27文字 15行 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 「さ…最近、行方不明の張り紙多いですね。」 「そういう時期なのかもしれないね。」 「行方不明に時期があったら怖いですよ…」  季節としては初夏といいつつも、まだまだというにも関わらず蝉の耳障りな鳴き声、黒くもなく霞がかかったようなハッキリしない空、そして汗ばみ纏わりつくような空気の午後であった。  伽夜子からどうにもきな臭い臭いが街全体に漂っているということで月彦は連れ出された。  ただ、月彦が流した汗に見合った、それらしきものはついぞ見つからなかった。 「ほい、200万円」  木造の果たしてしっかりとした食品衛生法が守られているのか疑問に思ってしまう駄菓子屋からアイスをふたつ買い月彦は伽夜子に手渡した。  今回については本当に伽夜子は何かを感じ取っているか月彦には疑問であった。  伽夜子はたまに今日のような口実を使い、月彦を連れ出しては遊びに行じる事があった。  どうしてかとブシアグモンに尋ねても「聞かぬも、言わぬも華だぜ月彦ちゃん。」とはぐらかされてしまった。  だから今回もそういった類だと月彦は思ったのだが、どうにも伽夜子は腑に落ちないような面持ちであった。 「ふむ。この嫌な感じは何かあると踏んでたんだがね。無駄足とはすまないね月彦君。」 「い…いえまぁ別にやる事もないですし…。」 「ま、そういう日もあるわな。儂はこうやって散歩しながら酒呑めりゃ楽しいしの。」  伽夜子からいつもの笑みがない相当納得がいかないのだろう。 「よ…よよよぉあんた達。ちょっと…い、いいかい?」 「きゃっ!?」  突然、何者かに月彦は話しかけられた。それに驚き月彦は悲鳴を上げアイスを落としてしまった。伽夜子もいつもの表情を崩してはいないが少し目を開き驚いたのだと月彦には分かった。  そこにいたのは、猫の着ぐるみを被った男。ありていに言えば不審者であった。 「あんた…デジモンなのかい?」  ブシアグモンが怪訝そうな顔で尋ねる。 「お…おおお…俺はベツモンってんだ…な、なああああんたら…こ、このひと。し…知らねえかい?」  挙動不審にベツモンが懐から写真を取り出すそこには女性が映っていた。 「え、えっと誰ですか?」 「イソノインナナヨだよ。」  先ほどまでの挙動不審な態度と小さな声のどもり口調から急変し、あまりにもはっきりとこの部分の言葉だけが発音された。 「お…俺…こっちに来た時に…す…数カ月前になっかな。お、お俺…はしゃいじゃってい…悪戯しちゃって、お…俺ってそういうのなんだ。そ…そんときもそうしちゃって…でも後から悪いなってお…思って謝らないとって だからこうして…き、聞いて回ってんだ。なぁ知らねえか。なぁ?」  ベツモンは先ほどの言葉から打って変わって再び挙動不審に周囲をキョロキョロとしながらどもり始めた。 「知らないよ。私達には関係のない事だ。」  伽夜子は、無表情にただいつもとは違う冷たさを孕みながら答えた。  あまりにもきっぱりと答えられたため、ベツモンは困ったようにあ、え…と戸惑っている。 「か…伽夜子さん。何もそんな言い方しなくても…困ってるんだし手伝ってあげても。」  月彦が珍しく伽夜子に反論した。それを受けて表情を変えないが目に見えて動揺しはじめた。 「え、いや。その…わ…私も別に意地悪で言ってるわけじゃ…。」 「えっと、何か理由があるんですか。」 「えぇと…なんとなく…ない。」  しょぼくれた顔で伽夜子は答えた。 「そ…そんなしょぼくれなくても…えっと伽夜子さんが悪意ないのはわ…分かってますので。」 「え…えっとな、なんかっすまねえな。」  ベツモンが申し訳なさそうな顔をしていた。  それから伽夜子は単独で調べると言ってひとりでトボトボとどこかに行ってしまった。  ただ、行く際にはブシアグモンを残し、耳打ちで「気を付けな。」とだけは言い残して行った。  それから月彦達とベツモンと一緒に近くの団地で聞き込みを続けたがそもそも幽霊と間違われる月彦と不審者としかいいようのないベツモンそこにプラスアルファの何かの特撮としか思えないブシアグモンとコヅキガルモンでそもそもまともに取り合ってもらえなかった。 「ど…どうぞ。コーヒーです。」 「す…すまねぇなつ…月彦。」  結局まともに話も聞けず月彦達はベンチで休憩を取っていた。 「あれから数時間経ちましたけど何もないですね伽夜子さんからも連絡ないし…手がかりとかないんですか…?」 「ここここっちに来て悪戯しちまったアパートにもい…行ったんだけどだ…誰もいなくて…で…でもここのち…近くだったんだだ…。」  ベツモンが俯いて震えながら答える。 「オイオイ随分あぶねえ事してんな。」 「す…すまないとお…思ってんだ。こ…こっちの事もよ…よく知らねなかったんだ。」 「特に手がかりもないですしもう一回そのアパート行ってみます?」 「わ…悪いな…ほ…本当にあ…謝りたいんだ。ず…ずっど、ぐ…暗いとこにい…いて、か…かかか可哀想なんだよ…おぉぉおおおお多く…いっぱいのひ…ひひひとに会ってもらいたいんだ。」 「…」 「ベツモンさん?」  どうにもベツモンの様子がおかしい、ブシアグモンが刀に手を添え、コヅキガルモンがじっとベツモンを見る。  月彦のスマホに着信音がなった。その瞬間。 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」  ベツモンがいきなり叫び出してどこかへ走り出した。 「べ…ベツモンさん!?」  ベツモンの走り出す方向を見るとそこには長い黒髪にピンク色の羽織の女性…恐らくは写真のイソノインナナヨであった。  それは、あまりにも写真のとおりの服装…姿形であった。偶然というよりも写真からそのまま出てきたように思えた。  着信音が鳴り響く。 「月彦ちゃん!上見な!」  月彦が見上げると団地の人間が全員窓からこちらを見ていた。ベツモンの絶叫で窓から顔を出したのではないと理解した。  誰も声を上げた方であるベツモンを見ていない。誰も彼もがただ無表情に月彦達を見ていた。それも本当に全員であった。窓からは昼間でもあるにもかかわらずいない窓がない。本当に全員が見ている。  視界を逸らせば通行人さえもベツモンではなく月彦達を同じ表情で見ていた。  着信音が鳴り響く。月彦はゆっくりとスマホを耳に当てようとした時であった。 「遅くなってすまない!」  伽夜子が後ろから現れた。 「えっ?」  月彦がスマホを見るその発信者の表示は「繧、繧ス繝弱う繝ウ繝翫リ繝ィ」からとなっていた。  月彦は自分から嫌な油汗が出るのを感じた。  ベツモンを見るとイソノインナナヨと何か話している?ように見える。 「べ…ベツモンさん!」 「行っちゃ駄目だ。」 「伽夜子さん!?」  月彦がベツモンに駆け寄ろうとするのを伽夜子は肩を掴み静止した。  日が落ち始めあたりが紫と赤が入り混じった色となっていた。雲は異様なまでに早く動きここは本当に先ほどまでの団地であるのか分からなくなる。 「追うんじゃない。まず結論から言おう。この写真のイソノインナナヨは実在した。」 「なら…」 「ただ、名前は磯野 菜々代。イソノインナナヨなんて名前ではない。市の戸籍をちょろっと調べたし直接本人にも話を伺えた。写真は確かに本人のものだった。年齢は24歳。転勤でこの市に引っ越したのは2日前だ。今までは遠方に暮らしていてこの市に訪れた事は一度もない。あんな特徴的な男に接触した事なんて一度もないんだ。分かるだろ。」 「じゃ…じゃあ、あそこにいるのは…イソノインナナヨって。」 「そんなのいないよ。」 「「…っ」」  確かに月彦は自分の耳元で声が聞こえた。そこにいた全員が声の方を振り向けずに油汗を流した。  防災無線からアラート音が流れはじめ月彦はびくりと肩を震わせた。  後ろを見ないように隣の伽夜子と視線を合わせる。それに対して伽夜子は視線で頷く。 「「デジソウルチャージ!」」 「コヅキガルモン進化!」 「ブシアグモン進化!」  ふたりのデジモンは振り向き様に進化。そして声の主を刀で切りつける。 「ミカヅキガルルモン」 「グレイモン・炎刀ノ型」  そこにいたのは、無理矢理写真を引き伸ばし加工したように眼球が肥大化ねじり曲がったイソノインナナヨであった。 「じゃ…じゃあベツモンのとこのは…」  ミカヅキガルルモンが再びイソノインナナヨに切りつけるが距離を離すことは出来ても切った感触はあれどなにも外的な変化は見れなかった。 「いいかい。月彦君。アレの検討は正直分からないが元は恐らくベツモンだ。いや本当にただのデジモンかも疑わしい。私がアレを抑える。いいね。」 「行きますよ!月彦!」 「…っクソっ!」  月彦はミカヅキガルルモンの背に乗りベツモンの方へ駆けだした。  まだ、ベツモンはイソノインナナヨと話している…いや話していない何もしないでただ向き合ってるだけだった。 「ベツモンさん!!!」  月彦の叫びに応えるようにベツモンとイソノインナナヨが月彦に目線を向ける。そこには瞳のない…いや、眼球がなく血を流すベツモンと。横ではなく縦に裂け肥大化した瞳を向けるイソノインナナヨであった。 「っ!ミカヅキガルルモン!!!」 「ええ!」  イソノインナナヨの肉体が触手状に伸び月彦達を突き刺そうと向かってくる。それをミカヅキガルルモンが咥えた刀で切り裂く。 「こいつら眼にばかり攻撃を!」 「好都合です!恐怖を拭えば攻撃箇所が限定される分。簡単に刈り取れる!」 「弐ノ型!乱月!!」  ミカヅキガルルモンの乱撃が触手を一気に切り裂き。両者の間に瞬間、障害物が無くなる。 「今だ!」 「ええ!月彦!一ノ型!朏・月前!!」  一線の閃光が走りベツモンを切り裂いた。切り裂かれたベツモンは消えずそのままうつ伏せに倒れる。  イソノインナナヨは消え先ほどまでの異様な色の夕暮れではなく赤い優しい色をしていた。 「はぁはぁ…なんで…。」  倒されたデジモンは普通はそのまま消える。だが、ベツモンはそのまま残り続けている。そして、デジモンと人の外傷についての認識が混濁し気付かなったが、それに気づき月彦の顔は青くなっていく。ベツモンから流れていたのは確かに赤い血であった。 「伽夜子さん!!!!」  月彦が叫ぶ。その叫びと赤色のものを目にして伽夜子も駆け寄る。  月彦の息が荒くなっていく。うつ伏せのベツモンを仰向けの状態に起こすと流れる血それと合わさる事で気付く。このひとは人間だ。  理由があった訳ではない。ただ直感があった。月彦は顔を上げ団地の壁を見る。  先ほどのただ黙って見ていた住民はまるで存在しなかったのかのように何があったのかと騒がしく窓から顔を出す住民達がいた。  そして、壁に貼ってある行方不明者の張り紙の男の顔を見る。それは正しくベツモンであった。  誰かが呼んだのであろう。救急車のサイレンの音が聞こえる。  ベツモン…名前を館内 佳と言った。数カ月前から行方不明となっていたその男は奇跡的にも命の別状もなく暫くの入院の後社会復帰をした。  月彦達も警察から軽い事情を聞かれるくらいで不思議なくらいあっけなく解放された。 「元々刃物を私達自体は持ってないからね。デジヴァイスもゲームか何かと思われたみたいでし、逆に発見者として感謝されるくらいだったね。」 「そして、なぜか団地の人達はぼ…僕たちが佳さんと訪れ事も覚えてなかった。部屋だって空室もあったはずなのにこっちを見ていた人達も確認できなかった…。」  事から数週間経ち館内 佳の見舞いと挨拶を済ませた月彦達は病院の廊下で話していた。 「なんで佳さんはあんな恰好を…。」 「…分からない。正直私もブシアグモン殿も最初見た時確かにデジモンか怪しいと思った。直感的に人間とデジモンはなんとなく分かるものだ。ブシアグモン殿なら、なおの事そうだ。 ただ、同時に人間とも全く思えなかった。そこは二人とも共通の認識だったよ。」 「す…すみません。伽夜子さんの忠告を無視して僕は。」  伽夜子は優しい顔で息を少し吐き、月彦の隣に座り月彦の顔を胸に当てるように抱きしめた。 「気にすることはない。あれは君の優しだ。何も恥じる事はない。」 「…ありがとうございます。」  月彦は小さく呟いた。 「とりあえず。今後の対応としては警察に不審者情報として強く伝えておいた。」 「えっでも。」  月彦は伽夜子から離れて尋ねる。それに伽夜子は残念そうな表情をした。 「私にも稼業での知り合いが何人かいてね。連絡を取ったらもう数人イソノインナナヨに接触をしていた。私達の件の後にね。」 「そんな…。」 「まぁ、ベツモンに関わらなけらば事も起こらない。あんな見た目だ。後は警察にご厄介にしてもらえばいいさ。」  月彦が向かいの壁を見るそこにはズラりと行方不明の張り紙が貼られていた。 「ナナヨさんはもう見つかってるのになんで…。」  月彦はぼそりと呟いた。その時確かに小さく耳元で誰かが呟くのが聞こえた。 「そんなこともうどうでもいいんだよ。」  確かに嫌な生暖かい息と共にそれは聞こえたのであった。