意識を取り戻したフューエルの視界に、再びエトが捉えられる。 身体は自由を取り戻していたが、ここが夢なのかは縛った痕ですぐにわかった。 夢の中で目覚めるというのも妙な話である。 「お目覚めですね。では、そろそろ私を契約を結びませんか?魂をここに結び付けて、永久に共にあるのです。あなたが求めるのはそれでしょう?」 とうとう差し出される、深淵への誘い。 彼の返答は……。 「散々やりたい放題したし、してもらったけど……。やっぱりそれはできない」 意外な反応だった。 「そうですか。───やはりあなたは、約束を重んじているのですね」 「君はエトそっくりだけど、やっぱり約束は『エト』としたいから」 少し前に情けない姿を晒していたとは思えない様相で、きっぱりさっぱりとした応答を行った。 「でも、エトらしさはあったと思うよ。もうちょっと意地悪して……例えば素直に絶頂させて欲しかったら~とか、色々条件をつけて無理矢理約束させることもできたのに、しなかった」 賢者タイムとでもいうのだろうか。 フューエルは冷静な指摘を行うくらいには頭が冴えを取り戻していた。 「最初に言ったでしょう。私はあなたのバディへの欲求から生まれたものです。ですからあなたの理想像から逸脱することはできなかったのでしょう。意にそぐいませんが」 「……そっか」 腑に落ちたといった顔で、フューエルは欲魔の行動原理を神妙に聞いていた。 「では、現実に戻るといいでしょう。今度こそ目覚めるのです。あなたの大好きなエト・テルワースが待っているのでしょうね」 少し拗ねた態度で、欲魔は彼の帰還を促す。 「もし次に会うことがあれば、もう少し強引に契ってしまいましょうかね」 負け惜しみじみた一言を添えられたところで、フューエルの意識が薄れていく。 そろそろ時間なのだろう。 「もう会うことはない……といいけどね。ちゃんと自分の気持ちと折り合いをつけて、エトとも向き合ってみるよ」 そう返された欲魔は少し表情が変わって、最後に見せた笑顔は……エトが時折見せるものにそっくりだった。 フューエルには、そんな気がした。 「───様。フューエル様?」 「……うわあ!?」 虚脱感を伴った起床と共に受ける衝撃。 あれ程に過激な夢を見たのだからそれは仕方がない。 でも、エトの顔を見る度にあれを連想するのは、少し疲れそうな今後を想起させられた。 「おはようございます。随分息が乱れていたようですが……寝苦しかったので?」 「苦しかったけど、心地よかったよ」 ものは言いようとは、まさにこのこと。 あの夢は、あくまで夢としてしまっておく。 それはそれとして、やらなければならぬことがあった。 今日は探索はお休みにしよう。ちょっと話したいことがあるんだ。身支度したら、また後で」 「かしこまりました」 エトが部屋を後にした後で、彼は一つだけ不自然なことに気づく。 「あれ?泡沫の夢って言ってなかったっけ?」 自分が記憶を保持しているのはきっと、あの欲魔の餞別なのかな、等と都合のいい解釈をする他になかった。