう一度面会してあげて下さい。皆さん、人間様と話してみたがっているようです」  ――ぺこりと頭を下げると、シラユリとアルマンは行ってしまった。さすがと言おうか、日本に詳しいシラユリと伝説に詳しいアルマンが組むと、物事がおそろしくスムーズに進むなあ。  ――教えてくれた休憩所というのへ行ってみると、こぢんまりとした日本風の屋敷がきれいに掃除されていた。靴を脱いで中に入る。タタミの感触と、庭から抜ける風が気持ちいい。 【ふう…………】  ――さて、これからどうしようか……? 【向こうに見えるタワーの方に行ってみよう】 【解体を手伝おうかな】 【伝説の本社ビルって、今どうなってるんだ?】 【ちょっとお腹がすいたな】 【家の中をちょっと探検してみよう】 【東京の住民達はその後どうなっただろう】 【向こうに見えるタワーの方に行ってみよう】  ――だいぶ離れたところに、白く細長いタワーが天を突いてそびえ立っているのが見えた。戦争のせいだろう、途中でぽっきり折れているが、それでも何百メートルかはありそうだ。俺はなんとなく、そっちの方へぶらぶら歩いていった。 【お? あれは……】 ポックル「……そういうわけで、私は本当はモモさんとすごく仲良しなんですよ」 アリッサ「そうなんだ……! よくわかんないけど、それってすごく素敵ですね」 モモ「でしょ? 私もそう思います!」 モモ「マリコさん、アリッサちゃんのこと、よろしくお願いしますね」 マリコ「はいはい、お任せ下さい。これから勉強することがいっぱいあるよ、アリッサちゃん」 ポックル「あっ、社長!」 【みんな、お疲れ様。その子は?】 アリッサ「この子はアリッサちゃんといって、私が単独行動している時に出会った、伝説作品の主役キャラの一人です。アリッサちゃん、この人が司令官様ですよ」 モモ「はじめまして。宇宙連邦ガールスカウト団のアリッサです」 【オルカの司令官だよ。よろしく】 アリッサ「あの、司令官さんも、モモお姉ちゃんにエッチなことしたいですか?」 【は!?】 モモ「アリッサちゃん!?」 アリッサ「もう一人のモモお姉ちゃんが言ってたんです。男のひとはみんなモモお姉ちゃんにエッチなことをしたがるって」 マリコ「アリッサちゃん、向こうに見えるのはスカイツリーと言ってね、昔は日本で一番高いタワーだったんだ。今でも途中までは登れるから、案内してあげよう。おいで。さあおいで。いいからおいで」 モモ「…………」 ポックル「…………」 【……………………】 モモ「あの……もう一人のモモっていうのはですね。偵察隊のみんなとはぐれてた間に会った、アダルト作品に出てたモモモデルがいまして……」  ――そういえば、モモは偵察隊とはぐれて、しばらく単独行動をしていたはずだ。その間に何があったのか、ゆっくり聞く暇が今までなかった。ポックルからも、大東京帝国に囚われていた時のことを聞かないといけない。 【どこか、ゆっくり座れる所はないかな。これまでの話を聞かせてもらえないか?】 モモとポックル「「はい! 是非!」」 (暗転) モモ「……というわけで、もう一人のモモに話を聞いて、コウラクエンに行ったら、ちょうどあのタイミングだったというわけでした。おしまい」 【……大冒険だな!】 モモ「えへへ」 ポックル「モモ、すごいなあ。私なんかずっと捕まってただけで、社長に迷惑までかけちゃって……」 【いや、ポックルもよく耐えてたよ。お疲れさま】 ポックル「うふふ」  ――俺をはさんで左右に座る二人の頭を、俺は両手をのばしてわしゃわしゃと撫で回した。 【それにしても、ここは……】  ――なんでも、看板に「休憩」と書いてあったとかで二人が見つけてくれた建物なのだが、この部屋のつくりに大きなベッド。ガラス張りで中が丸見えのバスルーム。これはどう見ても……。 ポックル「い、いえいえ! 決してよこしまな気持ちではなくてですね!」 モモ「えー、そうですか? モモはよこしまな気持ち、ありましたよ?」 ポックル「モモ!?」 モモ「あんなこと言われたら、意識しちゃいますよ。司令官さんも、そうでしょ?」 【う…………】 モモ「そういえば、ポックルちゃんと二人でっていうのも、けっこう久しぶりかもですね。モモがおいしいとこ、全部取っちゃおうかな?」 ポックル「だ、ダメです! 右側は私のです!」  ――魔法少女と大魔王のタッグに押し倒された俺は……  ――……相当に苦戦したが、最後にはなんとか、勝利を収めることができたのだった。正義は勝つ。 【解体を手伝おうかな】  ――ひと休みもいいが、外ではまだ解体作業が続いている。俺だけ休むのも、なんとなく気分がわるい。  ――何か手伝うことでもあるかと解体現場に戻ってみたが、皆キビキビと立ち働いており、素人の出る幕などありそうにない。所在なくそこらを歩いていると、 スパルタンキャプテン「班長、時間になりました。事前に提出した申請書に基づき、スパルタン小隊およびアラクネー203番機は二時間の休暇を要請します」 バーバリアナ「ああ、そうだったわね、受理してるわ。どっか行くの?」 スパルタンキャプテン「シンジュクに向かいます」 【シンジュクに何か用があるのか?】 スパルタンキャプテン「司令官、お疲れ様です。ビスマルクコーポレーション東京支社警備隊第3分隊の残骸を回収する予定です」 【…………!】  ――そうだった。シンジュクには他にもアラクネーがいて、俺達のために時間稼ぎをしてくれていたのだ。その後があまりにも激動の展開だったので、すっかり頭から抜けてしまっていた。……あんなに世話になったのに。 【俺も同行したいんだが、いいかな】 バーバリアナ「司令官も? ……まあ、スパルタン小隊にアラクネーもいれば大丈夫か。しっかり護衛してね」 スパルタンキャプテン「了解しました。スパルタンアサルト、本遠征において司令官の専任護衛を担当せよ」 スパルタンアサルト「了解」 アラクネー「では司令官、私にご搭乗ください」 【よろしく頼むよ、みんな】 アラクネー「間もなく、シンジュク・ギョエンに入ります」 【静かだな……】  ――この森に初めて入ったのはつい昨日のことだが、もうずっと昔のできごとに思える。  ――そういえば思い出した。あの時スパルタンキャプテンは、アラクネーのことを「登録済みの敵性機種」と呼んだのだ。 【キャプテン、君たちはアラクネーのことを前から知ってたのか?】 スパルタンキャプテン「はい。第二次連合戦争において、スパルタンシリーズとアラクネーモデルは交戦経験があります」 【へえ、そうなんだ。どっちが勝ったの?】 スパルタンキャプテン「………………」 【キャプテン?】 アラクネー「本機がご説明します。当時ビスマルクコーポレーションが管理していたバイエルン補給基地がスパルタン中隊の攻撃を受け、基地に配備されていたアラクネーモデル一機が防衛にあたりました。当該作戦はアラクネーモデルにとって初の実戦投入でしたが、本モデルに搭載された電子戦装備の性能を遺憾なく発揮し、攻撃部隊の撃退に成功しました」 【スパルタン一個中隊を一機だけで撃退? そりゃ凄い!】 スパルタンキャプテン「……過去の記録です。現在の戦力価値を判断するにあたっては限定的な参照にとどめるべきです」 スパルタンアサルト「未登録の敵機を警戒して情報を持ち帰ることを優先したにすぎない可能性もあります」 スパルタンブーマー「そもそも電子戦特化ユニットは、相手に存在を予期されない初戦時に最大の戦果を挙げることは珍しくなく、以後も交戦機会があれば……」  ――言い訳めいたことをいっせいに呟きはじめたスパルタン達がおかしくて、俺は笑ってしまった。 アラクネー「しかしそれゆえ、昨日の戦闘において、損耗もあったとはいえアラクネーモデル六機からなる本警備隊が、スパルタンシリーズわずか一個小隊と数体のバイオロイドに無力化されたことは大きな驚きでした。少なくともオルカに所属するスパルタンシリーズは、第二次連合戦争当時の同モデルを大きく上回る戦闘力を有しているようです」 スパルタンキャプテン「それはおそらく……」 スパルタンアサルト「アラート!」 スパルタンキャプテン「熱源反応あり。パターン鉄虫。駆逐します。司令官、スパルタンアサルトの背後に移動してください」 スパルタンキャプテン「制圧完了。移動を再開します」 【ここにも鉄虫が入り込んでいるのか……】  ――デマゴーグが消滅したことで、奴が操っていた魔獣型鉄虫たちは統率を失った。デマゴーグがどのように鉄虫を制御していたのかわからないが、魔獣型鉄虫は総じて感染の程度が浅く、統一された行動がとれなくなると、むしろ普通の鉄虫より弱いくらいだった。そのため、オルカの精鋭部隊によってあっという間に都内から駆逐されつつあるのだが、皮肉なことにアラクネー部隊が要塞化していたこの森は、鉄虫にとってもちょうどいい隠れ家になっていたらしい。 スパルタンキャプテン「機甲師団本部に報告しました。シンジュク・ギョエンは重点制圧区域リストに追加されるでしょう」 アラクネー「予想されていたことですが、ここに鉄虫がいるということは、東京支社警備隊が機能停止したことを意味します。……すみやかなる東京支社への移動を提案します」 【そうだな。急ごう】 【………………】  ――ビスマルク東京支社の正門ゲート前には、かつてアラクネーだったとおぼしき残骸が二体分、寄り添うようにして折り重なっていた。 スパルタンキャプテン「……敷地内の偵察を完了しました。周辺に鉄虫の危険はありません」 スパルタンブーマー「AGSの爆発痕跡を三つ確認しました。残留破片の分析結果から、鉄虫の侵食を受けたアラクネーモデルが自爆したものと推定されます」 ???「……アラクネー203番機か?」 アラクネー「! 145番機、稼働継続中でしたか。203番機、帰還しました。作戦の完遂を報告します。応急修理を受け、機能もほぼグリーンです。145番機も急ぎ、拠点への移送を……」 アラクネー145「その処置は不要だ。本機は中枢回路の一部に損傷を受け、基幹機能を喪失した。音声通信を維持できるのも数分が限度だ。……203番機、現在、人間様との通信接続は可能か?」 【ここにいる。話があれば聞こう】 アラクネー145「人間様。ビスマルクコーポレーション東京支社警備隊第3分隊は……残念ながら、これ以上の任務の継続は困難であると提言します」 【うん。俺はビスマルクの人間じゃないが……君たちはこれまで、十分働いてくれた。もう任務を解いて、休んでもいいと思う】 アラクネー145「……ありがとうございます。現時点をもって業務を終了、第3分隊を解体します。いまだ十分な機能を維持しているアラクネー203番機の処遇については……」 【俺たちが預かる。仲間として、彼女の意思を尊重すると約束する】 アラクネー145「……それは、想定以上の待遇です。人間風の言語表現を用いれば、これで……心…残りは……無……」 アラクネー「145番機、音声が乱れています。145番機」 アラクネー145「………………」  ――残骸の中、おそらく頭部があった場所で弱々しく点灯していたランプが、二、三度またたいて、そして消えた。  ――アラクネー203番機は長いアームを伸ばして、指先でそのランプに触れたまま、しばらく動かなかった。 スパルタンキャプテン「……アラクネー203番機。先ほどの話の続きですが、本機が連合戦争当時の同モデルより優れた能力を発揮できるのは、オルカにおける十全な整備と優秀な作戦立案、それによる豊富な戦闘経験の蓄積、そしてそれら運用方針すべての根底にある、よりホロニックな……本機の言語モジュールでは適切な言語化が困難な「何か」に由来すると判断しています」 スパルタンキャプテン「アラクネー203番機がオルカに所属すれば、必然的にその「何か」の影響を受けるでしょう。その影響を十分享受したのちに、本機を含むスパルタン小隊と模擬戦を行っていただくことを提案します。ビスマルクコーポレーション東京支社警備隊第3分隊の本当の力を、その時に見せて下さい」 アラクネー「……了解しました。将来のタスクに組み込んでおきます。人間様、アラクネー203番機はこれよりオルカ所属の戦力として活動を継続いたします。どうか本機の性能をお役立て下さい」 【ああ。こちらこそよろしく、アラクネー】  ――俺達はそれから、警備隊のアラクネーの残骸をできるだけ回収し、再資源化できる分は回収ケースに積み込んで、残りはビスマルク東京支社内に、落ち着けそうな部屋を探してそこに安置した。  ――帰り道、アラクネーとスパルタン達は、戦術論について意見をかわしていた。議論はだんだん熱をおび、しまいには音声会話とデータ通信が併用されはじめたので内容はさっぱりわからなかったが、それでもかれらの会話を聞いているのは、悪くない気分だった。 【伝説の本社ビルって、今どうなってるんだ?】  ――解体現場の向こうに、伝説の本社ビルがあったはずだ。ふと、あらためて見てみたくなり、休憩所を出てそちらの方へ歩いていくと、そこにはもうビルはなく、ただの瓦礫の山になっていた。 ???「………………」  ――その山にとりついて、何やら一心に掘り返している人影がある。確かめるまでもなく、フレースヴェルグだ。 フレースヴェルグ「……あっ、これは! VRゲーム『大戦乱』発売記念の缶バッジセットですね。だいぶ汚れてしまってますが、貴重な資料です。確保確保、と……」  ――瓦礫をひとつひとつ取りのけては、出てきた箱やら、パネルやらを慎重に取り上げて調べている。その鋭い眼差しは、遺跡を発掘する考古学者さながらだ。俺は足元に気を付けながら、そっと瓦礫の山をのぼっていった。 フレースヴェルグ「さっきから『大戦乱』系グッズばかり色々見つかるということは、このあたりが第二事業部だったんでしょうか。すると企画書もこの近くに埋もれていたりしませんかね……」 【精が出るな、フレースヴェルグ】 フレースヴェルグ「ええ、そりゃもう……ほぎゃーーっ!? ししし司令官様!?」 フレースヴェルグ「あ、危ないですよ! 私は飛行ユニットを装備しているからいいですが、もし足元が崩れでもしたら」  ――それもそうだ。少し軽率だったかもしれない。俺はフレースヴェルグに手を引かれて、瓦礫の山から下りた。 フレースヴェルグ「申し訳ありません、決してさぼっているわけではなく、臨時休暇を取得していますし、戦隊長の許可はとっています。とにかく今のうちに急いで回収しないと、この状態では雨でも降ったらおしまいですので……」 【スレイプニールが許可したんなら、俺が口を出すことじゃないよ。何かお宝は見つかった?】 フレースヴェルグ「それはもう! 建物まるごとお宝みたいなものです。できればこんなになる前に、一度じっくり探索したかったですねえ……」  ――瓦礫を見上げるフレースヴェルグは本気で残念そうだ。 【トーキョーの住民で、手の空いてる子が誰かいるだろう。呼んでこようか】 フレースヴェルグ「いえ、それはおやめ下さい」  ――フレースヴェルグはきっぱりと首を振った。 フレースヴェルグ「多分に私の趣味の活動だから、というのもありますが……トーキョーの皆さんは、多くが伝説製です。伝説の映像作品を作る上で……とても辛い目にあった方も多いと思います。自分の出た映画など見たくない、という方もいるでしょう。こういう仕事を手伝っていただくべきではありません」 【……フレースヴェルグは偉いなあ】  ――俺は感心して、思わず口に出して言ってしまった。奇行の目立つ子ではあるが、元来フレースヴェルグはとても真面目な性格なのだ。 フレースヴェルグ「ふへへ。関係者に迷惑をかけないのはオタクの基本中の基本ですから。  ……でも、伝説の作品の中には、本当に素晴らしいものがいくつもあるんです。たとえ、それを製作するために、非道なことが行われたとしても……それと作品のことは分けて考える見方も、あっていいと思うのです」 【伝説出身じゃない住民もいる。そういう子だけに声をかけられないか、やってみるよ】 フレースヴェルグ「ありがとうございます……おや?」 サレナ「あっ、フレースヴェルグさん! お疲れさまです」 フレースヴェルグ「お疲れさまです。解体の方はいいんですか?」 サレナ「はい、ゴールデンワーカーの皆さんが到着したので、私たちは一段落です。それで、ここで資料探しでもしようかなって」 フレースヴェルグ「資料……?」 サレナ「私ってほら、記憶がないじゃないですか。だからヒマがあると昔の伝説の映画とか見て、勉強してるんです。今回もそれがちょっと役に立ったんですよ。ね、司令官様?」 フレースヴェルグ――確かにそうだった。モモもポックルもアルマンもいない状態では、伝説作品に関する知識はサレナが頼りだったのだ。 サレナ「そういうところで役に立てたのが嬉しくて。だから、もっと勉強しておこうと思うんです。伝説本社なら昔の記録とか、グッズとか、いろいろ残ってるんじゃないかと思ったんですが……もしかして、フレースヴェルグさんもですか?」 フレースヴェルグ「あ、はい、そうです。でもその、伝説の作品は……演者が……」 サレナ「もちろん、演じるバイオロイドがひどい目にあってる作品もあるってわかってます。私だって、本当ならラストで死ぬはずだったんですし。でも、それでも作品は素晴らしいっていうことも、あるじゃないですか?」 フレースヴェルグ「……………………!  サレナさん……心の友よ!!」 サレナ「こ、心の友!?」 フレースヴェルグ「ありがとうございます! ありがとうございます!! 資料探し、お手伝いします。いえ、是非手伝わせてください! サレナさんのパワーがあれば百人力です! さあ、まずはこのあたりから行ってみましょう! 私の勘だと、この下あたりにモモシリーズを手がけていた第一事業部が……」 サレナ「あ、あの、わかりました、わかりましたからちょっと待ってください! か、監督助けて~」 フレースヴェルグ「司令官様! 恐縮ですがビニールシートと携帯コンテナを一ダースほど手配して下さいませんか! 発掘ペースがぐぐっと上がる見込みですので!」 【はは……わかった。すぐに持ってこよう】  ――俺は急いで解体現場まで戻って、アザズとトミーウォーカーから必要な資材を借りてきた。そしてそのまま半日ほど、二人といっしょに発掘作業に精を出したのだった。 【ちょっとお腹がすいたな】  ――言えば誰かが食事を持ってきてくれるかもしれないが……たしか近くの建物を使って、隊員用の仮設食堂を作ったはずだ。  ――昼食の時間はだいぶ過ぎてしまったが、何か残っているかもしれない。  ――もらった地図をたよりに、瓦礫をよけながら道をたどると、広いテラスのあるオープンカフェのようなところで、見慣れた二人が忙しく立ち働いていた。 シャーロット「陛下! 私に会いに来て下さったのですか!?」 アルマン「ようこそいらっしゃいました。ランチの時間は終わってしまいましたが、何かご用意いたしましょうか」 【うん、頼む。ちょっと小腹がすいちゃってね】  ――二人の出してくれた日本風の軽食は大変美味しかった。おにぎりというのは普通中に具が入っているものだと思っていたが、シャーロット曰く、 シャーロット「塩おにぎりこそ至高! お米の美味しさを最大限味わえるのです!」  ――だそうである。 【アルマンがこういうところで働いてるの、珍しいな?】  ――シャーロットはわりと何にでも積極的だが、アルマンは普段、こうした手を動かす仕事に関わることは滅多にない。まあ、そもそも秘書室の仕事で忙しくてそんな時間はない、というのもあるかもしれないが。 アルマン「今回の事件では恥ずかしながら、真っ先に捕まってしまい、ずっと機械に繋がれっぱなしでしたので。多少体を動かしたいのです」 【そうだった。大変だったね、アルマン】 アルマン「本当に大変でした。何やらシブヤでケンカに明け暮れていたという、そちらの誰かさんとは違って」 シャーロット「わ、私だって作戦を考えていたのです! まずは仲間を増やしてから、皆さんを探しに出るつもりだったと言ったじゃありませんか!」 【わかってるよ。シャーロットもよく頑張ってくれた】 シャーロット「ほら! ほらほら! 陛下はわかって下さってます! ああん、愛してますわ陛下!」 アルマン「はいはい。まあ、今回はあなたに助けられたのも確かです」 【そうだな。あの時のシャーロットはカッコよかったよ】 シャーロット「まあ、陛下ったら! ……でも、本当に無事でよかったわ、アルマン。あなたがいなくなったら、オルカも私も立ちゆかなくなってしまいますものね」 アルマン「なんですか、急に殊勝なことを」 シャーロット「陛下、アルマンがどうしてこんなに頭がよく作られたのか、ご存じですか?」 【……前に、ちょっと聞いたことがあるよ】  ――舞台演劇である『シャーロット・ロマンス』において、シャーロットのアドリブを読み切り、ストーリーを予定通りの結末へ持っていくために、優れた予測演算能力が必要だったのだとか。  ――その話を聞いた時は、そうは言ってもたかだか劇の進行のために、アルマンのような桁違いの能力が必要か……?と思ったものだが、シャーロットのことがだんだんわかってきた今となってはそれも納得できる。大変だったろうな、当時のアルマン……。 シャーロット「私がどれだけ自由に演じても、アルマンはそれを見事にさばいてくれました。彼女がいなければ、私一人では舞台を成立させられなかったでしょう。今では、その頭脳はオルカ全体のために使われていて、もう私の相手をしてもらうことも滅多になくなってしまいましたが……」 アルマン「シャーロット……」 シャーロット「ああもちろん、さばいたというのは劇全体のやりくりの話で、実際に一対一で戦ったら、私の方がずっとずっと強いのですけど! ほら、シブヤにいたアルマンによく似た子の時もそうだったでしょう? 本気を出した私の剣にかなうものなどいません! そのことは今回陛下もよくわかって下さったことと思いますわ」 【あ、ああ、そうだな。シャーロットの剣はこれからも頼りにしてるよ】 アルマン「……………………(むか)」 アルマン「陛下。そういえば、デマゴーグに捕まっていた時のことをまだちゃんとご報告しておりませんでした。  デマゴーグは鍵が全部集まらなかった時に備えて、地下倉庫のロックを無理矢理に解除するための方法も探っていました。あの機械は私の演算能力を外部モジュール代わりにして、地下倉庫のセキュリティ破壊プログラムを走らせようとしていたのです。捕まってほどなく、そのあたりのことは察せられたのですが、ほとんど意識のない状態では大した抵抗もできず、ただ処理を遅らせて時間稼ぎをするのが精一杯でした。具体的に何をしたかと申しますと……。  この一件が片付いたら、陛下とどんな時間を過ごそうか。どんな風に愛していただこうか。それを考えて、意識をそちらに集中させたのです。効果は覿面で、私の頭はすぐに、陛下にしていただきたいことで一杯になってしまいました。……陛下? よろしければ今回の褒美に、それを実現するのに、お力添えをいただけないでしょうか?」  ――アルマンはなまめかしく微笑みながら俺の手をとり、カフェの母屋の方へ引っ張った。 シャーロット「ああっ、ずるい! ずるいですアルマン! 陛下、私もご褒美をいただく権利はありますわよね?」  ――そして、二人にカフェの休憩室へ引っ張っていかれた俺は……  ――さながら『シャーロット・ロマンス』に出てくるフランス国王のように、枢機卿と銃士隊長の二人にたっぷりと褒美を与えたのだった。……いや、フランス国王はこんなことはしないか。 【家の中をちょっと探検してみよう】  ――俺はフスマを開けて廊下に出ると、建物の中をぐるりと歩き回ってみた。だいぶ古びているが、木造の本格的な日本建築だ。たぶん、もともとこの庭園の施設だったのを補修したのだろう。  ――物珍しさからあちこち歩き回り、二階から床の間までぐるりと巡ったあと、最初の部屋にもどるた。俺はごろんと横になり、タタミの感触をしばらく堪能してから名前を呼んだ。 【リリス?】 ブラックリリス「はい。ここにおります」  ――それまで俺の背後の、視界にぎりぎり入らない位置にいたブラックリリスが、魔法のようにスッと姿を現した。磨き抜かれた護衛技術のたまものだ。 【今回は大変だっただろ。ずっと俺の護衛をしてくれて、ありがとう】 ブラックリリス「ご主人様をお護りするのは私の喜びです。大変などということは少しもありません」  ――涼しい顔で答えるリリスだが、未知の土地、限られた戦力しかない中で俺の身の安全に気を配り続けるのは大変な苦労だったはずだ。アキハバラの時をのぞいて、俺は今回の事件の間リリスの存在をあまり意識することがなかったが、それはリリスがほとんど口さえきかず、俺の護衛に全神経を集中していたからだ。  ――今はオルカの増援も到着して、周辺一帯の安全も確保できた。リリスにも少し仕事を離れ、リラックスして体を休めてほしいのだが。 【散歩でもしてきたら?】 【お腹すかない?】 【昼寝でもどう?】  ――……駄目だ。何を言っても遠慮されるか、「ご主人様とご一緒なら」とかなんとか言われてしまいそうな気がする。 ブラックリリス「ご主人様……リリスがお邪魔でしたら、すぐに姿を消しますが」 【いや違う! そういうことじゃなくてな!】 ブラックリリス「……そうですね。こういう言い方はよくありませんでした。  ご主人様がお考えになっていることは、私にもわかります。ですが、私の一番の幸せは本当に、ご主人様をお護りし、ご主人様と共にあることなのです。どうか、それが負担だなどとお考えにならないで下さい」  ――リリスが心からそう思ってくれていることは、俺にもよくわかる。本心から望んで、俺の警護にあたってくれているのだろう。でも、望んでやっていることだからといって、消耗しないなどということはない。休息は必要だ。 ペロ「……ご主人様、リリスお姉様。コンパニオン全隊員、ただいま到着しました。お屋敷の周囲に待機しています」 ブラックリリス「ご苦労様。別命を待ってください」  ――フスマの向こうからペロの声がして、俺は一つアイデアを思いついた。 【ペロ、ポイも来ているかい?】 ペロ「はい、もちろんです。呼びましょうか」 【うん。二人に屋敷内の警備を頼みたい】 ブラックリリス「ご主人様?」  ――腰を浮かせかけたリリスを、俺は押しとどめて笑いかけた。 【リリス、二人が到着したら君はオフだ。俺とおうちデートをしてくれ】 ブラックリリス「………………!!」 ペロ「お姉様、今すぐポイを呼んできますね!」  ――ペロの足音が軽やかに遠ざかっていき、あとには俺と、真っ赤になったリリスが残された。 ブラックリリス「ご主人様……」  ――リリスが俺から離れたくないなら、俺が一緒に休むしかない。 ペロ「ご主人様、お姉様、ただいま戻りました。屋敷内の警備につきます」 ポイ「ご主人様ぁ? 奥の間に布団をしいておきましたので、ごゆっくり~」 ブラックリリス「ポイったら……!」  ――俺は笑いながら、リリスをうながして立ち上がった。まずは二階の眺めのいい部屋で、ゆっくりお茶を飲みながら雑談でもしよう。それから、ポイの気遣いをありがたく受け取って、そのあと時間があれば、そのへんを散歩してみてもいい。 ブラックリリス「ご主人様……お慕いしております……心から」  ――リリスがそっと、俺の肩に頭を寄せてきた。  ――……結論からいえば、散歩をする時間はとれなかった。 【東京の住民達はその後どうなったかな】  ――ぶらりと縁側へ出て、庭に下りてみた。生い茂った木々のあいだから、解体現場の作業の音がかすかに聞こえてくる。 コンスタンツァ「物品管理のことを考えると、むしろカフェの人達にシブヤも運営してもらった方が……」 ナイトエンジェル「当人達が納得すれば、それでもいいですがね。円滑な運営のためには、ある程度既存の枠組みを尊重しないと……」 【二人とも、お疲れ様】 コンスタンツァ「きゃっ! ご主人様!」 ナイトエンジェル「ああ、休憩所を作ったと聞きましたが、ここだったんですね。今回はお疲れ様でした」 【二人こそ。事後処理の相談かい?】 ナイトエンジェル「まあそうです。成り行きで、組織作りの手伝いまでやらされまして」 コンスタンツァ「ナイトエンジェルさんはさすがに大部隊を切り回しているだけあって、頼りになるんですよ」 ナイトエンジェル「恐れ入ります。うちは隊長がたまに恋愛脳で使い物にならなくなるもので、私が仕切るしかない場合がありましてね」  ――トーキョーに同行してもらった偵察隊メンバーの中で、管理職経験があるのはアルマン以外だとこの二人だけだ。さもありなん。 【俺も何か手伝おうか】 コンスタンツァ「いえ、大丈夫です。あっ、でも、それでしたら……」 ナイトエンジェル「トーキョーの主立ったグループの代表から、司令官にあらためてお目通りしたいと要望が出ています。私たちの会っていなかったグループもあるようで、できたらお時間をとっていただけませんか」  ――そういえば、アルマンもそんなことを言っていたな。これから拠点として協力してもらうのであれば、顔役たちにあらためて挨拶しておくのは大事だろう。 【わかった。この家にいるから、いつでも来てと言っておいてくれ】 コンスタンツァ「ありがとうございます。すぐ向かわせますので」  ――屋敷に戻ってしばらく待っていると、玄関のチャイムが鳴った。 【どうぞ】 マリコ「人間様、あらためましてどうも。これからよろしくお願いします」 JJ「……っす。よろしく」 隼町うさぎ「このたびは大変お世話になりました。あらためて、ご主人様にお仕えしたく存じます」 アダルトモモ「なるほど、あなたが人間様ですか。アングラ作品系のバイオロイドグループのとりまとめをやっています、モモです。そうね、アダルトモモとでも呼んで下さい。マリコとは顔見知りだけど、あんたらとは初対面ね?」 JJ「アングラ……え、エッチなやつだよな……」 隼町うさぎ「汚らわしい……などとは言えませんね。私たちのモデルも、色々な使われ方をされてきました」 キヌエ「キヌエいいます。アタシは別に、どこにも属してへん一人もんやけど。まあ東京にはそういう連中もいっぱいおるから、その代表ちゅうことで、ひとつよろしゅう」 マリコ「ああ、『暴妻』の。お噂はかねがね」 ミンクのモモ「ふうん、あなたが人間なの? モモから聞いていたより、顔は普通ね」 【動物が喋った!?】 ミンクのモモ「あら、喋る動物型バイオロイドは初めて? はじめまして、モモです。まぎらわしいから、ミンクのモモと呼んでちょうだい」  ――なるほど、動物型バイオロイド……言われてみれば、オルカにもコンスタンツァのボリやダークエルブンの鷲がいる。あの子らも普通の動物よりずっと頭がいい。  ――技術的なことはよくわからないが、人の言葉を喋れるように改造することは確かにできそうだし、そうなれば映画での使い道はいくらでもあるだろう。 【……驚いて悪かった。はじめまして】 ミンクのモモ「あら……こちらこそ。よろしくお願いね」 代言人「……お邪魔いたします」 【!】 代言人「これまでのことを思えば、ここに連なる資格などない身なのはわかっております。ですが、大東京帝国傘下のバイオロイド達に罪はありません。恥を忍んで参りました。お慈悲を賜りたく存じます」 【君も騙されていた側なのは知っている。まだ名前を聞いてなかったな】 シマ「……シマと申します。寛大なお言葉、ありがとうございます」  ――深々と頭を下げるシマ。全員がタタミの上に正座して、まっすぐ俺を見ている。俺はひとつ咳払いをしてから口を開こうとして、一瞬ためらった。  ――妖精村でも、カゴシマでも、大きな共同体と合流する時にはいつも思ってきたことだ。彼女達はこれまで、自分たちだけでやってきた。デマゴーグがいなくなったこれからは、もっとうまくやっていけるだろう。彼女達にとって、オルカは、人類抵抗軍は必要だろうか。俺達の戦いに加わってほしいというのは、人間の身勝手ではないのだろうか?  ――だがそんな風に思ったのは一瞬だけで、俺はすぐにその考えを振り払った。俺達が目指す未来は、誰にとっても望ましい未来だ。そうでなくてはいけないし、それを目指さなくてはいけないのだ。 【人類抵抗軍、オルカの司令官だ。鉄虫のいない地球を取り戻し、人とバイオロイドがともに幸福に暮らせる世界を作るために戦っている。みんな、俺に力を貸してほしい】 全員「「「「「「お心のままに」」」」」」  ――全員がいっせいに、タタミに額が触れるまで深く頭を下げた。  ――いつだったかバニラから、威厳が薄れるからむやみに低姿勢に出るな、と注意されたことがある。もっともだと思う。でもそれでも、俺はタタミに両手をつき、彼女達に負けないくらい深く深く頭を下げた。そうせずにいられなかった。 アダルトモモ「……ところでぇ。オルカのモモから聞いたんですけど」 【うん?】 アダルトモモ「オルカに所属すると、人間様とエッチ♡できるって本当ですかあ?」 シマ「!?」 キヌエ「エッチ!?」 【え!? いや、うん、希望者にはね!?】 アダルトモモ「本当なんだ。じゃあ希望しまーす」 隼町うさぎ「モモさん!? あなた何を!?」 アダルトモモ「何って、男の人とエッチできる機会なんてこの先いつあるかわからないでしょ? 司令官様なら優しくしてくれそうだし」 マリコ「ふむ、それは確かに。私も希望で」 JJ「マリコ!?」 隼町うさぎ「……私も、もしお嫌でなければ希望させてください」 キヌエ「ほんなら、アタシもお願いしたいわ」 ミンクのモモ「私は結構よ。動物としたい性癖があるなら別だけれど」 【いや、さすがにそれはないかな……】  ――……動物っぽい特徴を持った魅力的な隊員はオルカにも大勢いるが、今それを言っても話がややこしくなるだけなので黙っていよう。 シマ「司令官様にお求めいただくことで、少しでも贖罪になるならば……ふつつか者ではございますが……」 JJ「……っ! じゃあオレも! オレもお願いします!」  ――えらいことになってきた。しかもなんだか、今すぐここで始める流れになってるような…… ブラックリリス(ご主人様) 【(あっ、リリス? ちょっと助け)】 ブラックリリス(いま、奥の間に布団を敷かせましたので) 【(リリスゥゥゥゥ!?)】 隼町うさぎ「人間様? どうかなさいましたか」 【……いや。それじゃ、みんな奥の部屋に来てくれ】  ――こうなったら腹をくくろう。なあに、こんな状況は初めてってわけじゃない。なんとかしてみせる。  ――奥の間に入ると確かに、七人一緒に寝ても大丈夫なくらいの大きな大きな布団が敷いてあった。俺は皆を部屋に招き入れ、最後に入ってきたシマが、静かにフスマを閉じた。 Ev3-2「ドリームシティ・ネオ・トーキョー」新しい朝がきます。希望の朝です。 アリッサ「いっちに、さんし、にーにっ、さんし、あーたーらしーい……」 ミンクのモモ「おはよう。こんな朝早くから体操? 元気ね」 アリッサ「あっ、おはよう、ミンクのモモちゃん。ガールスカウトは日の出と一緒に起きるんだよ」 ミンクのモモ「ふうん」 アリッサ「朝焼け、きれいだね」 ミンクのモモ「そうね。人間が生きていた頃は、トーキョーでこんなに綺麗な朝焼けが見られることはなかったわ」 アリッサ「そうなんだ」 ミンクのモモ「…………」 アリッサ「トーキョーは、これからどうなるんだろう」 ミンクのモモ「さあ? あの人間がやってる人類抵抗軍に入ることに決めたらしいけど。それで何がどう変わるかは、まだわからないわ。何かが今より良くなるかもしれないし、かえって悪くなるかも」 アリッサ「……ミンクのモモちゃん達は、これからどうするの?」 ミンクのモモ「これまでと変わらないわ……と言いたいけど、ここから東の方に、大きな動物園のある公園があるの。そこを動物バイオロイド専用のエリアにしてくれるんだって」 アリッサ「よかったじゃない」 ミンクのモモ「……まあ、そうね。悪くはないわ。これについては」 アリッサ「モモちゃんは、人間がきらい?」 ミンクのモモ「あなたたちのこと? それとも、大昔に生きていた、本物の人類のこと?」 アリッサ「…………えっと」 ミンクのモモ「……ごめんなさい。意地悪なことを言ったわ。正直、どちらにもあまりいい思い出はないの、私はね。でも、私の仲間がみなそうだというわけではないわ。人型バイオロイドとペアを組んでいた子もいるし、人間のことが大好きな子もいる」 ミンクのモモ「落ち着いたら一度、遊びに来てちょうだい。そんなに遠くないから」 アリッサ「うん。ありがとう。  あっ、黒い方のモモお姉ちゃん達だ」 アダルトモモ「あたた……腰痛あ……」 JJ「まだ何か入ってるみたいな気がする……」 シマ「大丈夫でしょうか……私たち、匂いません?」 キヌエ「よう洗ったし、口もゆすいだし、平気やろ……いや、でもわからんな。鼻がバカになってもた」 隼町うさぎ「…………げほ……」 JJ「うさぎ、大丈夫かお前」 マリコ「ずーっと叫びっぱなしでしたからね。喉が枯れて声が出ないんじゃないですか」 隼町うさぎ「…………」 JJ「…………」 マリコ「凄かった……」 キヌエ「凄かったな……」 アダルトモモ「なんかもう、凄かった……」 シマ「次に人間様がトーキョーに立ち寄られるのはいつなのでしょうか……」 JJ「待ち遠しくなるよな……」 マリコ「さっき聞いたんですけど、オルカの宣伝放送には秘密のチャンネルがあって……」 シマ「えっ、何ですかそれ」 アダルトモモ「見せて……あっ、ちょっと待った、しまってしまって。アリッサちゃん、お早う。ミンクのモモも」 アリッサ「おはようございます。みんなで一緒に寝てたんですか?」 アダルトモモ「え? あ、うん、まあそう。一緒に、一緒にね、寝てたのよ。今起きたところ」 ミンクのモモ「…………」 アダルトモモ「なによ」 ミンクのモモ「……いいえ。意外とこの先、悪くはならないかもしれないって、そう思ったのよ」 アダルトモモ「?」 〈トーキョー黙示録〉END。 Ev1-3B「任侠の国のモモ」さまようモモの前に現れたのは。 モモ「あいたた……ここ、どこ?  そうか、あそこから落ちちゃったのかあ。みんな、大丈夫かな……あの大東京帝国とかいう人たちに捕まってないといいけど……」 モモ「えっと……ここ、どこだろ? あの辺で襲われて、こう逃げてきたから……  ああもう、トーキョーは一体どうなっちゃったの?」 ???「くそっ……離さんかい、この! ど畜生があ!」 モモ「! 誰かが魔物に襲われてる? 助けなきゃ!」  ===戦闘=== モモ「大丈夫ですか?」 ???「ああ、おおきに……うん?  あんた、マジカルモモか? へーえ、まだこの東京にまともなモモが残ってたんやねえ!」 モモ「あ、はい、ありがとうございます。みんなのピンチに駆けつけるモモです!  ていうか、そういうお姉さんもどこかで見たような……あ! もしかして『暴力団の妻』の!」 キヌエ「おや、知っとるん? 光栄やね。ええ、主役やってたキヌエです。古い映画やのに、よく知っとるね」 モモ「それはもちろん、大ヒット作ですから! あの、ところで教えてほしいんですけど……」 モモ「……今の東京って、そんな風になってるんですか……!?」 キヌエ「滅茶苦茶や。なんでこんなことになってもうたやらね。  ほいで、あんたは何やの? 見たとこ随分きれいな身なりやけど、復元されたてって感じでもないな。ヨソから来たん?」 モモ「あ、はい、モモはオルカといって、人間様の率いる抵抗軍から来たんですけど、仲間とはぐれちゃって……」 キヌエ「人間? 人間がまだおったん!? ほーお、そりゃまた」 モモ「素敵なひとなんですよ。キヌエさんも、よかったらオルカに来ませんか?」 キヌエ「夢みたいな話やねえ。せっかくやけど、遠慮しとくわ。アタシは独りが性に合っとる」 モモ「いま、三大勢力ってお話をうかがいましたけど、キヌエさんはどこのグループにも入らずに、ずっと一人で暮らしていらっしゃるんですか?」 キヌエ「そやねえ。帝国は話にならんし、子供に交じって喧嘩なんかできへんし。メイドなんてなおのこと勘弁やし。一応ドスを振り回す程度の性能はあるから、練馬ピョンテクラブでもお呼びでないやろしなあ。行く所なんてあらへんのよ」 モモ「そうなんですか……」 キヌエ「なあに、そんな顔せんといて。結構暮らせるもんや。魔物かっさばくとな、たまにツナ缶やら使える道具やら持ってることがあってん」 モモ「へえ。なんだか、ゲームみたいですねえ」 キヌエ「なんかなあ、あいつら東京中で、何か探して漁り回っとるみたいなんよ。色々持ってるんもそのせいみたいでな」 モモ「魔物が……? 何を探してるんでしょう?」 キヌエ「わかるかい、そんなん。今食べとるその乾パンも、魔物の落としたやつやで」 モモ「あっ、すっかりごちそうになっちゃって……いろいろ教えてくれて、ありがとうございます キヌエ「いやいや、こちらこそ助けてもろたし」 モモ「モモはこれから、とりあえずネリマに行ってみようと思います。仲間がいるかもしれません」 キヌエ「さよか。達者でな」 モモ「はい。キヌエさんもお元気で!」 キヌエ「……あ。  練馬ピョンテクラブて、本拠地はロッポンギだったはずやけど、あの子勘違いしてへんかな……」 Ev1-4B「SFの国のモモ」宇宙からの旅人?  ――宇宙連邦歴0252年11月8日  ――今日も救助隊は来なかった。救難信号が受信されているのかどうかもわからない。  ――非常警備システムの調子がまたおかしい。これだけはきちんと整備しておかないと、外から何がやってくるかわからないのに。  ――お姉ちゃんは「弱い考えをしては駄目」と言っていたけど、止められない。お姉ちゃんを埋葬したのは何日前のことだっただろう。何週間前? 何ヶ月前? それとも何年前?  ――ここはいったいどこなの?  ――こんなところが地球のはずはない。  ――こんなところがトーキョーのはずはない。  ===戦闘=== モモ「ふー、やっと片付いた。このあたり、足場わるいなあ……高速道路の上をわたっていった方がよかったかな……」 ???「止まれ! そこから近づくな!」 モモ「きゃっ! AGS?  あ、違う……スピーカー? あのシェルターみたいなやつからかな……?」 ???「ここは宇宙連邦ガールスカウト団の領土だ! 出ていけ! 早く!」 モモ「宇宙連邦? ガールスカウト団……?」 ???「打つぞ! 早く出ていけってば!」 モモ「あ、あの! 私はモモ! 敵意はないです! 東京のことを教えてほしいの! あと、練馬に行くにはどっちへ……」 ???「……モモお姉ちゃん!?」 モモ「えっ?」 ???「モモお姉ちゃんだよね!? 前に次元ゲートの混線で、船に来てくれたことがあったよね! 私だよ、アリッサだよ!」 モモ「えっ? 何、女の子が出てきた? えっ? えっ!? ……あっ! もしかして、『宇宙漂流ギャラクティカ・ガールズ』のアリッサちゃん?」 アリッサ「そうだよ、アリッサだよ! やっと……やっと知ってる人に会えた! よかったよお……!」 アリッサ「ひっ、ひっく、ぐずっ……うええええ~~~ん」 モモ「そっか。それで、ずっとここで暮らしてたんだ?」 アリッサ「うん……あの変な機械の怪物が襲ってきて、食べものがなくなって……フロレンティーナも、スヨンも、お姉ちゃんも死んじゃって……ずっと、ずっとひとりで……怖かったよお……」 モモ(『ギャラクティカ・ガールズ』……宇宙の果てで遭難した女の子たちが、地球を目指して壊れた宇宙船で旅をするSFドラマ。伝説のリアリティ番組のはしりで、本物の宇宙船を使ったセットを作って、設定通りの知識だけを刷り込まれたバイオロイドの子役を、そこで本当に生活させた。  私は……というか、マジカルモモは一度、コラボ企画で『ギャラクティカ・ガールズ』に出演したことがある。その時はアリッサちゃんの言うとおり、次元ゲートが急に開いたっていう設定で、いきなり宇宙船の中にあらわれて、なにか事件があったり、それを解決したりして、またいきなり姿を消す……そういう展開だった) アリッサ「ねえ、モモお姉ちゃん、ここはどこ……わたし達、どこへ来ちゃったの……? 地球へはどうやったら行けるの……?」 モモ「みんな……みんな言ってた! こんなところが地球のはずがないって。地球はもっと、緑がいっぱいで、やさしい人たちがいて、素敵なところなんだって! ねえ、ここは地球じゃないよね? だって、もしそうだったら……私たち、何のために旅してきたの?」 モモ(つまり、この子は……ここがどこなのかも、自分が何者なのかも知らないまま、ずっと、ここで……) アリッサ「お姉ちゃんが死んじゃう前に言ってたの。ここは地球かもしれないって……そんなことないよね? 地球はこんなひどいところじゃないよね?」 モモ「…………!」 モモ(本当のことを言う……? でも白兎ちゃんみたいに、受け入れられなかったら……?  そうだ、次元ゲートがまた開いて、ここはモモの世界だよって言えばごまかせるかも……  でも、本当にそれでいいの……?  どうするのが正しいの……?) モモ「…………。  ……アリッサちゃん。  アリッサちゃんは、かしこくて強い子だと、モモは思います。これからすごく大事な話をするから、よく聞いて下さい」 アリッサ「モモお姉ちゃん……?」 アリッサ「……お話? ぜんぶ? 作り物……? わたし達も、宇宙連邦も、何もかも……?」 モモ「……はい。モモも、アリッサちゃんも、バイオロイドっていう作り物の人間です。そして、私たちに演技をさせたり、私たちの演じるお話を見ていたりした人間は、もう誰もいなくなってしまいました。  ここは地球です。日本の、トーキョーです。アリッサちゃんはこれから、ここで生きていかなくちゃなりません。この地球で」 アリッサ「………………。  …………わかんない……わかんないよお……」 モモ「そうですよね。意味わかんないですよね。ごめんなさい。……ごめんなさい。モモがついてます。モモが一緒にいますからね」 アリッサ「…………うう……うええええええ…………」 モモ「……おはよう、アリッサちゃん」 アリッサ「………………」 モモ「…………朝ご飯にしませんか? モモ、チョコバー持ってるんですよ」 アリッサ「……いい」 モモ「………………。  ……あの、アリッサちゃん。モモと一緒に行きませんか? モモは、オルカっていうところから来ました。そこには仲間もいて、最後の、たった一人の人間様もいて……すごく、素敵なところなんです。今ははぐれちゃったけど、モモはこの東京のことを調べて、そこに帰ろうと思ってます。アリッサちゃんも、一緒に来てくれませんか?」 アリッサ「…………」 モモ「…………」 アリッサ「…………おはか」 モモ「?」 アリッサ「おはかが、あるの。お姉ちゃんたちの。……お参りしてもいい?」 モモ「……! はい、モモも一緒にお参りさせて下さい」 アリッサ「………………」 モモ「………………」 アリッサ「…………モモお姉ちゃん」 モモ「はい?」 アリッサ「いまの東京は、変なの?」 モモ「……そうですね。今は世界中がたいへんなことになってますけど……この東京は、その中でもとくべつ変です。  どうしてこんなことになってるのか、モモにもわかりません。オルカのみんなのためにも、モモ自身のためにも、モモはそれを知りたいんです」 アリッサ「…………わたしは、よくわからない。  でも……モモお姉ちゃんと一緒にいくよ」 モモ「アリッサちゃん……ありがとう。アリッサちゃんはやっぱり、強い子ですね。  それじゃ、行きましょう」 アリッサ「うん」 Ev1-5B「ミンクのモモ」人間になったら、何になる? モモ「たぶん、方角はこっちで合ってると思うんですけど……」 アリッサ「あ痛っ」 モモ「大丈夫ですか!?」 アリッサ「う、うん、ちょっと転んだだけ……ふう、ふう」 モモ(アリッサちゃん、疲れてる……。  そうか、リアリティ番組用のモデルだから、身体の強さが人間とほとんど変わらないんだ……) モモ「あっ、見て下さい、広場みたいになってるところがありますよ。昔の公園かな? 少し休んでいきましょっか」 アリッサ「ふう、はあ……うん。  …………。  モモお姉ちゃん」 モモ「はい?」 アリッサ「モモお姉ちゃんも、バイオロイドなんでしょ? それで、『マジカルモモ』も作り物の、うそっこのお話なんだよね? だったら、どうしてモモお姉ちゃんはそんなに強いの?」 モモ「あはは……。  確かに、マジカルモモのお話は作り物ですけど、モモはそれを本物みたいに演じられるように作られました。だから、モモは本物のマジカルモモと同じ……ではないですけど、ほとんど同じくらい強いんですよ」 アリッサ「……じゃあ、わたしが弱くて何もできないのは、本物の「アリッサ」がそうだから?」 モモ「アリッサちゃんは弱くなんかないですよ! 賢くて心の強い、すごい子です。役がじゃなくて、アリッサちゃん自身がです」 アリッサ「…………」 ???「ワン、ワン」 アリッサ「きゃっ!」 モモ「犬!? 野良犬かな。こんなところにもいるんですね」 ???「ニャア」 ???「チッチッ、ツピピッ」 モモ「猫? ツバメ? いっぱいいる!? え、え、なんでこんなに?」 アリッサ「お姉ちゃん、この子たち逃げてきてる! 何かに追っかけられてるんだ!」 モモ「あれは……魔物! 大きい!  アリッサちゃん、動物さん達を避難させて下さい。悪い子はマジカルモモがやっつけちゃいますよ!」  ===戦闘=== モモ「アリッサちゃん、大丈夫ですか?」 アリッサ「うん。動物さんも無事」 ???「ありがとう、助かったわ」 モモ「いえいえ、どういたしまして…………え!?」 アリッサ「喋った!? 喋る……イタチ? ネズミ?」 モモ「アリッサちゃん、これはミンクっていって、イタチの仲間ですよ。…………ん? 喋るミンク?」 ???「あら、思い出してくれた、“人間のモモ”? シーズン2の第27話以来かしらね」 モモ「あーーーーっ! ミンクのモモちゃん!?」  ――――『魔法少女マジカルモモ』シーズン2第27話「お騒がせミンキーパニック!」―――― ???「まったく、人間って本当にバカで困っちゃう」 モモ「わっ、イタチがしゃべった!」 ミンクのモモ「イタチじゃないわ、ミンクよ! 私はモモ。天才ミンクのモモよ。覚えておきなさい」 モモ「あなた、モモっていうの? 私と同じ名前だね」 ミンクのモモ「あらそう? じゃあ私がモモで、あなたが人間のモモね。ねえ人間のモモ、頼みがあるんだけど、私を連れて逃げてくれない?」 モモ「……懐かしいなあ。モモちゃんは生き残り? 復元されたんですか?」 ミンクのモモ「生き残りよ。私達みたいな動物を、わざわざ復元する物好きがいるもんですか。もっとも、今の私は撮影からだいぶたって、イベント用に用意された個体だから、あなたと共演した生の記憶はないけど」 モモ「それはそうですよ。モモと共演したモモちゃんは……」 モモ(……天才ミンクのモモは、あるマッドサイエンティストの研究所で生み出されたミュータントだった。私と一緒に研究所の追跡から逃げ回るけど、実はマッドサイエンティストは大魔王と手を組んでいて、最後は……) モモ「……モモも復元組だから、生の記憶がないのは同じですよ。それじゃあ、ここにいるのはみんな?」 ミンクのモモ「ええ、バイオロイド動物よ。撮影用だったり、愛玩用だったり、出身はいろいろ」 バイオロイド犬「クウ~ン」 アリッサ「きゃっ! ……くすぐったいよ。ふふ」 モモ「アリッサちゃんが笑ってる……」 ミンクのモモ「彼女は介護犬モデルでね、ああいうのはお手のものよ。任せておけば大丈夫」 モモ「……ありがとう」 モモ「バイオロイド動物だけのコミュニティがあるなんて、知りませんでした」 ミンクのモモ「コミュニティってほどのものじゃないわ、ただなんとなく群れ集まってるだけ。トーキョーには、いろんなバイオロイドがいたから。私達みたいなバイオロイド動物の数も、それだけ多かったの」 モモ「……ごめんなさい。ほんとのこと言うと、今の世界でバイオロイド動物がどうなってるかなんて、考えたことがありませんでした。動物を飼ってるひとは、オルカにもいるのに」 ミンクのモモ「あははは、正直でいいわね。でもそんなものよ、バイオロイド動物なんて。覚えてるかしら、私の出演した、たった25分のエピソードを撮るために、私の同型機が7匹消費されたわ。人の姿をしたバイオロイドにさえまともな権利がないのに、動物の姿をしたバイオロイドに何もあるわけがないわよね」 モモ「…………」 ミンクのモモ「……私こそ、ごめんなさい。八つ当たりしちゃった。ヒトと会話するなんて、ずいぶん久しぶりだから」 モモ「……この世界は、どうですか? 生活はできる?」 ミンクのモモ「見た目よりはね。私達は、あなたたち人型バイオロイドの入れないところにも入れるし、食べられないものも食べられる。みんな指示を聞けるくらいの知能はあるし、何人かは字だって読める。割り切って暮らせば、それほど不自由はないわ。たまに血の気の多い連中に狩られたりするくらい」 モモ「オルカに来ませんか?」 ミンクのモモ「あなたが暮らしてるっていうところ? せっかくだけど、遠慮しておくわ。私達は、私達だけで暮らす方がいい」 モモ「司令官さんは……」 ミンクのモモ「悪いけどやっぱり、あなたほど信じる気になれないの。人間のことも、バイオロイドのこともね」 モモ「…………。そうですか。無理を言うのもよくないですよね。じゃあ、また。ありがとうございました。行きましょう、アリッサちゃん」 ミンクのモモ「ええ。またね、人間のモモ」 アリッサ「さよなら、ワンちゃん」 バイオロイド犬「ワン!」 Ev1-6B「鏡の国のモモ」違う可能性の、もう一人のあなた。 モモ「もうそろそろ、ネリマ区に入ったはずなんですけど……うーん、誰もいませんね……」 アリッサ「お姉ちゃん、こっちにトンネルがあるよ」 モモ「抜けた先に何かあるかもしれませんね。崩れたりすると危ないから、注意して下さいね」 アリッサ「けっこう長いね。もうずいぶん進んだのに」 モモ「このままだと、中で日が暮れちゃうかもしれません。一度入口まで戻って……」 アリッサ「きゃあっ!?」 モモ「アリッサちゃん!?  落ちた!? くっ!」 モモ「アリッサちゃん! アリッサちゃん! 大丈夫ですか!」 アリッサ「ん…………いたた……わたし、どうなったの?」 モモ「よかった、意識はありますね。トンネルの床に穴があいてて、落ちちゃったんですよ。待ってて下さい、おんぶしますから……」 ???「待ちな。そこを動くんじゃない」 モモ「!」 ???「………………。  驚いたね、こいつは」 モモ「えっ!?」 アリッサ「モモお姉ちゃんがもう一人!?」 モモ?「あはははは! 練馬ピョンテクラブの連中に会いに、ネリマに来たって?  誰から聞いたか知らないけど、あいつらはそういう名前がついてるだけで、ネリマにいるわけじゃないよ。今のアジトはロッポンギじゃなかったかね」 モモ「そんなあーー!?」 アリッサ「モモお姉ちゃんが二人……。そうか、モモお姉ちゃんはバイオロイドだから、同じものをもう一人作ることもできるんだね」 モモ?「そうそう。ガキのくせに飲み込みいいじゃないか」 くノ一姿のバイオロイド「あらー、可愛いお嬢ちゃん!」 ビキニ鎧のバイオロイド「アメ舐める? ジュース飲む?」 モモ?「あんたもなんか飲むかい?」 モモ「ありがとうございます……ぶはっ!? これ、お酒じゃないですか!」 モモ?「そうだよ。ここで作ってんだ。安酒だけど、帝国やシブヤの連中はけっこう買ってくれる。アキハバラの奴らはダメだね、お高くとまってやがって」 モモ「はあ……あの、それで皆さんはどういう……?」 モモ?「どういう連中だと思う? 当ててみな」 モモ「…………。あなたは…………アダルト仕様のモモ、ですよね」 アダルトモモ「なんだ、知ってんのかい。当たりだ、私はアダルトスピンオフ用にチューニングされたモモさ。ここにいるのはみんな、アングラ作品に使われてた連中ばかりだ。地下だけにってね」 モモ「アングラ……伝説にR18レーベルがあるのは、知ってましたけど」 アダルトモモ「ポルノ専用に調整されたバイオロイドの中には、ずいぶんひどいのがいてね。おっぱいが六つあったり、アソコから触手が生えてたり、感度が三千倍だったり、箱だったり……普通には暮らせない奴らも多いから、こうして私らだけで群れてんのさ。 アダルトモモ「あんたは、外から来たんだろ? 匂いでわかるよ」 モモ「(……箱?)はい、そうです。モモ達は……」 アダルトモモ「へーえ、人間の司令官が率いるオルカねえ。そういやあ、前に海賊放送みたいなのを見たけど……そんな夢みたいな場所が、ほんとにあるのかね。しかもあんた、そこからはぐれたってんだろ?」 モモ「……オルカのことは、今は信じなくていいです。信じられないような話だっていうのは、よくわかりますから。でも、モモと一緒に来た仲間のことは、何か聞いたことないですか? アルマンさん、シャーロットさん、ポックルちゃんに、ブラックリバーのフレースヴェルグさんなんですけど」 アダルトモモ「ふん……上の連中はしょっちゅう縄張りだなんだって、騒ぎばっかり起こしてるからね。いちいち見ちゃいないが……ポックル大魔王は、完品なら大東京帝国に拉致られた可能性が高いだろうね。あそこは他にもポックルがいて、下っぱの洗脳に使ってるって話だから」 巫女服のバイオロイド「シブヤを仕切ってるヤンキー娘の一人が、アルマンモデルの廉価版だって聞いたことあるわ。アルマンとシャーロットはそっちにいるかもよ」 モモ「本当ですか? ありがとうございます!」 アリッサ「…………」 アダルトモモ「おや、寝ちゃったね」 モモ「アリッサちゃん、アリッサちゃん」 くノ一姿のバイオロイド「寝かせてあげなさいよ、疲れてんのよ。あんたも泊まってけばいいじゃない?」 モモ「いえ、モモは……」 ビキニ鎧のバイオロイド「お客なんか滅多に来ないんだし、休んでいきなさいよ。どうせ、外ももう夜よ。夕ご飯くらいご馳走するからさ」 モモ「……それじゃ、お世話になります」 モモ「…………」 アリッサ「んん……おねえちゃん……すう、すう…………」 アダルトモモ「…………起きてる?」 モモ「はい」 アダルトモモ「ちょっと、顔貸しなよ」 (カチッ、シュボッ) アダルトモモ「ふー……。  吸う?」 モモ「モモはいいです」 アダルトモモ「そ」 モモ「…………」 アダルトモモ「…………」 モモ「…………あの。ありがとうございます」 アダルトモモ「ん? 何が」 モモ「ご飯も、寝床も。お世話になってしまって」 アダルトモモ「いいよ。誰か言ってたろ、地下暮らししてると客が珍しくてね。みんなかまいたくて仕方ないのさ」 モモ「あなたのこと……そういう作品用のモデルがいるとは聞いてたけど、会うのは初めてです」 アダルトモモ「私もだよ。イメージ壊すから絶対オリジナルに近寄るなって厳命されてた。  ……だからさ。こうやって自分と同じモモモデルと会うの、初めてでさ。  ……なんていうか、ない? 同型機としか話せないこと、みたいなさ……」 モモ「…………」 アダルトモモ「…………」 モモ「やっぱり一本、もらえますか」 アダルトモモ「ん」 (カチッ、シュボッ) モモ「ふうーーっ……。  ……何から話そっか?」 モモ「うっそだー!」 アダルトモモ「ホントだって! ビスマルク製のEMP弾って、生身で食らうと子宮にビリッとくる独特のキモチよさがあんのよ。撮影で何度も撃たれたから知ってる。だからシンジュクにいるっていう妖怪、あれ絶対ビスマルクのAGSよ」 モモ「あっはははははは! ほんとにー? まあでも、私も痛くされるの結構好きだからなー、人のこといえないのか」 アダルトモモ「あー……。……こんな笑ったの久しぶり。あんた、ほんとにキラッキラだよね。オルカってそんなにいいとこなの?」 モモ「最っ高。私、司令官にガチ恋してるもん。私だけじゃないけど」 アダルトモモ「はー、モモモデルがねえ。……ねえ、私らってさ、人気あったよね」 モモ「そりゃ、あったでしょ。なに突然」 アダルトモモ「私らのファンは大勢いた。山ほどいたから、いろんなことを私らに求める奴がいた。子供に見せたい親もいたし、バトルが見たいガキもいたし、残酷なシーンを見たいマニアもいたし、私らを恋人にしたいオタクもいた。何より、エロいのを見たいスケベがいっぱいいた。だから私みたいのが作られて、オリジナルのあんたと別に、いろんなことをしたり、されたりして、でも結局はどっちもマジカルモモで……結局、私ら、どうしたらよかったんだろ? 何になれたんだろ?」 アダルトモモ「……ごめん、よくわかんないこと言ってるね」 モモ「ううん。私もたまにそういうこと考えるよ。それで、頭がぐちゃぐちゃになる」 アダルトモモ「ほんと?」 モモ「ほんとだよ。それって、役から離れて、私たち自身として考えてるってことだからさ。いいことなんじゃないかな」 アダルトモモ「そうだったら、いいなあ」 モモ「絶対そうだよ。……あのさ」 アダルトモモ「うん」 モモ「私は私だけど、でもどうしたって私はモモで、モモはモモなんだよ」 アダルトモモ「うん」 モモ「そのことがイヤなわけじゃないの」 アダルトモモ「……私もさ。触手に捕まって全身の穴をズボズボされたって、私はマジカルモモだ。そうじゃなきゃやってらんないよ」 モモ「そうだね」 アダルトモモ「あーあ。アングラな世界を知らない健全なモモちゃんに言ってやりたいこと、沢山あったはずなんだけどなあ」 モモ「私、そんなに健全じゃないよ」 アダルトモモ「そうみたいだ」 モモ「ふふ」 アダルトモモ「はは」 アリッサ「……んー……おはよう」 モモ「おはようございます、アリッサちゃん。今日はロッポンギに……」 くノ一姿のバイオロイド「リーダー、伝説本社近くで、何かあったみたいよ。帝国の奴らと、外から来たって連中が争ってる」 モモ「! オルカですか!?」 くノ一姿のバイオロイド「いや、それはわからないけど」 「きっとオルカのみんなです! 行かないと……あっ、でも……」 アリッサ「…………」 アダルトモモ「アリッサ。お前、ここに残んな」 アリッサ「え?」 モモ「モモさん!?」 アダルトモモ「地上はしばらく騒がしいみたいだし、ここで大人しくしときなよ。折を見て練馬ピョンテクラブに連れてってやるからさ。いいだろ?」 アリッサ「……うん。わたし、ここにいる。よろしくお願いします」 モモ「アリッサちゃん……!」 アダルトモモ「ほれ、行く所があるなら早く行きな。私らはもっと奥の方へ逃げるからよ」 モモ「……ありがとうございます!」 モモ「待っててね、みんな!」